第四話 兄妹








―昏い――

―寒い――

―周りには何もない――

―あるのはただ奥深い漆黒の闇だけ――

―教えてほしい――

―ここが何処なのか――

―教えてほしい――

―君はいったい何処にいるのか――

―愛しい僕の妹よ――

―紗夜ーーーーーッ!!―




「もうすぐ1年になるわね。兄さん、私強くなったわよ。みんなあの人のおかげ…」
 紗夜は兄英司の墓前に花を供えながら話しかけた。
 彼女は今、桜ヶ丘中央病院で看護婦見習いとして働いていた。
 昔からの夢を実現するための第一歩である。
「もちろん辛いこともあるけど、毎日とても充実しているわ。だから、見ていて兄さん」
 そうして1時間ほども話を聞かせ、帰ろうとした紗夜は1人の男が近付いてくるのに気づいた。
 その男を見たとき、はじめは見間違いかと思った。
 次に他人の空似であると判断した。
 しかしそのどちらでもないことを確信したとき、言葉を失った。
(…そんな…そんな、まさか…兄…さん…?)
 そんなはずはなかった。
 彼女の兄英司は確かに『あの日』炎に包まれて死んだのだから。
 しかしそれを言えば彼女にしても同じ事だった。
 あの時彼女を常世の闇から呼び戻した奇蹟が、2度起こらなかったと誰が言い切れよう。
 もしかしたらという思いが頭をよぎる。
 と、いつの間にかすぐ目の前まで近寄っていた男が声を掛けてきた。
「やあ、元気にしていたかい?紗夜―――」
 紗夜の視界がたちまち歪む。
「兄さんッ!どうして…生きていたのなら…私…私…ッ!」
「心配かけたね、紗夜。実はあの後記憶が混乱していて何も思い出せなかったんだ」
「…そうだったの…。ああ、でも無事で良かった。また生きて兄さんに逢えるなんて…」
 紗夜は英司の胸に飛び込み、兄の無事を心から喜んだ。
 奇蹟が起きていたと。
 だから気付かなかった。
 兄の優しい笑みが何時の間にか狂気に彩られている事に。
 暖かい眼差しに何時しか邪なる光を宿らせている事に。
「そうだ、兄さん。今日龍麻さん達が来てくれる事になっているの。兄さんが生きていた事を知ったら、きっと喜んでくれるわ」
「そうか、楽しみだね」
 紗夜が顔を上げた時には再びもとの笑顔に戻っていた英司が頷く。
「彼には『いろいろ』と用があるからね」
 と、その時――
「やあ、紗夜ちゃん」
「おッす、比良坂さん」
「龍麻さん!桜井さんも来てくれたんですね」
 龍麻と小蒔が現れた。
 そしてもう1人。
「やあ、久しぶりだね。比良坂さん」
「あ…壬生さん…」
「さっき偶然逢ったんだ。この事を話したら一緒に来たいって」
「迷惑…かな、とも思ったんだが」
「いいえッ!…そんな…嬉しいです…」
(なんか最近、ひーちゃんのファン減ってない?)
(え?いや、僕は小蒔が居れば…)
(へへッ、やせ我慢しちゃって。でもサンキュ)
 ひそひそと小蒔と小声で話していた龍麻だったが、ふと比良坂から少し離れたところに立っている青年に気付いた。
「─あッ」
「どしたの?ひーちゃ――エッ!?」
 龍麻の様子に気付き視線を同じ方へと向けた小蒔が、やはり驚きのあまり絶句する。
「あッ、ごめんなさい。うっかりしていました。兄が生きていたんです。きっとあの時私が龍麻さんに助けられたのと同じように兄も…。ありがとうございます。みんな、みんな龍麻さんのおかげです」
「そうだったんだ。エヘッ、良かったネッ。比良坂さん」
「ハイ!ありがとうございます」
「お世話になったね、緋勇龍麻君」
「…………」
 英司の差し伸べた手をおもむろに握り返す龍麻。
 しかし、素直に喜びを表す紗夜とは裏腹に、龍麻は英司に対し疑念を感じていた。
