――中国福建省 某所――
かつて小さな集落の存在したこの場所は、今はただ見渡す限り瓦礫の荒野が広がっているだけである。
そのすぐ近くのとある山の中腹で、2人の青年が立っていた。
2人とも短い髪と手にした細長い包み、強い光を持つ眼差しなど良く似た雰囲気を持っている。
違うといえば、片方の青年は日本人で茶色い髪なのに対し、もう1人の青年は中国人で黒髪、更には左目の端に大きな傷痕があることだろうか。
2人は呆然とした面持ちで、その岩肌を見つめていた。
「…まさか、こないな事になっとるとは…」
中国人青年の方が、かすれた声で呟く。
何故か関西弁だが、もう1人の青年は気にした風もなく、その言葉に答える。
「…どうやら、これで間違い無ぇようだな…」
「け、けど、ホンマにワイらの考えた通りだとしたら…、なんて残酷な真実や…」
「ああ…。『黄龍の器』だか何だか知らねぇが、あいつはまだ運命なんてクソくだらねぇモンに振り回されなくちゃあならねぇってのかよッ!ただ、人が好いだけの普通の人間だってのによ…」
「…けどこうなった以上、ワイらが出来る事は…」
日本人の青年が、中国人青年の目を見て頷いた。
「ああ。当然助けに行くさ」
そして、遠く日本の空を見上げる。
「――待ってろよ、ひーちゃん――」
その日、龍麻と小蒔は裏密が営む占いの館へと向かっていた。
以前調査を依頼していた、一連の事件の事について分かった事があると言うのだ。
「ミサちゃんの情報なら、きっと確かな物だよねッ!ひーちゃん」
龍麻が微かに笑みを浮かべて頷く。
「こんなことはもう終わらせないとね。もう、誰も傷つかなくてもいい様に…」
「ひーちゃん…。大丈夫だよッ!ボク達がいるんだッ!きっとまた皆平和に暮らせるようになるよッ!」
その微笑に僅かな翳りを見て取った小蒔が、龍麻の腕を抱き締めるようにして言う。
「ありがとう。小蒔には何時も元気付けられているね」
「そんな…、そんな事無いよッ!前にも言っただろッ?ボクはキミが思っているほど強くなんか無いって。でも、ボクはキミが、ひーちゃんが傍に居てくれれば強くなれるんだ。何時も元気付けられているのはボクの方なんだよッ!」
小蒔の真摯な瞳を見て、彼女が傍に居てくれる事を心底嬉しく思う。
「なら、僕達はずっと一緒に居ないとお互いすごく弱い人間かもしれないね」
「そうだよッ。だから…ボク…このままずーっと、キミと一緒に…居たいな…」
最後の方の言葉は消え入るように小さな声だったが、龍麻の耳にははっきり届いていた。
「小蒔――」
龍麻が小蒔の身体を抱き寄せようとする。
と――
『――緋勇君?』
『わッ!!』
突然掛けられた声に驚き、龍麻と小蒔が反射的に身を離す。
振り返ると、少女が立っていた。
「あの…ゴメンナサイ。驚かせてしまって…」
長く伸ばした黒髪と白い肌、僅かに険が在るように感じられるものの優しい光を宿した眼差し。
紺色のブレザーを着たその少女に、龍麻は確かに見覚えがあった。
「あッ!キミってもしかして、六道さんッ!?」
「あ…ハイ。あの、その節はご迷惑をお掛けしてしまって…。でもあれ以来、もうアノ声は聞こえて来ません。それもこれも緋勇君の、皆さんのおかげです。本当にありがとう」
かつてもう1つの人格に操られ、敵として相見えた事もある少女――六道世羅は、しかし初めて出会った時のような優しい微笑を浮かべて言った。
「私、小さい頃からずっと本当の自分を隠してきました。ただ人に言われるままにイイ子のフリをして、その場を誤魔化して…。《力》の事だって、それで自分に何が出来るかなんて考えもしなかった。ただ自分が他人(ひと)より異質な存在である事がイヤで、《力》を持つ事が疎ましくて…。でも、緋勇君と出会って、その《力》で自分に出来る精一杯の事をしている皆さんを見て、もうやめたんです。この《力》が私に備わったものであるのなら、正面から向き合ってみようって。この《力》を何かに役立てようって、そう考えるようになったんです」
