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闘いの無い日に 7・上


それは旧校舎前


最近仲間内で気になる事が一つ。

発端はたぶんこの前の真神学園文化祭、
一体何があったのか……とにかくその日を境に劉と雛乃の関係がどうもおかしい。

互いの顔を見つけたら微笑みあっていたあの二人が瞳を合わせようとしない。交わす言葉は挨拶だけ、何か話そうとして結局声をかけそびれている。自然と距離を置こうとする……。最初はとうとうお互いを意識しはじめたのか、カップル誕生?などとも思われたのだがそれにしては雰囲気が暗く重い。
二人が揃うのは旧校舎に潜る時くらいだが、その度こんな様子を見せられては心配するなという方が無理である、特に彼のアニキ分である龍麻と、彼女の親友である小蒔にとっては。
直接理由を聞いてみようかとも思うが、何か個人的な事情かもと思うとやや躊躇われる。しかし常に明るく振る舞おうとする劉や内気で気持ちを胸に秘めてしまう雛乃の事だ、もしかして一人悩み苦しんでいるのかもしれないし。さて、どうしようか。
そんな時であった、当の二人から相談を受けたのは。


「なあアニキ……相談があるんやけど」
「小蒔様……よろしいでしょうか……」


龍麻は劉から、小蒔は雛乃から。
むこうから相談を持ち掛けてきたのだ、かなりの悩みに違いない。心して相談に乗る事にする。



そして数刻後、龍麻の部屋にて……



「アニキ~~、どないしよ?」

一人暮らしの龍麻宅にて心底悲しそうに訴える劉の姿があった。

「だーかーらッ、涙ぐむなって」

龍麻は精神的な疲れを自覚する。人から相談されてこんなに疲れるのは初めてかもしれない。とりあえずこの部屋に呼んで正解だった、もしラーメン屋とかで相談を受けていたら、周りの眼がさぞ厳しかっただろう。
近所迷惑の事を考えると、あまり大騒ぎはしてほしくないのだが。
劉から聞いた二人の気まずい理由は……簡単に言えば誤解だった。
そう、ただの誤解、こちらが悪いわけではなく、もちろん向こうが悪いわけでもない。
ただちょっとしたタイミングの悪さと考えの食い違いから、気まずくなっている。
喧嘩をしているわけではない、ただお互いにギクシャクして話すキッカケを掴めない。このままでは疎遠な関係になってしまう、それは嫌だ!!

「この気持ちはわかるやろ、アニキ?」
「まあ、な」
「そう、誤解なんや。わいは何もやましい事してへん。そやけど……」
「……わかったから、その捨てられた子犬のような瞳はやめてくれ」

とても戦闘時の彼と同一人物とは思えなかった、見ていて痛々しい。しかしここまでメロメロになってしまうとはよっぽど

「好きなんだな、雛乃の事が」
「え?なんやて」

聞こえなかったか、それとも聞こえないフリだろうか。きょとんとこちらを見るその顔からは判断できない。

「何でもない。それよりどうしたいんだよ劉としては」
「誤解ときたい、仲直りしたい、色々話したいし笑うてほしいし……」
「わかった。それでその事を雛乃に」
「……伝えられるなら相談しねえんじゃねえの?」
「そうですね」

横から口を挟まれる。誠にもっともな意見なのだが……別の疑問が龍麻の脳裏に浮かぶ。

「そういえばなんで二人はここにいるんだ?」

当然のようにここに居座っているが、呼んだ覚えはない。
確かに片方は『暇だから遊びに来た』の一言でそのまま泊まっていく事もあるが、もう片方は確か部屋に来るのは初めてのハズである。

「京一と諸羽にも相談したのか?」

こちらの問いかけに無言で首を振る劉。と、なると。

「何、水臭ぇ事言ってんだ。仲間が悩んでんのをほっとける訳ねえだろ」
「そうですよ、何か力添えさせてください」

言う事は立派だが、あまり態度が伴っていない。
京一は週刊誌…旧校舎で拾った物か自分で買ったのかはわからないが…を見ながら答えているし、諸羽は何が珍しいのか部屋をきょろきょろと見回している。昔ドラマで見た<初めて彼女の部屋に招かれた純情少年(役者名は忘れた)>も確かこんな感じだったな、と、妙な記憶が蘇った。ここは男の部屋なのだが。
話しを聞くと真剣に何かを龍麻と話し込んでいる姿とラーメン屋に寄らなかったという二つの点から事情を察したとの事。流石は真・阿修羅活殺陣トリオというべきか。

