明日香学園を転校する時、そして一人暮らしを始めた時、龍麻はこれからの新しい生活について不安を覚えた事がある。
<……新宿へ行きたまえ。新宿の真神学園へ―――>
その言葉に導かれここまで来たが、この先一体何が待ち受けているのだろうか?
その時確か期待と不安にまかせて、いろんな事を想像した記憶がある。
必ず起こるであろう異変について、新しい学園生活について、友達について、恋愛ざたってあるかな?なんて事までまあ色々と。
しかし、ビジュアル系メイクでタキシードでウサギ耳をつけて女の子を追いかけている未来は、さすがに想像外であった。行く前からそんな事が想像出来る学校ならば、そもそも転校しなかったかもしれない。
「大体逆だろこれって、なんでウサギがアリスを追いかけてんだよ」
実は龍麻は<不思議の国のアリス>を読んだ事がないのだが、人づてに聞いた話では確かアリスがウサギを追いかけてどうにかなるって展開だったと思う。
今の自分は滑稽にしか見えないだろうなと考え、へこみかけながらも、とにかく今は小蒔を捕まえる事に集中する。
とにかく素早く身軽。それに神出鬼没である。
何度か捜しだし捕まえそうにもなったが、そのたびに振り切られ、また飛び越されてしまい、その後まったく別の場所でなにかしら起こしている。その都度無視したり謝ったり、あるいは代金を立て替えたりしながら追跡していくのだ。どうもむこうはこのおいかけっこを楽しんでいるようである。
不幸中の幸いは、いたずら現場の目撃例が少ない事と普通の人には素早すぎて捕まえられない事だろうか。おかげで今の所まだ小蒔はその評判を落としてはいない。
やっている事が子供っぽすぎて女子高生の仕業とは思えない。子供相手だとしたら本気で犯人を探し出そうとするのも大人げない。そう考えられているのも幸いの一つだ。
逆にいえば万が一現行犯で捕まって犯人が女子高生、しかもあの小蒔先輩だとしれたら、恥ずかしい事この上ないという事。それだけは避けなければ!!
とりあえず聞いてまわった被害報告を思い返すと……
<昼寝してたらヒゲを描かれた>
<やきそばの肉だけ食べられた>
<マイクのコードが蝶々結びに>
<フランクフルトにマスタードが>
<展示中の絵が>
<かき氷が>
<たこやきが>
<わたあめが>………。
だんだん食べ物関係に集中していくようだが……もしかして本能……?
とにかくその事に気づいた龍麻は作戦を変更することにした。
父兄、ボランティアの奥様方によるバザー。
龍麻がここを待ち伏せポイントとしたのは、食べ物関係でまだ来ていないのはここを含めてあと数箇所しかなく、その中でここが三階の端、つまり行き止まりの場所で開かれているから。つまりは絶好の捕獲場所なのだ。あとは読みが当たるのを祈るだけである。
ここで必ず捕らえると強く心に決め、手作りクッキー(バザーの商品。勿論代金は払った)をつまみつつ出現を待っていると……、
「来たッ!」
軽い足取りで近づいてくる小蒔発見、慌てて物陰に隠れる。今度こそ逃がさないよう、慎重に行動しなければ。
どうやらこちらの動きには気づいていない様で、キョロキョロと品物を物色している。その目が、手作りクッキーを見つけた時光ったように見えたのは錯覚ではあるまい。
そちらに気を取られている隙にいくか?出るタイミングを伺っていた龍麻だが、
「あら、小蒔ちゃんじゃない?」
誤算だった!売り子の中に知り合いのおばさんがいたとは。もしここで何かイタズラしたら小蒔のご近所での評判はがた落ちにッ!!
