闘いの無い日に 6・上



それは真神学園文化祭


桜井 小蒔

<男女> <色気より食い気> <美少年>
などなど、彼女はこんな形容で語られる事に慣れていた。人から言われると腹も立つしツッコミも入れるが、ある程度の自覚のようなものもある。
小さい時からやんちゃすぎるといわれ続け、この歳になってもその根本は変っていない。弓道によって多少はおしとやかに、という祖父の願いは見事に叶えられていなかった。
自然と着るものも機能的、実用的…いってみれば動きやすさが重視され、私服では滅多にスカートははかなくなった。
だからまあ、普段着慣れていない分、こういった格好は似合わない。それはわかっていた。わかってはいたのだが…


「…だからってそこまで笑わなくてもいいんじゃない?」


目の前で机に突っ伏している雪乃に恨みがましい声をかける。どうやら笑いすぎて腹が痛くなったらしい。肩を震わせ、いまだ笑いの余韻に浸っている。隣の雛乃はその背をさすっているが、やはり顔は笑って…いや、微笑んでいた。

「…いっ、いや、滅多に見れねえモンだしよ…」
「とても良くお似合いです。小蒔様」

折角の賞賛も、隣で笑い過ぎで涙まで浮かべているのを見ては嬉しさ半減である。
ただ実際、本人が思っている以上に、似合ってはいた。


フワフワしたスカートの空色ワンピースに白いフリル付きエプロン。


普段の小蒔の格好とは対極にある。童話<不思議な国のアリス>がモチーフなのだが、小柄な小蒔が更に幼く見える。結構可愛らしいのだが……ただ着慣れていない人にとってかなり恥ずかしいのも事実である。

「…でもホント、結構似合ってんぜ。馬子にも衣装ていうのかな」
「姉様、そんな失礼な!」
「…いっそお前も着てみるか?女に見えるかもしれねえぞ」

からかうにしてはやけに疲れが感じられる京一の一言。
彼が小蒔のフォローにまわる事は珍しいのだが、その格好を見れば納得もいく。
黒のタキシードは良く似合っていた。鼻にかけるつるなしの小さな丸めがねも、ポケットから覗く懐中時計もちょっとお洒落なアクセサリー。ただそれらの印象を全て霞ませてしまう程のインパクトが、彼の頭についていた。

「…そんなんつけている奴に何言われても腹立たねえなあ」

余裕の笑みの雪乃。
確かに。頭にウサギの耳をつけた、いわばバニーボーイの格好ではそれだけで説得力ががた落ちしてしまっている。
ちなみにテーマは<三月兎>。やはり<不思議の国のアリス>から。当然のごとくその片手には木刀が握られていた。



勿論二人とも単なる趣味でこんな仮装をしている訳ではない。
喫茶店<マッド・ティー・パーティー>。新聞部主催のこの店で、今ここにいない龍麻を含めた三人が店番を任されているのにも、ここだけではなく、他のさまざまな部やイベントにも三人それぞれ助っ人しなければならないのにも、それなりの理由というものがあった。
キーワードは <あのことを言われたくなかったら>。
発言主は新聞部の部長、遠野 杏子さん。
ちなみに世間一般ではこの事を<脅迫>と言う。



文化祭で三人がどこの助っ人にいくかについては、かなりのお金(契約料)が動いたようだし、この喫茶店の売り上げもある。収益金の半額は寄付する事になっているが、そこはそれ。しっかり裏帳簿が作られているのだろう。
どうやらこの文化祭での利益で、新しい器材を購入するつもりらしい。
ちなみにここの責任者であるハズのアン子は、新たな新聞ネタを捜すべく、校内を走り回っていた。そして……。

「そうだ、龍麻くんは?どっかいってんのか?」
「……やはり龍麻さんのお召し物も……」

二人の質問におかしな表情を見せる京一と小蒔。困惑が一番近いだろうか?

