(つまらんなぁ…)
中央公園のベンチに横になりながら、劉が内心愚痴る。
(最近のアニキ、ちぃとも構ってくれへん。…いや、気持ちは分かるんや。アニキと小蒔はんがお互い好き合うとるんはみんな知っとるし、せっかく闘いが終わったんやから出来るだけ一緒に居たい言うんも分かるんやけどなぁ。別に羨ましいのとは…羨ましいんかなぁ、やっぱ。ワイかて好きな女の子の1人くらいいてるしな…)
何時も控えめで柔和な笑みを絶やさない、黒髪の少女が頭に浮かぶ。
(けど、無理やな。ワイはもうすぐ中国へ帰る身やし…)
思いを馳せながら小さく溜め息をつく。
(…せやけど、一度くらいなら…)
そして劉はおもむろに公衆電話へと向かった。
「――ハイ!あ、あの織部でございますッ」
雛乃はわたわたと鞄から携帯を取り出した。あまり慌てたので危うく電話を取り落とすところだった。
実は雛乃はこの携帯電話という物があまり好きではなかった。小さすぎてどこへ話して良いのかよく分からないし、高い通話料は不経済である。第一操作が難しい。彼女には家にある使い慣れた黒電話の方が、よっぽどしっくりきて良かった。だから自分には携帯など不要だと考えていたのだが、
『お前はしっかりしているようで結構ポーッとしているところがあるから持ってろ!この間もプールではぐれたばかりじゃねぇか!』
と、雪乃に言われて仕方なく持っている。もっともその後半年近く立つが、ほとんど使ってはいない。
「あ…劉様ですか?どうなさったのですか?」
『あんな、雛乃はん。あ…あの、えーとやな…(あかん、ワイえろう緊張しとるわ)』
「はい?」
『えーと、その…今日も良い天気でんなぁ(何言うとんねん!)』
「ええ、とって良いお天気ですね。お洗濯物がよく乾きそう」
『そ、そらぁ結構なこっちゃ。ア…アハハハ…(笑っとる場合ちゃうやろ!)』
「劉様…?何か様子が変な気がするのですが、何かあったのですか?」
『え?あ、い、いや、大した事ちゃうねん。実は…(よ、よっしゃ、言うでッ!)』
ビーッ、ビーッ、ビーッ!
『ツーッ、ツーッ、ツーッ……』
「あら?切れてしまいました。どうなさったのでしょう?」
雛乃は小首を傾げながら、携帯をしまい込んだ。
しばらく考え込んでいたが、やがて向きを変えて歩き始めた。
劉は公衆電話に突っ伏した態勢で固まっていた。
「ワイ、何してんのやろ…」
度数ゼロのテレカを握り締め、自己嫌悪に陥る。自分がこう言った事が苦手なのは重々承知してはいたが、緊張のあまり用件も言えず電話が切れるなど情けないにも程がある。
「アカン、考えれば考えるほどへこんでくるわ…」
ガックリと肩を落とし、とぼとぼと公園へ戻ってベンチに横になる。そのまま鬱々と考え込んでいる内に、何時の間にか眠ってしまっていた。
「ン……?」
目が覚めると、何かが身体の上に掛けられていた。見るとコートか何かの様に見える。
「なんでコートが…?」
辺りを見回した劉は、隣のベンチに座って自分を見ている人物を目にし、飛び上がった。
「ひ、雛乃はんッ!?」
雛乃が自分のコートを劉に掛け、微笑みながら彼を見下ろしていたのである。
「劉様、いくら暦の上では春になったとは言え、まだ肌寒うございますから、このようなところで転寝していては風邪を引いてしまいますよ」
雛乃が穏やかな口調ながら嗜める様に言う。
「せ、せやけどコレやったら逆に雛乃はんが風邪引いてしまうで」
慌ててコートを雛乃に掛けようとする。
「大丈夫です。私こう見えても身体は普段から鍛えておりますから、コレくらいでどうにかなる事はありませんわ。それより寝起きには身体が冷えておりますからもう少し着ていて下さい」
「そ、そない言うたかて、女の人から上着取って着るような真似――へっくしょッ!!」
「フフフ、ほら、どうぞ御遠慮なさらずに」
クスクスと笑いながら、雛乃がコートを劉に掛けなおす。
「……スンマヘン」
バツが悪そうに言う。が、コートからふわりと柔らかい香りが漂う。
(あ…雛乃はんの匂い…良い匂いや…ってワイ何考えとんねん!)
顔が熱くなるのが自分でも分かる。
「劉様?顔が赤い様ですけど、やはり風邪を引かれたのでは無いですか?」
心配そうに雛乃が顔を覗き込む。
「わッ!な、なんでもあらへん」
「…そうですか?」
「そ、それより雛乃はん。なんでこんな所におるんや?」
誤魔化す様に言って、ふとその事が本当に気になってきた。
(もしかしてワイに会いに…?)
「お爺様の御用で龍山様の所へ行った帰りに、劉様がお休みになっているのが見えたものですから」
「ア…アハハ…そ、そうか。そう…やな…(ハア…何期待してんのやろ、ワイ)」
内心溜息をつく劉。
「でも本当の所は、先程劉様のご様子がおかしい様でしたので、明日伺う予定だったのをついでに今日済まして参ったのです」
「え…?ほな…」
「フフフ、劉様に会いに来たようなものですね」
微笑みながら雛乃が言った。
(メッチャ可愛い…)
自然と顔が緩む劉であった。
「ところで劉様?」
「…………ハッ、ハイ!?」
不意に声を掛けられて、思わず声が裏返る。
「先程何か私にお話があったのでは無いですか?」
「エッ!?あ、あれな…ハハ…その、大した事とはちゃうんやけど…(アカン、思い出したらまた緊張してきよった)」
しかし雛乃は真っ直ぐ彼の顔を見つめている。
(…誤魔化せる雰囲気とちゃうなぁ。…よ、よっしゃ。ほな、今度こそ言うで)
心の中で気合を入れる。
「あんな、雛乃はん」
「はい?」
「明日…暇でっか?」
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