Mission01 SITTING DUCK





 子供のころから空に憧れていた。ずっと。そう、ずっと。
 欧州大戦の空、そこは気高き空の騎士の決闘場だった。世界大戦、その空は黙々と義務を果たす軍人たちの試練場だ。少なくとも、私にとってはそうだった。
 長じるにつれ誇り高き騎士や寡黙な軍人への憧れは薄れてきたが、空への憧れだけは薄れなかった。そして大学に入ったとき、ROTC(予備士官養成課程)を選択し、空軍への関わりをもったこともまた、空への憧れのため――そう思っていた。
 いまとなっては、本当にそうだったのかわからない。いや、おそらく私の胸のうちのどこかへ眠っていた、空を翔けた騎士や軍人たち――空の英雄たちへの憧れが私にそうさせたのだろう。
 だが、打ち続く戦いの中で、それらの幻想の最後の一片まで打ち砕かれても、空への渇望にも似た憧れだけは、消えなかった。ずっと――そう、ずっと。おそらくそれは、私の心臓が鼓動を止めるその瞬間まで、消え去ることはないのだろう。



2004年9月19日1405


 轟音と共に2機目のファントムが射出された。ニュース映像などでお馴染みの、勇壮といってもいい風景だが、いまの私にはそんな感慨にふける暇も余裕もありはしなかった。なにせ次に飛ぶのは私の機なのだから。
 慣れないハンドシグナルを機付き長に送り、機付き長がそれに応えて車輪止めを外したのを確認してから、慎重にブレーキを緩める。機体誘導員の指示に従って、左にステアリングしてカタパルトを正面に捉え、ゆっくりと前輪をカタパルトのシャトルに合わせると、再度ブレーキング。
 ばらばらと甲板作業員が駆け寄って、機体の下に潜り込む。カタパルト要員が機外からの操作で首脚柱を伸ばし、それに応えてファントムは機首を高く持ち上げる。発艦時の対気仰角を高くとるためだ。同時に胴下に潜り込んでいた兵装係下士官が武装をチェックし、兵装の安全装置を外していく。これでミサイル――4発のスパローと同数のサイドワインダー――は、いつでも“熱く”なれる。
 機体周辺から作業員が退避したのを確認したらしい機体誘導員が、カタパルトへの固定完了の指示を送ってきた。ブレーキを緩め、スロットルをゆっくりと80%位置まで開く。2基のJ79はそれに答えるように、独特の赤黒い排気を吐き出しながら咆哮を高めた。
 機内で後席員と発艦前最終点検を終えれば、準備は完了。駆け寄ってきた発艦指揮官もそれを見て取り、右手を高く掲げ、指を2本立てた。スロットル開けの合図だ。左手に握るスロットルレバーをミリタリー(アフターバーナーを用いない最大出力)位置まで前進させる。与圧されたコックピットではさほどでもないが、甲板上はJ79の凶暴な唸り声で満ちているはずだ。
 エンジンが充分な出力になったのを見て取った甲板士官は、右手を開いて5本の指を振って見せる。それを見て私は、スロットルをアフターバーナレンジに押し込んだ。アフターバーナー点火。機首を高く掲げ、オレンジ色の排気炎を迸らせたファントムは、今にも獲物に飛び掛らんとする肉食獣のごとき獰猛な姿を呈していることだろう。
 エンジン計器に目を走らせて異常のないことを確認し、発艦指揮官に左手で敬礼を送る(右手は操縦桿からはなせないからだ)。
 高く掲げられていた発艦指揮官の右手が、艦首方向に大きな弧を描いて振り下ろされた。瞬間、猛烈な力で座席に押し付けられ、それを思う間もなく機体は2秒で150kt(270km/h)まで加速され、宙に放り出される。身体を襲う気味の悪い浮遊感にぞっとするものを感じつつ、スロットルをマキシマムアフターバーナまで押し進めた左手に、必要以上に力がこもった。
 キャノピーの側面越しに見える斜めに傾いた水平線が視野の後ろに流れていく。ある程度機速がついたのを見計らって機体の上昇角を緩め、高度を落とし、慎重に水平姿勢に戻す――そのとき初めて、冷や汗が手袋をじっとりと湿らせていることに気付いた。
「やってられないな。海軍の連中、マゾなんじゃないのか?。俺は二度とごめんだね」
 ホッとしたらしい後席員が言葉をかけてきた。私は軽く笑い、RATOなんか目じゃないねと言葉を返した。
 私たちを乗せたF−4EJ改は、先に飛び出した僚機の後を追い、凪いだ海上を駆け抜けていく。J79−IHI−17Aのテールパイプから、アフターバーナのオレンジ色の排気炎を長く引きずりながら。

