長い葬列。
重苦しい雰囲気。
あちらこちらで聞こえる啜り泣きの声。
当麻樹(とうまいつき)の葬式は、そういったごく一般的な雰囲気の中で行われていた。
その中に1人、一際悲しそうに泣く少年がいた。
樹のクラスメイトで中学時代から自他共に認める親友同志だった、葉桐光輝(はぎりみつき)だ。
2人が仲良くなった理由は単に名前の語感が似ているという他愛も無いものだったが、その後の2人は常に助け合い、協力し合うまさに親友だった。
光輝の影響か、その辺一帯は特に悲しみの色が強かった。
そうした中、葬儀は無事終わりを告げた。
翌日になっても光輝の顔に笑いが戻る事はなかった。
普段は明るくムードメーカーの光輝が沈んでいる事で、ここ真神学園1年B組は重い雰囲気に包まれていた。
しかし2人の関係をよく知る級友達は掛ける言葉も無く、遠巻きに同情と哀れみに満ちた視線を送る事しか出来なかった。
放課後、何人かのクラスメイトが気晴らしにと光輝を遊びに誘ったが、彼はそれを断り一人帰路についていた。
と、その時路地の陰に人影が見えた。
(今のはまさか─!!)
急いで後を追って路地へ駆け込む光輝。
すると人影は一瞬こちらを振り向き、次の瞬間には姿を消していた。
僅か数秒の出来事だったが、それは光輝にとって間違えようの無い人物だった。
「樹ィ――――――ッ!!!!」
だがその声は虚しく路地にこだましただけであった。
「ね、ひーちゃん。この前さ、たまたま街で犬神先生に会ったんだけどね、真神に通ってる男の子が事故で死んじゃったんだってさ。まだ1年生だって言ってたのに可哀想だよねぇ」
いつものように小蒔を送る帰り道、彼女がそんな話をして来た。
「ボクってホラ、弟がいるから年下の男の子ってなんか他人事じゃないんだよね」
その表情からは見ず知らずの少年の死を本気で悼んでいるのが見て取れた。
「優しいね」
「そ、そんな事無いよッ」
少し照れて小蒔が反論する。
「ふふッ、それじゃあ明日は休みだし景気付けに何処かへ行こうか」
その言葉にたちまち小蒔の顔が明るくなる。
「ホント!?ヤッター!!何処にしようかな。ショッピングかな。遊園地かな。アッ、2人でピクニックっていうのも良いよね。うーん、でもやっぱりボクひーちゃんと2人なら何処でもいいやッ」
屈託のない笑顔に安らぎを感じる龍麻。
「じゃあ、これから喫茶店でも寄り道して計画立てようか」
「ウンッ!」
しかしその時─
『うわあぁぁぁぁッ!!』
少年と思しき悲鳴が聞こえた。
龍麻達が駆けつけると、そこには2人の少年が立っていた。
しかし1人の少年は左腕から血を流していた。
もう1人の少年が手に持つナイフで斬り付けたらしい。
「何をしているんだ!!」
龍麻が声を掛けるとその少年はゆっくりと振り向いた。
その眼は凶々しい邪悪な光を放っていた。
(クッ、彼も何者かに心を操られているのか?)
しかし次の瞬間、その少年は苦しそうにあるいは悲しそうに顔を歪めると、何かに耐える様に頭を振りその場から走り去った。
「アッ、こら待て!」
「追わなくていい!」
「エッ!?」
後を追って走り出そうとした小蒔を制し、龍麻は先程少年が見せた表情の意味を考えていた。
(あの一瞬、彼の眼には正気の光が宿っていた。どういうことだ?)
