実験



「小蒔、ごめん。遅くなって……小蒔?」

 マリア先生の呼び出しが、意外にも時間がかかってしまった、その日。
 『待ってるから!』と、笑顔で見送ってくれたかの人は、机にうつぶせて睡眠モードに入っていた。教室には誰もいない。結構いい時間だし。
 葵は生徒会最後の引継。京一は諸羽に、醍醐は紫暮に連行されていった。
 傍らに、冷めてしまった肉まんがある。
 それを手に取った時、眠っているはずの彼女の鼻がぴくぴくと動き、ごっくんと唾を飲み込む音がした。

「………………」

 出来心。
 誰が彼を非難できようか。
 前にアン子にもらったキャンディーが机の中に入れっぱなしになっていたことを、思い出す。
 そおっと、袋から取り出し、小蒔の口元に持っていく。

「えへへへへ」

 微笑んでいる。

「これなんか、どうだろう」

 鞄から数学の教科書を取り出してみたりして。
 だが、龍麻の遊び心は次の瞬間焼失した。
 どんな超感覚が働いたものか、これも宿星の力なのか、臭いも何もしない数学の教科書に小蒔は、反応してくれた。眉間にしわをよせて、手でうち払っている。

「すごい……」

 どこをどう間違ったのか、惚れ直したりしているぞ。
 探求心。
 誰が彼を非難できようか。
 次々に取り出す教科書レポート類に、きっちりと反応してくれる。

「美里葵、あーおーいー、あーおーいー」

 今度は黄龍氏、耳元でささやいてみる。
 にこにこ
 笑っている。

「醍醐、だーいーごー、だーいーごー」

 やっぱり笑っている。

「京一、きょーおーいーちぃー」

 いきなし、ぐーでパンチですか、先生(誰が先生だ)。

「裏密ミサ、みーさー、みーさー」

 連呼すると悪魔が召喚されそうな怖い名前には、複雑な笑み。
 どうやら親密度(謎)によって、反応が違うらしい。
 好奇心。
 誰が彼を非難できようか。

「御門、みーかーどー、みーかーどー」

 うぁ、唇かみしめたりなんかして、ものすごく嫌そうな表情だ。
 他のみんなはそこそこで、大体よい反応というものだった。織部姉妹の時は、くすくす笑ってたりもした。残っているのはあと、一人。
 その一人がとても緊張する。

「えっと、緋勇龍麻。ひーちゃんです、ひーちゃん、ひーちゃん」

 へにゃ
 今までにない、とろけるような、笑顔。
 そして、唇が、言葉を刻む。

「………………好き」



 結局小蒔が目覚めたのは、緋勇龍麻照れ隠しのヒンズースクワットが、151回目をカウントしたときだった。

End




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