 ―――――

 戦争がはじまった去年の夏、私は大学を出て、空軍少尉として入隊したばかりだった。空中勤務要員――それも戦闘機操縦者としてのそれ――への選抜に残れたのは、私の努力の結果であると信じたが、同時に幸運の賜物でもあった。それを希望するものはコロラドスプリングス(空軍士官学校)にもひしめいていたのだから。
 基礎訓練は終了していたが、実戦要員としては知識も経験もまったく不足していたから、当然ながら戦闘訓練飛行隊に配属された。当初はF−16Aの改修型を飛ばしていたが、年が改まる前にそれを取り上げられ、古めかしいF−4Eをあてがわれた。当初落胆したものの、これは私にとって必ずしも不運ばかりではなかった(なにしろ古い機体だけに幅広い技量を錬成する必要があった)が、しかしISAFの苦境の間接的な証明ではあった。戦争の様相は、新人に実用機で訓練させることを拒否するほどに苛烈だということなのだから。

 現代航空技術と戦術が真っ向から大規模にぶつかりあった緒戦は、恐るべき消耗戦の様相を呈していた。
 エルジア共和国軍にしてもそれは条件は同じであり、いくら大国とはいえ16ヶ国が連合するISAF(独立国家連合軍)に比べれば総戦力で劣る彼らには厳しいものがあったはずだが、彼らにはストーンヘンジという切り札があった。
 周知のように、本来落下する小惑星を迎撃すべく作られたこの巨砲(という形容詞がばかばかしくなるほどの建造物)は、その恐るべき射程と効果範囲ゆえに敵味方の混交する戦場上空でこそ使えなかったが、有効射程範囲内の航空基地を制圧するのに絶大な効力を発揮した。
 戦略的航空優勢の確立に圧倒的なアドバンテージを持ったエルジア共和国軍は、その航空戦力のほとんど全力を航空支援と戦略的攻勢に振り向けることが可能であり、新鋭の第一線機群を失ったISAAF(独立国家連合空軍)は、旧式機(比喩的な意味で、だが)で阻止攻撃、航空支援、戦略防空にあたらなければならず、守勢に置かれるがゆえに総戦力で優っても実際の投入機数では劣るという悪循環を繰り返していた。
 開戦からわずか3ヶ月で、投入された作戦飛行隊の実に1/3が戦闘力を喪失し、残りの2/3にしても損害が多いことに関しては大同小異で、ISAAFが現在までに失った作戦航空機は、投入総数の実に6割に達するといわれる(海軍航空隊の損失は別にして、だ)。
 いったん消耗した新鋭機を補充するのは楽なことではなかった。開戦後、誰もが驚くほどのペースで大量生産体制は整えられていったが、それでもベースとなるもともとの生産力が低く、生産を軌道に載せるには時間がかかっており、到底第一線の要望を満たすことなど出来ていなかった。
 大穴の空いた第一線の損耗を新鋭機で埋められないがために、予備・訓練部隊や平穏な戦線から人員と機材が根こそぎ引き抜かれ、重点戦線への補充に充てられた。機材と人員を引き抜かれてガタガタになったそれら飛行隊は、お蔵入りとなっていた旧式機を慌てて引っ張り出し、埃を払って再装備する始末だった。
 搭乗員の問題もあった。各国の予備役と在郷空軍から空中勤務要員のISAAFへの編入が発令され、新搭乗員の大量採用と短期養成に力を入れたが、一朝一夕で戦闘に投入できるパイロットが出来上がるわけでもない。促成は止むを得ないにしろ、それでもある程度の技量無しで第一線に投入したところで、高価な機体と金の卵――パイロット――の両方を失いかねいのだから。
 圧倒的なエルジア共和国軍の航空優勢の中、わずかな航空支援しか得られないISAF地上軍もずるずると後退を強いられ、開戦から1年を経た現在、大陸北東半島部のアイスクリーク・セントアーク周辺にしがみついて絶望的な防衛戦闘を余儀なくされていた。

