旧校舎前にて
「やれやれ、日が眩しいぜ」
今日もかなり下の階層まで潜り、さすがの紫龍黎光方陣トリオも無傷で帰還というわけにはいかなかった。
「…村雨さん、袖の所がだいぶ破れていますよ。よろしければお縫いしますけど…」
「ん?ああ本当だ、頼めんのか…と、ちょっとまて、針とか糸はあんのかよ?」
「一応手芸部なので、常備しているんですよ。ちょっと拝借」
いいつつ上着を受け取り慣れた手つきで縫いはじめる。
「わりいな、なんか」
「ほう、なかなか鮮やかな手さばきだな。僕のも頼めるかい?」
「ええいいですよ。少し待っていてください」
これを見ていた妖華三方陣トリオがなにやら相談している。
「あれよ芙蓉ちゃん!あの破れた服を甲斐甲斐しく縫ってあげるところから<らぶらぶ>が始まるのぉ!覚えておいてねぇ〜」
「それにもし先を越されたとしてもああやってなにげに間に入っていくのも技の一つだからね、今度村雨に試してみなよ」
「ご忠告いたみいります…しかしそうすると、今のあのお二人のご様子が村雨に対しての<らぶらぶ>という状態と言う事となりますが…」
「…なんか向こうの方でトンでもねえ事言われているような気がすんだが…」
「…気にするな、村雨…」
「…そうです、意識したりむきになったりしたら負けなんですよ…多分…」
********************
新宿区中央公園にて
龍山邸へのお使いからの帰り道、雛乃が中央公園を歩いていると
「あら…」
ベンチに腰掛け、そのまま居眠りをしている劉の姿を発見した。
『なんと幸せそうな寝顔なのでしょう』
思わずほのぼのとしてしまう。
しかしいくら日が暖かとはいえ、まだまだ吹く風は冷たい。
『このままではお風邪を…』
ここは心厳しくしてお起こししなくては
「あの、もし…」
「…雛乃はん…」
とくん!
…今私の名を?…起きて、いえ…寝言、ですか?劉様?
それでは、私の出る夢をご覧になってそのように微笑まれて…!!!
この時点で無理に起こしたくないという気持ちが高まる。
だがしかし風の冷たさが増してきてもいた。
『だ、駄目です!やはりこのままではお身体に障ります!』
奇妙な使命感が生まれる。
小さな勇気を振り絞り、横に座って腕を引っ張る。
「劉様、劉様…」
「う…ん…」
起きた?と思えたのもつかの間、引かれるままに身体が傾き…
どくっん!!!
その細い肩に彼の頭が寄りかかった時、使命感は冷静さと共に砕け散っていた。
「…なにやってんだ?あいつら…」
「なんか声掛けない方が良さそうッスね…」
帰りの遅い雛乃を心配して、雨紋を伴い中央公園へ来た雪乃の前に…
肩を枕に幸福そうな表情で眠りこけている劉と、膝に置いた手をグーにして、俯き赤くなって硬直している雛乃の姿があった。
********************
新宿駅東口にて
「悪かったな雨紋、つきあわしちまって」
とりあえずあの二人は放っておいた。
そのまま帰るのもなんなのでカラオケにでもと、駅前に出る。
「気にしなくっていいッスよそんなの」
むしろこの状況を作ってくれたあの二人に感謝したいぐらいだった。
「劉の奴も男ならガツンといってやれっての、なあ」
「まあそうだなぁ」
短く答える雨紋、感謝すべき奴を悪くも言えない。それに被せるようにして
「雛もオレみたいにハッキリ喋ればいいのにな。なんで姉妹でこうも違うんだろ?」
「…それに関しちゃ意見が違うんだけどな」
「ん?なんでだ?」
きょとんとする雪乃。だがその答えを聞く前に
「あらぁ珍しい、雷人じゃない」
艶っぽい声に妨げられた。
「よっ藤咲の姉さん!」
「おうッ!!」
「もしかしてデートの途中だったの?」
からかい混じりの問いかけに
「へへっ、まあな」
「な、何バカいってやがる!これはだな、その、えっと」
対照的な反応が返ってくる。
「慌てなくてもいいわよ、もし違うんなら一緒に遊ばない?約束してた娘が急に来れなくなってさぁ、いい店知ってんだけど」
「でもなあ…」
「いいじゃねえか、一緒でよ!さあいくぜ、その店が閉まんぞ!!」
いいながらどんどん歩いていく雪乃。明らかに不機嫌そうである。
「…うふふ、むきになっちゃって」
