第六話 疫鬼








 その日、都内某所で1人の少年が煙草を吹かしていた。
 時刻は午前10時を少し回った頃、当然学校に居るべき時間である。
 外見上はとりわけ不良っぽいわけでもない、ごく普通の高校生である。
 実際、なにか犯罪に関わる行為をした事も無く、苛めなどをしたりされたりしている訳でもない。
 彼が学校をサボる理由、それは極めて単純なものである。
 すなわち、面倒くさいから。
(大体、何で役にも立たない勉強なんかしなくちゃならないんだ。あんなもの将来役に立つわけじゃない。良い学校へ入ったって、今の不景気じゃいい仕事に就けるとも限らない。そもそも働かなくちゃ生きていけないなんて、なんて面倒くさいんだろう。大人になんかなりたくないな)
 彼――静原忍武(しずはらしのぶ)はいつもこんな調子だった。
 忍武は気付かない。
 彼の人並み外れた怠惰≠ェ、彼の中で闇を育んでいる事に。
 そしてその闇を利用しようとしている者が居る事に―――
「フッ、自分では何もせずに不満だけ募らせるか。クズだな」
 その男は何時から居たのか。
 突然声を掛けられて、忍武は飛び上がった。
「だ、誰だッ!」
 見ると、20代後半くらいの若い男が、口元に嘲笑を浮かべて立っていた。
 素人目にも何某かの武術を学んでいるだろうと悟らせる、引き締まったしなやかな筋肉に、同性ながら一瞬目を奪われた。
 次の瞬間、先程馬鹿にされたのを思いだし頭に血が上る。
「誰なんだ、アンタ!俺が何しようと関係ないだろッ!」
 しかし男は、平然として言った。
「クズではあるがその心の闇、捨てるには惜しい」
「なッ――」
「どうだ、学校へ行くのが面倒くさいのだろう。行かなくても良いようにはして欲しくないか?」
「エッ!?な、何言ってんだ!そんな事無理に決まってるだろう!だから俺だって何日かに1回サボるだけで、普段は学校へ行って勉強してるんだろ!」
「お前は質問に答えればいい。して欲しいか、して欲しくないか、それだけ言え」
 僅かに目を細めただけの男の変化に、しかし忍武は完全に威圧されていた。
「そ…そりゃあ、学校へ行かなくて済むんならその方がいいさ」
 精一杯の威勢を張るが、微かに声が震えて居るのが分かる。
「そ、そんなこと出来るんならやって見ろよッ!」
 その言葉に、男は口元に笑みを浮かべた。
 先程の嘲笑ではなく、心から満足げな笑みを。
「いいだろう。お前に『外法』の力を教えてやろう」




 数日後―――
 トゥルルルルル……トゥルルルルル……トゥルルルッ――
 龍麻は電話の音で目が覚めた。
 時刻はまだ朝の5時。
「…誰だよ、こんな時間に……もしもし…?」
 不機嫌そうに受話器に出る。
「あッ、もしもし、ひーちゃん!?」
「…え?…小蒔?如何したの?」
 流石に自分の最愛の相手、しかも何やら切羽詰った様子としては邪険にも出来ない。
 無理矢理意識を覚醒させる。
「それが大変なんだッ!とにかく大変だから早く来てッ!急いでねッ!」
「エッ?ちょ、ちょっと小蒔!来てって何処へ…」
「もうッ!!桜ヶ丘に決まってるだろッ!?ホントに急いでよッ!!」
「あ、小蒔待っ――!…フゥ…」
 何が決まっているのか解らないが、それだけ言うと小蒔は電話を切ってしまった。
「――仕方ない、行って見るか」
 龍麻は諦めて着替えを始めた。




「ひーちゃん!!」
 桜ヶ丘の入り口をくぐると、待ちかねていたかのように小蒔が駆け寄って来た。
「ボク…ボク…!」
 良く見ると、うっすらと目尻に涙がにじんでいる。
「小蒔…大丈夫だから。何が在ったのか聞かせて」
 優しく小蒔を抱き締めて囁く様に言う。
 小蒔も龍麻の胸で幾分落ち着いた様だった。
