新宿中央公園の少し外れた辺りで、2人の人間が相対していた。
1人は高校生くらいの少女。
ショートボブにした栗色の髪が健康的な魅力を表している。
もう1人は20代後半の精悍な顔つきをした男。
引き締まった身体は筋肉質だが余分な肉は無い。
そして、そのしなやかな物腰は何かの武術を学んでいる事を容易に連想させる。
「――《力》が欲しくはないか?――」
男が問う。
少女――高麗真由香はその響きに危険なものを感じ、その場を逃げ出そうとする。
しかし、男が目にも止まらぬ速さで彼女の前を遮る。
「愛する男を自分のモノに出来る《力》、欲しいとは思わないか?高麗真由香よ――」
その言葉を聞きながら真由香は思っていた。
(そうかこの人、どこかで逢った事があると思っていたら、ひー兄ちゃんに似ているんだ)
そう考えた時、真由香は思わず口にしていた。
「――欲しい――」
と――。
その言葉に、男は満足げな笑みを浮かべて言った。
「よかろう。ならばお前に『外法』の力を教えてやろう」
それから2日後――
龍麻が何時もの様に小蒔を家に送る途中、不意に携帯が鳴った。
「――もしもし?」
『――もしもし、あ、緋勇君ですか?あの私、六道です』
「六道さん?何かあったのかい?」
何処か切羽詰ったような世羅の声に何やら不穏なものを感じ、龍麻が声を鋭くする。
『真由ちゃんがいないんです。学校にも来てなくて、家にも一昨日から帰ってないって…』
「真由が!?」
丁度真由香が龍麻に会いに来た日の事である。
龍麻の胸に苦いものがよぎる。
「とにかく、僕の方でも捜して見る。六道さんの方でも何か分かったらまた連絡してもらえるかな?」
『ハイ、分かりました。それじゃあ』
そう言って電話が切れる。
「如何したのッ、ひーちゃん?真由ちゃん、何かあったのッ!?」
小蒔が心配そうに訊いて来る。
「真由が…居なくなったらしい」
「エーッ!?そ、それって…」
「おそらく…無関係じゃ無いだろうね…」
その時の事は、既に小蒔には話していた。
「…ひーちゃん…、やっぱりボクが…」
「小蒔?」
「ボクがキミを好きになってから、沢山の人を傷つけてばかりいるよね。真由ちゃんも、醍醐君も、そして葵も――」
「違うッ!!」
不意に龍麻が小蒔を強く抱き締めて言う。
「人が人を好きになる事が悪い事のはずが無いッ!許されない恋なんて在る筈がない。もし、僕達が愛し合う事に罪が在るとしたら、悪いのは僕の方だ。今、キミをこんなにも苦しめている僕の方だ…」
「ひーちゃん…」
少しの間、龍麻の胸に身体を預けてから小蒔が再び口を開いた。
「ひーちゃん…。真由ちゃん、捜しに行こ?きっと、彼女も分かってくれるよね?」
「――行こう。真由を捜しに――」
2人が真由香を捜し始めて小一時間ほども立った頃、世羅が走ってくるのが見えた。
「――緋勇君、真由ちゃん見つかりましたか?」
龍麻が黙って首を横に振る。
「そっちは?」
「…ダメです。足立区の方は真由ちゃんの友達にも手分けして心当たりを捜してもらっているんですけど、何処にも居ないみたいなんです。緋勇君、真由ちゃんに何があったか分かりませんか?」
龍麻は一瞬小蒔と顔を見合わせると、小さく息をついて真由香と会った時の事を世羅に話した。
「…そうですか。そんな事が…。でもそれは仕方が無い事ですよね…。大丈夫です。アノ子、あれで結構しっかりしているから、時間が立てば分かってくれると思います。それより今は捜しましょう」
2人が世羅の言葉に頷いたその時――
『うぎゃあああぁぁぁッーーー!!』
若い男の悲鳴が響いた。
3人は顔を見合わせると一気にそちらの方へ向かって駆け出した。
そこには――2つの無残な死体が有った。
1つは明らかに不自然な形で身体が折れ曲がった若い女性。
そしてもう1つは全身に無数の錐で開けたような小さな穴のある男のそれ。
「…何…これ…?」
小蒔が口元を押さえながら呟く。
と、龍麻の視界に走り去る人影が見えた。
それは――
(まさか――?)
