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闘いの無い日に 6・中
茶道部にて
「ほう、そんな事が……」
どこまでも落ち着いた声、今の話を聞いてもまったく冷静さを失っていない。
「ああ、ま、余計な心配だったかもしれないけど」
さすが飛水流、精神の持ちようが違う。
心の中で賞賛しつつ、出されたお茶に手を伸ばす。
落ち着いた空間。真神学園内で数少ない畳のある部屋で向かい合い茶を飲むその姿は、一幅の絵画にたとえられる。ただしその片割れがタキシードにウサギ耳というすっとんきょうな格好でなければ、だが。
茶道部で特別に招かれた王蘭の如月 翡翠と我が校で注目度ナンバーワンの緋勇龍麻が二人で話がしたいと人払いを頼んだのだ。部屋の外では茶道部員が全員聞き耳を立てている。もちろん外に声の漏れぬように忍術で手は打っているし、そもそも聞いてもよくはわからない話ではあるが。
「確かに僕の店にも彼女から送られてきたけどね、あの薬が」
その言葉に龍麻のお茶を飲む手が一瞬止まる。
「フッ…怪しげな物に手を出す程怖いもの知らずでは無いよ。万が一口に入っても忍びのたしなみとしてある程度の毒物は身体が受けつけない」
安心してお茶を飲み干す。あまり驚かせてほしくなかった。
「だが骨董品店を営む者として珍しい品に対しての好奇心は押さえ切れなくてね、それにどうやらあれは毒物、毒薬のたぐいではなかったようで……そうか、秘薬か。飛水流に伝わる薬とどちらが強いのかな」
今度は自分の意志とは無関係に動きが止まる。影縫?それとも今のお茶に何か?
「確かにあれは毒ではなかったな、世間の全てが美しく見えるんだ。空も、雲も、この街も、そして龍麻、君もね」
なんでこんないっちゃった眼をした男を信じたのだろう?そういったそぶりをまったく見せなかった所が、さすがに飛水流というべきなのだろうか。
何か言おうにも口が動かない。逃げようにも身体も動かない。必死に呪縛から逃れようとする龍麻に、なおも如月の独白は続く。
「そう、確かに君は美しい!だが真の美しさとは奇抜な服装や華美な化粧による物ではなく、素材。天からの才能として生まれた時より神から与えられているんだ。そして僕はもっとも神に愛されている……わかるよね」
わかりたくもない。今の龍麻を包んでいるのは恐怖、頭の中でからすくんやみずきくんの顔が浮かんだが、そんなのひらがな書きで可愛く思えてしまう程の怖さがあった。
誰か助けてくれっ!多分これってピンチなんだぞ、どこがと聞かれたら答えられないけど!
心の訴えを知ってか知らずか、如月がにじり寄ってくる。
「そう、僕は美しい。しかし残念な事に、僕の知る僕の美しさは僕以外の人にあまり知られていないようでね……折角だから皆にじっくりと教えてあげようと決めたんだ。最初に知る栄光は君にあげよう、龍麻………」
「オラァァッッ!!!」
助っ人登場ッ!剣掌・鬼剄で部室の戸ごと吹き飛ばし入って来たのはタキシードにマントに木刀片手というカッコ良いのか悪いのか微妙な線上にいる男。
「蓬莱寺京一、見参!!」
おかしな氣の流れを感じ乗り込んでみたが、どうやら大正解だったようだ。
「フッ、無粋な真似を……まあいいさ、次の機会にじっくりと二人には真の美しさについて教えてあげよう……それじゃあ、また」
いかなる術か、その姿が霞んだかと思うと次の瞬間完全に消え去っていた。慌てて近づいたそこには、小さな水溜まりだけが残っている。
「ちぃ、行っちまったか……大丈夫か、ひーちゃん」
「ああ動ける……どうやら術だったようだな、さすが相棒、良いタイミングだった」
心からの感謝の言葉も京一は聞き流したようであった。それどころではない、と顔に書いてある。
「大丈夫なら逃げるぞ!!」
「え?なんで……」
その答えは廊下の向こうから聞こえてきた。
「ハハハハハッ!蓬莱寺、この麗しい雷の三角筋を見ろぉぉっっ!!」
「紫暮か……遅かったな……」
