東京魔人学園 蒼冬行 <その弐>








 1999年最後の日。大晦日といえば既に大掃除も終えており、これから翌朝に掛けてまで祝い、もしくは祝いと称した騒ぎを楽しむのだろう。それでは倉条家はどうだろうか。
 その日は来客から始まった。

「あれ、霧島くんとさやかちゃん・・・?」

 朝餉の片づけ等に忙しい夕魅那に変わって応対にでた志津華が見出したのはいつものふたり。

「でも、今日は忙しいはずじゃなかった?」
「はい、昼からはNHKホールに」

 何でも紅白の打ち合わせ、そしてその後他局のレコード大賞を経て、再び紅白の本番だとか。さやかの志津華に対する態度はかなり親しげだ。常日頃愚痴を聞いてもらっているというか聞かせているというか、そういったことで会話する機会も多いためだろう。

「じゃあ、今は何を・・・?」
「お迎えに上がったんです。志津華さんと、その・・・夕魅那さん、を」

 そんな複雑な顔をしなくても・・・彼が目の前にいなければそう指摘したかった。あいかわらず彼女の夕魅那への感情は混沌としているらしい。

「ごめんなさい、少し手が放せなかったもので・・・」

 そういいながら奥から夕魅那がやってきた。

「おはようございます、諸羽くん、さやかさん」
「あっ、おはよう御座います刹那さん!」

 彼の対応振りを真神の五人が見たとすれば、その普段の丁寧さに磨きがかかった霧島の態度に驚くことだろう。それは彼が京一に接する時と全く変わらないのだから。

「は、はい・・・」

 辟易とするのはいつもと同じ。こういったところでも夕魅那が(現時点では)霧島に異性としての目を向けていないことがわかりそうなものだけど、と内心肩をすくめるピアニスト。

(ま、彼女が気にしているのは逆方向だから。夕魅那の気持ちは関係ないのかもね)

「夕魅那、出掛けるなら準備しなきゃ」

 奇妙に停滞した空気を何とかかき回す。どうも最近そういう役回りの多い志津華であった。





 自然の光無き空間、そこには決して常人の棲処になり得ない雰囲気があった。澱んだ空気の中、その男女は広げられた羊皮紙を前にしていた。よく見ればそれがとある街の一角を記した地図であることが窺えただろう。羊皮紙は紙が普及するまでに西洋諸国で使われた代物なのは衆知の事実。ペン先で皮を引っかくように記さなければならない不便なものだ。そんなものを現代利用するのには勿論訳があった。それが当たり前の品でない、という理由が。

「これが東洋のレイライン、その最も大地のエナジーが活性化されると予測されるのがこの辺りだ」

 男女の片割れである、どこか貴公子然とした若者が羊皮紙上に指を這わせる。するとその地図に描かれていた街並みが変化し、脈動する幾つものラインが刻まれる。知識がある者にはそのラインが大地の生命線であることがわかるだろう。

「おそらく、この建造物が重要な役割をしているに違いない」
「・・・テンプル・カネイ・・・?」
「カンエイだ、アスプ」

 此度の相棒である女性、アスプに訂正してみせるラムサス。

「テンプル・カンエイがおそらくこの島国におけるエナジーの集積所だろう」

 上野・寛永寺が地図の中心に描かれる。

「・・・それがわかったとて、どうすることもできないのでは?」

 そう問い掛けるのももっともな話である。

「確かに、『資格』無き我等にレイ・エナジーを手に入れることは叶わないだろう」

 彼らとても『黄龍の器』(その呼称は知らずとも)という<力>を手にすることのできる『資格保有者』なくして、その荒ぶる龍を制御出来ないことは承知していた。しかし。

「誰にも渡さないようにすることなら、可能だ」

 彼は計画を示した。寛永寺を中心とした魔方陣が描かれ、その北東に敷かれた更なる魔方陣。

「・・・これが・・・?」
「ああ。<力>の制御を失わせるに事足るだろうな」

 既に準備段階は終わっていた。後は時を待つのみだった。

「おそらく何らかの妨害が入るだろう。そこでお前の・・・」
「・・・ああ。あたしの<作品>達を使わせてやるよ」

 『黄龍の気』を巡る戦い、それは『龍脈を護りし者』と『凶星の者』だけの戦いではなかった。いずれの者も、その<力>を手に入れることを望まない、そう考える者達も存在したのだ。