思う前に身体が動いていた。
「ちょ、ちょっと、ひーちゃん!?」
突然、走り出した龍麻に小蒔が驚きの声を掛けるが、龍麻はそれを無視する。
(まさか、そんなはずはない)
しかし、龍麻はその後ろ姿に確かに見覚えがあった。
栗色のショートボブにした少女の後ろ姿に。
(しかし、そうだとして…)
例えその少女が本当に真由香だとして、彼女にあのような真似が出来る筈が無かった。
もしも出来るとすれば――
(一番考えたくない事では有るけれど、方法は唯1つしか無い)
すなわち、"誰か"が彼女に対して『外法』を使い、無理矢理にその《力》を引き出したという事。
自分から目覚めたのではなく、無理に引き出されたとなれば、その《力》はいずれ精神をも冒す諸刃の剣になりかねない。
現に自分は今までに幾度と無く《力》の暴走により人としての姿すらも失った者達と闘って来たのではないか。
もしも間に合わなかったらと言う思いを、龍麻は頭の中で必死に否定した。
(そんな事はさせないッ!必ず僕が助けて見せるッ!)
龍麻は懸命に真由香の姿を捜して走り続けた。
「ハァ、ハァ…、突然走り出すんだもん。どしたの、ひーちゃん? 」
ようやく追いついた小蒔が息を切らせながら訊く。
龍麻は今見た事を話した。
「そっか…。けど、もしそうなら絶対彼女を止めなきゃね。これ以上あんな娘に人を傷付けさせる訳にはいかないから」
龍麻は頷くと再び真由を捜しまわった。
しかし、結局その日は彼女を見つける事は出来なかった。
その翌日も朝から龍麻は真由香を捜して歩いていた。
だが何の手掛かりも掴めぬまま既に日が傾き始めていた頃、通りかかった家電店のTVを目にして龍麻は息を呑んだ。
その内容は昨日1日の内に都内で3組ものカップルが惨殺されたと言うものだった。
まさか――という思いが頭をよぎる。
しかし、その手口は昨日彼等が見つけた死体と同じものであった。
何時しか龍麻は、最後に真由香と会った公園に来ていた。
「…真由…本当にキミなのか…?」
思わず口に出して呟く。
と、その時――
『ひー兄ちゃん』
「真由ッ!?」
見ると、一体何時からいたのか3日前と同じ姿の真由香がニコニコと微笑みながら立っていた。
が――
(違う。真由じゃない)
何時もは優しい光の輝くその眼には嘲りと憐れみが同居し、誰もが楽しくなるような朗らかな微笑みは何者も寄せ付けまいとするかのような狂える冷笑となってその顔に張り付いていた。
「お前は真由じゃないッ!真由は何処だッ!?」
「フフフ、ひー兄ちゃん、何言ってるの?私は私よ。私、アノ人に《力》を貰ったの。お兄ちゃんを私のものにする為に」
「…アノ人?それは誰だ…?」
おそらく一連の事件の糸を引いているであろう、その人物に激しい怒りを込めて龍麻が訊く。
「フフッ、私お兄ちゃんには昔から何でも話していたよね。でも、この事は教えてあげない。だって、アノ人と約束したんだもの。大丈夫、すぐ終わるよ。何度か実験して大分《力》の使い方は覚えたから」
そう言ってさも可笑しそうに笑う真由香。
「…その為に何人も殺したのか…?」
「だって、しょうがないじゃない。ひー兄ちゃんを私のものにする為なんだから。あんな女には渡さない…。私がッ…、私の方がずっとお兄ちゃんの事好きなんだからッ!あの女が居なければ、お兄ちゃんは私の事を愛してくれたはずなのにッ!!だから殺すの、あの女。そうすれば、ひー兄ちゃん私だけを愛してくれるでしょ?安心して?私は、私だけがお兄ちゃんを永遠に愛してあげるから。決してひー兄ちゃんを裏切る事無く、何時までもお兄ちゃんの傍にいるから」
その顔には狂気が宿りこそすれ、邪気は全く感じられない。
まるで自分のしている事が絶対の正義であるかの様に。
龍麻の脳裏に先日の裏密の言葉がよぎった。
『特に"嫉妬"には気を付けてね〜。これは歪んだ愛の形だから、他の罪と比べてもかなり強い《力》を生む事があるかも知れないから〜』
(真由…それほどまでに…?だけど――)
「小蒔は殺させない。だからもう止めてくれ、真由。僕は君とも闘いたくない。僕にとって君は本当の妹のような存在なのだから」
「…妹…?ふざけた事を言わないで、緋勇龍麻ッ!!私は貴方にとって妹でしかなかったと言うのッ!?私がッ!どれだけの永い時間、貴方を愛し想い続けたか想像できるッ!?貴方が私のことを忘れ、のうのうと暮らしていた時でさえ、私は一時たりとも貴方を忘れた事など無かった。去年、高校に進学して初めて私は貴方に逢いに行ったわ。でも貴方も既に引っ越した後だった。その時私がどれほど惨めで悲しい想いをしたか分かる!?何度も手紙を出したけど、貴方はただ一度だって逢いには来てくれなかった。自分が引っ越す事さえも教えてくれなかったッ!!」
