Fate/shadow night 第1話 |
――― そういえば、この人との会話はいつもこうだったな。 常に相手に頭脳労働を強要する、厳しい言葉のあやとり。 ジョークの類は通じないくせにウィットに富んだやり取りを好むのだから、会話の受け手側は常に全語句に神経を集中させられることになる。もっとも、どうやら美鶴がそういう話し方をするのはどうやら自分を始めとした数名を相手とした時のみであるようなのだが ――― 「……朱堂? 聞いているか?」 いけない、美鶴が在学中の頃の事を思い出していたら、ついぼうっとしていたらしい。 「あ、はい、聞いてますよ、先輩」 「卒業して1年近く経つのにそう呼ばれるのは、中々据わりの良くないものだが……まあいい」 1年。 そう、桐条美鶴が月光館学園を卒業してから、そしてあの影時間との ――― ニュクスとの戦いからそろそろ1年という月日が流れようとしている。 美鶴は卒業と同時に桐条の宗家足るに相応しい学問を修めるために海外へと留学し、そして自分はまだ月光館学園で就学中だ。 正直卒業を待たずにすぐにでも美鶴の元へと飛んでいきたいところであったが、それを察したのか美鶴はやんわりと釘をさしてくれた(曰く、学校は学問を修める以外の目的もあるのだから、それを果たせ、とのこと。ぐうの音も出なかった)。 もっとも、実際のところ高校中退の若造が単身飛び込んできては美鶴の役に立つどころか足を引っ張るだけであろうということも重々承知してはいるのだが。 結局、今の自分は自分の手の届く範囲で最良の事をするしかないのだ。いやそれはきっと、今の自分だけではなく、この世のほとんどの人々のベストがそうであるのだろうけれど。 などと益体の無い事を考えているあいだに、美鶴の近況報告は終盤へとさしかかっている。 勿論考え事をしているからといってそれらを聞き漏らすことなど決してない。しっかりと脳内の美鶴フォルダにジャンル分けして重要度順に整頓済みだ。 「それで先輩、本題はなんですか?」 「む ――― 何故そう思う」 自分でもちょっと素っ気無いかな、と思う言い方であったが、美鶴のムッとしたような返答は自分の言い方に対するものではなく、本題があるという事を見透かされたことに対するものである様だった。 「近況報告が本題だったら、さっきの突っ込みは『聞いているか?』だけじゃすまなかったろうな、と思いまして」 「……朱堂、君は段々と可愛げがなくなっていくぞ」 「誉め言葉として受け取っておきます ――― それで、先輩。よっぽどのことなんですね?」 「ああ ――― 頼みたいことがあるんだ」 と、非常に言い辛そうに美鶴が言う。 さてさて、あの美鶴がこれ程までに言い渋るとは、よほど困難なものであるのか、それとも危険を伴うことであるのか、はたまた曖昧な内容であるのか ――― 「 ――― 日本で、シャドウの痕跡らしきものが観測されたらしいんだ」 ……これはなんとも、困難で、危険で、そして曖昧極まる頼みごとになりそうだ。 美鶴の話した内容を要約するとこうなる。 影時間の消失以後も、桐条グループではシャドウの研究を続けていた。正確に言うと、美鶴が再開させたのだ。 ニュクスの消滅に伴い、影時間、そして全てのシャドウとペルソナ能力、それらにまつわる記憶は消失している。 しかし卒業式のあの日、美鶴達はペルソナ能力こそ喪失したままであるが、記憶を取り戻している。 これは自分たちがより真相に近い位置にいたということと、強い想いを持っていたが為の奇跡であるかもしれないが、美鶴は奇跡が自分たちだけの専売特許であるとは思わなかった。 事実自分たち以外にもペルソナ能力者はいたのだし(“作られた”能力者であるストレガ以外にも、コロマルというある種天然とも言えるペルソナ使いすら実例が挙がるのだ)、そうであればニュクスを倒した今も、シャドウをなんらかの形で呼び覚まし、利用しようとする輩がいるかもしれない。 