自分は一体何をしているんだろう
そう悩む時がある。
強運を信じきって切った牌で役満をふりこんだ時、
親友を助けられず、その妹に辛い思いをさせてしまった時、
死なぬ筈の式神をつい敵から庇ってしまっている事に気付いた時、
だが……今日ほど馬鹿馬鹿しい理由でこう悩んでしまった事はなかったな。
今この状況をかえりみて、しみじみと思う村雨。
場所は真神学園校門前、時間は放課後。
白い制服に身を包み、一人は杖を片手に、一人は背に<華>の字を負い、一人は周りの視線にまったくの無表情……彼らはどうにも浮いた存在であった。
とりあえず彼を悩ませている元凶に声をかけてみる。
「なあ、俺達なんでここにいるんだ?」
ここまで来ておいて愚問かもしれない。だがそれでも聞かずにはおれない。こちらの困惑も知らぬように、
「裏密さんに会いに来たのですが……それがなにか?」
口元に扇子を当てて、あっさり答えてくる元凶。
予想通りの答え。なぜコイツはここまで裏密ミサにこだわるのか?いくら似た世界を歩んでいるからといって……。
「ほぉ、招待でもされたのかよ?」
皮肉っぽく言いつつ<それは無いだろうが>と心で付け足す村雨。
彼女がこの元凶、御門晴明を敵対勢力と見て嫌っていると、仲間内で知らぬ者は……当人以外ではいなかった。
何故気付かないのか?実は気付いててなお懲りずにアプローチしているのでは?などという声もあるが、付き合いの長い村雨の見る所、本気で相手の気持ちに気付いていないようで…、それが彼にとって面白くもあり哀れでもあり、そして精神的な疲れの元凶でもあった。
「いえ、会う機会を作るどころか、文やメールの返事も滞ってしまう程にご多忙の様子なので、ならばこちらから出向いてさしあげようかと……」
それって無視されてんじゃ……
と思った事をそのまま口に出すほど村雨も子供ではない。言葉となったのは別の話。
「いきなり用も無く押しかけて迷惑になんねえか?」
彼にしては生真面目な意見だが、言外に<嫌われるぞ>という含みを持たせ、さらに<だから帰ろうぜ>という希望も覗かせての発言。当然の如くそんな内心など通じない。
「フッ…たまたま傍を通ったので寄ってみただけです。特別な理由など要らぬでしょう?」
嘘つけ、さっき堂々と<会いに来た>と言ってたのは誰だ?そんなごまかしがあの占い師兼魔法使いに通用するか。
と、そうも思ったがあえて口にしない。彼が聞きたいのはそんな事ではなく……
「で、なんで俺が付き合わなくちゃあならねえんだよ?」
これ、これがもっとも聞きたい事であり、彼の悩みの元であった。
だが、それに対する答えも他の質問同様、あっさりした声で返ってくる。
「多分必要となるだろう、という陰陽師としての勘です」
「なッ……」
「護衛の事なら芙蓉を除く十一の神将を置いてきました。私達がいなくとも十分護りの要になるでしょう」
「そうじゃなくでだな」
「おや、何か不服でも?先日麻雀の誘いを断りきれずに護衛の任を私に押し付けた男の言い分とやらを聞かせてもらえるのかな?」
「……チッ」
断れないと自分でわかっているから、ここまでついてきた。ただそれならば理由くらい、と思ったのだが……なんかもーいろんな事がかったるくなってきた。とっとと用件すまさせて歌舞伎町にでも繰り出そう……、
「ではいきますよ、芙蓉、村雨」
「御意」
「やれやれ…あぁツイてねえ」
こうなると感情の無いコイツが羨ましくなってくるな
ようやく口を開いた芙蓉を横目で見ながらそんな事を考えたが……ふと思い直す。
最近他の連中と、特に先生と話すようになってから、その表情に変化が見受けられるようになった芙蓉。人の心というものに深い興味をしめし理解したいと願っていたように感じていたのだが……