「ひーちゃん、ね、今買い出しに行っているよ。そろそろ帰ってくると思う……」

小蒔の声がなぜか低くなる。
喫茶店はただいま休業中。用意していたメニューはすべて完売してしまったので、客に出す物が無いのである。なにしろ真神の人気者(特に下級生からの人気が凄まじい)三人が仮装して給仕をしているのだ。開店前から店先には長蛇の列ができ、その整理に生徒会から人が派遣されたほどであった。
売る物が無いなら休憩所にすればいい、一応過去の真神新聞やスクープ写真も展示しているのだから……という京一の意見はあっさり却下。
<稼げないでしょ?>の一言で切り捨てたのはもちろんアン子だ。その後で<あ、でも入場料取れば……>という呟きもあったが、流石にそれは思いとどまったようだ。



と、いうわけで。
ジャンケンで負けた龍麻が材料の買い出しから帰ってくるまで、入り口にはクローズの札がかけられている事となった。だからこそこんなにのんびりと話をしていられるのだが。

「俺達はまあ、笑われても仕方がないんだろうけどな」

声を潜める謔、に京一。あまり言いたくなさそうに見える。

「ひーちゃん見たら笑えなくなんぞ、確実に」

その台詞に首を傾げた織部姉妹だが、京一の言っている意味をこの後すぐ知る事になる……帰ってきた彼の姿によって。





最初部屋に入ってきたのは 劉 弦月 だった。

<文化祭見物に来る途中で偶然アニキに会い、荷物持ちを手伝った>と、ぼんやりと説明するその目は空ろ。
京一と小蒔が珍妙な格好をしているのにも、すぐ側に雛乃がいる事にも反応を示さず、心ここにあらずといった面持ちであった。勿論彼がこうなったのには理由がある。

「頼むから笑うなりからかうなりしてくれないか……」

その理由からのお願いを、織部の二人は聞いていなかった。
雪乃は口をぽかんと開け、雛乃は口元を押さえているという違いはあったが、表情は同じ。劉とそっくりの反応をしている。

「ちなみにね、ひーちゃんの格好のテーマは……」

固まっているお客達に聞かせようと小蒔。その目に混ざっているのは何故か羨望の色。

「……<ハートの女王>だって」
「……メイク担当の演劇部員が趣味に走った結果だな」

京一の補足は正しかった。
その衣装に華美、豪奢な所は無く、<女王>という視点から見れば確かに少し違うであろう。しかし、そのシンプルなハズの黒いドレスを龍麻が身に纏った時、そこに一つの華が生まれた。
ロングスカートである。長袖である。手袋も、首にはスカーフも巻いている。肌の露出がほとんど無い格好なのに、なぜここまで妖艶なる色気というものを醸し出せるのか。
メイクだってそんなに濃くは無い。髪もそのまま、ほんのチョット髪型だけかえ、ティアラが乗っているだけ。それなのにそこに浮かぶのは銀月のごとき鋭い美貌であった。


男装の麗人が女性の姿に戻った。


メイク後呟いた演劇部員の言葉が恐ろしいほど的を射ていた。



「あ…なんつーか、その」

雪乃の返事はぎこちない。女として何か負けてしまったような気がして、胸の奥に口惜しさが浮かんできそうだった。

「…お似合い、です…」

雛乃もこの一言が精一杯。姉妹そろって呆然としている。
確かに京一の言うとおり。ここまで似合うと笑えないしシャレにならない。
将来的にこの格好を利用して食べていく道がある、と考えさせてしまうのだ。

「なあアニキ、アニキはずっとアニキやろ!これをキッカケにアネキになるなんて事」
「あってたまるかっっ」

劉の本気の心配に、龍麻の声も大きくなる。

「そんな趣味は毛頭ないっ!!大体なんでこの格好で買い出しなんだ、店のおばちゃんはなんか哀れみの眼で見るし、何を勘違いしているのかナンパしてくるバカも出てくるしっ!」

珍しくわめく龍麻、その憂いの表情がまた色っぽいなどといったら、ただでは済まないだろう。この部屋の何名かは言いたそうにしていたが。

「しょうがねえだろ、公平にジャンケンしたんだし」
「そもそも着替えたらアカンの?」

京一のツッコミと劉の質問に、多少は落ち着きを取り戻したが、今度は愚痴っぽくなる。

「勝手に着替えた事がばれたらその時点でアウトなんだよな……どこに新聞部に雇われた間者がいるかわからないし…そりゃ確かに負けたけど武士の情けってあるじゃないか、京一は別にその格好嫌って無いし、小蒔も似合っていて可愛いのに、なんで一番のイロモノが行かなくちゃなんないんだ……皆の視線辛かったんだぞ……」

部屋の隅でいじける龍麻。彼は自分の今の美貌にも、皆の視線が賞賛のものでありナンパしてきた男達がかなり本気だった事にも、今の発言で小蒔が頬を染めた事にも気づいていなかった。

「ほら、いつまでも拗ねてんじゃない。そろそろ次の助っ人にいくぞ」
「え?もうそんな時間か、じゃあ次の衣装に着替えられるんだな!」
「ちょっとまって、ボクもクラスに戻らなきゃなんないんだけど」

