怪我の功名
 
 全てが終わって気がゆるんだせいか、正月3日から俺は見事に風邪をひいた。
『治せるモンなら治してみやがれっ!!』
というような、元気いっぱい江戸っ子風味の見事な風邪だ。
 ここ3日間38度以上の熱が続いている。インフルエンザかもしれない。
 せっかくの、冬休みをこんな事でつぶしたくないがふらふらしていて出歩く事なんて
とうてい無理だった。

 ぴぴっ・・・・

 体温計の音がしたので見てみると、38度6分。全然下がっていない。
 やっぱり、クスリを飲まないとダメかもしれないが、クスリが効きにくい体質なので
飲んでもあまり変わらないかもしれない。
「・・・・ぼながべっだだ・・・だんが、あっだがな・・・・・・」
 鼻が詰まっていて変な声になっている。のども痛いし。お粥でも作るか。
 無理矢理布団から起きあがって、正座してみる。
 ふら〜っと、右後方23度ぐらいまで傾いたのであわてて体制を立て直そうとして
勢い余って顔面から布団に突っ伏す。
 もういっぺん。
 ふら〜っと、左後方42度ぐらいまで傾いたのであわてて体制を立て直そうとして
勢い余って顔面から布団に突っ伏す。
 もういっぺん。
 ふら〜っと、右前方18度ぐらいまで傾いたのであわてて体制を立て直そうとして
勢い余って後頭部を布団に打ち付ける。
 もういっぺん。
 ふら〜っと、左前方50度ぐらいまで傾いたのであわてて体制を立て直そうとして
勢い余って後頭部を布団に打ち付ける。
 起きあがりこぼしみたいでちょっと楽しい。
・・・・なんて言ってる場合ではない。いけない・・・・意識が・・・・・・
 仰向けにひっくり返ったまま、俺の意識は薄れていった。

 どのくらい時間が経ったのだろう。俺はうっすらと目を開けた。
 額の上にひんやりとしたものが置いてある。水に濡らしたタオルのようだ。
よく考えると、いや考えなくても頭の下にはアイスノンがある。
冷たくて気持ちいい・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
問題。何故こんなものがあるのでしょう?
「あ、ひーちゃん!気が付いた!?」
 ふと横を見ると、心配そうな少女の顔が見える。
 小蒔。
「よかったぁ・・・・ひーちゃん正座したまま仰向けに倒れてるし、熱はあるし
 薄目開けたまま笑いながら何かうわごと言ってるし・・・・・・・・・・・・・・・
 死んじゃうのかとおもったんだからぁ」
 小蒔がうっすらと目に涙をためながら言う。
 俺もそういう状況の人を見たら、きっとそう思うだろう。その前に怖くて逃げるかも。
 俺は手を伸ばすとそっと小蒔の涙を拭う。
 えへへ、と笑顔をつくりながら小蒔がその手を握る。
「ひーちゃん、お腹空かない?ボク、なんかつくるよ!」
 とたとたと軽快な足取りで、台所に走っていく(っつても、すぐそこだが)小蒔。
 その後ろ姿を見ながら、俺は幸せな気分になった。
(・・・白衣の天使に看病されるのも男のロマンだが、好きな子に看病してもらえるってのは
 幸せだよなぁ・・・・・・・・・・でも小蒔・・・・どうやって入ったんだろう?鍵かけ忘れてたかな?)

 しばらくすると、小蒔特製のスタミナおじやが完成した。
「はい、ひーちゃん。あ〜ん」
 小蒔は息をかけて冷ましてくれたおじやを俺の口元まで運んでくれる。
 ちょっと、赤面しながらそれを食べる。
 美味しい。すっごく美味しい。いや、もうめちゃくちゃ美味しい。
 ウルトラスーパー超デラックスハイパー美味しい。
「えへへっ、喜んでもらえてボクも嬉しい♪」
 小蒔がまぶしい笑顔を見せる。
 風邪をひくのも悪くない。3日間悶え苦しんでいたのが今日、報われた。
「そういえば・・・・小蒔どうやって入ったの?鍵かかってたはずなんだけど・・・・」
 小蒔が来てからのどの調子も何となく良い。我ながら現金な身体だ。
 小蒔がイタズラっぽい表情をして答える。
「あのね♪大家さんに『緋勇の内縁の妻です』っていって開けて貰っちゃった♪」
 俺は思わず吹き出しそうになった。真っ赤な顔をして小蒔を振り向く。
 俺の慌てぶりに小蒔が笑う。
「あはははっ、ウソだよ。ちゃ〜んと、『緋勇君のお見舞いに来た』って言って開けて貰ったよ」
 驚いた?と言いながら小蒔が俺の顔をのぞき込む。
「そりゃぁ、驚くさ・・・第一俺は内縁なんかじゃなくって、ご両親の了解も得て、結納すまして、
 ちゃんと正式に手続きをしてだね・・・・・・」
 小蒔を・・・・・・とセリフを続けようとして、はた、と気づく。
 俺、もしかして恥ずかしいこと言ってるか?
 小蒔が顔を真っ赤にして俺を見つめている。
 俺は顔が赤くなるのを感じた。
「・・・・小蒔を・・・・・その・・・・・・あの・・・・・・・・・・・」
 俺は『お嫁さんに』とちっさな声で付け加える。耳まで真っ赤だ。
 小蒔も同じく真っ赤だ。
「・・・・・えへへ・・・・・」
「・・・・・は、はははは・・・・」
 二人して照れながら顔を見合わせて笑う。
「ほ・・・・ほら、ひーちゃん!冷めちゃう、冷めちゃう」
「ほ・・・・ホントだ」
 照れ隠しに再びおじやを食べ始める。
 やっぱり、美味しい。
 幸せだ。
 たまには風邪もひいてみるもんだ。
 俺の隣で顔を赤く染めながら優しく微笑んでいる小蒔を見ながらそうしみじみと思った。

                                              おしまい






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