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東京魔人学園 蒼星行 <その参>







 人は自らの道を自分だけの意志では決めることが出来ない。人は社会で生きる。そこにはたくさんの人がいて、お互いを制限して生きている。だから人は自由にいられない。でも、そんな人たちも多くの人の目を気にしなければ好きに生きられるだろう。そう思い続けてこの<力>を使った。そんなことを考えたのと、この<力>に気付いたのはどっちだっけ? どっちでもいいや。
 いいことしたよね、そのはずだよ。気分よかったな、一日一ぜん、とか聞いた事あるよ。そうだよね? だっていいことだよ、あのおねえさんも<力>をつかったの見てもおこんなかったし、ほめてくれたんだ。で、はなしを聞いてもらった。みんなじゆうに生きればいいって。
 おねえさんもそうだっていってくれたし。でもおねえさん、かなしそうに言ったんだ。「みんなじゃない」って。
 おねえさん、もっとくわしくおしえてよ。どうして、どうしてみんな自由にできないの? なんで? なんでだよ・・・。





(成長の度合いもこれくらいかしら)

 それでもまだ時間に余裕はもらえた。誰も気付かない所から観察の目を向ける。
 闇色の瞳が冷ややかに見つめた。予想した程度の<力>を示したことについては特に心配もしていなかった。とはいえ。

(全てが予定通りに進まないことも、ままあるか)

 接触については満足できない。どうしたものだろうか。

(まあ、しばらく様子を見ましょうか。あたしは受け取った彼を作り直す仕事もあるからねぇ)

 その場に漂っていた彼女の意識は無数の光の粒となって肉体に帰還する。
 閑静な住宅街の一角。そこに非日常の影が潜んでいた。





 午後の授業も表面上平穏に終わった。ただし秋月マサキの顔色は冴えなかった。理由は明白、あの弾劾にも似た絶叫・・・いや、弾劾にあった。





「うんめいなんてなければいいんだ! もしあったとしてもそんなのだれもみちゃいけない、ましてかってにかえちゃいけないんだよ!!」

 それの言わんとすることは星詠みについて。人の持つ宿星を見る、まして観察者の不都合は予め書き換える。そんな<力>を行使するなど許されない・・・。

「そ、れは・・・」
「ほくだってさいしょはおねえさんとおなじで、ぼくのうんめいをかえようとしたんだ。そしてつぎはぼくのしってるひとたちをうんめいからたすけてあげたんだ。でもうんめいそのものをつくりかえちゃうひとがいるなんて、どうすればいいんだよ!?」

 ことの次第を悟ったマサキは青ざめる。追い詰められた襲撃者の意思がさらけ出され、その声はマサキの耳朶を打つ。

「そんなちから、すこしのひとがじぶんのためにつかうにきまってる」

 人形の姿勢はもはや敗残者ではない、糾弾者のそれに変わっていった。

「よりよいみらいを作るための<力>なのに、じぶんのために、自分のためだけにもちいるなんてあってはいけないことのはずだよ」

 あまりの指摘に、または呆然とする主人のためにこの奇妙な演説が変化していることに気付いたのは、演説の深い部分に関わりを持たない<冷静>。

(意見の内容そのものは変わっていない、己以外の要因が未来を左右することに対する不満だ)

 変化は内面にではなく、それを飾る外面に顕著に現れた。言葉使いが子供のものではなく、年長者のそれに変わっていく。

「<力>を利己的に振舞う者は危険過ぎる、それが多くの人間を左右する規模のものであればなおさらでしょう」

 丁寧さの中に激しい憤りを感じる。

「だからわたしは排除を試みるのです。予知を私的に扱う人々が、その影響力を以って世界に関わることを避けるために」

 一際人形が輝く。いや、それは霊魂の呪縛が解ける様だったのだろう。勝ち目のない敵は己の主張を諭すかのように行った後、音もなく消えていった。
 この襲撃は人的被害よりも精神的影響を彼女・・・マサキに残した。



 完全に大人の口調で幕を閉じた演説だが、人形消滅の際にその心根の深奥・・・飾らない言葉の一部が<知覚球域>に引っかかった。それは恨み言でも主張でもなく、聞き届けられることのないがわかっているかのような弱々しい呟き。



