闘いの無い日に・3 前編



それはある日の放課後


彼が転校してきてから、本当に色々な体験をしてきた。

京一は高校生暗殺集団に襲われ瀕死の目に合った。地下で猿にされた事もある。
葵は何度か攫われ、水槽に閉じ込められた。
醍醐は実は自分が白虎の力を持ち、変身できる事を知った。
小蒔も何度か攫われ、生きたまま石にされた事もある。

だからこそ、不可思議な事件や突拍子の無い事が起こっても、大抵の事では驚かないしそういった事件にはもう慣れている、そう思っていた。いたのだが……


にっこり


目の前で微笑んでいる彼は、そんな四人の考えをあっさりと覆してしまった。

「驚きっての慣れるモンじゃねえってことだな、うん」
「京一くん、今はそれどころじゃないと思うの」
「どうすればいいんだ?いったい」
「これってひーちゃんなんだよね…」

天使のような、という形容をつけても良いだろう。
マリイよりも幼く見えるこの子が、彼らの大切な同級生、緋勇 龍麻である…
いきなり突きつけられたこの出来事に、どう対処しろというのか…とりあえず困惑するしかなかった。



話は少し前に戻る


オカルト研究会部室にて

「うふふふ〜これが〜桜ヶ丘との協力によって〜作られた秘薬〜」

嬉しそうに薬瓶を持ってくる裏密、その姿に龍麻の顔に浮かぶ影が濃くなる。

「それって高見沢との共同開発って事だろ?最強タッグじゃないか…」

「こっちが〜肉体年齢を上げる薬で〜こっちが下げるの〜」

二つの瓶にはそれぞれ赤と青の飴玉のような物が入っている。

「…なんか似たようなの見た事あるような…偶然やってた懐かしのアニメ特集で…」

正直言って逃げ出したかった。
確かに約束はした、<今度実験に付き合う>と。だが怪しげな薬の人体実験、いわゆるモルモットの代わりにされるとは…少しは予想もしていたが…やはりシャレにならない。しかし、

「うふふ〜約束したもん〜」

約束は約束。ある事情で助けてもらった礼としての約束を破るわけにはいかない。

「あと桜ヶ丘の患者サンが〜この秘薬欲しいって〜」

マリイが<おおきくなりたい>と言っていたのを思い出す。患者ってもしかすると。

「桜井ちゃんとも〜約束してるし〜」
「いただかせてもらいますっ!」

犠牲の羊は一人で十分だ。素早く薬瓶を取り、とりあえず一粒口に入れる。何色かの確認はしていないが、効果はすぐに表れた。

「一粒につき〜だいたい十二から十五歳くらい〜…」
「まあ、それくらいなんだろうな」

自分の手がやたらに小さい。裏密を見上げている時点で、自分の身体が今どうなっているのか想像がついた。不安であった頭や身体が痛くなる副作用も無く、たいした薬だという感心と共に、こんな薬を作れてしまう裏密って…という恐怖心が生まれた。

「効き目はどれくらいなんだ?」
「一日〜〜。早く戻りたいならそっちの薬を飲むといいよ〜」
「肉体年齢を上げる、か。まあ下げる方が大丈夫だったしな」
言いつつ口に入れる…が、今度は一向に変化が見られない。

「…なんで?」

気のせいか意識が薄れていくような…

「うふふ〜ちょっと拝見〜あれぇ〜」

中身を確認し、ちょっと首を傾げる。

「…ゴメンナサ〜イ、ミサちゃん勘違い〜」
「…なに…それ…」
「これ精神年齢を下げる薬〜両方年齢を下げる薬だった〜」
「なんだそりゃあっ…あ」


絶叫と共に意識が遠ざかっていった…


そして今にいたる

「で、張本人の裏密はどこ行ったんだよ?」
「それが…<ゴメンナサ〜イ、あとよろしくお願いね〜>と言ってどこかにいってしまったの」
「俺が話した時は桜ヶ丘へチョット確認と言っていたが」
「薬の確認?それにしたって無責任だよ!」

