「今朝テレビで見た占いな、運勢最悪だったんだよ」
「さっきカラスの大群みたんや、ごっつ怖かったわ」
「転校してきてから使っていた歯磨き用のコップが割れていたんだ、ぶつけた訳でも無いのに」
「なんや、これで六匹めか、ここらで黒猫専門で飼うている家でもあるんかいな」
「靴紐が切れているよ、この前買ったばかりなんだけどな」
「今そこの道を裏密はんが爽やかな笑顔で横切ったんやけど……」
「幻覚だろ……いいかげん不吉な事自慢はやめよう、気が滅入ってくる……」
「……そやな」
同時に溜め息を吐く龍麻と劉。
彼らにとって今日は楽しい一日になるはずだったのだが……。
『今度の休み皆で遊びに行こう』
最近ギクシャクしている劉と雛乃の仲を取り持とうと立案されたこの企画であるが、人の集まりはあまり良くなかった。
最終的にメンバーは男女合わせて六人、女性陣は雛乃と小蒔と雪乃、男性陣は劉に龍麻、そして雨紋。
「結構皆忙しいんだね(やな)」
と言う小蒔や劉の意見は正しいのだが、龍麻はその他にも京一の暗躍があった事を知っている。
休みの日いきなりヒーローショウの依頼が入り醍醐と紫暮が大道具として駆り出されたり、京一と霧島の修行に如月と壬生が付き合うことになったりと、なかなかの活動ぶりであった。もっとも女性陣の方は特に京一が動かなくても、おのおの都合があったようだが(家族で遊びに行く葵とマリィ、仕事の入った高見沢と舞園、別の遊ぶ予定の入っていた藤咲など)。
そんな中で、ショウを用事があるからと(言い方は古いが)ばっくれたコスモゴールドこと雨紋と、直接妹から話しを聞いた雪乃が誘いに乗る事となったのだ。
龍麻としてもこのメンバーに異存はない。まああまりくる人数が多すぎても当初の目的が果たしにくいのでこれくらいが丁度良いかもしれない。多少おせっかいな感じもするが、その点は京一に感謝もしている。
もっとも実際にお礼の一言でも言おうとしたら『トリプルデートか』などとほざいたのでつい叩き倒してしまったのだが。
まあとにかくメンバーも決まり、デート、いや皆で遊ぶ場所を某アミューズメントパークとして、その入口前で午前中早めの時間に待ち合わせとまで話しをまとめたのが前日。ここに問題は無い。
その話しを聞いて寝坊しないようにと劉が龍麻の部屋に泊まりに来たのも問題は無い。
そして当日、目覚し時計が止まっていた所から不運がはじまった。
龍麻が恐る恐る点けてみたテレビでやっていたのは星占いのコーナー。これはある朝のニュース番組の最後のコーナーである、そして本来目覚し時計が鳴っていたならば、この番組のオープニングが見れた筈であった。これは大問題である。
慌ててまだ寝ている劉を起こし、歯磨き、洗顔、着替えを速攻で済ませて部屋を飛び出す。だがこの時点ではまだ時間があった。『皆の昼飯の弁当を作りたい』と劉が言い出し、かなり早めの時間に目覚し時計をセットしていたのだ。待ち合わせ場所へは新宿駅から電車で約三十分、降りて歩いて約五分。途中私鉄への乗り換えはあるものの余裕で間に合うハズだった。
それなのに今、時間ギリギリである。
居眠り運転のピザ屋のバイクがつっこんできたり、耳の遠いおばあちゃんに道を聞かれたり、ようやく電車に乗ったら信号機の故障により遅れたり。とにかくついていない。
あげくに
「アニキ、どないしよ?」
「ここまでくると『負けるもんか』ッて気持ちになってくるな」
乗り換えの駅で立ちすくむ二人。
「……での事故によりただいま全車両止まって……」
アナウンスが何やら理由を言っているが大切なのは電車が動かないという事実。ここから後二駅なのに。
道路を見れば、交通事故でもあったのか電車の止った影響か大渋滞となっており、バスやタクシーは期待できない。と、なると。
「仕方ない、走るか」
「間に合うんやろか」
私鉄とはいえ二駅分の距離、ちょっと辛いかもしれない。
「なあに、葛飾や江戸川の学校から戦闘の為に新宿に出てきてくれる仲間の事を思えばこれくらい何とかなるだろ」
