鬼狩人外伝・2 かつて観た春夏秋冬





 希望と絶望が満つる街・N◎VA。
 かつて世界を席巻した《災厄》は、この世の全てを変えてしまった。人の世界、生態系、生きる者達の法則、そして――自然環境すらも。この惑星の起点・地軸が傾いた結果だ。《核の傘》時代に言われた《核の冬》――粉塵による成層圏の遮光――にも似た現象が、皮肉にも『自然現象』として地球上に牙を剥いた。
 未曾有の危機・・・その言葉の意味を、人間達は身を持ってしった時だった。

 それからの世界は騒がしかった。数を大幅に減らした人間は右往左往し、付和雷同する彼らはそのまま消えていくものだと思っていた。しかしそれがワシの早合点じゃったようじゃ。
 ああいった混乱の中、うろたえる人間達を指導する器というのは何処にでも現れるもので、あの時もそうじゃった。自ら陣頭に立ち、進んで行うべきを実践する者がこの東の外れにあった島国におったのじゃ――この言い方は正しくないかもしれんのう・・・そう、その島国そのものが、乱する世界を治めたのじゃから。
 様々な絶望的危機を、この島国の政府が凡そ収拾することになる。食糧危機、エネルギー危機、追いつかない医療から来る疫病等の問題解決に奔走したのがその国だったしのう。
 もちろんわかっておる。あの《災厄》で、どうしてその国だけが他と異なって秩序を保っておられたのかは誰もが抱く疑問じゃ。しかしそれを知るのは当事者達だけで、それを知ることを欲して成功したものはおらん。外国に完全な鎖国を敷いたその国は、厳重と言っても生温い警備体制で『入るもの』『出るもの』を見張っておるし、世界が欲するのはその国にあった企業力じゃったからな。
 ――まあ、人間の今に至る営みはどうでも良いんじゃが。

 その結果、人間達はそれなりの生活を取り戻すことに成功したわけじゃ。それでも・・・何もかも取り戻せたわけじゃないがのう。たとえば――季節じゃな。
 この街は暮らし向きを楽にするためじゃろうが、常に春を装っておる。それが少々ワシには不満でな。
 季節は巡るから・・・春は夏が、夏は秋が、秋は冬が、そして冬は春が来るから映えるのじゃし。

 春――新緑の季節。芽生える生命が、再生からやがて興隆を謳う。

 夏――輝きの季節。生命が活動し、最も激しく燃焼する――衰退までの僅かな間に。

 秋――紅葉の季節。栄華を閲した生命が夕闇に暮れる――決して滅びを意味しないまでも。

 冬――黒厳の季節。その厳しさを生き残ってこそ、次の季節に花開くことを許される。

 これらの景色は失われてしまったままなのじゃ。ヒトは生きることに追われる余り、自然に目を向ける機会を自分達で放棄したのじゃな・・・なんとも寂しいことよ。
 失われたものの、なんと大きいことか。

 ワシは永く時を経てきた。そしてこれからもそれを続けるのじゃろう――いつかこの身に滅びが訪れるまで。しかしどれだけの年月を経ても、かつてワシが目にした美しい季節を取り戻せることは叶わないのかもしれん。それを不幸であると感じる者も、もうこの世には少ないのじゃろう。或いはヒトの心にゆとりが生まれた後、かつて当たり前のように目の当たりにしたそれらに気付く日が来ることを夢見て、それまでの時を、ワシはかつて観た風景を楽しんでおることにしようと思う。

 ・・・季節を忘れぬ者もいる・・・それが僅かたりともこのN◎VAに棲まうということを、何者かに教えるために。


〜ハグレ、月篠家縁側にて〜       



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* おまけ *
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「ハグレ、ペリグリーチャム食うかい?」
「わんわんー(はぐはぐ)」
「・・・この犬の餌に尻尾振ってるのが純血の龍族だって言って、誰が信じるかねえ、耕一?」
「は、はは、は・・・」
「モノローグも台無しだろ?」
「むしろ、このオマケの為の長い仕込みだった疑いが・・・」
「(はぐはぐ)」


了       




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