「まあまあまあ、ずいぶん可愛い格好しちゃって!良く似合っているわよ」
今の小蒔は理解しているのだろうか?どうやら笑っているようだが。なんとなく出るタイミングを外してしまった龍麻はそんな事を考える。
「それって<不思議の国のアリス>?さっきはウサギの耳をつけたすごく綺麗な男の子がきたけど、もしかして何かのアトラクション?」
最早タイミングどころではなかった。小蒔がその場から離れないうちに前へ飛び出す。
いきなり引っ張っていったら後でこのおばさん達に何を噂されるかわからないので、とりあえずは距離をとる。飛び越し、すり抜けをされぬよう細心の注意をはらい、体勢をととのえて……さあどうしよう?何となく立てていた計画のようなものは第三者の登場であっさり崩れてしまっていた。
こちらの気持ちも知らず、なぜか嬉しそうな第三者。その様子に他のおばさん、奥様、お母さん達も集まり出す。
「ほらぁ、この子よこの子!やっぱり綺麗ねえ。ね、もしかして小蒔ちゃんの彼氏?」
この遠慮仮借の無い言葉に、小蒔はやっぱり変わらず笑顔。これがもし平常であれば、思い切り動揺してしまうのだが、そこはやはり別人格。ただ、先ほどよりほんのりニ頬に朱が混ざっているようではあるが。
どうやらこの反応を好意的に取ったようで。
「やっぱり!」「いいわねえ、若いって」「お似合いよ、小蒔ちゃん」「なれそめは?」……。
パワー全開でにわかに騒がしくなる。たまらないのは龍麻だった。
「ちょ、ま、まってって、いやそりゃその、まあ、好きかどうかって、あ、いやもちろんそれは、わぁ、ちょっと」
小蒔の分まで動揺しまくっている。ここまでくるとある意味精神攻撃だ。
そしてその隙をついて小蒔が動いた。
だが動揺はしてても油断はしていない。どんな動きにも対処出来るよう、一瞬のうちに身構えるが……。
小蒔の動きは彼の意表をついた。
廊下の続く龍麻の方ではなく、行き止まりのハズの後ろに跳んだのだ。
そちらにあるのは使っていない机や椅子、それに……窓ッ!!
「まさかっ!」
そのまさかだった。窓を開け、足をかける。
跳躍にはなんの躊躇いもなかった。
おばさんの悲鳴を背中で聞きながら超速で窓に駆け寄る龍麻。
外を覗くと、かなり離れた所に大きな木があり、それに向かい空を歩いていく小蒔がいた。<力>を使ってもぎりぎりの距離、だが今の小蒔ならば余裕だろう。
そう思い安心しようとした矢先だった。
「エッ!?う、うわぁ―――――っ!!!」
それまでピアノ線で吊っているかのように軽々と飛んでいたのが、突如バランスを崩す。その顔から笑みが消えていた。
走りまわったから、いろんな物を食べたから、あるいは単に個人差によって。
だが理由はどうでもいい。
とにかく最悪のタイミングで秘薬の効果は切れたのだッ!
次の瞬間龍麻は跳んでいた。
蹴り足に<力>を込め勢いをつける。失敗は許されない!
空中で小蒔捕まえる事に成功し、そのまま頭を抱えこむ。
なんか子供の頃からの記憶が走馬灯のように流れるがあえて無視。
この勢いで前の大木に背中からぶつかり、枝や葉をクッションがわりにしつつ下までずり落ちるつもりだった。衝撃は<力>を背中に込めて和らげ、後は自分の頑丈さを信じるのみ。無茶な体勢での跳躍なので無事な着地は期待出来ないが、とにかく
「こんなアホらしい事で小蒔にケガさせてたまるかッッッ!!!」
心の声のつもりがつい叫んでしまった龍麻であった。
そしてこの直後、彼の意識は途切れる。
想像以上に太い枝がずり落ちる彼の後頭部を直撃したのだ。
それでも小蒔を抱きかかえる腕から力が抜ける事……龍麻が小蒔を手離すような事は決してしなかった……。
『……ここは……どこだ……』
薄暗い、前後左右どころか上下の感覚すらおぼつかない不思議な空間。
何故こんなところにいるのか、ここはどこなのか、さっぱりわからない。
全てはぼんやりとしていて深く考えられない。どんどん記憶があやふやになる、自分が誰なのかが思い出しにくくなる程に。
『クックックッ…こちらへきたまえ。この世界から人類の新しい未来について語り合おうではないか』
向こうで誰かの声が聞こえる。あの白衣の男が呼んだのか、声に聞き覚えがある。
