旧校舎前にて
「なんや?小蒔はんだけかいな」
「あ、みんなすぐ来るよ、ちょっと待ってて」
地下に潜るからと呼ばれてくれば、待っていたのは小蒔一人。
皆を待つ間、世間話をしていると奇妙な質問を振ってきた。
「ねえねえ、劉クンてさっ、さやかちゃんの事好きだよね?」
「ずいぶん唐突やなあ、まあ好きやでもちろん。歌のファンやし」
「じゃあさ、高見沢さんは好き?なんか前苦手みたいな事いっていたけど」
「うーん、ま、好きやな、おもろいし。持っとる注射は大嫌いやけど…」
「ん、じゃあひーちゃんや京一やアランクンとかも好き?よく遊んでいるし」
「なんやねんそれ、たしかに好きやけど…そないゆうたら仲間も友達も皆大切やし、皆 好きやって。もちろん小蒔はんも」
「へへへ、サンキュ…じゃあ、さ。雛乃は?やっぱり好き?」
「あ、っと…あんヒトは……メッッチャ好き!!……やね」
「ふーん、そうなんだ…。だってさっ!雛乃っ!」
何時から来ていたのか、彼の後ろには耳まで真っ赤に染まった雛乃が立っていた。
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某ライブハウス楽屋にて
口論のキッカケはほんの些細な事だった。
「だから!なんでわかんねえかな、雪乃さんはよっ!!」
「うっせえ!!雨紋こそ何でそんな怒ってんだよ!!」
「怒りたくもなるぜっ!!今日の出来にも、客のノリの悪さにも、アンタのいったあの無神経な感想にも!!そのどうしょうもなくガサツで乱暴で女らしくねえ所も、そんな奴の事しか考えられねえオレ様自身にも、ああ、もうすべてにだっ!!!」
いいつつ楽屋を出て行く。
雪乃は腹を立ててそれを見送っていたが……
「……どさくさまぎれに何かトンでもない事言わなかったか……? 」
とりあえず聞き直す為、そのあとを追うのであった。
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区民球場にて
スランプから完全に抜け出せぬまま、紅井は大切な試合の日を迎えた。
フォームも直した。特訓もした。身体的には何も問題ない。
あとは勇気だけ。もう大丈夫だと自信を持ち、絶対に負けない!と気合を入れる、そんなあと一押しの勇気が今の彼には足りていなかった。
どうした!俺ッちは勇気の戦士だ!そんな弱気でどうする。でも、もし打てなかったら、もし足を引っ張ったら…
そんな時
見かねた桃香が試合前の彼を呼び出した。
その肩に手をかけ、背伸びをし…頬に唇を寄せる。
「………へ?」
「祝福のキスの前払いよ!もしこれで負けたら許さないんだから!」
「……安心しろ、今の俺ッちは絶対無敵だ!全打席ホームランを約束するぜっ!!」
こうして愛の戦士の力によって復活した彼は、本当にその約束をはたしてしまうのである。
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皇神学高校 正門前にて
「やれやれ、めんどくせーな」
今日は一日、御門がマサキについているので、学校などサボってどこぞへ遊びに出かける予定であった。しかし、出席日数がすでにギリギリであるという事実(いままでサボりまくっていたツケ)が予定の変更を余儀なくした。
こうして村雨が、本当に久しぶりに朝から登校してくると、
「ん?ありゃ芙蓉か?」
校舎内から芙蓉がこちらに走ってきた。今日は彼女も皇神の制服を着ている。
「?マサキにつかねえでいいのか?おい…って、うおっと!」
眼を逸らさず、無言で一直線に突っ込んできた。とりあえず受け止めた彼に対して、
「偶然です、村雨」
本気か冗談か、変らぬ表情からは読み取れない。
「…どこをどう理解すれば今のを偶然だと言い張れるんだ?」
このもっともな質問に、さらに理解不能な答えが返ってくる。
「これが<お約束>だとおっしゃっておりましたので…」
「頼むから俺の理解できる言葉で説明しろ!」
「…先日、最近の村雨に対して感じる、自分でも不思議な感覚について皆様に御尋ねした所、<登校の時、偶然ぶつかった男の子がクラスの転校生で、席が隣になる>という時に、今の私と同じ感覚が生まれると高見沢様が御教えして…」
「なんなんだよ、そりゃ…」
猛烈な疲れが村雨を襲う。
「他にも<一人で花壇の世話をしている所を偶然見られる>や<階段から落ちそうになった時、手を握られてしまう>なども高見沢様から」
「なんか偏ってんだよ!…他の奴の意見ってのは?」
昔の少女漫画的な発想にそこはかとなく頭が痛くなってくる。
「…あとは藤咲様の<朝目を覚ましたら、手足をベットに縛り付けられていて>などがあって…」
「却下だっ!!…ったく、ちょっとこい」
皆まで言わせず芙蓉の手を引っ張った。
「? 何を…」
「その不思議な感覚について本人が直接教えてやろうッてんだ、感謝しろ」
結局サボる事になった。ったく、こんな時にあいつらがいねえのは幸運か不運か、と、そこまで考えふと気付く。
「そういや今日は<晴明様の命により>てのは無えのか?」
歩きながら問う村雨に、なぜか素直に付いていきながら答える芙蓉。
「先ほどの話について晴明様が、私自身で教わった事を確かめてみよ、と今日一日御暇を下さいまして…」
「つまりさっきのはアイツの差し金って事か、楽しみやがって畜生」
