――1週間前、中国――
京一が中国へ来て、約半年が過ぎていた。当初1人での修行の旅も、劉が帰国すると言うので、当面の通訳と練習の相手を兼ねて、共に道中を過ごしていた。此方へ来てからの、京一の上達振りは凄まじく、僅か3ヵ月を過ぎる頃には、劉から教わった『活勁』までも使える様になっていた。
『天性の才と言うんは、恐ろしいモンやで』
とは、劉の評である。
その後、色々と有り、ふと立ち寄った街での事。
「そこを行かれる旅の御方――」
不意に声を掛けられ、京一は僅かに反応するが、
(今の声はジジイだったしな。若いお姉ちゃんならともかく、無視するに限るぜ)
そう判断し、足を早めた。しかし――
「何や、爺ちゃん。今、ワイ等に声掛けたんか?」
聞き慣れた声が律儀に答えているのを耳にし、京一は頭を抱えた。
「劉!このバカ!!」
走り寄って、劉の頭を思い切り殴り付ける。
「あいたたッ!いきなり何するんや、京一!!」
頭を押さえて、劉が抗議する。
「俺が折角聞こえないフリをして、怪しいジジイをやり過ごそうとしてるのに、何でお前はわざわざ返事するんだ!」
そう言ってもう1度小突く。
「そ、そないな事言うたかて…」
「ああ、ったくしょうがねぇ。オイ、ジジイ。それで、一体俺達に何の用なんだ?」
諦めた京一が、老人に向き直って訊いた。
「いやいや、お前さん方の相が妙に気になったのでな、少々占ってやって見たくなったのじゃよ」
京一が天を仰いで溜息をつく。
「だから止めた方が良かったんだ、このバカ劉!!くだらねぇ!俺は昔から占いとかが嫌いなんだよ!!」
不意に裏密の顔が頭をよぎり、ウンザリした様子で、京一がまたも劉に食って掛かる。
「まぁまぁ、訊くだけなら損はないやろ。なぁ、爺ちゃん。無料(タダ)でええんやろ?」
「うむ。では――――」
老人は、そう言って目を閉じると、むにゃむにゃと何か呟き始めた。
(…オイオイ、こりゃあ怪しさ大爆発だぜ…)
やがて老人は酩酊状態にでもなった様に、ふらふらと身体を揺すり出した。そしてかすれる声で語り始める。
『…強大なる闇…。永き怨念…。分かたれた龍…。集いし光…、闇を払う…』
「なあ、これってまさしくワイ等の事とちゃうか?」
劉が声を顰めて京一に言った。思わず京一も頷く。
「おっと、まだ続きがあるようやな…」
しかし、その続きは、2人を愕然とさせるのに充分過ぎるものであった。
『…その礎は遠き過去に在り…。闇を封じし…、礎…。強き光…。されど闇は光を捉え…、次なる贄を求むる…。目覚めし虎…、東方に向かいて…大いなる龍を呑まんとす…。虎の名は――緋勇弦麻――』
「…緋勇…弦麻…?」
京一の話を聞いていた龍麻は、呆然とした様子で呟いた。何故か、自分の声がひどく遠く感じる。
「それってひーちゃんのお父さんの事じゃないのッ!?だって、ひーちゃんのお父さんは18年前に死んだって…。ねッ、そうなんでしょッ、おじいちゃん!?」
驚いた小蒔が龍山に問い返す。流石の龍山も驚愕の表情を隠せず、ただ頷くばかりである。
龍麻と小蒔は今、龍山の家を訪れていた。他には中国から帰国した京一と劉、劉に呼ばれた道心、そして偶然龍山宅に居合わせた醍醐が居る。
「ああ。俺達もまさかと思って、客家へ行って見たんだけどよ…」
「あの日、柳生が現れたモノとは、明らかに違う穴が1つ、隣に開いとったんや。まるで、その中から岩を突き破って何かが出てきたような穴が」
「でも、そんな事って…。だってどうして!?もしひーちゃんのお父さんが生きていたとしても、あんな酷い事をするなんて信じられないよッ!!」
「そんな事俺達が知るかよッ!!俺達に…分かる訳ねぇだろ…」
小蒔を怒鳴り付けながらも、ふと目が行った龍麻の虚ろな表情を見て、自分達の告げた事実が彼にもたらした傷の深さに気付き、自然声が小さくなる。