「もしかしてお前、深く考えるのはやめようって思ってねえか……?」
耳元での囁きに
「……………」
返事はない、しかしその瞳は何らかの心情を映していたように…少なくとも村雨には感じられた。
『感情理解の放棄か?それとも今の状況をアホらしいと感じられるくらい、心が発達したのか……?感情を知ったからこそ、それを制御しようという考えも浮かぶ訳だし』
興味深い問題ではあった。ただ今はゆっくりと考えている暇はなさそうである。その<強運>ゆえか、彼はろくでもないモノを発見してしまったのだから。
「御門、そこ動くな」
決して大きな声ではなかったが、そこに含まれる緊迫感は十分その足を止める力を有していた。
「……何か?」
だがあくまでも声の調子は変わらない。
冷静にこちらを見つめてくる二対の瞳に仏頂面を返して村雨はその前に出る。
そのまましゃがみこんで落ちている木の枝である個所を掘り返し、
「……なんてこった」
発掘したのは紅く輝く小さい玉。
彼はこれが<火神之玉>という名の戦闘の際使う道具だという事を知っている。
発見出来たのは偶然。完全に土が被さりきれていなかったのか、ほんの少しだけ地表に出ていた紅の輝きが、彼の視界に入ったから。
しかしこんな物騒な物が地雷のようにして埋まっているという事は、
「どうやら私の逢い引きを阻止しようという輩がいるようですね」
「……逢い引きに来られたくねえからだろ?」
ご丁寧にもある程度以上の<霊力>の持ち主が踏まない限り作動しないように細工されている。こんな特殊な道具に霊的な仕掛けをほどこせる人物は限られており、多分この学校には一人しかいないはず。
大方、水晶玉かなにかでこちらの来訪を察し罠をはったのだろう。
「フッ…だが障害があるほど盛り上がるものなのですよ」
「……少なくとも<愛>って言葉は無いだろうな」
もちろん今の御門に村雨のぼやきなど聞こえていない。
「では村雨、出番です。埋められているであろう玉をその強運にまかせて……」
「掘り返していけとでもいうのか?日が暮れんぞ」
勘と強運を頼りにそこらじゅうを掘っていくつ埋められているかわからない玉を捜し出す。時間もかかるだろうが、大前提としてそんなかったるい作業やりたくもなかった。
いやみの一つでも言われるかと覚悟した村雨だったが意外にもあっさりと彼の言い分を認めた御門。<日が暮れる>ほど時間がかかるのは彼にとっても喜ばしくない事のようである。
「しかたありませんね……」
呟きつつその懐から取り出したるは携帯電話。
隣で見ていて、彼がどこにかけたのかはわからないし、会話の内容も良く聞き取れない。
だが誰にかけたのかは、それから数十秒後に判明した。
はるか彼方から土煙をあげこちらに向かってくる男が、多分先ほどの電話相手なのだろう。
「………ハッハッハッハッハッ!!ヘイッミカードッ!!ボクのアオイはドコ?」
この陽気なラテン系は笑いながら走ってきたのか?江戸川から新宿まで?
いくらなんでもありえない考えに気を取られてしまい、村雨はアランに声をかけそびれてしまった。無言で校舎を指し示す御門に礼を言って、地雷原に突っ込み……
ボウッッ!
「オゥッ!!」
見事に爆発に巻き込まれた男に憐憫の眼を向けつつ……、
「……なんて電話したんだ、あの兄さんに」
「別に…ただ<今この時、貴方の来訪を美里葵さんが心より望んでいる……>」
「ちょっとまてよ、おい……」
「<……かもしれませんね>と伝えようとしたのですが、途中で切ってしまって。どうやら走ってこられる場所にいたので直接本人に問いただそうとしているようですね」
「悪魔か、お前は」
確かに腐っても青龍、能天気に見えても四神であり、その<霊力>は並外れたものがある。だから……、
ボウッッ!!