(本当にそうなのだろうか?確かにあの時僕は紗夜ちゃんを救う事がで来た。けれどそれは、僕が彼女の死を心から悲しみ、助けたかったと想っていたからではないのか?第一あの時僕の前に現れたのは、本物の彼女のお兄さんではなかったはずだ。だとすると、本物のお兄さんはどちらの世界でも死んでいたのではないのか?)
 だが、喜びのあまりに涙を流す紗夜を見ているとそれを彼女に告げることは出来なかった。
「あッ、じゃあ私はこれで失礼します。兄のこと院長先生や高見沢さんにも紹介したいから。本当に、本当にありがとうございました。行きましょう,兄さん」
「それでは緋勇君、また」
「またねーっ!比良坂さん!」
 小蒔が大きく手を振り二人を見送った。
 そして二人が見えなくなった頃、壬生が声を掛けてきた。
「龍麻、彼女のお兄さんなんだが…」
「ああ、分かっているよ壬生」
「エッ?どしたの?2人とも」
「彼女のお兄さんだが、何か邪念が感じられた。僕は会うのは初めてだが、はたして肉親に対しあのような悪意を向けるだろうか?」
「僕も逢った瞬間から違和感を感じていた。少なくとも彼は妹の紗夜ちゃんには限りない愛を注いでいた人物だったからね」
 壬生の言葉を引き継いで龍麻が説明する。
「そんなッ!それじゃ、あのお兄さんは!?」
「龍麻、このまま放って置くわけにはいかないだろう?」
「そうだね。2人の後をつけよう」
 龍麻の言葉に後の2人が頷き、3人は紗夜と英司の姿を探した。
「桜ヶ丘へ行くと言っていたから、道は多くないはずだ。途中で追いついて様子を窺おう」
 しかし、彼らが桜ヶ丘中央病院に着いても二人の姿は見つからなかった。
「こんちはーーーッ!比良坂さん戻ってるーーーッ!?」
 小蒔が威勢良く扉を開ける。
「こらッ!お前達病院〈ここ〉では静かにしろと何遍言えば分かるんだいッ!」
「わッ!」
 たまたまロビーに出ていた岩山が、すかさず小蒔にカミナリを落とす。
「あ〜ッ、ダーリンだ〜♪」
 横から舞子も顔を出す。
「あれッ?高見沢さん、ひーちゃんより葉桐君の方が良かったんじゃないの?」
「だってぇ〜、ダーリンはダーリンなんだもぉ〜ん」
 舞子が龍麻の腕に抱きついて言う。
「あッ、高見沢さんズルイ!」
 今度は小蒔がもう1本の腕に抱きついた。
「ああッ!うるさいよ、お前達!それより緋勇、比良坂が戻っているかとはどういうことだい?あの子はお前達と一緒なんじゃなかったのかい?」
「そ〜だよぉ〜。紗夜ちゃん、ダーリン達とお墓参りに行くって言ってたもぉ〜ん。いいなぁ〜、舞子もお出かけしたかったなぁ〜」
 岩山と舞子が口々に言う。
「やはり…迂闊だったな」
「ああ、彼女に聞かせないためにと思っての事だったんだが…」
 壬生と龍麻の深刻な表情に小蒔も事態を思い出した。
「あッ、そうだッ!実は―――」
「―――ふぅむ。話だけではハッキリとしたことは言えんが、ワシもその比良坂英司という男は怪しいと思うな。この間の少年の事もあるしな。よし高見沢、緋勇達と一緒に行って確かめて来い」
「えぇ〜ッ!?いいのぉ〜、先生〜?2人も抜けちゃって〜」
「ふん、このまま1人戻らん方が後々大変だろうが。幸い今日は患者も少ないし、サッサと比良坂を見つけて戻って来い」
「ありがとうございます、院長先生」
「そのかわり、そっちの青年。壬生といったか。確か緋勇が入院したとき見舞いに来ていたな。お前今度は1人でここへ来るように。ヒヒッ、ヒヒヒヒッ」
「……は…ぁ……」
 思いきり顔を引きつらせて壬生が答える。
「プーッ、流石の壬生君もたか子先生にはかなわないみたいだネッ」
「…壬生…、同情するよ…」
「ねぇ〜、ダーリ〜ン。早く行こぉ〜」
「あッ、そうだねッ。でもひーちゃん、比良坂さん達何処へ行ったんだろ」
「……心当たりがある。品川へ行こう」
「品川?あッ、もしかしてッ」
 龍麻は小蒔に頷いて見せた。
「きっとあそこだ。死蝋影司としての彼の研究所――」




