風詠み唄




風に乗って、メロディが私の耳に届いた。

「……この曲は……」

思わず声に出してしまった。
初めて聞くはずなのにどこか懐かしいそのメロディは、私達のパーティメンバーであるカレシアが横笛で奏でていた。

「カレシア」

そろそろ出立する、という呼びかけと、いまし方奏でていたメロディに着いて聞こうかというつもりと、私自身どちらのつもりでかは分からないが声をかけた。

「ん? シーズィか。もう出立か?」

背後からの私の不愛想な ――― 自分で言うのもなんだが、本当にそう思う ――― 呼びかけに、カレシアは相変わらず人懐こい笑顔で振り向いた。
カレシアは私と同じ、エルフだ。
とはいえ生まれた森も違えば育った境遇も違う。
私がアレクラスト大陸最大のエルフの部族、ユニコーンの森で生まれ育ったのに対し、カレシアは大陸東方の風鳴りの森の出身だ。
10年程前、丁度成人と認められると同時に閉鎖的な森に嫌気が差して人間界に出てきたと言う。
私も人間界に来て10年ほどは経っているのだが、未だに人付き合いは上手く行かない。

「ああ、そろそろ行くそうだ。日が暮れる前に次の宿場についておきたいからな」
「ん、わかった」

立ち上がって服についた土を払い、促した私と共に仲間の方へと戻る。
歩き出し、何とはなしにカレシアに問い掛けた。

「先程の……」
「ん?」
「先程の曲、あれは何だ?」
「さっきのって……ああ、風詠みの唄のことか」
「風……詠み?」
「ああ。シルフが風の精霊界で奏でている唄を物質界に生きる者にも分かるように記したもの、らしい。詳細は知らないけどな」

そう言うと、カレシアは歩きながら横笛を口に当て、先程のメロディを奏で始めた。
夕刻の風に乗り、穏やかな旋律が走る。

――― 風の精霊の歌声……か……

私は風の精霊界に行ったことなどないし、これといってシルフと親しくしているということでもない。
だがそれでも、その旋律は何故か私の心にノスタルジックなイメージと共に染み入ってきた。

「大陸の東のさ」

笛を口から離し、カレシアが言う。
私に語るというよりは半ば独白めいた口調だ。

「大陸の東の海を越えた向こうに、島があるんだ。その島にも色々国があってね。そこの一国で、この曲を学んだんだ」
「良いところだったのか?」
「……ん? 何故、そう思う?」
「分からん。分からんが……その旋律を奏でるお前が、懐かしんでいるように見えたのでな」

私が思った事を言うと、カレシアは複雑な笑みを浮かべた。微苦笑、といえば似つかわしいだろうか。

「どうした」
「いや、なに……シーズィ、お前時々人の心を見透かすなぁ」
「?」
「良いところだったよ。だが、哀しいところでもあったな。ま、それ以上に……良いことのあった場所でもあったのさ」
「良いことか」
「ああ、良いことさ」

腰のレイピアをぽんと叩いて、カレシアは改めて私を促した。

「さて、次の宿場まで急ごうぜ!」

もう間もなく夏が来るという時期の、旅の途路のことだった。






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