闘いの無い日に 4



それはある日の放課後


困惑 憂鬱 悩める人

いささか単純だが、題名をつけるとすればこんなところだろうか。今の龍麻を絵に描いたとしたら……。

原因は四つほどある。
第一に、とうとう数日後に迫った文化祭で幾つもの部活やイベントに掛け持ちで出演、または手伝いをしなければならない事。
まあこれはアン子との約束(あの事を新聞に載せられたくなければ、と言われた時点で脅迫なのだが)があるので仕方が無い。
第二に、その時着せられる衣装の合わせをして…文化祭当日さらし者となる事がほぼ決定した我が身について。
少なくともあの内の何点かは身に纏わなければならないと思うと、今から肩の辺りが重くなってくる。
第三に、部の出し物の準備で忙しい醍醐に頼まれ、代役でこれからヒーローショウの手伝いに行く事。
どうやらコスモレンジャーは高校の文化祭、しかも他校にも登場するらしい。今日はミーティングと大道具作りとの話しだが、いけば絶対コスモグリーンとしての出演を迫られるであろう。
そして第四に

「一度こうしてみたかったのっ!!」

原因は無邪気に腕を絡ませてきた。

「て、ちょっと」
「エヘッ。舞子オネーチャンがこうすると嬉しい気分になるっていってたのはホントだったんだ!」

本当に嬉しそうな顔、そこに照れや恥じらいの色は無い。意識してしまうのは龍麻の方であった。

「ドウシタの?ほっぺが赤いヨ?」
少し不安そうに覗き込んでくるその瞳はいつもと変わらない。
そう、彼女は変ってはいない。こちらを見る眼差しも、相手を気遣うやさしさも、
龍麻の事を慕ってくれるその気持ちも…内面は。

「いっいや、なんでもないよ、大丈夫」
「ソウナノ…?じゃあハヤクいこうよ!ミンナビックリするよきっと」
「みゃあ」

そのままどんどん引っ張っていく、彼女の肩に乗る黒猫も変ってない。変ったのは

「…男一人強引に引きずれるのか…強いな、マリイは」

「大きくなったんだモン!当然ダヨ!」

その声の位置はほぼ真横、女性としてはかなりの長身だろう。
腰までとどく柔らかな金の髪をリボンで束ねている。
そのプロポーションは、ジーパンと厚手のセーターに包まれながらも激しく自己主張していた。
整った顔立ちに愛らしい表情、化粧をしていない事が逆にナチュラルな良さを引き立てている。
同じ金髪碧眼のマリア先生のような妖艶さは無いが、場を華やかにする大輪の花のような明るく爽やかな美しさがあった。

自分より年上になったマリイとヒーローショウの手伝いに行く。
これが第四の原因であった。





肉体年齢を上げる薬、下げる薬、そして精神年齢を下げる薬。
そんなものはこの世に存在しない、普通の人ならそう言うだろう。勿論こんなものはどこの薬局にいったって売ってないし、どこぞの製薬会社が開発に成功したという話も聞かない。
しかし桜ヶ丘の医学と真神の黒魔術が手を組んだ時…高見沢と裏密のある意味最強タッグによって、その非常識な薬は(効果が一日限りではあるが)現実のものとなったとは、ほんの一握りの人々だけが知る事実であった。
龍麻はその事実を知る者の一人、それも実験台としてかなり恥ずかしい体験をしたとあって、結局その薬がどのように使われているのか興味はあった。
だから校門前で待っていた美人がマリイであるとわかった時、そして今の姿を楽しんでいるマリイを見て、実験台になったかいがあったと、素直に喜んだ。
喜んだのだが…