こちらの悩みも知らずに、周りを見まわすちびひーちゃん(京一命名)。いつもと変わらぬ3−Cにやたらと好奇心旺盛である。

「これくらいの歳だとまだ喋れないんだっけか?やたら無口なんだけど」
「そんな事はないわ… ただミサちゃんの話だと薬の併用の副作用で記憶が混乱していて、見た目の歳より 少し下くらいの知識と記憶しか持っていないそうよ。喋らないのは多分知らない環 境で緊張しているからかしら」
「知らない場所で知らない人に囲まれてもパニックにならないのは、心の奥に俺達 への想いがあるから。とも言っていたな…なにか都合が良すぎる気もするが、もし かして副作用とは関係無く単に精神的ショックでこうなってしまったのでは…そう すればパニックにならない理由も…」
「醍醐クン!!恐い事言わないで!!」

全ての解呪系、回復系アイテムは試してみたがいずれも効果無し。後は裏密や高見 沢の薬が頼りなのだが、併用事の副作用が恐くて試せない。効き目が切れるのを待 つしかないのが現状だった。

「…こういった呪いは王子様のキスで解けるんじゃねえの?試してみるか美少年」

がすっっ!!

「大丈夫?京一くん」
「まったく、下らん事を言うからだ」
「っそそそそうだよ!!キ・キスだっだなんてぇ!!」

真っ赤になって吃る小蒔を不思議そうに見上げるちびひーちゃん。その瞳は幾分悲 しそうであった。

「…王子様か美少年でツッコまれると思っていたんだが、キスで殴られるとはな… 」
「きょ・う・い・ち〜」

再度握り締められた拳と京一の間に小さな影が割り込んでくる。小蒔にしがみ付い て一言

「ケンカは、ダメ!」

その拳から力が抜けるの確認し、今度は京一にしがみ付く。

「ケンカしちゃダメ!あやまって」

このお願いに勝てるものはいない。
高校三年生の龍麻の持つ精悍さ、武を学ぶ者としての厳しさや逞しさが後天的に身につけられた物として、それらが備わっていない時代のちびひーちゃんとはどんな子なのか?


とにかく徹底的に可愛らしかった。


先天的に持つ男女問わず人を引き付ける独特の魅力は、後天的な要素(大人っぽさ)に妨げられる事無く数倍の力で振りまかれている。

もともと整っていた顔は厳しさと凛々しさを失った代わりに優しさと華麗さが前面に押し出され、<全日本美童コンテスト>があるなら間違いなく優勝を狙えるだろう。

文化祭バザー用の平凡な子供服(着ているものまで小さくはならなかったので)に身を包みながらも、その下に白い翼を隠していてもおかしくはない。そこまで言い切れる愛らしさであった。



そんな子が瞳を潤ませながら訴えかけてくるのだ。余程の子供嫌いか冷血漢でもない限り、その声を聞き入れてしまうであろう。
案の定二人とも毒気を抜かれてしまったようである。

「わ、わかったって!何だな、その…悪かったな、小蒔」
「いや…別に、こっちこそ…あ、でもねひーちゃん、これってケンカじゃなくて…」
「そうそう、一種のコミニケーションというか…」
「ダメッ!」
「わりぃ…」
「ゴメン…」

この様子に思わず苦笑してしまう醍醐。

「やれやれ、どんな姿になっていても京一は龍麻に弱いんだな」
「うふふ、小蒔もそうみたいね」
「うっせーぞ醍醐!」
「葵〜」
「…だいご?あおい?」

ちょこんと首を傾げるちびひーちゃんに向き直りながら
「そういや名前も忘れてんだっけか、いいか、俺は京一、カッコイイお兄ちゃんと覚えときな。で、むこうの綺麗なお姉ちゃんが葵、こっちのちっちゃいお兄ちゃんが…」
「お姉ちゃん!」
「…もしおじちゃんと紹介したらその瞬間に破岩掌だからな」
「…お姉ちゃんが小蒔であのお兄ちゃんが醍醐だ」

