闘いの無い日に 7・下



「……アニキ、正直にいうてみ?何したんや一体」
「……五色不動の祠にあった武器や道具って持ってかえったらいけなかったのかな」
「それやな、怒った五色不動がハリセン片手に『なんやワレェ』言いながら……」
「バチ当てに来たっていうのか?数ヶ月前の事なんだけどな……」

ぼやいている彼らを取り囲むように集まっている人々はどう見ても堅気には見えず、チンピラというには貫禄がありすぎる人もいる。しかも連絡でも取り合っているのかどんどん増殖しているようであった。

「余裕あるじゃねえか兄さん達、多勢に無勢って言葉を知らねえのか?」
「今日は二人だけかい、木刀持ってる奴はどうした?」
「…ほれ、やっぱアニキの関係者やないか」
「そっちの細目ッ、手前にやられた右手の傷がいまだに疼くんだよッ!」
「…お前の関係者もいるぞ、お互い様だな」

何にしろ急いでいる時に絡まなくてもいいじゃあないか。今更ながら自分達が今日不運である事を再確認する二人だった。

言われてみれば確かに見覚えあるのが数名いる。
例えば目の前にいるこのサングラスの男は修学旅行前日に絡んできた連中の内にいた気がするし、ラーメンを食べた帰りに肩が触れた触れないと、遠回しにケンカを売ってきたのは横のナイフを持った男。その他色々、知らない顔はその弟分か兄貴分、もしくは劉が相手にした人達だろう。
もちろん龍麻と劉ほどの腕ならばこのような連中あっさりと追い払う事が出来る。
但し手加減せずに闘えば、という前置きがつくが。なにしろ鬼や魔人を叩きのめせるような技を普通の人相手に全力で仕掛ける訳にもいかない。かといって力をセーブしながら闘うとなると気をつけなければならない事が増えその分時間と手間がかかる。
こうして考えている間にも人が人を呼び軽いパニック状態になりかけている。さて、どうしよう……

「……って悩んでいる暇は無いな」

一つ頭を振り龍麻は考えをまとめた。今日の主目的を思えばおのずと出る答えは一つ。

「悪いけど先行っててくれないか?皆には遅れる事伝えておいてくれ」
「無茶や、いくらなんでも一人で相手すんのは……」

驚いた顔をする劉、さらに何か続けようとするが、龍麻の言葉に遮られる。

「これ以上雛乃を待たせるのか?」
「!!」

それは彼にとって直接胸に響いてくる一言。

「劉、お前彼女の気持ちを考えた事あるか、自分と同じ想いをしている、同じように切ないのかもしれないって……考えた事あるか?」
「そんな、雛乃はんがわいの事なんかで悩む訳…」
「あるんだよッ!彼女が今一番真剣に話しをしたいと想っているのは確実にお前なんだ、恋愛に関して爬虫類並みにニブいって言われている奴ですらそれくらいわかるっていうのに何で当人が気づかないんだか」
「…………」
「今感じているのと同じだけ雛乃も胸を痛めているんだ、早く行って和らげてあげな」

真剣な目、優しい声、そして心からの言葉。そこには龍麻の心情が込められている。彼はもう見たくなかった、寂しそうな顔ばかりする最近の雛乃も、劉も。

「それに折角<アニキ>って呼んでくれているんだ、それらしい事の一つもさせてくれよ。弟に……相談された時にちょっと嬉しかったんだ、本当の兄弟みたいで」

照れくさそうに言う龍麻、こんな彼だからこそ劉は兄と慕い共に闘っていきたいと心底思えるのだ。改めて想いを強めながら考えを決める。この人の心遣いに答える為には、

「頼んだからな」
「……ジアシォン」

言い置き人の合間を走り抜ける劉。何名かが追おうとしたがその背に掌打が叩き込まれた。彼を庇うように立ち位置を変え相手を打ち据える龍麻。

「相手を大怪我させないよう手加減して、闘えなくする、か。確かに面倒だな」

それでも出来ない事ではない。鳳銘高校の屋上で帯脇の手下の不良を相手にした時の力加減を思い出しつつ周りに目をやる。確かに人数は多いが、今の彼は助っ人の存在に気づいていた。
「いい加減でてこいよ、京一。手伝ってもらうぞ」
「なんだ、ばれていたか」
「あれで気づかれないとでも思っていたのか?君は」