龍麻の足は自然とそちらへ向かおうとするが、別の声に呼び止められる。
『ダメですッ!龍麻さん、そっちに行ったら帰れなくなります!!』
あやふやな記憶の中でもその声とその姿は忘れられない、いや忘れてはならないものだった。
『……紗夜……ちゃん……?』
『なぜだぁぁぁさぁよぉぉぉ』
『ごめんなさい、兄さん』
茶色の髪にはかなげな笑み。桜塚高校の制服。最後にみた時と変わらぬ姿。
『ダメじゃないですか、こんな所にお気楽にきちゃ。ほら、大切な人が心配していますよ』
確かに先ほどとは逆の方向からあの子の声が聞こえてくる。記憶のはっきりとした龍麻は急いでそちらに向かおうとして……ある事に気づいて足を止める。ここが龍麻の思ったとおりの世界なら、目の前の彼女は……。
『……紗夜ちゃん、君は……』
『……私はそちらにもあちらにもいけないんです……でも大丈夫、きっとまた会えます……いつか……』
言いつつもどんどん掠れていく比良坂 紗夜の姿。
無言でそれを見つめ、再び歩き出す龍麻の姿もまた、掠れていった……。
「……ちゃん、ひーちゃんってばっ!!」
どこかとんでもない世界へ行ってしまっていた気がするのだが、どうも思い出せない。とりあえず今の現実の方が大切だ。
傷めた所はないか、軽く氣を巡らせてチェックする。骨や筋でおかしくなった所無し、背中は少し痛むが<力>を込めていたおかげでとりあえず平気、後頭部はコブができるくらいだろう、不意打ちだったので気を失ったが、いつもの戦闘ではあれに倍する衝撃を受けることもあるのだ。後遺症、後に残りそうな傷も無し。小蒔は……うん、ちゃんと腕の中にいる。よし、えらいぞ。自分自身を誉めといてあげよう。
そこまで考えようやく目を開ける。
「小蒔、ケガは無いか?」
「全然平気だよッ!ひーちゃんこそ大丈夫?今十秒くらい息してなかったよ?」
……って、あの出来事はたったそれだけの間のことだったのか……あ、あれ?あの出来事ってなんだっけ?なんか懐かしい人に会ったような……。
ま、いいか。それより今は
ぎゅうっっ!!
「!!!ッひーちゃんッッ」
驚きのあまり、流れそうだった涙が引っ込んでしまったっ!!
そもそも何故こんな事になっているのか、小蒔は理解していない。
雛乃を治してもらおうと霊研に行きミサちゃんから薬を薦められて……気がつけば何故か空中にいて、ひーちゃんに抱きかかえられて、木にぶつかって……もしかして、何か迷惑をかけたんじゃって思ったら悲しくなってきて……
これらの考えはすべて吹き飛んだ。今はひーちゃんに抱きしめられているという事実だけで頭がいっぱいだった。暖かい、身も心も。
「もう、逃げないで……」
龍麻の言葉は小さかった。それが、今までのおいかけっこを指すのかそれとも自分の本心なのか……当人にもわかってはいない。
「このまま、そばにいてくれ……」 「ひーちゃん……」
これ以上の言葉は必要無い、二人の心は通じ合っていた。そのまましばらく時は止まり……、
「オニイチャンッッ!!オネエチャンッッ!!」
怒りの声で動き出した。慌てて離れてしまう二人。その前にはマリィが仁王立ちしている。
最近では笑顔の絶える事の無かったマリィだが、今は誰がどう見ても怒っていた。
その背中には燃え上がる炎型の氣が感じられ、その瞳は潤んでいる。肩は震えその両腕に抱え込んだメフィストも毛を逆立てていた。
どうしてこんなに怒っているの…?まさか…嫉妬?…ボクに?…そんな事、ある訳無いか…、でもなんで…
小蒔の考えがまとまる前に、マリィが口を開いた。
「ドウシテッ!?ナンデ二人とも三階から飛び降りたりスルノ?あぶないんダヨ?死んじゃうかもしれないんダヨッ!!マリィ見ててスッゴク怖かったんダカラッ!!大好きな人達がケガしちゃうカモ、死んじゃうカモッテ……」
その瞳から涙がこぼれ落ちる。目の前の二人がもしかしたら大変なことになっていたカモ、と思うと耐え切れなくなったのだ。彼女にとって仲間のミンナと平穏な日常は何より大切な物であり、それを守る為に闘っているのだから……。
「…ゴメン、マリィ」
そっとその小さな体を抱き寄せる小蒔。同時に的外れな事を考えていた自分を反省する。何が嫉妬だよッマリィにこんな思いをさせておきながら!
