鋼の語る詠を聞け 上





「アイツは……!」

丘の上にそびえる巨人を見て絶句する真喜志。
喜屋武の仇……あの時、キリクが訪れた真喜志の船を襲った異形の怪物達の指揮官。

生かしちゃおかねェ………!

「待て、真喜志!」

キリクの制止も聞かずに、真喜志は駆け出してしまった。

「キリク! 真喜志を追いかけないと!」
「ああ、ここはあいつらのテリトリーだ……いくら真喜志でも、1人じゃ危ない」

香華に答え、真喜志を追うべく駆け出す。
が、その二人の前に、異形の怪物の群れが姿を現す。

「リザードマン!?」
「こんな時に!」

各々武器を構え、リザードマン達と対峙するキリクと香華。

「こいつら……真喜志と俺達を分断させる気か!」
「じゃあ、罠? 真喜志! ダメ、戻って!」





「チッ……釣れたのはテメエかよ」

追いついた真喜志にアスタロスが掃き捨てるように言った。

「滅法棍の方をおびき寄せたかったんだが……まあいい、テメエを餌に、奴を釣るとするか」
「俺を餌に……?」

ゆっくりと、静かに覇汀原を構える真喜志。

「勘違いすんな、木偶。俺は餌じゃねえ……テメエの、死神だ!」

ハブのように俊敏な動きで襲い掛かる真喜志。
その巨体に似合わぬ軽快な動作でその一撃を躱すアスタロス。

「ヘッ……思ったより動けるじゃねえか」
「おもしれぇ……ただの雑魚じゃあ、無いようだな」

巨大な斧を握り直し、その巨体を誇示するかのように構え直すアスタロス。
死闘は、今始まったばかりだった。





「どけえッ!」

滅法棍が蜥蜴人間の身体を貫く。

「香華、抜けるぞ!」

リザードマンの群れに空いた寸毫の隙間を縫って駆け出すキリクと香華。
一体の戦闘力は高くないものの、あの数とまともに戦っては勝ち目はない。
例え勝ったとしても、こちらも消耗しきってしまうのは目に見えている。
今は一刻も早く真喜志と合流しなければ……
不意に、風を切る音がキリクの耳に届いた。

「くっ!?」

ギャリィン!

耳障りな音が響く。
こちらに飛来した何かを、とっさに滅法棍で弾いたのだ。

「あの蜥蜴ども、やはり役に立たないわね」
「あんたは……!」

キリク達を待ち受けていたのは、扇情的な衣装に身を包んだ女剣士アイヴィー ――― イザベラ・ヴァレンタインだった。
あの、蛇のようにしなう剣でキリクと香華を苦しめた手練の剣士が、二人の前に立ちはだかっていた。
二人でかかれば、倒せない相手ではない。しかし ―――

「キリク、ここは私に任せて真喜志を追って」
「香華!?」
「早く! このままじゃ、真喜志が……私は大丈夫。これでも、強くなってるんだから!」
「……分かった」

キリクが肯くと同時にイザベラ ――― アイヴィーとの間合いを詰める二人。
キリクが滅法棍を大きく振りかぶり、アイヴィーに叩き付ける。
苦も無くそれを躱し、キリクにアイヴィーが斬りかかる ―――

「えぇいっ!」

そうはさせじと香華が突きを繰り出す。
斬りかかるはずだった剣でその突きを受けるアイヴィー。

「貴女の相手は、私よ!」
「お嬢ちゃんが? フフ……いいわ、かかってらっしゃい」





「ごぉぁぁぁぁあああ!」

雄叫びと共に巨大な斧を振り回すアスタロス。

「ちぃ!」

あんな斬撃をまともに受けては武器も腕ももたない。
どうにか躱して、反撃を……

「ちょろちょろ逃げてるだけじゃ、俺は倒せないぜェ!」

一気呵成に連続攻撃を仕掛けてくる。
その巨体とそれに似つかわしい膂力、そして得物自体の質量。
なるほど、異形の怪物の指揮官というのも、見かけや口先だけではないようだ。
自分自身の肉体の有利な部分を十全に生かし、真喜志に付け入る隙を与えない。

「おおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁああっ!」

ひときわ大きくアスタロスが咆哮する。
決めに来た一撃。
けれん味の無い、体重を乗せた必殺の斬撃は、しかし大地に穴を穿つだけだった。

「なに!?」
「バカが。見せすぎなんだよ……俺の目は節穴じゃねえ!」

一瞬の早業で背後に回り込み、今の一撃を躱したのだ。

「ちぃぃぃ!」
「おせぇ!」

振り向き様、斧を振るおうとするアスタロス。
だがそれよりも速く、真喜志の覇汀原が唸りを生じて襲い掛かる。

がががががががががががッ!

