どげしっ
我ながらすばらしい音だ、と思うほどの立派な音が、脳髄に響き渡りこだましたので、きっと回りにはもっとすばらしい音で響きわたったに違いない。
……って、くらぁっ!
「いってーじゃねぇかっ! くそゾンビっ! ボケゾンビっ! いきなり蹴るか? ふつー?」
「やかましいっ! 普通の蹴りなだけありがたがく思いやがれっ! コードはこうだろうがっ! こーっ」
見てわかるなら世の中天才ばかりだ。
俺は、必殺技を出すことを、コンマ01秒で決断した。昼間、の上に、新月だが、んなことはこの怒りの前にはまったく無意味だっ。ベース(本当はやりたくねぇんだよ!)初心者のほんの少しの間違いをどつくかっ!?
EXゲージはなぜか満タン!
不敵な笑いが口をもれる。
ゾンビ(再び)死すべし! このガロン様が地獄にたたき落としてやるっ!
「ガロんちゃんいぢめちゃ、だめにゃーっ!」
よろっ
俺は飛び出してきたフェリシアの手前でなんとか踏みとどまった。こいつとは色々と複雑な関わりと訳があり、この猫娘は勝手に俺のことを、か弱いと信じ込んでやがるんだ。もちろん俺は別に弱くなんかねぇ、銀の弾丸を使われたり、頭と胴体を泣き別れにされたりしないかぎり死なないことには自信があるし、ゾンビ野郎何ぞに遅れをとることも、絶対、ない。
だが、理由は理由で、訳は訳だ。こいつの前で本性だしーの、びしばしーのは、やっぱり避けたいわけだ。
とりあえず俺は、態度を決めかねている間に発生した猫娘VS腐乱死体の第百八十五戦in墓場を観戦する事にした。というより、こーなっちまったらそれ以外にすることがねえだけだが。
しかし、何がかなしゅうて、人生まかり間違って、足踏み外して、ゾンビや猫娘とロックなんぞせにゃならんのだ。
俺は格闘家だぞ! 格闘家! 歌って踊れて楽器のひける格闘家なんぞ格闘家じゃねぇ……まったく巨大な陰謀すら感じてくるぞ。
『陰謀はくだらないほど始末が悪い』、そう言ったのはどこのどいつだったか。それよりもさっきから耳につきまくるこの一定のリズムはっ。
ずんちゃっ ずんちゃっ ずんちゃっ
おひ……
ずんたた ずんたた ずんたた
だぁっ! うるせぇ!
「ビクトル、ビクトル、やめっつーの!」
「俺、練習スル、ンダナ」
「やめとけ、今日は練習になりゃしねぇよ」
おとなしく手をとめる奴をみながら、俺は今日何度めかのため息をついてしまった。こいつはもともと機械じかけだから正確なリズムを刻むのはお手のものだ、フェリシアもミュージカルスターなんぞを夢見るだけあって音感はいい、ザベルは問題外だ。つまり、つまり、俺だけがトーシロー……
はっ、いかんっ、自分で自分を追いつめてどうするっ。
それよりももっと建設的なことを考えるんだ。人間に戻ったら、ハーゲンダッツを全種類月夜に制覇するとか、月夜の砂漠でらくだに乗るとか、ルビーコートの双眼鏡でクレーターを観察するとか、とか、とか。
……人間に戻れるのは、何時だろう……
しばし、間。
「くぉらっ! ビクトルっ! ドラムに鼻くそこすりつけてんじゃねぇっ!」
おちおち落ち込むこともできんのかっ! 俺はマネージャーかっ? 保父かっ? トップブリーダーかっ?!
「ガロんちゃん☆ 勝ったにゃあ」
トップブリーダーが、一番近いかもしれん……
「また、こんなにちらかしやがって。フェリシア踏むな、さっさと拾え」
「ガロんちゃんのためにやったのに……」
「わかった、わかったから! 今度尻尾で遊んでやるから!」
くぅっ、疾風の戦士……落ちたぜ。
VSゾンビで何が嫌といって、この後片付けという奴が一番嫌だ。まったく食欲が失せることこのうえない。
これが小腸、あれがすい臓、こっちが多分肺の片われだな、はうっ! 右手首があんなところまですっ飛んでるぜ、いくらシーズンオフの墓場とはいえ、人が来たらどーすんだ、ったく。
「ザベル、心臓くらい自分で拾えよ。フェリシアっ! ぼけっと立ってるな!」
いやだ……こんな人生……
「ガロんちゃん、ほらほら、胃袋でヨーヨー」
ものすごくいやだ……こんな人生……
「まったりとしていて、それでいて鼻孔に残るコクのある香り、ぬらーんとした重量感、ふっ、だいぶん腐ってきやがったぜ」
自分の心臓を両手で持ち、見つめるゾンビが一体。
「これで、あと一夏で安楽腐だな」
うひゃひゃひゃひゃひゃ
ふひゃひゃひゃひゃひゃ
「うひっ」
ぼたっ
人狼の情けだ。笑った拍子に左の目玉がはずれて落ちた事は黙っておいてやるぜ、ザベル。
「ザベるぅ、全部拾ってきたにゃあ」
「やっぱりなーっ、こう腹に何かつまってないと何かものたりなくてなーっ」
だったら防腐剤でもつめとけ!
