彼等の所属する傭兵隊は、オランを拠点として、常に旅をしながら護衛などの任務をこなしているのだという。
隊はその中から更に3〜5人の各小隊へ分かれ、上からの任務内容や行動の方針を伝達されるのだ、と。
デニム達はそれらの中でも腕利きの傭兵達であり、冒険者として独立しても充分にやっていけるほどだった。
だが彼等は育てて貰ったこの傭兵隊に恩を感じ、あえて有利な条件を蹴ってでもとどまっているのだそうだ。
『アタシャ別に独立してもいいんだけどさ。ホラ、あのおっちゃん情に厚いっしょー?強情だし。ま、三人揃ってなきゃ独立する気なんてとてもないしさー。そんなワケでここに留まってんのよ』
ヴァネッサは言う。言葉だけとれば不服そうではあるが、そう言う彼女の表情はまんざらでもない、という風だった。
当のデニムはと言えば、俺に闘いの技術を教えることに執心していた。
闘いにおいては未熟としか言い様の無い俺に対し、懇切丁寧に、かつ時には鬼神の如く厳しく技術を叩き込む。
馬上においての闘いも考慮した上で、ギャロップなどの乗馬技術も教導を受けた。この際主に指導を受けたのは身軽なスキップからであった。
『馬ってのはさ、上に乗るやつの背が低けりゃ低いほどバランスが取れるんだよ。ボズはあんまり背が高くないから、早く馬を手繰れるようになるんじゃないかな』
そりゃ皮肉か、と俺は思った。だがスキップの表情に皮肉さはかけらもない。良くも悪くも、正直に物事を言う男なのだろう。
スキップの言ったとおり、俺が馬の手繰り方を覚えるのにそう時間はかからなかった。
半月ほどすると、俺も三人について任務をこなすようになった。
三回目の任務で、初めて怪物を殺した。
意識はしていなかったが、いつも無表情な俺の顔がこの時ばかりは凄みのある表情であったという。
人間を殺すときも、そうなのだろうか。
考えると、少し寒気がした。
デニムが言う。俺が今まで使っていた武器が壊れてしまったから、新しい武器、ハルバードに買い替えたのだ。
『ああ。だいぶいい』
素っ気無く俺が答える。デニムやスキップは、相変わらずだとでも言いたげに肩をすくめる。
『まァ、その武器は狭い場所じゃ使えねェが、そン時ゃ俺等に任せとけ。お前ェはそれブン回して敵を避けてろよ?』
『もう子供じゃないんだ。余計な気遣いは止してくれ』
デニムの言葉に、俺は図らず反論を口にした。
『まあまあ。心配して言ってるんだから、そんなとげとげするなよ』
『まー、気持ちは分からないでも無いけどねー。おっちゃんはある意味過保護マニヤだからさー』
スキップやヴァネッサが横槍を入れる。
『誰がマニヤだッ!!スキップもいちいち仲裁なンざせんでいいッ!こいつのことは俺様が一番分かってらァ!』
デニムが恫喝する。いつものパターンだ。だが、俺のことを分かっているとは思えない。
俺ですら、俺のことを何一つ分かってなどいないのに。
『…ま、イイ。その武器にゃァよ、名前はつけてやらねェのか?』
デニムが言う。名前?考えもしなかった。今まで使っていた剣だって、名前を付けてなどいなかったのだ。
俺が不思議そうな顔をしていると、デニムは続けた。
『あー、ホレ。お前ェさん記憶が無ェだろ?だからよ、その分物とかに愛着を持って、記憶を植え付けてやれよ。そンで、考えたンだが、ヤッパ愛着を持つにゃ名前を付けるのが一番かなー、と思ったワケよ』
デニムが珍しく歯切れの悪い言葉を漏らす。良く見ると顔も赤みが差している。こんな詩的なことを言うのは初めてなのだろう。他の二人も笑いを堪えている。
だが、俺は悪くないと思った。なんだかんだ言って、色々考えてくれている。やはりデニムには敵わないな。
『じゃあ、そうだな。”別(わかれ)”なんて、どうだろう』
俺は言った。
『はァ!?お前ェなァ、縁起でも無ェ名前付けンじゃねェよッ!』
デニムが呆れて言う。俺は静かに否定した。
『違うよ。そんな意味じゃない。別れるのは昔の俺さ。どうせ思い出せない過去に拘っても、何の意味もない。だったら、そんな自分と決別して、今の自分を精一杯生きる。そう思ったのさ。』
だからとはいえ、およそ武器に付ける名前でもない。それは判っていた。ただ、そういう決意をするきっかけにしたかったのだ。
『へー。ふーん。いいんじゃないのさ?アンタがそんなコト言うなんて、珍しいねー?アタシャ雪が降るかと思ったよ』
ヴァネッサが驚きの、だがけして悪びれていない表情で言う。スキップも物珍しそうな、それでいてどこか嬉しそうな顔をして頷く。
だが、デニムは複雑そうな顔をしている。しばらくして、デニムは言った。
『そうさなァ、まァそれでイイんかも知れん。だがよォ、昔のお前ェにだって親兄弟がいるワケだろ?そいつらをないがしろにするッつーのァな…。まァよ、確かに昔に拘るのはいけねェ。だけど、もし手がかりが出来たら。心に余裕が出来たらよ。そいつらのコト、大事に思ってやれよ。そして捜してやれ。きっと、心配ェしてると思うンだよな。』
少し寂しげに、デニムは言った。家族を失った男の、重みのある言葉だった。
『…了解した。肝に銘じて置く』
俺はこともなげに言った。
『はァー。相変わらず素っ気無ェ奴だゼ。誰だ珍しいコト言うなんて言った奴ァ?』
デニムが深々と溜め息をつく。
すまないな、デニム。記憶の如何に関わらず、俺はこういう男なのさ。
でも、けしてあんた等がどうでもいい存在なんて、思ってない。それだけは、記憶の無い俺だって言えるんだ。
…だが、その後俺たちがこのハルバードの名の通りになってしまうなんて、この時の俺は考えもしなかった。