夢で会いましょう



醍醐 雄矢の場合



夜の新宿西口。街はクリスマスのイルミネーションで光輝いている。
そんないつもより華やかな今宵、彼はここで一人の少女と待ち合わせていた。
いつそのようなな約束を交わしたか、何時くらいからここで待っているのか、不思議な事によく憶えていない。ふと気が付けばここに立っていて、彼女の事を待っていた。
だが彼はそんな不自然さを全然気にしていなかった。
正確には気にしている暇が無かったというのが正しいだろう。何しろ彼がその事で悩み込む前に彼女は現れたのだから。


「遅くなってごめんなさい」


美里 葵。そう、確かに彼は彼女を待っていた。だが……。
少し息を切らせている真神の生徒会長に、醍醐は来てくれた喜びと同時に嫌な予感も覚えた。
いつもと変わらず美人であるその顔に浮かぶのは困惑の表情であり、クリスマスという特別な日なのに着ているのは真神の制服。確かに似合っているとはいえ。
そして次の一言で彼の予感は的中してしまうのであった。


「誘ってくれてありがとう、でも……ごめんなさい」


この「ごめんなさい」が何を指しているのか、恋愛下手の醍醐にもすぐに理解できた。
だが理解はできても納得はそう簡単に出来るものじゃあない。


「どうして、なんだ?」


断るくらいなら最初からここに来るなッ!とかそういえば何故美里を待っていたんだ?など幾つかの不満、疑問も浮んでくるがとにかく今聞きたいのは振られた理由。
自分の何が至らないというのか?
彼の問いかけに俯く葵。その肩はかすかに震えているようだ。


「……気持ちは凄く嬉しいの、そのまま素直に受け止めたいくらいに。でも……」


顔を上げたその瞳にうっすらと滲むそれは涙?そして意を決して言い切る。



「私は、私にはッ!あなたと一緒に<不動禁仁宮陣>を放つ事が出来ないのッ!!!」



ガアァァァァァンッ


その一言は深く彼の胸に突き刺さり、そして……





「……で、そのショックで眼が醒めてしまったんだ」
「なんつーか、なあ……」
「でも振られたショックで眼を醒ましちゃうぐらい葵の事想っていたんだ、意外だったなあ」
「うむ、夢に見てしまうという事はそれだけ相手を気にかけているという事だろうな。おまけにあそこまでショックを受けるとは……自分でも信じられないが、やはり潜在意識で……」
「好きだから夢に出てくるってわけでもねえだろ……ってまてよおい、なんか論点ずれてねえか?」


禁仁宮陣の部分は問題無いのかよというツッコミが響き渡るここは3―C。
夕暮れ時のこの時間、教室に残っているのはこの三人だけであった。

無論彼らとて部活でもないのに好きで学校に居残っていた訳ではない。
三人が三人とも昼食後爆睡してしまい、優しい先生方及びクラスメイト達が、起こすに忍びないとそのままにしておいてくれたのだ。正しい日本語に直すと見捨てたというのかもしれないが。ちなみに葵と小蒔も用があるから、と既に帰ってしまっている。
とにかく目を醒ました彼らがそんな皆の親切に苦笑いを浮かべつつ、なんでここまで爆睡してしまったのだろうか?と話し合っているうちに浮かび上がってきたのが先ほどの話。

すなわち『夢』

あまりに印象深い夢に飛び起きてしまい、その後寝付けずに朝まで過ごしてしまったというのが三人共通の寝不足及び授業中睡眠の理由だった。
そして互いにその内容に興味を持ち、<第一回目ェ覚ましてまで憶えている程インパクトある夢発表会>と相成り、トップを醍醐が飾ったのだが……、


「ったく、だらしねえなぁ、そんな夢で起きちまうなんてよぉ」


どうにも京一は否定的であった。<そんな夢>呼ばわりされた醍醐は少しむっとしたようであったが、


「ほう、ではそういうお前はどんな夢を見たんだ?」
「そうだな、やっぱり仲間の誰かが出てきたのか?」


すぐに興味津々の体で龍麻と共にたずねてきた。いうからには余程の夢なのだろう。
そんな二人に顔を歪める京一。しばらく言いよどんでいたが、彼らの期待に満ちた目に押し切られるようにぽつぽつと喋りだす。


「……まあ確かに仲間連中は出てきたけどな……」






蓬莱寺 京一の場合



「考えたら京一の家って初めてだよね、よっ新婚さん」
「うふふ、楽しそうね小蒔」


妙にテンションの高い二人を連れて、彼は帰路についていた。
すぐ後ろを歩く葵も小蒔も、そして自分も私服である。

彼女達を家族の待つ自宅へ招待する。
と、そう今日の予定を思い返して……疑問が浮かぶ。


『俺、いつのまに結婚したんだ?』


何故か記憶が無い。しかし足は自然と我が家……今どき珍しい木造モルタル二階建てのアパート……へと向かっている。
ここでも『いつこんなトコに引っ越したんだっけ?』と、記憶が一切無い。
しかし不思議な事に、彼は記憶が無いこの状況に関してまったく不安を持っていなかった。


