好き



好き。
すき。
スキ。
Suki。

なんて簡単な言葉だろう。
たった二文字、二音節。ローマ字でも4文字だ。
なんて重い言葉だろう。
真剣に言おうとすると、何でここまで重くなるんだろう。

貴方が、好き。

言わなくても、そう想うだけで暖かくなるのは何でだろう。
胸が、暖かくなるのは何でだろう。
知って欲しい、この想いを。
教えて欲しい、貴方の心を。





「ひーちゃん、あのさ」

放課後、ざわめきが支配する教室。
桜井小蒔が、緋勇龍麻に声をかけた。
別段珍しいことではない。この2人に蓬莱寺京一、美里葵、醍醐雄矢を加えた5人の仲の良さは3−Cの生徒のみならずとも知っていることだ。

「ん、なに?」
「今日、えーと、一緒に帰らない?」
「いいよ。京一とラーメン食べに行くことになってるから、一緒に行こうか」
「あ、う、うん」

――― ひーちゃん、そーじゃなくってさぁ……

「美里と醍醐も誘おうか」
「うん、そうだね」

――― 2人っきりで帰りたいんだよ、ボク……

「おーい、京一」

――― ひーちゃんは、気づいていないんだよね、ボクの気持ちに……

「あ、わりぃひーちゃん、俺ちっと犬神に呼び出されててさ。先行っててくれねえか?」

――― ひーちゃんは、誰か好きなのかな。葵と話しているとき。ひーちゃんは凄く落ち着いた、穏やかな顔してる。

「なにやったんだよ、一体……」
「いや、何もしなかったぜ」

――― 葵だって、ひーちゃんといるとき、凄く良い顔してる。凄く奇麗な顔してる。元が良いんだから、鬼に金棒だ。

「京一……その『何も』の中には課題も含まれてる?」
「お、御明察! さすがひーちゃん、美里の主席の座を脅かす唯一の存在!」

――― 2人とも、ボクといるときには見せてくれない顔を、互いの前には見せている。

「馬鹿なこと言ってないで、早く行ってこい! まったく、あれだけやっておけ、って言ったのに……」
「へいへい、ほんじゃ、悪いな。また明日〜」

――― やっぱり……お互いに、好きなの……かな……

「醍醐、これから暇?」
「む、すまん。今日は部活のほうに出なくてはならんのでな……」

――― あ……ボク、今、凄くヤな顔してる、きっと……

「そうなんだ……残念」
「悪いな。京一にも声をかけられたんだが……どうしても、今日は抜けられん」

――― ヤだな、こんな顔してるの、見られたくないよ……

「ううん、こっちはただラーメン食べに行くだけだからさ。部活、そろそろ引き継ぎなんだろ?」
「ああ。この時期は、毎年せわしない。と、そろそろ行かんとな。じゃあな」

――― ううん、違う……これだけのことで、ヤな顔をするボクを、知られたくないんだ……

「美里……は……あ、いた。おーい、美里」
「あら、何、龍麻?」

――― あー、もうヤダヤダ。こんなの、ぜんぜんボクらしくないよ。

「今日これから暇かな? 小蒔といっしょにラーメン食べに行くんだけど」
「あ、ごめんなさい。今日は生徒会の仕事が入っちゃってるの」

――― ひーちゃんのせいだよ、ボクがこんなに変になっちゃってるの!

「時間、かかる?」
「ええ……ちょっと何時間かかるかわからないの。ごめんなさい」

――― こんなに……変になるほど、ボク、ひーちゃんのこと好きなのかな。

「仕方ないよ。がんばってね」
「ありがとう、龍麻。それじゃ、また明日」

――― でも……ボクがこんなに好きでも、ひーちゃんは……

「さて、それじゃ、2人で食べに行こうか?」

――― ひーちゃんは、誰が好きなんだろ?

「……小蒔?」
「うわッ!?」
「……なに驚いてるの、小蒔?」
「う、え、あ、あははははは、何でもないッ」
「? それじゃ、行こうか」
「え、う、うん」





――― ひーちゃんと2人。2人だけ。2人っきり……

「3年生はもう、部活引退の時期なんだね……僕は部活に入らなかったから良く分からないけど、小蒔もそろそろ大変だね」
「ウン」

――― 返事も上の空。ひーちゃんと2人、今はボクだけが、ひーちゃんの隣にいる。

「醍醐はああいう性格だから、きっちり後輩に引き継がないと気が済まないだろうし、美里も生徒会の引継ぎ事項がまだあるみたいだし……後輩が育ってないのかな。頼り甲斐のありすぎるリーダーって言うのも時には考え物だなあ」
「ウン」

――― 何を言ってるのか分からない。何を答えているのか分からない。

「逆に京一なんかは、実力はあるけど本人にやる気が0だからね。2年の十六夜君、凄く頼り甲斐のある次期部長だよ」
「ウン」

――― お願い、ラーメン屋までの信号、全部赤になって。お願い、時間よもっとゆっくり進んで。

「そう言えば、小蒔と2人っきりで帰るのって初めてじゃない?」
「ウン」

――― ゆっくり歩こうかな。でも、それだと変に思われないかな。靴紐を直そうかな。あ、駄目だ、革靴だよ。

「…………昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」
「ウン」

――― ただ歩いているだけなのに、隣にひーちゃんがいるだけなのに。

「♪こっいっす〜るバッレリーナッ ♪真ッ夜ッな〜かのボクサー」
「ウン」

――― ひーちゃんのばか。ボクが、こんなに好きなのに……

「小蒔、僕のこと好き?」
「ウン」

――― なんで気づくそぶりすら見せてくれないのさ。ううん、違う。違うのは分かってるけど……でも、ひーちゃんのばか。

「僕も、小蒔のこと大好きだよ」
「ウン」

――― …………え?

「ひーちゃん?」
「ほら、小蒔! 信号点滅してる、走ろう!」
「え、あ、う、うん」

走り出したひーちゃんにつられて、ボクも駆け出す。
後ろからちらりと見えたひーちゃんの頬がちょっとだけ赤く染まっていたのは、きっと夕日のせいだと思う。
まったくもう、ボクがこんなに思い悩んでいるのに、ラーメン屋さんに急いで走るなんて。
ひーちゃんのばか。





……でも、大好き。




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