どこに隠れていたのだろうか、気配も無く突然出現した二人の姿に周りのヤクザ者達からどよめきが起こる。

「確かに姿も気配も感じなかったけどな、あれだけ不自然に知り合いがフォローに出てくればつけられているって普通に察せられるぞ。ったく、修学旅行の時から進歩が無い」
「へへ、ま、そういうなって。ちょっと心配になってな、悪気はねえんだ」
「あってたまるか。それに何だよ如月達まで一緒になって」
「そこの木刀を持った男の『面白ぇモン見れるぜ』や『損はさせねえ』という言葉に妙に心くすぐられてね」
「……ほう、なるほど。どうやら悪気はあった謔、だな」

いつもよりトーンの低くなった声に思わず引いてしまう京一。とにかく誤魔化さなければ。

「ほ、ほら。結果的には助かっているだろ。俺達はいざという事が無いように陰ながら護衛してたんだって」
「……じゃあアレも護衛だっていうのか?」

声のトーンを変えずに指差したのは遠巻きに増え始めていた野次馬達の一角。そこには彼らの学校のトラブルメーカーがいた。どうやらこちらが見ている事に気づいたらしく、手を振りながらヤクザ者達を恐れる様子も無くずんずんこちらへ向かってくる。
一応小蒔は彼女も誘っていた。『今度の休み空いている?』との問いに『ちょっと無理』と答えた、と言う話しを聞いた時、記事にされずにすむとほっとしたのだが……

「京一がなんか最近こそこそ動き回っていたから、これは何かあるとふんだのよッ!それで予定キャンセルしてコイツの後つけていたら……」
「お前ら、気付かなかったのか?」
「でかい気じゃねえし、自分の気を消しながらひーちゃんを追うのに集中してたから殺気や敵意以外の気配は一切無視してた」
「あまりに稚拙な尾行だから、てっきり君達が気付いていながら放っておいているのだと」

結果として危うく真神新聞の一面を飾る所だった。遠野アン子の行動力を甘く見ていた自分にも非はあるかもしれないが、そもそも京一達が尾行られなければ問題は無かったハズなのだ。龍麻の憤り度がまた少し上がる。
そんなこちらの気持ちも知らぬげに、向こうで勝手な事を話している。

「しかし例えそのまま目的地にまで付いていったとしても無駄足になっていたのでは?何しろ龍麻はあの子の前では、なんというか勇気が足りなくなるからな」
「いいのよ、一緒にいる場面を写真に撮れたら……でもそういった展開のも一枚欲しいのよね。無いのは度胸かしら」
「甲斐性じゃねえか?」


ピシッッ


瞬間的に張り詰める空気。思わず身構える京一と如月のすぐ傍で、静かに、だが確実に膨れ上がっていく<氣>が一つ。明らかに普通の人相手には過剰なそれは<力>を持つ二人だけではなく周りを囲むヤクザ者達、更に武の経験の一切無いアン子ですら何かを感じ取れるほどだった。
そしてそんな物騒な<氣>を放っている張本人はといえば、

「……好き勝手言っているな」

あくまで冷静な声、但し無表情であり、眼は何の感情も宿していない…いや、よく見れば冷たいその瞳の奥に峻烈な光が認められるだろう。

「今日はじっくりと話し合う必要があるな……拳を交えて。当然付き合ってくれるだろ?京一、如月」

懸命に自分を押さえている、爆発しないように冷静を装っている、だがその胸の内では溢れんばかりの……

「そ、それより今はこいつらを何とかするのが先決だろ」
「そうだ龍麻、それに君は急ぐのだろう?話を聞くのはまた後日という事で」

二人して逃げ腰となる。今まで放って置かれて急に矛先を向けられたヤクザ者達は一様に顔を引き攣らせた。暴力好きとしての本能的な部分で危険と恐怖を感じたのだ。
そんな様子を変わらぬ瞳で一瞥し、静かに、あくまで静かに告げる。