「なんか間違ごうとる気もするんやけど……ま、ええか」
とにかく走り出す二人。だがまだ彼らの不運は終わってはいなかったのである……。
待ち合わせ場所にて
アミューズメントパークの入口前で一人佇む黒髪の少女は誰もが通りすがりにふと眼を止めてしまうような魅力を持っていた。
端的にその姿を表現するなら清楚。淡い色調の服も、弓の替わりに両手で持つ大きめの籠…バスケットもそんな彼女の魅力をよく引き立たせている。静かに誰かを待つその姿は喜びに満ちており、彼女の周りにだけ暖かく柔らかな風が流れているような雰囲気があった。
「……なんか今日は更に可愛いッスね、雛乃さん」
「……当たり前だッ!オレの妹なんだからな」
「……でもホント、嬉しそうな顔しているなぁ」
そんな彼女を物陰から見守る人影が三つ。
『ゴメンッ!ちょっと店の手伝い頼まれちゃてさ、午後には行くから先に遊んでて』
前日にそう謝りの電話をいれた小蒔。
『悪ィッ!雨紋の奴とちょっと約束があった。済ませたらすぐ行くから』
当日直接そう語った雪乃。
なのに何故今ここにいるのか?
「だってほら、ボクや雪乃が一緒だとコッチとばかり話しちゃうかも知れないし、さ。ひーちゃんだけならそんな事も無いだろうし」
「……じゃあオレ様は?」
「……えっと……ほら、雛乃って金髪を怖がるし……」
途中歯切れの悪くなった説明に一応納得はしたが……なんか割り切れない物を感じる雨紋。
「あ、それに大切な姉様を取られてしまうっていうやきもちを焼いているかもしれないし」
「オレが?誰に?」
懸命のフォローも雪乃の素の返事の前にあえなく撃沈、だがひきつりながらも再チャレンジを試みる。
「ほ、ほら。一応約束があるといって出てきたんだからさ。後で聞かれても大丈夫なようにちょっと二人で」
「いいって、そんな事」
またもや失敗。
どうでもいいさそんなの、コッチの方が心配だ、という彼女には何やらいじけてしゃがみこむ雨紋の姿は見えていないようである。
『大変だなぁ雨紋クンも、雪乃鈍感だから』
当人達に聞かれていたら『お前に言われたくない』と激しくツッコまれそうな事を考える小蒔。仲間内女性陣恋愛下手三傑に数えられている(後の二人は双子の姉妹)事に彼女は気づいてはいない。
『『『さて、それはそれとして……』』』
三者三様にそれぞれ気持ちを切り替える、今日の主役は自分達では無い。
『ちょっと遅くないか』
劉はともかく龍麻が人を待たせるとは珍しい。いつもなら誰よりも早く来ている筈なのに。
確かにまだ待ち合わせ時間まで少し間はあるが……どうしたのだろうか?
今日が龍麻と劉にとって運勢最悪の日だという事を彼女らが知る由も無かった。
その頃の龍麻と劉
「……グズッ……お母さん……」
「アニキ、わいこの子の事」「放ってはおけないんだろ……同感だよ」
泣きながら母親を捜すその少女はどう見ても迷子であった。
急いでいる時にこういった子供に出会ってしまうのも不運の一つであろう。
とにかく怯えと不安の混ざった表情の小さな子を黙って見過ごせるような彼らでは無い。無関心を装ったりあからさまに面倒くさそうにこちらを見て通り過ぎていく通行人達にちょっと不満を感じつつ、どうやって母親を見つけるかと互いに考えようとした時……意外な人物が現れた。
「ひさしぶりだね、二人とも」
「あれ?なして」
「今日は旧校舎に降りるんじゃなかったのか?」
確かそう言っていたハズなのだが……何故壬生がここにいるのだろうか。
「ちょっと用事ができてね」
二人の疑問にいつもの如く静かな声で答える彼、その顔がほんのちょっとひきつって見えたのは気のせいだろうか。
「それより龍麻、今日は確か大切な用件があるんだろう?ここは僕に任せて早く行ったほうがいいよ」
どことなく台詞を読んでいるような口調に疑問を感じる。偶然にしてはタイミングが良すぎる、対応がどこかわざとらしい、そもそも用事はいいのか?挙げればまだ幾つもあるだろう。だがしかし……。
