Beginning         


何もない平穏な昼下がり自室で机に向かうカインの姿があった。

・・・・ふぅ。

溜息を一つつき書き終えた手紙を封筒へとしまう。
これで何通目になるだろうか・・・引き出しの中には出せずしまいの手紙の山が増えていく・・・

「結局、出せないのなら書かなければいいのにな・・・・私も・・・」

椅子に持たれ窓の外を朧気に見つめる瞳は何処か寂しげで窓の外に広がる澄み渡る空を映していた。

「・・・・・・・この暑さでもあの格好のままなのかしら・・・・」

思いを馳せるのは手紙の相手の事・・・・幾度か届いた手紙にはいつも同じ様な事が数行綴られているだけ。

「これは手紙じゃなくて電報よねぇ?」
「ピュィ?」

横で首を傾げたのはカインのペットであり伝書鷹の「リーヴァ」アノスから着いて来たのだ。
もう何度目を通したかも知れないその手紙の見慣れた字にまた視線を落とす。

[内服薬 一日3回14日分 朝・昼・夕 食後に一回 3錠服用の事。
医療法(あるのか?)によって一度に渡せる分は2週間までと決まっているので又送封する。アフ]

汚くは無いが医者によくある無愛想かつブッキラボウな字で書かれたたった2行。

後は筆まめなレダが他のみんなの近況について簡単につづられて、他の皆にもよろしくと几帳面そうな美しい字で締められていた。
店長やその他の日之出屋の皆はその手紙を楽しみにしていたし、カイン自身もその例外ではないのだが・・・・

「もう少し書く事ないの?体調はどうだ?とか、元気か?とかさ・・・・・・。次もこんなんだったら薬飲んであげないんだから・・」

手紙に向かってベェっと舌を出しみるがだた虚無感が訪れるだけ。
こんなのじゃ返事なんて出せないわよ・・・・と思いつつも出すことの出来ない手紙を毎日のように書いている・・・。
らしくないと言ってしまえば終りなのだが・・・会えなくなって既に二ヶ月の時が経っている。
声すら聞いていない・・・約500km離れたリファールとラムリアースではテレコール・アミュレットも使えない。
「・・・・・。」

口を噤んでしまったカインを慰めるようにリーヴァが摺り寄って来る。

「・・・・・大丈夫よ、ありがと。」

リーヴァの頭を撫でながらふと嫌な考えが頭を過る・・・・・まさか・・・・・頭の中の言葉を必死に否定して立ち上がる。

「少し散歩に行こうか・・・・。」

リーヴァを肩に乗せ階段を降りると昼食中のリュウガとセルクルの姿があった。

「あれ?カイン、出かけるのか?」
「えぇ。少し散歩にね。」
「それ(鷹)連れてか?・・・少し顔色悪いぞ?気をつけていけよ〜。それでなくとも卒倒癖ついてんだから」
「卒倒癖・・(汗)アハハ、大丈夫よ。あ、そうだ、これ。昨日の晩遅くにラムリアースから届いたの。渡すの遅くなってごめんなさいね?」
「あ、いやそれはぜんぜん構わないけど・・・」

リュウガが言い終わらぬうちに指に握られていた手紙を渡すと逃げるように散歩へと出かけた。

「参ってるわよねえ・・あれ?」

カインが降りてきてから日之出屋自慢の香草焼きにフォークをさしたまま様子を見守っていたセルクルが呟く。

「参ってるよなあ?」

本日3杯目の山掛けご飯を飲み込んでリュウガも頷く。

セルクルは食べる手を休めてカインが置いて行った手紙を開いて目を通した。

「二ヶ月以上も離れてるんですもんね。つらいだろうなあ・・・」
「俺二ヶ月以上待ってたんですけど」
「あっゴメン(汗)でも前は無理やり色んなお店に引っ張りまわされたりしたけど最近は部屋に居る時間も増えたし・・・」
「大体アフ、あの後そっけなさ過ぎるんだよなー。先月だってビジネス文書みたいなの一枚だけだったし。もうちょっとこう熱く語らないと!」
「リュウガは熱すぎ。あ、でも薬の量は減ってるみたい。」
「げふ。ともあれもうラムリアースに無事ついたんだから後は戻ってくるだけだろ?来月には帰って来れるんだからよかったじゃん。」
「・・・そうでもないみたいよ?」
「へ?」