目にも止まらぬとはまさにこの事。
真喜志の放った疾風の如き連撃がアスタロスの巨体に撃ち込まれる。

「ぐぅッ……こ、の程度で……!」

よろめき、片膝を大地につくアスタロス。

「この程度で、俺がぁぁぁぁぁぁッ!」
「受けて……見ろォッ!」

渾身の力を込めた真喜志の一撃が、アスタロスのこめかみを打ち砕く。
間違いなく致命傷だ。少なくとも、もはや戦闘には耐えまい。

「ヘッ……てこずらせやがって……」

崩れ落ちるアスタロスに勝利を確信し、背を向けて先へ進もうとする真喜志。
その背中に、小山のような巨体が突っ込んできた。

「がはッ!?」

吹き飛ばされる真喜志。

「はっはぁぁ! 詰めが甘いなァ、海賊がよォォ!」

側頭部から血を流しつつ嘲笑うアスタロスが、地に伏す真喜志を見下ろしていた。

「俺は、テメェらみてえな不完全な生き物じゃねえ……この程度の傷で、戦えなくなるようなチンケな生き物とは違うんだよォォ!」

流血に激昂したのか、地に伏す真喜志にひたすら蹴りを入れるアスタロス。

「ぐぅっ!」
「そうだ! 悲鳴を上げろ! 叫べ! 血を流せ! 不完全な、不完全な生き物の分際で俺を傷つけた罪を、貴様の血と命であがなえェェ!」

一撃ごとに骨がきしみ、内臓が悲鳴を上げる。
アバラが数本いったか。

「……ッの……調子に乗りゃあがってぇ!」

渾身の力を振り絞り、蹴りに来た足をとってそのまま足首を極める。
そのまま身体の回転を加えて曲がり得ない方向に捻る。
こうなってしまえば、足首が破壊されるか、倒れるかの二者択一だ。

「おおおおおっ!?」

恐らく間接を極められる、という経験が無かったのだろう、アスタロスは不意に足首を襲う不可解な激痛に耐え切れず、蹴りを放とうとした不安定な体勢のせいもあって横倒しに倒れた。
この機会を逃しては、勝機はない。
激痛に喘ぐ身体に鞭打ち、跳ね起きてアスタロスの首に覇汀原を引っかけ、ありったけの力で締め上げる。

「ぐがァッ……!?」
「絞め殺すなんていわねえ……首をへし折ってやらァ!」」

覇汀原を掴んだまま立ち上がり、背中合わせのまま肩越しにアスタロスを吊り上げる体勢で、更に締め上げる。

「がごッ! ぐほァッ……!」
「暴れんじゃねえ! おとなしく……逝きやがれェ!」

ごぎん。

鈍い、いやな音とやけにはっきりとした手応えが真喜志の手に伝わってきた。

――― 折ったか!?

だがさっきの例もある。
油断せず、背負うようにアスタロスの巨体を担ぎ、そのまま目の前の地面に叩き付ける。

「…………」

頚骨が折れたか、首が異様な角度で曲がったまま、巨人は物言わぬ骸と化していた。

「……へッ……ざまァねえな……」
――― 喜屋武、仇……取ったぜ……

ガチャ……

その時、緊張が解け、がっくりと膝をつく真喜志の耳に、冷たく響く金属音が届いた。

――― !?