慌てる小蒔。留守番役が誰もいなくなってしまう。

「大丈夫だろ?売上金は全部アン子が持っていったし」
「そうだけどさぁ」
「なんならわい留守番しとこか?どうせアランとここで待ち合わせしとるし」
「え?ホントにいいの?じゃあ一応ユニフォームがわりにこのウサギ耳つけてね」
「……かまへんけど、そのかわり早めに帰ってきてや?」

軽い後悔の表情を浮かべる劉に追い討ちがかかる。

「アランといえば…声かけてきたバカの一人にやたらハイテンションでなれなれしい、奇妙な日本語を使う奴がいたっけ。思わず顔も見ずに吹き飛ばしちゃったんだ」
「……アニキ、それってもしかして」
「いや、でも東京も広いから。笑いながらナンパしてくるこの時期半袖の大柄な男なんて……」
「……そうはおらんと思うんやけど……」
「まあいいじゃねえか。とっとといこうぜ、レスリング部にも寄っていくんだろ?」
「ま、まて、まず着替えさせてくれ」
「わーっ!ここじゃ駄目だって、せめてボクらが行ってから…」
「……じゃあオレ達はちょっと見物してくるから……」
「皆様、また後程……」

にわかに慌ただしくなる店内。店を出る際、互いに何か言いたげな劉と雛乃や、男の龍麻よりもこういう服が似合わないであろう自分に対し、<オレらしさとは>と、何か哲学的な考えに入りかけている雪乃など、おのおのが心の中に複雑なものを抱きつつも、とにかく今日という日を楽しもうとしていた。



平凡とは言い難いが、とにかくこの時点ではまだ文化祭は平和で何の問題も無かったのだ。
言い換えれば何の問題も無かったのはこの時点までだったということになる……。





「いやあ、まさかアンタ達が出てくるとはなあ」

雨紋を包みこむ心地よい達成感。流れる汗が先ほどまでの熱気を伝えてくる。
体育館での軽音主催ライブは大成功のうちに幕を閉じた。その興奮は軽音部室に戻って一息ついている今でも醒めていない。
特別ゲストとして、今渋谷でもっとも注目されているバンド<CROW>を呼んだ事と、飛び入り参加として真神で一、二を争ういい男達が熱唱した事により会場のボルテージは上がりっぱなしであった。

「しかもビジュアル系でくるたぁ、流石のオレ様も驚かされたぜ」
「ちょっとした訳アリでね」
「へへへ、決まってたろ」

缶ジュース片手に苦笑する龍麻と京一。いわゆる盛り上げ用の助っ人として軽音部に仕込まれたのだが、当人達もこのライブを心底楽しんだ。
ちなみに二人とも黒のタンクトップに黒いレザーパンツ。衣装的にはシンプルという点では先ほどのドレスと同じであった。そしてメイクとあいまって不思議な色気を醸し出している所も。
単に龍麻のメイクを落とすのが勿体無いのでそのままにしておいたのだが、観客におおいにうけていた。ちなみに龍麻だけだとバランスが悪いとの事で、京一にも軽いメイクが施されたのだが……何故か色気より精悍さが際立っている。

「リズム感と発声には自信あったからな。どちらも武の基本だし」

照れながらもちょっと誇らしげな龍麻。勿論この自信は京一も持っていた。

「おまけにひーちゃんのそのメイクだからな。女の子の声援一人占めしやがって」

この京一のやっかみは正確ではない。確かに量の差はあるが、彼もしっかりオネエチャン達の声援を浴びていた。更に言えば二人が並んで歌う時、その妖しさに対して起こった嬌声が一番多かったのだが。

「どうだい、今度のオレ様のライブにゲストで出るってのは?今日以上に盛り上がろうぜ!!」

真剣な顔での勧誘に二人が本気で考えだしていると、知り合いだという女の子が来たと、他のメンバーに呼び出された。誰だろうと三人いってみると、

「お、お疲れ様」
「おう、雪乃さんっ!最高のライブだったろ」

突然の雪乃の楽屋訪問に上機嫌に応対したのは雨紋だけだった。
何だろうこの違和感は?
喫茶店で会っていた彼女と、どこかが違う。
別人、という訳では無いが何かがおかしいのだ。
お互いにそう思ったらしい。龍麻と京一は無言で眼を見あわせる。