「こんなのヘッチャラです、待っててアオーイ……」
バシャァァァ!!(多分水神之玉)
「…SHIT!!」
ピシャァァン!!(多分雷神之玉)
「…MY…GOD…」
カッッ、ズゥゥゥン!!(多分天津神之玉)
「ノォ―――――――!!!」
……なにがそこまで彼を駆り立てる?一途な愛か?
とにかくズタボロになりながらも魔の区域を渡りきり、倒れるように校舎内へと消えていったアラン。
そんな彼を妙に暖かい眼で見守ってから
「さて、それではまいりましょうか」
「………御意」
玉を踏み潰した後を辿るように校舎へと向かう御門と芙蓉に、
『……選べよ、少しは手段を。目的があるとはいえ……』
背中を冷や汗で濡らしながら付いてくるしかない村雨であった。
とりあえず無事校舎に入り、来客用スリッパに履き替えたりしながら……
「そうだ…携帯持ってんなら連絡くらい入れとけよ、<今から邪魔するぞ>って…」
それが礼儀だ、とばかりに言う村雨だが、本心は別にある。電話をして直接<来るな>と言われれば、流石の御門も自分が歓迎されていない事に……気付かないかもしれないが、それでも相手に嫌われたくないという心が働き引き返そうって気にも…、
淡い期待。だがあっさり覆される。
「軽々しく番号を教えないところなど、奥ゆかしいとは思いませんか?」
「……どうせ調べてあるんだろ」
「留守電なのですよ、先ほども言ったでしょう?ご多忙だと……」
「聞いた俺がバカだったよ」
そもそもまともに連絡が取りあえるのなら、こうしてアポ無しで直接会いに来る必要など無いのだ。
自分の考えの甘さを感じつつ廊下を歩く。
とにかくここの二階にあるという<オカルト研究会>とやらにコイツをほうり込めば、自分は御役御免なのだ。さっさとマませて雀荘にでも、と考えていると、目の前に見知った顔を見つけた。
……どうやら相手の用意した防御手段は、玄関のあれ一つだけではなかったようだ。
「ミサちゃんに頼まれてるんだッ、<敵対勢力を通さないで>って」
爽やかに言い放つ彼女の手には弓矢が握られている。
「ほう、なるほど。ならばお聞きしますが桜井さん、なにゆえ矢の先がこちらを向いているのですか?」
不思議そうに問うてくる御門に気の毒そうな瞳を向ける小蒔。
「ホントは葵も一緒のハズだったけど、なんか大怪我した行き倒れが発見されたからって呼び出されちゃったんだ。生徒会長も大変だよね」
とりあえず彼の質問には答えない。ここまでされて気付かない筈は無いと思うのだが、とにかく知ってて惚けているのか、本気で自分が敵対勢力と思われている事に気付いていないのか判断できない以上、余計な事は言わない方が良いだろう。という、一応相手を気遣った上での対応である。
一方彼女の台詞に何故か満足げな笑みを浮かべる御門。どうやらアランが無事彼のマドンナと対面出来た事を喜んでいるようだ、案外自分のした事を心の中で正当化しているのかもしれない。
その笑みを消さぬまま、再び彼女に声をかける。
「美里さんが忙しいのはわかりました。でも貴方も忙しいのでしょう?<敵対勢力>とやらを迎え撃たねばならないのですから」
「うん、お願いされちゃったから……断ったら後が怖そうだし。だから動かないでね」
「……どうやら、なにかしらの誤解があるようですね……それでは」