静かな殺気に冷や汗など垂らしつつ、名を教える京一。

「きょういちおにいちゃん、あおいおねえちゃん、こまきおねえちゃん、だいごおにいちゃん!」

名前を繰り返しながら嬉しそうにはしゃいでいるちびひーちゃんを思わず抱きしめたくなる衝動に耐えながら、

「本当にこれからどうしましょうか?」

葵が今後の展開について問題提起してきた。

「だれかの家に連れて行くしかねえんじゃねえか?」
「しかしどう説明する?こんな小さい子供を泊めるとなると、それなりの言い訳が必要だろう。本当の事を言っても信用されんだろうし」
「それに例えば皆で朝ご飯食べている時薬の効き目が無くなったら、大変な事にならないかなあ」

しばらく話し合い。

「…そんじゃこいつん家へ連れてって俺らが泊まるってのは?」
「…結構名案かも」
「…そうだな、まだ闘いが終わっていない今、この状態の龍麻が襲われぬよう俺達で守っているべきだ」
「そうね、四人もいれば世話をするにも心強いし。…あ、でも」

「どうした?やっぱり外泊は難しいか?」
「それはこの前みたいに何とかできると思うけど…。今日は両親とマリイと一緒に外食する約束があったの、だからちょっと遅くなるかも」
「約束か、そういえば俺もアランとルチャ(メキシコ流のプロレス)の試合を観に行く約束があったな。終わり次第行くが多少遅くなるかもしれん」
「…じゃあ京一と二人なの?なんかやだなあ」
「同感だけどな、それ以上言うとまたちびひーちゃんに怒られんぞ」

いいつつ京一、こちらを見上げるちびひーちゃんをひょいと持ち上げ、そのまま肩車をしてあげる。肩の上で大喜びしているその姿に、小蒔の胸が高鳴る。


『ちっちゃいひーちゃんかあいいなあ…。ボクも欲しいな、こんな子…』


ここまで考え、その子供の父親となる相手の事まで思い至ってしまい真っ赤になってしまう。どう考えてもこの子は父親似である。

「それぞれ泊りの準備してひーちゃん家に集合ってことでいいだろ、小蒔は場所知ってたよな」
「あ…う、うん。皆で何回か行った事あるから。葵も醍醐クンもわかるよね」
「ええ」
「ああ」

とりあえず意見はまとまった。


「じゃあいこうぜ、あんまり高校に子供をうろちょろさせとく訳にもいかねえだろ」
「そうね、途中まで一緒に帰りましょう」
「そうだな、なんならラーメンでも食っていくか?それぐらいの時間ならあるぞ」
「ちっちゃい子の間食にラーメンはダメだって。ボクが何か作ってあげよっと」

何となく小蒔は上機嫌である。ちっちゃいとはいえひーちゃんに何か作ってあげられるのが嬉しいのだろう。

「…じゃあ夕飯は任せたぜ…と、ちょっとまて!」
「どうしたの?京一くん?」
「なにか桜井の作る物に不安でもあるのか?」
「失礼だなあ、そりゃ葵ほどは上手くないけどそれでもちゃんと…」

幾つかの非難の眼差しを受けながら、京一の顔はどんどん暗くなっていく。彼は一つの疑問を思い出したのだ。

「メシについてじゃねえ…。こんな大事件なのに、アイツの影が見えねえってのはどうしてだ?」
「あっ…!そういえば変ね…」
「うむ、誰よりも早く嗅ぎ付けてくるはずだが…」
「不気味、だよね…」