『落ち着け、相手はマリイだ。つい昨日まで<オニイチャンアソボ>とか<龍麻とイッショにヒーローショウいくの>って言っていたんだぞ。変に意識するんじゃない』

金髪碧眼、年上でナイスバディな美女に腕を引かれて、内心の動揺を押さえるのに必死であった。たか子先生のお古というセーターごしの柔らかい感触に、頬が熱くなってしまい、マリイに対してそんな反応をする自分自身を心の中で叱咤する。
前日一緒に手伝いに行く約束をした時、<驚かせてアゲル>といっていたがまさかこうくるとは。
今の二人は周囲からどう見られているのかなあ、とか、皆どんな顔するだろう、なんか一波乱あるかも、など、さまざまな事を考えつつ、二人は集合場所へと急ぐのであった。だが…





「中止?なんで?」

待ち合わせ場所にコスモピンクが一人ぽつりとしゃがんでいるのを見た時、少し急ぎすぎたのだろうか、と思った。ブルーやイエロー、ホワイトにゴールドといった他校の連中ならともかく、レッドやブラック、大宇宙のスタッフがいないのはどうもおかしい。
理由を問う龍麻に、疲れきった顔をした桃香は無言である方向を指差した。

だいぶ離れた場所から言い争う声が聞こえる。


「だからぜーったいおれっちがりーだーなんだい!!」
「だれがきめた、いつきめた!なんじなんぷんなんびょう、ちきゅうがなんかいまわったひにきまったんだそんなこと!!」
「ふ、ふん。おれっちがたったいまきめたんだ!もんくあるか」
「あるにきまってんだろ、このばーかばーかばーかばーかばーか!!」
「ば、ばかっていうほうがばかなんだぞ〜」


「なんなんだ?いったい」
「<子ども達の気持ちを知る為に>って桜ヶ丘で精神年齢を下げる薬とゆうのを貰って、二人して飲んだのよ。そしたらああなっちゃって」

レッドとブラックのコスチュームのまま、子どもの口喧嘩をする高校生というのは滅多に見られるものではない。そろそろ周りに人だかりができはじめてきた。

「大宇宙のスタッフは呆れて帰っちゃうし、携帯忘れてホワイト達とは連絡取れないしあの二人から目を離す訳にもいかないし…どうしよう?グリーン」
「…あの薬の効き目は一日だからな、子供をあやすようにして時が過ぎるのを待つしかないだろう…あの二人を止めてきてくれ。他の連中への連絡はこっちでやっておくから」
「うん、ありがとう…あれ?なんで薬の事知っているの?あ、あとその人誰?」

答えず背を向ける龍麻。その薬の実験台となった事とその顛末は、あまり人に知られたくない過去の話であった。





「どうするの、龍麻?」

コアラかナマケモノのごとく腕にぶら下がりながらマリイ。折角のヒーローショウのお手伝いが中止になり、ちょっとつまらなそうである。

「そうだなぁ、もう時間だからそろそろ皆ここに来るだろうし…」

そんなマリイにも大分慣れた龍麻。
例え見た目が美女であっても、やはりマリイはマリイである。メフィストと戯れ、無邪気に笑い、眼を輝かせて家族の話をする姿に、いつしかいつもどうりの対応が出来るようになっていった。

「今から連絡してもう遅いかな…っと、言ってるそばから来ちゃったか」
「アッ!!諸羽オニイチャンだッ!!」

小さいマリイにも親切に、礼儀正しく接してくれる霧島は、仲間の中でも特に好きな人の一人。方陣技も使えるほど仲が良かった。

「チョット待ってて!呼んでくる」

言いつつ腕をはずし駆け出すマリイの姿に、つい微苦笑を漏らす。
がしかし、あることに気付いた龍麻は慌ててその後を追う事にする。霧島のすぐ後ろ…先ほどは影になってて見えなかったが…の女の子の存在、このままだと絶対騒動が起こるであろうから。

そして結果的に、間に合わなかった。

「エヘヘッ!諸羽オニイチャン、ひさしぶりダネッ!!」
「わああっ!!ど、どちらさまでしょおかあ!?」
「きりしま…く・ん…」

運が悪かったのは、仕事とその護衛による疲れで二人とも冷静な思考力が低下していた事と、今日のオフは二人きりで過ごしたかったな、という舞園の不満。それに気付いていなかった霧島の鈍感さが、重なり合っていた所だろう。そして大胆に絡められたマリイの腕も。

