G−Experiments 0079−02



 宇宙世紀0079。地球より最も離れたコロニー群『サイド3』はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に対して独立戦争を挑んだ。
 後に「一週間戦争」「ルウム戦役」と呼ばれる戦いに連勝したジオン軍。その事実を突き付け、ジオンに極めて有利な条件の条約を結ぶ、まさにその時。


 この戦いの続行をさせる男が地球に降り立った。
「――私はこの目で見てきた。我々以上にジオン本国が疲れ切っている事を」
 連邦軍の将軍であり、先のルウム戦役における総大将であった男。ジオンの捕虜になりながらも、潜入していたスパイの手引きによ
って脱出を試み成功させてしまった初老の男。

「・・・レビル・・・」

 ギレン=ザビとて、その明敏な頭脳を以てしても彼の逃走を許してしまった過失という事実は拭えない。
 ジオン軍部及び中枢部は衝撃を受けた。
 しかし。


 レビル生還の報道はほとんど全チャンネルで流されている。それを苦々しく見やっていたのはジオンだけではない。
「――レビルはさぞかし自分を英雄だと思っているのだろうな」
 不愉快そうにモニターを切る。
「これで戦争が続くことは確実だ。せっかく連邦内部に沸き立っていた厭戦気分は一層されてしまうでしょう」
 商売人とは機を見るに敏でなければならない。彼らの脳内では既にこれから歴史が辿るであろう筋道がある程度読めていた。
「問題は、誰がレビル逃亡に力添えしたか、ですかな」
 機だけでなく、情勢そのものをも見つめる。損得を充分計算した上で舳先を決めなければならないから。
「おそらく我々のスポンサーでもあられる、雌狐様でしょうな」
 雌狐。その符合が誰を示すものか――言うまでもない。このまま戦争が終結すれば、その功績はギレン=ザビの独占するものになることは間違いない。その親族とて、彼の権勢を阻むことは難しく・・・。
「勝つ見込みがあっての謀略なのでしょうか?」
「雌狐様は戦局を読む才に欠けておられる。ギレン総帥の判断が何を意味するか、それすらわからんのだからな」
 国力が敵に対して極端に弱いのだ。短期決戦を挑んだ意味も見えないスポンサーはひたすらに愚かしい。彼女はおそらく目の前にしか視界がないのだ。
「もう一方のスポンサー、狸殿達もレビルには手を焼いていることでしょう」
 ディアナス社――ジオニックに対抗する立場として存在する軍需部門――その資金は皮肉にも相対する組織の、主流ならざる部分から捻出されていたのだ・・・。


 この戦いは開戦し、すでに8ヶ月の時が経過した。戦争は完全に膠着している、そんな頃。


 格納庫に至るルートを歩きながら、必要な箇所のみレクチャーを受ける。その僅かな知識すらも、この過酷な条件下で生き残る可能性を高めることになるのは、宇宙で戦う者であれば常識なのだ。
「――反応値の割合を大分絞れてますので、アンバック制御のオート化率は――」
 これが今日からの愛機となるらしい。既にパイロット仕様のカラーリングは終了している。彼女の場合はダークブルー、漆黒を纏わせた蒼穹。
「MS−06R、ね」
「そうです。シーン試験官のデータを元に作られた、高機動性を実現させたザクです」
 外見上は今までの機体、MS−06Fと変わらない。説明によればスラスターやバーニア、推進剤の燃焼効率などのスペックが上がっているらしい。
「ジオンは戦争に忙しく、新型の調整は難航しているらしいですから、このザクはおそらく最強のMSだと思われますよ」
「赤い彗星のザクはどうなのかしら?」
「そ、それは・・・あれは、その、安全装置のない暴れ馬のような、その・・・」
 自慢気に語る若いメカマンについ意地悪を言ってみた。赤い彗星、その言葉は予想以上に彼を打ちのめしたようだった。
「リミッターなしのザクと比べたのは悪かったわ」
 彼をそう慰めて、ルナ=シーンは上手く身を躍らせてコクピットに辿りついた。スペースノイドならではの無重力下での動き。
 ――コクピット周りの装置は変化なし、おそらく火器管制システム等にも変更はあるまい。あるとすれば――。
「シーン試験官! 姿勢制御や回避運動についてのOSによく目を通してください!!」
「了解」
 ・・・これより30分後に模擬戦闘がある。それまでに慣れる必要が彼女にはあった。