心の叫びはもちろん届かない。
ああっ、俺は人間に戻っても、こいつらと一緒にいたら戻った意味がないよーな気がするっ! すごくするっ!(それどころか命が危ねぇ)思わず苦悩してしまった俺の眼の前でザベルは手早く臓腑をおさめると、いきなり手招きをした。
声をおとす。
「実はな、ライブの話があるんだ」
何がどう『実はな』なのだかよくわからんが、ゾンビのギターと、人造人間のドラム、猫娘のキーボード、狼男のベースのロックバンドに演奏させる物好きな強者、とは、いったい。
ちなみに、俺なら、やだ。
「魔界のアーンスランドって家の大ホールらしいんだが、これが条件付きでな、そこの娘のモリガンってのとバトルして勝ったら……」
「演奏し放題というわけか」
んなことだろうと思ったけどな。おおかたどこぞかの腕に覚えのあるわがまま娘がちょうどいい娯楽を思いついた、というところだろう。
「そういうわけだ。ああっ! 燃えるっ! 燃えるぜっ! その女のケツの穴から手ぇつっこんで内臓引きずり出してぶいぶい言わせてやれるかと思うとっ! 胸が張り裂けて内臓をおっことしそうだっ!」
「ちょっと待てーっ! お前、喜ぶポイントがずれてるぞーっ!」
いや、それよりもそのエグい喜びかたが、それよりも全く更正されていないその性格が、ああっどこに重点をおいて怒っていいのかわからんっ。
こんな奴らとダークストーカーズで一括される自分がかわいそうだっ!
否、かわいそうすぎるっ!
早く、人間に、なりたーいっ!
その心の叫びは、やっぱり届かないのであった。
結局、数多くの紆余曲折をへつつも、俺達は今アーンスランド家の前に立っている。
さすがにお貴族様だけあって立派な城だ。しかし俺がこの数日の間に魔界で培った認識では、立派な家に住んでいる者ほど性根は腐っているという事実だ。いや、それこそが魔族にはほめ言葉なのかも知れないが。
ほーほっほっっほっっほっっほ
おーほほほほほ
ここまで認識を補強されると、いっそすがすがしいほどだ。確かに美人は美人だが、見るからに、聞くからに、妖しいタイプである。全身であたしはサッキュバスを表現しているのは分かりやすいと言えば、わかりやすくていいが、それがこの場合いったい何の意味があるというのか。
「今宵は誰が私を楽しませてくれるのかしら? ちょうど退屈してたのよ」
「あたしにゃっ!」
ちょっと待て(以下、いかにも説明的なセリフ)、こいつは一応ヴァンパイアバージョンにおけるパロディだぞ(以上、いかにも説明的なセリフ終了)、フェリシアお前自分のダイヤグラムって知ってていって……ねぇよなあ、うん。
「あたしは勝って、勝って、みんなと立派なロックバンドをつくるにゃっ!」
ミュージカルスターはどこへ逝った、猫娘。
「ふふ、いいわよかかって……」
モリガンとかいう女は最後まで言いおえることはできなかった。
「ザベるボンバーっ!」
どごぉおおおおぉぉぉん
うひぃっ
な、投げやがった。
それもル・マルタごとっ。
「続いてっ、変幻抜刀ビクトる落としいっ!」
ごがぎいいいいいいんっ
どひぃっ
な、殴りやがった。
それも電撃バリバリでっ。
「……怪奇、腐った内臓がけ電撃風味サッキュバス……」
その腐った内臓がけ電撃風味サッキュバスは、しばしそのやられ体勢のままひくついていたが、いきなり復活した。頭のコウモリの翼が角になっていたのは、演出だろうか。
「こ、この、ボケ猫ーっ!」
「ボケ猫じゃないもん! フェリシアだもん!」
「こんなのは認めないわよっ!」
「まあ、まあ、俺の歌を聞いてみろって……腕がねえじゃねえか。へっ、このザベル様も腕が落ちたもんだぜ。こんなことに気がつかねえとはな……」
3人の会話はあからさまにかみ合っていない。それより問題なことは多々あるが。
まず第一にサキュバスの額の青筋がさっきからはちきれそうなのが、遠目からもよくわかる。
「こぉろぉすぅうううぅーっ!」
「へっ、俺様はお花畑を見た男、夢見る死後数十年だ。殺すなんぞ数十年遅いぜっ!」
そらそーだ。
しかし、サッキュバスもくじけない。
「生ゴミと一緒に埋めてやるぅうううぅーっ!」
「うぐっ」
さすがのゾンビもそういう攻撃は嫌らしく、下半身が180度回転し、逃げに入っている。
「なんの騒ぎかね、これは。モリガンくん?」
ま、またわけわかんねー奴が現れやがった! コーモリに化けてたのか、霧になっていたのか、これまたいきなり上からふってわいた。最近の貴族は下からこうもりにまみれ、うにうにと出てくるのといい、こういうのが流行なのだろうか。だとしたら、いやな流行だ。
とりあえず、吸血鬼ということはわかるが。