その音よりも、その音と共に現れた言いようの無いプレッシャーに反応して真喜志が立ち上がる。

「この……この感じは……」

そう、初めてキリクを見た時に感じた、底の見えない闇 ――― 悪意をそのまま形にしたような、質量さえ伴う悪寒。

「……シニスター・セイブルを斃すとは……貴様の魂も、捨てたものではないらしいな」

いつのまにか現れた蒼い闇が、緋色の瞳で真喜志を見下ろしていた。

「くっ………!」

呑まれる ――― 圧倒的な恐怖、あるいは畏怖。
これまで真喜志が戦ってきた敵、くぐり抜けてきた危機の、どれもを凌駕する威圧感。
気の弱い人間であれば、その影を見ただけで命を投げ出してしまうであろうほどに『それ』の放つ殺気は凄まじかった。
『それ』は、ただそこにいるだけで真喜志の心と四肢を縛り付けていた。

「さあ、来い強者よ。その魂を、我に奉げよ」

蒼い闇 ――― 全身を鋼に包み、巨大な剣を手にした剣士が真喜志に向かって感情の無い声で言った。

「へっ……そうか、その剣がソウルエッジ、ってことはテメエが親玉か……」

――― 腕、動く。脚、動く。よし、行ける!

怒りが恐怖を凌駕したか、はたまた生への本能か、真喜志の身体はぎこちなくも動きを取り戻していた。

「キリクにゃあ悪いが……俺がケリを付けさせてもらうぜ!」





――― ダメなの? 私じゃ……

香華の心に一瞬影がさす。
剣士としての格の差を、まざまざと見せ付けられたような気がした。
アイヴィーの操る蛇腹剣の精妙な動きに、香華は間合いの感覚を完全に狂わされていた。
近接しての斬り合いに踏み込めば何とかなるかもしれないが、アイヴィーの蛇腹剣は巧妙に香華の踏み込みを妨げる。

――― このままじゃ、だめだ……なんとか、なんとかしなきゃ……!

「そらそら! ボーッとしてんじゃないよ!」

アイヴィーの剣が延び、蜂の一刺しの如き刺突をシャンファの間合いの遥か外から浴びせてくる。

「くッ!」
「前に戦った時の勢いはどうしたんだい、お嬢ちゃん!」

立て続けの攻撃を躱しきれず、いくらか傷を負ってしまう。
浅手とはいえ、このままではいずれ致命的な痛手を負うことになる。

「どうやらずっとあの坊やに護られてきたみたいね……そんなんじゃあ、強くなんかなれないさ。ほらほら、足元がお留守だよッ!」
「あぅッ!」

足元への鋭い突きを躱し切れず、左のふくらはぎを斬られる。

「フフ……さあて、いつまで持つかしら、ね」
「ま、まだこれからよ!」

――― って言っても……あの速い突きを何とかしないと……突き? まさか……でも、試す価値は……!

ジクジクと痛む足の傷を無視するよう自分に言い聞かせ、真正面からアイヴィーを見据える。

「へぇ……覚悟を決めたのかい。それじゃあ、終わりにするよッ!」

アイヴィーの構えは、剣を身体の後ろに隠している為に攻撃の起こりが見づらい。だが、これまでにいやというほど見てきたあの延びる突き、あの初動だけは……

――― 見えた!

風を斬りこちらへと伸びてくる蛇腹剣の切っ先を、身体半分をずらして見事に躱す香華。

「ちッ! でもまだだよ!」

素早く蛇腹剣を縮め、再び突くアイヴィー。
だが、その突きの挙動は既に香華に見切られている。

――― 見える! やっぱり、この距離だと直線的な突きしかこないんだ! これなら、懐に入り込んで……!

矢継ぎ早に繰り出される刺突を躱しつつ、一足飛びに斬りかかれる間合いまで近づく香華。

――― ここッ!

アイヴィーの突きを躱すと同時に踏み込む。
そのまま肩口に斬りかかって……
と思った瞬間、アイヴィーの唇が薄笑いを浮かべたのに気付いた。

ギャリィィンッ!