「てんさいなんて、いらない・・・ぼくはぼくのみちをいきたいんだ・・・」




 放課後。マサキは美術室(昨日の騒ぎで半壊した部屋とは違う場所)で筆を持つ。あの蒼いキャンバスを前にするが、特に何をするでもなく筆を持つだけだ。表情は一様に暗く、懊悩が背中からも伝わるほどに。
 そんなマサキの様子から何かに耐えるような顔で視線を外し、夕魅那は浮かない表情の御門をひとり美術室の外に連れ出した。

「何ですか、いったい」

 開口一番、不機嫌、というよりやり切れないといった口調で御門は夕魅那の意思を問う。並の精神の持ち主なら到底反論を許さないその視線にも彼女は揺るがない。事態は一刻を争うかもしれないのだから。

「御門さん、あなたの情報収拾能力を使って、30歳以下で<天才>と言われたことのある人を洗い出してください」
「・・・何をいきなり?」
「説明は手配の後でします。ですから」

 そこには引っ込み思案の娘はおらず、ただ友を思い必死に行動する人間がいた。そのひたむきさは御門をも圧倒する。

「・・・いいでしょう、後で納得の行く説明をしてもらいますからね」

 彼は携帯電話を取り出し、いくつかの指示を各方面に送り出した。
 これで満足ですか、という皮肉まじりの問い掛けにも生真面目に頷き返す夕魅那。彼女の示した挙動は不審ではあったが不快を呼ぶものではなかった。

(もっとも筋の通った理由があればこそ、ですが)と考えてしまうのが普段の御門である。彼もまた、何かしらの行動に出たことで自分を取り戻しつつあった。

「さて、今の行動が何の意味を持つのか説明していただきましょうか」
「はい」

 理論立てて説明するには<冷静>さが必要だった。懐剣を抜いた状態で彼女はことの次第を語った。

「先程の接触で、ごく少ない手掛かりが得られたのです」

 今回の襲撃に際して夕魅那は<力>を戦闘に用いなかった。その状況で彼女が行ったのは人形の詳しいスキャニングである。死霊を操る、などという術は珍しくもない。世界各国宗教の数だけあるといってもいいだろう。しかしそれはシャーマニングであっても学術式であっても術者の意思が込められているはずであると判断した<冷静な私>は、その糸を探ったのだが。

「呪術の痕跡は何一つ見つかりませんでした、不自然なほどに」

 それが逆にある可能性を示した。普通、数を頼みにする戦いは兵の運用次第で強さが決まる。それが前回も今回もあまりに無秩序な戦い方であったことからもわかる通り、彼らを束ねる要即ち頭脳はここに存在しないのだ。
 ただ実体化させた霊を送りつけているだけ・・・そんなことが可能か。
 この飛躍はかなりの強引さを含んでいるのは<冷静な私>も承知である。しかしほかに当てはまる理屈がひねり出せないからには、この理屈を柱に据えるしかない。
 それ即ち。

「敵はただ彷徨っていただけの死霊の運命を決めたのではないか・・・そう考えました」
「そんな馬鹿な・・・!」

 その結論には流石の御門も、いや、運命のなんたるかをよく知っている彼だからこそすぐには頷けなかった。

「人形はあの演説の中でこう言っていました。<運命を変えようとした>、或いは<運命から救ってあげた>・・・今の推論を裏付ける証言です」

 (おそらく)術者本人の言ったことだ、否定出来る要素は彼の中にない。

 ここで少し話の方向が変わる。

「ところで御門さん、昨日の御門さんたちのスケジュールのことですが」

 彼女は御門たち3人がマサキの護衛をしなかったことを蒸し返す。

「昨日ではなく、それ以前にみなさんの予定がぶつかってしまったことはないですか?」
「・・・ええ、何度かは」
「その時、みなさんはどうされましたか?」
「世俗の雑事など、秋月様の安全に代えられるはずもありません。勿論予定の方を取りやめました」
「後のおふたりもですか?」
「そうですね、芙蓉は私の用事で席をはずすこともありましたが」
「今回に限ってみなさんは予定を優先した、と・・・冷静に考えるとおかしな話だとは思いませんか?」
「何が言いたいのです?」
「みなさんも昨日の運命を少し操作されたんですよ、おそらく」

 咄嗟に二の句が告げない。

「運命、といってもごく些細なことです。例えば<約束を違えない>という程度のものでしょう」

 些細な改変は大筋を狂わせることがない。

「・・・つまりあなたはこう言いたいのですね。敵にも星を詠み、それを干渉し得る<力>を持つ者がいると」
「少し違います。星詠みには届かない、似た<力>でしょう。未来を見ることなどはできないのではないか、というのが推測ですが」