ニュクスは真弥が封じたとはいえ、転ばぬ先の杖という言葉もある。 当然グループ内部には反対意見も多く見られたが、美鶴はその全てを封殺し、強引にシャドウの研究班を立ち上げさせた。 ――― と、ここまでは真弥達も知っている事情である。 問題はここから先。 そうして立ち上げられたシャドウ研究班が、日本国内においてシャドウに酷似した反応を捕らえたというのだ。 なにぶんサンプルデータなどほとんど全ての資料が喪失していた為に完全とは言えないものの、それは決して無視できる内容ではない。 しかもタチの悪いことに、それは ――― 通常の時間内で観測されているのだ。 「 ――― つまり、影時間ではないにも関わらず、そのシャドウ……っぽい何かは、外をうろついているってことですか」 「より正確には、影時間ではないにも関わらず、ではなく、影時間が存在していないにも関わらず、と言うべきかもしれないが」 ともすれば回りくどくも聞こえる美鶴の言葉だが、その違いは大きい。 自分たちが戦ったシャドウは、あくまでも影時間に囚われた存在。 あのニュクスですら、顕現したのは影時間という枠内であったのだ。 影時間がシャドウを生み出したのか、シャドウたちが影時間を生み出したのか、今となっては知る術も無いがこの両者の間には決して断てぬ因縁があったのは間違いない。 ところが今回観測されたシャドウらしき存在は、その枠を飛び越えて通常の時間を闊歩しているという。 「シャドウではない、という可能性はないんですか?」 「無論その可能性はある。何しろ、以前のデータは悉く失われているからな。だが、シャドウ以外に該当する存在は、近似値すらも見当たらないというのが真相だ ――― 大雑把に言えば、他の全てを消去法で消していったあと、最後に残るのはシャドウのデータだった、ということになる」 美鶴らしくない歯切れの悪い言い回しだが、それでも美鶴がこの問題を軽視していないのは強く伝わってくる。 学生時代から ――― 恐らくはその前から人の上に立ち、指示を出すという行為を務めてきた美鶴のことだ、状況が曖昧なまま誰かに何かをさせるということが納得いかないのだろう。 だが…… 「そのシャドウっぽい反応を調べてきて欲しい、と、そういうことですね?」 「む、まあ、そうなのだが ――― 」 「らしく無いですよ、先輩。スパッと頼んでくれればいいのに。ちょっとぐらい曖昧な状況だからって、構いませんよ、僕は」 「そう言ってもらえると助かる ――― 実は、受けてもらえるという前提で色々事を進めてしまっていたんだ」 さらりととんでもない事をおっしゃる。 まあ確かに、真弥は美鶴の頼みごととあれば物理的金銭的倫理的に可能である範囲で全力で応えるつもりであるから、それに関しては全く問題はないのだが。 惚れた弱み、というのもあるだろうが、それ以上に全面的な信頼が先に立つ。 桐条美鶴は朱堂真弥の知る限り、最も信頼の出来る人物であるのだ。 ペルソナ能力を喪失している今、シャドウがいるかもしれない場所へ赴くのは流石に危険を伴うが、美鶴の頼みとあらばこの自分はいかな死地へでも赴く覚悟は出来ている。 あー、でも順平や岳羽は難儀を示すかもしれない。山岸や真田先輩は意外に二つ返事で着いて来てくれるだろうが。 そう思いながら苦笑していると、耳に染み入る、凛とした声が続ける。 「ひとまず観測地点に程近い学園への転入手続きはしておいた」 待て。 何をおっしゃる? 「この時期、3年生の転校生は不自然だろうから、2年への転入ということにしたが……君の背格好から、特に問題は無いだろう」 待ってください桐条宗家。 「月高の方は休学扱いにしておく方が問題は無いだろう。ああ、書類の操作等はこちらのスタッフがしておいたから ――― 」 「ま、待って待って待って待って、待って先輩!」 さらりと法に触れる発言をする美鶴に、なんとか制止の声をかける。 