 その頃、龍麻の予想通り紗夜達は英司の研究所があった、品川某所の廃ビル跡に来ていた。
「如何したの?兄さん、いきなりこんな所へ来たいだなんて…」
「いや、ただ懐かしくてね」
「私はあまりいい思い出がないわ…。ねぇ、院長先生達にも早く紹介したいし早く病院へ行きましょう」
 だが英司は紗夜の言葉には答えず、ただ微笑んで呟いた。
「ここで僕は死んだんだな。炎に包まれて。あいつに、緋勇龍麻に斃されたせいで――」
「……兄さん…?」
 その時初めて紗夜は兄の異変に気付いた。
 見ると、英司の横顔には狂気の陰がかかっている。
「そうだ、全てあの緋勇龍麻が悪いんだ。殺してやる、今度こそ。そして紗夜と2人だけで幸せに生きる事の出きる世界を作るんだ。クックックッ」
「止めて!兄さん、私達はあの人のおかげで助かったのよ!ずっと他人を信じず、昏い闇の中を彷徨い続けてきた私に初めて光をくれた人なの!私が昔からの夢だった看護婦として誰かの幸せを護る生き方を出来る様になったのはみんなあの人がいたからなの!だから兄さんもこれからは自分の幸せを見つける生き方をして!」
「僕の幸せ…?クックッ、それこそ紗夜、お前と2人だけの世界を創る事じゃないか」
「違う!私がまだ小さい頃、父さんも母さんも生きていて皆で幸せだった頃兄さん言ってたじゃない!僕には夢があるって、医者になって病気で苦しむ人を助けてあげたいって!だから私は看護婦を目指したの!確かに父さん達が死んだ事も理由の1つだけど、何よりも看護婦になって兄さんのお手伝いがしたかったの!」
「……フン、他の人間なんかどうでもいいさ。紗夜、お前が居ればどうでもいい」
「止めて!お願いだからこれ以上同じ間違いを繰り返さないで!…お願い…兄さん…。2人で…平和に…静かに…生きていこう…?」
 紗夜は泣いていた。
 やりきれない気持ちでいっぱいだった。
 結局また同じことを繰り返すのか。
 せっかく皆で本当に幸せな生き方が出来ると思ったのに、また大切な誰かを失わなくてはならないのか。
 自分達の犯した罪はいまだ赦されず、これからも哀しみを背負って生きなくてはならないのか。
 もしも自分に幸せというものは与えられないのだとしたら、どうして『あの人』と巡り逢わせたのか。
 誰かを大切に想う幸せなど知らなければ、これほど苦しむ事など無いはずなのに。
 あの時あのまま死なせてくれれば、こんな気持ちにならなかったのに。
 それとも、それ自体が贖罪だというのか―――
 だがその想いすら目の前に立つ兄には通じなかった。
「クックック、紗夜、お前はきっとそう言うと思ったよ。だから僕はここに来たんだ。僕の本当の目的はお前を暗闇の底へ呼び戻すためなんだよ」
「なッ!止めて、兄さん!!」
 何時の間にか鋭い鉤爪と化した両手で英司が襲い掛かってきた。
 思わず身をかわすが、避けきれずに肩に浅い傷を負う。
「痛ッ!兄さん…どうして…」
「クククッ、避けると余計な苦しみを味わう事になるよ、紗夜。兄妹の誼で苦しまないように殺してやるからおとなしくするんだ」
 じわりじわりと英司が近寄って行く。
 本来なら紗夜の唄声には力があり、それを使えば英司を斃すことも出来るはずなのだが、彼女はそうしなかった。
 自分の真上に振り上げられた鉤爪を見て、涙に濡れた眼をつぶる。
 その時――