 でなければ昨日の絶好の機会に私が偶然やってくるなどいう事態は避けれただろう。もっとも私にはオカルトの知識が不足しているのでどういった<力>が関わっているのかは推測出来ない。

「ここまでの話はわかりました。それと先程の指示については関連性が見えませんが」

 先を促す。

「そうでしたね。あの指示はこういった理由に基づくものです」

 あの主張で拾えたキーワードにこういうのがあった。<天才なんていらない、僕は僕の道をいきたいんだ>・・・<いきたい>は<生>と<行>をない混ぜた意思だった。前述の意思との関係を考えれば才能故に人生を決められた者の嘆きが妥当だろう。始めの主張も、それらしいことを含んだ言い回しをしていた。ただ語彙のない子供の意見だった。あまりに素直な子供の・・・。
 その意見が言う<おねえさん>も、同じ境遇の人間であることが語られた。見知らぬ彼女も調査の対象として外せない。なにしろ<知っている人たちを運命から解放した>のだから、何かしらの影響を受けた可能性が高い。つまりは被害者加害者の区別は別にして、事件の渦中に2人の天才がいるかもしれない・・・そういう賭けだった。

「賭け、ですね確かに」
「その<おねえさん>が30歳以下かどうか・・・。範囲を広げれば限定に時間がかかり過ぎますし・・・あとは子供の感性次第」

 子供がいくつの女性までを<おねえさん>と呼ぶか、が重要な鍵・・・。なんとも頼り無いが、これ以上の手掛かりはなかった。

(不可解なのはあの口調の変化だが・・・)

 打つべき手を打った彼女は再び新たな糸口を求めて思考の海に潜る、というより挑んだ。あれは何を意味しているのか、今のところ何の関連性も見いだせないのだ。敵の狙いも不明だが、根ざしているものが<星詠み>と大凡ながら推測できるのと違ってあれは全く理解不能だった。

(人格の入れ替えとも違う・・・意見そのものは変わっていないのだから)

 そう、あれはまるで間に翻訳者、あるいは意訳者が入ったような感じだった。・・・それでも意味はない。相手にどう伝わるかなど、あの場合意味はないはずだ。

(それとも何か意味があるのか・・・?)

 結局、それだけは当事者の口から知るまで解けない謎だった。





 深夜。マサキを心配して浜離宮に泊り込んだ夕魅那の元に御門がやって来た。

「調査の結果が来ましたよ」

 それは電話帳を3冊ほども束ねたくらいの量をした書類。

「探す要件は異変の起こった天才もしくはその付近、に間違いないでしょう?」
「はい」
「では、ここからは我々が判断するべき領域ですね」

 手早く書類の束を受け取った夕魅那は<知覚球域>をそれに集中させた。情報の羅列が洪水のように夕魅那の精神を蝕んだがたいしたことではない、そう言い聞かせて作業を続行する。

(意識が揺れ動く。急がないと)

 情報の把握に手間取る。言葉を見て取れたとしても、それを理解する時間がないような状態が凄まじい速度で繰り返されるのだ。それを喩えるなら耳障りな音を延々と聞かされる行為に等しい。
 気を強く持たないと発狂する、そういう行為に。

「っ! ・・・っ、・・・・・・!!」

 僅かに垣間見える狂気の発露に御門すらも正視にし難い。己の正気を捨てる覚悟で一体彼女は何をなそうというのか、御門にはその答えはある。マサキのためなら自分もまた己の存在すら惜しまずに行動するだろう。彼にとっては当たり前のことだが、この倉条夕魅那という少女はほんの2日前、偶然にマサキの出会っただけのはずだった。
 確かに彼女は聡明で、人の心を考える良識の持ち主であった。マサキ・・・薫・・・の渇望の一端を知り、それを埋めてくれた優しさをも持っていた。しかしながらほんの少し友誼を結んだだけの人間のためにここまで出来るものなのだろうか、全てを斜に構えて物を見る御門には納得がいかなかった。

(!)