「チクショーッ、ややこしいもん作りやがって。裏密のバカヤロッッーー!!」
京一の叫びは心からのものであった。
話は少しさかのぼる。
「精神解放の薬?」
「なんだそりゃ?」
オカルト研究会主催<ミサちゃんの部屋>。何をしているのかは不明だが。
順番待ちの列を、部長に大事な用事がある、と強引に無視して部室にはいりこみ、裏密……正装なのか黒いローブ姿……に問いただした答えがそれだった。
「うふふふふ~~、これこそミサちゃんとっておきの秘薬~~」
「つーか全ての元凶じゃねえか」
「この前飲まされそうになったんだよな、それ」
三者三様の感想はともかくとして……、
「これを飲むとね~~、気分がスッキリとするの~~。疲れぎみの人に最適~~」
「結果的にそうなるとして、飲んだらどうなるのか途中過程を知りたいんだけど」
効用だけいって誤魔化そうとする裏密に鋭くツッコむ龍麻。
本音としてはなるべく関わりたくないのだが、そうも言ってはいられない。
誤魔化そうとするからにはなにか裏があるのだろう。
「人が人である為には~~肉体と精神が必要なの~~」
いきなりの話の展開。とりあえず聞いてみる。
「それで~肉体はともかく精神は人の中に限りなくあるの~。人は~その中の一つを取って自分と呼ぶんだけど~」
オカルトというより心理学である。
「……以前何かの本で読んだな、そういう話……」
「俺の中にもいろんな俺がいる、か。なんとなくわかるけどな」
龍麻だけでなく京一もなんとかついていっていた。
普段の学校での俺と強い奴と闘っている時の俺、そしてきれいなおねえちゃんを見つけた時の俺は、同じ蓬莱寺京一でありながら全然違う人に見えるだろう。そう考えると自分でも気づいていない性格が心に隠されていたとしても不思議ではない。なにしろ裏密の言葉を信じるならば、精神は限りなくあるらしいから。
「このお薬は~そんな心の奥にある別の精神を解放させるの~。ずぅっと使っていなかっただけに~その解放感は格別だよ~」
それまで感じていた精神的な疲れを全てふき飛ばす程に強烈らしい。効き目が切れるとそれまでの記憶と共にふき飛ばしたそれまでの疲れの元も心の奥底に封じ込められ、後にはさっぱりとした当人の身体と心だけが残る。精神薬としてはある意味素晴らしいのかもしれないが……。
「…バク転するアランも精神の解放なのか?」
「…俺、光り輝く生徒会長を見ちまったんだけどな」
「うふふふ~~、人は精神と肉体がワンセットなんだから~~、解放された精神が強い力を秘めていれば~肉体もそれについてくるかもね~~」
どことなく自慢げだが、その言葉に引っかかる物を感じる二人。
「ちょっとまて、それってとんでもない性格でとんでもない<力>を持った奴が出てくる可能性もあるって事だろ?」
「それに解放された時に物を壊したり人を傷つけたり、下手したら自分が調子に乗って怪我する事だってあんじゃねえか?効き目が切れた時ヤバイ状態になっていて当人全て忘れているってパターンも」
「……うふふふふふふふふ~~……」
明らかに笑って誤魔化している。作った当人がそんな事に気づかないはずがない。承知の上で秘薬を渡したのだろう。
「ちなみに薬の効き目はどれくらい持つんだ?」
「個人差あるよ~~。長くて一時間くらいかな~~」
「解毒剤は用意してあんだろうな、当然」
「別に~~毒じゃあないし~~」
「誰に渡した?」
「そうそう、もう既に飲んじまった奴は何人か知っているけどな」
「え~とね~、仲間のほとんどには渡しといたよ~」
しばし無言。どちらともなく口を開く。
「いこうッ!!京一」 「いくぜッ!!ひーちゃん」
出来る事は限られている。せいぜいまだ飲んでいない仲間を探し出して薬を手放すように説得するぐらい、それでもじっとしているよりはマシだった。仲間に知らない所でとんでもない事をやらかされるよりも。
「妙な薬もほどほどにしておきなよ」
「何かあったっらきっちり責任とってもらうからな」
「うふふふふふふ~~~」
二人の忠告をわかっているのか、笑って見送る裏密であった。