「龍牙・咆哮ッ!!」  何かが飛び出し、英司の身体を吹き飛ばした。
「壬生さん!?」
「怪我は…無い様だね」
 壬生が微かに安堵の表情を見せる。
「紗夜ちゃん、大丈夫か!?」
「比良坂さんッ!!」
「紗夜ちゃ〜ん!」
 すぐに続いて龍麻、小蒔、舞子が姿を現わした。
 そして立ちあがろうとしている英司の前に立ちふさがり構えを取るが――
「待ってください!兄さんを傷つけないでッ!!」
「なッ!紗夜ちゃん!?」
 紗夜の言葉に皆一様に戸惑いの表情となる。
「…どういう意味だい?」
 いまだ英司に対して殺気を迸らせている壬生の問いに紗夜が答える。
「…もう誰かを失うのは嫌なんです。兄さんはただ寂しかっただけ。だから私を連れ戻そうとしているだけなんです。そうする事で静かに眠る事が出来るんです。それなら私が逝ってあげなくちゃ…。たった2人の兄妹なのだから…。皆さん、今までお世話になりました。龍麻さん、貴方に救われてからのこの半年余り、私本当に幸せでした。さようなら―――」
 そう言ってゆっくりと英司に近付く紗夜。
 と――
「ダメだッ!そんな事をしても何にもならないッ!死者が生者を闇の中へ引き込んで良いはずが無いッ!死者はただ生者を見守り、輪廻の果てに再び生を受けるのを静かに待つべきなんだッ!」
「壬生さん…?」
 突然立ちはだかった壬生に、紗夜が目を大きく見開く。
「壬生…そうか君は…」
「壬生君…比良坂さんの事が…」
「だから…たとえ君が僕の事を蛇蝎の如く嫌おうとも、僕は君の兄さんを斃すよ」
 そう言って再び英司に向かって構えた。
 紗夜が何か言おうとしたその時、舞子が叫んだ。
「その人ぉ〜、紗夜ちゃんのお兄ちゃんじゃないよぉ〜!!」
『エッ!?』
 4人が口々に驚きの声を上げる。
 舞子は今にも泣き出しそうなほど悲しい表情を浮かべて言った。
「その人は無理やり姿を変えられて、紗夜ちゃんのお兄ちゃんってゆう嘘の記憶を植付けられているの。自分が誰なのか、どういう想いを残して死んだのか、そして誰を大切に想っていたのか分からなくなってる。自分では紗夜ちゃんのお兄ちゃんだと想っているけど、漠然とした不安が怒りとなって生きてる人みんなを凄く憎んでいるの。その人の心の奥底に眠る本当の記憶が私にそう教えてくれるの。…酷いよね。でも…ごめんね…。私には…助けて…あげられないの…。もう…元には戻して…あげられ…ないの…」
 耐え切れなくなったように舞子の口から嗚咽が漏れる。
「そんな…酷いッ…!」
 ヨロヨロとした足取りで、なおも自分に襲い掛かろうとしている兄の姿をしたモノを見て、紗夜が悲痛な声を上げる。
「ならば…なおさら斃さなくてはならないな…」
「彼の魂を開放するためにッ!!」
 壬生と龍麻が同時に走り出し、英司≠フ両脇につく。
「陰たるは、空昇る龍の爪……」
 壬生が静かに氣を溜める。
「陽たるは、星閃く龍の牙――」
 龍麻の身体に輝くほどの力が溢れる。
「表裏の龍の技、見せてあげましょう」
 壬生の言葉を合図にしたかのように、2人は同時に伸び上がるような蹴りを放った。
『秘奥義・双龍螺旋脚!!』
 凄まじい氣の奔流が螺旋を描くようにして英司≠フ身体を呑み込み天へと昇る。
―グワアアァァァッ!!―――――
 人ならざる絶叫を上げ、英司≠ヘ吹き飛んだ。
「兄さんッ!!」
 思わず紗夜が駆け寄る。