 狂気が夕魅那の足首を掴む寸前。記憶した情報の一部に気になるモノを見つけた。いや、それは内容そのものというより、かつて見たことのあるモノが突然出てきたからだった。暴走に近い<力>の解放を押さえ、その情報の近辺にのみ集中する。

(これだ、御名塚藤男(みなづか・ふじお)・・・この顔に見覚えがあった。これはあの場所で見た顔だ)

 時は先日、場所は桜ヶ丘病院。

(そう、あの病気の患者だった)

 突発性置去症候群と名付けられた<力>による犠牲者。あの患者がこの<天才>を記したファイルに出てきたのだ、天才の父親という立場で。
 確認の必要があった。

「御門さん、電話を貸してください」
「何かありましたか」
「はい、とても奇妙な繋がりが」

 電話をして繋がるや否やとあることを確認する。

「・・・そうですか、ありがとうございます」

 礼もそこそこに電話を切る。

「有益な情報でしたか」
「おそらく。この御名塚藤男とその妻である美奈子は、ともに<力>の関係するだろう病気にかかっていました」

 その確認だった。御名塚貴雄(みなづか・たかお)、この11歳の数学天才少年の夫妻は共に置去症候群の患者であることが判明したのだった。それもごく初期の発病だったこともわかっている。
 さらに調査を行う。彼の近辺にいるだろう天才・・・そのピースが合えば大いなる前進なのだから。
 そして。

「見つけた」

 かつてピアノの天才少女と言われた女性、御名砂志津華(おなさ・しづか)。精神失調で自殺未遂、その後自らの聴覚を捨てて音楽界から隔絶した悲劇の少女。夕魅那と同い年の彼女、その居宅は御名塚家の向かい。

「<風の雪>・・・」

 思わず口にした。

「何か言いましたか?」
「いえ、別に」

 彼女の自殺未遂当時のコメントが掲載された記事が添付されていた。それはあまり流通されていない、それゆえに飾らない事実を掲載することで知られた雑誌の切り抜き。

「わたしはただ音楽が好きだっただけ。それでよかったのに周りはわたしに天才を期待して押し付けた。わたしは好きに音楽に触れていたかった」

 好きなように生きられない・・・あの主張がここにあった。

「彼女が<おねえさん>ですか」
「彼女の両親があの病気なら、まず間違いなく」

 それは予想通りの符合を見せ、夕魅那の執念が陰謀を上回ったことを証明した。





「これでよし、と」

 配下に御名塚貴雄と御名砂志津華の捜索を命じた御門は改めてこの憔悴しきった少女を見る。そして疑問を素直に口にした。

「何故そこまでする必要があったのですか」
「?」

 呼吸を整えるくらいでは決して癒えない疲れを抱きながら、それでもなんとか笑顔を乗せる。これから行うことに弱音を見せてはいけなかったからだ。

「自分を危うくするほどの<力>を行使するなど・・・貴女は昨日今日出会ったばかりの秋月様にそこまでの義理を感じているのですか」
「義理だなんて・・・ただなんとなく放って置けなくて」
「友情、とか表現できる感情ですか?」
「・・・それが一番近いんだと思うんですけど、既視感や親近感もあると思います」

 マサキの背負った宿星は私のそれに似ていた。<力>の行使により突然変化した日常、<力>の存在そのものが巻き起こす争い、そして今回の事の根幹である自ら望んだ<力>の振る舞いに対しての後ろめたさ・・・。
 夕魅那はそれを乗り越えた、たくさんの人の助けを得て。だからこそ夕魅那は助けたくなったのかもしれない。かつての自分と同じ思いを背負ったままのマサキを。

「<力>は使う人次第でどうにでもなるものですが、<力>があるという事実は時としてその持ち主を苦しめます」

 しかしそれは超常の<力>以外、例えば優れた才能なども含まれる。

「そのことについて、マサキさんと話してきます」



 ただ静かに、静かに。暗い影を己の心に自覚しながらも、それを払拭できない彼女はただ苦悩に沈むのみだった。常日頃ならば自分の警護を担ってくれている彼らに対しても辛さや弱さを見せない(彼らはそれを承知してはいるが)マサキも、あれからは殻に閉じこもってしまった。
 かつて彼女は大切な兄を助けるために<力>を使った。兄の危機を知り得たのは彼女だけであり、またそれを退けられたのも彼女だけだった。彼女は今や自分の守護を行う彼らや、兄自身の制止すら振り切って<力>を行使した。それは彼女自身の自由をある程度奪う結果となり、反面大切なものは護りとおせた。<力>を使ったことや、その結果半身不随になったことなどは一度も後悔したことはない。そう、自分の身に起きたことは後悔の対象にはならなかった。
 しかし心の深くに残っていた慙愧の念、それをあの人形はマサキに思い出させた上にさらなる傷跡を記した。

「運命を見る<力>を持つ者が、そうでない者の未来すら決めてしまう」

(兄様自身が断った<力>による運命の変更、それは宿星を操られることそのものへの拒否だったの・・・?)

