「……む〜……」
その日の朝、緋勇龍麻は何やら雑誌を読みながら登校していた。
眉を寄せて、むずかしげな表情だ。
手にしているものが参考書ならば、さながら試験会場へ向かう受験生にも見えたかもしれない。
そんな龍麻の後ろから、桜井小蒔がいつものように元気よく声をかけた。
「おっはよー、ひーちゃん!」
「あ、おはよう小蒔。今朝は朝錬は?」
「今朝は朝錬ないんだ。ん? なに読んでるの?」
「ああ、これ」
と、龍麻が見せた本の表紙には『○ロムA』とでかいロゴが書かれている。
いわゆるアルバイト情報誌という奴だ。
「ひーちゃん、バイトするの?」
「うん、ちょっと……仕送りだけだと、やりくりきつくて。あはは」
「そっか、ひーちゃん一人暮らしだもんね」
「無理言って転校の時に一人暮らしさせてもらったんだし、これ以上おじさんたちに迷惑かけられないしさ。ま、そういう訳で何かいいバイトはないものか、って、来る途中にこの本買ってきたの」
「バイトかぁ。ボクはずっと部活があったから、やったこと無いんだよね」
「そう言えば……真神って、バイトオッケーなの?」
「さあ……知らない」
校則に目を通していない二人だった。
「それで、どんなバイトさがしてるの?」
「うん、僕もバイトは経験ないから、どんなのがあるのかなー、って」
「どれどれ、ボクにも見せて!」
言われるままに本を手渡す龍麻。
てくてくと歩きながら記事に目を通す小蒔。
「へぇ〜、いろいろあるんだね。あ、これなんかどう、ひーちゃん!」
「え、どれ?」
「『時給¥5000から。昇給制度アリ。制服貸与。交通費支給』だって。歌舞伎町の方みたい」
「時給¥5000かぁ、凄いね。どんな仕事?」
「何か『フロアレディー』だって」
「フロアレディー? なんだろ、それ」
「わかんない。あ、ダメだ。18歳〜25歳までの女性、だって」
「ちぇ、残念」
君らは本当に今時の高校生か。
時給の時点で気付け、どういう仕事か。
「他にはなにかある?」
「う〜ん、そうだね……あるにはあるけど、さっきの時給には遠く及ばないのばっかり」
当たり前だ。
「そうか……あんまり、いつでも働きに行けるわけじゃないから時給は高い方がいいんだけどな……」
「そうだよねえ。色々な事件に巻き込まれてるし……あ、そうだ!」
「え?」
「みんなに相談してみたら? ほら、色々なこと知ってそうな人、多いじゃない」
「あ、その手があったね!」
ところ変わって、真神学園の3−Cの教室内。
一緒に入ってきた龍麻と小蒔を、美しい微笑みと優しい声が迎えた。
「おはよう、龍麻。あら、今朝は小蒔と一緒なのね」
真神の聖女こと美里葵その人である。
「うん、来る途中で一緒になってさ」
聖女のこめかみに走る青筋に気付かないまま、龍麻はのうのうとのたまった。
「そうだ美里、ちょっと相談があるんだけど……」
「ひーちゃん、待った!」
言いかけた龍麻を小蒔が小声で制する。
「(ぽそぽそ)葵、バイトするって言ったら、多分イイ顔しないよ。葵には黙っておこう?」
「(ひそひそ)あ、そうか……」
「なにを話してるの、2人とも?」
微笑みを絶やさぬまま、二人に問い掛ける聖女。
こめかみの青筋はかなりヤバイことになっているが、無論余人には知られない。
「あ、うん、えーと、文化祭の出し物について、ね、ひーちゃん」
「そ、そうそう。来る途中、なにをやろうか、って話していたんだ」
「ウフフ、二人とも気が早すぎるわよ」
誤魔化せた……とも思えないが、少なくともバイトのことは気取られなかったようである。
その後、取り止めの無い話などをして授業までの時間を潰す三人だったが、結局葵のこめかみの青筋には誰も気付きはしなかった。
「へ? バイト? ひーちゃんが?」
いささか間抜けな反応で蓬莱寺京一が問い返す。
龍麻と小蒔が京一に相談したのは、昼休み、屋上でのランチタイムの後だった。
葵は食事の後、生徒会の仕事とやらでそうそうに引き上げてしまったし、醍醐は今日は学校を休んでプロレスの試合を見に行ってしまっている。学校を休むには彼らしからぬ理由だが、なんでも憧れのレスラーの引退試合だとか……