 機体の変更という儀式にはこういった苦労がつきものなのだ。ましてや――。
「なァんでオレはここまでの苦労をしなきゃならんのだ!?」
「愚痴るなよドク、MS−05に不満だったんだろう?」
 確かにそう思っていたのは事実だった。南極条約で核兵器や化学兵器等の使用が禁止されてから、MS−05はその圧倒的な力を失ってしまったのだから無理もない。しかし、
「コレは極端なんだよ!」
 ルロイのザクにも改修が施されていた。ルナのザクが機動性を高めたものであるのに対し、彼のザクはその性能全体をバランスよく向上させ、かつ運用性を高めるという方向での強化が行われていた。
 MS−06FZ。いわゆるザクU改という機体であった。
「全体にパワーが向上・安定しているな」
 至って満足そうなルロイ。それに比べてドクは――。
「だあああ、何でこんな不安定なんだコレは! まだMS−05の方がデキいいんじゃねェか!?」
「言わば全く実績のない試作機ですからね、コイツは」
 悪気のないメカマンの台詞だが、それに命を乗せる者からすれば洒落にならないだろう。
「いいから、てめェは黙ってエンジンの調子を整えろ!」
 案の定ドクは悪意無き不吉さを口にしたメカマンを怒鳴りつけた。
 彼の機体はRGM−79、ジム。連邦軍のMSであった。それも初期型であるためにビーム兵器はサーベルのみ、100ミリマシンガンを主兵装としている。
「しかし、よくこんなMSが流れてきたな」
 ルロイのそれは皮肉でもなんでもなく、純粋な感嘆だった。連邦の最前線ですら配備されていないMSであるのに・・・。
「諜報部ってトコロは優秀なんだろうよ」
 実際はスポンサーの御好意とやらで手に入ったモノだが、一介の試験官(テストパイロットと同義)である者の預かり知らぬ事情というやつである。


 新機種導入より三日後、ダガーに新たな任務が与えられた。
「連邦軍の反攻作戦と思われる『V作戦』、その成果が宇宙要塞ルナツーに移送されるらしい。我々の任務はその成果と思われる連邦のMSと交戦、そのデータを得ることにある」
 それはドクのジムと同時にスポンサーからもたらされた情報である。
「移送するというのはデータなのですか?」
「そこまでは不明だ」
 試験官3人の中で最も理知に富むルナらしい質問だが、ダガーの艦長は満足な答えを持っていなかった。そもそも『V作戦』というコードすら何を意味するのかがわからないのだ。それ以上の詳しい情報を望むのは無理である。
 その答えにルナは肩を竦め、ルロイは彼女の動作に苦笑、ドクは「やれやれだぜ」と呟く。彼らは軍人ではない。軍人ではないが、それ以上に自分達の仕事を承知していた。
 彼らに拒否権はない、ということ。
「これよりダガーは連邦の要塞ルナツーに向かう」
 第二戦闘配備が下された。

 そしてもうひとつ彼ら、いや、ダガーのクルーが知っていたことがある。
 彼ら、彼女らが組んでいる限り、敗北の心配をせずに済む、ということ。


 連邦軍新型駆逐艦ペガサス級。それがその白い宇宙船の形式である。カタパルトデッキとメインエンジン、それぞれがまるで四肢のようであり、艦橋は首のようでもある。
「目標確認」
 漂う残骸に身を潜ませたダークブルーの機体がモノアイを光らせた。その前後にサラミス級巡洋艦が一隻ずつ護衛している。
『・・・で、誰がドレを狙うんだァ?』
 金属を震わせた声がコクピットに響く。戦場レベルのミノフスキー濃度下では、接触回線による会話が通常採られる。
『ルナに判断はまかせるが?』
 そういってルロイは彼女にまかせた。彼女の決定であれば、ドクも文句は言うまい。
「・・・ドク、ジムの調子はいかが?」
『相変わらず悪いぜ、このガキはよ』
 ジムは模擬戦闘以来、ずっときかん坊を続けていたらしい。それでもMS−05よりは働けるのではあるが・・・。
 余談ではあるが、模擬戦闘ではドクがひとり負けの状態だった。ルナとルロイは当分ランチに給料を費やさずに済むのだ。
 それはともかく。
(目標の艦隊と位置、そして調子・・・)
 状況の大局下での分析・判断。ルナはまるで目の前に戦略地図があるかのように思考する。その卓越した能力は、後に彼女をとある二つ名で呼ばしめることになるが――今は関係のない話である。
 彼女は決断を下した。
「ドクは前方のサラミス、わたしが後方のサラミスを受け持ちます。ルロイ、あなたは暫くあのスフィンクスを頼みます」
『わかったよ』
『OK』
 三隻同時に一撃を与え、少しでもアドバンテージをこちら側に維持する。そのために機体の信頼度と加速率を考慮したのだ。
「攻撃開始まであと3・・・2・・・1・・・」
「「「ゼロ!」」」
 歴戦のパイロット達が駆け始めた。