「ま、最近の劉の言動と態度からそろそろ一人で悩むのも限界だろうなって感じてたしよ」
「『恋愛関係の悩みはこちらから聞かねえ方がいい』と京一先輩がおっしゃって」
「相変わらず鋭いな。醍醐じゃないけどその洞察力を勉強にまったく生かせないっていうのは本当に不思議だ」
「ほっとけ」

ふと見ると劉がまた涙ぐんでいる。どうやら自分を心配してくれたという部分に感動したらしい。別に悩みを聞かれた事については問題無いようで、そもそも問題あるなら彼らのいる前で話しはじめなかっただろう。そこまで考えてふと気づいた事がある。

「そうだよな、ことが恋愛がらみの相談ならとりあえず経験だけは豊富そうな京一や実際に彼女のいる諸羽の方が良い意見を言ってくれるだろうし」
「そうそう、何だって恋愛に関しては恐竜並みに鈍いひーちゃんに相談しにきたんだ」
「京一先輩、いくらなんでも恐竜並みは」

言い過ぎなのでは、と続けようとしたのだが、その瞳を見て思いとどまった。そこに宿る光は真剣であり、本気でそう思っているのが見て取れたのだ。龍麻も何か言い返そうとしたが、自分でも思い当たる事があるのか結局口を噤む。
そしてその問いに対して劉いわく、

「やっぱアニキやから、かな」

何となくわかるけどよくわからない答え。
それだけ信頼している、と言う意味らしい。言われる方にとってかなり照れくさい。
ここまで思われているのだから何とかしてあげたいのだが……果たしてどうすればよいのだろうか?真剣に考えを巡らせる龍麻であった。





それとほぼ同時刻、喫茶店にて。


「……じゃあちょっとした誤解なんだ」


コクッ

小蒔の言葉に小さく頷く雛乃、目の前の紅茶は手もつけられずに冷め切っていた。

「それで、仲直り…ってケンカしている訳じゃないか、えっと、前みたいに話せるようになりたい、と」
「…………はい」

ギリギリ聞き取れるくらいの小さな声で答える。
相談に乗る為この店に入ってから(家だと弟達がやかましいので)いくらかの時間が過ぎたが、ほとんど喋らない雛乃。
元々内気な性格に加え、悩んでいる内容が殿方がらみの事。恥ずかしさも手伝い、その口はだいぶ重くなっている。その憂いの顔は脅えた小動物を思い起こさせた。
しかしそんな恥ずかしさを承知の上で人に相談してまで仲をどうにかしたいとは、よっぽど

「好きなんだね、劉クンの事が」
「!!………………」

再び黙り込む、しかしその耳まで真っ赤になってしまった顔を見ればその気持ちは丸分かりであった。

『可愛いなあ……』

そのわかりやすい感情表現を見て、素直にそう感じてしまう。

『まったく、雛乃に想われているなんて劉クンも幸せ者だなあ。ちゃんと気持ちを伝えればいいのに……奥手なんだから』

自分の事は棚に上げ、心の中で劉に叱咤する。雛乃の今の望みは彼の一言なのだから。
親友としてはそんな彼女の望みをどうにかしてあげたいのだが……さて、どうしよう?
正直言って恋愛がからみそうな話しは苦手であった。やはりこういうのは経験豊富そうな藤咲サンや、実際に彼氏のいるさやかちゃんなどの方が適任だとは思う。あと、姉である雪乃……は、適任とはいえないか。
しかし雛乃はボクに相談しに来た。それだけ信頼してくれたのだとしたらとても嬉しいし、それに答えるべきだ。
腕を組み本格的に考える小蒔。その前でこちらを見つめる雛乃。
必要なのはキッカケ、でもどうやって……、
しばらくして一つの案が浮かぶ。ちょっとしたイタズラのようなものだが、十分キッカケにはなるだろう。とりあえず雛乃には待っていてもらい、電話をかける。
……この案の成功の為に必要な人の所へ。