ともあれ、現状で相談できるのは京一だけと相成ったわけだが。
「バイトねェ……俺も、紹介できるほどバイトの経験ないからなぁ」
「やっぱりそうか……まあ、京一のことだからそうだとは思ってたけどさ」
「おいひーちゃん、どゆ意味それ」
「だって、万年金欠の京一が、マメにバイトに通ってるはずないじゃない」
「…………わーるかったなッ!」
「でもどうするの、ひーちゃん? 」
「そうだなぁ……アン子に聞いてみよっかな」
「よせよせひーちゃん、アン子の紹介できるバイトなんか、どうせ新聞の編集とか新聞のネタ集めとか、そんな雑用に決まってるって」
「でも、いろんな情報は知ってそうじゃない」
「知ってるイコール紹介してくれる、とは限らないぜ、アン子の場合は。金払えば別だろうけどな」
もっともである。
「うーん、参ったな。当てが外れちゃったなぁ」
「ひーちゃん、こうなったら他のみんなにも相談してみない?」
「うん……そうだね、そうしようか」
「なんか面白そうだな。俺も一緒についてくとするかね」
「……マジか、ひーちゃん?」
オカルト研究会の部室の前で、蓬莱寺京一が緋勇龍麻に尋ねる。
「なんで裏密なんだ? 俺達はバイトを探してるんであって、失せ物の依頼や呪いの依頼に来たんじゃないだろ!?」
「いやまあ、一応裏密も色々な情報ソース持ってるしね」
「う〜ふ〜ふ〜、ミサちゃんに、何か用〜?」
「ぅどわぁぁっ!」
突然背後から聞こえたおなじみの声に、京一が文字通り飛び上がる。
独特のテンポで声をかけたのは、無論裏密ミサその人だ。
「で、出やがったか裏密!」
「ご挨拶ね〜、京一く〜ん。せっかく来客ありの宣託が出たからこうして待ち伏せてたんじゃないの〜」
「待ち伏せてねえで、普通に待ってろッ!」
「と、ともかくさ、裏密。ちょっと相談したいんだけど」
「ひーちゃんが、ミサちゃんに〜? 珍しいわね〜」
確かに珍しい。
さわらぬ神に、ではないが、極力オカルト研究会に近づかないようにしていたのも事実だ。
「立ち話もなんだし〜、まあ中に入ってよ〜」
「お邪魔します……」
裏密に誘われるまま部室に入る龍麻・小蒔・京一。
「なんかさ……来るたびに色々パワーアップしてない?」
部屋の内装を見て、小蒔が誰にともなく呟く。
確かに、いろんな意味でパワーアップしている。
壁にかけられた草人形にはなにか赤黒い液体がこびりついているし、壁の天井近くにあった人型の染みは確実に天井に移動している。棚に並べられている無数の瓶の中身も、種類・数共に増えまくっているようだ。
それに何だか肩が重い。が、そのコトを聞くのも恐いのであえて黙殺した。気のせいであって欲しいと祈るばかりだ。
怪奇現象が苦手な割に霊感の強い醍醐辺りを連れてきたら、入った瞬間卒倒するのではなかろうか。
先程から、ちらちらと目の前を良く見えないナニかが飛び交っている。一体なんだろう。旧校舎で見たような気も……
考えがちょっと恐い方向に行ってしまったので、龍麻は早々に用件を切り出す事にした。
「実は、今バイトを探してるんだけど……なにか良い働き口、知らないかな?」
「アルバイト〜? そうね〜、あ〜、ミサちゃんに協力しない〜?」
「え゛」
「一回¥5000でどう〜?」
「ご、¥5000か……う、う〜ん……」
「悩むんじゃねえッ、ひーちゃん!」
「参考までに聞きたいんだけど……一回って、なにを一回?」
「う〜ふ〜ふ〜。それはもう〜、色々とね〜」
「…………例えば?」
「霊薬の臨床実験とか〜、異界との交信の触媒とか〜、あ〜、そうだ〜、悪魔召喚時の護衛も良いわね〜。それに〜、ひーちゃんのプラーナって、ちょっと特殊だから〜、色々な実験に使えそうだし〜……」
「遠慮させて頂きます」
まだ見ぬ実験に胸を躍らせているのか、滅多に見れない乙女チックなポーズでほう、と頬を染める裏密を置いて、3人は部室を出た。
「だから言ったろ、ひーちゃん……」
「うん、ゴメン……」
「ま、まあ、仕方ないよッ。次行ってみよ?」
「そう、だね」