耳障りな金属音が響き、香華の身体が弾かれたように吹き飛ぶ。

――― そ、そんな……途中で剣の軌道が変わるなんて……

槍のように延びてくる刺突を紙一重で躱したまでは良かったが、まさかその突きが中空で軌道を変えて斬撃に変じるとは香華の予想にない攻撃だった。
かろうじて斬りかかるはずであった剣を引き戻して直撃は避けたものの、不安定な体勢で斬撃を受けた為に弾き飛ばされてしまった。

「まさか……今のを受け止めるとはね」

だが、驚いた表情をしたのは倒れている香華だけではなかった。

「さっきのは取り消すよ。ただ護られていただけのお嬢ちゃんじゃあないんだね。だけど……これで終わりさ!」

振り下ろされたアイヴィーの斬撃を、しかし香華は身を捻って躱す。

「まだ! まだ私は死ねない! 私の運命を切り開く為に、そしてソウルエッジを破壊する為に!」
「この、しぶとい……なんだって?」

思わず香華の口を衝いて出た言葉に、アイヴィーが反応する。

「お嬢ちゃん……今、ソウルエッジをなんて言った?」
「な、なにとぼけてるのよ! 貴方達の首領の持つソウルエッジを破壊する、って言ったのよ!」
「あの方が、ソウルエッジを……どういうこと? 待って、ちょっと……話を聞かせて」

真剣な顔で、剣を収めて言うアイヴィーの顔に、偽りは感じられなかった。
少なくとも、香華を仕留めるチャンスを見す見す逃してまで欺くこともないだろう。
そう判断し、香華はアイヴィーに語った。
ナイトメアの持つソウルエッジのことを。





「どけッ! 邪魔をするなあ!」

滅法棍を振るい、蜥蜴人間の群れを切り崩して突き進むキリク。
香華と分かれ、真喜志を追う内に再びリザードマンの群れに遭遇してしまったのだ。

「お前ら、しつこすぎるぞ!」

さっきから、イヤな予感がする。
滅法棍と末法鏡が、共に小さく、だが確かに共鳴をしている。

――― 近い。俺の身体自体に巣食う、イヴィルスパームの残り火がそう言っている。真喜志、頼むから早まるなよ……

真喜志とて一流の戦士だ。むざむざ後れは取るまいが、なにより相手はあのソウルエッジを持つ蒼き悪夢、ナイトメアだ。近隣の村々で目撃した蒼き悪夢の身の毛もよだつ殺戮の爪痕は、今でもキリクの脳裏に残っている。
その凄まじい破壊劇と、一片の慈悲も感じさせない ――― 否、なんの感情すらも感じさせない蒼き悪夢の通り過ぎた後に、キリクは怒りではなく、むしろ恐怖を抱いた。

――― 姉さんがいなかったら、俺も……こうなっていたのか……

キリクにとって、ナイトメアの暴走は他人事ではない。事実、キリクはかけがえのない人達をその手にかけてしまっている。
あの悲劇を二度と繰り返さないよう、繰り返させないよう、イヴィルスパームとその元凶であるソウルエッジは永久に封じねばならないのだ。

――― もう、誰も死なせたくない! あの邪剣のせいで誰かが死ぬのは、もうたくさんだ!

「こんのぉぉぉぉぉッ!」

臍下丹田から生じた氣を、両の腕を通じて滅法棍に溜める。

「ひっこんでろぉぉぉ!」

キリクの氣を受けて金色に輝く滅法棍を振り、リザードマンたちを薙ぎ払う。
寸毫の隙間を縫って駆け、方位網を突破し、疾駆する。
後を追わせ、細い通路のような場所があれば、そこで一匹ずつ叩き伏せるつもりだ。
だが、その意に反してリザードマンたちの追撃はぴたりと止んだ。

「……………? なんだ、一体…………」

キリクのその疑念も、半瞬の後に解けた。
滅法棍がと末法鏡が燐光すら放って静かに、だが力強く共鳴しているのだ。
そして、キリクの内にあるどす黒い炎も。

「そうか………ヤツが近いんだな」

手の内で震える滅法棍を ――― いや、震えているのはキリクの手だったのかもしれない ――― 固く握り締め、目の前の小高い丘に向かって歩を進めた。
口の中が乾く。
鼓動が早くなる。
まるで、はじめて散打をやった時のように体が硬くなっている。
だがその時とは明らかに違う、押しつぶされそうな威圧感、恐怖感。
心を澄ませ、内なる邪気を抑えろ、己を見つめろ、そして魂の全てを解き放て。
師の教えを心の内で呟きながら、早足で丘を駆け上る。
ふと、風に乗ってある匂いがキリクの鼻を突いた。
血。
間違いなく血の匂いだった。

――― まさか、真喜志!