「そうよね、いつも一緒にいるわけじゃないもの、私の知らない親しい人がいても不思議じゃないわよ、ね」
「ちょっ、まってよさやかちゃん」
「霧島くんカッコイイし優しいし…高見沢さんだって…蓬莱寺さんてナンパ好きだと皆さんおっしゃっているし、それに付き合って…」
「違うっ!僕の話を聞いて」
「ううん、わかっているの!そんなのじゃない事は。…でも、不安で…ちょっとだけ落ち着かせて、私…信じているから…」
「さやかちゃんっっ!!」

振り向き走り出すさやか、その瞳はかすかに潤んでいた。

『追いかけなくちゃっ!こんな事で二人の間に溝をつくりたくない!この人が誰かわからないけど、そんなの後でいい、高見沢さんの時と同じ間違いはすべきでは無い。今は早くさやかちゃんを追いかけなくちゃっ!!』

彼としては乱暴に手を振りほどき、必死になってその後を追う霧島。
去り際に見せたその表情に、女性への恨みではなく自分自身への憤りとさやかちゃんを悲しませた事への苦悩を浮かべていたのは、他人に優しく自分に厳しい霧島らしかった。





「ドウシテ…?」

突然の展開に動けないマリイ。
すぐに名前を教えて驚かせたい。大きくなったマリイはどう見えるか聞いてみたいな。とだけ思っていたのに、あっという間にいってしまった。
何故さやかオネエチャンがいってしまったのか?何故諸羽オニイチャンが悲しそうな顔をしたのか?詳しい理由はわからない。ただそうなった原因は、

『マリイの、せい』

心にのしかかってくる。自分が諸羽に話しかけなければあの二人はケンカにならなかった。何故そうなったかはよくわからないけど、そうしてしまったのは自分。

どうしよう、マリイが、わるいんだ…。

だんだん泣きたくなってきた。肩の上のメフィストも心配そうである。
そんな彼女の頭に乗せられた手のひら。大きくあったかいそれは、小さい体の時と同じ感覚、特別の安心感を与えてくれた。

「龍麻オニイチャン…」
「ドント・ウォーリィだって、マリイ。そんな顔しないで」

ようやく追いついた龍麻の言葉には嘘はない。
あの二人はこれくらいでどうにかなるような仲ではない。とは、恋愛関係には疎い龍麻でもわかる事であった。後で連絡をとって事の真相を二人に説明すれば多分大丈夫だろう。いやいっそのこと、

「今からあの二人を追いかけようか。マリイも驚かせたかったんだろう?」
「ウン」

デモ怒ってないかな、謝ったら許してくれる?…大丈夫、ダヨネ。龍麻オニイチャン…


トクン


…アレ?今のナンダロ…

いやじゃないけどなんかおかしなカンジ。すぐに直ったけど。

「さあいこうか」

その声にわれにかえる。慌てて続こうと動き出した矢先に、

「あれ?よう龍麻さん、どうしてここにいンだよ、あンたも手伝いか?」
「ハーッハッハッ!お久しぶりネ、アミーゴ」

丁度のタイミングで声をかけてきた二人がいた。

「へぇ、凄い美人を連れてンなあ。自慢しにきた…て訳じゃなさそうだな。あ、俺様は雨紋 雷人てンだ、ヨロシクな!」
「ヘイライト!レディが怯えているヨ、もっとスマートに話しかけるベキデス」