「よう、龍麻サン。っと、デートかい?」
「ヤだもう雨紋クン、デ、デートだなんてそんなッ!」
「はぶーし!?」
「……って訳でもなさそうだな。蓬莱寺サンがいるところを見ると。いる、ッてェかのびてるけど」
真っ赤に照れながら小蒔が繰り出した正拳を浴びて吹き飛ぶ京一を非道にも黙殺して、龍麻は雨紋に話し掛ける。
「実は、ちょっと相談したいんだけど」
「相談? なンだい、俺様でよけりゃいくらでも乗るぜ」
「うん、実は今バイトを探してて。雨紋ならそういう情報に明るいかな、と思ってさ」
「バイトかァ……ちょっと前は汗みずくになってやったンだけどな。ギターとバイク買うためにさ。でも最近はやってねえンだ」
「そうなんだ。なんで?」
「ンー、まあ、ライブで忙しい、ってのもあるし、ライブで結構潤ッちまうからな」
「そうかぁ……」
「ワリィな、力になれなくてよ」
「ううん、そんなことないよ。相談に乗ってくれただけでも」
「へへッ、アンタのそういうトコ、俺様シビレちまうんだよな。あ、そうだ。龍麻サン、今度のライブに出て見ねえか?」
「ええっ!?」
「一回龍麻サンに唄わせてみたかったンだよ。戦闘の最中にも響くアンタの声、眠らせておくには惜しいぜ!」
「そ、そうなの?」
実際、龍麻の声はよく透る。
呼吸法による錬氣を修練として行っているせいか、肺活量、並びに声量が常人とは段違いに大きいのだろう。
「ま、今日明日決めろッてンじゃねえからさ。考えといてくれよ」
「僕が、ねえ……」
そう言いながらも、満更でもない様子の龍麻。
ともあれ、今はバイトが先決だ。
雨紋と別れ、のびたままの京一を引きずって移動する。
「ッか〜〜〜……顎が馬鹿ンなっちまった……」
顎を擦りつつ、京一が情けない声を上げる。
「大体、何であそこで俺に突っ込みいれるんだよ! それもグーで!」
「だからゴメンって……つい反動でさ。それに、京一って殴り易いし」
「まあ、そんなら仕方ねえな……ってンなワケあるかァ!」
「あははは、ダメか」
「あははは、じゃねえだろがッ! ッたく……やきそばパンだからな」
「はいはい」
と、桜ヶ丘のロビーで2人が和平交渉を締結した頃。
「ダ〜リ〜ン、待たせてゴメンねェ〜」
語尾にハートマークがついているようなのどかな声と共に、高見沢舞子がやってきた。
「ううん、こっちこそ仕事の最中に押しかけてごめん」
「イイのォ、ダーリンのためだったら、舞子、仕事なんか抜けてきちゃうんだからァ」
龍麻の腕を取って、擦り寄りながら舞子が甘い声で囁く。
決して他意は無く、天然とも言える人懐っこさからの行動なのだが、それでも小蒔の柳眉が逆立つのは抑えられない。
舞子の豊満な胸が龍麻の二の腕に押しつけられるに至って、耐え切れず小蒔が声を出す。
「ひーちゃん、ほら、早く用件言いなよッ!」
「え、あ、は、はいッ」
「小蒔ちゃん、ナニを怒ってるのォ〜?」
「お、怒ってなんかないよッ!」
「へへッ、まァ仕方ねえよなぁ。小蒔の胸じゃあ、あれだけ押しつけてもぎゃぷちんッ!」
小蒔の鋭く踏み込んでの肘打ちが炸裂し、愉快な声を出しながら京一が滑稽な格好で吹き飛ぶ。
「り、裡門頂肘……!?」
「コラ、病院内で震脚を鳴らすんじゃないよッ!」
いつのまにやら背後に現れた岩山たか子院長が小蒔を叱り飛ばす。
「あ、す、すいません!」
「まったく、お前達は時々ここが病院だと言う事を忘れるだろう? で? 一体用件とはなんなんだい?」
「はあ、実は…………」
「……バイト? ふむ、そういうコトなら、どうだ。ウチで働かんか?」
「へ?」
意外と言えばあまりに意外な展開に、龍麻のみならず小蒔も目を丸くする。舞子は事情が飲み込めていないのか、いつもと変わらぬニコニコ顔だ。
「あ、あの、でも僕、病院の手伝いなんて出来ませんけど?」
「なあに、出来なければ教えるまでさ。まあ、最初はとりあえずわしの身の回りの事からやってもらおうかね」
「身の回りのこと……ですか?」
「この仕事は肩が凝るからねえ。マッサージとか、掃除とか……それに……ひひッ、ひひひッ」
「し、失礼しますッ!」