大地を蹴り、駆け上る。
いやな予感が的中してしまう。
もっと速く、もっと速く。
視界が開ける。
風が運んできた血臭と共にキリクの視界に入ったものは、蒼き鋼に身を包んだ騎士が天にかざした大剣にその身を貫かれている真喜志の姿だった。

「真喜志ーッ!!」

絶叫し、駆け寄ろうとするキリクに向かい、蒼い騎士が大剣を振るい、真喜志の身体を投げつける。

「くぁッ!」

その身体に飛びつき、真喜志を受け止める。

「真喜志! おい、真喜志! しっかりしろ!」
「ぅあ……キリク、か……へ、へッ……遅いじゃねえか、馬鹿野郎……」

ゴボッ、と口から血を吐きながら、真喜志が減らず口を叩く。
真喜志を抱き起こしながら、傷をあらためる。
腹部を完全に貫いている。内臓も、傷ついているどころではないだろう……致命傷だ。

「喋るな、真喜志。すぐあいつを倒して、手当てしてやるから……」
「……っかやろ……手当てしてどうなんだよ、こんな傷……お前は、とにかくあいつを倒せ……いいな、お前の手で、ケリを付けるんだ。俺は、ここで……見てるからよ」

こんな時、何と言えば良いのか。
臨勝寺では、こんなことは教えてくれなかった。
胸の内には幾千の思いが渦巻いているのに、それを言葉にすることが出来ない。
だから、キリクはただ一つだけ、力強く肯いた。
思いの半分でも伝わることを祈りながら。





「…………これが、私達が知ってる事実の全部よ」

ここに至るまでに調べ上げた事例と証言をアイヴィーに語り終えて香華が言った。既に双方とも剣は引き、戦う体勢にはない。

「……あの御方が、ソウルエッジ……それを信じろ、と?」
「信じるかどうかはあなた次第だけど、私は嘘は言ってない。でも、あなた自身薄々感づいているんじゃないの? その剣が既にイヴィル化していることも……」
「…………………」

香華の問い掛けにアイヴィーは答えず、無言で背を向けた。

「ちょっと……?」
「私は……わからない。あの剣を、災禍の元凶であり象徴であるあの剣を破壊する為に鍛えたこの剣と技が、ソウルエッジそのものによって与えられた力であったなどと……もう、私にはなにもわからない……お前の言葉を信じるべきか、あの方を信じるべきか。いや、こうして悩んでいる時点で答は出ているのかもしれないが、その答を認めるのすらも恐い……」
「…………」
「ふふ、剣に踊らされたマリオネットか……だがせめて、最後は自分の意志で舞台から降りるとする」
「え…………」
「さあ、行きなさい。そしてあなた自身の運命を、私に見せてみなさい」
「い、いいの?」
「見たいのよ……あの剣に運命を掴まれた人間が、自分の手でその運命を切り開けるのか。そうしないと、私は自分の足で歩けない……そんな気がする」
「……わかった。あ、あの、こういうふうに言うのって、ヘンだけど……ありがとう」
「気にするんじゃないよ。これは、私自身の為なんだからさ……」





「哈ぁぁぁぁぁぁッ!」

気合いの声と共にキリクの滅法棍が唸りを生じて襲い掛かる。
が、苦も無くその攻撃を弾き飛ばし、斬撃を返すナイトメア。
こちらもその斬撃を紙一重で見切り、間髪入れない突きを放つ。
一見すると一進一退の甲乙つけがたい攻防だが、その実キリクにはまったく余裕はなかった。
先程まで蜥蜴人間たちと戦っていたばかりであったし、なによりも、ナイトメアのまったく感情を感じられない戦い方に精神的な疲労感が数倍にも増して感じられる。
キリクも自身の消耗は承知の上であったので、疲労が色濃く出る前の決着を付けるため、間断の無い攻撃を仕掛ける。

――― 長引くとまずい……早目に決める!