身を乗り出してセルクルの手にある手紙を覗き込む。

「・・・・CZが来賓として参謀庁入り。後の皆は実績を買われて非公式だけどフレアホーン王の懐刀として働くことになったって・・・・」
「・・・・っつーことは暫く帰って来れない?」

2人は見合わせてカインが極端に顔色の悪かった理由を悟ってため息を漏らした。



「・・・・・あれ?」

「ん?どうした?セルクル」
「これ・・・・。」

手紙を読み返してしたセルクルがその内の1枚をリュウガに手渡す。

「あれ?これって・・・・・カインの手紙じゃん。うわぁ、達筆で読めねぇ・・・。」
「返事書いてたのね。でも・・・・出してるとこ見た事ないわよね?」
「あぁ。手紙にもカインから手紙がきたなんて事一言もなかったな。」

部屋で見ていた時に紛れてしまったのだろう。本人は気づかずに出かけてしまった。

「・・・・カインからの手紙が来てたらさすがに返事書くよな・・・?いくらアフでもさぁ。」
「いくらって・・・。でもまぁ、そうよね・・・。」
「ってことは・・・書いたはいいが、出せずじまいのままと見た。これってこの一枚だけか?」

セルクルはリュウガに言われまだカインの手紙があるかどうかパラパラと探し・・・

「あ、これもそうね。」
「この二枚か・・・。親父さん、封筒ある?」
「あぁ。あるぞ、ほら。何処かに手紙を出すのかい?」

カウンターに居た店主がリュウガに封筒を渡す。

「あぁ、ラムリアースに居る連中にね。」
「それなら、丁度良い。今日の夕方、ラムリアースに送るものがあるんで配達頼んであるんだ。一緒に届けて貰うかい?」
「あ、いいね。頼める?」
「ちょ、ちょっとリュウガ!」
「ん?どうした?」
「どうした?じゃなくって・・・・・」

いつもの事ではありながら勝手に進めて行くリュウガに止める気力を失ってしまった。 

「セルクル、ここにチョコチョコっと宛名かいて。」
「書いてって・・・何でアタシが?」
「セルクルだって、カインの喜ぶ顔見たいだろ?だから、ほら。」
「う・・うん・・・・。」

気迫に負けてかなんなのかセルクルは素直に宛名を書き始める。

「ん。サンキュ♪親父さん。これ頼むな♪」
「お。たしかに。」



夕刻、店主の郵便物を乗せた宅配屋の馬車と入れ違いにカインが帰って来た。

「おう、お帰り。今日は一段と顔色が悪いが大丈夫か?」
「えぇ、まぁ・・・・。少しでも動いておかないといけないし。」

2階へ上がろうとするカインを再び店主が呼び止める。

「そうだ、リュウガから預かった手紙、さっき出しといたから。4・5日で向こうに届くだろうさ。返事が楽しみだな。」

ニコニコとする店主の言葉の意味が解らず首を傾げる。

「・・・・手紙?リュウガに手紙なんて頼んでないけれど・・?」
「ははっ、照れちゃって。隠さなくたっていいさ、もう2ヵ月だもんなぁ・・・」

一人で納得している店主の言葉に一抹の不安が過る。

「・・・ねぇ、もしかしてその手紙って・・・・・」
「しかし、個人宛で出しちゃぁ向こうできっと冷やかされてるぜ、アフ。」

・・・・・・・・あ、アフ?!
その言葉になんの手紙なのかおよその見当は付いた。が、その結論が出るよりも先に意識が途絶え、
目を覚ましたのは向こうに手紙が到着した4日後の話だった。



ラムリアースの宮殿の一室。
普段は来賓様に空けてあるその部屋の中の一目見ただけで高価なものだとわかる美しい革張りのソファーや机の上には多くの兵法書や地図、はたまた地形観測具までもが散乱し高価な漆塗りに傷を作っていた。