「…うぅ…、―――…」
 紗夜に抱き起こされた英司≠ノは既に狂気の色は無かった。
 彼は穏やかな顔で誰かの名前を呟き、消えた。
 それは紗夜の名前ではなかった。
「記憶…取り戻せたのね…」
 紗夜は涙声でそう言い、微笑んだ。
 そして、静かに唄いはじめた。
 失われた魂のための子守唄を。
 その時声が聞こえた。
─紗夜…?――
 唄が途切れる。
「兄さん!?」
「如何したのッ!?比良坂さん」
「兄さんの声が聞こえたんですッ!」
「エッ!?ど、どういうことッ!?」
 しかし、今度は小蒔の質問にも答えずただ兄の姿を求めて視線を巡らせた。
─紗夜…僕の妹…――
「兄さん!何処にいるの!?」
 しかしその問いに答えたのは舞子だった。
「紗夜ちゃん、お兄ちゃん貴方の傍にいるよぉ〜。ずっと、ずぅ〜っと前からぁ、貴方の事を見守っているのぉ〜」
「エッ!?兄さんが…?」
─紗夜…僕の事は心配しなくても大丈夫――
─僕もあの時緋勇君に助けられたから――
「エッ?」
─お前が黄泉の国から救われたあの日――
─闇に囚われていた僕の魂も解き放たれた――
─だからもう苦しまないで――
─僕の可愛い紗夜――
─僕が何時でも見守っているから――
─忘れないで――
─誰より僕がお前を愛している事を――
「…兄…ぃッ…さん…」
 英司の声が途切れた時、紗夜はまともに声が出ないほどしゃくりあげていた。
「今の…もしか…して、高見…沢さんが…?」
 やはり泣いていた小蒔が聞く。
 舞子が優しい微笑で頷いた。
「…あり…ッ…がと…高…ッ…沢さ…んッ…」
 紗夜が涙に濡れる顔に笑みを浮かべて礼を言った。
「だが、死者の魂を、残された者の痛みを弄ぶ輩を赦すわけにはいかないな」
「ああ、必ず斃そう。僕達の《力》はそのために在るのだから」
 壬生と龍麻の言葉に皆が頷いた。
「─と・こ・ろ・で、壬生君。キミ比良坂さんの事には随分熱心だね♪」
「――!な、何を言うんだい、桜井さん」
「ふむ、隠しても無駄だよ壬生。君は普段無表情なだけにこういう時は分かり易いから」
「た、龍麻まで…。ち、違う。そういうのではなくて、ただ僕は放って置けなかっただけで…」
「あ〜ッ、それってやっぱりぃ〜、紗夜ちゃんのこと好きってことじゃないのぉ〜?」
「た、高見沢さん…僕は別に…」
 壬生が顔を朱くして反論する。
 紗夜にいたっては耳まで真っ赤になっている。
「じゃ、ボク達先に帰るから2人は後からゆっくり戻って来てね〜♪」
 壬生の反論を無視して、龍麻・小蒔・舞子の3人が歩き出す。
「ま、待ってくれ―――」
 慌てて後を追う壬生の顔は、とても暗殺者らしからぬ普通の青年の顔だった。




「チッ、役立たずな野郎だぜ」
 龍麻達は知らなかった。
 自分達の闘いを逐一観察している者達が居る事を。
「まあいい、今度こそは必ず仕留めてやる」
 青白い顔の痩せた少年が面白くなさそうに呟く。
 突き出た広い額が印象的だった。
「フッ、そう願いたいものだな」
 20代後半くらいの男が答えた。
 引き締まった、それでいてしなやかな物腰は武術に精通した者である事を現わしていた。
「ヘッ、見てろよ。アンタに貰った『外法』の力を見せてやるぜ――」









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