闘いの無い日に 5



それは真神学園文化祭の日 レスリング部室


「せやああッ!!」

電光石火の稲妻レッグラリアート!のたうつ相手を押さえ、バックを獲る!

「くらえッ!!」

ガスッッ!

ホワイトタイガースープレックス85!!190cmの巨体が美しいブリッジを作る。
すかさずカウントをとるレフリー。

「ワァン、ツゥー…スリッ!!ウィナー、ホワイトタイガーッッ!!」
「よっしゃあ、ダーーーッ!!」

雄たけびと共に起こる大歓声!!今、リング上の彼はスーパーヒーローだった…。




「お疲れ様」
「大盛況じゃねえか。嬉しいだろ醍醐」

リングサイドから声をかける龍麻と京一に対し、何故か彼は無言のままであった。

レスリング部主催イベント
<きたれチャレンジャー!!五分以内にマスクを剥がせたら豪華賞品プレゼント>

縞のレスリングタイツと白いトラの覆面に隠されたその正体は…真神の生徒なら誰でも知っていた。

「…どうした醍醐?」
「なんだよ、バテてんのか?」

不信げな二人にかけられる厳しい声。

「今の俺は醍醐などではない、正義の使者ホワイトタイガーマスクだッ!!」

堅物で生真面目な醍醐である。企画およびこの格好には相当迷っただろう。
だからこそ、本決まりとなったからには真面目に取り組み、真剣にふざけようと心に決めたのであった。

「何言ってやがる、醍醐は醍醐じゃねえか…」
「いや…悪かったな、ホワイトタイガー」
「うむ」

覆面レスラーの正体を明かすのはタブー。
武を学ぶ者としてさまざまな挌闘技に造詣が深い龍麻は、プロレスの不文律を思い出していた。醍醐は忠実にそれを守ろうとしているのだろう。
テンション上げて覆面を被って恥ずかしさをごまかしているのに、名前を呼ばれたら元も子もない、というのもあるだろう。
そこいらの気持ちは京一も汲み取ったようだった。

「…ま、いいけどな。そろそろクラスの交代時間だってよ」

ちなみに3―Cの出し物はお化け屋敷。お化け役は時間交代制の持ち回りであった。

「むう…しかし挑戦者の波が途切れんからな。もうしばらく待ってもらえないか?」
「しょうがない、か。でも何だってこんなに盛り上がってんのかな」

対戦相手は飛び入り自由。<いつどこで誰の挑戦でも、うける>がモットーであり、例えそれが何人掛かりでもOKという豪快さだが、それにしたって人数が多すぎる。中にはどう見ても挌闘経験のなさそうな連中までが目を怒らせながら出番を待っていた。
見物客と混ざり、部室は超満員である。

「多分豪華賞品のおかげだろうがな」
「たしか<挌闘技スーパースター列伝>全14巻、格闘家生サイン入りだったけ」
「…誰が欲しがんだ、そんなマニアックな本」

確かに挌闘技好き以外には興味薄だろう、一応醍醐の秘蔵品なのだが。

「同じ事を部員達に言われてな、急遽副賞を付けたんだ。舞園に頼んで古いキックミットにサインを…」
「なあ、飛び入り自由って言ってたよな、確か」
「だからって木刀は反則だって、それに時間もないだろ?」

プロレスベースの異種挌闘技での木刀は凶器攻撃、5カウントで反則負け。そしてさまざまな部の掛け持ち出演(アン子に半ば脅されて)をしている二人としては、あまり時間をとってはいられない。

「そうか、龍麻とはまた拳を合わせたいと思ったんだが…。なにせ手応えが無さすぎてな、未知なる強豪を求めて飛び入り自由にしたのだが…無駄だったかな」
「ふん、甘いな」

不意にかけられた不敵な声に思わず振り向き…しばし絶句する。
その声の主は一発でわかった。
周りの人々とは発している<気>が違う。それはまさしく格闘家のものだ。
身長も体重もこの場にいる誰よりもあるだろう。着古した空手着を筋肉が押し上げていた。そして、その眼光の迫力!只者には出せないだろう。
ただし、顔に付けられた天狗のお面がそれら全てを台無しにしていた。観客のざわめきに失笑が混ざっている事に気付いているのだろうか?