 警報よりも、振動が早かった。
「な、何事だ!」
 ペガサス級ホワイトウイングの艦長はシートから叩き落されながらもそう叫んだ。彼の声に遅れて艦内を走ったのはスクランブルを告げるアラーム。
「て、敵襲です!」
 オペレータが当たり前のことを、酷く狼狽して応えた。
「索敵班は何をやっとったんだ!」
「漂流物が多く、目視が出来なかったとのことです!」
 どうでもいいことを彼らは言い合った。現に敵がいるのだ、迎撃の指示を出すことが肝要であろうに。それが経験の薄い軍人たる所以だろう。歴戦の軍人達は初戦、ニ戦目でほとんど散ったのだから仕方ないのかもしれない。

「ジオンに兵なし」とレビルは言った。しかし連邦とてもそれは変わらない。数が多いだけなのだ、それも戦場を知らぬ素人の数が。

 出撃を試みたトリアーエズを甲板ごと撃破する。マシンガンと爆発した戦闘機があいまって、カタパルトと射出口は完全に沈黙。これで戦闘機を送り出す手段をサラミスから奪い取ったことになる。
「呆気ねェぜまったく・・・」
 後は既に展開した二機のトリアーエズ、そしてサラミスそのもの。やや調子が悪いものの、この程度のトーシローを相手取るには問題ない。ドクは全く気負うことなく、照準を戦闘機に合わせた。
「なんだ? ジオンの新型!?」
 トリアーエズのパイロットはそれが友軍の作り出したMSであることを知らずに散っていった。
 ドクのジムは一所に留まらず、基本に忠実かつ大胆に駆ける。まるで照準の合っていない対空砲火を難なくかいくぐり、
「・・・コイツを使ってみるか?」
 左のマニュピレーターを操作する、そして現れる光の剣。ジオニックも開発出来ていない、連邦の技術者がコンパクト化に成功した携帯用のビーム発振器。
 ビームサーベル。
「試し斬りしてやるぜェェェ!」
 ジムは速度を落とさず、荷電粒子の剣はサラミスのエンジン部を易々と切り裂いた。

 ルナの向かったサラミスの乗員はもっと対応が遅かった。一機の戦闘機も射出できておらず、まるで無人の荒野を行くが如し。
 連邦の対応の遅さは彼らの練度の低さや無能さだけでなく、彼女の高機動型ザクUが速過ぎたのもその一因なのだ。
「ザクタイプ、距離1000、800、500・・・ダメです、間に合いません!!」
 迎撃システムが稼動するまでの間に――。
 ガキィィィィィィィン!!!
 ヒートホークが艦橋を一撃した。
 激しい振動、それは次の悪夢を呼ぶ。彼らは耳で、そして肌で感じ取っていた。艦橋から勢いを以て放出される空気の音、流れを。いや、その感覚を持ち得なかった兵士の方が僅かに幸運だったのかもしれない。超高温の鉄斧が再び振り下ろされるのを知らずに逝けたのだから。
「指揮系統沈黙・・・あとは砲門、カタパルトデッキ・・・」
 彼女はそのサラミスを完全破壊せず、鹵獲することを考えたのだ。あまりといえばあまりな余裕――。

 そしてペガサス級を。
「サラミス級、ニ隻とも沈黙しました。撃破されたものと推測します」
「バカな、敵はたった三機のMSだろうが! なぜその程度の戦力に負ける!?」
 それは奇襲を受け、彼らが持っていた兵力を完全に稼動させることができず、自分達の練度が低いから。
 相手が歴戦の兵達だったから。
「ガンダム、ガンキャノン、ガンタンクの各機スタンバイ」
「相手も三機だ、抜かるなよ!」
 遅まきながらペガサス級に搭載されていたMSが動き出した。
 あの迅雷の行動を見せた敵MSが何故そこまでの時間を彼ら将兵に与えたのか。浮き足立った連邦の兵士達はそんなことなど全く考えもしなかった。
 連邦の新型MS――それこそが彼らの目的だったことなど。