と─
「あ、あの…」
唐突に声を掛けられ龍麻は我に返った。
「あの、助けて頂いて有難う御座いました」
「え?あ、ああ…、怪我は大丈夫かい?」
「ハイ、これくらい掠り傷ですから。アッ、俺都立真神学園1年B組の葉桐光輝っていいます」
「僕は緋勇龍麻。彼女は桜井小蒔。その制服を見れば真神だってことは判るよ。僕達はこの春そこを卒業したんだ」
「よろしくねッ、葉桐君」
「あ、それじゃあお2人は先輩ですね。緋勇先輩、桜井先輩よろしくお願いします」
「クスッ、元気で礼儀正しい少年だなぁ。まるで霧島君みたいだね」
「そうだね」
小蒔の言葉に龍麻はかつて共に闘った少年を思い出していた。
彼は当時1年生だったからまだ地元文京区の高校に通っているはずだった。
「相変わらずさやかちゃんのボディーガードを務めているんだろうね」
思わず口元から笑いがこぼれる。
ただ、目の前にいる光輝だけが訳が判らずきょとんとしていた。
「アッ、ゴメンゴメン」
小蒔がペロッと舌を出して謝る。
「そう言えばさっき君を襲っていた子には心当たりあるのかい?」
龍麻がそう聞いた途端、光輝の顔が急に暗く沈む。
「あいつは、当麻樹は俺の親友です。そしてあいつはつい先日事故に遭って─死んだんです」
『─!』
その言葉は流石の龍麻達も絶句するものだった。
「それじゃあ、さっきの子は幽霊ってこと?」
小蒔が怖々聞く。
「いや、どうかな。普通霊というのは実態が無いから武器で人を襲ったりは出来ないと思う」
「う〜ん、じゃあどういう事なんだろ」
「霊か…。そうだ、高見沢の力を借りて見ようか」
「ウン、そうだねッ。高見沢さんならきっと力になってくれるよ」
「あの…すいません。その高見沢さんって人はいったい…?」
恐る恐る光輝が口を挟む。
「アッ、そうか。えーと高見沢さんって娘はね、いつもは桜ヶ丘中央病院っていう病院の看護婦さんなんだけど霊と話す事が出来る不思議な《力》を持っているんだ」
「そう。だからその当麻君がもし本当に幽霊か何かだとしたら、高見沢が彼の言いたかったことや君の気持ちを伝えてくれると思うんだ」
2人の言葉に光輝はしばし逡巡し、やがて口を開いた。
「解りました。俺も連れて行って下さい」
「エッ!?」
「気持ちは解るけどそれは出来ないよ。危険過ぎる」
「大丈夫です。俺これでも小さい頃からボクシングやってて、今度の大会も1年で唯一選手に選ばれたんです。だから自分の身くらい自分で守れます。それに、もし樹が何かを伝えたいのなら俺が行かなくちゃならない気がするんです」
その瞳には決死の決意が宿っていた。
「判った。一緒に行こう」
「ひーちゃん!?」
「僕も彼はいた方が良いと思う。きっと当麻君も彼だけに伝えたい言葉があるんじゃないかな」
「そっか、そうだよねッ!よし、葉桐君ボク達と一緒に行こう!」
「有難う御座いますッ!」
そうして3人は桜ヶ丘へとやって来た。
「こんちはーーーッ!!高見沢さんいますかーーーッ!」
小蒔が元気よく声を掛ける。
「小蒔…ここは病院なんだからもう少し静かに…」
「アッ、いっけなーい」
そんな2人の様子を見て光輝は後ろで笑いを噛み殺していた。
そしてしばらくして─
『ハーーーイッ』
と、返事が聞こえてきた。
「いたみたいだね」
頷き合う龍麻と小蒔。
ところが出てきたのは、
「アッ、龍麻さんに桜井さん。お久しぶりです」
「アレッ!?比良坂さん!?」
「そうか、今は君も桜ヶ丘(ここ)に居るんだったね」
「ハイ、私身寄りが無いですから。でもここの人達は皆さんとても親切にしてくれて、私今はすごく幸せです。これも…龍麻さんのおかげです…」
微かに頬を染め、俯いて紗夜が言った。
(そっか…。比良坂さんまだひーちゃんの事好きなんだ。当然だよね。生まれて初めて他人に優しくしてもらった上に、命まで救われたんだから…。でもゴメンね。ボクもひーちゃんのこと大好きなんだ。誰よりも。だから絶対離れたくない。他の人に渡したくないんだ。たとえどんな嫌な女の子に思われても…)
紗夜を見て小蒔は密かにそう思っていた。
「アッ、そうだ。ところで紗夜ちゃん、高見沢は居る?」
「えっ?あっ、ハイ。奥で仕事していますけど」
「悪いけどちょっと呼んでもらえるかな」
「ハイ、分かりました」
そう言って紗夜は奥へ入って行った。
その後すぐにパタパタと走ってくる音が近づいて来た。
「わ〜〜〜い、ホントにダーリンだぁ〜。桜井さんもお久しぶり〜」
満面に笑みを浮かべて舞子がやって来た。
「やあ、久しぶりだね。高見沢」
「コンチハッ、高見沢さん」
「い〜なぁ〜、桜井さん。いつもダーリンと一緒でぇ〜。ねぇ〜、ダーリ〜ン今度舞子もどこか連れてってぇ〜」
舞子は甘えるように龍麻の腕に抱きつき、意外と豊かな胸を押し付ける。
「ウッ…た、高見沢…」
小蒔の視線を気にして龍麻が何か言いかけた時、
「あ〜〜〜ッ!誰ぇ〜?この子ぉ〜。キリッとして、真面目そうでぇ〜、か〜わい〜いぃ〜〜〜!」
光輝に目を止めた舞子が龍麻の腕を放して駆け寄る。
「私ぃ〜高見沢舞子ぉ〜。よろしくねぇ〜」
「え…?あ、あの…、俺真神学園の葉桐光輝といいます。よろしくお願いします」
舞子に圧倒されながら光輝が律儀に挨拶を返す。
「あ〜ッ、それじゃあ緋勇君達の後輩なんだぁ〜。きゃはッ♪」
何時の間にか龍麻の呼び方が『ダーリン』では無くなっている。どうやら彼女持ちの龍麻より、光輝のほうに関心が移ったらしい。
(なんか高見沢さん、たか子先生に似てきてない?)