来る途中にナンパでもしてきたのか、妙にテンションの高い雨紋とアラン。目の前の美女の正体にまったく気付かずに軽いノリのトークを繰り広げていた。

「なンだよそのスマートにって、さっき駅前で相手に逃げられちまったあれがそうとでもいうのか?」
「アレはゴカイでーす!!イッショに遊びたかったのにキューヨーが出来たと目が言ってマシタ!」
「なんだそりゃ…大体なんで金髪美女の前で日本語喋ってんだよ」
「モチロン、ライトにもわかるよーにネ。このくらいのハンデがないとフコーへーダカラ」

彼らにとってはいつものジャレあいだった。しかしそうとわかるほどマリイは慣れていない、もしくはシャレの通じない子供特有の純粋さなのかもしれないが。とにかく本当に言い争っていると信じてしまった。しかも内容はよくわからないけど、また自分の事が何か言われている。

「ふんっ!そンなの関係ねーぜ。二人を比べりゃ俺様の方になびくにキマッてンじゃねえか、なあ?」
「そんなコトはないヨッ!単純にビジュアルでいったらボクの方がモアセクシーネ。ねえスゥイート・ハニー?」

正直いって恐かった。こちらに意見を求めて来るということは、やはり自分が言い争いの原因だったのだろう。いつも仲良しの二人がこんな目をするなんて、初めて見る。いつもの楽しいアランやかまってくれる雷人とは別人のようだった。
単にマリイを小さな女の子としてではなく、年上の美人なお姉さんとしてナンパのノリで接しただけなのだが、そんな経験の無い彼女にとって胸苦しさだけが募る。

『…またマリイが…なんだかわからないけど、またマリイの、せい…』

いたたまれなくなった。自分がいなければケンカにならなかったかもしれない、さっきだってそうだ。マリイが、わるいんだ……。

「…ソーリー…ゴメンナサイッッ!!」

駆け出していた!何でだかはわからない、ただ今はこの場から逃げ出したかった!
人のいない所へ、大好きな皆をケンカさせずにすむ所へ!





呆然としている、取り残された三人。

「なあ龍麻さん、俺達…」
「アミーゴ、ボクラカノジョに何か失礼なコト…」

どこか情けない顔で問う二人。何か悪いことをしてしまったのだろうか。

「いや、そうじゃないだろ…多分不安定なんだよ、心が」

事情を知らない二人にはよくわからない龍麻の言葉。

心は子どものマリイだからな。色々なことが起こってビックリしちゃったのかな、だとしたら慰めが必要だろう。

「悪い、ちょっと行ってくるわ。他の連中にあったら今日の手伝いは中止だって伝えておいてくれ」
「ああいいぜ、ついでにあの姉さんに謝ってたと伝えといてくれ」
「ホントにゴメンナサイネ」

軽く手を振ってそれに答える龍麻。その背を見送りながら、

「で、あれ誰だったンだ?知ってっか、アラン」
「ワカンナイよ、あのレディってイッタイダレ?」

ようやくその事について首を傾げる二人だった。





どれだけ走ったのだろうか、気がつけばここがどこだかわからない。完全に迷子になってしまった。
頭の中がぐちゃぐちゃになっている時、闇雲に走り回っていたのだ。正しい道順や周りの景色の違いなど、はなから考えていない。ただただ困るばかりであった。

「フウッ」

小さな溜め息を一つ、とりあえずなす術もないので、とぼとぼと歩き出す。再び走るにはちょっと疲れてしまっていたし、幾分落ち着いた今、そんな気にもなれない。
ただし、気が落ち着いたからといって、すなわち考えがまとまったという訳では無い。歩きながらもマリイの頭の中は一人討論会の真っ最中であった。

何故逃げ出したのか? それは、驚いちゃったから、
じゃあ何で驚いたの? それは、ミンナがケンカしちゃったから、
じゃあ何故皆ケンカしちゃったの?
それは、……ワカンナイ、でもマリイが悪いの。
なんで? ……ワカンナイ……デモ………
逃げた事でまた皆に迷惑をかけちゃったんじゃないカナ?
…そうかもしれない。龍麻オニイチャン、怒っているかな、それとも呆れている…?