 左翼から派手な爆光が見えた。
(おそらくドクがサラミスを撃沈したのだろう、しかしルナは・・・?)
 積極的に攻撃を仕掛けず、その砲門だけを意図的に破壊していたルロイのMS。センサーがその新造戦艦の挙動を逐一教えてくれていた――そして。
「! よし・・・!」
 カタパルトデッキが開いたのを彼は確認した。今まで連邦が所持していた船とは明らかに異なるタイプである。一体の巨人が納まるほどの大きさ・・・つまり。
 ガキィン――。
『連邦もMSを本格的に開発・運用を始めた・・・ということみたいね』
 ザクU改の肩に掛かった加重、それと同時に響いた声。お肌の触れ合い会話――ルロイはそれに驚くことなく。
「ドクのMSもそのひとつなのかもな」
『・・・V作戦というのは、わたし達と同じようなMSの運用データ収集が目的・・・?』
 ガシュ――。
『ルナちゃん、それはいい線いってんじゃねェか?』
 白い(頭部はイエロー)MSが到着したらしい。そして彼女の推論を支持した。
 そしてそれはまさしく『V作戦』の機密そのもの。
『だったら連邦にイヤガラセをしてやろうぜ』
「・・・嫌がらせ? 何のことだ、ドク?」
 ルロイとルナの脳裏に、彼のニヤリと笑ったところが結像する。実際、その予想は正鵠を射ていた。
『連中のMSをブンドってやるのよ!!』


 連邦のモビルスーツが展開する、その様子を攻撃もせず見守っていた三人。彼らの想いは同じだった。
(鈍い)
 とにかく動きが遅い、いや、ぎこちないのだ。滑らかなどという表現とは無縁なそれは、おそらくマニュアルではなくオートで行動のみを指示しているのだろう。
 次にフォーメーション。敵のMSは三機、一機は大砲を二門、マニュピレーターも四門のランチャーであるキャタピラの戦車MS。一機はやや短いキャノン砲を備えた、装甲の厚そうなMS。最後の一機はドクの操るジムに似たフォルムのMS。
 外見から凡その性能或いは役割が見て取れる。タンクタイプは遠距離からの砲撃、キャノン砲タイプは中距離援護、そしてジムタイプ(本来は逆なのだが、彼らが知るはずもない)は近接・中距離・・・。
『それが何で横並びなんだ?』
『そうね』
 ドクの嘆きにも似た質問に、ルナもただ頷くのみ。彼らの前方に展開した敵MSは横一列に並んだのだ。
 確かに敵一機に対して一機を振り分けるというのもわからないではないが、これはあまりに無謀だ。喩えるなら戦車で戦闘ヘリを撃ち墜そうとするような、まるで見当違いの兵器運用。
「MS戦のノウハウがないんだろう」
 そうとしか考えられない。おそらくMS同士の戦闘であれば、互角に戦えるとでも勘違いしているのだ。
 敵側である自分達は一目でその敵MSの『役割』を看破できた。しかし運用側がそれを全く理解出来ていない・・・そこにルナは哀れみにも似た気持ちを抱いた。
「ドク」
『ああ?』
「鹵獲の提案、飲もう」
 ルロイがドクの悪戯に乗った。目の前の敵――敵と仰々しく呼ぶには抵抗を覚えるレベルではあるが――を見て判断したのだろう。
『わたしも了解・・・ただし』
 ルナも同意する。いや、彼女の場合は――
「なんだ、ルナちゃん」
『もう少し付け加えてもいいかしら?』


「宇宙人野郎、よくもやりやがったな!」
 白いノーマルスーツに身を包んだ男が同じく白いMSのコクピットで息巻いていた。ルーカス=ウェイ少尉、『V作戦』に抜擢された連邦のテストパイロットである。有能な男ではあるが、それ故に高いプライドの持ち主でもある。
 出撃の寸前、彼は護衛のサラミスが撃破されたこと(一隻は沈黙であるが)を聞いていた。味方の不甲斐なさに憤りながらも、彼はジオン(ルナ達をジオンと思うのも無理はない)に怒りをぶちまけたのだ。
「ブルーバ、シュピン、ミノワ、行くぞ!」
 ルーカスはガンキャノン・ガンタンクに搭乗している僚友に指示を出した。彼は小隊長の地位にもあったのだ。
 つまりルナ達の言う『無様な陣形』を敷かせたのは彼ということになる。
 連邦の将兵達はそれぞれ慣れたような手つきでMSに命令を送り――
「!」
 敵の動きに反応した。