「む、なんだ」 「なんだ、じゃなくて! 転校ってどういうことです!?」 「他の学校に籍を移すことだが」 「じゃなくて。そんな、僕、一応卒業間近なんですけど」 「君の成績ならば、今から休学しても問題あるまい。第一、学校の授業自体もうほとんど無いだろう」 いやそれはそーですが。 もうちょっと僕の意思とか意向とか選択肢とか。内申とかにも影響でるんじゃないでしょうか? 「すまない、君には事後承諾の形となってしまったが、これは決定事項なのだ。横暴とは思うだろうが、ひとつ頼まれてくれないか」 美鶴にこうまで言われては、流石に断れない。 しぶしぶではあったが、引き受ける旨を伝えると美鶴は心底安心した様子で引継ぎ事項を述べ始めた。 旅券の手配、現地でのスタッフとの待ち合わせ、捜査経費の振り込まれている口座、滞在先の宿、などなど ――― 「そうそう。アイギスだが」 「あ、はい。なんだかラボで調整中とか聞いてます。いつものメンテナンスより、長いみたいですけど」 そうなのだ。 去年来、真弥を守ることが一番の大切、といって聞かないあの対シャドウ用人型戦車は、色々な騒動を起こしつつも自分たちの傍にいてくれている。 卒業式の日に皆が記憶を取り戻してからは美鶴の計らいで時折桐条のラボでメンテナンスを行っていたのだが、今回のメンテナンスは常に較べてやや長い。これといった説明を受けていなかったので、少々心配していたのだ。 「無理もない。なにしろ、アイギスには新しい機能を積むことになったからな」 「新しい機能?」 「対シャドウ用のレーダーのようなものだ。そうだな、山岸の“力”のようなものだと思ってくれて良い。精度では彼女の能力には及ばないが、認識範囲は中々広く出来た様だぞ」 それはつまり、今回の件にはアイギスを伴え、ということか。 アイギスも最近ではすっかり人間らしくなってきているし、たまには違う環境に触れさせるのも彼女の為になるかもしれない。 「私としては、アイギスといえど君と2人きりで遠出させるのは少々引っかかるのだが……」 いまなんと。 「ちょっ、先輩? 今、2人きり、って?」 「む、ああそうさ、笑うがいい。私はアイギスに嫉妬しているとも」 む、ぐ ――― いやそのお言葉は鼻血モノの嬉しさなんですけどもね? 今はそれよりも。 「そうじゃなくて、順平や岳羽、山岸達は一緒じゃないんですか!?」 「何を言う。ゆかり達は受験を控えた大事な時期だろう」 「僕もそうなんですが!? ってか真田先輩は!?」 「先ほども言ったが、君の成績ならば問題ないだろう。明彦もサークルの方で手が離せないらしい」 「それって流石に差別じゃないですか!?」 「そもそも、進学先がどうあれ ――― 君の進路はもう決まっているだろう? 私の横に」 あ。 あー、駄目だ。 きっと自分も美鶴も、受話器を挟んで真っ赤な顔をしているに違いない。 確かに、将来的に桐条の宗家たる美鶴を公私問わずに支えられるような人間になる、とは思っていたが。 こうして改めて言われると、顔が火照るのを抑えられない。 「……分かりました。この件で進路上の問題が発生したら、きっちり先輩の好意に甘えさせていただきます」 「それは甘えではないから心配するな。正当な報酬だ」 まったく、この人は甘えるという言葉を心底嫌う。 自分に厳しく、他人に厳しく。 もうちょっと柔らかく生きても良いのに、と思うが、そんな桐条美鶴にこそ惹かれているのだから結局自分も世話はない。 と、そこでふと気付く。 「そうだ、そういえば」 「なんだ?」 「転入先の学校の名前、まだ聞いていませんでした」 「む、そうだったか? すまない、気が急いていたようだ。君とアイギスに行って貰う学園は ――― 」 美鶴はそこで一呼吸置き、地方都市の名を挙げた。 「冬木市、穂群原学園だ」 |
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