彼女の言葉の一つ一つが龍麻の胸に突き刺さる。
「それでも私は貴方だけを想っていたのよッ!?何時か、貴方の隣に私が並んで歩いている事を夢見てッ!!それが、妹…?…殺してあげるわ、緋勇龍麻。貴方を殺して永遠に私のものだけにしてあげるッ…!!」
その真由香の怨嗟の声に合わせ、ざわざわと彼女の髪が蠢く。
腰まで届くような長い栗色の髪が。
(――!?真由はショートボブにしていたはずだッ!そう、まだ僕達が幼い子供の頃から――)
そこまで考えた時、唐突に幼い日の記憶が龍麻の脳裏に甦った。
『…クスン…クスン…』
『真由、どうして泣いてるの?』
『ひー兄ちゃぁん!真由、髪を切ったらヘンな頭になっちゃったのぉ。…クスン…』
『大丈夫だよ。その髪型、真由に似合ってて可愛いよ』
『…本当…?』
『僕が真由に嘘付いた事ある?』
『エヘッ、真由今度からずっとこの髪型にする』
『そうだね。きっと大人になったら美人になるよ』
『じゃあ、大きくなったら真由の事お嫁さんにしてくれる?』
『ウン、大きくなったら真由は僕のお嫁さんね』
『やったーッ!約束だよ?』
『ウン、約束』
(あんな小さな時の想い出を…)
胸が締め付けられる。
「だけど、こんなのは間違っているッ!僕は真由、君を止めなくちゃならないッ!!」
走り出す龍麻に数条に分かれて髪が襲い掛かる。
紙一重でそれを躱す。
その内の数本が龍麻の後ろに生えていた木の幹に風穴を開けた。
(あの錐のような穴はあれか…)
「逃げないで。一瞬で終わらせてあげるから」
真由香が今度こそはっきりとした殺意を纏った笑みを浮かべて言う。
それと同時に太く束ねられた髪が横殴りにぶつかって来る。
「うぅあッ!!」
咄嗟にガードしたものの、決して小さくないダメージが龍麻を襲う。
「だから避け様としなければ苦しまなくて済むのに」
そう言いながら無数に広げた髪を一斉に龍麻へと伸ばす。
その時――
『奥義、円空旋ーッ!!』
懐かしい声が響き、凝縮された氣の塊が龍麻に迫る髪を吹き飛ばす。
「この声…?まさか…、京一ッ!?」
果たして振り返ったその先に見えたのは、木刀を肩に担いだ親友の姿だった。
卒業式の後すぐに中国へ旅立った京一は1段と大きく、頼もしく見えた。
その横には小蒔と世羅が、そしてやはり卒業以来会っていなかった劉の姿がある。
「蓬莱寺京一、見参!!」
「京一ッ!!」
「へへっ、ひーちゃん、元気そうじゃねぇか。話は来る途中で小蒔から訊いたぜ」
「ボクも京一達に会った時はビックリしたよ」
「アニキーッ!久し振りやなぁ!」
「緋勇君、大丈夫ですか!?」
「…どうやら思ったより事態は悪い様だな」
「え…?思ったより…?」
真由香の方を見て目を細め呟く京一に龍麻が疑問を返す。
「貴方達も邪魔をするのッ!?私達の愛をッ!!なら殺してあげる。みんな…、みんな殺してやるわッ!!」
真由香が叫びにも似た声を上げると同時に、その身体に異変が起きた。
『SHAAAAA―――ッ!!』
「ちぃッ!遅かったかッ!」
京一の声もかき消すような咆哮を上げ、真由香の身体が異形へと変生していく。
それは、魚と蛇を掛け合わせたとでもしか表現しようのない、醜悪な姿だった。
「真由ちゃん…、あんな姿に…!」
涙声で世羅が呟く。
「ひーちゃん、話は後だ。今は――」
京一が言いながらゆっくりと木刀を青眼に構える。
「待ってくれッ、京一ッ!彼女はッ――!」
しかし、その言葉を遮る様に京一が怒鳴る。
「ひーちゃん!!お前分かってんだろッ!?彼女がもう元には戻れないことがッ!それとも何か方法があるってのかッ!?」
「――!!」
京一の言葉に龍麻が声を詰まらせる。
「アニキ、アンタの哀しみはワイ等が一緒に背負ったる。だから、今のワイ等に出来る事はアノ娘の魂を救ってやる事なんとちゃうか?」
劉が諭す様に静かに続けた。
「緋勇君、貴方が私の心を救ってくれた様に、今度は彼女を助けてあげて下さい」
まだ涙に濡れる世羅の瞳には、しかし強い意志が見て取れる。
「行こう、ひーちゃん。彼女を、真由ちゃんを止める為に――」
最後に小蒔が龍麻の腕を取り、囁く様に言った。
「みんな…」
龍麻が皆の顔を見回し、やがて力強く頷いた。
「行こう、真由の心を救う為に――」
その言葉が闘いの合図となったかの様に、龍麻が、京一が、劉が走り、小蒔が弓を構え、世羅が意識を集中させる。
「必殺ッ!!鬼哭飛燕ーッ!!」
小蒔がまず光を纏わせた矢を射る。
「ふッ!!」
「剣掌ッ!!」
「破ッ!!」
龍麻達が一気に発勁をぶつけ、
「えいッ!!」
空間を操る《力》を持つ世羅が、"真由香"の動きを制限する。
それに対し、"真由香"はそれだけ元の彼女を思わせる栗色の髪を伸ばして全員に同時に攻撃を仕掛けた。
シュン!