その横にあるベットに3人の人影。
一人は明らかにプリーストとわかるドワーフ。
もう一人はこの屋敷にはこの部屋にはどう見ても似つかわしくない黒いマントで全身を覆っている男。
そしてエルフはベッドに座り込み泥のついたブーツを床に放り出して包帯に包まれている右手を二人に見せていた。

ただえさえ腕の傷が膿みただれ、その痛みに自分の神経をすり減らしているというのに孤立無援の地で頭の固い老人と四六時中顔を合わせることになり、そのエルフの元々愛想の無い顔にさらに深い眉間のしわが刻まれている。

「昼の化膿止めを飲まなかったな?昨日よりも酷い。そんなことでは何時までたっても直らんどころかこの手自体が使い物にならなくなる。」

テキパキと処置を施し包帯を巻き変える物腰は優しいが口調は彼のものにしては珍しく強かった。

「っつ!!すまない、あの頑固爺・・・もとい旧老院の人間がどうも頭が固くてな、しかしあれを納得させんと部外者の私は身動きが取れん。あ、いや。今日の会議が伸びに伸びたのはアフ、お前のせいでもあるぞ。」
「?」

突拍子もなく自分の話題になり、手を見ていた目線を上にあげる。
その先には白い封筒が一枚。

「お前、何時カインに参謀庁に手紙をよこしていいなどといった?ただでさえ一般人を入れることに旧老院はうるさいのに。私の主治医ということで収めたが参謀院にお前の名宛てで直接送ってくるなど、あの爺どもが大喜びで攻め立ててくるだろうが。」

処置の終わった手をそのまま伸ばして受け取りしげしげと眺める。
「カインが?参謀庁に?」
「ああ、険閲のために開けられているが回収するのも苦労した。」

宛名がカインのものでないと認めると視線をエルフの元に戻しため息をつく。

「俺は参謀庁の事は伝えてないぞ?レダに頼んで薬を定期的には送ってはいるが。」
「レダに?」

エルフの眉間のしわがさらに深くなる。
このエルフの心労を増やした犯人の候補が一気に3名に増えた。




一方、日ノ出屋

「・・・・・・ん・・・・。」
「あ、カイン・・・気が付いた?」

意識が戻ったカインの視界にまず入ったのは目に大量の涙を溜め覗き込んでいるセルクルの姿だった。
辺りを見渡すとそこは自室でセルクルの他に人影はない。

「・・・・私は一体・・・?」
「1階の階段の所で意識を失っていたんだよ?覚えてないの?」
「階段で・・・・・・あ!!」
・・・・・くらっ・・・・・
勢い良く飛び起きたはいいが急激な行動に目眩を起こす。
「まだ寝てなきゃダメだよ・・・・やっと意識が戻ったっていうのに・・・4日も意識がなかったんだよ?」
「・・・・4日?!・・・・・ってことはもぅ・・・くらっ・・・・」
「あ”−!!カイン!!」

再び卒倒・・・・・。
精神的にまいっているのか、かつての彼女では想像もつかないくらいよく気を失う。
卒倒癖・・・リュウガがそう呼ぶのも無理のないことで酷い日には1日中意識朦朧とさせている事すらあるのだ。

「でもどうして急にこんなになられてしまったのでしょうか・・。」
丁度、久々に日ノ出屋を訪れたリュカがセルクルと交代にカインに付き添う。
「・・・・・手紙・・・・取り戻さ・・・・ないと・・・・・・はやく・・・・」
「・・・・手紙・・・ですね?・・・待っていて下さい!!」

カインうわ言にリュカは足早に1階ヘ駆け降りセルクルとリュウガを呼んだ。

「カインさんが、「手紙を取り戻さないと」って・・・・私には解らないのですがお心当りありませんか?」
「手紙・・・・?カインがそう言ったの?」
「はい。」
「手紙って・・・・あの手紙か?」
「・・・・・だとおもうけど・・・・取り戻さないとって・・・・やっぱり送っちゃいけなかったんじゃないの?」