(…こいつのこんな顔、初めて見たぜ…)
京一の思いに気付いたか、それまで無言だった醍醐が口を開いた。
「先生、道心先生も。今までの話から何か分かりませんか?」
「フム……弦月、その占い師は『闇を封じし礎』と言ったんだったな」
その言葉を受けて、道心が劉に訊いた。
「あ、ああ。そうや」
「そうか…。オイ、龍山。もしかすると弦麻の小僧、あの時柳生を封じる為に、自分自身を封印の媒体としたんじゃねぇのか?自分の身体の中に、柳生の持つ闇の《力》を取り込んで、文字通り闇を封じる礎となったんじゃ…」
「む、むう…。なるほど、それならば合点も行く。陽が強ければその陰もまた強くなる。おそらくあやつは、自らの中に取り込んだ闇に冒されてしまったのじゃろう…。だが、そのおかげで緋勇、不完全な『器』であるお主が、人も魔も超越したと言われた柳生を、『陰の器』である渦王須を斃す事が出来たのじゃ」
不意に声を掛けられ、龍麻の瞳に一瞬光が戻る。
「けれど父さんは一体何を…」
「ああ、それが問題よ。ここ最近お前達の周りで起きていたと言う事件だが、話を聞いた限りじゃとても『黄龍の器』たるお前に太刀打ち出来る相手が居たとは思えねぇ。だが、弦麻が無駄な事をするような奴じゃねぇ事は、共に闘った俺達が誰よりも良く知っている。奴が一体何をしようとしているのか、それが分からねぇ事にはどうにも手の打ち様がねぇぜ」
道心が難しい顔で言う。と、小蒔が何かに気付いた様にハッと顔を上げた。
「そう言えばさ、ミサちゃんが『悪魔』がどうとか言ってなかった?」
同意を求められ、龍麻も頷く。
「…『悪魔』?」
「はい。確か、この事件の犯人は『悪魔』を呼び出そうとしていると。それはそれぞれに7つの大罪に相当する暗示が出ているから間違い無いだろうと言っていました」
「…ふうむ。『悪魔』、とな…。…ま、まさか!」
「オイ、龍山如何した!?」
不意に大きな声を上げた龍山に、怪訝な顔の道心が訊いた。
「お主等、『サタン』と言う存在(もの)は知っているか?」
「確か、悪魔の王のことですよね?」
醍醐がそれを受けて答えた。
「うむ。ふぉッふぉッ、オカルトの苦手な雄矢でもそれぐらいは知っておったか」
「こんな時に茶化さないで下さい」
思わず苦い顔をする醍醐。
「ゴホン、そうじゃったな。ではその『サタン』と言う名前の意味は知っておるかな?」
「ああ、それなら『敵対者』とか『裁く者』とかやなかったか?後は…!!」
そこまで口にした劉が、何かに気付き思わず声を詰まらせる。
「おい、如何したんだよ、劉!」
京一に急かされ、劉がどうにか言葉を絞り出す。
「り…『龍』や。『サタン』の別名には『龍』と言うのがあるんや」
「それが如何したんだよ?」
「まだ分からねぇのか、小僧。この『龍』って奴が『黄龍』の事を言ってるんじゃねぇかってんだよ!」
苛立った道心が口を挟む。
『なッ!?』
「もしも『器』為らざる者が『黄龍』の《力》を動かしたらどうなるか?おそらくそれは暴走し、恐るべき破壊の《力》と為るであろう。遠い過去に幾つかの文明が滅びた原因が、そうした事象によるものであるとしたら、当時の人間が暴れ廻る強大な『龍』を『悪魔の王』と感じたのも無理も無からぬことであろうな」
「…7つの大罪と言うのは…?」
醍醐が口を挟む。
「それらは全て人という生き物が持つ、原罪とも言える欲望――いや、本能じゃ。人が本能的に持っている陰の部分を、増幅させてそれ自体を生贄とする、それもある種の『外法』と言えるじゃろうな」
龍山の説明に、一同は言葉も無く、ただ沈黙が流れた。
「…それって要するに、ひーちゃんの親父さんが『黄龍』の《力》を動かそうとしているって事なのか?」
龍山は無言で頷く。
「それで…僕は…如何すれば…?」
龍麻が掠れる声で呟く様に言った。
「如何するか、だと?」