「そうか…。そうだね、僕もその方が良いと思う」
「ボク達も出来る事なら協力するから頑張ってねッ!」
「ハイ、ありがとうございます」
そう言って明るい笑顔を返す世羅の瞳には、以前とは違う強い輝きがあった。
「あッ、ところで六道さん。こんな所で何してたの?」
「えッ?あッ、ハイッ、実は後輩の子と待ち合わせを――」
丁度その時、世羅の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
『六道先輩ーッ!遅れちゃってスイマセーン!!』
見ると栗色の髪をショートボブにした少女がパタパタと駆け寄ってくるところであった。
少女はハァハァと息を切らせて3人の元へ近寄ってきたが、龍麻の方に目をやるなり驚いたように息を飲みこんだ。
「あッ、真由ちゃん、紹介するわね。こちらは――」
しかし世羅が言うよりも早く、少女が声を上げた。
「ひー兄ちゃんッ!?」
「エッ?」
聞き覚えの在る呼び名を言われ、龍麻がきょとんとした顔をする。
小蒔や世羅も驚いたように2人を見ていた。
「私ッ、覚えてないッ?真由香ッ、高麗真由香(こうらいまゆか)ッ!ねッ、小学校の時に転校したッ!」
「…ま…ゆ…?」
必死に頭をめぐらし、ようやく少女の記憶を手繰り寄せる。
「そうッ!私、あの時もう2度とひー兄ちゃんに会えないと思ってボロ泣きしたんだから。まさかお兄ちゃんもこっちに来ているなんてッ!なんか、これが運命の巡り会わせっていうものなのかなッ?」
まるで瞳の中に星でも浮かびそうな表情で真由香が言う。
「…大げさだよ…。元々同じ東京都内じゃないか…」
「そんなッ!子供の頃は本当に遠くに感じたんだからッ!それに実際あれ以来1度もお兄ちゃんとは会ってないじゃないッ!」
「いや…それはそうだけど…」
「…ねぇ、ひーちゃん…?」
ワケが分からないと言う表情で小蒔が口を挟んできた。
「ああ、ゴメン。彼女は高麗真由香っていって、僕が新宿に来る前いた所で、近所に住んでいた子だったんだ。もっとも、僕が小学校6年の頃だかに転校して行ったんだけどね。まさか、逢魔ヶ淵に通っていたなんてね」
「私もビックリしました。まさか真由ちゃんと緋勇君が知り合いだったなんて」
「六道先輩、ひー兄ちゃんの事知ってるんですか?」
「ええ、以前ある事ですごくお世話になったの」
「ふーん」
「そっか、ひーちゃんの幼馴染なんだ。ボク、桜井小蒔。よろしくねッ、高麗さん」
「真由って呼んで下さい。皆そう呼んでますから」
小蒔の差し出した右手を握りながら真由香が言った。
「ところで桜井さんはひー兄ちゃんとどういうお知り合いですか?」
「えーと、ひーちゃんが新宿の真神学園に転校して来た時の同級生で、今は一応…恋人…かな…?」
最後は照れ臭そうに言葉を濁す小蒔。
が――
「エーッ!?恋人ッ!?そ、そんなッ!ひー兄ちゃん、酷いッ!!私という婚約者(フィアンセ)がいながら、他に彼女を作るなんてッ!!」
『フィ、婚約者ーッ!?』
小蒔と世羅が同時に驚きの声を上げ、龍麻の顔を見る。
「ちょ、ちょっと待って、真由ッ!それ、どう言う事だよッ!」
流石の龍麻も慌てて聞き返す。
「だって、ひー兄ちゃん、私をお嫁さんにしてくれるって言ったじゃないッ!」
「…それって、君がまだ、幼稚園にも入る前じゃないか…?」
「でも私、ずっと覚えてて何時かお兄ちゃんに会いに行こうって、そう思ってたのにッ!」
真由香が涙ぐむ。
「真由ちゃん、男の子にモテるのに好きな人が居るからっていつも断ってたのは、緋勇君の事だったのね」
「…ひ・い・ちゃん…?」
小蒔と世羅の視線が龍麻に突き刺さる。
「うッ…。と、とにかく僕達は今ちょっと用事が在るから、真由また今度ね」
