『ああー、今回の任務もキツかったねェ』
『何言ってやがる。楽勝だったじゃねェか』
『おっちゃんねぇー。たかがスリープクラウドっつったって、かけてる本人は結構キツいんだからさー』
『そうかよ。だったらいちいちグチってねェで、寝てろ!せっかくの馬車なンだからよ』
『まあまあ。後はすぐそこの目的地まで荷物を届けりゃ、任務完了なんだからさ。今日は酒場で騒ごうぜ』
『そうだなァ…ン、どうした、ボズ?絵なンかじっと見ちまってよ。傷つけンなよ?』
『ああ…ちょっと、気になって』
『ふーん。いつも仏頂面のアンタが、絵に興味があるとは意外だねー』
『黙ってろヴァネッサ!イイ傾向じゃねェか。確か、絵っつーのァアレだ、じょうそうきょういく、てヤツにイイんだゼ?いつも何考えてるか分からねェコイツにゃピッタリじゃねェか』
『デニム…情操教育って、赤子じゃないんだからさ』
『まあ、アタシ等の仕事じゃ絵なんてゆっくり見てるヒマないけどねー』
『ま、そうだな…へえ、描いてる人はサリィ・キースリングって言うのか。よく知らないけど』
『………』
『ムウ…何か、猫に小判って気がして来たゼ』
俺たち傭兵隊の仕事は、多岐に渡った。
要人やキャラバンの護衛。
重要な遺跡や軍事施設等の哨戒。
中には村を襲うモンスターの退治など、冒険者まがいの仕事もあった。
そして、戦争。
『プリシスへ赴く、だって?』
スキップが驚く。無理もない、そんな遠い小国にわざわざ赴くなんて、どう考えても非効率的だ。
『オウ。なんでもよォ、ソコじゃ最近紛争とかテロが絶えねェんだとさ。ンで、俺等が総動員して組織を潰してくれ、だと。ヘヘ、久しぶりに歯ごたえありそうな仕事じゃねェかよ?』
デニムは愉快そうに腕を組みながら言う。
なんでも、プリシスとロドーリルの間では6〜7年前から戦争が絶えなかったらしい。今でこそ休戦調停が取られているが、均衡は危うく、更に小国プリシスでは戦争の副産物として反政府テロ等の運動が盛んであるという。
『あー、聞いたコトあるわねー。今までは軍師のヒトが止めてたらしいけど、最近そのヒトロマールに移っちゃったんでしょ?だから国力が結構マズいんだってさー』
ヴァネッサが補足する。その口調に似合わず、なかなかの博識ぶりである。
『ま、そンなワケでよ。行くだろ?早速準備しようゼ!』
デニムは半ば強引に準備を勧めた。こういうところは相変わらずだ。
『異存は無い。行くさ。』
俺も、相変わらず素っ気無くそう答える。もはや皆慣れているのだろう、その反応に意を介すことも無い。
紛争の、鎮圧。
今までの任務とさほど変わらないと思っていた。怪物が人間----下手をすれば素人も混ざっているかも知れない----に変わるだけだと思っていた。そう考える自分に、もはや冷たい物すら感じなかった。
だが、実際の光景は俺達の想像を遥かに越えていた。
死体が日常にある光景。
砦や用意された戦場で戦う戦争にはない、戦慄の光景がそこにはあった。
倒壊した家屋。
塀にもたれかかり、まるで小休止しているかのように佇む衛兵。
だが、その首から上は無かった。
井戸で水を汲む少年の傍らには、もはや息をしていない乳のみ子を庇って死んでいる母親の姿があった。
そんな光景に、俺達は息を飲む。デニムに至っては、さっきから大声で怒鳴りたてて気を紛らわしている。
『いいかッ!俺達の任務は迎撃だッ!他の隊の半分は軍と合流してテロリストの糞野郎どもを追い立てているッ!俺達ァその隊から逃げおおせた奴等を叩くぞッ!油断すンなよッ!』
『判ってるよッ!いいからその大口を閉じなッ!』
いつも飄々とした風を装っているヴァネッサも、いらつきをおさえられないようだ。
『くそっ!俺はプリシスを見限ったって軍師様を、恨んでも恨みきれないぜ!』
そう吐き捨てながら、スキップは建物の陰に隠れて狙撃の準備を始める。クレインクインの弦を引く、キリキリと乾いた滑車の音がかすかに聞こえる。
