友情≦愛








緋勇龍麻は温厚で穏やかで、そして優しい男だ。
これは、龍麻が転校してきて、さまざまな苦難を共に乗り越えてきた仲間に共通する認識である。
事実龍麻は戦闘の時は己が身を犠牲にしても仲間を助け、一般生活の時も何くれと無く周りに気を使う。
その気の使い方も決して押し付けがましくも嫌味でもなく、高校3年ともなって多少はスレてきたところもある人間でさえも素直に『ありがとう』の言葉を出してしまうような、言ってみれば兄か父が見守るような。そんな暖かい気配りなのだ。
誰に対しても誠実なその態度と、常に真剣に考え、そして行動する彼の真摯な姿勢に仲間はみな自然と龍麻に信頼を寄せるようになっていた。
敵に対してさえも怒りや憎しみといった感情を露にはしない。いや、持ち合わせてもいないのではなかろうか?
と思わせるほど、龍麻は温厚で穏やかで、そして優しい男だ。
それが、彼の仲間の共通して持っている認識……だった。





「桜井!」

石像と化した桜井小蒔を目の当たりにし、醍醐雄矢が悲痛な叫びを上げる。
ほのかな慕情を持つ相手を石人形と化したのがかつての親友・凶津であるがゆえの悲しみと憤りも、その声には含まれていた。

「醍醐……遅かったじゃねえか。この女、悲鳴の一つもあげやがらねえから退屈しちまったぁぶぅしッ!?」

凶津の台詞は、醍醐の陰から音も無く忍び寄った影の掌底によって中断させられた。

「ひ、緋勇!?」

そのあまりの早業と、なによりもいつもと異なる龍麻の様子に醍醐が驚きの声を上げる。
背後にいるはずの京一と葵に至っては声も出ないようだ。
奇妙にねじれた格好で吹き飛ばされた凶津は、何とか起き上がって自分を吹き飛ばした相手 ――― 龍麻を睨む。

「て、てめえ! 状況が分かってんのか!? こっちにゃその女をはじめとして、人質がいるんぶぼへッ!」

またも音も無く間合いを詰めた龍麻が、正確無比に喉仏に手刀で一撃。

「ま、まで、オデのハナジを聞あぎゃおぅッ!」

体重を乗せた、上から振り下ろすようなローキックが足首に決まる。

「だ、醍醐、た、たすッびゃぁがぁがぁぁぁ!?」

もんどりうって倒れた凶津の足をとってスピニングトーホールド。
すかさずインディアンデスロックに移行。
間髪入れずに足4の字。
引き起こしてDDT。
背後に回ってドラゴンスープレックス。
またも引きずり起こしてエメラルド・フロウジョン。
ぐったりとうつ伏せにダウンしたところにロメロスペシャル。

「て、てめ…………この女たちがどうなってもいいのか………ょ…………」

語尾が小さくなったのは龍麻がロメロスペシャルを解いてマウントポジションを取ったからだ。
昨今、多少なりとも格闘技に興味を持つ者ならば、この位置関係が死を意味することは誰でも知っている。

「ま、まままままま待て! お、女たちの命がおおお惜しければ、俺の言うことを……」
「寝言抜かすな」

その、ドスの利いた、というには余りに透き通った、そして恐ろしい声色に凶津が固まる。
そして背後で一連の惨事を見ていた3人は、それ以上にパニックに陥った。

――― いいいいいいまの緋勇の声か? 緋勇が言ったのか?
――― 緋勇……お前、一体……
――― そう……やっぱりね。素敵よ、緋勇君。

三者三様に心の内で呟きながらも、拳に氣を乗せて振り上げる龍麻を誰も止められなかった。


キュオッ!


まばゆい光と共に、龍麻の拳が凶津の頭のすぐ横の床に穴を穿った。
コンクリートの床に、まるで豆腐に箸を刺すように穴を穿つ龍麻に、凶津はもはや戦闘意欲を失っていた。

「小蒔を戻せ。さもなきゃお前の命はここで終る」
「は、はい、た、ただいま……」





「ひーちゃぁん!」
「小蒔!」

石化が解除されるや、龍麻にしがみつく小蒔。

「恐かったよぉ! もう、すっごく恐かったんだから、あのハゲ!」
「ゴメンね小蒔、僕がこの街に居ながら、小蒔を恐ろしい目に遭わせてしまって……」
「ううん……いいんだ。恐かったケド、ボク、信じてたから……ボクの王子様が、助けに来てくれるって
「小蒔……もう、可愛いんだから
「あッ……ダメだよひーちゃん、ここじゃあ……
「そうだね、ここじゃさすがにね。もっとムードのある場所でやらないとね、これ以上は

思いとどまったのは周囲に人がいるから、ではないようだ。
ともあれ、硬い抱擁を解いて、龍麻が言った。

「それじゃ、小蒔、美里達と先に行ってて」
「うん、ひーちゃんは?」
「掃除が終ったら、すぐに行くよ」
「うん!」

あまりの出来事に自我崩壊を起こしかけた醍醐達を伴って、小蒔が元気良く出ていく。

「さて……」

ぬらり、と龍麻が振り返る。
裏密もかくや、という恐ろしさで見つめるその先には、こっそりバックれようとしたのだが小蒔といちゃつく最中に発せられた龍麻の凶悪な殺気に射竦められたまま動けない凶津がいた。

「とりあえず、骨の7、8本は覚悟できてるよね?」
「そっそそそそそそんな! 石化は解いたじゃないか!」
「だから殺しはしないよ。ただ……お前、石化していた小蒔にべたべた触ったろ?」
「い、いやあれは演出上仕方なく……!」
「五月蝿い」

室内に黄金の氣が満ち溢れ、凶津の声にならない叫びが響いた ――― 様だった。





緋勇龍麻は温厚で穏やかで、そして優しい男だ。
桜井小蒔に危害が及ばぬ限り。
これが、龍麻が転校してきて、さまざまな苦難を共に乗り越えてきた仲間のうち、蓬莱寺京一、醍醐雄也、美里葵に共通する認識である。








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