その時奥から聞き慣れたしかしいつもより遥かに低い声がした。

「やはり・・・・・お前の仕業なんだね・・・・リュウガ・・・・」

「・・・・カイン!!・・・いや・・その・・・」
「カインさん、今動いてはいけません。まだ安静にしていないと・・・」

カインの鋭い目線にたじろぎ後づさるリュウガと反対に心配そうにリュカが駆け寄る。

「その?・・・何だというのかしら?説明して戴ける?」
「だから・・・その・・・・なぁ?お前を喜ばせようと・・・・。」
「喜ばせる?お気持ちは嬉しいけど・・・城内にしかも参謀院なんかに直接送ったらどうなるか御存知かしら?リュウガ君」
「・・・・・・さ・・さぁ?・・・・」
「・・・・危険物もしくは批判文章等がないかすべて本人に渡るまえに検閲されるの。どうして責任とってくれるのかしら?」
「ごめん!!」
カインの口調はいかにもキツイ口調で徐々にリュウガへの距離をつめ、リュウガは後づさる。
が、誰もがリュウガが殴られるっと思った瞬間、カインの手は止まりリュウガに凭れ掛かる状態で意識を失った。




「・・・・・・・手紙?ええ出したわよ。」

陶器の人形のような白い肌と燃えるような美しい紅を持ったハーフエルフと同じ卓で食事取っていた軍服のエルフはその声を聞いてうなだれた。

ラムリアースの参謀庁にそのエルフが入ってから一週間。
全領土の地図の製作手配に駆けずり回り夕食も満足にとることが出来ない日々が続き、久しぶりの仲間との食事での会話の中でさらりと出てきたその返事は予想していたとはいえ疲労したそのエルフの精神にさらに追い討ちをかけた。

「あれ?レダ連絡取ってたのか?情報が漏れるとまずいって言って止めてたじゃん。」
隣りのその小さな口と端正な顔から考えられないようなはじけた口調で銀髪の少女が聞き返す。

「こちらの連絡先は教えてないし無事こちらについたという報告と帰れなくなった事情は伝えなければと思って出したのだけれど。何か問題が?」
「いや、問題というほどのものでもないのだが・・・」
「リファールの方からの手紙が一般便で参謀院に来たらしい。」
机に片肘をついたままのエルフに代わって隣りのドワーフが答えた。
「参謀庁にぃ!?直接!?」
「直接。」
「そうおいそれと軍部の中枢に手紙など出せるものなのか?。」
「そりゃ届くさ。まあ大概の悪戯とかは検閲で引っかかるんだけど。ああー通りでやつれてると思った。うるさいだろ。上の爺ィ。」
「そりゃもう情報が私のところから漏れているのではないかとこれでもかというほどに捲くし立てられてな。いや確かに情報漏れは恐いんだが。」
「っかーたまんねえな。旧老院のジジィどもそれしかすることないから。」
「・・・・・でももう任務以外では姿を隠す必要はないのだし何らかの連絡手段が欲しい気がするわね。」
「えー?じゃあソレ没収されちゃったのー?折角皆が送ってくれたのにー?」
「いや。個人宛てで内容も大したことじゃなかったから何とか回収はしたが。」
「個人宛て?誰にー?」

視線が黙々と食事を口に運んでさっきから一言も口をきいてない黒ずくめのハーフエルフに好奇の視線が集まる。

「ん?どうした?」

先ほどまでの話しを全く聞かず舌鼓を打っていたグルメの彼を除いて和やかな食卓に気まずい空気が広がっていった。


「・・・・・・・・最悪。」

本日2度目の卒倒から意識を取り戻したカインが始めて口にした言葉がそれであった。
ゆっくりとベットから体を起こしつつ、不機嫌そうに髪をかきあげる。
いつもなら卒倒後は溜息一つ程度で済むのだが今回はそうもいかないらしい。
なんせ、予想できた最悪の事態が起こってしまっているのだから、頭を抱えるのも無理はないのだろう。そして彼女の脳裏にはラムリアースで起こっているであろう事態が脳裏を過り、頭痛を引き起こしていた。