 ―――――

 先行する編隊は這うような低空を高速で進んでいた。私の機もそれに習う。高度はわずか300ft(約92m)。速度は500kt(約926km/h)。低空を高速で飛べば莫大な燃料を消費するが、発艦した空母群の正確な位置を知らせないためには必要な行動だ。
 母艦から、最新の状況を通知する通信が入っていた。
「……現在、確認されているのは単座の戦闘機編隊数個である。アレンフォートAFBからの通報によれば機種はMIG−21及びF−5E。交戦規則はガンズタイト。作戦終了後は、事前の計画どおりノースポール国際空港に向かわれたし。なお、現在ノースポール防空軍のF−5EならびにISAAF第2戦術航空軍のAWACSが支援に向かっている。給油機の来援はない。以上だ」
「レイピアリードよりメビウス1」
 続けざまに、先行する編隊の長機より通信がはいった。
「レイピア編隊はこのまま低高度で進攻する。貴機はエンジェル3−5で先行、敵機の発見に努められたし。以後、会敵まで通信を封止する。無茶はするなよ。オーヴァー」
 35000フィート(約10667メートル)の高空で進出しろということだ。レーダーはその性格上、障害物のない空を“見上げる”より、高空から“見下ろす”ほうを苦手とする。複雑な障害物(波や、あるいは地形)に跳ね返された電波で、敵機が“まぎれて”しまうからだ。逆にいえば高空の敵は見つけやすい。
 ただし、高空からはレーダーの探知距離も増す。一言で言ってしまえば、高いところに上れば周りがよく見えるのと同じことだ。レーダーの電波も、地平線の向こう側にまでは届かない。地平線越え(オーバー・ザ・ホライズン)の機能を持つレーダーもあるにはあるが、それで得られる情報は精度が極めて甘くなるので、それで得られた情報も限定された用途にしか使用できない。
「メビウス1、コピーアンドアウト」
「おい、いいのか?」
 後席員が尋ねてきた。べつに反感からではないだろう。彼は私同様経験こそ浅いが、パイロット資格をもち、電子戦兵器を制御するプロフェッショナルでもある。なにを言われているかくらいは即座に理解できる。
 レイピア編隊の長機は、我々を(敵の目にとまりやすい)高空で飛ばすことで敵のアクションを待ち、かつ、レイピア編隊は見つかりにくい低空から“見つけやすい”敵を撃破するつもりなのだろう。つまるところ我々は囮になって、敵に見つかったら逃げろ、そういうことだ。
 たしかに気分がいいとは言えないが、しかし僚機を持たない、したがって近接戦闘でバックアップのない私たちには妥当な命令といえなくはない。また、早期警戒管制機の支援も望めないのだから、早期発見の手立てを打つのもまた然りだ。
 それに、ひとつ悪くない事実がある。
 ジェットエンジンはレシプロ機ほど高度による出力低下の影響を受けない。同じ速度を飛ぶ場合、密度の濃い(従って抵抗の大きい)低空を飛ぶより、大気の希薄な高空を飛んだほうが出力を抑えられる。必然的に燃費も向上する。つまり空戦で、少しばかり余計に機動できるということだ。今回は空中給油を得られないという条件がある以上、それなりに重要なことではあった。
 先に述べたレーダーの話も含めて、その点を伝えると、後席員も納得したようだった。
 操縦桿を引き、スロットルを開いてアフターバーナを焚き、上昇を開始する。私たちはほどなく目指す高度――成層圏――にたどり着くはずだ。