(ウ、ウン…)
小声で話す2人。と─
「あ、あの…そう言えば皆さんは高見沢さんにどういう御用だったんですか?」
それまで呆然と事態を眺めていた紗夜が、我に返ったように訊ねた。
「アッ、そうだ高見沢さん、ボク達と一緒に来てくれない?」
小蒔が思い出したように言う。
「え〜?どぉしたのぉ〜?」
「実は─」
龍麻が簡潔に理由を話した。
「お願いです。俺、高見沢さんならあいつの声、聞けるって…。だから教えて下さい。あいつが何を言いたいのか。どうして俺を襲うのか。そして、伝えて下さい。俺があいつに言いたい事を」
光輝が真摯な眼差しで頼む。
舞子は人差し指を顎に当て、小首を傾げてしばし考え込んでいたが、再び満面の笑みで答えた。
「ウン!わかったぁ〜。じゃあ〜たか子先生にお願いしてくるねぇ〜」
そういうとパタパタと奥へ駆けて行った。
微かに『わ〜い、お出かけ嬉しいなぁ〜』などと声が聞こえる。
「ところで何処へ行ったら当麻君に会えるんだろう」
「俺、心当たりがあります。中央公園の一角なんですけど、よく2人で一緒に遊んでいた所です。もしあいつに少しでも俺の記憶が残っていたら、きっとそこに現れるはずです」
「なるほど…」
と、舞子が戻ってきた。
「きゃはッ♪お出かけの許可貰ったから早く行こうぉ〜」
にこやかに舞子が言う。
「よくたか子先生許してくれたね」
「ウン。そのかわりぃ〜、今度葉桐君に一人でここに来る様にってぇ〜」
「アハ…アハ…ハ…」
小蒔の口から思わず乾いた笑いがこぼれる。
「あの…龍麻さん。本当は私もお手伝いしたいんですけど、2人も看護婦が居なくなったらきっと院長先生も患者さんも困ると思いますから…」
申し訳なさそうに紗夜が言う。
「大丈夫だよ。それより紗夜ちゃん、仕事頑張って」
「ハイッ!」
龍麻の励ましに紗夜は嬉しそうに返事を返した。
「じゃあ〜出発ぅ〜」
舞子の掛け声と共に4人は病院を後にした。
「ここがそうなのかい?」
龍麻の問いに光輝は小さく頷く。
そこは公園内の何処にでもあるようなごく普通の場所だった。
「きっとあいつは来るはずです」
その後2時間ほども待っただろうか。
そろそろ諦めようかと誰もが思い始めた頃、樹が現れた。
「樹―ッ!」
「待て!」
駆け出そうとする光輝を龍麻が押し止める。
「彼の顔を見ろ。凶相に覆われている」
「でもなんだか、とても苦しそう〜」
その途端、樹がこちらへ向かって駆け出すと滅茶苦茶にナイフを振り回し始めた。
「止めろッ、樹!止めてくれーーーッ!」
光輝の悲痛な叫びが響き渡る。
「高見沢!僕達が彼を引き付けるから、その間に話しかけて見てくれ!」
舞子が頷く。
(よし)
まず龍麻が前に出る。
それに樹が斬りかかろうとすると小蒔が弓で牽制する。
お互いの信頼関係が形作る、絶妙のチームワークだった。
それを見て舞子は樹に語り掛けた。
ビクンッ、と一つ身震いをして樹が動きを止める。
「貴方はいったい何を思っているのぉ?何か言いたい事が、誰かに伝えたい事があるのなら私が聞いてあげる。だから教えて。貴方の本当の心を」
樹は苦しそうに顔を歪めると、パクパクと口を動かした。
「…エッ!?…でもそんな事をしたら…」
舞子の顔に驚愕が広がる。
「…それは判るけど…でもそうしたら貴方は…」
いつしか樹の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「…ウン…ウン…そうだよね…ウン…きっと彼もそう思ってる…」
舞子の双眸からはボロボロと大粒の涙がこぼれだし、声は完全に涙声となっていた。