 そして。


 報告はあくまで口頭にて行われた。記録に残す必要もなければ、大勢に知らしめる必要もないことだったからだ。報告すべきはただひとりの人物。

「・・・以上の行動を補足できました、出雲様」
「<鬼門>に魔方陣か・・・」

 成る程ね、と情報を携えてきた伴侶である女性に頷いて見せた。

「寛永寺、つまり本来の<鬼門>を央界とし、その北東の魔方陣をさらに<鬼門>とする。秩序に矛盾が生じるわけだね」
「暴走を目的とするのであれば、的確な処置かと」

 巨大な<力>程、こういった乱れを嫌う。僅かな歪みすらも規模で言えば膨大な質量を伴うものになるからだ。全体の構成を壊しかねないまでに・・・。

「<龍脈>活性最終段階での介入が予想されます」
「なら、こっちもそれに合わせてやろう。芹理姫、ひとりも逃がさないつもりでやって」
「御意」

 またひとつ、裏側で介入を決めた勢力があった。彼らもまた、この国の未来を思って行動する者達である・・・。





 観客席に案内された夕魅那と志津華は、その場に溢れる人のエナジーに少し圧倒されていた(さらに詳しく言うなれば、志津華はやや慣れた様子だった)。修羅場といってもいいだろう、おそらくその空間で時間に縛られていない存在は彼女達だけだった。
 既に彼女達を招待したさやか達は自身の打ち合わせに消えて、ポツンと所在なさげに周囲の慌ただしさを見守るだけ・・・。

「舞台裏って、そういうものなのよね」

 過去を思い出しながらか、志津華が懐かしそうな声を上げた。

「祭りっていうものは華やかだけど、その舞台裏のほうが何倍も色々な事がある。その事を思い出させてもらったわ」

 かつて人前でピアノを弾くことの多かった彼女。そう言えばわたしの舞台を組んでいた大道具さんと話したこともあったな、などと微かな痛みと共に思い出していた。その後、両親がその大道具さんを犬でも追い払うかのように邪険に扱った・・・そのことまで。
 志津華の様子を夕魅那はそっと眺めやり、干渉しなかった。そんな娘である、普段の彼女は。



 この時ひとつのアクシデントが起こった。彼女達は霧島から手渡されたスタッフカードを首から下げていたのだが、モノというのは広義の意味で見る者が認識してこそ存在が確認されるのであって、気付かなければないものと同じである。だから、こんなことも起こり得るのだ。

「君達!!」

 突然の大声がふたりに降りかかった。何事か、そんな顔で振り返る夕魅那と志津華が見出したのは、いかにも慌てているといった感じの若者だった。

「あの・・・?」
「君達、歌を唄う娘達だろう?」
「はあ?」

 こちらの窺いなど意に介せず、ただ訳のわからないことを彼は言い出した。

「歌を唄う娘達だろう??」

 必死なのはわかるが、何を言っているのだろうか。そういった視線のやり取りが交わされる。

「あの、私達は・・・」

 躊躇いながらも返事しようとする夕魅那だが、どこまで通じているのか。

「歌、唄わないのか?」
「? 一応、声楽科を・・・」「そうだろう! 時間がないんだから早く来てくれ!!」

 最後まで言わせなかった。彼は強引に夕魅那を押しやって、そのままどこかに行こうとした。展開に付いて行けないふたりは未だ対応に苦慮している。
 夕魅那の背中を押したまま、振り返って今度は志津華を質す。