 答えは得られない。命は取り留めた彼女の兄はまるで生きることを断るかのように目を覚まさず、既に2年が経過している。

(僕・・・わたしは・・・わたしは果たして・・・)

「こんばんは」

 負の感情に囚われた思考を阻むために彼女はやって来た。

「よお嬢ちゃん、御門がお前さんの所に出向いたはずだが、なんかあったのか?」

 マサキの側についていた村雨が真っ先に声をかける。それは探りではなく、確認だった。あの御門が何の用もなくマサキの側を離れるはずがない。ましてや今のマサキは・・・。

「はい、そのことについては後で」

 彼の問いかけについて夕魅那は即答を控える。今はマサキの心を救うのが何より先決だから。

(左腕もいつまで持つか)

 先日の不幸な誤解が生んだ御門・村雨を敵に回した戦いで、彼女の左腕は霊的存在を危うくするくらいのダメージを負った。治療は施しているが、<力>を使うとその負傷個所から<力>の調和が狂っていく。その制御できない<力>は彼女に多大な負担を強いていたのだ。その状態での<知覚球域>の濫用、夕魅那はいつ狂死しても不思議ではない精神状態だったことを誰が見抜けたろうか。

(我慢強さには自信があるんです)

 そんなことを考えて気を紛らわせる。何かを強く思わないと気が遠くなり、または自分が何処かに行ってしまいそうだった。

(さてと)

 夕魅那はマサキと視線を交わす。その弱々しい視線の向こう、彼女の内側に問い掛ける。

「マサキさん・・・いいえ、薫。貴女は何を悩んでいるんです?」

 今この状態で<力>を使えば夕魅那は最悪死ぬ。ゆえに懐剣は抜いていない。いや、それだけが理由ではない。マサキを、薫の心に光をあてるには<理>と<情>の両方に訴えかける必要があった。<理>については御門の協力によってもたらされた情報で手に入れた。あとは<情>・・・私自身をぶつけるしかなかった。

「あなたはそんな生半可な覚悟で<力>を使ったのですか。何物にも代えがたいものを護るために<力>を振るったのではないのですか。それは誰かに認めてもらわなければならないことなのですか」
「・・・」

 鬼気迫るというより優しげで、弁舌というよりただ心の内を曝け出すどいうような雰囲気。

「彼らのことが大体わかりました。彼らは自分達の才能が仇になり、自分自身の自由を拘束された人達です」

 瞳に少し光の戻ったマサキに、夕魅那は知り得ることの全てを推測も交えて話した。束縛された彼らの<自由>を求める心が<力>をもたらしたであろうこと、その<力>を使って自分達を縛る大人達の記憶を操作したことも。あのアイマスクは少年の仕業だろうと推測できた。アイマスクの懲りようは冗談好きでも皮肉でもなく、少年が知っていたアイマスクをそのまま素直に再現したからだろう・・・そう、本当に素直に。

「彼らは自分達の望みのために<力>を振るいました。でも彼らはそれが人のためになる、と錯覚しました。自由こそが、他人によって選択肢を狭まれたりしないことこそが良いことだと勘違いしてしまったのでしょう」

 彼らとは何の関わりもない人達も幾人か置去状態に陥っていた。自分達の正義を他人に押し付け始めたのだ。
 その彼らが宿星のことをどこかで(それはわからないが)知ることになる。

「自由を尊ぶ彼らはこう思いました。宿星こそが人を縛る最大の障害、そしてそれを見て動かすことができる<力>こそが最大の悪であると」

 一息入れる。<力>が一瞬夕魅那の鼓動を止めかけたから。

「そして彼らの言い分を聞いてあなたも錯覚してしまいました。宿星を変える<力>は罪だ、と・・・思い上がってはいけませんよ」

 さらに薫に詰め寄る。力強くではないが、確実に一歩心に近付く。

「あなた程度の<力>でどれほどの人の運命とやらに干渉できるのですか。たったひとりの命をなんとか助けられただけで半身を失ったあなたに」
「!」

 薫・・・マサキの目に力が戻った。いや、これまで以上に力を放った。

「あなたが出来るのは人の未来に対して助言を行うこと、だったはず。いつからあなたはラプラスの数式を手に入れたのですか」

 世界の現在・過去・未来を計算できる数式を求めた数学者・ラプラス。無い物を追いかけた彼はしばし嘲笑の的にされる。

「できもしないことを言われて悩むのはおよしなさい。それと同時にこう考えなさい。<わたしはわたしのやりたい事をやっただけ。弁解もしない代わりに理解も求めない>、と」
「夕魅那さん・・・」