「ホントにゴメンね……」
「…ダイジョーブなら…許してアゲル…モウシナイデネ…」
どうやら怒りも涙も収まったらしい。とりあえず安心する龍麻だが……、
「……見てて?」
マリィは確かにそう言った。恐る恐る校舎を見上げて……硬直する。
校舎の端の窓から跳んだのだから着地地点も当然学園の隅、こちらを見れる角度にある窓も限られてくる。そして、その限られた窓の全てに人影はあった。特に三階、自分達のジャンプ地点からは、今のをアトラクションの一種とみなしたバザー関係者達が手を振ってきている。そんな注目の中、彼は小蒔を抱きしめたのだっ!居たたまれなくなり、二人の手を引いて速効でその場を離れる龍麻達、後ろで拍手と歓声が巻き起こっているが、決して振り返らない。
……その時、龍麻は心にある決意を固めていた。
これとほぼ同時刻……学園内ではさまざまな悲喜劇が起こっていた。
屋上にて
不慣れな学園で、ようやく雨紋は捜していた人を見つけたのだが…どうやらまだ怒っているようだ。校庭を見下ろしたままこちらを向く気配すらない。彼の説得は続く…
「だから、あんな事いっちまったのは悪かったよ……。でもな、オレ様は本当の<アンタらしさ>ってのを知っているからッ!あの妙に似合わない乙女チックな所も、もしかしたら意外な一面かもしんねーけど……やっぱ雪乃さんはメイクした龍麻さんより色気が無くて、全面的にがさつさを押し出してんのが一番無理なく、アンタらしいって……ん?どーした雪乃さん」
肩が震えている?なんだよまた泣いてんのか?それとも……、
「お・お・き・なぁ…お世話だぁっっ――――――!!!」
ガコォォゥ
『コッチできたか…この方が<らしい>けどな…』
渾身の右ストレートに意識を無くしかけながら、世の不条理と奇妙な安心感を感じる雨紋であった。
喫茶店にて
「「…………………………」」
お互いに無言、ただ空気だけが重くなっていく。
秘薬の効き目が切れた時、雛乃は静かであった。……そう、静かに動きを止め、静かに腕を放し、静かに距離をとって……そして、静かにこちらを見つめている。
別にやましい事は何もしていないのだ。猫がカドに体を擦り付けるように、肩や胸元にほおずりしてきたのも、腕だけではなく時々首にもしがみ付いてきたのも、狼狽した劉の姿を見て笑ったのも全て雛乃であって、その度忍耐と精神と理性の限界への挑戦を繰り返し、どうにか判定ギリギリの勝利を掴んできたのだ……京一あたりに<度胸が無え>とからかわれそうだが。
しかし、そんな事を直接本人に言えるわけが無い。
なにしろ憶えていないのだ。オカルト研究会の前を通り過ぎようとした時、仲間に引き止められて、それからの事を全て。気がつくと誰もいない部屋で真っ赤な顔をした劉とピッタリ寄り添っていたのだ!心の中は爆発寸前だった……姉に<やるじゃねえか>とからかわれそうだが。
空白の時間に何があったのか、怖くて問うことができない。
『……瞳で訴えんのは、堪忍やて……』『……お願いです、なにかお話を……』
互いに相手の一言を待ち、互いに相手を想い切り出せない。良く似た二人であった。
そしてそのまま部屋を出る雛乃。<劉様が無言のままなのは、きっとお怒りになられて……何か無礼な事を私は……もしかして、嫌われて……>悪い方向に想像力が働く。
完全なる誤解だったが、嫌われてしまったかもしれないと考えただけで、目頭が熱くなってしまったのだ。涙をこらえながら<…ごめんなさい…>というのが精一杯だった。彼の目の前で泣いて、これ以上迷惑をかけたくはなかった……。
