逆襲のシーズィ




 その日、多くの亜人達が集う中、1人のエルフが演説を続けていた。

「――その結果、諸君等が知っている通り混沌の軍団の敗北に終わった。それは良い!しかしその結果人間達は増長し、西部諸国内部は腐敗、「百年の会」のような反亜人運動を生み、クロスノー山脈ダークエルフの残党を騙るファルヴァンの跳梁ともなった。これが迫害を受ける亜人を産んだ歴史である!

 ここに至って私は、人間が今後絶対に迫害を繰り返さないようにすべきだと確信したのである!それが隕石を西部諸国に落とす作戦の真の目的である!これによって西部諸国の迫害の源である人間達を粛清する。

 諸君、自らの道を拓く為、亜人達のための政治を手に入れる為に、あと一息、諸君等の力を私に貸して欲しい。

 そして私は、師アスナートの下に召されるであろう!!」

 そのエルフ、シズルファーナが一際大きな声で宣言すると、広い集会場を大歓声が包み込んだ。

 

「ボズ、大変なのだ〜。タラント南部の村が「猫撫で同好会」を名乗る軍隊に占拠されたのだ〜!」

 ボズ・ウェッジがイリーナ・フェリクスの報告を受けてリファール中央広場へ行くと、王国の騎士が状況を説明していた。

「シズルファーナは西部諸国各国に対して、その村を亜人達の領土とし、独立を承認する事を要求しています。しかしその後の交渉では、シーズィは直接交渉は望まず、ただ実戦あるのみと言っているようです」

 と、そこへ突然風の精霊がシーズィの言葉を運んで来た。

『西部諸国連邦がこの村の主権を認めぬ場合、我々は西部諸国の中心であるタイデルに対し、直接的な攻撃をする用意がある!』

「シーズィって冒険者として一緒に闘った、あの凸パチエルフのシーズィ…?ハッ!」

 イリーナはハッとして隣に立つボズの顔を見上げた。

「シーズィ…」

 

 数日後、シーズィによるタイデルの直接攻撃を控え、日ノ出屋では西部諸国でも名立たる冒険者達がミーティングをしていた。

「バルガ、タイデルの参謀本部から出撃命令は下りたのか?」

「いや、まだだ。タイデルのお偉いさんはシーズィが生きている事さえ信じていないよ。蛮族の連中も亜人寄りだし、市街から「猫撫で同好会」を支援している人間を嫌う亜人達は山ほどいる」

 あっさりと否定するバルガ・ゲインドルフに、ボズが非難するような声を上げた。

「だからと言って、シーズィに西部諸国を潰させるのか!?」

「だから魔術師ギルドにエリアを呼び寄せさせている。今の日ノ出屋の切り札と言ったら彼女だからな」

 言われてボズは、今や大陸有数の魔術師として、各国のギルドで積極的な活動を行っているアルビノの女性導師エリア・ラークスを思い浮かべた。

「イリーナ、魔術師ギルドの方はどうなっている?」

「ギルドから送られてきた返事なのだ〜。この手紙によると冒険者だった頃より体重が3キロ減っているようだけど、準備は予定通り進行しているのだ〜」

「だがシーズィが動き出せば明日にも必要になるぞ」

「ケイトはお嬢様生れの分、肉体能力が落ちるのだ〜」

 現在日ノ出屋で活躍する唯一の魔術師であるかつてのエリアの生徒は、残念ながらシーズィを相手にするには力不足の感が否めなかった。

「分かった。イリーナ、明日魔術師ギルドへ行ってくれ。エリアの冒険者復帰を10日繰り上げ、実戦配備の調整はこちらで行う」

 そして彼等はそれぞれの役割に向けて動き出した。それすらもシーズィの思惑の中である事には気付かずに。

 

「人間は亜人達と交流するようになってからも迫害を続けたのは何故か?」

 シーズィは自分の執務室で、もっとも長い時間を共に過ごし、今回の作戦においては秘書でもあるイルゼ・マリスンに問い掛けた。

「例外を認めて西部諸国に人間だけが就ける職業を残したからだヨ」

 イルゼの答えに小さく肯き、自分で後を続ける。

「それと人間は元々テリトリー争いをする習性のある動物だからだ。私は亜人の革新を信じたいのだが、人間全体から亜人への偏見を無くす為には誰かが人間の業を背負わねばならんと分かったのだ」

「シーズィはあのボズを見返したい為に今度の作戦を思い付いたんでしょ?」

 悪戯っぽく笑って言うイルゼに、シーズィは苦笑して答えた。

「私はそんなに小さい男かな?」

「ボズは優しさが冒険者の武器だと勘違いしている男だヨ。女性ならそんな男を許せるけど…」

 そこで言葉を切ったイルゼは、手元に持っていた資料を軽く纏めると、部屋の灯りを消してシーズィの傍に寄って耳元で囁いた。

「シーズィはそんなボズを許しておけない」

 シーズィはその言葉には何も返さず、ただ窓から覗いている真円を描く月だけを見詰めていた。

 