「君は違うのか!??」
「わ、わたしは歌じゃなくて、ピアノ・・・」「君か!!」

 伸びた手が志津華を掴んだ。

「事故で渋滞なのは知ってた! だから着いたんなら早く来て欲しい!!」
「事故?」「渋滞?」

 彼女らの抗弁は何ひとつ彼の耳に届かず、訳のわからないまま連行されていった。



「・・・何か妙なことになってきたような気がする・・・」
「・・・」

 ふたりは舞台の上にいた。といっても並んで立っているとかではない。夕魅那は見知らぬ女性達と並ばされ、志津華はグランドピアノの前に座らされていた。この期に及んでようやく状況が見えた。

(ようやく事態が飲み込めたわ)

 僅かな情報と現状を組み合わせればこんな結論になる。あの慌てていた人はADか何かだったのだろう、到着の遅れていたコーラスやピアノ奏者と間違われた、そんなところだろうか。

(ま、リハーサルくらいは間違いで付き合ってあげてもいいか)

 落ちつきはらった志津華は幾つもの楽譜を前にしてそんな気持ちになっていた。今からでも事情を説明すれば問題ないだろうが、スタッフの人たちが困っているのも事実だろうし、

(第一、面白い)

 祭りは見るよりも参加する方が面白いものだ。

<まあ、困ってるみたいだし、手助けしてあげましょうか、夕魅那?>

 <力>で意思を夕魅那に飛ばした。すると楽譜に目を通していた彼女が顔を上げ、困ったような顔をしながらも頷いて寄越した。そしてすぐにまた楽譜の読みに戻った。やるからには真剣に、というわけだろう。

「さあさあ、あまり時間もないんだ、さっさと済ませるぞ!!」

 この場の責任者が現れ、誰も間違いに気付かず正さずにリハーサルが始まった・・・。



 それから三十分くらい後のこと。

「・・・夕魅那さんと御名砂さん、どこに行ったのかな?」

 ロビー辺りを霧島がふたりを探していた。もうすぐさやかちゃんのリハーサルだから、是非見てもらいたかったんだけど・・・。
 歓声が上がった。拍手さえも続く。

(・・・?)

 そんな会場内の様子に彼は首をかしげた。今はリハーサルであって、観客は誰も入っていないはずだった。スタッフはいるだろうけど、準備に忙しいみんながリハーサルをのんびり鑑賞しているはずもない。

(何だろう?)

 興味が先に立ち、ホールへの入り口を開けてみる。本来なら、バックバンドの演奏と複数の男女が行うコーラスを従えた歌手が唄っているはずだが。
 聞こえてきたのは騒がしい演奏の音ではなく、ピアノの音だった。曲は聞き覚えのあるもの、当然だった、それはさやかちゃんがここで唄うはずの曲だったのだから。ということはもう彼女のリハーサルが始まっているのだろうか。

(ふたりは何処に行ってしまったのかな・・・?)

