闘いの無い時は 2



如月骨董品店にて


日本語に関してのマリイの質問

「ねえヒスイ。このシューショーローバイってどんなイミ?」
「周章狼狽?慌てふためきうろたえ騒ぐ事、かな」
「?…よくワカンナイ、たとえばどんなコト?」
「そうだな…、今度高見沢さんと比良坂さんのいる前で、壬生に<どっちのコトが好きなの?>と大声で聞いてごらん。その時の三人の様子が<周章狼狽>だから」
「ウンッ!!」




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3―Cにて


裏密がこの教室に来るのが珍しければ、相談があるというのもまた珍しかった。

「これが〜御門くんから送られてきたんだけど〜どう思う〜?」

そう言いつつ出されたのは 草人形 しかも手作りなのかかなり大きめ。
皆が首をひねる中、京一は先日御門と交わした会話を思い出す。


数日前如月骨董品店にて

『あれ、御門じゃねえか。珍しいなこんな所で、何捜してんだ?』
『おや、蓬莱寺さん…うむ、そうですね。少々お伺いしたい事が』
『俺に?一体なんだってんだ?』
『他の人…特に異性の方に物を送る時、あなたは何を心がけますか?』
『何ィ…ま、まあそりゃやっぱ相手が好きなモンとか、趣味とか興味のあるモンがいいんじゃねえか?花とか菓子とかってのもあるけど、結構好き嫌いあるみたいだし…後はまあ心の篭った手作りの品なんかも…お前、もしかして誰かに…』
『フッ、まさか。ただの好奇心ですよ、あなたはそういった事に御詳しそうでしたのでね。では、私はこれで…』


(確かに趣味も興味も好みもピッタリと合っているけどよ…)

心の中でうめく。

(せめて指輪にしろよな…手作りにこだわったのか?)

どうやら裏密はこれまた珍しく、闘志を燃やしているようであった。

「これってやっぱり〜ミサちゃんへの挑戦?〜うふふふ〜〜〜」

あるいはそうかも、と思いつつ、京一は一応のフォローを入れておいた。

「なあ、添えられた手紙か、その人形のどっかに<メリークリスマス>って書かれてなかったか?」




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桜ヶ丘病院にて


「はい。痛いところはもうありませんかァ〜?」
「もう大丈夫だ。いつも済まんな、高見沢」
「えへッ、紫暮くんも〜気をつけなきゃダメですよォ〜」
「ああ、だが怪我を恐れては思い切って闘えんからな。いざという時はまた頼む」
「うんっ!わたしもがんばるね〜」

この様子を部屋の外から伺う二人

「悪くない雰囲気、なのか?よくはわからんが」

やや青ざめた顔の醍醐。彼はこの病院も、霊と語る高見沢も少々苦手であった。

「まあそうなのでしょうけど…」

こちらは看護婦姿の比良坂。困ったような、悩んでいるような、複雑な表情。

「まあこれがこの病院までわざわざ通いにくる理由の一つだな。他にも修練中剄を織り交ぜて組み手をしたり、地下の化け物と闘ったりして出来た傷だから普通の病院の手当てじゃ治りにくいなどがあるが」

だからこそ苦手を我慢して付き添っている。これも友情である。

「理由は解りました」

答えるその姿はため息をつきたそうにもみえる。

「修練の時、私達をその場に呼ぶというのは…?」
「それは…危険だし、紫暮も恥ずかし…いや納得しないだろう。なによりこちらの都合都合で行っている修練に、そちらの時間を潰させる訳にもいくまい…やはり迷惑か?」
「…院長先生や私達はいいんです。ただ一般の患者さん達が…」
「そうだな、急患ならともかく怪我人は外科へ行くのが普通だ。それが産婦人科にきては、他の人にとって迷惑でしか無い」

一人納得している醍醐に、(それだけではないんです)と胸の内で呟く。

192cm、120kgのちょっと頬を赤くした(高見沢に会うから)顔に傷持つ空手着男と、190cm、100kgのちょっと顔を青くした(やはり会うから)長ラン男が二人仲良く産婦人科に通っている!!…という事自体がさまざまな噂や憶測を呼び、一般患者を不気味がらせているのだ。