「気にするな、五秒でカタをつける。その後じっくりと意見を交換しようじゃないか」
「ちょっとまてェッ、その<氣>のまま秘拳を打ち込もうとすんじゃねえ」
「クッ!!影縫が効かない」

そこからは乱戦だった。逃げる者、向かってくる者、押さえられているのを好機と見て襲い掛かり弾き飛ばされる者、泣き出す者……好機と見てシャッターを切っている者もいる。
警察が来て中心人物達が散り散りに逃げ出すまで、この騒ぎは続いたのであった。





立ち去った後そんな騒動が起こっているなど知る事も無く、劉は走っていた。
早く行かなければ、アニキの心意気に答える為にも、皆に心配させない為にも。そんで、雛乃はんと前みたいに話せるようになるんや。
その為には急がなければ。
細かい困難などにかまってはいられない。例え誰が困っていようが、近くで事故が起きようが、めちゃめちゃ上手そうなラーメンや肉饅が売っていようが、心を鬼にして通り過ぎなければならない。今の自分には待っているかもしれない人達と、先に行けと言ってくれた人、それに伝えるべき言葉があるのだから。


そう心に決めた途端に見つけてしまった。


前方にいるのは小学生くらいの女の子、先ほどの迷子より更に激しく泣いている。
この世の全ての悲しみを一身に引き受けたような声と表情でしきりに母を呼んでいた。
しかし彼も急ぐ身、しかもたった今心に決意したばかり、心の中で謝りながらそこを通り過ぎようとする。

『堪忍な、わいもめっちゃ急いどんのや。大丈夫、さっきの壬生はんのような助けはきっと来る。いくらなんでもそこまで世間も冷たないやろ、そんだけ泣いて喚いて<氣>を乱しとんのや、必ず助けてくれる人はおるって』


すぐ前を走りぬけて……ふと足を止める。


<氣>を乱す?


自分で思っておいて、その不自然さにすぐに気づかなかった。振り向けば確かにそこには泣いている女の子がいる。しかし、ただいるにしてはその場には違和感があり過ぎ、劉はある予感を覚えた。
先程の迷子の場合通行人達は無関心を装ったり、同情、あるいは好奇の眼で見ていた。そう、少なくともあの子は見られていた。だがこの子を見る者はいない、いや存在自体気づかれていない、こんなに泣いているのに。
迷子のあの子からも確かに<氣>は感じられた。しかしそれは悲しみに満ちてはいたが微弱であり、せいぜい自分の心を更に暗くする程度の物だった。しかしこの子からから感じられるのは明らかに負、陰の<氣>であり、それは周りの<氣>の流れに影響を与えてしまう程の力を持っている。こんな力、見た目普通の子供がそうそう出せる物ではない、無茶な<氣>の放出にまず肉体の方が持たないだろう。
そこまで考えて、自分の予感が正かった事を確信してしまう。


その子には肉体が無かった。


剥き出しの魂からの悲しみは、周りの場に負の影響を与えている。そしてその影響を受けた場で起こる不運な出来事によってさらに悲しみの力は増していき、悪循環になっていく。
何故その子が霊となりここで泣いているのかはわからない。だがこのままでは悲しみの影響で悪霊や、地縛霊、もしくは救われぬまま漂い続けることになってしまうかもしれない。
どうするか?自分一人で何とかするには力が足りない。出来るかもしれないが時間がかかり過ぎる。かといって助っ人を呼ぼうにも、裏密はんはどこにいるのかわからないし高見沢はんのいる病院は遠すぎる。いっそ待ち合わせている皆を呼んでくるか?だがその間にもこの<氣>は乱れていくだろう。戻った時には手後れになっているかもしれない。それに雛乃はんや雪乃はんの力は魔や悪霊を<祓う>よりも<絶つ>という物である。相手は子供、躊躇いがある。
こうして悩んでいる間にも<氣>は少しずつ強まってくる。今この子の存在に気づいているのはパッと見回してみて自分の他には一人だけ。向こうから歩いてくる長髪の、白い学生服を着た彼だけのようだ。
真っ直ぐこちらに向かってくる姿は凛としていて、その<氣>に一点の曇りも無い。美しい顔立ちの中に厳しい闘いを潜り抜けた者の持つ強さが兼ね備えられていた。その身体全体からも、右手に持つ長い杖からも清冽な<氣>が感じられ、それはある場所、すなわちここに、正確にはこの子に向けられていた。という事は、