「それじゃあ、頼むよ」「おおきにッ!今度なんか奢らせてもらうわ」
「あァ、楽しみにしているよ」
時間が無いのもまた事実。不信な点もあるが、ここはその好意に甘えさせてもらう事にした。
礼を言いつつ立ち去るその背に声が聞こえてくる。
「さて、と。それじゃあまず名前を……」
「……ヒック……怖い……」
「え?」
「……お母さん〜……ウェ……」
「ちょっ、ちょっと……チェッ、しくじったなァ……」
「大丈夫やろか、壬生はん」
「マリィも最初会った時雰囲気が怖いって言ってたしな」
彼の研ぎ澄まされた<氣>は慣れていない人にはいささか鋭すぎるのかもしれない、特に感受性の強い子供にとっては。しばらく付き合えば鋭いだけではない事も分かるのだが……、本人もちょっと気にしているらしい。
その場を彼に任せた龍麻と劉には早く母親が見つかる事を祈る事くらいしか出来なかったのである。
待ち合わせ場所にて
「どうしたんだろ?二人とも」
「龍麻サンが遅れるなんて珍しいな」
「まったく、なにやってんだ一体」
物陰でただ待つことに飽きてきた三人の不安や疑問、怒りを知る事も無く、変わらぬ表情で静かに待ち続ける雛乃。
そんな姿を雪乃は姉として複雑な気分で見守っていた。
『……なんだよ、この気持ちは。雛にとっていい事じゃねえか』
アイツが……自分以外の人間が、妹にあんな幸せそうな表情をさせている。
幼い頃から常に一緒にいた大切な妹。内気で大人しく、どこにでもついてくる彼女を守ってやらねば、と思い、もし自分に頼れない状況になった時、<姉離れ>は出来るのだろうか、と心配になった事もある。
今まで雛乃に頼られ彼女を幸せにするのは自分の役目だった。
雛を守る、雛の為に、雛の姉だから……そう思えばどんなきつい修行や困難な局面でも乗り越えられた。しかしこれを言い換えると、雛がいなければこれらを乗り越えられなかったという事になる。雛乃という存在に頼られて自分は強くなった。これは一面の事実。そして今、その役目が自分のだけの物ではない事を目の当たりにして安心と……なぜか寂しさと口惜しさを感じていた。
『ひょっとしたら、オレの方が<妹離れ>出来ていないのかもな』
それとも単なる嫉妬?アイツに対して。
自嘲気味な考えに気を取られていた雪乃だが、他の二人の声にふと我にかえる。
「あれって藤咲さんじゃないかな」
「こんなところで何やってんだ?あの姉さん」
訝しげな雨紋だったが…何やっているもなにも、学校の友達と遊びにきただけだろう。元々とある情報誌でここの特集を組んでいたのを読んで今日の遊び場に決めたのであり、彼女たちが同じ雑誌を読み同じように遊ぶ約束をしたとしてもおかしくはない。少なくともアミューズメントパークまで来て遊びもせず人の待ち合わせを覗き見しているこちらの方がよっぽど怪しい……それくらいの自覚は雪乃にもあった。
「………じゃない」 「…………」
風に乗り会話が少しだけ聞こえてくる。さすがにしっかり聞き取れる程の至近距離から覗き見をするようなマヌケでは無い。
「………を待っているのよ、まさか………」 「!………」
会話の内容は掴めないが楽しげな藤咲と赤くなり縮こまっている雛乃の様子から、からかわれているのだろうと想像はつく。
初めて龍麻くんに引き合わされた時、挨拶だけでそれ以後一言も口を利かなかった二人が、今では普通に会話出来ている。
「………を大切にね、じゃないと………」 「!!…………ッ!」
『考えてみれば……』
雛が藤咲と親しく話せるようになったのもアイツのおかげだろう。なよなよしてて虫が好かない、嫌われているようで話し辛い、と思いあっていた二人の仲をその独特のしゃべりとペースで取り持つようなお節介は……少なくともオレには出来ない。
「………によろしく………」 「………はい………」
『ヨロシク、か』