 夕魅那達のことを思い出し、何気なく舞台に目を向けた霧島は。

「え!!」

 そこはまるでコンサート会場だった。舞台前列から陣取った人達、彼らは間違いなくスタッフだった。そして彼らが舞台に見上げているのは・・・。

「さやかちゃん!? それに夕魅那さん、御名砂さんも!?」

 一応はリハーサルだろう、きちんと課題曲を演奏し、コーラスもその責務を全うしていた。しかしそれはもはや音合わせのレベルを超えていた。
 それはリハーサルが始まると同時に起こった。最初に音合わせに現れた歌手が唄い出した時だ。適当に唄っていた彼女の歌がかき消された。いや、確かに聞こえはするのだが、誰も意識してくれないのだ。はっきり言ってしまうと雑音のような認識をスタッフ一同からされた。
 理由はピアノ奏者とコーラスのひとりにあった。ひと言で表現すると、そのふたりが巧過ぎたのだ。志津華は状況を楽しんだがゆえ心地よく弾き、夕魅那は生来の真面目さからきちんと唄い上げた結果、誰もがそちらに意識を向けてしまい、その他の音や声を心から締め出してしまった、そういうところか。
 音合わせとしては問題ないが、歌い手としての矜持をしたたか傷つけられた彼女は真剣に唄った。そうすると今度は異なる現象が生じた。絶妙な音の世界が広がり、大げさに言えば聴衆の心を虜にしたのだ。リハーサルの域を完全に逸脱した、熱唱だった。
 それからはもうリハーサルを行う全ての歌手が本気で唄った。それが今に至る、ミニコンサートの実情だった。音を耳にしてしまうスタッフは仕事が手につかなくなってしまったのだ。
 そして今、そのコンサートは佳境に入っていた。歌の<力>を持つ舞園さやかが、卓越したふたりのサポートを得て本気で唄ったのだ。聞き手のスタッフはヘロヘロになり、ただ拍手と歓声を上げる一般人に戻っていた。
 この天国を味わった彼らはその後迫る時間に怯えながら本番二十分前まであらゆる地獄を見ることになるのだが、今は幸せだった。



「面白かったね」

 その後で本物の奏者達が到着し、お役御免となったふたりはそれなりに楽しかった。もっとも、ふたりの演奏と歌に感動を覚えた責任者が「このまま続けてくれんか」などと頼みに来た時は驚いたが。
「今は有名になるつもりはありませんから」と答えたのは志津華。いずれ音楽の世界に舞い戻るつもりであっても、今しばらくは楽しむ音楽を味わっていたかったのだ。にしても大胆な発言である。

「私はもういいです・・・」
「何言ってるの、人前で歌うことに慣れておいて損はなかったでしょ?」
「それはそうかもしれないけど・・・」
「まあ、今日のことはいい思い出としておきなさい」

(なんて気楽に言ってたんだけどね)

 志津華としても笑い事ではなくなったことがある。それは、

「・・・というわけで次は神埼笙鼓さんで・・・」

 ディレクターが合図を出している(確かキューとかいったか)。さてと、一曲弾きますか。



 舞台裏では霧島とさやかが出番を待ちながらその演奏を見守っていた。

「いやいやいやいや、助かったよさやかちゃん!! 今回のことは我々一同感謝の言葉もない」

 そして初老の男性がしきりに彼女と彼女の事務所付きのマネージャー(霧島は善意のマネージャー)に礼を言っていた。事情のよくわからないまでも、マネージャーはその男性、紅白のゼネラルプロデューサーに応待していた。

「こんなこともあるもんなんだね」
「・・・そうね」

 あのリハーサルの後、さやか達と夕魅那達はレコード大賞の会場に移動した。その番組で最優秀新人賞とベストセラー賞を獲得し、急いで紅白の会場に戻ってきたところ。

「さやかちゃん、あのふたりも一緒かい!?」

 と血相を変えたディレクターに遭遇することになった。曰く、

「食中毒が出て、あのピアノ奏者とコーラスの女の子たちがダメになっちまったんだ! 頼むよさやかちゃん、あの娘たちをなんとかして都合つけてもらえないかなぁ??」

 で、こうなっているわけだ。噂ではあのリハーサルを気に入ったスタッフか誰かが仕組んだとかなんとか・・・。
 ただひとつ言える事実は、奏者変更を聞かされてもどの歌手達からも文句はでなかったということ。むしろ手を叩いて喜んだ者は何人かいたとか・・・。



『ゆめ〜〜のォはざ〜ま〜でェ〜 いま〜〜で〜もォォ でーあーうわぁぁ』



 急遽交代にしては順調過ぎる出来映えだった。

(これもまた、宿星の為せることなのかしら・・・?)