「マリィが…。今朝葵から電話が有って、マリィが凄い熱を出してるって。全然意識も戻らなくって、葵の〈力〉でもどうにもならなくって、桜ヶ丘(ここ)へ連れて来たけどもしかしたら死んじゃうかもしれないって…。ボク、どうしていいか判らなくって…。ひーちゃん、病室で葵が付き添ってるから励ましてあげてッ!」
 話を聞く内に、小蒔を抱く力が僅かに強まる。
「…分かった。じゃあ行こうか」
 しかし小蒔は首を横に振った。
「…ウウン、ボクここで待ってる」
「小蒔?」
「ひーちゃんが葵に優しくしてるトコ見たら、ボク嫉妬しちゃうかもしれないから。こんな時にヤな女の子だと思われるかもしれないけど、やっぱりキミが他の女の子に優しくするの辛いから。ボクここで待ってる」
 そういう小蒔の顔には微かに悲痛な色が浮かんでいた。
「…じゃあ、すぐ戻るから」
 小蒔の額に軽く口づけをすると、龍麻は病室へと向かった。
 病室へ入ると、祈るような姿でマリィに付き添っていた葵が振り向いた。
「…龍麻…?来て…くれたのね…」
 そう言うと葵は、張り詰めていたものが切れたかのように倒れ込んだ。
「葵ッ!」
 慌てて龍麻が葵の身体を受け止める。
「大丈夫かいッ!?」
「…ありがとう、龍麻…。ごめんなさい、私がしっかりしなくちゃいけないのに…。龍麻、貴方には何時も迷惑ばかり掛けてる…」
「そんな事ッ!いいかい、僕達は仲間なんだ。確かに真神は卒業したけど、僕は君を、あの時共に闘い抜いた皆を生涯大切な仲間だと思っている。困っている仲間を助ける事を、僕は決して迷惑だとは思わない。僕に遠慮なんてする必要は無い」
「龍麻……ありがとう……」
 それだけ言うと、葵は龍麻にすがりついて泣き出した。
「…辛かったね…」
 龍麻が葵の髪を優しくなでる。
「…龍麻…ごめんなさい、貴方には小蒔が居るのに…。でも…今だけだから…今だけ、あの時のように…貴方の胸で泣かせて…」
 龍麻は何も言わず、ただ髪をなでつづけた。
 かつては星の宿命に彩られ、互いに惹かれ合った2人であった。
 今でこそ龍麻が宿命よりも己の気持ちを選んだため会う事も少なくなったが、それでも彼が誰より葵の気持ちを理解できる事に変りは無かった。
 どのくらいそうしていただろうか、葵の様子が落ち着いたのを見計らって龍麻が訊いた。
「それで、マリィの様子は?」
「とにかく見てあげて」
 そう言われてベッドを覗き込んだ龍麻は、あまりに変わり果てたマリィの姿に絶句した。
 ふっくらとした愛らしい頬はごっそりと肉がおちた様にこけ、くりくりとした蒼い瞳は落ち窪んでまるでミイラの様だった。桜色の唇は土色に気色ばみ、艶やかなブロンドの髪は干からびた干草の様だった。
「…マリィ…?マリィッ!?マリィーッ!!」
 いつも明るい笑顔で自分を兄のように慕っていた少女の、もの言わぬ姿に流石の龍麻も一瞬我を忘れて取り乱した。
「落ち着いて、龍麻。大丈夫、まだ息は有るわ。岩山先生と高見沢さん、比良坂さんが力を合わせて何とかマリィの命を繋ぎ止めてくれている。でも、このままだとあと3日持つかどうかって…」
「どうしてマリィが…」
「その事なんだけど、龍麻知らない?最近流行っている奇妙な病気の事…」
「…確か高校生くらいの人間しか掛からないっていう奴かい?けどあれは少し高い熱が出るくらいで命に関わるなんて…」
「いえ、中には普段から体が弱くて衰弱死した人もいるわ」
「けどマリィは別に…あッ!」
「そう、マリィは薬で成長を止められていた為に、年齢は17でも体の抵抗力は子供と同じ位しか無いの。岩山先生もおそらくそれが原因でここまでひどくなったんだろうって」