そしてそれを見て、更に誤解を強める劉。彼はその<ごめんなさい>を、より悪く解釈した。
『なんや?なんであやまるん…?まさか告白もしとらんのに<ごめんなさい>って…はは、そんなあほな…でも…嘘、やろ…あ、あれ?わい泣いとんのか…?』
一人立ちすくむ劉。悪い考えへとどんどん深みに嵌まっていく……。
美術室にて
「……僕はこんなところで何をしているのだろうな……」
口に真紅の薔薇を咥えながら如月。
「それはこっちの台詞だ」
ポージングを決める紫暮。二人は向かい合っている。
「はい、無駄口叩かない、動かない!そっちの方から売り込んできたんだからね」
そんな二人を女生徒…美術部部長と言っていた…が叱り付ける。周りの部員達も一斉に肯く。
そうは言われても何故自分達がこんな格好で絵のモデルをする事になったのか……謎である。ただ忍者と武道家のカンとして、なんとなくだが理由を聞くと絶対後悔しそうな気がするので、大人しく従ってしまう如月と紫暮なのだった。…この時描かれた内の一枚は、コンクールで賞を取ったそうだ……。
廊下にて
「ヘーイ、待ってくださ〜いッ!!」
「イヤァ―――――ッ、バク転男よッ!!」
「誰か、助けてッッ!」
「ナンデ逃げるの?ボクとハッピーな時間を過ごしマショ〜!!」
すっかり学園の怪談扱いのアラン。彼がこの学園でのナンパは不可能だと気づかされるのは、この後三十人の女の子に声をかけてからだった。
ちなみに
「壬生先輩、これどうでしょうか?」
「うーん、ここのアップリケはチューリップよりひまわりの方がいいかな?」
「亜里沙ちゃんお口拭いてあげるぅ」
「だから舞子、いいってば」
結局飲んだかどうかわからずじまいの人達も数名ほどいた……。
そして
「行くよ、さやかちゃん!!」 「はいっ!!霧島くん」
「霊歌剣乃舞!!!!」
方陣技炸裂!!しかしそこに人影は無く、黒い布が一枚。
「マントだけか、やりますね、京一先輩」
「あっちよ、霧島くん」
コンビネーションバッチリで追いかけてくる二人の姿に京一感じるのは緊張と、幾分の安堵感。秘薬とやらがあの二人の仲を狂わせる様な事があれば、直ちに裏密の所へ殴り込みにいくつもりであったが、どうやらそこまで悪質な効果では無かったようである。もっとも、師匠や大切なファンにはまったく容赦してくれないが。
とにかくさやかちゃんがいる限り、こちらから攻撃は出来ない。時間を稼ぎ効き目が切れるのを待つ作戦に切り替えてから、結構立つ。
走り、躱し、通行人や野次馬が巻き添えを食わないよう気をつかい、時にはマントや上着を変わり身として……ひたすら逃げ回る。タキシードに木刀片手で走る京一の姿に観客も集まり、それを障害物がわりにして更に逃げ……今は物陰に隠れている。
いいかげんに秘薬の効果も切れるころだろう、後はここでやりすごせば……
「何やってんのよ京一ッッ!なんか騒ぎがあるってきてみれば、アンタ仕事サボッてんじゃないでしょうねッッ!!」
「なんでてめえは狙ったように最凶のタイミングで出てきやがんだぁ!!!」
アン子を怒鳴り付けた時にはもう遅かった。完全なる挟み撃ち、前からは諸羽、後ろにはさやかちゃん、となりには目を丸くしているアン子。構えようにも間に合わない。しかも…、
「え?き、霧島くん?」
タイミングの悪さはまだ続く。いきなり正気に戻っスのは良いが、状況を理解出来ず動けないさやかちゃん。諸羽は絶妙のタイミングで避けると信じて打ち下ろしてくるが、今のさやかちゃんが先ほどまでとは違う事に気づいていない。このままだとっっ!