「ちょいまち、陰陽師の兄ちゃん」

声をかけられても彼の表情は変わらない。心持ち眉が上がったぐらいか。

「何故私が陰陽師だと?」

他にも色々聞くべき事もあるだろうが、とりあえず疑問に思った事を口にしたようだ。

「<氣>の雰囲気と持っとる杖と、あとは勘やな。それより、この子を祓うんか?」

聞きたいのはこちらの方であった。何故この子が見えるのか?何故そんな問いに答えねばならないのか?こちらにはそんな義理も義務も無い。そもそも貴方は何者なのか?
だが気付けば素直に答えている自分がいた。敵、暗殺者の類ではないとは経験と勘、滲み出る<氣>を読めば判るが、それが答える理由とはならない。術師としての勘が、答える事が有益に繋がると告げている?相手のペースに乗せられている?なんにしろ、彼は自分の心の動きに少々驚いていた。

「ええ、そうです」

<最近事故の多発するこの地を祓って欲しい>

頼んできたのはこの区出身の代議士であり、彼の家とも彼の守護する家ともちょっとした繋がりを持つ者なので、無下にも断れない。彼の護るべき者からの『助けてあげて』の一言もあり、本来の役目から少しずれたこの仕事を引き受けたのだった。
まあこの辺りの事情まで話す気は無い。聞いている彼の方でも理由には興味無いように見受けられるし。

「この嬢ちゃん周りに影響与えとる事にも、自分の死にも気づいとらんのや。安らかに送れんやろか?」

嘆願。彼の顔を見ればそれが真剣な物だとはわかる。その気持ちを察するのも容易い。しかし、その願いは

「時間がかかり過ぎますね。貴方もわかるでしょう、今はまだ水道管が破裂したり軽い事故により渋滞を巻き起こしたりする程度で済んでいますが、このままでは取り返しの着かない事象を引き起こしかねません」

霊を相手にしている間、<氣>の流れが不安定になる確率は高い。逝きたがらない理由、この場合知っている人に見つけてもらえれば、あるいは上手くいくかもしれないが、調べた所この子には母親しか身寄りが無く、一緒に買い物に来てはぐれた時に事故に巻き込まれたとの事。しかもその母は今病院の集中治療室にい驕B運悪く、同時刻違う場所で交通事故に遭い運良く助かったのだ。当然動かす事は出来ない。あるいは結界を張って、またあるいは辺り一帯を道路ごと封鎖して儀を行うという手もあるが、それでは目立ち過ぎてしまう。あくまで術師は影で動く者であるという想いがあるし、妙な<力>を持つ勢力が台頭してきている昨今、派手な動きで人目を引き付けるのは得策ではない。

「一人ならそうやろな、せやけど、二人がかりではどや?」

懐から符を出し、彼がそれまで押さえていた<氣>を解放する。
確かに話しを持ち掛けるだけの事はあった。手に持つ符からも、彼自身からも研ぎ澄まされた<力>を感じ取れる。自分と似た質と強さを持ち、成る程これならば、と思わせる程の<氣>の流れ。しかし……

「……何故です?」

貴方は何者なのか?名前は?出自は?その符は自分の知る公園に住む人のと同じ物なのか?……聞く事は数多くある、だが口に出たのはこの疑問。
何の為に?彼が手を貸すと言ってくる意味が、理由がわからない。術師ならばこの霊の危険性はわかるだろう。この子の縁者か?だが調べた所、身寄りは母親だけのはず。何故好き好んで厄介事に関わろうというのか?