ま、いいけどな、と心の中で付け加える。彼にとってそんな事よりも本人に直接問いただせない、芙蓉の不思議な感覚とやらの方がよっぽど重要であった。
教えてやろうじゃねえか、いろいろとな…。
考えを巡らす村雨の表情は、妙に明るく、楽しげなものだった。
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桜ヶ丘病院にて
その日、霧島諸羽は疲れていた。
前日京一に剣の稽古をつけてもらい、そのまま如月骨董品店での徹夜麻雀につきあって、眠らずシャワーだけあびてさやかちゃんの護衛についたのだ。瞼が重く、頭がボウッとする。さやかちゃんへの想いと、絶対守るという使命感がなければとうにへたりこんでいるだろう。
…はっ!だ、駄目だ。ボーっとしてしまった。こらしっかりしろ、霧島諸羽!そんな事じゃさやかちゃんを守れないだろ、京一先輩を見習え。徹夜明けだったのに去り際あんなにカッコ良かったじゃないか!うん、やっぱりすごいよなあ……ってああ、またボーッとしてしまった。あ、大丈夫だって、さやかちゃん。そんな心配そうな顔しないで、なにがあっても君だけは絶対に守るから…あまり説得力無いな、今の僕じゃ。
とにかく、多少惚けながらも無事目的地に到着した。
やっぱり桜ヶ丘って苦手だな。確かに、あんな闘いをしたんだから身体検査しに来いという院長先生の言う事は正しいのかもしれないけど…あの目線がどうも…でも以前もお世話になっているし…今検査を受けたら確実に悪い結果がでそうだなあ…
それでも中に入ると、やはり検査の為に呼ばれた者達がロビーにたむろしていた。
…ほとんどの人が呼ばれているみたいだな…あっ!京一先輩っ、こんにちわ!…いえ寝ていませんけど…京一先輩もそうなんですか?やっぱり凄いですね、寝ていないのにそんなに明るく元気に…え、なんですか劉さん?女性陣が呼んでいるって…すいませんちょっと行ってきます。
そこでは何かの話題で盛り上がっていた。
うわ、華やかだなあ、あ、高見沢さん! なんでしょうか…え? 好きな髪型? はあ、皆に聞いているんですか…はい、例えば髪の長い子(さやかちゃん)とかショートの子(桜井さんかな?)とか巻き毛の子(高見沢さんだな)だとだれがいいか、ですか。それならもちろん…
「…さやかちゃんです!」
「!!!!!」
…あれ?なぜ静まり返るんだろう?どうしたの、さやかちゃん?顔が赤いけど…うわあっ!なんだこの殺気は?し、紫暮さん目が据わっています、この前敵にとどめをさした時と同じですよその目つきは。藤咲さん、なんでニヤニヤしているんです、それが紫暮さんを煽って…この気の流れは京一先輩?その構えは昨日僕が受けきれなかったあの技の…なぜなんですか?あ、アランさんまで…え?なんですか醍醐さん?
「なあ霧島、高見沢は好きな 髪型 と言ったんだぞ」
あ、そういわれると…あ、あれ?なんて答えたんだっけ…
この時タイミング良く院長が現れなければ、彼は自分のしたボケに対して、苛烈なるツッコミを入れられる事になっていただろう。
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真神学園 正門前にて
おおきくなりたい
そうすればうでをくんでいっしょにあるける
かおをみるのにみあげなくていい
オヨメサンにしてくれるかもしれない
おおきくなりたい
でも……
「マリイ寝ちゃったのかな?よっぽど疲れたんだな」
「ずいぶん下の階まで潜ったから…代わりましょうか、龍麻」
「大丈夫だよ軽いから、このまま家まで送ろう」
あったかいせなか…
いまはまだちっちゃくてもいい…
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新宿駅東口にて
小蒔が待ち合わせ場所に着いた時、既に織部姉妹は待っていた。
「…この間はゴメンね、雛乃」
「……もう、意地悪です、小蒔様」
「そうそう、あの後大変だったんだぜ、家帰ってからもずっとぽーーってしちまって何やっても失敗しちまうしな…」
「姉様っ!!」
しばらく話をして、さて行こうかという時に
「ところで小蒔様、本日の御買い物についてですが」
「<たまには女の子らしい格好をしてみよう>って服とか化粧品とかを捜しにいくんだよな?」
「うん、たまにはね。付き合ってくれてホントありがと」
「いえそんな…、ただ同性の私達の見る<女の子らしさ>と異性の殿方のいう<女の子らしさ>とは少々異なるような気が致しましたので」
「<男の子>の意見も聞いておこうと一人呼んどいたんだ!あぁ、来たかな」
「え?」
よく知る男の子が歩いて来る。まだこちらを見つけていないようだ。まだ新宿という街自体になれていないのだろう。
「あと、まことに申し訳ないのですが」
「俺達午後から用事を頼まれちまって、途中で帰らなきゃなんねーんだ」
「え?え?え?」
ようやく気付き、こちらに手を軽く振る。いつも教室でみるのと同じ、優しい笑顔。皆をひきつける笑顔であった。
「この前のお返しですわ」
「どうせ彼のために、女らしい格好をしてみたいんだろ?」
「……………うん」
完全なる不意打ちについ素直になってしまう小蒔であった。
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