夏の終わりの雷様




――― 今日はついてない。

まさしくその日、緋勇龍麻はついていなかった。
否、今思い起こせば前の日の夜から、その不運は始まっていたのかもしれない。
まず、エアコンが不調になった。9月の初め、暦の上では秋とはいえ、まだまだ残暑厳しい熱帯夜が続く折、いかに龍麻といえどもまともに眠れるはずが無い。
そして朝は目覚し時計の電池が切れていて起きられず、そのせいで昼食を買い損ねた。
全力で疾駆するも、どういう訳だか彼の通学路に6つある信号のうち6つとも全てが、彼が渡る寸前に赤に変わり、その足を止めさせてくれた。
無論のこと遅刻してしまい、犬神教諭に皮肉交じりに説教されたあと鞄の中身を机に入れようとして、気づいた。時間割を一日間違えている。
もともと、たとえば彼の親友である蓬莱寺京一などとは違って毎日の予習復習をしているので教科書とノートの全てが無くともなんとかなったのでは有るが、さすがに教科書の内容を丸暗記しているわけではないので隣のクラスの友人である遠野杏子に教科書を借りようと思ったのだが、レンタル料を請求されたので断念。同じく隣のクラスの裏密ミサに借りようとするも、こちらは

『じゃあ〜、今度実験に付き合ってくれる〜?』

と基本的人権を冒涜する発言をのたまってくれたのでこれも断念。
兎も角もなんとか午前中の授業を乗り切り、いざ昼食、となった時点で財布を忘れたことに気づく。頼りになる相棒にして親友である蓬莱寺京一は『勉強と金以外は』という但し書きのつく頼り甲斐のある男なので、やむなくすきっ腹のまま午後の授業に突入する。
放課後、一刻も早く家に帰って食事を、と思う彼を担任のマリア・アルカード教諭が呼び出され、進路調査表の提出を求められる。もはやことここに至って、龍麻は自分のことを信用していなかった。どうせ忘れているんだろうな、と思いつつ鞄をあさると、果たして進路調査表はそこには無かった。
30分の説教の後、再び書かされる羽目に。それを終え、さあ今度こそ帰るぞと思った矢先、奇妙な《気》の乱れを感じた。
一番、感じたくなかった方角 ――― 旧校舎から。
仲間を呼び集めるべく電話をかけようにもテレカはおろか小銭も無い。携帯電話やPHSは元々持っていない。
真神学園に通っている5人 ――― 蓬莱寺京一、醍醐雄矢、裏密ミサ、そして桜井小蒔 ――― はなぜかどういう訳だか見つからない。各々、何か用事が有ってか龍麻がマリア教諭に説教を受けている間に帰宅したものらしい。

ぷつん。

龍麻はキレた。久々に、本当にキレた。

「ふふふ……あっはははははは!」

楽しそうな笑い声が、龍麻の口から漏れる。が、その顔はまったく笑ってはいない。もしも今の龍麻を見る者がいたら、真神学園7不思議の一つに『笑う男』が加えられていたことだろう。
幸いにして明日が祭日というせいか公舎内に居残っている人間がほとんどいなかったため、新しい七不思議の発生は為し得なかった。

「はーっははははははははは!」

暫定七不思議の一つ『笑う男』は軽やかな笑い声を振りまきながら人気の無い廊下を走っていった。





使用した技。

掌底:3回
発勁:12回
龍星脚:10回
各務:72回
秘拳・鳳凰:24回
秘拳・黄龍:64回


収入。

¥26752
和風ピザ、ハンバーガー多数

旧校舎から湧いて出てきた異形の魔物を破壊衝動に身を任せて屠った龍麻は、それなりにストレスを発散し、それなり以上に飢えを満たして満足し、鞄を取って帰宅するため、教室へと戻ろうとした龍麻を、いきなりの豪雨が襲った。

――― 一体……なんなんだ、今日は?

もはや怒ることも諦め、かえって冷静に誰かに向かって心の内で疑問をぶつける黄龍の器。だがいつまでもここでこうしているわけにもいかない。意を決して新校舎へと駆け抜ける。瞬く間にYシャツが雨に濡れ、肌に張りついて不快感を与えてくれる。
昇降口をくぐった時、周囲が真っ白い光に包まれる。
刹那の間を置いて、轟音が轟き渡る。
どうやら雷まで引き連れてきたようだ。

「……誰かの呪いか?」

その龍麻を、教室で待っている人間がいた。

「……小蒔?」

自分の席で、机に伏して眠っている愛しい少女の名を、龍麻は呟いた。
傍らに袋に入ったままの和弓が置いてあるところを見ると、部活が終わった後からここで待っていたのだろうか。
なんとなくグッと来て、龍麻はその向かい側に腰を下ろした。
静かな寝息を立てている小蒔の顔を覗き込む。

――― 反則だな。やっぱり、可愛いや。

今は閉じられている明るい色の瞳も、長いまつげも、形のいい鼻梁も、桜色の唇も、スッとしたラインを描く顎も、その全てが龍麻にはこの上ない愛おしさを感じさせる。

――― 今日は……ついてるな。小蒔の寝顔を見られるなんて。

心の底から、雷様に感謝した龍麻だった。




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