笑顔を消し杖を構える御門と、その主の様子に懐から扇を取り出す芙蓉。
あわや一色触発ッ!という場面で、彼らを押さえるように村雨が一歩前に出る。
「……何か策でも?」
「そんな大層なモンじゃねえよ」
言って小蒔に向き直ったその顔は無表情であり、ただ眼だけが射抜くように鋭かった。
そのどう見ても同じ高校生とは思えないような迫力に、思わずひるんでしまう小蒔。
「さて……ちょっと聞いてぇんだが」
「何を?」
「アンタ、友達に頼まれたから、お願いされたから、ここで弓を構えてんだよな。別に弱み握られているとか、どうしても返さにゃならん義理があるってわけじゃあなく」
「え?なにそれ、そんなの別に無いけど……」
妙に緊迫する空気の中、村雨がにやつく。それは皮肉げだが、その場の緊張を解くものであった。少なくとも小蒔の心は先ほどよりも軽くなる。
それが村雨の狙いだった。彼女の心の隙をつくようにして言葉を被せる。
「それじゃあ俺達からのお願い、なんだけどよ……そこを通してくれ。一応共に闘う仲間の頼みなんだけどな」
「えッ!え、と」
「それとも嫌みっぽい御門なんか友達として認められないってかい?」
「そ、そんなことないけどッ」
完全に相手ペースに乗せられてしまった小蒔。
隙を突き混乱させ、相手がペースを戻す前に一気に片をつける。いわばギャンブラーとしての心理戦である。
「後が怖いっていうなら、御門の奴だって同じようなもんだって」
「…………」
「さて、それはそれとして。俺がこの前歌舞伎町で賭場を開いた時、客の一人にラーメン屋のおやじがいてな。帰りに食ってったんだが、そのスープが絶品で……」
この五分後に説得完了。村雨の作戦勝ちであった。
「意外でしたね、村雨にあのような芸当が出来るとは」
イマイチ納得出来ていない表情の小蒔を振り返り見つつ、御門は感心したような口調で言った。
「誉める気があんならもっと素直に言え」
口調は感心でもその内容は馬鹿にしているようにしか聞こえない。
村雨は顔をしかめつつ言葉を続ける。
「大体こういう下らねえ理由であの嬢ちゃんに怪我でもさせてみろ……こんなところで先生と命を賭けて闘りあうなんてゴメンだぜ」
怒りに燃え本気で挑んでくる黄龍の器と闘う事を考えたらさすがに背筋が寒くなってくる。説得やラーメン一杯奢るくらいでそれが回避できるのならばそちらを選択するのは当然だった。同意見なのか、隣の芙蓉が合わせるように無言で頷く。
「そうですね、闘うにしてもわざわざ相手を手強くする必要はない」
「……ちょっと待て、<闘うにしても>だと?」
「ええ、どうやらむこうはその気のようですね」
言いながら扇子で指した先には、今さっき会話に出ていた<彼>がいた。
「ったく、先生も頼まれた口かい?」
村雨の溜め息まじりの言葉に、二階へと続く階段の踊り場に立った<彼>緋勇龍麻は複雑な表情を浮かべた。それは疲れ、とか諦め、といった類の顔であり、今村雨が浮かべているのとよく似た表情である。
「とりあえずここで防いでおかないとな……京一と醍醐を生け贄として、最終防御用の魔物が呼ばれてしまうんだ」
「……お互いに苦労するな」
他者に対して同情するなど何時以来だろうか?それとも変な知り合いを持ってしまった共感が働いているのか?