 蒼のMS・ザクが一機。そう、単身で彼ら3機の眼前に接近した。その挙動はあまりに無防備に見えた――少なくとも連邦の将兵達には。そして、それ以上に・・・
「舐めてんのか、てめェ!!」
 ルーカスの憤りが煽られた。連邦の最新鋭MS、そのパイロットに抜擢された映えある精鋭たる自分達の矜持がしたたか傷つけられた・・・彼らの心には『選ばれた者』が時として持つ肥大した自尊心があった。
「後悔させてやる!!」
 怒りに身を任せたまま、ルーカスはザクに照準を向ける。連邦が独自に開発に成功した、MS用メガ粒子砲『ビールライフル』。それの放つ光の矢は、例え戦闘機の砲弾を弾く曲面装甲のザクとても、一撃で完全破壊する威力を持っている。
(ロック・・・)
 照準モニターにザクを捉え――
 消えた。
「!?」
 驚きと衝撃は同時だった。
「がはッ!!!」
 遅れたのは肺から漏れ出した悲鳴のみ。衝撃を緩和するシートベルトが、殺しきれない負荷を伴って彼をコクピットに叩きつける。強過ぎるGを固定部分に与えないための機構であるが、決して肉体にダメージがないわけではない。
 ルーカスには何が起きたのか、まったく理解できていなかった。しかし、
『グハッ!』
『ギャ!!』
 超近距離であるが故に通じる通信が、彼に僚友達の声を届ける。意図せずに発したであろう、苦痛に染まった叫び声。
 己に振りかかったのと、おそらくは同じ・・・ルーカスは戦慄した。

 ザクが虚空を駆ける。それは風を纏わせた、妖精の如し躍動。
 ガンダムが、ガンキャノンが、ガンタンクがそれぞれ砲身を一機のザクに向ける。3方向からの攻撃意思である、しかしザクはその凶器を嘲笑うかのように、ただ駆けた。優美に、複雑に、そして、迅く。
 機械任せの操作では決して行えないような回避運動、いや違う、接近することを止めずにの動きは「間合いを制する」攻めのそれ。自らに砲塔が向けられた瞬間を見切り、攻撃意思の的である自機を視界から失わせて惑乱させる。虚を付かれた敵の無防備な時間に対して鉄の牙を振るう――今までのように。
 ガシィッ!!
 鋼同士が打ち合わされる。一方は鋭い勢いを以て、もう一方はただ受けるのみ。

「ヒュウッ!」
 ドクが口笛を漏らした。そこには同僚への感嘆を多分に含む。彼は一連の戦闘、ルナのザクが3機のMSに対して接近戦を行う様を見物していたのだ。敵の銃器を物ともせず、いや、発砲の暇さえ与えないその技量に舌を巻いていた。
「ルナちゃん、また一段と腕を上げたんじゃねェか?」
『感心してる場合か、ドク』
 ルロイも否定はしない。元々宇宙戦闘に技量の差があったのだろう、それは連邦のMSが見せるぎこちなさで理解できる。ルナのザクが放つ拳や蹴り(そう、ルナはヒートホークを使ってすらいない)に対して無様に流され、姿勢制御にすら手間取っている様子から充分に察することができるだろう。
 が、そのマニュピレータ(MSの手足のこと)による一撃を利用して、自分の機体位置を制御及び推進剤を最低限に抑えての加減速しての戦闘・・・それはあの『ルウム戦役』で『赤い彗星』がして見せたという『八艘飛び』と同じ操縦技術である。
「ひょっとしてオレ達は、すげェ女と組んで仕事してるのかもしれねェなあ・・・」
 もはや完全にルナは3機のMSを制している。
『ドク、そろそろいいかな?』
 手筈通りに。
「ああ、完全にオレ達は忘れられてるようだしな・・・行くぜ!」
『了解』
 ルナが演出したMS同士の戦場を越えて、2機のMSはそのまま迂回行動を取った。目指すは・・・白い強襲揚陸艦。