再び龍麻の部屋


「旧校舎に他の人より三十分早く呼び出す、というのはどうだ?それでその間に……」
「……三十分間ずっと気まずい沈黙かもしれんし……」

本人が言うのならばそうなのだろう。龍麻はこの案を却下する。
最大のネックは彼女の前だとあがって喋れなくなる事。二人きりのシチュエーションを用意しても、これでは意味が無い。



「何うじうじしてやがんだ、こういうのは強気でガンガン押していってだなあ……」
「……その結果ナンパの成功率は?京一」
「……まあ、漢は小さな失敗を振り返らないのであって……」
「流石です!!京一先輩」

……とにかく京一案も却下。



「あ、そうだこの前裏密先輩が……」
「「「 却下ッッ!!!」」」

まあ折角の霧島の意見だし念の為話しだけは聞く事にする。

「……桜ヶ丘病院と共同で秘薬……」
「やっぱ却下だッ!!」
「いいか諸羽、ぜってえにあの魔女の口車に乗んじゃねえぞ」
「わいも嫌やで、そんなん」

裏密の用意した秘薬。それだけで妖しさ大爆発なのに、桜ヶ丘の名前まで出てきたとあってはまともな品ではない事は確実である。大方、言う事を聞くけど眼が空ろになるとか喋る言葉が機械的な物に変わるとか尻尾が生えるとか……そんな作用があるに違いない。少なくとも龍麻と京一は過去の体験からそう信じていた。
やはり霧島案も却下。と、なると

「さて、どうしよう」
「でねえもんだな、名案って。もうちっと簡単なもんだと思ってんだけどな」
「そうですね。やっぱり難しいですよ、男女間て」
「…彼女のいる霧島はんが言うとめっちゃ説得力あるわ」

男四人頭を抱え込む。直接電話をかけたり他の人経由で誤解の事を話してもらう、などの方法もあるが、それが出来るのならばそもそも相談には来ない。不自然で無く顔を合わせ気軽に話し合える雰囲気を作るには……。

「やっぱこれかな」

京一の視線を落としながらの一言。その先には先ほどまで読んでいた週刊誌がある。
開いたページには<最新デートスポット50>。どうやら最近の(敵が落とした物ではない)レジャー情報誌のようだ。

「遊園地に水族館に映画館、どれにする」
「それって雛乃先輩をデートに誘うという事ですか?」
「えッ、きょ、ちょいまってえな、京一はん」
「なんか言葉がおかしくなってんぞ、劉……いきなり、は無理なんじゃないか京一」

いいながらもある程度京一の考えに感づいている龍麻。確かにいきなり二人きりは無理だ、だが間に人がいれば……。

電話がなったのはその時だった。

当然部屋の主である龍麻がでて……表情が変わる。それだけで京一には受話器のむこうに誰がいるのを理解した。

「…ああ、来てる……え?あ、大丈夫だよ…いや、別に。ただ珍しいかなって……」

龍麻以外に相手の声は聞こえないし、互いに名乗り会うような事もしていないから、誰からの電話だか他の三人にはわからない筈だが……無言のまま京一が小指を立てたり劉が弓をひく動作をしているのを見る限り、どうやら相手が誰だか理解しているようであった。

「ん、いや何でもない……それで?……」

無言のまま電話相手のものまね(妙に似ている)をはじめた京一に軽く掌打などを打ち込みつつ、話しを続ける。

『ええなあ、アニキ……』

羨望の瞳でそんな龍麻を見守る劉。自分もいつか雛乃はんと気軽に電話しあえる仲になれるんやろか?あ、でも道心のじっちゃんとこには電話ないし……。
思いつつ見ていた龍麻の顔がちょっとだけ驚きの表情に変わり、こちらを向き何故か微笑んでくる。いったい何を話しているのだろうか?