「なあひーちゃん、あのお面って見た事ねえか?」
「ああ、修学旅行の時だろ。皆で天狗様になってヤクザを追い払ったっけ」

その騒動の後、今日という日の記念にと渡された有り難い天狗様のお面は、押し付け合いの末、結局醍醐が持って帰る事になった。
後であれどうしたと聞けば、紫暮へのお土産にしたとの事だったので<やっぱり持て余したのかな>とか<紫暮や如月って渋い純和風の品が似合うから>とかいろいろ思いを巡らせたのだが…

「まさかこんな所で日の目を見るとはね」
「ってーか、なんで面被ってんだろーな」

妙にしみじみと語る二人とは対称的に、リング上からの声は緊迫していた。

「誰だ貴様はっ!!」

本気で言ってんのか!?とツッコんではいけない。今の彼はホワイトタイガーマスクなのだ。
答える声も真面目そのもの。

「うむそうだな、マスター・カラテとでも呼んでもらおうか!!」

堂々たる名乗りにどよめきは大きくなる。

<マスターって…大丈夫なのか?>
<いろんな意味で強そうだけど>
<あの人空手部との対抗戦で…>
<あれってうちの先輩じゃ>

どうやら凱扇寺の空手部員も混ざっているらしい。
聞こえていないのか、更に言葉を続ける。

「その至高とも言える二品を手に入れる為、全身全霊をかけてお前を倒す!!この面はその決意の表れだと思えっ!」

「どんな決意なんだよ…」
「素顔で<さやかちゃんのサイン入りグッズが欲しい>と言うのが恥ずかしいからお面つけてんじゃねえの?」

京一多分正解。
お面の下の顔は真っ赤だろう。もしくはお面を付けているから御面も無くあんな台詞が言えるのだろうか。

「…まあいいだろう。だがなそんな急造マスクマンがこのホワイトタイガーに勝てると思ったら大間違いだぞ」

自分の事を遠くの棚に置きながら宣言する醍醐、いやタイガーに、マスター・カラテは不思議な笑みを浮かべる。

「あれを見てもまだそう言えるかな」
「押忍ッ!!」

いつのまに現れたのか、反対側のリングサイドに空手着姿がもう一人。
同じ体格、同じ眼光、同じ風格を持っていたが、付けているお面が違った。

「…なんでパレンケの仮面なんだ?」
「そりゃ防御力上げる為だろ。本気で勝ちにいっんぞ、ありゃ」

突如出現のマスター・カラテ二号(仮称)にどよめきは更に広がった。

<2Pカラー?いいのか?あれって>
<でも何人でもOKって>
<二人いるって事は、対抗試合の人とは違うのか?>
<あれ先輩じゃなかったのか?それとも双子?>

「ドッペルゲンガーを誤魔化す為、か」
「確かに面を付けてりゃ顔わかんねえけど…二対一かよ」
「別に人数制限していた訳じゃないからな。それに<全身全霊をかけて>と言ったなかには勿論<力>だって含まれていると考えられるだろう…ってそこまで欲しいのか」

理由はどうであれ大ピンチである。さあ、どうするホワイトタイガー!!

そんな時、希望の星が現れた。

「ハーーッハッハッハッハッハッハッハッハッッ!!!」

高らかな笑い声と共に人込みをかき分ける一つの影

「トウッッ!!」

一気に駆け上がったリング上でのその姿は…

青い競泳用水着にドラゴンをかたどったスカイブルーの覆面。そして頭にはソンブレロ!街で見かけたら速攻で警察がやってくるだろうが、結構この場にはマッチしていた。

「ボクのナマエはウルティモ・ブルードラゴン!!義によってスケダチするネッッ」

四神としての絆であろうか。お互いの目を見ただけで全てを了解したようであった。

『ヘイ、助っ人するカラ、サイン入りキックミットプリーズ!OK?』
『よし、いいだろう。頼んだぞ』

アイコンタクト終了。やる気にあふれたブルードラゴンは、場外のミスターカラテ二号に向かい、ロープの間から一直線にダイビングした。

「ドラゴン・ロケェェットッ!!」
「おうッ!!」

いきなりの奇襲に、流石の巨体も倒れ込む。慌てる天狗のお面に、リング上から手招きが…。

「さあゴングだ。どっからでもかかって来いッ!!」
「ふん、よかろう。いざ……参る!!」


ウワァァーーーッッ


鳴らされたゴングの音は歓声にかき消されてしまった。

「そういえば、この前アランと一緒にプロレス見に行ったっていってたな…」
「…だからなんで覆面なんだ?」
「それは……アランだから、じゃないか?」
「やっぱそうか…」

それでなんとなく納得してしまう龍麻と京一であった…。
だがそんな二人も…いや、この場にいる全員が、この展開に誰よりも鋭く目を光らせている者の存在に気付いてはいなかった……。