とくん


アレ?ドウシテ…
さっきと同じ?デモさっきより苦しい…ナンデ?これってなんだろう?

その考えは、通行人とぶつかってしまい中断された。ちょっと考え過ぎて周りが見えなくなっていたようだ。慌てて謝るマリイ。

「ソーリィッ!!ダイジョーブ?」
「そんな訳ねえだろうがッ!」
「へえ、すげえ美人だなぁ」
「へへっ、それなりのお詫びしてもらおうじゃねえか」

…これが小さいマリイならば、このチンピラ三人組もこんな態度を取らなかったであろう。心配そうなその顔に負けて、逆に謝ってしまっていたかもしれない。
だがこの時のマリイは、彼らにとってラッキーな獲物であった。こんな無防備な金髪美人が向こうから絡むキッカケを作ってくれたのだ。このチャンスを逃す手は無い。相手にわかるようにと日本語を喋ったのも失敗だった。なんだ言葉通じんじゃんと、一気呵成に話してくる。

「あーあー、服汚れちゃったよ。なんか肩も痛ぇし」
「ちょぉおっと付き合ってくんねえかな、誠意ってもん見せて欲しいしよ」
「俺達紳士だからな、腕ずくってしたくねえけど、出方によっちゃ考えよっかなあ」


何?なに?ナアニ?どうしたのこのヒトタチッ!ナンデそんな目スルノ?アヤマッテもダメ?怖い、囲まないで、マリイが悪かったからっ!
因縁をつけられた事も、敵でも怪物でもない普通の人達に囲まれ、敵意とも違う眼で睨まれるのも初めての経験。恐れと怯えが入り交じり、パニック一歩手前である。肩のメフィストは既に臨戦態勢だ。

イヤッ!ナンデッ!ワカラナイ、デモコワイ、タスケテッ!コッチキチャダメッッ!!

「デュミナスッッ…」
「やめときな」

不意にかけられた声は、果たしてどちらにかけられたものだったのか?三人で一人の女性に絡むチンピラ達にか、それとも制御無しの勢いだけで<力>を解放しようとしたマリイに対してか?兎に角その声がその場の空気を変えたのは確かであった。
マリイにとって一番安心出来るその声が!

「龍麻ッッ!!」
「…後ろにいな、マリイ」

軽い足取りで近づきマリイとチンピラ達の間に割りこみ、そしてそのまま背後に庇う。
流れるようなその動きに誰も反応できなかった。

『…龍麻だ…オニイチャンだ…来てくれた…』

大きな背中だった。手のひらもそうだけど、どうしてこんなに大きくてあったかいんだろう。今のマリイはちっちゃくないのに…


とくん


あっ!また…
こんどのは…なんか気持ちイイ…不思議なカンジ…

「あんんだっぁてめえ、スカしてんじゃねえぞコラァ」
「やんのか?オウッ」
「後ろのねぇちゃん渡せや、な?」

おさまらないのはチンピラ達だった。学生ごときにナメられてたまるかっ!とばかりに詰め寄ってくる。折角のカモを逃してなるかと、その眼に剣呑な光が宿り始めたのと同時くらいに、その中のリーダー格の口が塞がれた。正確には龍麻の右手が覆うようにして顔下半分を握ったのだが、あまりの速さに三人の目にはいつそうなったかまったく見えなかった。
この学生は全然力を込めていない、それなのに何故コイツの身体はつま先立ちになっているのだろう?単に片手で人を持ち上げるくらい余裕なだけなのか?そうすると、塞がれていて聞こえないあの声は、苦しみの呻き声なのか?
龍麻は何も言わずに、自分の右手の中でもがくチンピラのポケットを中身ごと左手で掴んだ。布地ごしの感触では、ハンカチとジッポライター、それにジャックナイフといったところか。そのまま<力>を込める。