その思いがキリクの心に焦慮を生み、攻撃に隙を生じさせた。

「せあああああっ!」
「甘いッ!」

やや動作の大きかったキリクの攻撃をナイトメアは悠々と踏み込んで躱し、そのまま体当たりをくれる。

「がッ!」

どちらかというと小柄な体格のナイトメアだが、その身に包んだ鋼の重さが加わった体当たりは凄まじい踏み込みとあいまって見た目以上の衝撃をキリクに与えていた。

「……つまらん、つまらんぞ!」

たまらず吹き飛ばされるキリクに向かい、ナイトメアが叫びつつソウルエッジを突き立てる。
寸前で身を捻り、危うく串刺しを免れるキリク。

「もっとだ! もっと見せてみろ!」

先程までの、洗練された動きとは打って変わって暴風のような連撃を繰り出すナイトメアに、かろうじて立ち上がったキリクは防戦一方に追いやられる。
今しがたの体当たりで転倒した際に足首を捻ったか、急激な体重移動をするとじくりと痛む。

「我を封じることのかなう、貴様の力はそんなものか! 内なる闇を否定するな! 血を、闇を求めろ、力を示せ!」

身の丈を超す長大な剣を悠々と片手で振りまわすその膂力と、なによりも激しい口調とは裏腹のなんの感情もこもらぬ双眸に圧倒されたか、キリクはますます追いつめられていく。。

――― くッ、俺は、俺は……姉さんの為に、みんなの為に、こいつを倒さなきゃならないんだ! 負けられない!

「強き魂を示せ! 貴様が奪った魂の分だけ輝く、闇の煌きを見せてみろ!」

――― みんな……俺が殺したみんな。こいつのせいで俺が殺めてしまった人。こいつのせいで……こいつを、俺は……こいつを、倒す……倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す斃す斃す斃す斃せ斃せ斃せ斃せ斃せ斃せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!

キリクの胸の末法鏡が、ギシリと歪んだ音を立てた。
まるで、内側からあふれる力に耐え兼ねたように。

「ぅ……ぁぁ……ぁぁぁあああああああおおおおおおおおおお!」

視界が緋に染まる。
熱い。
身体も心も。
その熱さ故に何もかもどうでも良くなる。
今はただ、この身を襲う殺戮への欲望を満たすことしか考えられない。
欲望を抑えることさえも、もうどうでもいい……

――― 殺す殺すころすころすコロスコロスコロ ―――

ぎぎぎぎぎぎぎ!

末法鏡の歪んだ音が臨界に達しようとした刹那、緋に染まりきった視界を何かがよぎった。
その何かはキリクの首に巻きつき、軽くではあったが顔を打つ。

――― 邪魔ダ! ナンダコレ……は……覇汀原……!?

「この……馬鹿野郎が!」

首に巻きついた覇汀原に動きを止めたキリクの耳に、弱々しい、だがよく通る真喜志の声が届いた。

「テメエまでソウルエッジに呑まれてどうする! 乗り越えてみせるって言っただろうが、キリクよぉ!」

その声が聞こえたのか、キリクの目に正気が戻る。

「邪剣の波動に呑まれたテメエが勝ったところで、誰も救われやしねえんだぜ! テメエ自身の意思で、テメエ自身の魂で勝たなきゃ、意味はねえだろうが!」

真喜志の叫びにキリクが正気を取り戻すのと、大気を裂いて襲い掛かるナイトメアの斬撃を間一髪躱したのはほぼ同時だった。

「くぅっ! ……すまない、真喜志。けど、もう大丈夫。俺は、もう自分を見失わない!」
「へッ……手のかかるガキだぜ、ったくよォ……」

いつもの調子で、しかし力無く鼻で笑う真喜志の声を背に受けて、キリクは再び蒼い騎士と対峙した。
そのキリクに向かい、ナイトメアがいっそ厳かとすら言える調子で言葉を発する。

「……強靭な意志よ。その鏡と友の声があったとはいえイヴィルスパームを跳ね除けるとはな……」
「だから、俺は負けられない……今度こそ、ケリを付けてやる。いざ!」

その身と魂を邪気に委ねた蒼き騎士と、あくまで邪気に抗う若き僧の戦いが、今まさに最終局面を迎えようとしていた。





「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

息が切れる。
一体、真喜志とキリクは何処まで先に進んでしまったのだろう。
香華はひたすら二人を追って駆け続けた。
勅命によりあの剣を探す道中において彼女の知った真実の、なんと複雑な、なんと悲しいことか。
かの邪剣がこれ程までに人々の心を惑わせ、そして不幸に追いやっているのか。
知るたびに、近づくたびに、香華の心に勅命とは逆の、だが確固たる使命感が芽生えてきた。