「カインさん・・・・」

倒れてからずっと付き添い、心配そうに見つめるリュカに目線を向けるとゆっくりと優しい口調で口を開く。

「・・・・私は大丈夫だから、下で皆とお話していらして・・・・リュカさん。」
「・・・・はい。ちゃんと安静になさって下さいね。では・・・。」

そういうとリュカはゆっくりと静かに扉を閉めた。
面識が少ないとは云え同じパーティーに在籍する自分を社交事例でしかさん付けをしない彼女が自分をそう呼ぶことの意味をリュカは即座に理解した。
今、自分は傍にいるべきではないと。少女が部屋をあとにした後、カインはなにやら机から持ち出し、壁をつたいつつゆっくりと中庭へ出た。
そして、今まで書き貯めた手紙を燃やし始める。

「今からの回収は不可能・・・。既に届いてしまっているはず・・・。」
焼却炉の中が綺麗に紅く燃えるのを見つめつつ、剣を扱うものとしては不似合いな長い爪をキリキリと噛む。

「とんでもない事になってしまったわね・・・。彼にまた迷惑をかけてしまう事に・・・。」

痛切な思いと腹部を襲う痛みを堪えた複雑な表情を浮かべながら暫らく炎を見つめていた彼女の心の中には、真夏の照り付ける太陽の暑さとは裏腹に冷たく厳しい風が吹いていた。



フレアホーン王の勅命で遺跡の事件を解決してから1週間。
いつもは人影の殆どない今までの議会の記録が全て整理収納されている資料室に明かりがともっている。
そこに国から支給されている少々不釣合いな軍服の少女二人とそこからはどう見ても浮いている礼服の男の姿が合った。
少女らは公的に召集されたわけではないので参謀庁には入れないものの、参謀庁の凄腕が懸念していた地図の製作に動き回っていたり、弱冠16歳で導師位を獲得したリファールきっての鬼才の少女であるということを嗅ぎ付けてきた人間が部屋に訪れるのを避けるために、城の西の図書室にある膨大な歴史書や魔法書物をとんでもないスピードと根気と好奇心で消化していたりとそれぞれに立ち回り、少しずつでは有るが周りに馴染んでいっている。
しかし男の赤い髪と対照的に黒い礼服はどうみても医者というよりは軍部にたずねてきた外れ貴族といった風に見え違和感が漂う。

「アフが普通の服着るなんて珍しいー!」
「この間の手紙の釈明でね。少々呼び出された。」
「んな大げさな。」
銀髪の少女が議事録から目を離し顔を歪める。
「まあこの時期のこの状況だ、過敏になるのはしょうがあるまい。しかしおかげで日之出屋との連絡手段を手に入れた。」
「本当ー!?」
男は栗毛のハーフエルフのはしゃぐ顔を見ると得意げに笑い腕を組む。
「ああ、マーティンの気転で直接送れる仲介人を立ててくれる。ネゴシエイターの勝利だな」
「検問は?」
「大丈夫。その代わり旧老院には内緒だぜ?日之出屋以外にも届けてくれる。」
いつのまにか後ろに立っていたラムリアースの王兄、マーティンが首を出す。

「じゃああたしタイデルの友達に手紙出したい!!」
「まあタイデルくらいだったらいいけどグレニアが直接届けに行くんだからムリは言うなよ?」
「向こうからは出せるのか?」
「ああ、グレニア宛てに送ってくれれば。」
「手紙ねえ?面倒くせぇなあ。」
「エリアはリュカとかに出さないのー?」
「出す。」
即答だった。
「じゃあこれでアフも返事かけるね!?」
「返事?ああ、薬か。こちらは薬品の物価が安くて助かる。」
一瞬の静寂の後、ちがうっつーの!という心の突っ込みが2人から、照れてるのかなー?と言う間の抜けた思いを含んだ笑いが1つ同時に上がった。