いつか言うべきなんだろうな。妹の勇気と笑顔を良い方へ育ててくれたお礼と、勝手に雛の心を掴んじまった事への文句と……妹をよろしく……って。ついでに一発くらい殴ってしまうかもしれないけど……。
ま、それはそれ。小難しい事はそん時になってまた考えよう。それよりまず、
「遅ぇぞ、畜生ッ!」
来ない事には話しにならない、一体何をしてんだか、龍麻くんも、アイツも。
『これ以上遅れたりしたら問答無用で八双薙ぎを…憂さ晴らしもかねて…龍麻くんは見切れるだろうし……』
……かなり物騒な計画が立てられつつある事を、龍麻と劉は知る由も無かった。
その頃の二人
「酷い話しだと思わないか?師匠」
「まあ、な……」
「フッ、しかしこんなところでグリーンとイエローに会えるとはな」
「ホント、ラッキーよねッ!良い事と悪い事って交互に来るのかしら」
「わいら今朝からずっと不運なんやけど……」
こうやってコスモレンジャーに会ってしまうのもその不運の一つかもしれない。
流石の京一もヒーローショウの根回しは初体験だったらしく、現場でさまざまな不都合があったらしい。挙げ句に時間が押しているので学生ボランティアは今回見合わせてくれと当日言われたとなれば紅井の憤りも当然だろう。
だが真のヒーローはこのくらいの困難では挫けない。今回断られたのは自分達のショウに魅力が足りなかったからだ。折角メンバーが集まったのだ、皆で更なる研鑚を積もう。子供の心を掴み正義の信念を伝えられるように、そして向こうから出演してほしいと言ってくるぐらい、ショウを素晴らしい物にする為に。
と、いう事で。<最寄りのアミューズメントパークで子供の楽しませ方を学ぼう>に本日の予定は変更されたのであった。まあ全員が同意見という訳ではなく、
「……醍醐達は?」
「なんか旧校舎で修行をし直すとかいってたな、『俺が正義を貫くにはまだ力不足だ』とか『俺の空手もまだまだ磨きをかけんとな』とか『ハーッハッハッ』とか……」
逃げたな、笑って誤魔化している奴もいるし……気持ちはわかるけど。
龍麻と劉にとってもかなり困った事になってしまった、なにしろ彼らは当然コスモのメンバーとして数えられているのだろうから。その上雨紋はヒーローショウをサボっている訳だし。大騒ぎになってとてもじゃないが当初の目的どころでは無くなるだろう。普段ならそれも楽しいのだろうけど…さて、どうしようか。
二人して頭を悩ましていると……またも意外な人物が現れた。
「大変です、皆さんッ!」
「オーッス!!久しぶりじゃないか」
「コスモホワイトにまで会えるとは、本当に凄い偶然だな」
「どうしたの?そんなに慌てて」
素直に突然の出会いを驚いているコスモの三人とは対称的に、訝しげな目をする龍麻と劉。
偶然にしてはタイミングが良すぎる、大体何故彼がここにいるのだろうか?用も無いのにこんな場所を一人で歩いているなんて不自然だ……ここまでは二人同じ感想。龍麻は更にここから深読みをする……以前似たような経験をしたような、皆が気を利かせて、用事を思い出して、結局後から…京一、だったな主犯は…。あいつ、まさか……。
彼らの気持ちを知ってか知らずか、霧島はこちらと目を合わせようとせずに言葉を続ける。
「向こうの通りで全身タイツの悪の戦闘員が幼稚園の送迎バスを狙っていました、手を貸してくださいッ!」
「何ッ!本当か?よしいくぞ、みんな」
「フッ、漆黒の貴公子コスモブラックの力見せてやる」
「まだ襲われてはいないのね?子供に危険が及ぶ前に倒さないと」
いささか芝居がかった言葉を疑おうともせず急いで動き出そうとするコスモレンジャー。そしてその時これまた絶妙のタイミングで離れた場所から声がかけられた。
<ああ、大切な秘密書類が謎の怪人にッ!助けてくれ、コスモレンジャー…>
どこか聞き覚えのある声が向こうから……龍麻と劉の目指す方向から……聞こえてきた。
当然のように苦悩するコスモの三人、名指しで呼ばれたからには当然行かなければならないがバスの事もあるし。一体どうすればッ?