村雨のしみじみとした台詞に苦笑を返す龍麻。
互いの立場からして、闘いは避けられないだろう。とりあえず校舎を傷つけないようにリストバンドを装備していると、
「まあ少しお待ちなさい」
先ほどから何やら芙蓉に耳打ちしていた御門が声をかけてきた。
「引き返す気になったの?」
「何故私が引き返さねばならないのか、その理由はわかりませんが……闘争も辞さないと?」
「……なるべくやりたくはないけどね」
「同感ですね、ですからちょっとした非常手段を取らせてもらいます」
その<非常手段>が何を意味するのかわからず首を傾げる龍麻に、静かに近づく影が一つ。
いつもと変わらず無表情であり、いつもと違う皇神の制服を身に纏った芙蓉が無造作に間合いに入ってきた事で、彼の疑問は更に大きくなる。
武器を構えるでも無く、術を唱える様子も無い。ただ、気のせいだろうか無表情であるはずのその顔に、不安の色が垣間見えたように感じられた。
そして彼女は唐突に行動に移る。
「申し訳ありません、ご主人様」
主命に従うのであり、詫びる必要は無い筈なのだが、その言葉は何故か自然に芙蓉の口から出ていた。そのまま疑問顔の彼にすがりつく。
「「はぁ?」」
呆気に取られた村雨と、驚きのあまり硬直してしまう龍麻。だが口からでたのは同じ言葉だった。
暖かみは感じられないが、柔らかく良い香りのするその身体が押さえ込むように彼を包む。見上げてくるその瞳に強い光が宿り、何かしらの感情を表しているかのようであった。そのまま顔が彼の顔に近づいていき……、
『こ、このままではまずいッ!』
勢いに身をまかせそうな自分を叱咤し、硬直を解こうと龍麻はまず顔を上げ、御門を見て再び固まってしまった。
その様子に不思議なものを感じ、同じように御門を見た村雨も同様に固まる。御門を、というより御門の持つものを見て、と言った方が正確であった。ついでに言えば<いつのまにそんなもんを>というのが最も正しい。とりあえず聞いてみる。
「なんだよ、そのデジカメは?」
「電脳部の備品です。珍しい霊が写っていたので裏密さんにお見せしようと思ったのですが、思わぬ所で役に立ちました」
涼しい顔で構えている御門の見ている先は、もちろん龍麻と芙蓉である。
後ろ姿であり皇神の制服を着ているので、この位置からの絵だとすぐにこの黒髪の人物が芙蓉とはわからない。<緋勇龍麻謎の女生徒と熱い抱擁>という見出しでもつけて配れば、一大ニュースとしてこの学園の話題を独占できるであろう。
「……幸い、真神には凄腕の新聞部長がいると小耳に挟んだ事もありますから、その方にお任せしても面白いでしょうね。そうするとインタビュー用のそれらしいコメントを芙蓉に伝えておかないと……」
淡々と語る御門を見る龍麻は青ざめている。
つまり<ばらまかれたくなければここを通せ>と暗に言っており、明らかに脅迫されているのだろう。だがその条件を飲む=京一、醍醐を見捨てるという事になる。
それはできない、のだがしかし……あれがばらまかれたら……はっきりいってヤバイ。絶対に誤解されたくない人が、この学校にはいる。もし彼女に疑いの眼で見られたら、「ひーちゃん」から「龍麻クン」に呼び方が変わってしまったら……どうすれば、いい?
見た目で混乱しているのがわかる龍麻の耳元で、そっと囁かれる声。
「……お許しを……」
そしてそれが、彼が意識をとぎれさせる間際に聞いた、最後の言葉となった。
「俺が言うのも何だが、かなり卑怯だったな今のは」
「隙を突き混乱させ、相手が我を取り戻す前に片をつける。村雨、自分が先ほどした事を忘れたとでも?」
「やり方は同じでも内容が違うだろうが」
確かに闘わないで済んだのは幸いである。勝負事に綺麗、汚いは無く、結果が全てだというのもギャンブラーとしては常識だ。だが、それはそれとしてどうにも気が晴れないのも事実だった。
龍麻が内心で葛藤している隙を突き芙蓉の<春風の舞>で眠らせる。