 ―――――

 甲板上から眺める港の光景は、ちょっとしたものだった。自分を乗せる空母を始め、種々さまざまな水上艦艇群、更に大小の輸送船群。これらの艦船が洋上でがっちりと陣形を組んだとすれば、さぞ勇壮なことだろう!。もっとも、あくまで艦隊の実態を知らなければ、の話だが。
 数日前(なんと昔のことのようであろうか!)、乗艦の準備を整え、ちょっとばかり早く居候先の空母に上がりこんだ私は、お客さんの気楽さでもって港を眺め、皮肉な笑みと感想を抑えることが出来なかった。
 仔細に見ればその艦艇群が雑多なものであるのは明らかだった。唯一頼りがいのある――飛行機乗りである私には当然そう思える――姿を見せているのは、対空巡洋艦コンゴウ級くらいのものだろうか(私は潜水艦の脅威についてはピンときていなかった)。ほかはと言えば、どこにでもいるペリー級フリゲートに古風で流麗なルポ級フリゲート、更に古典的なトゥールヴィル級とタイプ22級フリゲート。対潜戦を別とすれば、頼もしいと言うべきか、いささか迷わざるを得ない。
 振り返ってみれば、いま私が乗っている艦隊の中核たるこの空母にしたところで、コーラル・シーなる艦名を覚えている人がどれほどいるものか。なにせ20年も前に退役した空母を、むりやり現役に引っ張り出してきたのだから、知らないほうが普通だろう。
 艦も中古の寄せ集めなら空母の艦上に並べられた航空機群もまたそうだった。ほとんどが第一線を引退して保管されていたものを慌てて引っ張り出したもので、戦争さえなければスクラップヤード行きだった機体も多いはずだ。
 異動の辞令を受けたのは8月も終わりの頃だった。
 私たちの所属する飛行隊も含めて、高等訓練飛行隊(この際一括りに扱うが)は軒並み解体され、大陸から撤退してきた飛行隊の人員、機材も受け入れて、来るべき反抗計画の中核となるべく新たな実戦飛行隊へと改変されることになった。と、言葉にすると簡単だが、大陸での戦況悪化の影響で生じた、大変な混乱の結果というべきだった。なにしろこの段階で編成が計画された20を越す飛行隊のうち、ひとつとしてまともな手順で編成されたものはなかったのだから。
 私が属すると思われた(なにしろこのときはなにもかもが不確定だった)第118戦術戦闘飛行隊は、当面作戦可能な改修を受けたF−4を装備機とするはずだったが、装備予定の航空機は保管状態にあったために機材の集結に通常のフェリー飛行を行うというわけには行かなかった(機体を保管していた基地も使用予定があったため、早急に引き取る必要があった)。
 このとき、海軍も打ち続く損耗を補充するために数隻の旧式空母を現役に復帰させることにしていたから、空軍もこの計画に一枚噛むかわりに、ノースポール西岸に回航される空母を空軍機輸送に使うことを取り付けた。回航途中の空母艦上で機体の整備と運用準備を行おうというのだから恐れ入る。私たち空軍将兵が慣れない空母に乗っていたのは、そのような事情の結果によるものだった。

 緊急連絡とやらで呼び出されたのは、1330を過ぎたあたりだった。
「緊急事態だ。ノースポール第1防空管区の地上管制施設がつい先ほど沈黙した。どうやら破壊工作員の手によるものらしい」
 情報士官のいきなりの一言に、ブリーフィングルームに急遽駆り集められた20人ほどの隊員は、一斉にざわめいた。それはつまり、迎撃管制の中枢が沈黙したということなのか?。
「同時に首都近郊ならびにニューフィールド島のいくつかのレーダーサイトでも破壊工作が実施されたようだ。その結果、ニューフィールド島から首都にかけてGCI(Ground control intercept:地上迎撃管制)に、現在コリドー(Corridor:回廊。この場合、抜け穴)が存在している。どう考えても計画的な行動だ。エルジア軍は間違いなく航空部隊を送り込んでくるだろう。知ってのとおり北部戦線にほとんど全ての作戦飛行隊を引き抜かれている現在、ノースポール首都の防空ははきわめて手薄だ。この状況で、かつ情報においても劣位にあるとなれば、ノースポールと、その首都に腰を据えているISAF最高司令部は座り込んだアヒルも同然だ。きょう敵が挑んでくる航空戦には敗北するほかない」
 そんなことは子供でもわかる。それと空母艦上で機材の運用準備をしている我々とどう関係があるのか。もっとも半ばは判ったようなものだったが、敢えてそれを確認したいとは思わなかった。そんな胸のうちを知ってか知らずか、情報士官はポーカーフェイスで先を続け、我々の疑念を肯定した。
「そこで、我々の価値が重くなる。君たちが運用準備を続けてきたF−4戦闘機は、既に何機かが運用可能なレベルに達している。予定より1日早いが、可能な機から直ちに出撃準備を完了し、発艦。ノースポール防空の一翼を担ってもらう」
(馬鹿も休み休み言え……)
 私は口の中で毒づいた。口にこそ出さなかったが、みな同じ思いであるのは、その表情から間違いない。
 たしかにこの空母に積み込まれたファントムは、全機の整備が終わった時点でカタパルトを使用して発艦、そのまま目的の空軍基地へと移動するはずだった。しかしそれはあくまでフェリーを目的にしているだけだ。戦闘出撃など果たして出来たものかどうか。そこかしこで似たようなつぶやきが聞こえる。だいたい俺たちは空軍だぜ?。なんで海軍の烏賊どもみたいな真似をしなきゃいけないんだ……。
 だが、いくら不満をつぶやいたところで我々に選択の余地はなかった。
「可能な限りの支援を充当する。敵にニューフィールド島を越えさせるな!」
 誰も納得したわけではなかったが、自分たちの義務を忘れはしなかった。しかし、現実に出来る事には限界があった。必死の努力にもかかわらず、与えられたわずかな時間で発艦にこぎつけられるところまで準備できたのは、わずか3機だけだった。