 コーラスのひとりがそんな高尚なことを考えていたとは、誰も思うまい。





 特に熱心に見るでもなく、それでも彼の部屋に備え付けられたテレビにはその歌番組が流されていた。

「思えばこの番組を見ている人々は、神の歌い手たる彼女の声を聞くことが出来るんだね、芹理姫?」
「御意」

 少し遅めの食事を取っている宇都志出雲と腹心・根州芹理姫は出演しているひとりの歌い手のみに興味を持っていたのだ。

「その有り難味を真に知るのはもう少しあとになるとして、柳生とかいうヤツの動きは把握してる?」
「勿論です。手駒を失った彼自身が行動を起こしておりますので、そろそろ・・・」
「『修羅の世界』を、か・・・」

 美麗な表情が曇る。そこに取って代わったのは侮蔑。

「次に世界が迎えるのは『修羅の世界』なんかじゃない、もちろん外の国の連中が探る世界でもない」

 下界を見下ろす。そこに見える明かりは人々の生活を象徴するもの。『修羅の世界』とやらが実現すれば、この明かりは煉獄の炎と化すのだろうが・・・。

「次に訪れる世界は」

 テレビに舞園さやかが映し出された。なんと象徴的であることか。





 あらゆるテレビ局で除夜の鐘が流されている時間。夕魅那達はさやかの控え室にいた。

「さやかちゃん、夕魅那さん、志津華さん、お疲れ様でした!」

 実のところ、疲れている順番で言えば霧島の呼んだ逆であろう。

「おふたりには本当に世話になってしまったね、さやかちゃん」
「そうね・・・」
「そんな、気にしないでください」

 本心で彼女がそう言っていることがわかった。それがまた、さやかにとっては心苦しい。彼女は夕魅那に嫉妬し、同時に信頼しているという奇妙な状況にあるのだ。そのため、頷くさやかは微妙な表情をしていた。
 今夜の出来事を色々話題にしている間に日付が変わろうとしていた。

「もう今年も終わり・・・変化のある、充実したものになったわね」

 志津華にとって、それは重い意味を持っていた。束縛と妄執から解き放たれた彼女にとって・・・。
 どこからかカウントダウンが聞こえる。5、4、3、2、1・・・。



 それが始まった。


「キャッ!」
 椅子に座っていたさやかすらよろめいた。その地震はそれほどの揺れを伴っていたのだ。
 立っていた人間で一番運動神経に優れないのは志津華だろう。いや、霧島すらも彼女とほとんど変わらない状況に陥っていた。真っ直ぐ立つことも叶わず、数瞬の後完全にバランスを失った。流されるままに体勢を崩し・・・。
 夕魅那の胸中に支えられる。

「!!??」

 ちょうど顔から突っ込む形で姿勢が落ち着いた。僅かの時と柔らかな感触が己の所業に思い至らせたが、手に掴むものもなく、この体勢を直すことのできない彼自身は顔を火照らせる以外なかった。その支柱になっている夕魅那はそんなことに気を払うことなく右手で霧島を、左手で倒れそうになった志津華を掴んでバランスを取っていた。その神業的平衡感覚は勿論<知覚球域>によるもの。
 揺れ自体は左程の時を置かずして収まった。全員がほっと一息つく。そして次の瞬間霧島は凄まじい瞬発力を見せ、夕魅那から離れた。それだけでなく、誰もいない方向に顔を向けてじっとしていた。

「す、すいません夕魅那さん! し、し、失礼な、こ、こと、を・・・」
「そんな。それよりも痛くなかったですか?」
「まさか! やわら・・・ごほっごほっ」

 咳払いをすることしきり。

「夕魅那、ありがと。あのままじゃ床を転がるところだったわ」
「いいえ。でもすごい揺れ・・・火事とか大丈夫かな」



 結局その地震が原因で自宅が心配になった夕魅那達は早々帰宅することにした。そのため、あの地震が意味するところを知る機会を彼女達は逸した。霧島やさやかに連絡された、地震の原因について。
 その代わり・・・。