――― 破壊しなくてはならない。あの剣は、この世にあってはならないもの……

勅命……英雄の剣探索と相反する、だが彼女自信が心に決めた、決意。
道中さまざまな人と出会い、さまざまなことを経験した。
それは人の一生に比べれば取るに足らない出来事であったかもしれないが、それでも香華自身の意識を変えるには充分であった。
キリクや真喜志の、否、もっと多くの人々の運命を巻き込み、呑み込み、破壊し尽くす邪剣。
自分になにが出来るかはわからない。
だが、自分が行かなくてはならない気がする。

――― 母さん……私、間違ってないよね?

腰に佩いた母の形見の古ぼけた剣に心の内でそっと語り掛ける。
鞘の内で剣がかすかに鳴いたのに、香華はまだ気付いてはいなかった。





斬り、突き、撃ち、薙ぐ。
受け、避け、弾き、躱す。
一体何合撃ち合ったであろうか、恐らくは当人たちにも分からなくなっているであろう。
ソウルエッジと滅法棍、卓越した破壊力を持つ二つの武器の使い手は、互いに自身の持てるすべての技と力をぶつけ合っていた。
最初に武器をあわせていた時はキリクが押されていたのだが、今は心の内で何かを吹っ切ったのか、迷いの無い、真っ直ぐな撃ちを見せている。
それに応じるナイトメアの斬撃も、およそけれん味の無い、凛とした美しさすら感じさせる清涼感にあふれていた。
それだけに、強い。
一度だけ師の見せた、躱すことも防ぐことも叶わぬ、純粋に練度を極めた突きを彷彿とさせる斬撃。
受けるたびに手が痺れ、棍を取り落としそうになる。
邪剣に寄生されたせいもあるのかもしれないが、基本的な膂力の違いか。斬撃の重さはナイトメアに分がある。
しかしキリクには臨勝寺に脈々と受け継がれてきた技があり、そして誇りがある。
劣る力を集約させることによって自分を上回る能力を持つ相手をしのぐ方法も身につけている。
だが、それでも限界はある。その若さに似合わぬ卓絶した技量を身につけているとはいえ、キリクはまだ修行中の身。その技術を完全に体得しているとは言い難い。そして何よりも無尽蔵とも言える体力を誇るナイトメアに対し、生身のキリクの体力は無限ではない。その上ここに来るまでに無数のリザードマンとの戦いを経ている。
ここまでの数十合に渡る打ち合いで、互いの攻撃は既に見切っている。
その均衡が破れるとしたら、それはどちらかがミスをするか ――― 体力が尽きた時。それがわかっていても、決着を早めようと焦るのは愚の骨頂だ。先程はそのせいで危うい目に遭ったのだから。
だが、だがこのままでは。
流麗に、重厚に重ねられるナイトメアの斬撃を一つ一つ丁寧に受け流しながら、キリクは戦い方を模索する。
あの鎧に包まれた体に、生半な打撃では歯が立たない。
かといって、渾身の力を込めた殴打など簡単に見切られてしまうだろう。
とすると、やはり……
キリクが一瞬とはいえ考えたのを油断と言うのは酷であろう。
だが、隙とも言えぬ隙が生じたのを見逃す蒼き悪夢ではない。
それまでの密度の高い攻めを転じて、大きく振りかぶる。

――― しまった! 大きいのが来る!

振りかぶる隙を与えてしまった自分を心の中で叱責しながら、来るべき衝撃を受け流すため両腕に意識を集中させる。
だが、振り上げられた邪剣は降りてこなかった。

――― え?

あるはずの無い攻撃の隙間に、逆にキリクの緊張の糸が途切れる。
そこへナイトメアの手が伸びる。
肩を掴まれ引き寄せられる。
体勢が崩れる。
完全に重心を崩されたキリクの頭部をソウルエッジの柄頭で殴打する。

「ぐぁッ!」

たまらず吹き飛ぶキリク。
こめかみが切れ、流れる鮮血が頬を染める。

「ここまでだ!」
「ちぃぃ!」

地面にへたり込んだままのキリクを狙い澄まして横薙ぎの一閃。
この状態では受け流せない。
かといって、まともに受けては滅法棍が耐え切れない恐れがある。
無論、受けねば両断されるだけだ。
やむなく、滅法棍を刃の軌道上に合わせて斬撃を防ぎ、滅法棍と身体の間に自身の左腕を入れることによって緩衝材とし、滅法棍へのダメージを軽減する。

みきぃッ………!