「うるさいわね! ……そうだわ、デミトリ、ここで勝負しましょうよ。退屈しのぎのデザートにしてさしあげるわ」
「もとよりそのつもりだが、君、とりあえず着替えた方がよくはないかね? まあ、腐った内臓の香りが好みというのであれば、私としても口を出すのにやぶさかではないが」
「……あんたって、とてつもなく嫌みな男ね」
てめぇも負けちゃいねぇよ。
「おほほほほっ、美しい私はどのような状態であっても美しいのよっ! いくわよっ! デミトリ」
「何時でもかかっ……うぐっ!」
大方の予想通りインテリヴァンパイアは、考え抜いてきたらしいセリフをまっとうさせることが出来なかった。
「ザベルボンバーっ!」
どごぉおおおおぉぉぉん
「続いてっ、変幻抜刀ビクトル落としいっ!」
ごがぎいいいいいいんっ
「これでとどめよっ! フェリシアミサぁイルっ!」
ちゅどおおおおぉぉぉぉぉん
神は死んだ。と、ニーチェは言った。
悪は滅びた。と、正義の味方は言った。
しかし、ついでに善も滅びた。
俺は放心状態からかえると、とりあえず吸血鬼と見事に激突して地面に埋没している猫娘をなんとか掘り返し、ほこりまみれの顔をぴたぴたとはたいてやった。サッキュバス、見事なコントロール、額のたんこぶ(で、すむあたりが怖い)がまぶしい。
「フェリシア! おい! 大丈夫か?」
「ガロんちゃん! やっぱりロッくは危険だにゃ!」
「……いや、危険なのはロックじゃないと思うんだが」
「あたしやっぱりミュージカルスターになるにゃっ!」
ふっ……聞いちゃ、いねぇよ。
「おーほほほほほっ! エレキテルバリバリ人間臓物デコレートたんこぶトッピングのヴァンパイアなんてお珍しいから、この夜の女王モリガン様が特別にてづから写真にとってさしあげて、なおかつ魔界新聞にお送りするわよっ!」
手にしているものは、『映る○です』。
鬼だな、あんた。
「くそぉっ! 俺の夢がっ! 俺様の夢がっ! 女をぶいぶい言わせる夢があっ!」
ちがうだろ。
「……ま、とりあえず俺様の勝ちっつーことで、ここでライブだな」
「嫌よ。あんな汚い手で勝ったなんておもわないことね」
おまえはどーなんだ?
「だから、こいつの城ですればいいのよ。私が許すわ」
「うぐっ! うぐぐっ!」
コーモリを口ん中に押し込んで反論を封じるとわっ。ま、まさしく悪魔っ。
「それにね、ザベるぅ、あたしやっぱりロッくやめるにゃ」
「俺も、パス。ヤッパリ向いてねぇよ」
便乗するならいまだ。このしちめんどくせぇ、お遊技をやめられるんなら、俺はこの陰険悪鬼女に感謝すらするぞ。そんな俺達のセリフを表情もなく(当たり前か)聞いていたザベルは、耳と鼻からダイオードをぶらさげて伸びているビクトルをつついていたが、いきなり拳を握りしめて立ち上がった。
「お前らなんか! お前らなんか! 大っきらいだぁぁぁ!」
好かれた覚えもなかったが。
とか、
まるで、中○生日記のようだ。
とか、思ったのはゾンビがオチを押しつけて走り去ったかなり後のことだった。
結局その後のことには興味もなく、早々にフェリシア、ビクトル共々退場してしまったので、俺にはよくわからないが、なんでもヴァンパイアハンターとか名乗る妖しいインド人が子供連れで現れて、大胆なラップスカートで太股もあらわに悩殺を振りまき、激辛カレーを喰いつつ栓ぬきをふりまわし、つやつやキューティクルの三編みで精霊をしばき倒しながら、「あっしにゃあ関わりのねぇことでござんす」とばかりに、某六代将軍のように暴れまわったらしい。
それにくらべたら、俺達のバンドはかわいらしいものだったのかもしれない。
さらにこうやって別れてみれば少しだけ懐かしいと言う気持ちがわきおこらないでもない。
なにせこのロックバンドさわぎのおかげで、俺は前よりも長く人間でいられるようになったからだ。
本人としては恐ろしく不本意なのだが、楽器をコントロールしようとすることが体をコントロールした……のかもしれない。通常しない事をしたおかげで、限界を少しばかり越えてしまったのかもしれない(だとしたら、俺の限界って……)。これが凶と出るか吉とでるか、今はまだわからないが。
とりあえず、いまは、平穏だ。
関係者全ての同意により、魔界史から抹殺された『無礼面の音楽隊』、ベーシストガロンの雑記はここで終わっている。
ちなみに、妖しさ大爆発のインド人が平穏を堪能する人狼に激辛カレーの襲撃をかけたのはこの直後であった。
悪夢は、やっぱし、終わらない。
おしまひ
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