そんな様子の龍麻を、道心がジロリと睨む。
「そんな事は、お前ぇが一番良く分かってるんじゃねぇのか?お前ぇは『黄龍の器』何だぜ?この地の龍穴を護り、大地の力を正しい方向へ向ける役目があるんだろうが!なら闘え!例え相手が親父だろうと、手前ぇ自身の宿星に定められた役割を果たせ!」
「いい加減にしねぇかッ、ジジイ!!こいつの気持ちも考えやがれッ!!」
道心の言葉に、京一がキレる。同時に龍麻は部屋を飛び出していた。
「待って、ひーちゃん!!――酷いよ、おじいちゃん!!」
一言残し小蒔が後を追う。京一がそれに続いた。
「爺ちゃん、見損なったで!!」
劉も道心を睨み付けると、部屋を後にした。
「…道心先生の仰る事は正しいと思いますが、今の物言いはあまりなのではないですか?」
最後に醍醐が、静かにそう言ってその場を立ち去る。
全ての若者が居なくなったのを見て、龍山がフゥと息を吐く。
「まったく、相変わらず不器用な男だの」
「けっ、憎まれ役なら慣れてらぁ。ま、いくら『黄龍の器』とか何とか言っても、アイツはまだ高校を卒業したばかりの餓鬼よ。まともな神経なら、実の父親と闘う事なんか出来るワケねぇだろうからな。せめてどっかのクソ爺に無理に押し付けられたとでも思わなきゃあよ」
苦笑を浮かべる龍山に、道心は飄々をしてそう答えた。
「だがこの地の平和は、アイツに委ねるしかねぇからな。――だが、お前の親父は強いぜ。死ぬんじゃねぇぞ、龍麻」
しかし、杯を傾ける道心の手は、微かに震えていた。
「ひーちゃん、待ってッ!!」
小蒔の声が耳に届き、龍麻は足を止めた。
「小蒔…今は、1人にしてくれないかな」
「けどッ!キミを放って置ける訳無いよ…」
「…ありがとう。でも今は…みっともない所を見せてしまいそうだから…」
「…だから、何?」
「え?」
小蒔の声に怒気が含まれているのを感じ、龍麻は思わず振り向いた。
「みっともなくたっていいじゃないかッ!辛い事があるなら、誰かに弱い所を見せたっていいじゃないかッ!!…どうしてそんなこと言うの?カッコなんかつけないでよッ!お願いだから…ボクの前で無理なんてしないでよ…」
「小蒔…」
何時しか小蒔の怒声が、嗚咽に変わっていた。
「まったく、小蒔の言う通りだぜ」
「…京一?」
見ると、京一が不機嫌そうな顔をして立っていた。劉や醍醐も龍麻を見つめている。
「ひーちゃん、手前ぇは一体何なんだ?『黄龍の器』?そんな事知ったこっちゃねぇ。前にも言っただろうが。お前はただの人間で、俺達の仲間だ。俺達の中に、誰か1人でも完璧な奴なんて居るか?そんな奴は居やしねぇ。俺達に気を使うんじゃねぇ!!」
「なぁアニキ、ワイ等は何時だってアンタと一緒や。前にも言うたと思うけどな、アンタが辛い時、悲しい時、苦しい時にはワイ等が一緒にその重荷を背負うたる。ワイ等みんなアンタには数え切れんほど助けられとるんやで。ワイかてアンタに会えんかったら、ただ復讐だけに囚われて闇に堕ちとったかも知れんのや。そやから、たまにはワイ等に頼りい?アンタは何時だって1人やないんやから」
「京一…、弦月…」
と、醍醐がツカツカと龍麻に近寄って行き、そして――
『ドスッ!!』
思い切り腹を殴り付けた。
「ごふッ!」
思わず龍麻が身体を折る。
「醍醐ッ!!」
「醍醐クンッ!?」
「いきなり何するんやッ!!」
しかし醍醐は冷厳とした眼差しで龍麻を見下ろし言った。
「龍麻、以前俺が凶津の件や覚醒した事で悩んでいた時、お前は言ったはずだな。俺達は仲間だから1人では悩むなって。そのお前が何故、今自分1人で解決しようとしているんだ?確かに俺は、いや『四神(おれたち)』は『黄龍の器』であるお前を護る宿星を背負ってはいる。だがそんなモノには関係無く、俺はお前を護ると言う事を誇りに思っている。何時も穏やかに微笑んでいる、心優しい友を護ると言う事を。だから正直腹が立った。俺を頼って来てくれないお前に。お前に頼りにされていない俺自身に」