御門としても<黄龍の器>と正面から闘うなど危険極まりない事はわかる、無理なく通り過ぎる為の非常手段であった。
技としての威力より術としての睡眠効果を強めた為、結構あっさりと夢の世界に旅立っていった龍麻。友情と慕情との間で悩みまくった末、<技をくらい眠る>という選択に逃げ込んだのかもしれない。
「あんまりアホらしい命令ばかりだしてんと、芙蓉に愛想尽かされるぞ」
苛立ち紛れの捨て台詞なのだが、意外にも何の反応も返ってこない。
『晴明様を侮辱するような言動は許しませんよ』
と、当の芙蓉から言われるかと思ったのだが、彼女はまったくの無反応、そして無口無表情である。
だがそれなりに付き合いの長い村雨は、その様子にある事を思いついた。
「もしかして『ご主人様に抱きつけてちょっとラッキー』とか考えているだろ」
「……………………………………無礼な」
「答えるまですごい間があったな、図星だろう」
……とまあ険悪な雰囲気になりかけていた二人にまったく気を止めず、
「……ここ、か」
<オカルト研究会>
御門の声にはかすかな感慨がある。艱難辛苦の末辿り着いた目的地に彼なりの思う所があるのだろう。
思わず漏れたその呟きに、村雨と芙蓉の足も止まる。
最終防御用の魔物とやらは結局出現しなかった。一応警戒はしていたのだが。
「ここかい、ヘッ見るからに妖しげな部屋じゃねえか」
悪態をつきつつ、その顔は笑っている。
役目は終わった。えらく長かったように感じられたが、ようやくこれで解放されるのだ。つい先ほどまでの苦労は、まあどぶに嵌まってから野良犬に噛まれてしまったとでも思って早々に忘れてしまおう。後はもうコイツがなにしようがしったこっちゃない。
「じゃあな。邪魔者は消えるから、せいぜいあの魔法使いの嬢ちゃんと二人で仲良く霊の事でも語り合ってくれや」
「……それで、なぜ村雨の手が私の肩にまわされねばならないのです」
「野暮は言うな。色恋沙汰に女の連れや護衛は不必要なんだよ、だろ?」
「付き合ってあげなさい。先ほどお前が龍麻に抱きついた事がよっぽど口惜しいのでしょう」
「何言ってんだか、お前が二人っきりになりたいだけだろうが」
「……御意、では村雨、主命により寂しさを紛らわす手伝いを……」
「お前も御門の言葉だからって何でも信じるなよ」
まあこの場から解放されるのなら何言われようが気にならなかった。
御門の方も、こちらに気を取られるのは時間の無駄とばかりに部室の戸をノックする。
「うふふ〜……」
聞き間違えようがないこの笑い声が返ってくるという事は、少なくとも不在では無かったようだ。
長居は無用と、背をむけ立ち去ろうとする村雨の耳に、二人の会話が聞こえてくる。
「……と、言う訳なのですが、どうです?あの件についてお話でも……」
「……ミサちゃん、とても忙しいの〜、今来客中だし〜……」
「……そこを何とか……」
「……駄〜目〜……」
「……ではここで想いを込めた歌を……」
「……じゃあね〜今度は〜ミサちゃんから出向くから〜……」
「……仕方ありませんね、では、私はこれで……おや?どうしたのです、村雨」
その時御門の視線に入ったのは、力尽きたように壁にへたり込む村雨の姿であった。
「どうしたも何も……あれで終わりか?」
出てくる声も果てしなく疲れているようであった。御門には彼がそうなった理由が皆目見当つかないのだが、とりあえず問われた事には答えておく。
「ええ、強引すぎる男と思われ嫌われたくはないので。まあこれも男女間での恋のかけひき、というものでなかなか楽しい……」
「体よく追い返されたって言うんだ、そういうのは」
喚きたいが力が出ない。
なんやかんやとあれだけ手間をかけて辿り着きながら、話していた時間は一分ちょっと。当人はそれで納得も満足もしているようだが、付き合わされた方にしてみればたまったもんじゃあないッ!!
なんかグッタリしている村雨の肩に、そっと手が置かれる。
ゆっくりと顔を上げると、そこにあるのは変わらぬ無表情だが……もしかして慰めているのだろうか?