「場所も知らずにどこにいくんだか…」
「相変わらず色恋沙汰に鈍感で不器用ねぇ。ああいったトコやっぱり姉妹そっくり!」
「まっ、そんなトコもまた面白いんだよな、雪乃さんって」
こっち方面じゃ雛乃よりもハッキリしていない。とは恐くて本人に言えなかった。
********************
3−Cにて
放課後、教室に残っているのはその二人だけであった。
「大変だな、生徒会長も」
「そんな事ないわよ、慣れてしまうと」
どちらの声も優しかった。
「無理すんなって、この凝りようは女子高生のもんじゃねえよ」
「剣道部主将がそういうなんて、よっぽど凝っていたのね…」
肩に置かれた手から柔らかな気が流れ込んでくる。
「オーバーワークじゃないのか?最近は戦闘も厳しくなっているしな…辛くないか?」
「大丈夫。それにね、誰かの役に立てると思うとどんな事も苦じゃなくなるの!…変かしらね、やっぱり?」
「…いや、やっぱ偉いよお前は」
肩を揉んでいた右手が、葵の頭に置かれる。
「…京一くん…?」
「珍しく人を誉めてんだ。もうちょっとやらせといてくれ」
「…うふふ、頭を撫でられるなんて何年ぶりかしら…」
静かな時間が二人の間に流れていた………
「何があってああなったか、途中経過をものすっごく知りたいんだが…」
「俺も今までの付き合いの中であんな京一と美里始めてみた…」
「どうしよ。ボク、なんだか恐いんだけど…」
「大スクープなんだけど…合成写真だといわれちゃうわよ!あんなの…」
教室の外では、あまりの光景に対応出来ないクラスメートと新聞部が緊急ミーティングを開いていたのであった。
********************
とあるバーにて
犬神はその店が気に入っていた。
暗めの照明
無口なマスター
BGMの流れぬ静寂の空間
ただ惜しくらむは、
「あなた、マリアと付き合っているんですって?」
彼の隣に座る女性の問いが、その雰囲気を楽しめなくしてしまう。
「…どこから持ってくるんだ?そんな与太話」
「ルポライターの勘…といいたいけど…アナタの可愛い生徒達が親切に教えてくれるのよ。その子のくれた新聞読む?」
「…遠慮しとこう」
「他にも桜ヶ丘病院の院長と散歩していたとか、ね。どこまで本当かは知らないけど、興味深い話ではあるのよ、調べてみたいと言ったらおこるかし……」
おしゃべりな口を自分の口で塞ぐなんて何年ぶりだ?我ながら恥ずかしくなる。
「…唐突だし強引ね、気障には遠いしロマンチックはかけらもないわ」
「…ワイルドとでもいってくれ、どうも本能で動いてしまうようだ」
「騙されちゃ駄目よ絵莉、こういった手を使う男ってろくでなしが多いんだから」
「ひひひッ、そんな男もまたいいもんだけどね」
「…そこまで念入りに気配を消して店に入る必要があるのかね…」
「あまり驚いていないのね、内緒で呼んでおいたのに」
「隠し事をしている匂いがしたのさ。この二人が近づく匂いもな」
絵莉にマリアにたか子か、今夜は女運が良いんだろうな。店の雰囲気はぶち壊しになってしまったが…。たまにはいいだろう、こんな夜も。
********************
浜離宮庭園にて
某月某日
今日は芙蓉より気にかかる報告を受ける
曰く<秋月様が何か不安がっている>と
直接本人に聞いたところによると
<殺気や妖気とは違うが、何か強い情念の様なものを感じて>
さらに<予知じゃないよ、案外ただの気のせいかもね>と結んだ
しかし秋月家の直感を信じぬほど愚かでは無い
結界を強めておく
私事としては裏密さんより文を貰う
さまざまな情報伝達の方法がある中わざわざ文を送る所に
彼女の奥ゆかしさを感じる
<二日後旧校舎で会いたい>との事
<決着をつけよ〜>という言い回しに深い情念がある
世間一般の形とは少々違うようだがこれもまた恋文の一種であろう
さて、何を着ていこうか
真神学園では…
「とゆうわけで!<ああ、愛しの秋月マサキ様!あなたの全てが知りたいわ大作戦>を決行します!龍麻と京一はあの方の身長体重から好きな異性のタイプまであらゆる事柄を探ってきて!!この命令に逆らったら二人のアレが新聞の一面を飾る事になるからそのつもりで」