「オレが中だ!」
『わかってるよ、ドク』
 白いMSが突進する、その先にあるのはペガサス級、その『開かれたまま』のカタパルトデッキ。
「お邪魔するゼェェェェ!!!」
 ドクのジムが取りついた、いや乱入したのだ。MSが発射されるべき射出孔たる部分に。それと同時に、
『動かないようにしてもらいたい』
 連邦の白い船・・・その突き出た首の如き艦橋の視界に入るブラウンのザク、そして120mmの凶悪な砲身。
「オラオラ、無駄な抵抗をするんじゃねェよ!」
 ビリビリビリ! 船体を揺るがせてドクが叫ぶ。その恫喝は、実戦経験のない軍人達に抗えるようなものではなかった。
 内と外からの、対照的な降伏勧告・・・死を決意してまでも抵抗する、という者がいなかったのは幸福なことであろう・・・。
 例外もいたが。

 事態の推移に気付かぬ者達が宇宙空間で未だに戦っていたのだ。
「ええい、宇宙人共めが!!」
 ガンダムは既にシールドを打ち捨てており、右手にライフル、左手にビームサーベルを構えていた。巧みに防御の隙をつくルナのザクに対して防御力よりも攻撃力を重視したからだろう。
 しかし――
「乱戦で使うものではないだろうに」
 彼女達の戦力比率は言うまでもなく3対1、ルナ以外は連邦のMSである。そこでもし「数撃てば当たる」の要領で攻撃を仕掛けた場合、敵と味方のどちらに当たるのか・・・白いMSのパイロットは完全に冷静さを失っているのだ。
「取り敢えず戦意を維持させているのは、あのジムタイプのMSか・・・なら・・・」
 ザクのモノアイが輝いた――パイロット意思を受けて。

 ザクが構えていた(だけである。決して発砲はしなかったのだが)マシンガンを腰に戻し、代わりにヒートホークを手にする。
「ケリつける気だな、いいだろう!」
 ルーカス少尉には「自分が遊ばれていた」という感覚はない。その高いプライドが、その現実を認めなかったのだろう。
「くらえ!!」
 ガンダムが光の剣を振り下ろす。それに対してのザク、今までは受けるまでもなくそれを回避していたのだが――
 バチッ!
 火花が散った。エネルギー粒子のビームサーベルと、あくまで「熱された鉄」でしかないヒートホークでは、長時間打ち据え続けたのであれば壊れるのはヒートホークであろう。しかしルナは・・・
「流しただと!?」
 剣の勢いをただ逸らす、その一瞬の鍔迫り合いでしかなかった。
 そして――
 ガシィィィィィィッ!!!
 今までにない強烈な衝撃が、彼のコクピットを直撃した。

「う・・・」
 彼は意識を取り戻した。そこは見覚えのない天井。しかし彼にはそこがコクピットでないことは理解できた。
「気がついたか」
 彼の前に、ノーマルスーツが覗きこむ。顔ははっきりしないが、どうやら同僚のブルーバ――ガンキャノンのパイロット――のようだった。
 ガンキャノン――その単語が、彼に戦いのことを思い出させる。
「お、おい、ブルーバ! 戦闘はどうなった!?」
「・・・」
 彼の唐突な質問に、ブルーバは沈黙を以って答えた。訝しげに彼は再度質問をしようと身を起し、
 自分の居場所に気付いた。
「スペースランチ・・・?」
 緊急避難用の、脱出艇である。自分はその狭い室内に転がっていたようだ。
「ブルーバ、答えろ! これはどうなってるんだ!!」
 ルーカスの虚しい叫びを乗せて、スペースランチの一群は宇宙要塞ルナツーに向かっていた。本来そこに運び込むはずだった物を、何一つ持たずに・・・。


*任務完了*

 ダガーは予定外の荷物を運んでいた。ムサイ級巡洋艦に曳航された、連邦の最新鋭新造強襲揚陸艦ペガサス級。そして・・・
「ここまでの戦果は期待しておらんかったよ」
 並べられた3種類のMSから視線を転じ、ダイス主任は微苦笑を彼女ら3人に向けた。部下達に戦死者がないだけでなく『V作戦』の機密そのものを手に入れることが出来たのだ。若い者達の無鉄砲さに呆れながらも、その行動力についつい笑みを漏らしてしまった・・・そういうわけだった。

 ガンダムをヒートホークの柄で一撃し、パイロットを気絶させたザクと、ペガサス級を人質にした2機のMS。その力の前に降伏した連邦のクルーをスペースランチに追いやり、戦艦とMSの全てを鹵獲する・・・ドクが言い出し、ルナが追加したその提案は3人の監察官によって完璧に実行されたのだ。