ちょうどその頃

「え?だから大丈夫だって!緋勇龍麻と蓬莱寺京一、それに桜井小蒔の三名は完全に新聞部が押さえてんだから!もう文化祭中なら何でもさせられるわよ。…なんでかって、へへへ、そりゃ企業秘密よ、ま、弱みや借りは誰にでもあるってね!」

「え?バニー?演劇部喫茶<不思議の国のアリス>?オーケー、あ、でもあんまやりすぎると生徒会に目をつけられるから…でもまあ体操着なら授業で着ているしそれにウサギ耳でもいいんじゃない?あとエプロンスカートね、余裕よそんなの。いっそのこと舞台に上げてみない?」

「バンドコンテストに飛び入りねえ、楽器はわからないけどボーカルでなら。おもいきりビジュアル系メイクさせてさ」

「それって単なる女装じゃない、桜井ちゃんは女の子なんだけど…たしかにおもしろいけどね!…いい?くれぐれも生徒会には話さないでね!予算や依頼料は直接持ってきてよ」

新聞部の部室。皆の不安の元とされている事など知る由も無く、きたる文化祭にむけて忙しく話をまとめていくアン子の姿があった。



「千載一遇のチャンスということで」
「そうね、気付かれていないうちに」
「急いで帰るとしよう」
「うん、それじゃレッツゴー!」
「ごー!」

ちいさな掛け声と共に逃げるように校舎から出る五人であった。そして……



小蒔は今、一人で部屋の前に立ちすくんでいる。

一旦家に帰って着替えてきた。大きめのボストンバックにはそれなりの<準備>が入っている。
鍵を握り締めているその手は、ドアを開けるのを躊躇っているようであった。

前にこの部屋に来たのはどれくらい前だろう。
たしか風邪を引いた彼にノートと差し入れを持ってきたのが数週間前、ただその時は葵も一緒だった。
一人で来た事は…無かったのでは。

やがて度胸を決めたのか、おもむろに鍵を差し込みドアを開ける。
「おじゃまします…」と小さく呟き、中に入って後ろ手にドアを閉めたその顔には、ある種の達成感があった。
ただ部屋に入るというだけでここまで緊張してしまうのだ。暫くここに一人でいなくてはならないとなると…


「みんな早くきてよぉ、ボクもうだめかも…」


自分でもよく分からない弱音を吐きながら、先ほどの京一との会話を思い出していた。



先刻 駅前にて

『何だよ、その約束って?』

『だから、俺とひーちゃんと如月と壬生で麻雀する約束が有ったんだよ!そんでさっき断りの電話入れたら<そんな理由をつけずとも手加減くらいはしてあげるが>ってぬかしやがって』

『…それで?』

『<じゃあ証拠をみせてやるっ>て話になってな、悪ぃがこれ持って先にひーちゃん家行っててくれ。鍵はそのポケットに入ってんから…そうだな、掃除でもしといてくんねえ?じゃあな!』

『ちょっ、まってよ京一…』


「まったく…」

渡された龍麻の服をたたみながら、溜め息をつく。如月骨董品店までの往復時間を考えると、まだしばらく帰っては来ないだろう。それまでこの部屋に一人っきりで何をしていればいいのだろうか?まあとりあえずは

『まず掃除、かな…』

荷物を隅に置き準備をする。じっとしていると、ここがひーちゃんの部屋だという事をどんどん意識してきてしまう。動いていた方がいくらかマシであった。


掃除といっても、結構部屋は整理されていた。散らかす程に物が多くないだけかもしれないが、とにかく半年以上住んでいる割には生活感が無い。フローリングの床にテレビと電話と机兼用のテーブル、棚が二つにベットにクローゼット。ある意味シンプルだった。そんな中で目立つのは棚に置かれた贈り物と戦利品の数々と、ガラステーブルの上に散らばった整理途中らしい写真ぐらいか。
パレンケの仮面と水晶の髑髏と印篭とサインボールがトロフィーのように並ラられている棚に軽い目眩を覚えつつ、何とはなしに写真の方へと眼がいってしまう。
『勝手に見ちゃ悪いかな』と思いつつも好奇心には勝てない。体育祭、修学旅行、あ、これお花見だ…と、自分の写っている写真もある事にちょっと喜びながら一枚づつ見ていき…