「愛と勇気と友情の為、言うたら信じるやろか」

…………………………。

「冗談にしては質が悪いですね」

本気だとしたら立ち去ってもらおう。

「心底そう断言出来る人ら知っとるけどな……わいの理由はそんな高尚なもんやない。単に嫌なだけや。苦しんどる子をほっとくのが、それと……何とか出来るかもしれへんのに、何もせんちゅうのが」

真摯な瞳、この言に嘘は無い。
何の衒いも無くそう言い切れるなど、

「心の欲するままに動く事が善行に繋がる、ですか。余程の人格者か、単純な善人か、それとも真正の偽善の人か……」

とにかく面白い人だ、つい気まぐれを起こしたくなるほどに。

「そない大層に言わんといて。単なるお節介焼きや」

では、そのお節介焼きに付き合ってもらいましょうか、
先ほど会ったばかりの、名も素性も知らぬ者の<力>を借り受けて事に当たるという、私の自分でも信じ難い程の気まぐれに。





目の前の陰陽師にどう思われているか、そんな事を劉はまったく考えていなかった。
今の彼の頭の中は、目の前の子を何とかしたいという気持ちと皆への謝罪で満杯になっている。

『アニキ、怒るやろな。忠告無視しとるのと同じことやもん……せやけど、どうしても放っとけなかったんや』

何の為にこの<力>を手にしたのか?
私怨を晴らす為、あの男を倒す為、そして……今度こそ、大切な人達を救う為。何も出来なかったあの悲しみの日を繰り返さない為。
そして今、その<力>で救える魂がある。悲しみを癒せる人がいる。
自己満足かもしれない、だが動かずにはいられない。
未だ泣き止まない少女の霊に語り掛ける声は優しさに満ちていた。

「大丈夫や、怖い事あらへん。わいらにまかしとき……ほないくで、陰陽師の兄ちゃん」
「しょうがないですね」

高まりゆく<氣>の中、二人は少女の泣き声が止んだ事を心密かに喜ぶのであった。





そして待ち合わせ場所



「ま、数時間単位での遅刻やからな」



苦笑、笑うしかないといった所か。
多分皆先に遊んでいるのだろう。当然の如く、待ち合わせ場所に人はいなかった。
パーク入口の時計は正午を少し回っている。
後悔は無い。予想以上に手間がかかったが、場を去る寸前、あの嬢ちゃんの笑い声を聞けたから。だがそれはあくまで己の都合であって遅刻を正当化するものではない。待っている人達にはこちらの事情は関係無いのだから。

『謝るくらいやな、出来る事って』

今の自分に出来る事は限られている。笑って誤魔化す、言い訳をする、惚ける、居直る……どれも却下。今朝からの事情を訥々と語り泣いて許しを請うという選択肢もあるが、他人の不運話など聞いてもつまらないだろう。
やはりとにかく謝り理由を聞かれたら素直に答える。聞いて許すかどうか、こちらをどう思うかは向こうが決めてくれる事だ……雛乃はんにどう思われるか、むっちゃ怖いけど。

「ちゅうわけで、まずは謝る相手を捜さんとな」

遊園地よりは狭いが、そこらの公園よりは広いアミューズメントパーク。当ても無くさ迷って偶然見つけられるとも思えない。<氣>を探るか、迷子放送頼むか。<刀を背負った顔に傷持つ関西系中国人>が迷子になってこちらに保護されていると放送されれば……、
考えながらも気配は感じていた。彼にとって大切な、それでも既にこの場にいる筈のない暖かな<氣>を持つあの人。

「……劉様?……」

確かに聞こえる声は幻聴ではないだろう。信じられぬ気持ちで振り向いたその先に、彼女はいた。

「……お久しゅうございます。先の旧校舎以来の……」

優しく微笑むその姿を見間違うはずも無い、彼女はまさしく織部の雛乃はん。淡い色合いのワンピースに身を包み、弓矢の替わりに片手に大きめの籠、片手に紙袋を抱えたその姿は相も変わらず可愛らしく、彼の胸を熱くする。だがしかし

「ちょいまち、他の人らは?雪乃はんは?雨紋はんに小蒔はん、それにアニキは?」
「皆様抜けられぬ御用により午後より御出でになると、あ、でも龍麻さんからは特に連絡は……あの、劉様?」

嘘、やろ?雛乃はん一人っきりで待たしとったちゅう事?このそろそろ冬の寒い時期に……ッ!
シャレにならんッ!!何やっとんのや、わいのアホッ!ボケッ!!雛乃はん辛い目に合わしといて……どないしよ?土下座?頭丸める?ハラキリにユビツメ……って喜ぶかいそんなもんッッ!なんやこれ、不運か?呪いかなんかか?わいが何したちゅうんやッ!