「ストーカーじゃないんだって、大体なんだよそのアレって?」
「諦めろひーちゃん、しょせん俺達逆らえねえんだ」
「ちょっとまて、京一は知ってんのか?なんだアレって、おい」
「うふふふ〜〜決戦の日は近い〜〜」
「うわあっっどこからわいてきやがった」
「裏密ならわかんだろ!教えてくれ、アレって…」
マサキの予感は最悪の形で当たりそうである。
********************
龍山邸にて
珍しくも道心が龍山邸に出向いてきた。
酒瓶も空き、会話も弾む。
「それでのう、最近は織部のとこの雛乃嬢ちゃんがよく使いに来るんじゃが、どうも帰りに中央公園へ寄るのが楽しみらしくての」
「へっ、弦月の奴も<あれぞ大和撫子>なんていいながら、当人の前だとてんでだらしねえでやんの」
「フォフォフォ、若いのう」
「へへっ なさけねえなあ」
呵呵大笑とはこの時の言葉であろう。
「じいちゃんら…ほんまかんにんやで」
泣きそうな顔で劉が訴える。
無理に連れてこられて、酌をさせられているうえ、酒の肴にまでされているのだ。
かなり不幸なのかもしれない。
ちなみにお使いに来ていた雛乃は台所でおつまみを作っている。その顔はどこか幸せそうであった。
********************
旧校舎にて
身体が動かない。
意識は戻ったのに眼が明かない、何かを枕に寝ている体勢からぴくりとも出来ない。
金縛り?…とりあえず落ち着いて、冷静に考えよう。
…今日はかなり下の階層まで潜ったんだっけ。
いつもどおり後方から援護射撃をしてたらひーちゃんに不意打ち掛けようとした敵を見つけて…
何かにされちゃったんだよ、猫だったか、あれ?猿だっけ?
それでつい驚いて動けなくなってたら、また別の敵が来て…
ここで記憶が途切れるんだ、眠ったり混乱したりしてたのかな。
でももう戦闘も終わっているみたいだし、誰かが回復させてくれてるハズだよね。
大体身体が動かなくてまぶたが上がらないだけで、他は悪いとこない。
じゃあコレって単なる金縛り!?霊的現象ってヤツ?ううっ、やだなぁ…
あ、誰かの声が聞こえてきた。
「…何だよ、まだ起きねえのか?小蒔のヤツ」
「…ああ、とっくに呪いは解けてんだけど、本当にどうしたんだろ?」
京一にひーちゃん?起きてるよ!動けないだけで…
「…へへっ、しっかしすげえ面になっちまったな、カッコイイぜその頬の傷」
「…仕方ないだろ、混乱した猫が敵に突っ込まないよう押さえて込んでいたんだから」
「…ま、眠らされたのは逆にラッキーだったかもな」
それってボクの所為だよね!ゴメン!ひーちゃん!!口開かないけど…
「…よっぽどそのひざって寝心地良いのかね、今度試しに使わせてくれねえか?」
「…バカいってんじゃない!…でも寝てるにしては動かないんだよなぁ」
……ひざまくら……なの?…これって…えーと、え〜とぉ…うそ、じゃないよね…
「…眠り姫、か。そうなるとやっぱり王子様の…」
「…秘拳食らいたいのか…責任は感じているけど…」
!!なぁにいってんだぁっきょおいちぃぃぃ!!!ひーちゃんも悩まない!!庇ったのはボクがそうしたかったからなんだよ!それにそうゆうのは二人っきりでロマンチックな…ってなぁに考えてんだよボクも…!!
「…冗談はともかくそろそろ脱出しようぜ、新しい敵が出る前に」
「…そうだな、いっそ桜ヶ丘で診てもらうか…よっと」
えっ…、これって…もしかして、今ボクひーちゃんに…
「…おおっ!小蒔がお姫様になってる!」
「…背負うより楽なんだよ!…それにしても軽いな小蒔って」
やっぱり!うわあ、どうしよ…でも動けないし、どうしようもないんだけど!でもは、恥ずかしいよう…うわ、うわっ!
「うわーーーーっっ」
「っっと!や、やあ、小蒔」
「なんかすげえ目覚めかただな…」
金縛りが解けたので、桜ヶ丘には結局行かなかった。
それからしばらく、羞恥の為、小蒔は龍麻と眼を合わそうとしなかったが、それは庇って代わりに呪いにかけられたのを怒っているからだ。と誤解されていたのであった。
前に戻る
次を読む
話数選択に戻る
SS選択に戻る
茶処 日ノ出屋 書庫に戻る
店先に戻る