「これって…」


ある写真を見つけてその手を止めた。
多くの小蒔が見た事の無い物が写っている、今よりも髪の長いひーちゃん。濃緑の学生服。困ったような表情は見た事はあるか…。そして、その隣りに立つ女の子…。
長い髪にヘアバンド、屈託のない笑顔の子の写った写真は他にも数枚あった。これまた知らない男の子と三人で写っているのもあれば、何か話している所を不意に撮られているのもある。いずれも濃緑の学生服、真神にくる前の友達たちなのだろう。
いやもしかしたらそれよりも親しい…


大きく頭を振る!


自分だっていっぱい写真を持っている。その中には男の子と写っているのだって何枚もあったはずだ。ひーちゃんがそういう写真を持っていたからって別に変じゃない…よ、多分。

勝手に人の写真見て、勝手な事ばかり考えて……自己嫌悪がつのる。
そして、心の中のもやもやも晴れない。


「やっぱり、髪長い方がいいのかなあ…」


美しく長い黒髪の親友を思い浮かべつつ、気分が落ち込んでいくのを感じていた。



その頃の京一とちびひーちゃん 如月骨董品店にて


「こらっ!それは食いもんじゃねえ、口に入れんな…と、悪ぃな如月、見ての通りだ。俺の言ってた事は冗談じゃ…おいおい、落とすんじゃねえぞその鏡なんか高そうってあぶねえな言ってる側から!!…どした?その招き猫きにいったんか?」
「ねこさん、かあいいね」
「そうか…済まなかったね、言う事を疑ってしまって…(心の声=商品を壊す前に連れて帰ってくれ)(別の心の声=しかし良い客寄せになるかも。この招き猫に眼を付けるとはさすが龍麻だな)…ん?どうした壬生」
「いえ、別に…(心の声=何だろう、この子に見られていると自分がどうしようもなく汚れているような気分に…僕が選んだ道、後悔なんか…すべてを見透かすような瞳でこちらを見ないでくれ!僕は…)」
「なんか苦しんでねえか?お前…ほら、ちびひーちゃんも心配そうにしてんぞ…あ、それは食いもんだけどだめだぞ、賞味期限が…冗談だ、睨むな如月!」



「…お風呂でも湧かすか」

どうにか気を取り直して動き出す小蒔、沈んでばかりもいられない。
自分が熱い湯に浸かって気分もさっぱりさせたかったが…


ユニットバス風というと聞こえは良いが、用は狭い風呂場の中に強引に洗面台を入れただけのことである。一応シャワーが付いているので朝髪が洗えるのだろうがただそれだけであった。脱衣場にトイレ(仕切ってある)があるのも、まあそれらしいといえた。
とにかく狭いその湯船を洗いながら、先ほどの事を考えぬよう、別の事に思いを馳せていた。

『ひーちゃん一人じゃ入れないよなあ、京一着替え持ってくるかな?ちゃんと洗ってあげられるのかも不安だし、一応水着も持ってきたからボクが洗ってあげようかな…弟を最後に洗ったのって何年前だったっけ…』

…ふと顔を上げた時、目の前の風景に違和感を感じた。
何が変なんだろう?人の家なんだから違って当たり前なのに、シャンプー、リンス、鏡、洗面台、コップに歯ブラシ、歯磨き粉…あっ、わかった。