さて、試合は盛り上がっていたが、次第に一方的なものとなっていく。

「ちいっ、せやッ!!」

焦りからでる上段足刀を出かかりで掴むブルードラゴン。そのまま身体ごと回転して足を攻める。

「ドラゴン・スクリュー!」

技名を言うのもお約束。

「ま、まだまだぁ」

必死に耐えているが、その姿からダメージと疲労の蓄積が見て取れた。

「しっかし紫暮もなあ…醍醐にならともかく、なんでアランにやられてんだよ」
「…かなり紫暮には分が悪いからな」

単なる観客となっている二人。
京一の疑問に龍麻は明確な答えを持っているようだ。

「慣れないルールに慣れないリング。おまけにあの面だからな…あんな小さな覗き穴じゃ視界は最悪だろう」

その点覆面の二人は目の所は大きめに開けられている。

「それに…京一は今まで素手で闘うアランを見た事あるか?」
「いや…今日初めてだけど」
「だろ?アランが肉弾戦をするというだけで意表を突かれ驍フに、繰り出すのがまたトリッキーな技ばかり。醍醐もホワイトタイガーとして普段使わないようなプロレス技ばかり使ってくるし…誰でもペースを崩されるって。お、そろそろフィニッシュだな」

すっかり解説者となった龍麻の読みは正確だった。

ドラゴン・スリーパーで締め上げられる二号を助けるべくリングに入ったマスター・カラテに、ホワイトタイガーのスピンキックが襲いかかる!!
躱そうとするが、二号の苦しみがリンクして上手く動けず、モロに食らってしまう。
決定的チャンス!!
ふらつく相手を押さえ、肩口まで持ち上げる。
同時にブルードラゴンも技を解き、二号をフルネルソンに固めて立ち上がらせる。


「くらえぇッッ!!タイガァーッ・ドライバーー!!」
「ドラゴォン・スゥプレックスッッ!!」


ガガガズウゥゥッッ


瞬間、マットに身体がめり込んだように見えた。すかさずレフリーのカウント!

「ワァン、ツゥ…スリィ!!!ウィナー、タイガー アーンドドラゴンッッッ!!!!」
「よっしゃあッッッ!ダーーーーーーッッッ!!!」
「グーーーーッレイトゥッッ!!!」

部室のボルテージはまさに最高潮!!タイガーコールやドラゴンコール、敗れてしまったマスター・カラテにもカラテコールが浴びせられる。
ようやく立ち上がった二人に手を貸し、四人並んで腕を上げたとき、更なる歓声と拍手がまきおこった。

「おいひーちゃん、そろそろ行かねえと」
「そうだった、急がないと」

思わず一緒になって声援を送ってしまっていたが、本来彼らは醍醐を呼びに来ただけ。その後はすぐに他の部の手伝いにいかねばならなかったのだ。
いまだ興奮に沸き立つ部室を出ようとリングに背を向け……



「うふふふふふふふふふふふふふふっっっっ」



高笑いであり含み笑い。そんなのは滅多に聞けるもんじゃない。しかもそれはリングの上から聞こえてくる。驚いて二人が振り返ると…

いつのまにだろうか、コーナーポストの上に立つ者がいた。

体操服の上から着ているのは純白の…着物か?
その顔は黒地に赤のラインの覆面で隠されている。額の部分に真神の校章が輝いているのが印象的だ。
その身体つきと、覆面の後ろからあふれている豊かな黒髪から女性であるとは判断できるが…果たして一体誰が?
呆気にとられている大男四人に、高らかに名乗りを上げる。


「遅くなってごめんなさい、私は……グレート・ボサツッッ!!さあ…いきますッ!!」

そのままコーナーから飛び込んでのフライング・クロスチョップッ!そして、

「ぐおぉっっ!く…くそぉ…」

まともにくらったマスター・カラテ二号は、なんとそのまま場外に吹き飛ばされてしまったっ。倍以上体重差があるにもかかわらずっ!
あまりの事に凍り付く残りの三人。その隙にに次の標的は決まった。

「菩薩チョオッップッ!」

ベキイィッ

確かにマスター・カラテは弱っていた。試合の疲れもあるし、リンクしている二号のダメージはこちらも受けている。だが、仮にも空手部長であり、百戦錬磨の武道家であった。
にもかかわらず、か細い腕からの平凡なチョップにしか見えないそれは、彼を吹き飛ばし、あまつさえその巨体をロープに跳ね返らせていた。

「菩薩ラリアットッ!」

そこに打ち込まれるカウンターのラリアット、身長差により胸元にしか届かないのに、その威力はマスター・カラテを空中で一回転させ、その勢いのままマットに叩き付けるほどであった。
その様子に残された二人の考えた事は同じであった。

『このままではやられる』

それはもう本能的、さまざまな敵と闘ってきた者の直感である。
そしてそう考えた瞬間、再び交わされるアイコンタクト。

『正攻法では駄目だ!裏をかかなけければ』
『奇襲 アンド コンビネーション ネ』

倒れたミスター・カラテになにか関節技を決めようと、注目がそちらに向いた時を見計らい、タイガーは反対側のロープに走り、ドラゴンはトップロープに駆け上る。
狙いは反動を利用しての稲妻レッグラリアートと、最上段からのフライングボディアタック!タイミングはバッチリであった。

「必殺ッ!!」
「タノシーネッ!!」

その時、確かにそちらに振り返ったグレート・ボサツの眼が光った!!