 泣き、笑い、怒りの絡み合った表情を見せるマサキ。

「人は万能ではありません、だから出来ることから・・・やっていく。それで、いいんです・・・よ」

 呂律が怪しくなる。だめ、もう少し、もう少しだけ。
「彼らは間違ってしまっています。そして宿星の本当の意味を知りません。教えてあげてください。それはあなたの・・・ためにも・・・とてもいいことだと思います」

 無理に微笑む。返事を待たずして踵を返し、そこを離れる。マサキ達の視界から外れたことを確認し・・・それからのことは何も覚えていない。受け身ひとつせず夕魅那は昏倒した。





 御門の配下がその情報を持ちかえれたのは簡単な理由からだった。自分達の所業が発覚することがないと安心していたのか、彼らは自宅でそのまま生活をしていたのだから。
 そこは港区の新宿寄りに位置した。

「御名塚と御名砂、か」

 入手した写真を改めて見る。少年は利口そうで、少女は優しげな顔。

「どういう経緯でそうなったかを知っちまったせいで、何だかやりにくいぜ」
「無理に、とは言いませんよ村雨。おそらく彼らの<力>は直接的に相手を害する種類のものではないはずですから」
「それに僕は戦いに来たんじゃないよ村雨」
「まあそうなんだが」

 向こうもそうだとは言えねェだろうが、などとはとても口に出来ない。彼はただマサキのお供をするだけだった。
 マサキの調子は完全に元に戻っており、その事については夕魅那に感謝のしようもない。後で発狂の危機を押しての行動だったことを知ってなおさらそう思った。

「夕魅那さん、大丈夫でしょうか」

 ちょうどマサキもそんなことを言い出した。電池が切れたように失神した夕魅那は浜離宮で手当をしている(発見者は御門)。桜ヶ丘に連絡し、院長と入れ代わりに彼ら4人は事の解決に乗り出した。理由としては事件の首謀者たちはマサキを襲撃する以外にも別の事件を起こしていたことが夕魅那から語られたせいもある。束縛された環境を破壊する為にふたりは近親者の記憶を操作した。自身以外のことを忘れさせる、そうして他者への関わりを断たせた。ここ数日(マサキ襲撃の日前後から)は置去症状の発病者もでることなかったが、いつ再発するかもわからない。

「大丈夫だろ、あのタイプの人間はそう簡単に死なねェよ」

 そう、事の顛末を見届けるまでは。

「さて、どちらから行きますか、秋月様」

 そこは平凡な住宅街の一角。向かい合う住宅の表札に<御名塚>と<御名砂>の名前。

「女性から」とマサキは答える。彼らが共謀しているのはほぼ間違いない。ならば理を以って説得の適う方から先にし、共に衝動的な少年の説得を試みたほうがよいとの判断からだった。