 ―――――

 2分足らずで成層圏まで駆け上あがり、機を水平に立て直す。発艦から今この瞬間までせいぜい15分足らずだが、両翼下の1400リットル増槽を既に空だ。ただの重荷に過ぎなくなった増槽を投棄する。これで残りは胴体直下の空戦タンクと機内燃料のみだ。
 CAS(修正対気速度)は340kt。普通に時速に直せば630km/hだが、真速度は970km/hほどにもなる。この高度の音速の92%ほどの速度で飛んでいるにもかかわらず、海面高度を音速の52%ほどで飛んでいるのと同じ程度の風圧しか機体にはかかっていないし、エンジン出力もまた同じだ。機体にかかる風圧を測るだけの対気速度計は、高空の大気がいかに希薄かを如実に表していた。
 レーダーモードはRWS(Range While Scan)。レーダー走査で捉えられた全ての目標を映し出す、基本的な捜索モードだ。当然というべきか、現在レーダースクリーンにはおそらく雲であろう僅かなものを除けば反応がない。不思議なほどの静寂を感じる。無論背中から響いてくるジェットサウンドは別にして、だが。
 そのまま数分が何事もなく過ぎたあと、レーダースコープに輝点が現れた。
「メビウスより在空全機。レーダーにピン(感有り)。アンノウン(不明目標)4。速度3−8−0。方位3−4−0リマ(正面を0度として時計回りに360度、そのうちの340度付近の意。正面左手20度)。INS(慣性航法装置)による現在地、東経143.82、北緯43.24。真方位3−2−6に向かって飛行中。現在時刻1419」
 後席員が手際よくレーダー情報を報告する。さて、これで我々の当面の任務は果たしたわけだが……。
「どうする?」
 機内通話で後席員が尋ねてくる。私は答えた。無論敵を攻撃する。後席員は笑って、そういうと思ったと言った。よろしく頼む、そう言い置いて、不明機の方角に機首を向ける。
 今のところ対レーダーセンサーに反応はないから、(センサーが故障していない限り)まだ敵機や敵の早期警戒機に“見つかって”いないと見ていいだろう。とはいえ、この遠距離でレーダーを使っている(=電波を放出している)以上、存在を暴露していることには変わりはないが。
「ROE(Rule of Engagement:交戦規則)はガンズタイトだったな」
 後席員がぼやくような調子で言い、その口調に思わず笑ってしまった。実際は笑い事ではなく、国籍不明(ただし、ほぼ間違いなく敵であるはずの)機に対し、目視で敵であることを確認しなくては発砲できないということだった。これでは、胴下に4本をぶら下げた最大射程50kmを誇るスパローもほとんど重しと同じだ。
 目視で敵と確認するためには、10km以内に近づかなければならない。小型の機体を識別する場合、3kmでやっとということさえある。幸い(というべきであろう)、私たちの乗るF−4EJ改は、左翼前縁にTISEO(電子/光学式目標識別装置)を装備しているからある程度はましではある。TISEOは、ようするにレーダー連動の望遠レンズ付きビデオカメラというべきもので、電波封止状態で遠距離から目標識別を行うこともできるし、レーダーで補足・追尾する目標を光学的に確認・識別することもできる。古い装備だが、それでも最大で20km程度での識別が行えるのはそれなりに意味があった。特に今は、この装置を頼りにするほかない。
 TWS(レーダー逆探知装置)に反応があった。すかさず機体を左に滑らせ、機首下げ、右ロール、上昇旋回。不明機(まず間違いなく敵機だが)は、どうやらこちらに接近する腹積もりらしい。しかし、敵機との距離はまだ50kmはある。相対速度は音速をはるかに超えているが、それでも敵機を視界に収めるのに2分近くかかる。発見されている以上(そして我々も近づかざるを得ない以上)、それだけの時間をロックオンから逃れるのはどう考えても無理だった。