「とうとう始まったか・・・」
「・・・そうね」

 計算ではあと一日程度の時間を必要とするはずだった。ツインタワーがエナジーを収束するのにはその準備期間を置く。

「そして、我々も動くのだ」
「・・・全て亡きものにする・・・そうよね?」
「そうだ。我らの行く手を阻む黄色い猿共には安らかな死を・・・」

 まだ気付かない、ラムサスはアスプの異常にまだ気付かない。





 地震のニュースはそれほど騒がれることはなかった。確かに強い規模の揺れではあったが被害があまりにも少なかったし、何しろ今この時は元旦なのだから。

「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでと・・・」

 あまり眠る時間がなかったからか、志津華は少し瞼が重かった。

「あーあ、帰ってきてから映画なんか見るんじゃなかった・・・『遊星からの物体X』とか『霊幻道士』とか、どうしてあんなB級映画って深夜に流すのかな」
「そういうの好きなんですか?」
「頭使わなくていいから・・・」

 リラックスするのにいいらしい。本当かどうかは不明だが、天才が言うとそれらしく聞こえるのだった。

「昼過ぎにはマサキさんもいらっしゃいますから、朝のうちに初詣でも行きませんか?」
「いいけど・・・どこ行くの?」

 この近くに神社ってあったかな・・・。

「花園神社です」
「・・・新宿じゃなかったっけ、そこ」
「はい」
「なんでわざわざ・・・」

 もっともな質問だろう、彼女は彼らと面識がないのだから。

「私の恩人にあたる方々が、いらっしゃるんです」

 興味を持った。その人達が夕魅那の恩人であるなら、わたしにとっては恩人の恩人に当たる。その人達がいなければ、今のわたしが夕魅那に救われることもなかったのかもしれない。

「・・・会ってみたいかな」

 いそいそと準備を整える。マサキ歓待のために朝食は簡単に終えておいた。さて、それから・・・。

「・・・振袖?」
「はい」

 和室に案内された志津華は絶句する。そこには薄紅を基調とした豪華な振袖が用意されていた。

「これを、着ろ、と?」
「・・・いや、ですか?」

 志津華の反応を拒否によるものだと思った夕魅那。しかしそれは違う。

「こんなの着ていいの!? ホントね!? 今更嘘だって言ってもダメだからね!!」

 相好を崩す志津華。彼女は嬉しさで言葉を失っていたのだ。ピアノ弾きの彼女は洋服を着ることがほとんとで、和服は浴衣すら着ることはまずなかった。それこそ才能が見出される前、七五三の・・・。

「よかった・・・余計なお世話って言われるかと思いました」
「ほらほら、わたし、こんなの着たことないんだから、着るの手伝ってよ」
「はい」

 無邪気な彼女に夕魅那も嬉しそうだった。



 思ったよりも花園神社は混んではおらず、スムーズに初詣をすることができた。当たり前のことかも知れないが、神社の人達も手馴れた対応で恙無いこともその一因だったのだろう。

「夕魅那、おみくじでも買おうか」

 すっかり着慣れた振袖にご満悦の志津華がそう誘ってきた。ちなみに夕魅那も白を基調とした振袖姿である。

「おみくじは、これでいいんですか?」

 志津華に応じて、柔和な顔つきの巫女さんが丁寧に答えてくれた。私達は巫女さんの言われるままに番号の記された棒を得る。それを巫女さんが内容の記された紙を交換してくれるのだ。
 それぞれ渡された啓示の紙を凝視する。

「・・・うひゃ」

 妙な呻きは志津華のもの。

「末吉、だって。えっと・・・親しき人の幸不幸はあなた次第・・・?」

 これって良いことなのか悪いことなのか・・・判断付かない。

「夕魅那は? ・・・あらら」
「凶・・・でした」

 縁起でもない。

「内容は? え〜・・・災いが余所から吹きつける。気をつけるべし・・・これって」
「多分当たってますよね、これ」

 苦笑いを浮かべる。そうするしか他ない。吹きつけるは風の形容、災いならばきっとそれは暴風なのだろう。猛る風の剣撃を振るう<魔人>が彼女達の脳裏に掠めた。

「巫女さん、お世話になりました」

 そのおみくじを枝に結び付け、彼女達は一礼してその場を立ち去った。その背中を応対した巫女は平素でない面持ちで見送る。

「あの方達・・・?」

 織部雛乃は巫女としての<力>で何かを感じ取っていた。自分達<龍脈>に関わる<魔人>と似て異なる宿星を、あるいは。



 階段の手前でその顔ぶれに出会った。華やかな少女と、それを護らんとする騎士。

「さやかさん、諸羽君、明けましておめでとうございます」
「あっ、夕魅那さん! 志津華さんも! 明けましておめでとうございます!!」

 挨拶はいつもに増して明るく行われた。

「おふたりもここにこれらたんですね」
「はい、緋勇さんや美里さんにお会いしたくて」
「僕達もです!」
「霧島くんは蓬莱寺さんに会いたいんでしょう?」
「そんな!!」