この悩みをあっさりと解決したのは、コスモホワイトの仕切りであった。
「二手に分かれましょう!龍麻先輩と劉さんは声の方をお願いします」
思いッ切りの棒読み、だが勢い込んだコスモの三人は気づいていない。それじゃあ案内するので付いてきてください、と言う霧島の顔は明らかに曇っているのに。
「よし、じゃあそっちは任せたぞ、コスモグリーン、コスモイエローッ!」
言い置いて走り出すレッドとそれを追うブラックとピンク。彼らは急がねばならなかった。彼らの信じる正義の為に。
ホワイトはその道案内をせねばならないハズなのに何故か一歩出遅れて……、
「すいませんでしたッ、それと…頑張ってくださいッ!」
深く頭を下げてから、コスモに追いつく為ダッシュで駆けていった。
そんな彼らを見送る二人、劉は呆然と、龍麻は複雑な表情で。
だが何時までもそのまま、という訳にもいかない、動き出さなければ……龍麻がポツリとつぶやいたのはその瞬間、改めて走りだそうとした時だった。
「……謝罪と激励か、諸羽には後ろめたかったんだろうな」
「へ?」
「しっかしもうちょっと考えろよな、いくらなんでも話しに無理がありすぎるだろ。なんだよ悪の戦闘員って」
「……アニキ?どないしたん」
「なんだ、劉も信じているのか?今時バスジャックしようとする戦闘員とか大事な物取られて警察より先に地域密着型ヒーローの名前を叫ぶ人とかが出てくるお話を。大体タイミングが良すぎるだろうがッ」
ここまで言い切り一息つく。ふと見ると劉が目を丸くしてこちらを伺っていたが無理も無い、大声で喚く龍麻など滅多に見れる物では無いのだから。
何となく恥ずかしくなってきたのを誤魔化そうと、何か言おうとした時……再び彼らの向かう方向から声が聞こえてきた、今度は複数。
<て、鉄砲水?> <水道管がッ!うわァッ…> <助けてくれ、道が…>
<くそッ、警察か?消防署か?> <なんか噴水みたい…>
<駄目だこりゃ、直るまで動けんぞ…>…………。
「……あのさ、劉。なんか最近悪い事しなかったか?神仏とか霊関係で」
「……神社の境内にいる鳩を晩飯用に捕まえようとした事くらいやな、でもそれも未遂やし……」
「……どんな食事情だ、一体?……とにかくそれだな、『ウチの境内でなにやっとんじゃぁ』って神様がバチを当てようとして……」
「……そこまで心狭くは無いと思うで、神さんは」
ここまで不運が続くと考え方もおかしくなってくる。
「……まあいいか、とにかく行こう」
「そない言うても、道が」
水浸しで塞がっている、と続けようとする劉を遮るように
「大丈夫だよ」
ハッキリと言い切る龍麻、彼にはある確信のようなものがあった。壬生、諸羽とくれば、
「これって水害だろ、なら大丈夫だよ多分」
その言葉を証明するように、驚きの声が向こうから聞こえてくる。
<奇跡だ!水が引いていく> <嘘だろ?あんなに溢れていたのに>
<何なのよ一体> <フッ…>
何か覚えのあ髏コが混ざっていたのを龍麻は聞き逃さず、自分の考えに確信を持った。
不思議そうな顔をした劉を促し先を急ぐ。
「アニキ、わいには何がなんだか」
「後で教える、今は急ごう……言っとくけど謎の怪人はいないからな、きっと」
ある意味それより質が悪いかもしれないが、と心の中で付け加えながら走り出す。
平穏無事という言葉がやけに懐かしいものに感じながら……。
その頃待ち合わせ場所にて
「なあなあ、暇してんなら俺達と遊ぼうぜ」
「申し訳ありません、わたくし人と待ち合わせを……」
「まだこねえんだろ?すっぽかしたんだよ」
「違いますッ!」
「いいじゃねえか、そんな奴ほっといてよ。面白ぇ所つれてってやっから」
これをナンパだといったら京一辺りは怒り狂うだろう。いかにもチンピラという風情の男が三人がかりで周りを取り囲み約束を迫るのは強要、もしくは脅迫という。
いざとなれば力ずくでの行動も辞さないであろう。
そんな男達の目に宿る欲望の火を感じ取り、雛乃は困惑していた。
このまま誘いを断り続ければ諦めて立ち去って……くれそうにはない。
かといってついていくのは論外……皆様が、あの方がまだここにはいない。
いざという時、この方達が痺れを切らせた時……今日は手元に弓は無い。
……どうしましょう。
悩む彼女にもう一押しと踏んだのか、更に囲みを縮めるチンピラ達。このまま強引に連れ去ろうという気配を感じ、何かしらの抵抗を試みようと考えた所で……、
「なにカッコ悪ぃ真似してんだ?てめえら」
そう声をかけてきた男とはまったくの初対面であり名前も知らない。本当に偶然、雛乃に救いの手は差し伸べられたのだ。