 日之出屋にその報せが届いたのはそれから1週間後の昼下がりの午後のことだった。

文面はいつもの様にレダが几帳面な字で細かく事の詳細や皆の近況を書き記してくれていた。
「へぇ。じゃぁ、今度からここに手紙を送れば良いんだ。」
手紙に記された住所を見つつ長身の少女が安堵の声を漏らす。
あの一件以来、卒倒癖持ちのハーフエルフの女性はいっこうに口を聞かず部屋の中に篭りっきりなのだ。
「私、カインさんにお知られしてきますね。」
「どうせ降りて来ないだろうからさ、持っていってやれよ。」
嬉しそうに清楚なプリーストの少女がすくっと立ちあがり、食事を頬張っていた青年が先ほど見ていた手紙をわたす。
「はい。」
少女は手紙を受け取ると足早に3階へ向った。

コンコン

「カインさん、リュカです。お邪魔して宜しいですか?」
「・・・・・どうぞ。空いてるわ。」
恐る恐る扉を開けると部屋はカーテンが閉めきられ昼間だというのに部屋の中は薄暗い。
「・・・折角の御天気なのに、部屋に篭っていては治る病気も治りませんよ?」
といいつつ閉めきられたカーテンを一気に開ける。
一気に日の光がさし込み少女は目にした光景に言葉を失った。
照らし出された床には血だらけの服が散乱し、先日机の上にあった花瓶の残骸が床に飛び散らかっていた。
「・・・・・これは・・・・」
「後で処分するから気にしないで。」
何事もないかの様にベットの上で壁に凭れた女性は言葉を続ける。
「で、今日のご用はなにかしら?」
「・・・・どうしてこんな・・・・」
先ほどまで言葉を失っていた少女は女性の問いにも答えず慌てて散乱した服を集め、ベットの下に紙袋をみつけ手に取る。
「これは・・・・飲んでなかったんですか?」
「・・・・飲むのを忘れてただけよ。」
「忘れてたって・・・・これ、先週の・・・これなんて先月のじゃないですか・・・どうして・・・・。」
たしかに飲んだ形跡はあるのが・・・・忘れていたにしては多すぎる量であり、全く手の付いていない薬も見うけられる。
アフの医院の助手として働いたこともある彼女には、その薬が今カインの身体を支えられるほどの量は飲まれていないことがすぐにわかった。
「・・・・・・で、ご用件はなにかしら?」
「・・・あ、これを。」
少女はポケットに入れていた手紙を手渡す。
「皆さん下にいらっしゃるんで、読み終えたら降りて来て下さいね。」
少女は血の付いた服を抱えると一礼して部屋を後にした。
「・・・・あ、その服・・・・・。・・・・さて、シズルファーナ氏の御小言でも綴ってあるのかしら・・・」
乱れたままの髪をかきあげ、皮肉を言いつつも手紙に目を通す。

手紙の中にはいつもと違いアスナート女史に呼ばれてラムリアースに赴いた懐かしい仲間の殆どがそれぞれに綴られていて、ここ2ヶ月続いていた移動中の緊張がほぐれたことと、その安堵感を感じさせた。
店主や仲間への伝言、他愛の無い世間話のような話題。
普段何気なく話していたあの賑やかな日を思い出す。
元々エルフとして長い時を生きてきたカインにとって、短いはずのその2ヶ月が今まで感じたどんな時間よりも長かったような錯覚に陥って軽い驚きを覚えるが、未だ一番見たいあの文字は出てきてはいなかった。

例の参謀殿は仕事が忙しくて手紙の一枚も書く時間もないほど多忙らしく、想像していた通りかなり叩かれたらしいことはよく話題に上っている。

「下からも上からも叩き上げが強いプリシスだったら絶対に外されていたわね。」
自傷気味に笑いながら呟く。
事なきを得たのは時代の違いかフォローしたエルフの腕か。それとも・・・
そして大半を読み終わったころ。

「・・・・・・・はい?!!」
予想外の展開に彼女は言葉を失った。

自身で出した訳ではないが自分の手紙がきっかけで連絡に不便をしていることが旧老院の耳に止まり問題になった為、マーティンの古くからの友人であるエルフのグレニアを介して手紙を正式にやり取りすることができることになったと、そしてその方法が簡単に書かれていた。