「雛乃はん、わい」

一人煩悶する事…傍目には惚けているようにしか見えないが…に耐え切れなくなり何かを声しようとした瞬間を見計らったように


スッ


目の前に紙袋が差し出された。

「……へ?」
「……今朝早く目が覚めてしまったので、多めにお弁当を作ってきたんです。皆様にも味を試て貰おうかと」

と、言う事はその籠の中身は……

「でも今の季節、暖かい物の方が美味しいと、あちらのお店を見ていたらそう思えてきて」

彼女の言うあちらの方には幾つかの出店があり、その内の一軒では盛大な湯気が蒸篭よりあがっている。

「暖かなうちにどうぞ。確かお好きでしたよね」

紙袋の中身は肉饅頭。開けた途端に湯気が出てきて確かに旨そうだった。
……湯気が目に染みたのか、彼の瞳が潤んでくる。
そのまま高まる感情が口から言葉として紡ぎだされていった。

「雛乃はん、わいなんかに優しい言葉かけんでええよ。サイテーやん、散々待たしといて、気の利いた台詞の一つも言わんと雛乃はんに気ぃ使わせて……後悔するで、あんなのに優しくして損したって」

みなまで言う前に、雛乃の口が開く。そこには強い意志があった。

「……わたくし、後悔をしない為にお待ちしていたのです」

強い口調であり凛とした態度。闘いの時の表情であった。あるいは闘っているのかもしれない、劉の心と、そして自分の心と。

「劉様と気持ちのすれ違いを起こしてから今日まで、ずっと後悔をしてきました。何故喋れなかったのか、あの時勇気があれば、きちんとお話しができてていれば……後から思ってもどうにもならないのに」

心が締め付けられるような苦しみ、ずっとこのままの関係となってしまうかもという恐怖、そして、心の奥に宿った悲しさ……それは劉とまったく同じ気持ち。

「ようやくその悔いを正せる機会に恵まれたのです。ですから……再び悲しくなってしまうような事をおっしゃらないで下さい。わたくしは、貴方様と共に語れる事が…………何より嬉しいのですッ!」

雛乃の勇気は劉の心のかたくなさ、そして自らの心の恥ずかしさとの闘いに打ち勝った。ただ結構な激戦だったらしく、顔も、首筋も、耳も全て真っ赤に染まっている。

「それとも、わたくしに声をかけられる事は……迷惑、ですか?」

そっと肩に乗せられた掌がその答え、顔は伏せられていて表情が見えないけれど。
一瞬固まる雛乃だがすぐに力が抜ける。その温もりが彼女の心の奥にあった悲しさを溶かしていく。
しばらく後、彼の小さな、何かを堪えるような声が聞こえてきた。

「おおきに、ありがとう、シェイシェにサンキュウに……って幾つ感謝の言葉重ねても足らん……気持ちが一緒ってこないに嬉しいもんなんや、初めて知ったわ……」

今日という日のどこが不運だというのか。こんなに幸せな気持ちになれたというのに。

「……わいも、雛乃はんとずっと話したい……」
「……はい」
「………このまま………抱きしめても、ええかな?………恥ずかしくなってすぐに離してまうかもしれへんけど…………」
「……………………………………………はい」