そして今
「それにしても如月まで秘薬を飲んじまっていたとはな」
忍者ってもっと慎重なもんじゃねえのか?雨紋や黒崎が聞いたら泣くぞ。
「仲間ん中じゃ一番冷静なハズなんだけどな」
普通飲むか?あんな胡散臭い物。昨日俺んちにも何か届いていたけど開けてもねえぞ、怖くて。自慢にゃならないけど……そうか……あれが秘薬だったんだ。
「この調子じゃもう手後れなのかもな……そうだ、ひーちゃんは秘薬の事知ってたんだろ……おい、ひーちゃん?」
先ほどからまったく反応しない龍麻に向き直る。
話を聞こえていないのか、その視線はある方向に向いていた。
「……なあ、京一……」
驚きと困惑の入り交じった声、珍獣を見つけた探検隊員は多分こんな感じだろう。
「あれ、どっちだと思う……?」
その視線の先は手芸部、展示と実演、そしてそれらの販売をしている。
そこにいるのは確かに仲間の一人だった。
「壬生先輩ッ!どうでしょうか私の作った財布は?」
「うん、なかなか丁寧だね。ただちょっと女の子にしては色が地味かな…彼氏へのプレゼントかい?」
「きゃぁ、やだ先輩ったら」
「恥ずかしがらなくてもいいだろう……あぁ、すいませんお待たせしました。どうぞ、拙い物ですが」
「謙遜ね、私がこんな刺繍するには半日かかるわよ。器用ねえ、あなたって」
「お褒めにあずかり光栄ですね」
壬生はまだ仲間になって日が浅い。しかも会うのは戦闘の時が多いので、彼の性格をつかみきっているとは言い難い。だがそれにしたって、
「女性に囲まれて爽やかに対応するようなタイプだったっけ?」
「……ほっといていいんじゃねえか、害無さそうだし…だいたいあの空間に割り込みたくねえぞ」
桃源極楽陣状態の中に飛び込むのは勇気では無く無謀というのだろう。
納得しつつなにか返答をと、顔を上げた龍麻の眼に新たな珍場面が飛び込んできた。
「……なあ、じゃああれは……?」
その視線の先は料理研究会。こちらも実演と販売をしているのだが……。
部室から出てきた二人組には見覚えがあった。
「はぁい、亜里沙ちゃんあーんして、あ~~ん」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいよ舞子。どうしたの今日は?」
「え~~、別にどうもしてないも~んッ!亜里沙ちゃんとラブラブなだけだよぉ」
「なんかさっきからすごい熱意を感じるのよねえ」
「えぇとお、もしかして迷惑ぅ?舞子の事キライになっちゃったの?」
「泣く事無いじゃないッ!ほら、別にキライになってないから、ね」
「わ~~~いッ!!亜里沙ちゃんだぁい好き~~」
「だからって抱きつかないでって、ホントにどうしちゃったのよ一体?」
性格が変わったというよりより強烈になったようなのだが……。
「……ほっとこうぜ、なんか俺らがいったら更にややこしい事になりそうだ」
京一の言う事は多分正しいだろう、藤咲一人を犠牲の羊にするようで心苦しいが。
「……しっかし精神解放なんて言うと大層な感じするけどな、本当は酒を飲まずに酔っ払える薬なんじゃねえの?」
溜め息交じりにこぼす京一。冗談まじりだったのだが、龍麻は笑っていなかった。
「じゃあ何か?葵は酔っ払うと光り輝いて空を飛ぶのか」
「……俺が悪かった、ひーちゃん」
だから怖い事言わないでくれ、と心の中で続ける。
一瞬もしかしてそうかも、と恐ろしい光景を思い浮かべてしまった。
「とにかく一旦教室や喫茶店に戻って……」
ここまで言って今度は京一がこちらの話を聞いていない事に気づく。
今度は彼が何か発見したようだ。
「ひーちゃん、あれ見てみ」
その視線は窓の外を見ていた。校庭の隅に小さな人の輪が出来ている。その中心には……、
「あれってマリィか」
「あれも秘薬の効果なのかよ」
どこで習い覚えたのか、そのダンスは華麗であり可憐であった。楽しそうに踊るその姿は見る者を優しい気分にさせる。さらに、
「ヘイ、レッツダンス、メフィスト!!」
「ミャア」
まさかダンシングキャットか?何を攻撃する気だ!