「チッ!」
ドスドスドスッ!
京一が身体を躱した後の地面に、無数の深い穴が開く。
「どうやら、かなり洒落にならねぇ攻撃の様だな」
ちらりと劉の方を見ると、何とか襲い掛かる髪を切り払ってはいるものの、あまり優勢とは言えない状況の様だった。
「大丈夫か、京一ッ!?」
龍麻が心配して声を掛ける。
「馬鹿野郎ッ!自分の心配しやがれッ!」
しかし、その時1条の髪が龍麻の右足を貫いた。
「うッ!!」
「ひーちゃん!!」
『SHAGYYYY――!!』
そこへ止めとばかりに"真由香"が細く束ねた髪を伸ばした。
しかし――
「ひーちゃん、危ないッ!!」
小蒔が龍麻の前に立ちはだかり、そして――
それはまるで、時間がコマ送りにされているかのようなゆっくりとした光景で龍麻の目に映っていた。
すなわち、"真由香"の髪が小蒔の胸を貫くところを。
「小蒔ぃーーーッ!!」
小蒔の小柄な身体が龍麻の腕に崩れ落ちる。
「…ひー…ちゃん、…大丈夫…?…良かっ…」
そしてそのまま小蒔の身体から力が抜け、その温もりがどんどん失われて行く。
「小蒔ッ!」
「小蒔はんッ!」
「桜井さんッ!」
他の3人も驚きの声を上げる。
「小蒔ーッ!!」
龍麻が冷たい小蒔の身体を抱き締めて叫んだ。
と、小蒔の服から何かが飛び出し、唐突に砕け散った。
それと同時に小蒔の顔に血色が戻る。
「え?小蒔ッ!?」
小蒔が薄っすらと目を開く。
「アレ…?ボク…大丈夫だったの…?」
「小蒔…、良かった…!」
龍麻がより強く抱き締める。
「ひーちゃん、苦しいよ…」
「あッ、ゴメン。でも、どうして…?」
そう言ってから先程小蒔の身体から飛び出した物の事を思い出し、それを拾い上げた。
それは、先日裏密に貰った草人形だった。
「へへッ、ミサちゃんに助けられちゃったね」
龍麻は心から裏密に感謝した。
その頃、必死で"真由香"の攻撃を食い止めている京一達だったが、流石に疲労の色が見え始めていた。
「クソッ、なんて硬い身体だッ!」
「どっか、弱点は無いんかいなッ!」
しかし、京一と劉の懸命な攻撃にも関わらず、"真由香"はさしたるダメージを受けた様子も無い。
「六道さん、小蒔を頼む」
その状況を見た龍麻は、防御結界を作り皆の援護にまわっていた世羅にそう言い残すと、"真由香"に向かって駆け出した。
『SHAAAAOOO――!!』
その動きに反応し、"真由香"が龍麻に狙いを定める。
一瞬、京一達に対して隙が出来た。
「劉、今だッ!!」
「よっしゃあ、行っくでーッ!!」
「天地無双ォォォォッ!!」
「ほあたたたたッッ!!アタァッ!!」
その隙を逃さず、2人が全身の力を振り絞り、共に最強の奥義を叩き込んだ。
『GWUHHHH――!!』
流石に"真由香"が身を仰け反らせて絶叫を上げる。
「真由…。今、終わらせるから…」
龍麻は振り切る様に呟くと、全身に黄龍の氣を膨れ上がらせる。
そして――
「いやあぁぁーッ!!」
様々な想いを込めた、黄金の氣の奔流が"真由香"の身体に突き刺さる。
『SHU―GYAHHHH――――!!!!』
長い、長い断末魔の悲鳴の後、そこにいたのは傷だらけの1人の少女だった。
「真由ーッ!!」
龍麻が駆け寄り、その身体を抱き起こす。
「…ひー…兄…ちゃ…ん…?」
薄っすらと目を開けた真由香が言う。
しかし、その顔は既に死の色に染まっていた。
「真由、僕はここに居るよ」