「それにしても高校生しか掛からない病気か…。もしかしたら――!」
 急に何か思い付いた様に龍麻が病室を出ていった。
「龍麻ッ!?如何したのッ!?」
 慌てて葵が後を追う。
「院長先生ッ!!」
 龍麻が丁度ロビーに出ていた岩山に呼び掛けた。
「…緋勇か…何か用かい」
 マリィを救うためにかなり無理をしたのか、流石の岩山にも疲労の色が濃い。
 逆に言えば、岩山程の霊能力者がこれほど無理をしなければならないほどにマリィが衰弱していた事になる。
 しかもそれでさえ僅か3日寿命を延ばすのがやっとなのだ。
「院長先生、今度の病気なんですが、もしかして〈力〉と関係が在るのでは…」
「ふむ…ワシもその事は考えていた。いろいろ手を尽くしてみた結果、あの病気に関しては何らかの〈力〉が関係していると見て間違い無いじゃろう」
 龍麻の言葉に岩山が頷く。
「エッ!?ひーちゃん、それってまた誰かが何かしようとしてるって事ッ!?」
 ソファーに座っていた小蒔が驚いて立ち上がった。
「龍麻ッ!それどういう事!?〈力〉って何ッ!?もう全て終わったんじゃ無いのッ!?」
 今度は龍麻の後ろに居た葵が声を上げる。
 龍麻は一瞬気まずそうな顔になるが、小蒔と顔を見合わせると小さく頷いてここ最近に起こった事件の事を話した。
 葵の顔が今までにも増して青ざめる。
「…そんな…やっと平和が戻ったと思ったのに…。これでやっと誰も傷付かなくて済むようになったと思ったのに…」
「ゴメンね、葵。でも、ボクもひーちゃんも出来るだけ皆を巻き込みたくなかったんだ」
 小蒔が半泣きになりながらそう言った。
「でも…でもッ!龍麻さっき言ったじゃないッ!私達は生涯仲間だってッ!遠慮する必要なんか無いってッ!なのにどうしてッ!?」
「…それについては済まないと思っている。だが判って欲しい。君が再び闘いに身を投じるようになったら、マリィはどうなる?彼女は物心つくような年からずっと辛い思いをしてきた。普通の子供が受けるような愛情も、喜びも、友達すらも与えられる事無く、あの地獄の中で孤独に生きてきたんだ。それが葵、君と出会ってやっと幸せになれたんだよ。彼女はもうこれ以上苦しんだり、傷付いたりする必要は無い。だけど君がまた闘うと知ったら、彼女はきっと自分も一緒に行くと言うだろう。それが例え今の幸せを失う事になるかもしれないとしても、世界で一番大切な君を護るために。だから君はマリィの傍に居てやって欲しい。彼女がもう2度と笑顔を忘れないために」
「ウン…ウン…判ったわ…私、何が在ってもマリィの傍にいてあげる。あの子は私の…私にとってたった1人の大切な妹だもの…」
 龍麻の言葉に頷く葵の頬には、止め様の無い涙が流れていた。
 龍麻はその涙をそっと拭うと、小蒔に言った。
「小蒔、君は今回は葵に付いていてやってくれ」
「ひーちゃんッ!?」
 小蒔が驚いて声を上げる。
「大丈夫。心配しなくても必ず戻るよ。葵のためにも、マリィのためにも、何より小蒔、君のためにね」
 龍麻が澄んだ笑みを浮かべた。
 今まで付き合ってきて、小蒔にはこの笑顔を覆す術が無い事が分かっていた。
 諦めたように一息ついて頷く。
「しょうがないなぁ。言う通りにするよ。その代わり…もしもボクを置いて逝ったりしたら、あの世まで追いかけて行くから覚悟してよッ」
「フフ、怖いなァ、小蒔は」
 龍麻が軽く肩をすくめて見せる。
 葵はそんな2人を少し切ない想いで見ていた。
(そう。小蒔、もうすっかり龍麻と何でも分かり合えるのね。…フフッ、幸せにね)
 心の何処かに残っていた龍麻への未練を、本当の意味で決別する。
「じゃあ、龍麻お願いね」
「…?ああ、行って来るよ」