「この…馬鹿がッ…」
ガッ
京一の行動はシンプルともいえる。打ち下ろされる前、すなわち技の出る前に距離を詰め剣を止める……ただし誰にでも出来るわけではない。少なくとも彼のやったような事は……。
「京一先輩……」
霧島が正気に戻った時その目に飛び込んだのは、彼の最も尊敬する人が、彼の剣を左腕で受け止めている姿であった。その後ろでは彼が最も守りたい人が驚きの瞳でこちらを見つめている。いったい何が……僕は……京一先輩やさやかちゃんに……。
剣から手が離れる。衝撃に体が崩れ落ちそうになった時、
「しっかりしやがれッ!諸羽ッッ!!」
「京一先輩…でも…」
剣を受けた体勢のまま怒鳴り付ける京一。技の出掛かりで、腕には<力>を込めていたとはいえ、そのダメージは軽くは無い筈だ、下手したらひびぐらいはいっているかもしれないのに…。
「泣くな、喚くな、俺にすがりつくなッ!一つでも破ったらもう弟子でもなんでもねえ…いいか、これはアトラクションだ!!こういった演出なんだから気にするんじゃねえぞ。さやかちゃんを驚かせちまった事だけは、後で謝っとけ」
言うだけ言って、大事な用事があるからとさっさと行ってしまった。
「ありがとうございましたっ!」
気の優しい霧島の事だ。自分のした行動への自責の念で潰れてしまいかねない。あの強引で命令口調の説得は京一なりの優しさであった。そしてそれはどうやら弟子の心に伝わったらしい。霧島の好感度は更にアップしていた。そして…
「まったく…カッコつけちゃって」
「でも、カッコイイですよ」
密かに女性陣の好感度もアップしていたのであった。
そして、校庭で……
「とうとう追いつめたぞ、最強の女幹部グレート・ボサツめ、この文化祭の平和はコスモレンジャーが守ってみせるッッ!!」
「フッ…練習試合も終わって時間も余裕があるんだ、たっぷりと相手してやろう」
「私達が来たからにはあなたの好きにはさせないわ」
気合十分の三人を無視するように、黒地に赤ラインのマスクと、そのまま幽霊役でもできそうな(実際クラスでしているのだが)白い着物姿のグレート・ボサツ…というか誰が見ても正体葵ってバレバレだが…は、含み笑いをしている。
「うふふふふふふふふふふっふふふふっふふっふふ」
笑いの高まりと共に沸き上がる<力>。その体は次第に光り輝いていき……急速に合わせた両手の間に収束していき……おもむろに振りかぶる。
「ボサァァァツ・サアァァァンシャァァイィンッッッ」
こちらに投げつけられた光球から感じる<力>は、今までの闘いで感じたものとは桁が違っていた。正義の戦士達があまりに壮絶な力の接近に硬直してしまったその時、
「おりゃああーッ!!」 「剣掌…旋ッ!!」
救いの手は現れたッ!二つの技に弾かれ、彼方で四散する光球。それを見送るのは…
「「「コスモグリーンッッ!!」」」
コスモの三人の声が重なった。彼らの前に現れたのは、盟友 緋勇龍麻、またの名はコスモグリーンであった。その隣には特別ゲストの真神戦隊の木刀使いもいる。彼らが来てくれたのなら百人力だ。…何故二人してタキシード姿なのかは不問としておこう。
龍麻はコスモレンジャーの呼びかけにやや頬を引き攣らせたが…気を取り直し前を見据える。
「そこにいるんだろう…」 「こそこそしてねえで出て来いよ…」
その声に応じ姿を見せる黒い影。何処から現れたのか?と今更気にする者はいない。
「うふふふ〜〜よくわかったね〜〜」
「ちょっと本気で<氣>を読んだからね」
「それだけシャレになってねえんだ、今回の事は」
確かに二人とも本気の目だった。今回ばかりは笑って、もしくは脅えながら許す訳にはいかない。そしてそれは、彼らに続く四つの影も同意見のようだ。
「このままだと、殴られ損なんでな…オレ様の力、見せてやるぜ」
「覚悟してください……アトラクションでも怪我の危険はありますから…」
「ヘイ、ボクに何をしたの?女の子の恨みはオソロシイヨ」
「………しまいにしよか………」
それぞれの眼には怒りの炎が燃え上がっていた……やけに眼が座っている者もいる。