「ちょ、ちょっと、ひーちゃんッ!」
龍麻は小蒔の腕を掴んでその場を逃げ出した。
「あッ、ひー兄ちゃんッ!!」
真由香が顔を上げた時には、既に龍麻は黒崎並のスピードで走り去っていた。
「ひーちゃん、ちょっと酷いんじゃないッ!?」
2人の姿が見えなくなる所まで走って来ても、まだ小蒔はプリプリ怒っていた。
「お嫁さんにしてあげるだなんて…。女の子ってそういう約束は結構大事に憶えているものなんだよッ!」
「仕方ないじゃないかッ!それとも、僕が真由との約束を守って彼女と付き合った方がいいの?」
「それはッ!…ヤだけど…」
小蒔が思わず言葉に詰まる。
「だろ?僕が今、小蒔の事を好きな以上、真由とは付き合えない。例え誰かから酷い人間だと思われたとしても、君以外の女の子が傍に居る事なんて考えられない」
「ひーちゃん…」
そこまで言われて小蒔に返す言葉などあるはずも無かった。
「とにかく、僕達には今、しなければいけないことが在るんだ。まず、それを片付けてからにしよう。その先を考えるのは」
「ウン、そうだねッ!ゴメンね、ひーちゃん」
時には喧嘩してもすぐに相手を思いやる事が出来る。
龍麻は自分達2人が本当に分かり合えている事を実感していた。
その後、龍麻達は予定より若干遅れて裏密の店へと着いた。
「うふふふ〜、いらっしゃい〜。ひーちゃんと桜井ちゃんって本当に仲が良いのね〜。ミサちゃん羨ましい〜」
『アハ…アハ…ハハ…ハ…』
すっぽりと黒いローブを纏い、目の前に黒山羊の頭などを置いて、僅かの間に怪しさが倍増していた裏密に出迎えられ、龍麻と小蒔は思わず乾いた笑い声を上げる。
「早速だけど、この前の依頼の話なんだけど〜」
「――それで?一体何が――」
不意に真顔に戻って龍麻が聞く。
「うふふふ〜、中々面白い事が分かったわよ〜。まず〜、結論から言うと相手は悪魔を呼び出そうとしているみたいね〜」
『悪魔ッ!?』
龍麻と小蒔の声が重なる。
「一連の事件の事を占って見たんだけど〜、以前依頼を受けた事件での"大食"の他にも、それぞれ"傲慢""憤怒""怠惰""姦淫"の暗示が出ていたの〜。これって地獄の魔王が司る7つの大罪と一致するから、まず間違い無いわね〜」
「…でも、悪魔なんて本当に呼び出せるの?」
流石に小蒔が疑わしげに問う。
「あら〜私だって魔法陣を描けばそれなりの悪魔を呼び出す事は出来るよ〜。もっともここまで大掛かりな『儀式』を行う以上は、おそらく相当強大な悪魔を呼び出そうとしているのね〜。例えば地獄を支配する悪魔の王『サタン』のような〜」
「…フーン…」
小蒔がまだイマイチ的を得ていないといった表情で首を傾げた。
「ところで裏密、7つの大罪と言っていたけど、後の2つは?」
「うふふ〜、それはね〜"嫉妬"と"貪欲"よ〜。特に"嫉妬"には気を付けてね〜。これは歪んだ愛の形だから、他の罪と比べてもかなり強い《力》を生む事があるかも知れないから〜」
「なるほど…。ありがとう、裏密」
「うふふふ〜、気にしないで〜。私もこれを調べたおかげで随分色々と分かった事が在るから〜。そうだ、ひーちゃん達にこれをあげる〜」
そう言って裏密は、何やら干草で出来た人形のような物を取り出した。
「これは?」
「これはね〜草人形って言って持ち主を危険から護る効果が有るの〜。きっとひーちゃん達の役に立ってくれるわよ〜」
「…そうか、有り難く貰っておくよ」
龍麻が礼を言って受け取る。
「うふふふ〜、それじゃあ、2人とも気を付けて〜。じゃ〜ね〜」
「ねぇ、ひーちゃん。さっきのミサちゃんの話、本当だと思う?」
裏密の店を出て、少ししてから小蒔が聞いてきた。
「悪魔の事?」
「ウン。ボク、正直言ってまだ信じられないんだ。悪魔を呼び出そうとしているなんて」