『ま、いいか。結婚相手の顔見りゃ全部思い出すだろ』


ここらへんのアバウトさが夢らしいと言えるだろう。
さて、果たしてどんなおねえちゃんが待っているんだろう?と期待を持って玄関を開けて……


カチャ


「………………………………おい」

「……何よ?」

「夢だろ、これ」

「いきなり失礼じゃない?それ」

「やかましいッ、人の夢に勝手に出てくるんじゃねえッ!!大体なんで真神の制服姿なんだ」


これは夢だッ!!こんなぼろアパートでアン子が俺の帰宅を待っているなんて現実の筈が無い。ああ、早く目ェ醒ませよ蓬莱寺京一ッ!


「うっさいわねぇ、落ち着きなさいよッ!義姉さんも来ているのに」

「うふふ〜、京一くん久しぶり〜〜」

「な・ん・でッ!裏密がいるんだッ、しかもなんだその<義姉さん>ってッ!!」

「ミサちゃんだけじゃあないよ〜、ほら〜〜」

「うぉぉぉぉッ?う、裏密の人形が茶ァ運んでいる?これもか,これも<義姉さん>って奴なのか?せめて人間に……」

「フフフ…我が名は、水角……」

「面を取れぃッ!つけたまま何事も無いように茶ァ飲んでいるんじゃねえッ」


喚きまくる京一の後ろからやたらに楽しそうな二人の声が聞こえてくる。


「スゴイよね、葵。こんな狭い部屋に女の子ばっかり」
「そうね、後一人いれば<桃源極楽陣>が放てるわよ、きっと」


何気ない一言。だが彼を黙らせるには十分だった。
アン子や人形は頭数に入るのか、という軽いツッコミが浮かんだがすぐに消える。
それどころじゃあない。ここまでの登場人物、特に部屋に入ってからの連中の共通点は<苦手意識>がある事。だが、まだ最凶の奴が登場していない。

起きろ、俺ッ!これは夢だッ、早く起きねぇと……い、嫌だッ!
だが、その祈りも空しかった。背後にでっかい影を感じ……


「いひッ、ひひひひひひッ、おかえり、京一」
「ぎゃあァァァァァッ!!」







「……そんで、自分の絶叫で目ェ醒ましちまった」
「なるほど……確かに想っている相手が夢に出てくるというわけではないようだな」
「でも結局誰と結婚してたんだろう」
「知るかッ!これ以上思い出させんじゃねえ……と、それよりも、だ」


これで醍醐、京一と話し、残るは……


「ひーちゃんだけだぜ、どんな夢を見たんだろうなあ?」
「うむ、お前ほどの漢を眠れなくさせてしまう程の夢とは果たして……」
「いや、そんな大袈裟なもんでも無いんだけど……」


言いつつ話しだす龍麻、何か夢の内容に悩んでいるようでもあった。





緋勇 龍麻の場合



目を開けると天井が見えた。

これは別に普通の事だ。横向きに寝ていたら布団と部屋の風景が見えただろうし、うつ伏せに寝ていたら枕が見えていただろう。
普通ではないのは、起きようとしてもまったく身体が動かない事と、やけに暑さ、いや熱さか?を感じる事。
金縛りと風邪にいっぺんにかかったのかな?などと惚けた頭で考えていると、


「あ、ひーちゃんッ!眼を醒ましたんだね」
「ハイ、龍麻ッ!」


聞き覚えのある女の子達の声が聞こえてくる。こちらを覗き込んでくるその姿は……


「どうして……?」


どうやら口は動くようだ。視線が動くという事は眼も大丈夫。動かないのは身体だけのようである。


「どうしてッて……お見舞いだよッ、どう?調子は」
「龍麻、ダイジョーブ?」


と言われるからには、やはり自分は病気なのだろう。それならば今の体調も納得出来る。
だが、先ほどの問いで聞きたかったのはその事ではない。いや確かに何故小蒔とマリィがここにいるか?とか何故身体が動かないのか?なども気にはかかるのだが……、


……なんで二人ともナースの白衣を着ているんだ?……


似合っているし可愛い、だが何故に?どこで手に入れた小蒔、如月の店か?それにマリィにサイズぴったりの白衣って……?
幻覚だろうか?だがそれならエッチな白衣着ているかも……ってい、いや。流石にそれは理性が働いたんだろうけど。