バギャベギメキョ

あっさりと握り潰される中身の感触に顔面蒼白となるリーダー格。もしこれが自分の顔だったら、とか、もしかして利き腕右手なんじゃ、とかいろいろ考えてしまったらしい。他の二人もポケットの中を知っていたのか、ちょっと涙目になって震えている。

「今ならまだ許す…消えろッ!」

そのまま突き飛ばした。声にも睨む眼光にもチンピラ達とは比べ物にならない迫力が込められている。魔人や怪物相手に命の遣り取りしながら闘ってきた者が持つ一種の風格であろう。耐え切れず、転がるように逃げていくチンピラ達。
その姿が小さくなってようやく力を抜く龍麻。武を学ぶ者としてどんな者にも油断はしていない。見送りつつ今のチンピラとの対応について考える。
無用なケンカを避ける為に、ああいうパフォーマンスは実に有効的であった。<力>を闘いに使うのでは無く、闘いを避ける為に使用する(さすがの龍麻も<力>抜きで鉄を握り潰したり楽々と片手で人をつるし上げる事は出来ない)のも、時には良いだろう。
もっともマリイに絡んだ連中には、少しくらい痛い思いをさせてよかったかな、とも考えてしまったが。

「そうだ、マリイ…」

振り向き声をかけようとした瞬間、


ぎゅっっ


抱きつかれてうろたえる龍麻。その姿にチンピラ達を震え上がらせた迫力は微塵も感じられない。迷ったが、それも一瞬の事。

「…ヒック…タツ…マ……ウエ … オニイ …グズッ……チャン…タツ・マ…」
「ミャァァウ」

耐え切れなくなったマリイと心配そうなメフィストの鳴き声。
こんな時すべき事は一つ。大きいも小さいも関係無い、相手の頭を抱き、泣き止むまで黙って胸を貸してあげるのであった。





「どう?落ち着いた?」

缶ジュースを手渡しながらベンチに腰掛ける龍麻。黙って肯き、受け取ったマリイの瞳にはもう涙は溜まっていなかった。
最初の集合場所からすぐ側の公園に、とりあえず腰を落ち着ける。マリイは頭に血が上っていて気付いていなかったが、どうやら集合場所の近所をぐるぐると駆け回って知らない所に出てしまっていたようだ。おかげで捜しだすのに手間が掛からず、危機一髪の所を助けられたのだから、ある意味ラッキーだったと言えよう。

「…あまり気にする事ないよ、諸羽とさやかちゃんのは単なる誤解だし、アランも雷人も謝っていたし…あのチンピラ達なんかは完全な言いがかりだ。マリイだけが悪い訳じゃ絶対ない!」
「ウン…デモ…」
「でもじゃないの。マリイが悪いというなら、一緒にいて何のフォローも出来なかったこの龍麻のオニイチャンも同罪だよ」
「 ! ソンナコトナイッッ!!龍麻は悪くナイヨ、助けてくれたシッ」
「ならマリイも悪くない。いいだろ、それで」
「…ウン…サンクス、龍麻…デモね、わからないコトもアルノ…なんでミンナああなっちゃったのか、それがわかんなくて怖くなっちゃって。それでマリイが悪いのかなあッテ」
「それは…精神年齢を上げる薬は無いからなあ」
「エッ?」
「人の心の機微や感情、精神的な遣り取りの知識っていうのは成長する際の経験とか環境によるからね、身体と一緒に育つのが普通だけど薬で身体だけ大きくなったから、今の見た目について周りがどう反応するか、その時相手がどんな感情を持つかの予想が出来ずに応対してしまったんだよ、だから…」
「…ムズカシイヨ…よくワカンナイ…」
「はは、まあわざと理屈っぽく言ったからね。用はこんな小難しい事は気にしなくてもいいんだよ。焦らなくてもマリイが自然にこの身体ぐらい大きくなった時にはきっとわかるようになっているから」
「ウンッッ!!」

元気イッパイの返事。龍麻の言葉だ。一番信頼出来る。
そう、マリイにとって龍麻は大切な仲間であり、大好きなオニイチャンであり、そしてかけがえのない……


とくん


…あっ…


もう一つわからない事があったの、龍麻。このあったかい気持ちってなんだろ…?不思議…大きくなったからかな?
聞いてみようカナ…?アレ、なんだか恥ずかしなってきちゃった。ドウシテ…?