焦る二人、だがそれは技の掛け声ではなかった。
なんと彼女の友達は後ろ足で立ち上がり、一緒になって踊りだしたのだ。観客の輪から拍手と歓声が巻き起こる。
金髪の少女と黒い仔猫の息の合ったダンスはさらに盛り上がっていき、周りを幻想的な雰囲気にさせていた。
「メフィストにもあの秘薬を飲ませたのかな?」
「あれもほっとくか?なんか皆が楽しそうで止めるのが勿体無い気がすんだけど」
京一の提案に一度は同意し肯きかけた龍麻だが…、その身体がいきなりビクッと震えた。慌てて人の輪へ向き直った顔がみるみる青ざめていく。
「京一、先行っててくれ」
言いつつそのまま駆け出そうとする龍麻を止める京一。
「待てって、どうしたんだよいきなり」
「気づかないのか?ちょっとあそこの<氣>を読んでみろッ!」
言われて精神を研ぎ澄ます。
結構距離が離れているのに、その<氣>を読むのは容易であった。
中心のマリィが周りの歓声と踊りの盛り上がりに合わせてどんどん<氣>を高めている。わずかずつではあるが確実にそれは純度を増していき、更に高まり身体中に満たされる時、それは身体の方に変化を求め……って、
「これって朱雀変と同じ<氣>の流れじゃねえかッッ!!」
「やっと気づいたか、とにかく何とかしてくるッ!」
今度は止めなかった。脱兎の如く(確かにウサギの格好だが)走りだした龍麻を疲れた表情で見送った京一だったが、
ガッッ!
気を抜いた状態でもとっさに反応出来たのは、さすがに剣の天才であるといえよう。
だが京一はいきなり切りつけられた事よりも、その相手の方に驚かされたようである。
ある程度予想出来てはいたのだが、それが当たると辛いものがある。
「諸羽か」
「さすがですね、京一先輩」
不敵な笑みを浮かべ闇討ちまがいに切り込んでくるとは、
「お前も飲んじまったのか……手当たり次第に辻斬りなんてしてないだろうな」
「安心してください、狙うは京一先輩唯一人ですから」
それはそれで嬉しくはないのだが、ほっとしたのも事実であった。
木刀から伝わる感覚として、今の諸羽にはまったく躊躇いがない。優しさや先輩への遠慮などによって無意識に押さえられている力が、完全に解き放たれている。それにこの性格の持つ秘められた力が上乗せされているようで、この前修行に付き合った時よりも確実に強いだろう。そんな奴が無差別攻撃をしたら眼も当てられない。
安心と同時に相手の剣を弾く。不謹慎なのだが、強い者と刃を交える事は嫌いではない。できれば純粋に今の状況…一介の剣士としての諸羽と対峙している緊迫感…を楽しみたかったが、残念ながらそうも言ってられない。
「覚悟してください」
「上等だ、いくぜッ!!」
とりあえず人目の多いこの場から離れる。上手い具合に旧校舎辺りまで誘導出来れば後は全力で手合わせを……。
ここまで考えた時、誰かが京一の背中にぶつかった。
通行人か?そちらを向く前に頭上から振り下ろされる剣風。その背後の者もろとも切り倒しかねない勢いに受け流すべく木刀を上げたその時
ドムッッ!!!