「…う、うん。皆とってもカッコ良かったよ」
「へへッ、シビれたかい?」

調子に乗って喋っている雨紋は違和感に気づいていないのだろうか?
確かに見た目も声も変わっていない。それなのになんで?
龍麻は時折見せるはにかむ姿に、京一は柔らかい話し口調に、内面の変化を感じ取っていた。どうなっているんだ一体?
そんな事を二人して悩んでいる間に、雨紋と雪乃の会話は更に盛り上がっていた。
その視線がこちらに向くと、

「どうだい雪乃さん、龍麻さんにメイクの仕方を教わったら。上手くいけば女に見られるかもしれねえゼ」

『あ、バカ』 『あーあ、言っちまった』

心の中で呆れる二人。確かに雰囲気はへんだが雪乃は雪乃だ、こういった性別がらみの冗談は嫌っているハズである。特に最近の雨紋とのからみの場合、

まず始めとして雨紋の冗談に不機嫌になる
次に機嫌が悪いので会話にトゲが出てくる
そしてそのトゲに心を傷つけられ、それにより更にきつい言葉が雨紋の口から飛び出す
結果、雪乃怒る。そのまま帰る、もしくは右ストレート。

と、こんなパターンが作られていた。時々始めからいきなり結果になることもあるが。
言ってから雨紋も気づいたようで、軽く頬を引きつらせている。

肩の震えからみて右ストレートか?痛ぇんだよなアレ。

とりあえず衝撃に耐えられるよう首に力を入れておくが……。

「……そんな……ひどい……」

「「「 はあっ? 」」」

期せずして三人の声がハモった。ある意味殴られるよりもインパクトがある。

何だって眼が潤んでいるんだ?おい、両手を口元に持っていくって、そんなしぐさ初めて見たぞ!うわ、可憐な動作が似合ってねえ。なんだ、誰なんだ一体。織部雪乃じゃないだろ実は!

混乱の中でかなり好き勝手な事を考えている男どもの前で、彼女の言葉は続く。

「確かに龍麻くんは綺麗だったしいいなあって思いもしたけど……私だって女の子なんだよ?そんな言い方する事、ないのに……それに、あなたは私らしさをちゃんとわかってくれているって、信じていたのに……」

どう考えても雪乃らしくない。大体自分の事を<私>と呼ぶなんて初耳だった。
だからまあ、

「…なんの冗談だ雪乃さん?あんま面白くねえけど…」

という雨紋の台詞もそう的外れなものでもないはずなのだが…返事はさらに強烈だった。


パチィィィン


「雷人くんのバカッ!」

拳ではなく平手、いつもよりだいぶ軽い。これも雪乃らしくはない。それに今確か<雷人くん>って……。
涙をこぼしながら身を翻し、そのまま走り去る後ろ姿を見送りながら、

「古い青春ドラマだなあ…」
「見ろよひーちゃん、開いた口が塞がらないってこういう事だったんだな」

何となく現実逃避してしまう龍麻と京一。
その隣では愕然として大きく口を開けている雨紋が、そのまま石化しているのであった。





それとほぼ同時刻、喫茶店にて

「まだかいな小蒔はんは」

劉は退屈していた。結構待っているハズなのに、いまだに小蒔もアランも来ない。
どうやらアランはちょっとしたトラブルに巻き込まれた様だから遅れても仕方ないかもしれないが、いいかげん小蒔は戻ってきてもいいと思う…。

『いっそ織部のお二人と一緒に見物にいっとったら……』

という考えも浮かんだが慌てて否定。自分で引き受けといて何勝手な事を、と、心の中で自分にツッコむ。
ただやっぱり『雛乃はんと一緒に』見物したいという考えは否定しきれない。誘おうとは思ったのだが、どうにも緊張してしまい結局声を掛けられなかった。


『弱いで、わいは』


これが戦闘ならば、敵に対してならばいくらでも度胸も勇気も絞り出せる。なのに相手が雛乃となると……からっきしだった。
技だけでなく心も磨かなければ!となぜかこれからの闘いの心構えへと考えを結び付けてしまった所で、

ガラッッ

どうやらやっと帰ってきたようだ。

「ようやくかい、待ちくたびれたで小蒔…はん……と?」

入ってきたのは一人では無かった。げんなりした顔の小蒔の右腕にびったりとしがみ付いているのはどうみても、

「ひ、雛乃はん?一体どないしたん」

二人で見物にいったハズの雛乃がどうして?しかも明らかに様子がおかしい。
熱でもあるのか、上気した顔に浮かぶ笑みは普段感じさせない艶があった。
ときおり小蒔の頭に頬を摺り寄せる姿は、マタタビと猫を思い出す。
「小蒔様ぁ…」という声が聞こえたのは空耳だろうか?