 案の定、ほどなく警告音が鳴った。敵レーダーが我々を追尾(トラッキング)しているのだ。距離はまだ30km余りを残している。こちらも失探するわけにはいかないから、ロックオンの解除を試みようにも余り派手な機動は出来ない。事前に知らされた敵機――タイガーIIとフィッシュベッド――は、貧弱なレーダー装備の関係で、基本的には(レーダー照準の必要となる)BVR(Beyond Visual Range:視界外射程)ミサイルを運用できない。いまアレンフォートを襲ってる敵に、BVR戦闘の出来る改造を受けた機体か、あるいはそれが可能な別の機種がいないことを、神に祈るのみだ。対進状態では余りにも対応時間が短すぎる。
 無駄と思いつつジンキング(ランダムな回避機動)を続ける。敵は撃ってこない。冷や汗がじっとりと背中をぬらすのを感じる。胃のあたりが引きつるような錯覚を覚えた。スロットルにかけた左手に無意味に力が篭もる。顔からは血の気が引いていることだろう。
 祈るように思う、もう少し、もう少しだけ……。と、突然後席員が声を上げた。
「タリホー!。アンノウンはフィッシュベッド!」
「メビウス1、エンゲージ」
 ISAAFでフィッシュベッドを使っている国はない。彼の弾むような声を聞きながら、私は交戦を宣言した。距離は15km。後席員はすばやくレーダーのモードを空対空モードに切り替えた。苦労してHUDの中央に捕らえていただけあって、ほんの一呼吸でロックオン。既にスパローの機動目標レンジだ、なにも遠慮することはない。
「フォックスワン、ファイア」
 ウェポンリリース、オン。胴体左舷のNo.3ステーションからスパローが落下、半瞬を置いてロケットモーター点火。敵機は慌てたように機首をめぐらせ、チャフをばら撒きながら回避に入る。が、遅い。その程度で逃がしはしない。後席員がフィルタをかけてチャフをキャンセル、成功。
 スパローのようなセミアクティブレーダーホーミング方式のミサイルは、命中する瞬間まで母機のレーダー情報に誘導を依存する。パイロットはHUDの中央の照準円内に目標を捉え続ける必要がある。
 敵機の回避にあわせて操縦桿を左に倒し、機体を傾ける。ぐっと体が右側に引っ張られるのを感じながら、操縦桿を押し込み、フットバーを左に踏み込む。気味の悪い浮遊感、その半瞬後、再び身体が右に引っ張られる。敵機は旋回を継続中。スロットルをアフターバーナに放り込み、操縦桿を引き強引に旋回降下に入る。全身が急激に重くなる。Gメーターが見る見るうちに増加。操縦桿を握る右手に、スロットルを押し込んだ左手に、力が篭もる。ともすれば指がレバーから引き剥がされそうだ。酸素マスクが下向きに顔を引っ張っる。視野が下がりそうになるのを歯を噛みしめて耐える。まぶたが、重い。急激に視界から色が失われていく。Gスーツが圧縮空気で膨らみ、下半身を締め付ける。永遠とも思える数秒。
 急速に下から上へと流れていく色の褪せた景色の中、HUD中央の敵機を示す輝点が、閃光へと変わる。
「メビウス1、キル!」
 ヘッドセット越しに喜色もあらわな声がした。無論後席員のコールだ。当の私はといえば、それに答える暇もなかった。旋回を緩めた矢先、先ほどの敵機の僚機らしいフィッシュベッドが旋回降下に入っているのが、視界の隅を掠めたからだ。
 私は後席員に一言侘びを入れ、垂直降下に入れる。ロールを打ってキャノピーを敵機へと向け、首をいっぱいに伸ばしてキャノピー越しにフィッシュベッドの動きを追う。降下を終えたフィッシュベッドは機体を立て直しているところだ。機尾をこちらに向けている。まだ位置は掴まれていない。