飛び込んでいく二人はもはや引き返せない。
しなやかなグレート・ボサツの身体が光り出す。
自ら輝いているのか、周りの光を吸い取っているのか。どんどんその明るさは増していき…
ジャンプしたわけでも無いのに身体が宙に浮く!!



「ボサァァァァァアツッ スパァァァァァッァァァァクゥ!!!!!!!」



裂帛の気合!! 小さな太陽が空に向かって打ち出された!!!

「ノオオオオオォォォォォォ………」
「それは、プロレスじゃあ、ない………」

絶叫と小さなツッコミ。二人が言い残せる精一杯だった。
そして残ったのは…

打ち倒された四人の男達と、煤けたリング。どこに消えたのかグレート・ボサツの姿は無い。あれだけの破壊力なのに、天井も壁も観客も、何も影響もしくは巻き添えをくらってはいなかった。

「ノ…ノックアウト!!ウィナー、ボサツッ!!」

ようやく我に帰ったレフリーの声にも誰も反応しない。
あまりの出来事に、あれだけ盛り上がっていた観客も静まり返ってしまった。




その一部始終を見る事になってしまった龍麻と京一。
彼らの困惑は更に深刻であった。

「…なあ…あれって、みさ…と…」
「それ以外の誰に見えたんだ?京一は」
「だけどよ…なんなんだよ、あのバカみてえな強さは!それ以前にあいつはこんな事するような性格じゃないだろが…」
「…それに関しては、チョットだけ心当たりが…」

龍麻は思い出す。
以前裏密の実験を手伝わされた際、最後に見せられた<ミサちゃんとっておき秘薬>。飲んでみてと言われたが、断固拒否したのだが…その時たしか<文化祭で使う>とか言っていなかったか…。それに最近、葵がなにか裏密と二人で話していたような…。

『じゃあその結果があれか?いったいどんな効き目の薬なんだよ…』

彼ら二人の悩みは尽きなかった……。





真神学園 一階廊下にて


「あ、いたいたッ。葵ッ!どこいってたの?ミンナ捜してたよ?」
「あら小蒔。捜しに来てくれたの?ごめんなさい」
「別にいいって、ボクもそろそろ出番だから…あれ?どしたの?葵、妙にスッキリした顔して。最近疲れぎみに見えてちょっと心配だったんだけど…」
「そうかしら?じゃあミサちゃんから貰ったお薬が効いたのね。ちょっと寝てしまった様だけど、なにか気持ちがスッとしたような感じがするの」
「へえ、そんなにスゴイ効き目なんだ…あ、ところでその手に持っているの何?」
「そのお薬と一緒に貰ったのだけど…<もしかしたら使うかも〜〜>って」
「なんなんだろ、マスク?コスモレンジャーじゃあるまいし」
「ミサちゃんが言うからにはなにか意味があるかもしれないでしょう?」
「そうだねッ、あ、そろそろいこ。待ちくたびれているよきっと」
「そうね…。うふふ、小蒔その格好良く似合っているわよ」
「な、なにいってんだよッ。おだてても何も出ないからね」

そのまま教室に向かう二人。その姿からレスリング部室での出来事を連想する事は出来なかった。


「うふふふ」




後日(後刻)談


浜離宮庭園にて

一枚の絵を囲む四つの影

「なあマサキ、ホントにこれがそうなのか?…」
「そのハズなんだけど…」
「晴明様、なにかこの絵に不都合でも?…」
「シュール、とでもいうべきなのでしょうね…」

その絵に描かれているのは未来。しかもここにいる者達に関わってくるはずの…

そこには光り輝く黒覆面の女性と、それに立ち向かおうとする虎と龍と天狗と無表情。ただしすべて覆面、仮面、お面である。頭を抱える二つの人影もあった…。
そこに描かれているのは、未来。

「描きなおしてみても、いいかな?」
「ぜひそうしてもらいてえな」
「同感です」
「…どこに不都合が…」

とにかくこうして書き直された絵が再び彼らを混乱させる事になるのだが、それはまた別の話


そして

「うふふふふ〜〜〜、まだまだこれから〜〜」

なぜか張り切っている裏密とその薬によって、龍麻達が更に苦労する事となるのだがそれもまた別の話であった。




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