「うん、大丈夫!!……ホント凄いタイミングだって……そう言わないで…わかった、じゃあコッチも声かけとくから、じゃあ……」

どうやら話しは終わったようだ、受話器を置き向き直り……、

「劉、今度の休み開けとくように」

唐突に宣言する。もちろんいきなり言われても劉には訳がわからない。黙ってその理由の説明を待つ。

「今の電話で小蒔が『今度のお休みの日ミンナで遊ぼーッ』って言ってきたんだよ。もちろん『ミンナ』の中には雛乃も入っている訳だ」
「つまり、小蒔のヤツも俺と同じ事を考えていたって事だな」

頭をさすりつつ付け足す京一。どうやら掌打はけっこうクリーンヒットしたらしい。
霧島の心配そうな視線を受けつつ続ける。

「まあミンナっつっても既に予定入れている奴もいんだろうけどな。俺も次の休みはコイツの修行に付き合う約束があるし。なっ諸羽」
「え?あ、ハイ京一先輩」

一瞬戸惑ったが京一のアイコンタクトを読み取りすぐに話しを合わせる。
あまり大人数で行っては旧校舎と変わらないし、他の人との会話に逃げてしまうかもしれない。いっそここは

「ダブルデート、なんてのもいいんじゃねえか?な、ひーちゃん」

なにげないこの一言に固まる龍麻。
そう、確かにミンナに…彼の受け持ちの男連中を誘わなければ、そういった事も可能かもしれない。だが今回は劉と雛乃を何とかする為の企画である、私的な考えは……いや、でもあまり人数多いのも良くないし、小蒔と遊ぶ事について特に意識するような事は…いやいや、こんな風に考える事がすでに間違っているのかもしれないし………

「ま、まあそれはともかくとして、一緒に遊んでいれば気分もほぐれて自然に話せるようになるって。フォローもするし」

内心の動揺を隠しながら龍麻。そう、なによりまずは悩みの解決が先であった。

「ホンマ、おおきにッ!!わいなんかのために」

心底嬉しそうな劉。これが見れただけで報われる、そんな笑顔だった。自然に三人の顔も和む。

「わいなんか、はやめろって、あ、あと涙ぐむのも禁止だから」
「そうですよ劉さん頭あげてください」
「まっそうだな、謝礼はラーメンでいいぜ、あとできればギョーザでも」

三者三様の照れ隠し、京一はちょっと本気だったが。なにしろ相談の間は何も食べていない。劉の笑みが深くなる。

「へへッ、わいにまかしとき。何かウマイもんつくったる」
「え、劉さんて料理出来るんですか?」
「おッすげえ、本場モンの中華料理だな!じゃあラーメン頼むぜ」
「京一、別に中国人だから中華料理つくれるわけじゃないだろ、しかもラーメンって」
「あ、材料あればつくれるで。これでも腕に自身アリや」

中国で三人の姉に鍛えられ、日本では乏しい食材で道心に食事を作っているので、かなり料理の腕は磨かれているのだが……まだこの辺りの事情は皆に話してはいない。いずれ時がくれば全てを話そう、そう全て……。
とりあえず今は、

「なんやこれ、冷蔵庫に何も無いやんか」
「ハッ、学生の一人暮らしを甘く見たな」
「いばるなって、おい諸羽、お前のセンスでなんか適当に材料買ってこい。金はあとで割り勘にすっから」
「ハイッ……でもセンスッていわれても、難しいんですけど……」

この素晴らしい仲間達に逢えた事を何かに感謝したかった。
こうして夜はふけていく。





そして同時刻


「と、いう事だから。一緒に買い物に行く約束を変更しちゃったけど……いいでしょ?」
「はい……小蒔様……ありがとうございます……」
「や、やだな、お礼言われるような事じゃないよ。単にミンナで遊びに行くだけなんだから」

……どうやら向こうでも同じ事を考えていたようだ。京一と同じ発想というのがちょっと引っかかるけど……ま、いいか。でもミンナ集まるかな…結構急だし、いざとなったら確実に行けるボクとひーちゃんだけでもって…あ、それってもしかして……

「小蒔様?」

心配げな雛乃の声で我に帰る。そうだよ、雛乃と劉クンをどうにかする為に考えたんだから……。そう思いつつ動揺は納まらない。

「な、なんでもないよ。それより何か食べよッ!ボクもうお腹ペコペコだよ」
「それならば今日はご馳走します。お好きな物を……」
「だからお礼ならいいってばッ!でも……いいの?」
「はい」

そしてお互いに笑いあう。

こうして彼女たちの夜もふけていったのであった。



そして……数日後、とうとうその日はやってきたのだが……。



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