「どうだ、コスモレンジャー勢揃いの上特別ゲストまでいるんだぞっ!素直に降伏すれば正義の名の下に許してやっても…」
言いつつ感動を隠せないコスモレッド。いままでスカウトしたコスモレンジャー仲間がフルメンバーで揃うなんて初めてだった、感慨に涙が零れそうになる。それはブラックとピンクも同じだった。ただ他のメンバーと敵役はそうでもないらしい。
「これ見ても〜降伏しろって言える〜?」
その言葉と同時に現れた男は……白いトラ覆面を被っていたが、これまた明らかに醍醐であった。ただし、そのマスクから覗く眼に正気の色は無く、その体はどうみても
「白虎変してんな…怪人ホワイトタイガー男ってか?」
「油断するなよ京一、あの秘薬を飲んだ醍醐がどんな<力>を持っているか…」
しかしなんだって葵も醍醐も裏密の配下になっているんだろう?それに効き目の時間が長すぎないか?龍麻の素朴な疑問にあっさり答える裏密。
「五粒ほどいっぺんに飲んでもらったの〜」
「もらったの〜じゃないっ!」
「って飲み過ぎでの副作用かよあれ…」
ツッコミを入れつつ、改めて裏密の怖さを知り弱気となってしまう龍麻と京一。そんな気持ちに更なる追い討ちがかかる。
「うふふふ〜そうね〜それらしく戦闘員もよぼうかな〜」
言いつつ唱えているのは悪魔召喚の呪文か何かか?こんな目立つ所で堂々と?
「…まさか裏密自身も秘薬を飲んで?」
「甘ぇよひーちゃん、アイツならノリでこれくらいの事やってのけるって」
京一の鋭い指摘に肯く仲間達、皆ある程度の覚悟を決めていた。
一応全ての準備は整っている。一般の客達が巻き添えを食らわないよう、他の仲間たちがフォローに回っている…いざという時の温存戦力でもある。飛水流の秘薬と桜ヶ丘病院のとっておき、それに拳武館の<目撃者の記憶を消す>薬を総動員して、今日のこれらの出来事を無かった事にする用意も出来た。あとは…目の前の彼女を懲らしめて、反省させるだけであった。それが一番難しいが…ここまできたらやるしかないッ!
「「「いくぜッ!!」」」
龍麻と京一、それに何故かコスモレッドの気合が重なったのを合図として、一斉に飛び出す正義の味方と、悪の手先達……。
今ここに、真神学園文化祭最大のアトラクションが幕を開けたのであった。
後日談
真神学園文化祭。今年も大いに盛り上がり、大きな事件も無く無事に終了した。
この公式見解を創るために血の滲むような苦労があった事を知るものは少ない。そして、この裏に隠された真の文化祭の結果を知る者達は…ある者は記憶を無くし、ある者はかたくなに口を閉ざし…全てを無かった事にしようとするのであった。新聞部部長が真実の写ったフィルムを何者かに盗まれたという噂が流れたのはそれからすぐ後である。
そんな文化祭が終了してからしばらくして…
「なあ、アニキ…相談が、あるんやけど」「小蒔様…よろしいでしょうか…」
果たして何があったのか、深く悩んでいる二人から相談を受ける事となるのだが、それはまた別の話。
そしてその少し前、浜離宮にて
一枚の絵を囲む四つの影
「本当か?本当にこれが未来なのか?嫌だぞ俺、こんなヤツラと関わんのはッッ!!」
「描いている内におかしいなとは、思ったんだけど……」
「…しかし…この中央の黒服の方は…なんと可憐な………」
「…晴明様…?」
そこに描かれているのは未来、のはずなのだが……。
悪の軍団に立ち向かう正義のヒーロー。その中の一人はウサギの耳がついている。
これが、未来だとすると……、
「ほっといたらなんとかなんじゃねえか、未来なんて」
「そんな投げやりにならないで、もう一回だけ、描かせて、ね!」
「私は別にこれでも…うむ、どのような方なのか…」
「……晴明様……あの……」
こうして新しいのが描きあがるまでに、村雨と御門はそれぞれ様子を見に街へ繰り出して…彼らとちょっとした関わりを持つことになるのだが、それもまた別の話である。
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