「なんやアニキ、こないな所におったんかいな」

唐突にかけられた声にびくつくマリイ。幸い龍麻には感づかれなかったようだ。

「…って劉?どうしたんだよ一体、今日の手伝いは中止だっていってなかったか?」
「まあアラン達はそないゆうてたけどな、そのすぐ後に本郷はんが<手伝ってっ、あの二人を押さえ切れないの>ってなんやわからんけど泣きついてきて…」
「なるほど、な」
「ほんで<近くにグリーンもいる筈だからちょっと呼んできて>てなわけで」
「ま、しかたないな。じゃあいこうかマリイ」

立ち上がろうとしたその肩に手が乗せられる。不信げな顔がこちらを振り向く前に龍麻の頬にそっと唇がよせられた。挨拶の時よりずっと心をこめて。

「…お礼、ダヨ。サンクス、龍麻…サァッ、イコウ!!」

勢い良く立ち上がり呆気にとられている龍麻と劉の腕を掴む。そのまま引っ張るようにして先頭を走るのは、赤くなってしまった顔をなんとなく龍麻に見せたくなかったからであった。





そして翌日 通学路にて

帰りはともかく、登校時にクラスの仲間達と一緒になるのは珍しかった。もっとも偶然という訳ではなさそうで、その証拠に挨拶からあと会話が無い。京一も醍醐も、そして小蒔も、探るような目つきで龍麻を見て、声をかけあぐねている。精神衛生的に最悪であった。

『多分昨日の事についてだろうけど…』

致命的なのは、あの後コスモの二人を押さえたり、チンピラが仲間連れてお礼参りに来たりと、慌ただしくなってしまい、結局マリイの正体を発表出来なかった事だろう。おまけに帰宅後、諸羽とさやかちゃんに一応のフォローの電話を入れた時点で疲れて寝てしまった。はたして仲間内でどのような噂が流れているのか、かなり怖いものがある。こうなると仲間同士繋がりが強いというのも困り者である。

『金髪のお姉ちゃん、か…なんかうまい事やったんか?ひーちゃん』
『替わりに行ってもらったのは有り難いが…なにがあった?龍麻』
『……ひーちゃん……ホントなの?………』
『涙ぐみながら電話してきたもんな、諸羽の奴…その後の<誤解でしたっ>とだけいって切れたのも良く分かんねぇけど…』
『女連れで、良い雰囲気だったとは…いや、お前の事だ、何か深い訳があるのだろうが…それにしても理解出来ん』
『……腕を組んでたとか……抱きしめていたとか……キス、してたとか……ひーちゃん…ボクなんだか、胸が苦しいよ……』

どんどんプレッシャーが強くなってくる。
昨日の事の顛末は隠さず皆に話すつもりだ。登校中の話題としてはちょっと長すぎる、教室についてからと思って黙っていたが、限界も近い。だがここまで話し辛い雰囲気になると、切り出せないのも事実。誰か場フ空気を変えてくれないだろうか。
願いは結構簡単に叶えられた。

「うふふ、おはようみんな。珍しいわね、揃って登校なんて」
「ハーイッ、グットモーニングッ!」
その明るい声は場を明るくする。葵と…小さいマリイの姿にちょっとした疑問が生じる龍麻。

「あれ…葵はともかくマリイ、学校はどうしたんだ?」
「エッ?モチロンいくよ。それよりもね、昨日出来なかったヒーローショウのお仕事、今日やるんダッテ!!龍麻に電話かけてもつながらないカラ、伝えておいてって、桃香オネエチャンがね…」
「マリイったら自分で直接伝えるんだってきかなくて」
「そっかっ、爆睡してて全然ベルの音に気付かなかったからな。ありがとう、マリィ」