そんなこちらの気持ちにはまったく気付かぬように、なにやら準備している二人。


「じゃあまずお薬を飲もうかッ!ミサちゃんが特製のを調合してくれたんだ」
「ちょっと待ってッッ!」


お気楽に言ってくれたが、自分の健康を魔法の秘薬に預けられるほど龍麻はチャレンジャーではない。市販のか、せめて桜ヶ丘病院で貰った薬にしてほしい。
そんなこちらの気持ちを小蒔も察してくれたようだが……なぜだか顔を赤らめる。


「でも、市販のはあまり効かないし桜ヶ丘で貰ったお薬って……座薬、なんだけど……ひーちゃん身体動かないみたいだし、どうしてもって言うなら……」
「言いません、ごめんなさい、そのお薬飲ませてもらいます」
「?ザヤクって?普通のオクスリじゃないノ?」


マリィの問いはあえて無視する。
寝たままの状態でも飲めるようにと、薬と称する謎の液体をスプーンにすくい彼の口元まで持ってきてくれる小蒔に、動悸が早まるのを自覚する龍麻。照れの為に、顔が熱くなってきたと思っていたのだが……、


「……って顔だけじゃなくて身体中が熱くなってきたんだけど……」

「わッ、ホント凄い熱ッ!!このままじゃひーちゃん……あッそうだッ!!前におばあちゃんに教わった速攻で効く熱冷ましの方法ならッ!!確かお尻にネギを」

「それは止めといてくれッ!!」

「ソレヨリオネーチャンッ!!このザヤクっていうのを使オッッ!!」

「いや、それも勘弁してくれッ!!」


医者を呼んでもらえばいいのだが、待っている間にもどんどん体温は上がっていきそうである。かといって自分でどうにかしようにも相変わらず体は動かない。
自分を取り巻く状況があまりに不自然であり不条理な事に疑問を感じている龍麻を尻目に、何やら話し合っている小蒔とマリィ。そういえば彼女達の格好もその疑問点の一つであったが、それに関しては問題を感じていなかった。


「だからさ、後で来るって言ってたし三人で力を合わせて……」
「お医者サンのトコまでゴーッ……」


どうやら後から来る三人目と共に抱え上げて病院まで運ぶ計画らしい。
動けないのでどうしようもないのだが……まとまりそうなその話しを耳にして、嫌な予感が募ってくる。
正体はわからない。しかし、このヤバめのこの雰囲気は……。
そしてその不安は次の瞬間扉の開く音と共に、見事的中する。


バンッ!!


「ハーッハッハッ!ボクが来たから、もうアンシンネ!!」
「なんでアランまでナースの白衣着てんだぁぁぁ!!」


それは心からの叫びであった。






「……それで眼を醒ましたら部屋の暖房が全部つけっぱなしで、布団の上には運命の髑髏が乗っかっていた。多分本棚から転がり落ちたんだと思うけど」
「だからだろうな、そんな夢を見たのは」
「それにしてもオチにアランを持ってくるたぁ、ちょっと強引な気がするな」
「いや……夢の内容にオチも何も無いと思うけど……」
「……お前らいつまで残っているつもりだ。とっくに下校時刻は過ぎているぞ」


ここで犬神先生が現れなければ、延々と夢談議が続いていたかもしれない。
促され、教室をでる三人。


「……それにしてもナース姿か、ひーちゃん欲求不満じゃねえか?」
「……アランをどう説明するんだ?京一こそ実は夢のメンバーの中に気になる人物が」
「こらこら、ここで言い合っても仕方ないだろう。その件に関してはラーメン屋でゆっくりと……」


……こうして、いつもと変わらぬルートで帰路につく真神の男達であった。



その頃如月骨董品店にて


「そうねぇ、やっぱり人気の基本は女子高生・スチュワーデスそれに看護婦ね、最近じゃ巫女さんとかメイドとかかな……とにかく喜ぶわよ、<いつもと違う刺激がある>って……」
「へーッ、そうなんだぁ」
「ソウナノ?オネエチャン」
「マリィったら……小蒔まで一緒になって……」


そんな、店の一角に集まっている女性達を不思議そうに見る影と、こめかみを押さえて頭痛に耐えている影がある。


「ヘイ、ヒスーイ。あそこでレディ達は何をシテルンデスカ?」
「……<買い物帰り特別集中恋愛講座>だそうだ、藤咲さん、今度は何を教えているんだか」
「オモシロソーネッ!ヘイ、ボクも仲間に入れてクダサーイ」

能天気なその行動に更なる頭痛を覚える店主。そして新たな生徒を迎え更に盛り上がっていく恋愛講座。



……龍麻の夢が正夢になる日は近い……
……ってことはアランも?




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