「誰かが廊下にうずくまっているから急病人かと思って…そしたらそれが」
「雛乃はんだったというわけやな」

起き上がったと思った瞬間、抱きつかれたとの事。

「なんとか最寄りのここまで引っ張ってきたんだけどね……原因わかりそう?」
「そないなこというても……態度以外で変なとこはなさそうやし……」

氣を探ってみたが、陰陽でおかしくなっているところは無い。呪や憑き物というわけでもなさそうだし、敵に襲われ混乱状態になったのともまた違う。

「とりあえず活剄でも……」
「劉様ぁ……」


きゅうっっ


調べようと肩にかけられた劉の右手に、雛乃の身体が移ってくる。
今の彼女にとって鳥が止まり木をかえるのと同程度の感覚なのかもしれないが、劉の頭の中を真っ白にさせるのには十分すぎた。よろめきながらも腰も抜かさずしっかり支えられただけでも立派である。

「じゃあさ、ボクこういった不思議な事の専門家を連れてくるからちょっと雛乃お願い」
「ッ!!…」

ようやくの解放からかほっとしている小蒔、軽く肩をまわしたりしている。
劉が何かいいたそうだが緊張のあまり声になっていない、まあ気持ちはわかるが。

「皆でいく途中で、また雛乃が別の何かにくっついちゃいそうになったら困るだろ。キミはこの学校不案内だしさっ」

もっともらしい理由の他にもう一つ。
原因はなんであれ、いつも奥手な二人がこんな風に寄り添える機会など滅多に無いのだから……と妙な親切心が芽生えたのだ。自分自身の事は遠くの棚に放り上げている。

「いい?しっかりと雛乃の事守るんだよ。どさくさまぎれに変な事しないってキミの事信じているからね!」
「あ、当たり前やっっ!!」

威勢良く答えはしたが…ぴったりとくっつき擦り寄る想い人にいつまで<いいひと>でいられるか。健全な男子校生にとってかなり過酷な心のせめぎあいである。
この甘い拷問の中で小蒔の早い帰りを祈りつつ、でもゆっくりでもええかも……と考えてしまう複雑な心境の劉であった。





そして…

「やっぱり放っておくわけにはいかないからな……」

溜め息交じりの龍麻の言葉は、京一の興味をひいた。
<多分原因はわかる>といったきり無言で歩き出したひーちゃんについてきたが、どうやらこのままだと彼の恐れるある場所へと向かう勢いである。
ちなみに今の格好は二人ともタキシード。ただしお化け屋敷仕様と喫茶店仕様に別れており、京一にはマントの、龍麻にはウサギ耳のオプションがついていた。ずっと女装はいやだという龍麻の泣きが認められての結果であるがメイクはそのままだった。

「ほっといていいんじゃねえか?実害なさそうだしよ」

予想した場所に行きたくない一心で言ったのだが、そう的外れな意見でもない。
龍麻も無言で耳を傾けていたが……いきなり立ち止まって前方を見つめる。

「あれ見てもそう言えるか?」

こちらへ向かってくる一つの影、一緒に聞こえてくるのは、その影から発せられる…笑い声?


「ハーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ…………………」


結構なスピードで前を通りすぎていくそれを無言で見送る二人。声が出たのはしばらくしてからだった。

「……今のアランもあれか?ひーちゃんの知っている原因ってやつで……」
「いくらなんでも他校の廊下を笑いながらバク転で走り去るほど無茶な奴ではないだろ……」

とにかくこれで実害がないとはいえなくなった。二人とも精神的にかなりのダメージを食らっている。

「でもなあ……」

なおもゴネようとする京一の耳に、校庭の遠くの方から声が聞こえてきた。


「うふふ…ボサァァァアツッッスパァァァァクッッ!!!!」
「何度も食らうかあっ!必殺ホワイトタイガースープレックス84!!!」


「「……………………」」

怖くて窓の外を見れなかった。確実にダメージを受けるだろう。

「いこうか、ひーちゃん」

何かを諦めたような京一の声に、すぐには反応できなかった。

いつもの仲間達は皆来るっていってたよな……。

ある者はイベントに出る為、またある者は見物に。

それが一人残らずあんな風になったら……。

大きく頭を振り、その恐ろしい考えを振り払おうとする。

「急ごう、京一」

とにかくこれ以上事を大きくしない事が先決だった。

目指すは原因、それはオカルト研究会部室にいるはずである。




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