「なんで歯ブラシが二本あるの…?」

途端に先ほどの記憶が蘇る。

そんなわけない!!あの写真は前の学校のモノであって、ここに来ている筈は…
じゃあ別の人の、て、いやそんな…
一人で二本使っている?そんなわけないだろ…

この時点で<京一が前に泊りに来た時コンビニで買ってそのまま置いていった>という考え(真相)は浮かばず、ますます気分が沈んでいったのであった。




その頃の京一とちびひーちゃん 新宿駅東口にて

「可愛いですぅっっ!いいなぁ、私もこんな可愛い子欲しいなぁ!ねっ霧島くん!…(心の声=あーっ!この言い方って、私達も子供が欲しいなって聞こえちゃうわよね!でも霧島くんとの間にこんな子がいて…きゃーっ!きゃーっ!!)」
「ホントに可愛いね、さやかちゃん!…(心の声=今はカッコイイ龍麻先輩も昔はこんな可愛かったんだ。じゃあ京一先輩も小さい頃は…)(別の心の声=あれ?聞き逃す所だったけど、今さやかちゃん凄い事言わなかった?)」
「どした二人とも?急に黙り込んで…こらこらさやかちゃんに甘えんじゃねえ!あ、諸羽にも甘えてるか。…どうしたもじもじして?ま・まさか…」
「…おしっこ…」
「どわあっっ!!ちょおっとまて、我慢だ我慢!ここいらでトイレはどこだ?とにかくここではもらすなっ!そーゆー事でまたなっ!ほら頑張れ!もう少しの我慢だッ!」




「…ご飯…作ろうかな…」

その動きはえらく緩慢だった。戦闘後でもここまで疲れた姿は見せたことがない。
早くみんなに来て欲しかった。一人でいると気が滅入るばかりだった。
キッチンの狭さは以前来た時知ったので今更驚かない。
冷蔵庫の小ささも知っていたし、そこからその内側の食物量も推測出来ていた。
食器の数は…恐くて調べていないが、多分人数分は無いだろう…。
だから準備もそれなりにしてはきた。
狭さに関しては一人で料理するぶんには問題無いだろう。
いろんな物を作ってあげたいという気持ちから材料も色々買い込んだ。
食器は紙皿に紙コップ、割り箸などを揃える。味気ないがまあいいだろう。
ただこれで万全と思うのは、ちょっと一人暮らしを甘く見過ぎであった。

「…どうしよう…」

調理用具…小さな庖丁一本とまな板
     小さなフライパンと片手鍋一つずつ

調味料…塩、砂糖、醤油、ソース、油 各少々、ジャムとバター やや多め
    砂糖はスティックシュガー

あとは小型の炊飯ジャーとトースターだった。これで十分に腕を振るえるのはよっぽどの料理の達人か、料理初心者だけだろう。

「…ま、負けるもんか…」

何かに心が打ちのめされそうになるのを懸命に耐える小蒔。その瞳にうっすらと涙が滲んでいるようにも見えた。




その頃の京一とちびひーちゃん 駅前通りにて

「うふふふ〜じゃあね〜(心の声=秘薬の効き目はばっちりね〜うふふふ〜ミサちゃんさすが〜)」
「ごめんなさぁい!!じゃあねー!!(心の声=あ〜んダーリンゆるしてぇ〜本当にごめんなさ〜〜いぃ)(別の心の声=きゃ〜ん!ダーリン可愛い〜っ!!!ギュ〜ってしたいよぉ!おこられちゃうかなぁ?)」
「逃げんなコラッ!!こっちの苦労も知らんで何呑気に買い物してやがんだ。ちっ、いくぜ!あの二人をとっ捕まえてこの苦労を味合わせてや…あ、あれ?」
「ふみぃ…ひっ、ひっく」
「転んじまったのか?ちっ見失ったか…わ、な、泣くな、よし、いい子だ。よく泣かなかったな、偉いぞ!大丈夫そんなの舐めときゃ…わあ、頼むから泣かねえでくれ!ほぉら高い高い!な、おんぶしてやっから…」




「何そんなにへこんでんだよ…?」

「何でそんなに疲れてんの…?」

京一と小蒔、お互いの顔を見ての第一声。

間に挟まれたちびひーちゃんの笑顔と好対照であった。




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