 葵の浮かべるスッキリとした、それでいて何処か寂しげな微笑を怪訝に思いながらも、龍麻はそう答えると病院を後にした。
「…葵…ゴメンね」
 龍麻の姿が見えなくなってから小蒔がそう呟く様に言った。
「フフフッ、今更何言ってるの。彼が貴方を選んだのだから、小蒔が謝ることなんて無いのよ」
「…………」
「ホラ、元気出して。今は貴方が私を励ましてくれるはずではないの?」
「…ウンッ!そうだねッ!ボク達が元気出さないと、マリィだって良くならないよねッ!」
「フフフッ、私は小蒔のそうやってすぐに元気になれるところが大好き。きっとあの人も、龍麻も小蒔のそんなところが好きになったのね」
「…葵…」
「今は待ちましょう、彼を。貴方が愛した人を、私も信じるから」
 葵の言葉に小蒔が力強く頷いた。
(ひーちゃん、きっとマリィを助けてね)




「さて、何処へ行ってみようか」
 とりあえず手掛かりを探そうとした龍麻だが、漠然と歩き回ってもそんなものが見つかるはずも無い。
 ましてや今は一刻でも惜しい時なのだ。
(とにかく裏密にでも占ってもらおうかな)
 新宿で占いの店を開いているほどの腕を持つ彼女は、今の龍麻にとって最も重要な情報源の1つとも言える。
 そう考えた龍麻が歩き出したその時――
「おおーーいッ!師匠ぉーーーッ!!」
 聞き覚えのある馬鹿でかい声が彼を呼び止めた。
「…この声…」
 半ば硬直したまま、ぎぎぃッと首だけで振り向く龍麻。
 そこには予想通りの顔が、丁寧に3つ揃って並んでいた。
「…こすも…れんじゃあ…」
「久しぶりだなッ!師匠ッ!!」
「フッ、元気にしてたか?」
「龍麻、たまには連絡ぐらいしてよッ」
 人目を気にせず、相変わらずの怪しいコスチュームに身を包んだ3人が、口々に言う。
「…やは…君達…。あ…あの…今日は僕…忙しひんだ。だから、こすもぐりぃんの話はまた今度といふ事で…」
 龍麻は、自分でも声が引きつっているのが判ったが、、必死で答える。
「何言ってんだ、ひーちゃん」
「そうよ龍麻。今日は重要な話が在ってきたのよ。あ、勿論グリーンに誘うのも重要だけどね」
「そ、そう。で、何用事って。実は今、本当に急いでいるから手短にして欲しいけど…」
 コスモグリーンへの勧誘ではないと判って、少しホッとする龍麻だが、次の瞬間紅井の言葉に顔色を変える。
「師匠ッ!ちょっと聞きたいんだけど、人を病気にする〈力〉って在ると思うか?」
「どういう事だッ!?その〈力〉の事、何か知ってるのかッ!?」
「うわッ!落ち着け師匠ッ!落ぢ…づ…ぐ…苦じ…」
「おいッ、ひーちゃん!いい加減その手離さないと、いくら紅井(こいつ)が馬鹿でも死んじまうぞッ!」
「ちょ、ちょっと龍麻ッ!もう、見た目は細いくせに何でこんなに馬鹿力なのッ!」
 黒崎と桃香が慌てて龍麻を引き離す。
「ぜぇ…ぜぇ…」
 顔が紫色になりかかっていた紅井が、やっとの思いで龍麻の手から逃れる。
「あ…す、済まない紅井。だけどその話の事、何か知っていたら何でも良いから教えて欲しいんだ」
「い、いやいいけどよ。どうしたんだ、師匠。アンタがそんなに取り乱すなんて珍しいぜ」
 紅井がまだ痛むのか、喉に手をやりながら答えた。
「…マリィが危ない。今桜ヶ丘にいるが、はっきり言ってこのままでは手の施しようも無いそうだ」
『!!』
 流石の3人も顔色が変わる。
「そうだったのか…。実は師匠、俺っち達がいつものように正義を護るためのコスモパトロールをしていた時の事なんだが、高校生くらいの少年が2人口喧嘩をしてたんだ」
 コスモパトロールと言う謎の言葉で龍麻のこめかみが一瞬引きつるが、聞かなかった事にして続きを促す。