「…何とも言えないな。でも、裏密の言った通りの事件が起こっている事は事実なんだ。もし、少なくとも後2人同じ様な犠牲者が出るとしたら止めなくちゃならない。ましてやそれが悪魔を呼び出そうとしているとしたら絶対にね」
「…ウン、それはそうなんだけど…」
「とにかく、今日はもう帰ってゆっくり休もう。そしてこれからの事は明日また、ゆっくり考えよう」
「…ウン、そうだねッ!」
「じゃあ、送って行くよ」
「待って、その前にひーちゃんの部屋で晩御飯作ってあげるよ。どうせまたしばらくたいした物食べて無いんだろッ?」
「そうだね、じゃあお願いしようか」
「よぉし、それじゃひーちゃんの家にレッツ・ゴー!」
その後小蒔の作ってくれたビーフシチューに舌鼓を打ち、夜も遅くに彼女を家まで送って行った龍麻であった。
その翌日――
『ピンポーン』
朝早く、チャイムの音で龍麻は目が覚めた。
「はーい」
眠い目を擦り、龍麻がドアを開けると――
「お兄ちゃんッ!!」
「うぅあッ!!」
突然誰かに体当たり同然に抱き付かれ、龍麻が苦痛の声を上げる。
よく見ると、それは満面に笑みを浮かべた真由香だった。
「エヘヘッ、来ちゃった♪」
「真由ッ!?どうしてここが!?」
「ンーとね、アノ後新宿で1番よく当たるって評判の占い師の人に観てもらったの。そしたらこの辺だって。緋勇って苗字は珍しいから、表札見て歩いたらすぐ分かっちゃった」
その言葉に、昨日会ったばかりのかつての仲間が思い浮かぶ。
(裏密――余計な事を…)
龍麻が内心頭を抱えていると、真由香が心配そうに覗き込んできた。
「ひー兄ちゃん、私来て迷惑だった?」
「い、いや、そんな事は無いよ」
今にも泣き出しそうな顔をされて龍麻は慌てて否定する。
「そうだよねッ!だって私達婚約者同士なんだから」
すぐに笑顔が戻る。
「いや…それも違うけど…」
そう言いながらも、
(昔からよく表情の変わる子だったよな)
などと龍麻は微笑ましい気持で見ていた。
「それより、お兄ちゃん。折角日曜日なんだから2人でどっか遊びに行こうよ。久しぶりに会ったんだからさ」
心なしか、久し振りという部分に力を込めて真由香が言う。
そう言われては龍麻も断りきれない。
元々兄弟の居ない龍麻にとって、彼女は妹のような存在だった為、あまり邪険に出来ないのだ。
「フゥ、分かったよ。それじゃあ、何処へ行きたい?」
(小蒔には後で電話しておこう)
仕方なく、龍麻が頷く。
「やったッ!何処でもいいよ。ひー兄ちゃんと一緒なら」
「!」
図らずも小蒔と同じ科白を言われ、龍麻がドキッとする。
「それじゃあ、とりあえず中央公園にでも行こうか」
「ウン!」
その後中央公園に行くまでの間、2人はお互いに別れてからの事をいろいろ話し合った。
もっとも、龍麻は1年前の闘いの事は伏せておいたが。
そして、公園の中を歩き回っている時――
『よう、兄さん』
一見してチンピラっぽい不良学生が何人も2人に近寄ってきた。
「随分、可愛い娘連れてるじゃねぇか。1人占めってのは良くないよなァ。俺達にも少しばかり貸してくれねぇか?なぁに、全員で1回ずつ相手をしてもらったらすぐ返すからよ」
リーダー格の男の言葉に、他の男達も下品な笑い声を上げる。
「ひー兄ちゃん…」
(1人、2人…、全部で13人か。普通にやって勝てる人数じゃないな。とはいえ、囲まれているから逃げる事も出来ない。…やるしかないか)
咄嗟にそれだけの状況判断を下した龍麻が1歩前へ出る。
「何だァ?1人でこの人数とやる気か?」
「お兄ちゃん、無理だよッ!」
リーダーの嘲るような言葉とほぼ重なるように、真由香の叫びにも似た声が響く。
だが、しかし――
「はあッ!!せやッ!!いやあぁぁーッ!!」
それはまさに一瞬の出来事であった。
龍麻の拳から目映い光が迸り、それに合わせて不良達が次々と倒れて行く。
僅か数10秒後には、立っているものは龍麻達だけであった。