連絡を取り合えるようになったことはカイン自身も仲間の安否が気になっていたし喜ばしいことでは有ったが、そんな特別な処置を取る事になった原因が自分であることがしっかり書かれていたその文はカインには十分な打撃力があった。
しかも今までただの冒険者仲間として普通に口を利いていたあのマーティンが魔法大国ラムリアースの王兄であったこと、しかもその王兄の手をわざわざ煩わせる結果となったのも、かつて、軍人であった頃の厳しい上下関係が身に染みて今だ離れないカインには堪えていた。

「・・・・・・・・はぁ。とりあえず・・」
先ほどのリュカの言葉を思いだし下へと降りていく。
1階の食堂にはいつもの顔ぶれが食事の最中だった。
「あ、カインさん」
「ん?!よふ、かひん・・」
「リュウガ、口の中の物飲み込んでから喋りなさいよ。」
「・・・・ごっくん。あ、ごめん、セルクル・・・。」

「くすっ・・・・・」
相変わらずな会話が展開されて、その光景に久々の笑みを漏らす。
「やっと笑ったわね。カイン。」
「え?・・・あぁ、相変わらずな夫婦漫才ぶりだったものだから・・・。でも久々に見た気がするわ。」
「(うんうん)」
「夫婦じゃないー!!ってリュウガ!!密かに頷かないでよ!!」
「・・・・・くすくすくす・・・・痛ッ・・・。」
「ちょっと!!カイン!!」
「ん?なにかしら?セルクル。」
「ぅー・・・・なんでもないわよぅ。」
いつも通りに戻ったように見える3人の会話を横目に清楚な少女はカインの顔をじっと見つめていた。
「ん?なに?」
視線に気が付いてカインがリュカに視線を合わせる前にリュカはいつもの穏やかな笑顔に戻る。
「え?いえ、なんでもないです。でも、良かったです。カインさん御元気になられた見たいで。」

たしかに会話を聞いている分には元気になった様に見えるが実際の所カインの病状は一行に良くなっておらず、むしろ日々進行しているのが現状であった。
だが、今まで書き溜め、ついこの間燃やしてしまった手紙にもその事にふれた事は書いておらず、この一件の発端となったあの手紙においては自分のことは殆ど触れていなかったのである。
心配をかけない為かそれとも・・・それは本人だけが知る真実なのだろうが・・・・。

「折角ですし、お返事書きませんか。」
「お、そうだな。」
「向こうの皆も返事待ってそうだものね。」
にこやかに微笑む司祭の少女に皆が賛成する。
「・・・・そうね。特にイルゼあたり。」
「出した当日から返事待ってそうだよなー。」
「で、エリアあたりに『向こうに届いてないのに返事来る訳ないじゃん』とか言われてそう。」
「こちらの近況はどなたが書きましょう・・?各自で書きます?」
『そりゃぁ・・・・』
先ほどまで返事をまつイルゼを想像して盛り上がっていたリュウガとセルクルがの視線が一斉に1ヶ所に集まる。

「・・・・・はいはい。私が書けばいいんでしょ?」
「何を書きましょう・・・・私、エリアさんにもお返事を書かないと・・・。」
「個人宛は自分で書いてあげてね。特にエリアは。くすっ」
その言葉を聞いたリュカはパッと顔を赤く変えて恥ずかしそうにはにかむと膝に置いていたトレイを掴みパタパタと厨房へ入っていく。
口には出さずともリュカの手紙をいつ届くかと心待ちにしているエリアの姿は安易に想像できた。