俺はといえば、もうすぐ訪れるであろう怒号と殺戮の瞬間を実感しきれず、柄になくうろたえていた。表情こそ崩れないが、冷たい汗が間断なく流れる。
それを見て、デニムが肩を叩く。
『慣れろたァ言わねェ。冷静になれとも言えねェよ。だがな、判断を誤りゃ俺達もあの首無しみてェになっちまう。もしダメだと思ったら、迷わず逃げろよ』
『あんたは、同じ状況でそうするのかい?』
俺が問う。デニムは答えなかった。いや、答えられなかった。
軍の追撃から逃れたテロリストが、俺達の張った包囲網を突破しようと怒号を上げて突撃して来たのだ。
『ヴァネッサッ!』
『判ってる!万物の根源たるマナよ、この外道どもを地獄の底まで眠らせちまいなッ!!』
デニムが短く叫ぶと、ヴァネッサは素早く呪文を詠唱した。テロリストの三分の一が勢い余って地面に突っ伏し、後ろから突入する奴等の勢いを削いだ。倒れた者の中には、全身を後続に踏み潰されて絶命した者もいた。
『行くぞォオラァァァァァ!!』
ありったけの怒りと憎しみを鬨の声に込め、デニムが突入する。俺や他の小隊の戦士たちも続く。
俺は垂直に立てていたハルバードを敵の距離に合わせて振り下ろす。その重さと突入する敵の勢いが相乗し、相手は一撃で絶命した。
その後は少し後ろに走って他の敵を誘導し、その長さで牽制しつつ体勢を立て直す。一対多の闘いでは使い辛い武器だが、自分なりにその為の戦術を培っていた。
スキップ達狙撃隊も上手く俺達を援護し、とりあえずテロリストの第一波はしのぐ事が出来た。
だが、俺達とて無傷ではない。他の小隊には死人も出ていた。
『マイリーの神官はいるかッ!早く来てくれ、エイブが腹を刺されちまった!』
『俺の、俺の足がッ!糞ッ、どうやって動きゃいいんだよッ!』
戦闘が終わっても、絶叫に似た叫びは終わらなかった。
ただでさえ部隊内の神官の割合は、極めて低いのだ。
『畜生、キエフが殺られちまった。気立てのいい奴だったのに…』
スキップが力なく呟く。彼の、数少ない盗賊仲間だった。
『神官の精神力は限界だ。こいつらを回復しきったら、もう後は無ェな』
デニムが気持ち悪い程冷静に言う。あるいは怒りが限界を超えると、人はそうなるのであろうか。
ヴァネッサは今にも泣きそうな顔をして、座っている。心身ともに憔悴しているようだ。
『間もなく次の奴等がやって来るはずだ。体勢を立て直さないとならないな』
俺は誰にともなく言った。そんなことは、新参者の俺に言われるまでも無く誰もが分かりきっている事だった。
だがそうであれ、俺は何か言わずにいられなかった。俺には、他の皆のように喚き散らすことも黙りこくることも出来なかった。飽くまで今までのようにふるまわなければ、自分が自分で無くなるような気がした。
間もなく第二波がやって来た。数こそ多くはなかったが、こちらの隊も疲弊のため戦力が拮抗し、倒れる者が多くなっていった。
『もうヴァネッサの精神力も尽きちまった。ココは一旦本隊に合流してェトコだが…』
『うちの隊から連絡を回そう。それまで、耐えられるか?』
他の小隊長とデニムが相談し合っている。
『ああ、頼まァ。それにしても、話が違うゼ。追撃の連中は何やってンだ?畜生ッ!』
『しょうがないさ。全部が予定通りになんて、今までもいった試しがないだろう?』
スキップがいつものようになだめる。友人を殺されて間も無いのに、気丈なのだなと俺は思った。
それとも、俺と同じように自分らしくふるまわなければ、どうにかなってしまいそうだったのだろうか。
俺は怪我をした箇所に応急手当を施し、体力を温存するため動かず次の敵を待った。
それに反して、俺の胸中は相手に対する理不尽なまでの憎しみと、怪物と対峙する時のような奇妙な高揚感に包まれていった。まるで、自分自身が怪物であるかのような錯覚まで覚えた。それはもはや狂気だった。
そんな俺を見て、デニムは静かに呟いた。
『ボズを俺達が引き取ったのァ、もしかしたら間違いだったかも知れねェな…』
その夜、第三波が襲撃した。