「いや…醍醐、それは違う」
「なら、何故何も言ってはくれなかったんだ?」
「それは…」
龍麻が言いよどみ、自然と小蒔に目が行く。醍醐もその視線に気付いた様だ。
「…そうか、やはりな…。確かに俺は桜井に好意を持っていた」
小蒔が『エッ?』と言う顔をする。ただ昔からその事を知っていた京一は苦い顔でそれを見ていた。周りの反応には構わず醍醐が続ける。
「龍麻、それが如何したと言うんだ?お前はそんな事で壊れてしまう物を友情と呼ぶのか?たったそれだけの事で離れて行ってしまうような男を、俺は友と呼んだのか?俺達が共に命を懸け歩んで来た1年間には、その程度の価値しかないと言うのか!?」
「醍醐…、すまない…いや、ありがとう。…みんな、改めて頼みがある。もし、本当に父さんが生きていて今度の事件を引き起こしたのだとしたら、僕は父さんを止めなくてはいけない。だから、みんなの力を貸して欲しい。もう一度、僕と一緒に闘って欲しい」
龍麻はそう言うと、深々と頭を下げた。その頭を京一が小突く。
「バーカ、今更何言ってんだよ。俺達が一体何の為にわざわざ中国から戻ってきたと思ってるんだ?始めからそのつもりだったに決ってんだろ?俺達は仲間なんだからよ」
「エヘヘッ、ボクは何時だってキミの傍に居るんだからねッ」
「そうやッ、アンタの背中はワイ等がきっちり護ったる。安心して闘いや」
「ああ、それが俺達に課せられた宿星なのだからな」
「みんな…ありがとう」
「ところで何時の間にか随分暗くなってしまったな。今日はもう帰らないか?」
醍醐が辺りを見まわし、そう提案した。言われて時計を見ると、そろそろ7時を回ろうかと言う時間だった。確かに夏場とは言え、既に日は沈み、紫色の空が夜の兆しを見せ始めていた。
「じゃあ、僕は小蒔を送って――」
と、不意に鋭い殺気を感じ、龍麻が言葉を止める。
「ひーちゃん?如何したの?」
小蒔が怪訝な顔で訊いた。
「バカッ!小蒔お前わからねぇのかよ!」
京一や醍醐・劉は、やはりその気配を感じたか、素早く動き敵に対して死角を作らないような位置に移動する。と――
『フフフ、意外と勘が良いのね。上手く隠れたつもりだったんだけど』
突然若い女の声が響いた。
「ヘッ、誰だか知らねぇがよく言うぜ。わざとビンビンに殺気を放っていたくせによ」
注意深く辺りに目を配りながら、京一が毒づく。
すると、目の前の繁みから1人の女――いや、まだ少女と言うべき年齢か――が姿を現わした。抜けるような白い肌の美少女ではあるが、月の光を浴びて銀色に輝く、肌と同じ色の髪と、そこだけはっきりとした色彩を持つ紅の瞳は、少女がアルビノである事を表していた。その少女が身に付けている制服は、龍麻達にとって確かに見覚えが在るものであった。
「その制服って…キミゆきみヶ原なの!?」
親友が同じ高校に通っていた小蒔が、一番早くに反応する。
「フフッ、さすがにお仲間が通っていただけあるわね。では、改めて自己紹介するわね。私は私立ゆきみヶ原高校1年、綺堂朱羅(きどうあきら)。もっとも、御覧の通りの身体だから、殆ど出席した事は無いのだけれどね。よろしく、短い間だけど」
綺堂朱羅と名乗った少女は、とても高校1年とは思えないような妖艶な笑みを浮かべて、龍麻達に名乗った。
(…彼女は何者なんだ?。この感覚はまるで、初めて葵と逢った時のような…)
龍麻は何故か彼女に、不思議な既視感の様なものを感じ取っていた。
「君も…父さんに選ばれたのか…?」
「貴方が緋勇龍麻ね。初めまして。『選ばれた』と言うのが、『贄』の事を意味しているのならハズレ。私はアノ人にとってもっと重要な存在だから。あ、心配しなくても大丈夫よ。最後の『贄』にはもうすぐ逢えるから」