「…うむ、やはりなるべく通わないようにすべきだな、すまなかった比良坂」
「いえ、そんな…」

近所で評判になっている噂を告げずに済んでちょっとホッする比良坂であった。




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新宿通りにて


買い物帰りの織部姉妹が見つけたそれは一風変った取り合わせであった。

「オウ、ユキノにヒナーノ!おひさしブリネ」
「ハーイ!ハウ・アー・ユゥ?」
「お久しゅうございます」
「アランにマリイ?珍しいな、どうしたんだよ二人して」
「ハハハッ、花園神社で次のヒーローショウのミーティング。デス、ネェ?」
「ウン!マリイはそのオテツダイ!」

仲良く声を揃える二人を微笑ましげに見る雛乃と訝しげに見る雪乃。

「なあアラン、同年代のヤツラに相手されないからってまさかマリイに…」
「姉様!何と失礼な!」
「冗談だよ!ただ葵狙いじゃなかったけ、お前?」
「そーゆーのと違いマス。ボクとマリイの仲はリューとヒナーノよりチョット進んでいるくらいデ〜ス」
「なんだそうか。すまなかったな、変な事いっちまって」

あからさまに安心する雪乃とちょっと意味が分からなかったマリイ。

「そんなこと、ないです…」

という雛乃の消え入りそうな呟きは、残念ながら聞き取られる事はなかった。




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ラーメン屋にて


ムードってものを考えなさいよ、こんな美人と二人っきりで食事するっていうのに

「お、きたきた。へへっ」

そりゃたしかにさ、あんたの好きな店でいいよって言ったけど、ラーメン屋?

「ん?なんだよ、食わねえのか?」

まあ文句いう筋でもないんだけどね、誘ったのはあたしだし

「買い物付き合ってくれたお礼に奢ってくれんだろ」

でもホント、なんでこいつなんだろう

「今更嫌だなんて言わねえよな?」

たしかに強いし、ルックスもかなり良い

「てどうした?聞いているか」

でも成績悪いらしいし、スケベだし、いつも木刀もってて…お人好しで、

「藤咲?もしもーし、亜里沙ちゃーん」

そうだよね、エルを捜した時も、あとこの前挫けそうになってた時、背中かしてくれたっけ、<泣きてえ時は無理すんな>って…。やさしいんだよね、いい男だよやっぱ

「ラーメンのびんぞ、先食っちまうからな」

好みのタイプと違うんだろうなあ、かわいいとか、はかなげとか、大人で落ち着いているとか…、そういったのが好きらしいし…

パキッ(箸を割っている)

て、このあたしが相手の気持ちを考えちゃう時点で

ズズッズー(ラーメンを啜っている)

「負け、なのかなあ……ね、京一」
「む?ふぁむだ?(ん?なんだ?)」

「本格的にあたしと付き合わない?なんでもしてあげるわよ」

ゲフッ!!ゴホッ、ゴホッ!

き、汚いわね!なによ、そんな咳き込むほど驚かなくてもいいじゃない!!




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再び如月骨董品店にて


「如月さん…僕に喧嘩を売るとは、いい度胸ですね…」
「やあいらっしゃい、今日は何の用だい?」

静かな殺気を身に纏った壬生に対して、表面上は普段どおりに接する如月。
そのすっとぼけた態度を無視してどんどん詰め寄ってくる。

「ずいぶん冷静ですね、僕は今無性にそこの棚を品ごと蹴り壊したいんですけど」
「それをやって店を閉められると皆が困るからやらないのだろう?そう考えられるだけ冷静だよ、お互い」

祖父の教えの賜物か、平静を装い続ける如月。彼には壬生に責められるだけの理由があった。

「まさか<本当に言うとは思わなかった>なんて考えてはいませんよね」
「…たしかに軽率だったな。もっとも身近な例としていったのだが、マリイもまさか旧校舎に潜っている時実行するとは」
「たしかに周章狼狽でしたよ、全員が呆気に取られたタイミングを見計らったように敵が出ましたからね!高見沢さんも比良坂さんも混乱していましたし」

真に大変だったのは戦闘終了後だったのだが、あえて口には出さない。

「僕の憤り、わかっていただけますか」
「ああ、だがそれを理由に僕やこの店に対して技を繰り出すような男ではない、という事もわかっているつもりだ」

だからこそ冷静さを保っていられるのである。内心では平謝りしているのだが。
その瞬間、壬生の顔に冷笑が広がる(目は笑っていないが)。

「ええ、確かに所詮はいたずらですから、武をもって返すなんて大人げない事はしませんよ…だから」


ぎゅっっ


抱きしめられる、という表現は適切ではない。
背と腕にまわされた手は巧妙にいくつかの関節とツボを押さえている。
左にかけられた足も同様だ。古武術の技の一種であろう。
ともかく、自分より上背がある相手に掛けられた立った体勢での固め技は、忍びの技術を持ってしても容易に外せる物ではない、驚きながらもそう判断する。

「…で?何のつもりだ?」
「目には目を、という言葉はご存知でしょう?」

その言葉から数秒後、

ガラッ

「こんにちは、如月く…ん…?」
「橘さん?」
「悪いけど取り込み中なので出直してくれませんか?」

冷たい、どこかに含みを持たせたような声に、慌てる橘。

「ご、ごめんなさい!お邪魔しました」

ピシャッ!