当然面白くないチンピラ三人組だが、咄嗟に反応が出来ない。いわゆる暴を好む者としての本能が危険信号を発していた。
確かに見るからに只者ではない。顎に傷持つその不敵な面構えも、180cmはあるだろう長身から見下ろしてくる白い学帽ごしの眼光も、着崩している白いガクランの下に見てとれる引き締まった体躯も。だがなにより彼らを恐れさせたのはその雰囲気、手を出してはならない、彼には到底勝てないと感じさせる一種の貫禄のようなものがあった。
それでも空威張りとはいえ強気で返したのには、言ってみれば彼らなりの矜持という物が存在するからである、すなわち<舐められたら負け>。
「何だてめぇ、やんのかコラァッ」
「この姉ちゃんのツレか?だったら帰んな、俺達が相手してやっから」
「なんか文句あるのか、あぁ?」
チンピラとしては一般的な脅し文句にまったく動じず見下したような笑みを浮かべる白ガクランの男、あるいはボキャブラリィの貧困さを馬鹿にしているのかもしれない。
「へッ、別にツレじゃあねえし助ける義理もねえけどな、ちょっと機嫌がワリィからアンタらで憂さ晴らしさせてもらおうと思ってよ」
つまりはケンカを売りたいという事か、三対一となるのにどこからその自信は来るのかだろうか?
それを探るべくじっくりと彼を観察していたチンピラの一人の顔色が急速に変わる。ある事に気付きそれを後悔しているといった表情、慌てて耳打ちされた残る二人の顔もまったく同じ物となる。
「嘘だろ、まさか……」
「間違いねえって、あの傷にあの服装にあの貫禄だぜ……」
「じゃ、やっぱあれが最近台頭してきた<歌舞伎町の夜の帝王>……」
「やれやれ、こんなところまで名が売れているとはな」
彼らの大声でのひそひそ話しに男の笑みが苦笑へと変わる。昼日中に自分でも知らない内につけられた奇妙なニックネームまで聞くとは思わなかった。とりあえず何か一言声をかけようとしたが……チンピラ達の声は止まらない。
「あれだろ、路地裏に賭場を開き相手を問わず身包みを剥ぐ鬼のような男だって……」
「ああ、負け分払えなかったあるヤクザをそいつの組ごと叩き潰したって……」
「噂ではある組の若頭が組長の愛人を寝取ろうとした罰としてあんな格好させられているって……」
「……ちょっとまて、こら」
噂が噂を呼びとんでもない事になっているらしい、彼の知らぬ所で立てられている評判に思わず声をかけてしまったが、チンピラ達の声はやはり止まらない。
「俺の聞いた話しだと身体の中に<不幸ウィルス>があって触った奴は皆不幸に……」
「ああ、本人は免役があるッていうあれだろ……」
「ダチの爺ちゃんが死ぬ直前に<不幸が>って言い残したらしいけどそれって……」
「………おい………」
いいかげん止めようとしたがちょっと遅かったようだ。
「ヒィィィッッ」 「ゆるしてくれェ」 「嫌だァァァ」
誤解を解く間もなく走り去ってしまうチンピラ達、残された男が先ほどよりも幾分小さく、どことなく傷ついているように見えるのは気のせいではないだろう。
そんな彼にかけられる静かな、感謝に満ちた声。
「困っている所をお救いいただき誠に有り難うございます」
「……ああいう話を聞いた後に笑顔でそう言えるあんたもたいしたもんだ」
男に浮かぶ救われたようなほっとした表情、彼のこんな表情が滅多に見れる物では無い事を雛乃は知らない、わかるのはそれが魅力的な顔だという事。自然と彼女の顔も綻ぶ。
「礼を言われるような事はしてねえよ。単なる気まぐれだ」
しかも目的は人助けではなく憂さ晴らし。休日だというのに仕事を手伝えと呼び出したある男への苛立ちを紛らわそうとしての行為だったので、感謝されるのは筋違いだしなにか後ろめたい気もする。だからこその素直な言葉だったが、どうやら相手は謙遜ととったようだ。『奥ゆかしい方……』という呟きが耳に入りどうにも気恥ずかくなってくる。
「ま、ああいう連中には気をつけるんだな……じゃあ俺は急ぐんで」
早々に会話を切り上げて立ち去ろうとする男、急ぐんならチンピラ相手にケンカ売っている場合じゃないだろ、というツッコミをいれるような人はこの場にはいなかった。ちょっと早足に場から遠ざかるその背にかけられる。
「あの、よろしければ御名前を。わたくし……」
「名乗るような者じゃあねえよ」
正確には<先ほどのような噂の主の名前として覚えられたくないから>という前置きがつく。別に人がどう思おうとあまり気にはならない性質なのだが、どうも今日は勝手が違う。彼女の持つ雰囲気の為か?