「実はその内の1人は俺っち達の後輩で、大宇宙特捜(おおぞらとくそう)コスモバンとか名乗って街の浄化運動や無料で探し物の手伝いなどささやかな正義を行っている奴だったんだ」
 大宇宙特捜コスモバンの辺りで(彼等の学校って本当にこんなのばっかりなのか?)という疑問が湧き上がったが、あまりに怖くて聞くのは止めた。
「とにかくそいつがその少年の喫煙と吸殻のポイ捨てに対して注意した事が発端らしいんだが、その時その謎の少年がコスモバンに『お前なんか病気にしてやる』と言ったらしいんだ。そいつは『ただの負け惜しみにしても程度が低い』と言って笑っていたけど、次の日になって本当に病気になっちまったんだ。その話を聞いて早速3人でコスモミーティングを開いた結果、ピンクが師匠に相談するべきだって言うから新宿まで出向いたってワケだ」
 既にコスモミーティングなる言葉は、龍麻の中で認識するのを止めている。
「…話は解った。ところでその…謎…の少年が何処に居るか分かるかい?」
 謎のところで微妙に声のトーンを落として龍麻が訊いた。
「おうッ!バッチリだぜッ!」
「フッ、実はその少年だが、真神の生徒らしい。だが理由は分からないが時たま家の近くの公園でサボっているのを知り合いが見かけている。特に最近はその病気の所為で学校閉鎖になっているから、ほぼ毎日来ているようだ」
「真神の…。そうか、ありがとう。じゃ、また今度ゆっくり会おう」
 龍麻が3人に礼を言って歩き出した時――
「ちょっと龍麻ッ!一人でどこへ行くつもりよッ!」
 仁王立ちして腰に手を当てた桃香が龍麻を呼び止める。
「エッ?まさか――」
「私達も一緒に行くわよ。当然でしょッ!?」 「おうッ!理由はわからねぇけど他人を病気にしちまうような奴は悪人に違いないぜッ!」
「フッ、悪の蔓延る所、俺達コスモレンジャーは何時でも現れるのさッ」
「いや、あの――」
 危険だから、と断ろうとした龍麻の脳裏に、葵の言葉と自分が葵に言った言葉が思い浮かぶ。
(彼等も一緒に戦い抜いた仲間だものな)
「…そうだね。じゃあ、力を貸りるよ」
 思い直して龍麻は3人に笑い掛けた。
『おうッ!!』
 3人の声が揃う。
「俺っち達の心は何時も1つだ、コスモグリーンッ!!」
「…お願いだから、それだけは止めて…」
 龍麻は彼等の同行を許した事を既に後悔し始めていた。




 黒崎に案内されて行った公園、はたしてその少年はそこに居た。
「あいつだッ!!」
 紅井に指差されても、その少年―忍武はまるで意に介さずに言った。
「ヘッ、アンタ緋勇龍麻さんだね」
『――!!』
「…何で僕の名前を知っているんだ?」
「さあね、ただアンタを斃せば俺は俺の好きな様に生きることができるんだ」
「好きな生き方…?そんな事のために何人の人間が苦しんだと思っているんだ?死んだ人もいるんだぞッ!そして、今まさに死の淵を彷徨よっている人間もいる…。僕は君みたいな人間を絶対に許さないッ!!」
「ヘッ、そ、それが如何したッてんだ!あんな程度でくたばるような奴、どうせ大した長生きは出来ねぇさッ!」
 龍麻の迫力に若干怯みながらも忍武がそううそぶく。
「――!」
 龍麻が激昂して更に何か言おうとした時――
「うおおぉぉッ!もう許せねぇぜッ!!」
「己の欲望のために無辜の人々を苦しめる悪行三昧ッ!!」
「例え天が裁かなくとも、私達コスモレンジャーが裁きを下すわッ!!」
 ポーズをつけるコスモレンジャー。
「…………何だ?アレ…」
 たっぷりの沈黙の後、忍武が訊いた。
「え…いや、何って…」
 思わず返答に詰まる龍麻。
「…………」
「…………」
「…………ヘッ、まァいい。とにかく俺の目的は緋勇龍麻、アンタを斃すことだ」
「それを言うならこっちも君を斃して助けなくては為らない人がいる」