「…これであの人がおしゃべりならクラスの話題となり、寡黙ならばその心に長い間刻み込まれるでしょうでしょうね…ま、幸い僕は如月さんしか王蘭に知り合いはいませんけど…」
「ちなみになぜ橘さんが来ると…?」
「ここへ来る途中店で見たことがあるあの人を追い越したので」
「偶然ではないわけか、確かに効果的な復讐だ…。いいかげん離してくれ」
「そうですね、そろそろいいでしょ…」

ガラッッ

「どうしたんだよ如月さん!今すれちがったのたちば…な…」
「フッ、今日こそこのコスモブラックの華麗な技に忍術…を…」

ピシャッッッ!!

『おおい、今の何だったんだ?本人にきいてみっか?』
『それは野暮と言うものかもしれんぞ、とにかく他のメンバーに相談して…』

勝手な事を言いながら去っていく忍者好き二人の声に店内の空気が凍る。

「…ちなみに今のは…?」
「…本当の、まったくの偶然というものです…」




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ラーメン屋にて


「んで?結局どうしたって?」

箸を取りながら京一、彼は如月と壬生の間に何かあったのか、聞いていなかった。

「なんか人相歪める程蹴りつけて記憶を飛ばしたって言ってたけど」

水を飲みながら龍麻、こちらは事の顛末を壬生から直接聞いている。

「…冗談にしろ本気にしろ、恐ろしい事言ってやがんな…」

学校帰りのいつものラーメン屋。他の三人はちょっと遅れて来るそうだ。

「しかしそんな簡単に誤解するもんなのか?ちょっと信じられないんだけど」

呆れ顔でぼやく龍麻とそれを見て何かを思いついた京一。さり気なく位置を変える。

「そうでもねえぜ、例えば…ちょっとこの割り箸咥えてみ?」

半分に折られた割り箸を渡され、とりあえず言われるままに咥えてみる。

「これがどうかするのか?」
「よし、今から俺が五秒間その先を咥えるからな。動いたり離したりしたらここの払いひーちゃん持ちってことで」

言うと同時にその先を咥える。突然の宣告とかなり近い顔の位置に、呆気に取られ動けなくなっていたが…
背後に数名の気配を感じ、猛烈なる嫌な予感をおぼえた。

「…と、いうわけだ。これはひーちゃんにしてみりゃ<何やってんだコイツ>て感じだろうが…」

割り箸を離しながら京一、その目線は龍麻の後ろへ向いている。

「お前ら…何やっているんだ…?」
「龍麻…京一くん…」

おそるおそる振り返ると案の定そこにはクラスメート達がいた。

「あそこだけ見たこの二人の感想は違うみたいだろ。真面目な奴ほど思い込みも激しいから…ま、ようはタイミングだな」

そろそろみんな来るだろうという読みと、店先に見えた人影の大きさからの予測だったが、どうやらドンピシャだった。

「…理解できたか?ひーちゃん」
「まあ、な…で、どうすんだよ、これ」

どのように説得すべきか、いまだ固まったままの二人の、更に後ろから声がした。

「みんな、おまたせッ!!…どしたの?葵、醍醐クン、魂がぬけちゃったみたいだよ。なにかあったの?」

幸いにと言うべきか、更に遅れて小蒔がはいってきた。勿論事情は知らない。

「…小蒔、ちょっとこの割り箸咥えてくれないかな」
「おい、ひーちゃん」
「誤解を解くには目の前で行われた事を再現すればいいと思って…」
「そんなら俺との方が…」
「…後で修行に付き合ってくれ、骨の一本ぐらい折っちゃうかもしれないけど」
「あっもしかして怒ってんな!冷静を装っても目ぇ見ればわかんぞ!!」
「なになに!これ咥えればいいの?」
「あ…いや、そんな期待に満ちた顔されるとちょっと…」


この誤解を解く為の行動が更なるパニックを引き起こす事になるのであった。




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