そう言って、さも可笑しそうに笑う。
「ふざけるなッ!そんな事ボク達がさせるもんかッ!!」
小蒔が朱羅に指を突き付けて言う。
「ああ、桜井の言う通り、これ以上傷つく人間を出す訳には行かん」
醍醐もそう言って指を鳴らす。京一と劉も構えを取った。
「アハハッ、悪いけど私は今日のトコロは挨拶に来ただけ。貴方達の遊び相手は別に用意してあげるから、我慢してね♪」
そう言うと朱羅はクルッと背を向けて駆け出した。
「待てッ!逃がすかよッ!!――何ッ!?」
駆け出そうとした京一だが、周囲にわだかまる殺気を感じて足を止める。何時の間にか、周囲の通行人達の視線が全て彼等に向けられていた。そして少しずつ自分達を取り囲む様に近付いて来るのを感じる。
そしてそれは起こった。
『うおおおおおッ!!』
『ぐがああぁぁぁッ!!』
『ぐるごああぁぁぁッ!!』
身体が倍にも膨れ上がり、筋肉が服を突き破る。血走った目は吊り上がり、口からは鋭い牙か顔を覗かせる。そして、額からは硬い角が生えていた。
「お、鬼やてッ!?」
「ま…まさか、彼女がやったのかッ!?」
彼等を取り囲む鬼の数は、30人にも達しようとしていた。それだけの人間を瞬時に鬼に変生させるなど、並の術者に出来る事では無い。龍麻達は過去に2人、それが出来るであろう人物に出会っていたが、彼等は既にこの世の者ではなかった。
「とにかく――」
「――やるしかないよねッ!」
龍麻と小蒔の声に合わせ、他の3人も同時に動いた。
「せやッ!!」
「イヤアァァァッ!!」
「オラァッ!!」
「てやあッ!!」
「ハイヤァァァッ!!」
5人がそれぞれの技を尽くす。鬼達は数こそ多かったが、力任せの単調な攻撃ばかりを繰り返し、幾度もの激戦を潜り抜けてきた、彼等の敵ではなかった。やがて最後の鬼が、龍麻の放つ金色の光撃を受けて斃れた。
「…どうやら、全部斃したようだな」
京一が呟いた。
「彼女――綺堂さんには逃げられたけどね」
「それにしても、彼女は何者なんだ?どうやら、これまでの犠牲者達とは違う様だが…」
醍醐が難しい顔で考え込む。
「そう言えばひーちゃん、最初に彼女を見た時何か様子が変だったけど、何か在ったの?」
ふと、思い出した様に小蒔が訊いてきた。
「え?ああ…いや、何でもないよ」
「…ふーん」
あまり納得していない顔で小蒔が頷く。
「まあまあ、小蒔。ひーちゃんも男だって事よ」
「…どーゆー事?」
「敵とは言え、可愛かったもんなぁ、朱羅ちゃ――おごッ!」
全て言い終わらない内に、小蒔の拳が京一の顎を捉える。
「ひーちゃんをキミ見たいな変態と一緒にするなッ!!」
「小蒔ッ!てめぇッ!」
例によって喧嘩ともじゃれあいともつかぬ2人の様子を見て、劉と醍醐は溜息をついた。
「…何でこの2人は――」
「――こうも緊張が続かないんだろうな…」
そして、龍麻は1人、先程の感覚を思い出していた。
(何だったんだろう、さっきの感覚は…。綺堂朱羅――彼女は一体…?)
「俺の息子に会ったようだな」
口元に微かに笑みを浮かべて、その男――緋勇弦麻が言った。その身体は18年前と全く変わらぬ、20代後半のものであった。
「フフフッ、見た目は貴方に似ているけど、性格は大違いね。正義感に溢れて、まるで貴方と分かたれた半身のよう。弦麻(やみ)と龍麻(ひかり)に分かたれた一匹の龍」
色素の無い少女は、銀色の髪を掻き揚げ、面白そうに微笑んだ。
「フッ、大違いか…。昔の俺なら、まさにそっくりと言われるところだろうがな…」
弦麻が苦笑を漏らす。
「…で?最後の『贄』は何時?」
朱羅が囁く様に訊く。
「そうだな、そろそろ片を付けるか。――お前が俺を如何楽しませてくれるのか、見せてもらうぞ龍麻よ――」
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