「村雨……」
とっとと歩いていってしまった御門を追うべきか、村雨に付き合うか?考えた末の選択は芙蓉の胸に不思議な波を立てた。理由としては<主命があったから>。しかしあくまでそれは主の用向きが済むまでの命であり、それが済んだ後は新たな主の命を待つのが通例である。それなのに今自分はここにいる。何故かはわからないが自分の選択が間違えていないと感じられるのだ、不可思議である。……<なんとなく>という<自分がここに居たいから>という気持ちには気付いていなかった。
そんな芙蓉に、最初はぼんやりと、次に訝しげに、そして何かに気付いたような視線を向ける村雨。その顔にはだんだん生気と……不敵な笑みが戻ってくる。軽く笑い声を上げた後、おもむろに立ち上がって再び芙蓉の肩に手をまわした。
「……こうなりゃ憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ、ついでに男女間のかけひきってやつも教えてやる」
「しかしそれならば昨今の晴明様のご様子を拝見……」
「見聞きしただけで全てを理解できるなら、コスモレンジャーはもっと強くなっているだろうよ。大切なのは経験だぜ?それにな……御門のアレを参考にすんなッ!」
どうやら開き直ったようだ。
反動からか、テンションが高くなってきた村雨はつい大声で宣言してしまう。
「もうぜってえにッ、アイツの恋愛ざたには付き合わねぇぞッッ!!」
そして何事かとこちらを見てくる真神生徒達の視線を完全に無視して、肩を抱いたまま何事もなかったかのようにその場から離れるのであった。
ちなみに霊研では
「なあなあ、さっき来てたの陰陽師の兄ちゃんと……」
「気にしないで〜素直に帰ったから〜」
なにやら広げた地図に書込んでいる二人。端の方までチェックしてから同時に顔を上げる。
「へへッ、ようやく完成やな『新宿心霊スポット完全マップ』」
「うふふ〜、ありがと〜劉くん〜。ミサちゃんの眼が届かない場所のフォローをしてくれて〜」
さすがの裏密にも男子トイレや更衣室など基本的に女性の入れないスペースを調べることは難しく、オカルトに詳しい劉に助っ人を頼んでようやく今日完成までこぎつけたのである。
お礼に、と表現しにくい香りのするお茶(?)を入れてくれた裏密に再び訊ねる劉。
「ホンマによかったんか?なんやえろう気ぃはった声やったけど」
「いいの〜コッチの作業の方が大事だし〜…魔物の召喚も間に合わなかったから〜」
いいつつ動いた視線の先には、天井から逆さ吊りにされている二つの影。でっかい蓑虫のようなそれからは小さな声で何やらうわ言と共に、<ひーちゃん、逃げろ……>とか<せめてリングの上で散りたい……>などと聞こえてくる
「うふふふふ〜、決戦はまた後日〜〜」
「……とりあえず下ろそうや、なッ!」
あの陰陽師の兄ちゃんは闘う為にここに来たのとは違うのでは?とか、なんでこんな所に京一はんと醍醐はんが吊るされとるん?とか、そもそもいつ吊るした?今の今迄全然気付かんかったけど?……などなど疑問は尽きないが、とりあえずどこか楽しそうな裏密にそう提言するのが精一杯の劉であった。
それから数日後、裏密は約束を守り……
「う〜〜ふ〜〜ふ〜〜ふ〜〜、今日は〜〜最終決戦の日〜〜……」
「ようこそ、浜離宮へ。わざわざのご足労、しかもそのように珍しい私も初めて見るような生き物をつれての訪問とは……」
「え〜〜〜いッッ!!」
「おお、その上余興までッ!こちらも十二神将総出でお出迎えした甲斐があります」
「ハーッハッハッハッハッハッッ!!アオーイ、ドコにいるの?」
「なんや、アランも巻き込まれたんか……」
まったく話の噛み合わない決戦が、人知れず行なわれたのである。
そしてそこには
「……何してんだ?俺……」
逃げそびれしっかり戦闘に巻き込まれている、不幸な村雨の姿があった……。
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