『無視するなぁぁぁッ!!』
「あ…いや、別に無視したわけじゃ無いんだけどよ…」
「ただちょっと存在を忘れたかったって言うか…」
 忍武と龍麻、2人揃って困った顔をする。
「と、とにかく!こっちはアンタらを斃さなくちゃならねぇからな。見せてやるぜ俺の〈力〉を!」
 と、その瞬間忍武の身体に異変が現れた。
『があああぁぁぐるるるおおぉぉぉッ』
 絶叫と共に忍武の身体が一回り大きくなった。
 頭からは捻れた3本の角が生える。
 手足は骨と皮だけの様に痩せ細り、腹だけが大きく膨れ上がる。
 そしてそれが、異様に発達した爪で襲い掛かる。
「うァッ!」
「クッ!」
「キャッ!」
 その見た目とは裏腹に、素早い攻撃で確実に傷を与えていく。
(クッ、やはり僕が奴の懐に飛び込んで突破口を――)
 龍麻がそう考えた時だった。
「この世に悪がある限り…」
 ハッとして見ると、何時の間にか3人が忍武≠フ両脇と背後に回りこんでいた。
「正義の祈りが我を呼ぶ…」
(そうか、ただ攻撃を受けていたわけではなかったんだ)
「愛と…」
「勇気と…」
「友情と…」
(よし、今なら隙が出来る!) 「みっつの心をひとつに合わせ…」
「今、必殺の!!」
『ビッグバンアターッック!!!!』
 激しい閃光が忍武≠包み込んだ。
『ぐおおおおおッ!!』
 そこへ龍麻が飛び込み、必殺の一撃を打ち込んだ。
『ウガアアアアァァァァァッ!!』
 一際激しい絶叫を上げると、忍武はゆっくりと元の姿へ戻っていった。
「俺は…俺は…ッ!」
 それだけ言い掛けて忍武は塵となって消えた。
 龍麻はその光景を憐憫の情を持って見ていた。
 やがて紅井が声を掛けてきた。
「へへッ、終わったなッ!」
「ありがとう、君達のおかげで事件を解決出来たよ」
「フッ、いいってことよ」
「私達は仲間なんだから。後は龍麻がコスモグリーンになってくれたら完璧ね」
「ウッ…いや、それは…とにかく僕は一度桜ヶ丘に戻るよ」
「あッ、ちょっとッ!龍麻ーーーッ!!」




「ひーちゃんッ!!」
 桜ヶ丘へと戻ると小蒔が飛び付いてきた。
「ひーちゃん、マリィが、マリィの意識が戻ったんだよッ!!」
 小蒔は泣き笑いの表情になっていた。
 龍麻も急いで病室へと向かう。
 中では葵が、舞子が、紗夜が、岩山までがマリィの回復を祝っている。
「龍麻…ありがとう…」
 葵に笑みを返すと、龍麻はマリィに話し掛けた。
「マリィ、気分はどうだい?」
「龍麻…マリィ、キット龍麻が助けてクレルって信ジテタヨ…」
 そう言って微笑むマリィの顔は、若干やつれた様子が残るものの、先程とは比べ物にならないくらい回復していた。
「ミンナニいっぱい、いっぱい心配かけちゃったネ…」
「そんな事無いよ。皆マリィが元気になってくれればそれでいいんだ」
「ウン…龍麻、アリガトウ…」
 そう言ってマリィはちらりと小蒔を見た。
「小蒔オネーチャン、ゴメンネ」
 次の瞬間、マリィが龍麻の首に抱きつき同時に頬に柔らかい唇を押し当てた。
「アーーーッ!マリィずるいッ!」
 小蒔が慌てて引き剥がす。
「もう、小蒔ッたら…」
 葵が困ったような笑顔になる。
「だって…ボクだってあんなに…」
 目をぱちくりさせていたマリィだったが、その様子を見てクスクス笑い出した。
 次第に病室の中は笑い声で満たされていった。




「フッ、やはりあのような小者では物の役に立たなかったか。まあいい、後3人何処から見つけ出してくるとするか―――」
 男はそう呟くと、含み笑いを残して消えた。









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