「しかし、連邦もとうとうMSの実用化・量産化を進めているのですね」
 同じように鹵獲したMSを見上げていたルナが誰にでもなく呟いた。その威力の程は実際に対戦したルナにもよくわからないが(先の下手な乗り手ではMSの性能を発揮できていなかっただろうから)、あらゆる資源において物量で勝る連邦である。
「この戦いは激化し過ぎた・・・もう、どちらかが白旗を掲げるまでは止まらないでしょうな」
 ダイス主任の言う通りだろう、講和を結ぶタイミングはひとりのアースノイドが台無しにしてしまったのだから。
「各班、MSのデータ収集、急げよ」
 鹵獲したMSの調査・分析の指示が出される。ルナ達の得たものを取り扱う、これからがダイス達の仕事だからだ。


「ボーナスくらいは出るかねェ」
 深刻さとは無縁のドクは、傍らのルロイに水を向けていた。
「ドクの損した昼飯分くらいは出るんじゃないか?」
「そんなモンかよ!? 鹵獲したんだぜ、MSと戦艦をよ!?!?」
「会社に言ってくれよ」
 戦争で何が一番必要か・・・それはおそらく、心に負担を残さないことではなかろうか。軽減の手段を、彼らは少なくとも実践していた。他人からすれば、とても不謹慎のような行動ではあるが・・・。


 確認作業を受けるのは、何も鹵獲されたMSだけではない。今作戦で実戦投入されたMSもまた、データ収集の対象となる。
「こ、これはまた・・・」
 ルナの06Rに取りついていたメカニックが絶句する。以前より彼女のMSを整備している班長のひとりである彼は、ルナが06Fで叩き出したデータについても承知していた。そして、
「ルナ監察官・・・」
「何か?」
「・・・いえ、何でもありません」
(この反応値は・・・普通じゃありませんよ、ルナ監察官)
 06Rは、06Fを大幅に改修した機体である。その高い機動性は決して『赤い彗星』のザクに引けを取らない・・・少なくとも彼はそう信じていた。が・・・
 そのザクの性能を限界以上に乗りまわす数値・・・これをどう考えればいいのだろうか。運動を司るOSの悲鳴が機体から聞こえるような気がする。荒々しいとか、そういう表現では済ませられない機体のダメージ。
 乗り手の期待に応えられていないが故のダメージ。
 彼女の『対MS戦闘』のデータと共に、これは重要な報告となるだろう・・・ルナ監察官の技量は、MSを操るその技量は、あの名高い『赤い彗星』に匹敵するに違いない・・・。


 宇宙世紀0079、8月。
 ルナツーにて行われるはずであった連邦の『V作戦』はディアナス社の妨害を受け、その任を果たすことが不可能になった。ロールアウトされたRX−78−1のナンバーを持つMSが連邦からその姿を消したのだ。
 その結果を受け、別途にサイド7へ運ばれたRX−78−2にその『V作戦』の続行が告げられる。
 それは一月の時間をおいて、この戦争に大きな影響をもたらすのだ――とある、ひとりのパイロットの誕生と共に。


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あとがきというか系譜に触発記念

「閣下だなあ・・・(しみじみ)」
「ルナ・シーンですが・・・あの・・・何か?」
「いや・・・ともかくお久しぶりでございます」
「まあね」
「こうしてSS書くのが久々さんで書き方に戸惑ったなんて内訳はともかく、ガンダムっていいなあ、と最近痛烈に思います」
「まあ戦争なんて架空に限るのよね、実際」
「そーだねえ」
「で、一応実験だった前のSSからこうして続きが出たわけだけど」
「うむ」
「まだ書くわけ?」
「まー、気が乗ったらねえ・・・連邦をあしらうのって結構楽しいし〜」
「でもジオンが負けるのよね?」
「負けるねえ、多分・・・でないとティターンズとか書けないし。所詮は歴史を追随するSSだから」
「なら書けば?」
「でもMSの登場順番が無茶苦茶になるんだよなー・・・このままでは次にお前のMSはゲルググだぜ〜?」
「ふむ」
「楽しいからいいか・・・まあ気が向いたら次はサイド7から地球降下、かな?」
「その時がくればいいわね」
「では、淡々とこの辺で(笑)」





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