「ひー…兄ちゃん…?その《力》…」
「…真由…。黙っていたけど僕には今のような人為らざる《力》がある。今までにもこの《力》を使って、幾度となく危険な闘いを生き抜いて来た。そしてこれからも、そういう危険が待っていると思う。だからもう、あまり僕には関わらない方がいい」
「そんなッ!私そんな事気にしないッ!だってひー兄ちゃんはひー兄ちゃんでしょッ!?私はひー兄ちゃんが一緒ならそれでいいのッ!」
だが、龍麻は苦しそうに顔を歪ませて、しかしきっぱりと言った。
「ダメなんだ。いずれにしても、僕は君の気持には応えられない。僕にはもう、誰よりも大切な女性(ひと)がいるから」
「…桜井さん?」
龍麻が頷く。
「どうしてッ!?どうしてあの人は良いのに、私じゃダメなの!?危険だからと言うならあの人だって同じじゃないッ!私の方がずっと前からお兄ちゃんのこと知ってるのにッ!あの人と逢うずっと昔から、私はひー兄ちゃんのこと好きだったのにッ!どうして私じゃダメなのッ!?」
「彼女は、小蒔は僕と同じ《力》を持った仲間なんだ。僕達は共に命を賭けた闘いを乗り越え、惹かれあった。今の僕には彼女が必要なんだ」
魂を引き裂かれそうな思いで気持をぶつけてくる真由香に対し、なんて残酷なものの言い方だろうと龍麻は自己嫌悪に陥る。
だが、それでも小蒔より彼女を選ぶ事は出来なかった。
「すまない」
「そんなのって…。いいわよッ!なら、好きにすればいいじゃないッ!大ッ嫌い!!」
涙で濡れた顔を隠すように後ろを向くと、真由香は一気に駆け出していた。
後にはやり切れない思いを顔に浮かべた龍麻だけが残されていた。
(ひー兄ちゃんなんて、もう知らないッ!私、ずっと待ってたのに。離れ離れになっても何時かきっとひー兄ちゃんが逢いに来てくれるって思っていたのにッ!私、私、まるっきり馬鹿みたいじゃないッ!)
辛い想いを怒りに変え、真由香は心の中で龍麻にぶつけていた。
しかし、少しずつ気持ちが落ち着くにつれ、その怒りも収まって行った。
代わりに辛そうな龍麻の顔と、人懐っこい小蒔の笑顔が浮かんでくる。
(7年か…。長いなぁ。それだけ会ってなかったら、お兄ちゃんが他の人の事好きになっても仕方ないか…)
急に先程までの自分の態度が勝手過ぎるものに思われて、真由香は小さく嘆息した。
(後で謝っておこうかな…。ウン、そうしよッ!)
と――
「高麗真由香――だな?」
真由香の前に1人の男が立ち塞がった。
年の頃は20代後半、武術でもやっていそうな筋肉質な身体としなやかな物腰をした、精悍な顔つきの男だった。
「…誰…ですか…?」
真由香が怪訝な顔で訊ねる。
(誰だろう、この人。何処かで逢った事があるような…)
「高麗真由香。緋勇龍麻が欲しくはないか?」
「なッ!何ですかッ!?貴方一体誰なんですかッ!?何故そんな事――!」
ズキリとした胸の奥の痛みを隠し、真由香が声を上げる。
しかし男は意に介した風もなく続けた。
「好きな男を自分のモノに出来る《力》、欲しくはないか?」
真由香は本能的にこの場所に居てはいけないと感じ、踵を返して駆け出そうとした。
しかし、男は目にも止まらぬような動きで再び彼女の前に立ち塞がる。
「お前が望むなら、何者にも負けぬ強い《力》を与えてやろう。その《力》でお前の愛する男を、緋勇龍麻を永遠に自分の元に留め置くが良い。どうだ?高麗真由香よ――」
両肩を掴んで一層顔を近づける男を見て、真由香は全く別の事を考えていた。
(そうか、この人――に似ているんだ)
「どうだ?」
もう一度男が問う。
その声を聞きながら、真由香は思わず答えていた。
「――欲しい――」
と。
その言葉を聞くと、男は満足そうに笑みを浮かべた。
「ならば、お前に『外法』の力を教えてやろう」
前に戻る
次に進む
話数選択に戻る
SS選択に戻る
茶処 日ノ出屋 書庫に戻る
店先に戻る