次の瞬間、彼の勇気は、彼女の心をその身体ごと包み込んだのであった……。



「まったく、心配かけるだけかけといてあの二人は」
「なんか上手くいったみたいっすよ雪乃さん」

物陰から覗く雨紋とそちらを見ようとしない雪乃。妹相手に恥ずかしくなるなんてどれくらいぶりのことか。

「劉の奴も泣くほど殴るくらいで勘弁してやるか。雛も許しているようだし」
「……雛乃さんが許していなかったら?」
「泣くまで殴る」
「……じゃあもし劉がここに来ていなかったら……」
「後日泣いても殴るにきまッてんじゃねえか、これで」

言いつつ長刀を構える雪乃。照れ隠しかと思っていたが、あくまで本気の表情に雨紋の顔も引きつる。

「……結局全部殴るのかよ、じゃあ向こうはどうすんだ?」
「あっちは……小蒔にまかせるか……」

途端に歯切れが悪くなる。その視線の先には小蒔と、もう一人。何故か服の所々がほつれ、濡れているようだが……遅れた事に関係あるのだろうか。

「待ち合わせの約束したよね、ミンナで」
「…………………………」
「その時間て今より何時間も前だよ、ね?」
「…………………………」
「……何か言う事、ある?」
「…………………ゴメン」
「よし、許してあげよッ!じゃあいこっか……あれ?どしたの二人して」

自分達の武器にすがるようにしてへたり込む雪乃と雨紋に首を傾げる小蒔。

「力が抜けたんだよッ!それで終わりか」
「龍麻さんに聞く事とかねえのかよ」
「え?でも来てくれたし、謝ってくれたからまあいいかなって」

更なる脱力感に襲われつつ、遅れてきた彼の方に眼を向ける。
小蒔に赦された事に対しあからさまにホッとしている龍麻を見る雪乃の表情は少し複雑な物であり、その彼女を見る雨紋の顔には思案の色が浮かんでいたが……すぐに消える。今日のメインはあくまで自分達ではないのだから。



こうして四人は待ち合わせ場所に向かった。あの二人に楽しい思い出を与える為、そして、今日という日を思う存分楽しむ為に。





後刻談



「アレ?ミンナも遊びにキタノ?」
「小蒔、じゃああなた達の集まる場所ってここだったのね……」
「あら雛乃、やっぱり待ち合わせの相手って……」
「オーッス師匠ッ!そっちはどうだった?こっちの方はコスモレンジャーに恐れをなしたのか敵は現れなかったぞッ!」
「フッ正義の勝利だ」
「これも愛の力ねッ!」
「すいません先輩、皆さんを止められませんでした……」
「ひーちゃん、話し合いの続きどうする?」
「確かに中途半端だな、今度は飛水流の名をかけようか?」
「何よ、こんなに人がいたんじゃ秘密でも特ダネにもならないじゃないッ!!」

…………

「……アニキ……」
「諦めよう、今日はこういう日なんだよ、きっと……」
「でもこれはこれで楽しいかもしれへんし」
「そりゃお前はそうだろうな……」

隣で心寄りの笑みを見せている劉を羨ましいと感じてしまい、

『人の事とやかく言う前に自分の事どうにかすべきかな』

などと思っている彼にかけられる困ったような声。

「龍麻さん、ちょっといいかな」

……同じ時、小蒔にかけられる幼い声。

「小蒔オネーチャン、聞きたいコトがアルノ」



この二つの相談により、またちょっとした騒動が起こるのだが、それはまた別の話。



そして

「随分と遅いですね」
「仕方ねえだろ、車も電車も使えねえんだから。ったく、たまには部活に顔だしてやろうと思ってた時に呼び出しやがって」
「休日に部に出る程熱心だったとは初耳ですね……仕事は済んでしまいましたよ」
「……強引に祓ったのか?それが嫌で俺を呼んだんだと思ってたんだが」
「面白い人の手助けがありましてね。<急いどるから>と言い残して名も告げず立ち去りましたが」
「おまえさんが他人に対してそんな顔するなんて珍しいな……俺も珍しい奴にあったぜ、名前は聞かなかったけどよ」
「……ほう、一度会ってみたいものですね」
「俺も会ってみてえよ、お前に面白いと言わせるような奴にな……」



これより後、再びその面白い奴等と巡り合い、共に闘う事となるのだが……それもまた別の話である。




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