「…ウン、分かった…それじゃあ、そう伝えるね…」
「どうしたんですか!?あいつは、樹はいったい何て─!」
興奮する光輝に向かい、舞子はグスグスと鼻を鳴らしながら言った。
「…あの子、自分を斃してくれって…」
『!!』
「…自分はもう死んでるからって…でもこのままじゃ親友の貴方を傷つけてしまうからって…今はまだいくらか自分の意思で動ける時もあるけど、いずれそれも出来なくなってしまうからって…だからその前に自分を斃してくれって言ってるの…」
「そ…そんな…」
「酷いッ!酷いよッ!」
「…………」
3人は何も掛けるべき言葉が見つからなかった。
「…あのね、霊って普通は時間が立つと自然と浄化されて次の世代へと生まれ変わることが出来るの。でもあんな風に無理やり性質を変えられてその上強い衝撃を受けたりすると、その魂は完全に消滅してしまって2度とこの世には転生出来ないの。あの子はその事を知ってるの。でも、それでも親友の貴方を傷つけるほうがずっと苦しいからって。だから…だから…」
その後は言葉にならなかった。
しばし思い沈黙が流れた。やがて─
「僕がやろう」
龍麻が立ちあがり、樹の方へと歩き出したが─
「待って下さい!」
光輝が龍麻を呼び止めた。
「俺にやらせてください」
「無理だ。彼は今普通の状態じゃない。何時君に襲い掛かるか分からないんだ」
「でも、俺が、親友の俺がやらなくちゃならないんです。今やっと解りました。俺の《力》が何のためにあるのかが─」
「葉桐…」
「葉桐君ッ!」
「…葉桐君…」
光輝の体から立ち昇る青白い光。
それは確かにかつて龍麻達の身体にも現れた戦う為の《力》の証だった。
「分かった。葉桐、君の手で決着をつけてくるんだ」
「有難う御座います、緋勇先輩」
闘いは一瞬だった。
樹は一歩も動かず、その身体へ青白い光を纏った光輝の拳が吸い込まれた。
ゆっくりと崩折れる樹の身体を光輝が抱きとめる。
生前と同じ穏やかな笑みを浮かべ、樹は口を動かした。
涙で歪む光輝の視界の中でそれは『ありがとう』と言った様に見えた。
そして次の瞬間、樹の身体は風に溶け消えた。
「樹―――――ッ!!!!」
光輝の絶叫が響き渡った。
「葉桐…」
何も言えず龍麻が光輝の肩に手を置く。
「…緋勇先輩、誰が樹をこんな風にしたんですか…?」
「…解らない。けれど、おそらく放っておいたらまたこういう悲劇が繰り返されるだろう。だから僕達はその犯人を追っている。もう誰も悲しむ事が無いように」
その言葉を聞き、少しして光輝が顔を上げた。
「先輩!俺にも手伝わせて下さい。もし誰かがまた樹のような奴を増やそうとしているなら俺は絶対に許さない」
その決意に満ちた眼を見て、龍麻は柔らかな微笑を浮かべ右手を差し出した。
「これからよろしく頼むよ、葉桐─」
その様子を見ている2人の男が居た。
1人は引き締まった体つきの20代後半ぐらいの男。
もう1人はまだ少年といった年頃で、痩せた身体に青白い肌、そして異様に広く突き出た額が印象的だった。
年上の男が少年に向かって言う。
「どうやら失敗したようだな」
「…ヘッ、今回のはただの挨拶代わりよ。奴らの地元で事件を起こして引っ張り出すのが目的だ。次は、本物の地獄を見せてやるぜ」
そう言って少年は引きつるような笑い声を上げた。
「…フッ、楽しみにしていよう。くれぐれも俺の授けた『外法』の力無駄にはしてくれるなよ」
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