『きゃ〜!』
『変態〜!』
イリーナ達が広場に行く数時間前のリファール市街。まだ人通りも少ないストリートに婦女子の悲鳴が飛び交う。
『ママー。あれなに〜?』
『しっ!見ちゃいけませんっ』
幼い子供の視線の先にはかつて神官の法衣だったであろう布の破片を身にまとったドンの姿があった。神殿から預かった大切な箱を持ち去ったイリーナを探し、市街地をひとしきりストリーキングしてきた彼の服はもはや服の役割を果たしてはいない。肝心なところが隠れていない。
『だれかっ、衛兵をっ』
『あいつ、目が血走っているぜ・・・』
周囲の騒ぎなど彼の耳には入ってこない。彼の頭の中にはイリーナを探すことしかないのだ。そんな周囲が半裸の神官に目を背ける中、その鍛え上げられた肉体を見つめている少女がいた。
『あの赤黒く高密度に発達した筋肉は・・・ドン様?』
ミリエラ・リーンホース。かつてドン達の師事を仰いだ通称「お嬢様戦隊」の一人である。彼女はその物体をドンであると認識すると、ドンのもとに走り寄った。
『ドン様、お久しぶりでございますわ。でも、こんな街中でそのようなお姿・・・どうなされたのですか?』
すっかり頭がのぼせ上がっているドンもミリエラの呼びかけによって少し冷静さを取り戻したようだ。
『・・・ミリエラ殿じゃったな?そのような姿と・・・は・・・なっ!!』
頭に上っていた血液が今度は急激に引いていくのがわかる。それと同時に羞恥心が湧き上がってくる。ドンはあわてて髭で前を隠す。彼の髭は三つ編みに編みこみ、先をリボンでまとめいて、伸ばすと股下のあたりにまでなる。
『ちょっとまって下さいね。いま共の者に服を用意させますから・・・』
ミリエラはリファール貴族のご令嬢。回りには荷物をもった従者が3人ほど立っている。その中の一人がミリエラに呼ばれ近づく。
『・・・そう、無いの。困りましたわね。・・・あ、そうですわ。』
ミリエラが従者の男に耳打ちすると、男は荷物の中からなにやら取り出した。
『ドン様に合う殿方のお召し物がなくて・・・代わりにこれをお召しませ。お母様のプレゼント用にと今日買ってきた物ですけれど、緊急時ですので仕方ありませんわ。』
と取り出したものはサイズこそ多少(けっこう)大きめであるがまさに西洋人形のお洋服、ひらひらフリルがいっぱいついてるとてもかわいらしい(?)服である。
ドンは始め、その服がこれから自分に着せられるものであるという認識ができなかった。
彼女は自分の母親にこんな物を着せようと言うのか。それを着る彼女の母親はどんな体型をしているのだろうか。それ以前に彼女のセンスって一体・・・数瞬の間、そんなことに思考を奪われていた。そして・・・
『・・・え?このお嬢様、この服をワシに着せようというのかっ!?』
ドンの脳裏に戦慄が走る。が、自分が半裸に近い格好であることも事実(とくに下半身は殆ど隠れていない)。ご好意を断るか否かを迷っていると。
『遠慮することなどございませんわ。貴方達、ドン様のお召しかえを手伝って差し上げなさい。』
従者たちは素早くドンを取り囲むと周囲から見えないようにテキパキとドンにその西洋人形のような服を着せる。ドンは自分が何をしてよいか分らず、ただ呆然となされるままの状態であった。
『まぁかわいいゥ ドン様、よくお似合いですわ。』
従者達が下がるとそこにはかわいらしいフリルのついたお洋服に身を包んだ髭面のドワーフが呆然と立っている。滑稽ではあるが、かわいいかどうかは甚だ疑問である。
『それでドン様、先ほどは何をお急ぎでいらしたの?』
『あ、そうじゃ!イリーナ殿がっ・・・』
イリーナと例の箱のことを思い出したドンにはもはや自分の格好のことなど思考の外。ミリエラに事の次第を伝える。人探しなら人数の多い方が有利であると考えたからだ。
『事情は分りましたわ。とりあえずはイリーナ様をお探しすれば宜しいのですね?幸いこのあとペギー達とランチをご一緒する予定でしたの。彼女達にも協力してもらいますわ。』
『有難い。では3時間後に広場のあたりで落ち合おう。イリーナ殿を見かけても、無理に箱を取り戻そうなどしないで見失わないように後を付けていてくだされ。』
そしてドンとミリエラ達はそれぞれ別の方向に走っていった。ひらひらフリルのスカートをなびかせているドンは、そのスカートの下に何も穿いていないことに気が付いていない。
『きゃ〜!』
『変態〜!』
そしてまたストリートに婦女子の悲鳴が飛び交う。
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