旧校舎地下で剣鬼に囲まれた時よりも切羽詰まった声を上げて、龍麻は桜ヶ丘を飛び出した。
「死ぬかと思ったぞ、実際……」
桜ヶ丘を無事脱出し、歩きながら地息丹を呑んで一息ついた京一がぼやく。
「モロ急所に入ったんだぞ、あの肘。常人なら死んでるって」
「うるっさいな! アレは京一が馬鹿な事言うからだろッ!」
「馬鹿も何も、本当の事じゃねぃぃッ!?」
小蒔に思い切り足を踏まれた京一がぴょんぴょんと跳ね回っているところへ、声がかかった。
「アラ、珍しい組み合わせね」
「あれ、藤咲」
龍麻の言う通り、ただ街中を歩いているだけで妖艶とも言える色香を振りまいているのは藤咲亜里沙であった。
「珍しいかな、僕らが一緒にいるの?」
「ええ、だって大概5人一緒か、2人っきりか、じゃない?」
「そそそそそそ、そんなことないよッ!」
からかうように言った藤咲の言葉に小蒔が激しく反応する。
「べべッ、別にボクとひーちゃんは、いっつも2人で出歩いていたりなんか……!」
「……小蒔……」
一人慌てる小蒔と、それを見て呆れる龍麻にくすくす笑う藤咲。
「誰も貴方と龍麻のことだなんて言ってないわよ」
「そ、そりゃあたまにはお買い物とか……って、え?」
ようやくからかわれた事に気付く小蒔。
「藤咲さん〜〜〜!」
「あっはははは! ゴメンゴメン、あんまり仲良いんでちょっとからかっただけよ。それで、どうしたの? どこかお出かけ?」
「うん、おでかけ、というか……」
「ひーちゃん、藤咲も詳しそうじゃねえか?」
言いよどむ龍麻の語尾にかぶせるように、復活した京一が言う。
「そっか。いや、実は今ね、バイトを探しててさ」
「バイト?」
「そう。それで、まあみんなに相談してまわっているところなんだけど……」
「バイト、ね……そうねえ、私は大概、お金を持ってそうなオジサンとかと……」
「ちょちょちょちょちょ、まったぁ!」
不穏当な発言を飛ばす藤咲を龍麻が慌てて止める。
「なによ、龍麻?」
「いや、ほら、やっぱ僕にも出来そうなバイトはないかな? あはは」
「そうねー……」
じろじろと、何やら意味ありげな視線で龍麻を文字通り舐めるように見る藤咲。
「ルックスもスタイルもいけてるし、雰囲気も性格も申し分なし、と」
「あ、あの〜?」
「若くてイイ男をさがしてるお金持ちのオバサンがいるんだけど……」
「また今度ッ!」
『人間の襟首を掴んでの競歩』という競技がオリンピックに認められれば間違いなく金メダルを取れそうな勢いで、小蒔が龍麻の襟首を掴んで去って行った。
「ひーちゃん、ゴメンッ!」
「あはは、いいって。大丈夫だったんだし」
オチてたじゃねえか、とは、さしもの京一も突っ込まなかった。
藤咲と別れた後、偶然入っていた締め技でオチた龍麻を蘇生させる意味も兼ねて公園で休んでいるところだ。
缶コーヒーなどを飲んで一息つき、さてどうしようか、と話しているところへ見覚えのある大男が声をかけてきた。
「おう、龍麻に桜井、蓬莱寺じゃないか」
市ヶ谷の辺りを歩けば自衛隊のスカウトが目を輝かせるであろう巨躯の持ち主は、当然紫暮兵庫だった。
「あ、やあ紫暮。ロードワーク?」
「うむ、この公園はロードの途中なんでな、いつもここで柔軟をしている。それで、お前達はどうした?」
「いや、なにかあった訳じゃないんだけどね……じつは、さ」
世間話程度の軽い気持ちで(紫暮がバイトなどをしているはずもないし)、龍麻がバイト探しの事を話す。
「ほう、バイトをな。それなら……」
「え、なに、心当たりでもあるの?」
「心当たりという訳でもないが。如月に相談してみてはどうだ? アイツは骨董屋をやっているだろう。そこで雇ってもらう訳にはいくまいか」
「……それだッ!」
紫暮の言葉に目を輝かせる龍麻たち。
というか言われるまで気付かなかったのか。
「ありがとう、紫暮。早速行ってみよう!」
「あ、待ってよひーちゃん!」
そんなワケで、龍麻たちは如月骨董店に向かうのであった。
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