鈍い、いやな音と共に、鈍く重く、熱い痛みが左の二の腕を襲う。

「…………ッ!」

折れた。
左腕と、肋骨が数本。

「やる! だが!」

今の一閃を止められたナイトメアが、未だ地面にへたり込んだままのキリクに肉薄する。
体勢を直す間も無く仕留める気か。

「哈ッ!」

身体の左側の痛みを無理矢理無視し、キリクが気合いと共に跳ね起きる。
全身の捻りと右腕一本でつけた反動を利用して身体を駒のように回転させ、間近に迫っていたナイトメアの足元に起き上がり様に蹴りをくれる。

「ぬうッ!?」

この攻撃は予想の外だったのか、キリクの放った蹴りを軸足に受けて転倒するナイトメア。
その隙を縫って間合いを取り、体勢を立て直すキリク。

「…………………」
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ………」

生身の、ソウルエッジの細胞に寄生されていない左腕をついて地面について素早く体勢を起こしたナイトメアと、荒い息を懸命に整えるキリクとが、今度は打って変わって静かに対峙する。
同じように対峙しながらも、その身に受けたダメージはキリクの方が圧倒的に大きい。
左腕は恐らく完全に折れている。かろうじて構えを取ることは出来るものの、従来の速度で棍を振ることは出来ない。
そして左脇の肋骨にも数本ヒビが入っているだろう。何本かは折れているかもしれない。
対してナイトメアの方にはこれと言ったダメージはない。いや、そもそもキリクの攻撃が触れたのすら、今の苦し紛れの蹴りが初めてなのだ。
元々の不利に加え、この負傷。ますますの不利な状況に、だがキリクの瞳からは闘志が失せてはいなかった。
いや、むしろこの状況に際してなお闘志が燃え盛っている。
目覚めし宿命は、キリクの魂にいかなる決意を与えたもうたか。

――― いいさ、それでも。

諦めとは違う、だが妙に澄み切った境地。

――― もう、これで全部だ。これ以上はない。

それは、陳腐な表現を用いれば一種の悟りであったのかもしれない。

――― 俺は負けるかもしれない……けど、俺達は負けない。香華……頼む、俺の代わりに、こいつを……

「次が……」

息を整えたキリクが口を開く。

「次が、最後だ。俺は、全部をぶつけた。俺の取るに足らない修行の時の中で得た全てをぶつけた。次で、それも全部打ち止めだ」
「………………」
「邪剣に身を委ねたお前の魂と、抗い続ける俺と……どちらの魂が強いか、どちらの思いが上か。これで決めてやる!」

呼吸を止める。
歯を食いしばる。
間合いを計っていた間にたわめた全身のバネを、一気に解放する。

「聞け! 我が魂の鼓動を!」

放たれた矢の勢いでキリクが駆け、踏み込む。

「もう……引き返せないんだよぉぉぉッ!」

素早く肩口にソウルエッジを引き付ける。
そのまま、真横に振り払う。
大気を裂き、そのまま、キリクの首を ―――
刎ねなかった。

「!?」

ソウルエッジを振り払った状態で硬直するナイトメア。

――― 消えた!? いや……下!?

ナイトメアの斬撃が襲い来るまさに瞬間。
刹那の見切りで身をかがめて斬撃をやり過ごすと同時に全身の力を勁となして集約し、ただ一点、右手に掴む滅法棍の先端に集める。

「いざッ! こんのぉぉぉぉぉぉッ!」

裂帛の気合と共に繰り出される刺突。
それを弾くべく降ろされたナイトメアの腕は間に合わない。

ギャボギィィィンッ!

けたたましい金属音と確かな手応えが、滅法棍が蒼き悪夢の纏う鋼ごとその胴を貫いたことを知らせた。




Note×Noteへ行って続きを読む