「…うう…う…」

 その夜ボズは日ノ出屋のベッドの上で、うなされながらも夢を見ていた。遠い過去の記憶である夢を…。

 それは何も無い空間に浮かぶ彼へと向かい、1羽の鳥が羽ばたいてくる夢であった。そして彼はそれが1人の女性を思い起こす事に気付いていた。

『レインローダ…!?』

 それはかつて彼が心を通わせた事のある女性の名。

 レダはやがて自分本来の姿へと変わり、静かな声でボズへと話し掛けてきた。

『…意識が永遠に生き続けたら傲慢?私は永遠に貴方達を見ていたいの』

『そりゃエゴだよ!』

 貴方達と言う言葉にボズが反応する。それが自分と誰を表しての言葉か分かったのだ。

『…私は永遠に貴方達の間にいたいの』

 しかし意にも介さぬように続けるレダの言葉にボズは激昂した。

『シーズィは否定しろッ!!』

『…彼は純粋よ?』

『純粋だと!?』

 その問いに微かに微笑むと、レダは姿を消した。

 そして同じ時刻、数十キロも離れたとある屋敷で、もう1人同じ夢を見ている人物がいた。

「…レ…レイン…ローダ……う…ううッ…ッ!?」

 シーズィは不意に目を覚まして起き上がった。何も着ていない身体にはびっしょりと汗が流れている。彼はふと同じような姿で隣に眠るイルゼを見下ろすと、ガウンを纏い彼女を起こさぬよう静かに部屋を出て行った。

 そしてイルゼもまた、シーズィを気遣う様に彼の行動に気付かぬ振りをしていた。

 隣の部屋に出て行ったシーズィは、とある書類を眺めていた。それはエリアの準備が早く終わるよう、別の魔術師を手配した書簡だった。

「情けない冒険者と戦って勝っても意味が無い!」

 無造作にその書類を投げ捨てるシーズィ。そして何時しか彼は先ほどの夢と、そして彼女のいた頃の事を思い起こしていた。

「レインローダは人間であるボズに求めていた優しさを見付けた。あれが冒険者同士の共感だろうとは分かる…だが!」

 呟く彼の瞳は何を見ているのか…。

 

 シーズィの動向を探っていた密偵の報告を受け、バルガはボズやリュウガに状況を説明していた。

「遂にシーズィの部隊が村を出た。向かっている先には隕石の発生装置がある。もしコイツを街に落とされればタイデルなど一瞬で無くなってしまう。これでタイデルから出撃許可がようやく下りる。あの裏切り者の息の根は私達で止めねばな」

「燃えるなよ、バルガ」

 傍目にも力の入っているように見えるバルガを、リラックスさせるようにボズが言う。

「分かっている。エリアの力、明日にも必要になるぞ。イリーナは予定通りギルドへ向けたか?」

 肯きながらも顔を曇らせるボズ。

「ああ、だが間に合わない。お嬢様戦隊と組んでやってやるさ」

 その日の内に出動が決まり、彼等はシーズィ達の動きに合わせてタイデル南方の街道を進んでいた。しかし別の密偵が報告した状況は彼等の思惑を遥かに越えて切迫していた。

「ボズ、あまり時間が無い。2分以内に隕石の落下を阻止するんだ」

 バルガの言葉に肯くボズ。

「ボズ、その他出る!」

 お嬢様戦隊と共に行動を開始するボズ。

 また別働隊長としてセルクルが選ばれ、彼女も恋人のリュウガに送り出されて動いていた。

「待っていてよ、リュウガ…。セルクル隊、出ます!!」

 先に亜人の部隊と戦端を開いたのは彼女だった。そしてその部隊を率いるハーフエルフは彼女にとって見覚えのある女性だった。

「カイン?カイン・ストルダーク!」

 カインはかつての仲間に率いられた人間達の部隊を見て、不敵に笑った。

「フン!綺麗に掃除してやるよ!」

 ときの声を上げ、一気にセルクルへと詰め寄るカイン。セルクルの剣と、かつてセルクルが贈ったカインの剣が火花を散らしてかみ合う。その技量はセルクルの知っていた頃より遥かに上達していた。だが――

「くぅッ!!ちょこまかとッ!」

 剣での勝負にはセルクルに一日の長があった。

「よし、ターゲット正面!もらったぁッ!!」

 セルクルの持つ剣が、カイン

「ボズ先生!隕石落下装置がタイデルに向けて作動開始しましたわ!きゃあッ!!」

 斥候に出ていたペギーが電光に貫かれた。以前は共に杯を酌み交わした仲でもある、ハーフエルフの魔術師アフである。盗賊としても卓越した腕を持つ彼は、歴戦の勇士であるボズに取っても強敵と言えた。しかし傭兵上がりとは思えぬ洗練されたボズの剣技は確実にアフにダメージを与えている。しかし、まさに彼がアフに対し決定的な一撃を見舞おうとしたその時、一筋の光が彼等の戦いへ割って入った。

「まだ援護がいたか…シーズィか!」

 何時からそこのいたのか、現れたのは確かに亜人達のリーダーである、シズルファーナであった。ボズはシーズィを睨み付けると、作動し始めている装置を指差し怒鳴った。

「なんでこんな物を西部諸国に落とす!これでは西部諸国が寒くなって人が住めなくなる。核の冬が来るぞッ!」

「人間達は自分達の事しか考えていない。だから抹殺すると宣言した!」

「人が人に罰を与えるなど…!」

 互いに剣を、あるいは光の槍を繰り出し他者の介入を許さぬ戦いを繰り広げる2人。

「私、シズルファーナが粛清しようと言うのだ。邪魔をするな!」

「エゴだよ、それはッ!!」

「西部諸国が持たん時が来ているのだ!!」







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