 フィッシュベッドの腹の下に潜り込むようにファントムを引き起こす。猛烈なG。再び引き剥がされそうになる両手。色が褪せ、狭まる視野の中、HUD中央に機影。兵装をサイドワインダーに。レーダーはACMモード。ロックオン。シーカ解放。連続したトーン音。ミサイルは敵機を捕らえている。ウェポンリリース。サイドワインダーは数秒でフィッシュベッドに喰らいつく。信管作動。フィッシュベッドは尾翼2枚とノズルを吹き飛ばされ、致命的な旋転に入った。パイロットはその直前にベイルアウト。私たちのファントムはその傍らを飛び過ぎる。
「ブレイク!。ブレイク!」
 突然後席員が怒鳴った。反射的に右旋回。同時にチャフとフレアをばら撒いた。次の瞬間、電子的な目隠しの雲を引き裂く光の矢。AAM(空対空ミサイル)だ。慄然としつつブレイク。正解だった。一瞬前まで位置していた空間を曳光弾が引き裂く。半瞬遅れで飛び去るなにか。F−5EタイガーII。古い軽戦闘機だが馬鹿には出来ない。尾翼には赤い薔薇と俗称されるエルジア国章。間違いなく敵だ。オーバーシュートしたタイガーIIは私たちとは反対方向にブレイクし、すぐに胴体の陰に隠れて見えなくなった。
 僅かに燃料の残る胴体中央、No.5ステーションの空戦タンクを切り離し、緩やかな上昇旋回に入れる。燃料のことがちらりと頭を掠めるが、腹を決めた。ここでアフターバーナを切ったら生き残れない。
 タイガーIIは旋回を終え、加速しつつ接近して来る。私は視界に敵機を収めながら敢えてそれを無視し、上昇を継続する。先ほどのドッグファイトで無闇に運動エネルギーを消費している。高度は下がっているし速度は400ktを切るところまで行っていた。焦りはするが焦ったところでどうにもならない。速度と高度というかたちで運動エネルギーを溜め込む以外に、軽快なタイガーIIに対抗する方法がない。
 注意深くファントムの後下方に遷移したタイガーIIは、急激なズーム上昇で急激に間合いを詰めてきた。TWRがうるさく警告を発する。私は左にブレイク、そのまま垂直降下。目の前の空が回転し、頭上いっぱいに海が広がる。タイガーIIはハーフロールを打って垂直降下。追跡をあきらめていない。私はスロットルをフルアフターバーナに放り込み、スパイラルダイブ。胸が詰まる。酸素マスクは加圧酸素を強引に送り込んでくる、息が吐けず苦しい。目だけで無理矢理タイガーIIを追う。まだ諦めていない。アフターバーナを焚いたまま、同じように追尾してくる。連続してかかる高Gで半ば思考の失せた脳裏に、ある思いつきが閃いた。スロットルを戻し、ミニマムアフターバーナへ。十数秒後、キャノピーの真上に機影。かかった!!。
 ドッグファイトで、スパイラルダイブ中にスロットルを戻した場合、それを外から見て取るのは難しい。旋回率が大きいから、自分が速度超過に陥っていることになかなか気付かない。タイガーIIのパイロットがこれに引っかかたのは明らかだ。
 タイガーIIは自分の過ちに気付いたらしい。すぐさま翼を翻してブレイク、急降下で逃げにかかった。が、私も再びスロットルを入れ、ハーフロールを打ってタイガーIIの追尾にかかる。先ほどの強引な旋回で速度と高度は落ちているが、タイガーIIも速度を落としているし、なにより私は敵の頭上を抑えている。軽いタイガーIIでファントムと戦うとき、降下して逃れるよりは上昇すべきなのだ。重いファントムはズーム上昇で初期上昇率を使い切ってしまえば追随できないが、降下の場合大きな運動エネルギーを利して終始優位に立てる。あのタイガーIIのパイロットはほんの僅かな冷静さを欠いただけだが、そのツケは大きい。
 HUDに降下開始直後の無防備な機影。迷わずロックオン。サイドワインダーを一挙動で打ち出す、が、タイガーIIはフレアを連続して焚いて左にブレイク。サイドワインダーは……なんとホーミングしない。フレアに騙されたか、ホーミング装置の故障か……。いずれにせよ、敵ははまだ健在だ。