「ええと、それでは……若頭様、本当にどうも……」
「……言っとくがさっきの話しは完全にデマだからな、信じるなよ……アンタ程の女を待たせているいいオトコによろしくな」
「はい」
はっきりした返事に軽く手を振り、歩き去る男。最後のはささやかな反撃のつもりだったが照れもせずに言い切られてしまった。もっともこれには彼と彼女で<いいオトコ>に関しての捉え方に違いがあり、かなり俗な意味がこもった彼の考えに対して、彼女は文字どうり<いい=良い>と考えている。それに待っているのは男性だからこれもそのまま文字どおり。確かに龍麻も劉も悪い人物では無く、尊敬できる良い人達なので、素直に返事をしただけだ。もちろんこのあたりの機微は彼には伝わらず、
『なかなかやるじゃねえか』
という印象を持たれていた。彼がこんな風に思った女は二人目、そういえば物静かな雰囲気と丁寧な言葉づかいを兼ね備えている所は同じである。
『アイツも感情をもったらあんなふうになるのかね』
想像してみると結構面白い。あんな感じに笑って、困って、驚いて……、
考えながら歩いているうちに、先ほどまでの苛立ちが薄まっていくのを彼は感じていたのであった。
その時、物陰では……
「どうやら大丈夫みたいだな」
「まったく、心配かけやがって」
言いつつ構えていた槍と長刀を下ろす二人。いざとなれば飛び出そうという思惑は、実行せずに済みそうである。
『こんな日にまで武器を持ち歩くのは』とは今ジュースの買い出しに行っている小蒔の台詞、だが闘いの中に身を置く者としてあるいはこちらの方が正しいのかもしれない。確かに周りから奇異の目で見られてはいるが。
「それにしてもなかなかいいオトコじゃねえか」
「……あれが?」
雪乃の呟きを耳聡く聞きつける雨紋。
ちなみにこの時雪乃が指したのはその態度。人が困っている所に静かに現れ、睨みだけで相手を退散させて、名も名乗らずに去っていく(実際は距離が離れていてどんな話しの展開があったか詳しくは聞けていないのだが)。一昔前の時代劇、もしくはハードボイルド物に出てきそうな展開に対しての感想だった。
対して雨紋が気にしたのはその外見。確かに遠目から見てもなかなかの男だった。
ファッションに関しては人それぞれだろうし、顔立ち自体も決して悪くない。だがその全体から醸し出している魅力は<渋い>とか<ダンディー>と形容される物であり、普通高校生に対して求められる物ではない。少なくとも彼にはそれらの要素は備わってはいないだろう。だが彼女はそんな男を『いい』と言っている。と、言う事は……
「雪乃さんておっさん趣味?」
心に止めておくつもりがつい口に出してしまう。彼がその事に後悔したのは強烈な返答を受けてから……。
「たっだいまッ!雪乃、缶お汁粉売り切れてたからコッチを……てどうしたの?」
買い出しから戻った小蒔が見たのは、頬を押さえてもんどりうっている雨紋と右の掌を軽く振っている雪乃の姿だった。
こういった寸劇が影で行われている事に、雛乃は気づく由も無かった。
そしてその頃の龍麻と劉が相も変わらず不運であった事にも……。
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