頭が撫でられる。やっぱり大きくあったかい手であった。


とくん


あ、やっぱりッ!
この気持ちって、大きくなくてもカンジルんだ。
昨日お家でイッパイイッパイ龍麻の事を考えていたらやっぱり不思議な気持ちになれたモン!…なんか…嬉しいナッ。

こんなに素敵な気持ちミンナも感じているのカナ、と、何気なく顔を見まわすと…

「…ドウシタの?ミンナお顔クライヨ?」
「あら、本当に。何かあったの?…あ、もしかして龍麻」

いいながらマリイと交互に見比べる。どうやら葵は昨日の出来事をすべて聞いているらしい。

「どうもそうみたいだね…昨日の事が気になっているみたいだ」

苦笑しながらの龍麻の発言に、他の三人は無言。だが体がビクッと反応していた所から見て図星であろう。その中で一番大きく反応した者が口を開く。

「だって、さ…ひーちゃんが昨日すっごく美人な金髪のオネエチャンと…その、いろんな事…してたってみんなが…」

しどろもどろになる小蒔。考えがまとまらず上手く喋れない。

「そりゃあさ、ひーちゃんだって男の子だもん。別に誰と歩いたって…て、あれ?いやそーいうことじゃあなくてさ」

次第に感情が高ぶる。もどかしげなその姿に、龍麻の表情も悲しげになってくる。
そして、そんな二人を見つめるマリィ…


とくん


あ、アレ?ドウシテ?龍麻が悲しそうダカラ?…チガウ、コレッて小蒔オネエチャンを見てカンジている…あったかくて…なにか切なくて…あ、これってもしかして…

「…オネエチャン、小蒔オネエチャン…」

スカートの端を引き、しゃがんでもらう。ちょっと潤んだ瞳を見て、マリイの考えは確信に変った。
そしてそのまま腕を組み、その頬に唇を寄せて…

「うわあっ!なっっ、何?マ、マリイ!?」
「あのね、マリイ昨日ズウット龍麻といたの。今のはその時シタコトだから…」
「え?で、でも金髪の美女って…あ、あれ?」

軽くパニックになっている小蒔の耳元でささやかれる、彼女だけにしか聞こえないマリイの質問。

「小蒔オネエチャンも、龍麻とこうゆうコトしたいノ?龍麻のコトを考えてあったかい気持ちに…なる?」

真っ赤になり喋れない小蒔。その顔を見れば答えは一目瞭然であった。

「エヘヘッ、マリイとオンナジ、ダネッッ!!!」

ここに小さなライバルが誕生した事に、小蒔はまだ気付いていなかった。





後日談

「あのね葵オネエチャン、マリイ大きくなったら龍麻のオヨメサンになりたいの」
「まあっ。うふふ、可愛いわね」
「デモ、マリイが大きくなった時もう龍麻にオヨメサンいるかもしれないデショ」
「え?…まあ、それは…」
「その事を病院で話してタラ、<二ゴーサン>とか<オメカケサン>とか<ラ・マン>とかいろいろあるって教えてくれたケド…ドウシタノ?」

葵に意味を聞こうとしたら頭を抱え込んで黙ってしまったので、別の日にオヨメサン候補の所へ聞きに行き…騒動を起こす事になるのだが、それはまた別の話。





そして

「マリィったら…疲れちゃったな…文化祭も近いし、私が休む訳には…」
「うふふ〜〜生徒会長も大変〜これ飲むといいよ〜〜」
「あら、ありがとうミサちゃん…回復薬かしら?」

こうして渡された<文化祭用ミサちゃんとっておき秘薬>により、未知の体験をする事になるのだが、それもまた別の話であった。




前に戻る 次に進む 話数選択に戻る SS選択に戻る 茶処 日ノ出屋 書庫に戻る

店先に戻る