「…あれ…?…お兄…ちゃんの…声…は聞こえ…るけど…、暗…くて…よ…く見え…ない」
その言葉に龍麻は真由香の手を握り締める。
「ほら、ここに居るだろ?」
「…本…当だ…。…お兄…ちゃんの、手…だ…」
力なく握り返し、真由香が微笑を浮かべる。
「…ゴメンね…、ひー…兄…ちゃん…。…私…、ただ…お兄…ちゃんと…一…緒に、…ずうっと一緒に…居たかっただけ…なのに…」
「大丈夫。僕はずっと真由と一緒に居るから」
京一と劉は辛そうに、小蒔と世羅は涙を浮かべてただ2人の様子を見守っていた。
「…嬉…しい…。…真由ね…、…ひー…兄…ちゃんの…こと…大…好き…」
「僕も真由の事大好きだよ」
「…良かっ…た…。…真由…ね…、…ずっと…、…ずっ……と…………」
唐突に龍麻の腕から真由香の重みが消えた。
後にはただ、一握りの塵が残り、やがてそれも消えた。
「――――――――――!!!!」
龍麻が声にならない絶叫を上げた。
「ひーちゃん…」
何時の間にかすぐ近くに寄っていた小蒔が、龍麻の頭を胸に抱える様にして、優しく抱き締める。
やがて微かに、本当に微かに嗚咽が聞こえてきた。
小蒔が僅かに腕に力を込める。
暫くの間、2人はそのまま微動だにせず、他の3人もただそれを見つめていた。
やがて、龍麻が顔を上げた。
「みんな、ゴメン。みっともないところ見せちゃったね」
「バーカ、つまんねぇ事気にしてんじゃねぇよ」
京一がそっぽを向いて言った。
「てめぇにしても醍醐にしても、どうしてこう、俺の周りにはつまんねぇ事で気を使う奴が居るかね。何度も言うけど俺達は仲間なんだぜ。せめて俺達の前では、普段のお前でいろよ、ひーちゃん。お前はただの人間なんだからよ」
「ありがとう、京一」
「でも京一はもう少し気を使うようにね」
「うるせぇぞ、小蒔ッ!」
ようやく、龍麻の顔に少し笑顔が戻った。
「ところでアニキ、今度の事件の事なんやけど…」
その言葉に龍麻のみならず、京一の顔も険しくなる。
「ああ、俺達が今回帰国したのはその事でひーちゃん、お前に話が在ったからだよ」
「京一ッ!何か知ってるのッ!?」
小蒔が驚いて声を上げる。
「とにかく、明日龍山ジジイの所へ行くぜ」
「エッ!?おじいちゃんのッ!?」
「これは、18年前の闘いに関係が在る事なんだよ」
「エエッ!?」
「京一、それはどういう事なんだ?」
流石の龍麻も驚きを隠せない様子だった。
「とにかく、全ては明日ジジイの所で話す。劉、お前も――」
「ああ、分かっとる。道心のじいちゃんにも声掛けとくわ」
京一が頷く。
と――
「ところで君、世羅ちゃんだっけ?」
「え…?あッ、ハイ!あの、その節はご迷惑お掛けしました」
唐突に声を掛けられ、目を白黒させながら世羅が答えた。
「へへっ、何イイって事よ。それより今度デートしようぜ?」
「と・き・と・場・所・を・考えろッ!この色魔ッ!」
小蒔の拳が京一の顔にめり込む。
「アハハッ、そらアンタが悪いで、京一」
和やかな空気が流れた。
しかし、龍麻は胸に何かイヤな物が広がって行くのを押さえ切れなかった。
「全ては明日――」
その男は、邪なる笑みを浮かべてじっと事態を観察していた。
「フッ、必要なモノは全て手に入れた。最後の『贄』も、そして――。くっくく、まもなく時は満ちるぞ、龍麻よ――」
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