完全なる不意打ちであった。薄れそうになる意識を必死にこちらへ呼び戻す。最初からフェイントのつもりだったのか、剣は振り下ろされる事無く収められている。
衝撃を受ける前に小さなハミングが聞こえたということは、
「おはようございまーす」
当たって欲しくない予想ほどよく当たる。
アイドル舞園さやかの大ファンとしては、普段からは想像も出来ないような冷たい視線と声が自分に向けられているというだけで挫けそうになる。
相手が諸羽一人ならどうにかする自信もあった。だがさやかちゃんとペアとなると、
「……最悪じゃねえか」
京一にはさやかちゃんに攻撃をする自分なんて想像も出来ない。野次馬も集まりだしてきた。どうこの場を切り抜けるべきか……、時だけが流れていく。
「せめてひーちゃんがいればな」
珍しく弱気になる京一。実際に彼がいたところでどうなるというわけでも無いのだろうが、なんとなく彼と一緒ならばなんとかなりそうな気がしたのだった。
その頃、そんな期待をされているとは全然気づいていない龍麻は……。
「やっぱりスッゴクキレイだよ、龍麻」
「マリィまでそんな冗談はやめてくれって」
子供の純粋な目で見た感想なのだからいいかげん自分を認めても良さそうなものだが……そんな会話を交わしながら、仲良く階段を上っていた。
どうやらメフィストと半分こにした為、秘薬の効果時間も短かったようだ。ふと気がついたらウサギ龍麻とダンスを踊っていたのだからその驚きは相当な物だったであろう。
『デモネ、恥ずかしかったケド楽しかったヨッ!』
とはマリィの心の感想。途中で止めるのも変なので、気づいてからも切りの良い所まで踊りきったのであった。龍麻とイッショだったから、と付け足される。
「とりあえず京一と合流して……」
これからの計画を説明しようとした矢先に
「アッ、小蒔オネーチャンッ!!」
「えっ?」
いきなり話の腰を折られる。
言われて見上げると、確かに踊り場に小蒔が立っていたが……何故か龍麻は嫌な予感を覚えた。
ローテーションからして、確か今はクラスのお化け屋敷にいっているハズなのに、その服装が喫茶店の、エプロン姿のアリスのままである。
いつもならこちらを見つけたら必ず声をかけてくるのに、無言である。
顔に浮かぶ無邪気な笑顔が、いつもより無防備な感じがする。
ここまで考え、嫌な予感が心の中で現実味を帯びてきた時……、
小蒔の身体が浮いた。
いや、単にジャンプしただけなのだろうが、その姿は宙を歩く様である。
ダメだって小蒔ッ!!スカートなんだぞ、誰かに見られでも……あ、そういえば下は体操着だって言ってたっけ、なら安心かも……てそうじゃなくてッッ!!!
一人ボケ一人ツッコミの龍麻。今重要なのはその事ではない。
小蒔は軽々と龍麻とマリィを飛び越したのだッ!助走も無しに。
羽毛のごとく重さを感じさせない跳躍は<力>を使ってもそうそう出来るものではない。おまけに階段上の人や出会い頭の通行人に怪我をさせてしまうかもしれないのだ。なんの躊躇いもなくそんな事をやってのけるとはやっぱり……。
階上から聞こえる声がその予感を確信とした。
<あれ、俺の昼飯のやきそばパンどこにいった?>
<わーっ、誰だのっぺらぼうの顔にへのへのもへじを描いたのは>
<おーい、買い置きのジュースが無くなってんぞ>
<誰だよ、こんな事すんのは>
「……マリィ、悪いけどこの上の3―Cの教室に行って待っててくれ、葵の自慢の妹といえば皆わかるだろうから」
「イイケド龍麻は?」
「……小蒔を追いかける」
あの跳躍力を持った小蒔に、マリィの脚力ではとても追いつけないだろう。
いや……<力>や武で習い覚えた体術を駆使しても追いつけるかどうか……。
そこまで考え慌てて弱気を振り払う。
とにかく一刻も早く……とりあえず食い逃げで捕まるより早く……身柄を確保すべく、龍麻は再び駆け出すのであった。
すでに文化祭は平凡でも平和でも無くなっていた。
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