 和む。霧島達は漠然と知ってはいた、夕魅那達はその僅かも知らないでいたが、共に同じ時違う場所で戦うことになる四人。



 幾許か会話を楽しみ、またの機会を約束してふたりは参拝するために上って行った。

「その人達って、なんだか色々な人を助けてそうね」

 上がってくる時にも見たが、神社の入り口付近はまるで縁日のようだ。屋台がいくつも道の両脇に置かれ、独特の賑わいを展開させている。足りないのは笛太鼓の囃子くらいか。

「そういえば、ヒーローショーまでやってるみたいよ、ホラ」

 夕魅那もそのことには気付いていた。大きな看板が異質というかなんというか、目に付かざるを得ない所に置かれていたから。

「コスモレンジャー・・・最近のテレビでやってるのかな?」
「さあ・・・」

 流石にそこまではわからない。ましてや<魔人>が扮する本物だとは・・・。

「あッ」
「? どうかした?」

 子供達の集まる中、ひとつ見覚えのある姿を視界に入れた。思わず洩れた声に志津華も気付く。そこにある感情は喜び。

「志津華さん、ちょっと待ってくれます?」
「え? ええ、構わないけど・・・コレ見るの?」

 ショーに興味でも湧いたのか、そういう質問をしたのだが聞こえなかったらしい。返事と共に彼女はその雑踏向かって小走りで行ってしまった。
 夕魅那はその目立つ目印に向かった。それは一際輝く金髪と黒猫。

「マリィ!」
「エ? ・・・! ユミナ!? ユミナ!!」

 気付いてくれた。一層喜びが増した。振袖のマリィが飛び跳ねてやってきた、そして抱き付いてきた。

「ユミナ! 会えてマリィ、トッテモ嬉シイ!!」
「私も、マリィ!!」

 通院することの少なくなった夕魅那はもうほとんどマリィと顔を合わす機会はなかったのだ。

「あのー、できれば事情説明なんかをしてくれるとありがたいな、とか思うんですが」

 遠慮がちに志津華が声をかけた。



「彼女はマリィ・クレア。私の恩人のひとりで大切な友達。こっちは御名砂志津華、わたしの友達で同居人」
「ヨロシクネ、シヅカ」
「よろしく、マリィちゃん」

 愛らしい少女だった。しかし彼女も<魔人>で、その<力>のせいで大きな不幸を背負わされたという。

「周囲の環境って大切ね」

 この三人は<力>や才能のせいで何かしら災厄に見まわれたことがあるという共通点があった。そんなもののせいだかおかげだかは不明、しかしすぐに打ち解けたのは事実。

「マリィ、美里さんと一緒には来なかったの?」
「ウン、デモさっき葵オネエチャン達と会ったヨ」

 何でも入り口付近で歓談していたとか。

「あッ、マリィ、ショーが始まるみたい」
「ホントだ・・・ユミナ、マリィ学校のトモダチ待たせてるカラ・・・」
「ええ、また会いましょう」
「ウン! バーイ!!」

 ショーを見るため、級友達の元に戻って行った。



 階段を下りきった、ちょうどそこで。

「あ・・・」
「・・・倉条さん?」
「あら?」
「夕魅那ちゃんだよ、醍醐くん!」
「う、うむ」
「・・・誰よ?」
「そーいや、アン子は知らねェんだったな」
「なんとまあ、賑やかというか・・・」



 再会を果たした。








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