「では、少しお待ちください・・・芙蓉」
「御意」

 スーツ姿の芙蓉が御名砂家の前に立つ。別に呼び鈴を鳴らすわけではない。彼女は家の中の気配を読んでいるのだ。

「人の気配がふたつ・・・2階の同じ部屋に。入手した間取りでは、御名砂志津華の自室だったかと」

 彼女の家族は全て例の奇病を患っており、暮らしているのは彼女ひとりのはずだったが。

「彼がいるのでしょうね」

 ふたりが協力関係ならば不思議でもなんでもない。

「仕方ありません、結界を張って彼らの<力>を封じましょう。その上で彼らを拘束するしかありますまい」
「いえ、このままで」
「いけません」
「そうだな、これ以上は俺も賛成できねェ」
 夕魅那の意見を拝聴していた村雨はある程度の理解を示していた。今回の<人ならざる者>は宿星を人生全ての航路を書き記した予定図だと思っているらしい。そして人は決してそれから抜け出すことが出来ないのだと。本来の宿星とは、人生のある場面において成すべき役割といった方が近いだろう。例えば緋勇龍麻である。彼は<黄龍の器>という時代を改変し得る位置を宿星によって定められたが、彼がどのような性格か、どのような体格かなどという環境や経験云々が関わる事象までを決めたりはしたわけではない。また彼が<力>に目醒めたのは星の定めるところだったが、それ以前の日常についてはそれの関わりないことだったはずだ。
 いかなる強い星の元に生まれようとも、それは人生全ての道筋を決めているわけではない。一生(あるいはそれ以上)関わる能力等が振り分けられたとしても、それを扱う裁量は本人に委ねられている。そういうものなのだ。
 だからこそ、マサキ・・・薫が<力>を以て兄を救ったことも自身の裁量に任された事象のひとつに過ぎない。星々に深く関わり、多くの人々の運命を見てきたが為に彼女もそのことを失念してしまっていたのだった。
 夕魅那の指摘でそれを思い出したマサキは、その理を以て誤った宿星論を憎む彼らに相対することを選んだ。誤解による衝突は無益である以上に物悲しかったから。
 マサキの言いたいこともわからなくはない。己の未熟さが事件の延長を決定付けたとの思いもあるのかもしれない。しかし、だ。見ず知らずの暴走した女子供の目を覚まさせるために大切な人を危険に晒してよいなどと彼らのうち誰も首肯しなかった。

「お前の気持ちもわからなくないがよ、よく知らねェ人間のために命張るようなバカは褒められないぜ」
「夕魅那さんにそう言うことができますか?」
「・・・これは一本取られましたね」

 今回の件で夕魅那に恩を受けなかった者はいない。

「彼女の姿勢・・・とても眩しいものでした」
「ったく、ますます頑固になってるじゃねェか」
「では、向こうの出方次第で防御を行う・・・いいですね、村雨、芙蓉」
「わかったわかった」
「御意」

 彼女らは不意をつくでもなく、ただの来訪者としての立場を貫いた。
 即ち、呼び鈴を使った。

「・・・はい」

 インターフォンから陽気に欠ける声がする。

「ごめんください、御名砂さんのお宅でしょうか」

 男の子の声だった。そういえば御名砂志津華は聴覚を失っているはずだ。ということは。

「・・・どちらさまですか?」
「僕は秋月マサキといいます」
「えっ!?」

 驚きと共にインターフォンが切れる。天才少年といっても子供、不測の事態への応対はできないらしかった。

「さてと、鬼が出るか・・・って状況だな」

 ある程度の時間が経過した。向こうからの襲撃を想定した防御陣を展開していた彼らだが、それは徒労に終わる。
 ごく普通の玄関のドアが、これまた普通に開けられた。
 佳人、というのが彼女を端的に表す言葉だろう。儚げな印象を持つ少女と、その腰にしがみついている、やや怯えを見せる色白の少年が戸口にその姿を見せた。

<はじめまして>

 突然精神を揺さぶられるような感覚と、それに伴うメッセージ。その女性的なイメージは丁度目の前にいる彼女に似合うもの。そしてあの弾劾を行った口調にも似ていた。

<わたしが御名砂志津華、で、この子が御名塚貴雄くんです>

 その精神感応が志津華という少女の仕業なのは明らかだった。

「テレパシーですか?」

<いえ、精神波の共振・・・とでも思ってください。わたしにも詳しい原理はわかりません。ただ人の心は読めませんから>

「それも<力>の副産物というわけですか」

<でしょうね>

 牽制し合うような挨拶を続けるつもりは両者ともなかったと見え、すぐさま訪問の理由について語られる。

「単刀直入に伺います。僕の<力>をご存じなんですか?」

<聞くまでもなく充分な調査の結果ここにいらしたのでしょう? ・・・まさかそちらから先に来られるとは思いませんでした>

「あなた方は誤解から多くの悲劇を生み出そうとしています。まず、僕の話を聞いてもらえないでしょうか」

 マサキはあくまで丁寧に、敵対の意思ではなく歩み寄りの姿勢を示した。その態度は偏見に凝り固まっていた彼女にも少しは伝わるほどであった。

<・・・わかりました。取り敢えずお上がりください。玄関先で話せることでもないでしょうし>



 直接対面をなしたファーストコンタクト、それは意思の疎通なく決裂することはなかった。
 しかし当事者達の殆どは知らなかったのだ。彼女らの思惑とはまったく異なる意思で事件を煽る者がいたことを。








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