「何を書くか決まったら教えてね。」
そういうとカインはペンを手に取りなにやらスラスラと書き始めた。
セルクルやリュウガが日ノ出屋の従業員の皆とどんな事を書いて貰うかワイワイと話している間にカインは1通の手紙を書きあげ、もう1通を書きかけて手を止める。
「早ぇー・・・・。1通はアフとして。もう1通は誰にだ??」
店主と話していたリュウガが宛名を書いているカインの手元を覗き込む。
「・・・・え?あぁ、ちょっとね。」
「あれ、マーティン宛じゃん。向こうにいるのか。じゃぁ、もう1通はアフにだな?」
「いるのかって・・・手紙ちゃんと読んでなかったの?」
「読んだけど・・・・参謀なんとかとか難しいこと多かったし・・・。」
夕食時になると日之出屋のもともと冒険者の店にしては狭い店内が香ばしい東方料理の匂いにつられた客達であふれ返る。
「さて、こんな感じで良いかしら?あと何か書くことは?」
「んー特にないんじゃないかな?」
「そうだな。」
「早く届くといいわね。」
「あ、でもその、私はそろそろ医院に行かないといけないので私の分は自分で後から出しますね。文章って苦手だから時間かかっちゃうんです、私。」
ついさっきからウェイトレスとしてせかせかと働いていたリュカがリュウガの平らげたどう見ても異常な量の食器をこともなげに片付けながら話し掛ける。
「今まであれだけ働いてたのにまた医院に帰るのか?」
リュウガがあきれるほどに確かにリュカはその外見から考えられないほどの仕事をこなしていた。
無免許ではあるが市民に正しい医療を安価で提供し、金銭にゆとりのある商人や貴族からはそれなりに高い医療を取るアフのやり方は平民の多くの支持を集め、その高額の医療費を考えても余りあるアフの確かな技術力は貴族からの大掛かりな手術の依頼も珍しいものではなくしていて、アフが一室を借りている医院はいつでも患者でごった返している。
リュカはアフの留守中に代理として入ってきた医師の引継ぎ作業とアフ独特のやり方の患者へのフォローを代行して行っていた。
その上自分のファリスの神官としての勤めも毎日こなし、アフから頼まれたエスナの世話も事細かにこなし、そして週に3回、夕食時の日之出屋でのウェイトレスとしてのアルバイトに追われここ最近は冒険者として依頼を受けることはめっきりとなくなってしまった。

「まあ個人宛てのはそれぞれ自分でグレニアさんに出してもいいしね。」
先ほどの手紙にのりをつけて封をしながらカインが言う。
「でも直接グレニアさんが出してくれるんでしょ?なっちゃんグレニアさんちにいつも紅茶届けてたよね?ばらばらに渡すのは嵩張って迷惑になるだろうから皆、書いたものを明後日までになっちゃんに提出。これで一つにまとめてグレニアさんに渡せばあちらも楽でしょ。これでドウ?」
「んじゃそれできまりだな。」
元々統率力のあるセルクルがテキパキと手順を決めると皆それに頷き賛同した。
「それじゃぁ、部屋に戻るわ。」
「おぅ、夕飯には降りて来いよー。」
「はいはい。」
苦笑しつつカインは自室へと向かった。


「さて・・・・これは誰に書こうかしら・・。んー・・・・・・。」
しばし、沈黙が続く。
「・・イルゼにでも書こうかしらね。楽しい返事が来そうだし。」
とカインはクスッと微笑みを浮かべ、ペンをとり手紙を書き始めた。

翌朝、やっと出せる手紙だからなのか何なのか、あと一日、時間の有余があるにもかかわらずラムリアースに送る為の手紙が揃い日之出屋の看板娘の一人ナツメが一纏めにした手紙を受け取る。
「じゃぁ、グレニアさんの所に届けて来ますね。」
「お願いねー、なっちゃん。」
「グレニアさんにお礼言っておいて頂戴ね。」
「はーい。いってきまーす。」




そして、ラムリアースのイルゼの元に届けられたカインの手紙にはこう記されていた・・・・

前略
リファールを出発してから二ヶ月がいかがお過しでしょうか。
其方の状況は手紙で判っているものの、戦渦の中での事、日々不安を募らせています。
と、硬い文は抜きにして・・・
元気にしてる?そろそろ日ノ出屋と大好物の松茸ご飯が恋しくなって来た頃かしら?
それとも、恋人がいるから寂しくないかしらね?くすっ。
まぁ、冗談はさておき近況報告の手紙にも書いたけれど、こちらは変わり無くやってるから心配しないでね。
それと、用事済ませて早く帰っていらっしゃい。またおいしいケーキ食べに連れていってあげるから。

とにかく、体だけには気を付けてね。
皆が無事で帰ってくる事を祈ってるわ。
元々エルフである私が祈るって言うのもへんな話だけどね。(^^;

それでは・・・・    カイン・シルフダーク