 タイガーIIはブレイクからそのまま垂直降下。私は唇を噛み締めながらタイガーIIの機影を見つめ、その後方に潜り込むように旋回降下。敵はすぐさまこちらの機動に気付き、右にブレイク。私はそれに追随、頭を抑える。敵は再びブレイク。私も追随。期せずして垂直シザースに入る。既にロックオンには成功しているが、ヘッドセットには断続的なトーン音。激しい機動の余り、赤外線シーカが安定して目標を追えていない。
 タイガーIIの動きが変わった。ブレイクしたあとに機首を上げ、上昇旋回に転じる。シザースから逃げ出すつもりだ。
 私はそれに応じて旋回を緩め、タイガーIIをオーバーシュートしてそのまま降下。上下位置は逆転したが、この段階ではまだファントムのほうが運動エネルギーは大きい。
 一拍置いて引き起こす。ズーム上昇。猛烈なGに、先ほどから酷使されている身体が悲鳴をあげるのを感じる。だが、どこか遠く響くミサイルトーンの音は、期待通り高まった。HUD中央に機影。シーカ解放。ターゲット追尾を確認。ウェポンリリース。サイドワインダーがタイガーIIに喰らいつくべく駆け出した。
 それが限界だった。私はファントムを大きな水平旋回に乗せた。わずかな後に、閃光、爆音。軽く周囲を見渡して、手近に敵機のいないことを確認してから、数分ものあいだ入れっぱなしだったアフターバーナを切る。
 見回せば、他にも空に閃光が花開いていた。どうやらレイピア編隊は奇襲に成功したようだ。通信が入ったのは、ちょうどそのときだった。
「こちら管制機スカイアイ。メビウス1、聞こえるか?。貴機はこちらの管制下に入った。よろしいか?」
 突然のことで驚いたが、ニーボードをちらりと眺めて支援に来る(とされた)AWACSのコールサインを確認する。間違いない。即座に返信する。
「メビウス1、Rog(了解)」
「よろしい。では新しい任務だ。貴機から見て2−8−0リマ(そのとき私は北北西を向いていた。南西方向ということだ)、エンジェル3−2、距離1−0−6にアンノウン、恐らく6だ」
 なにを言っている?。一瞬わけがわからなかった。不明機?。敵じゃないのか?。そもそも敵は今この眼下に……。
「どうやらニューフィールドか、場合によっちゃノースポールそのものを叩く爆撃機のようだ。さっきの連中は、これの露払いだな。君が一番近い位置にいる。アレンフォートの敵機は同僚に任せて、こいつらの迎撃に向かってくれ」
 私の取り違えを見越したように、スカイアイは言葉を続けてきた。そこまで言われないと理解できなかった自分が情けないが、激しい空戦機動のせいだと思い込むことにした。
「RoE(交戦規則)はオールウェポンズフリーだ。この回線は君たち専用とする。さっきの戦闘は見事だった。今日は俺の誕生日なんだ、勝利をプレゼントしてくれよ。スカイアイ、オーヴァー」
「メビウス1、コピーアンドアウト」
 この交信から、ほどなく私たちはその国籍不明機に接触した。

 ―――――

「こいつはまた」
 その巨大な機体を始めて目にしたとき、後席員は呆れたような呟きをもらした。無理もない、と思う。驚いたのは私も同じだった。
 Tu−95。コードネームはベア。ジェット全盛などという言葉さえも聞かれなくなったこの時代に、なんとプロペラ機が現れたのだから無理はない。もちろんプロペラといっても昔のようなガソリンエンジンを積んでるわけではない。ジェットエンジンの軸を伸ばしてプロペラをつけたような、ターボプロップ機だ。8枚の2重反転プロペラを回す4基のエンジンは、それぞれ7000馬力を誇り、航続距離と爆弾搭載量に関しては決して馬鹿に出来ないものを持っている。
 とはいえ、相手が悪すぎた。BVRで実施した3発のスパロー(内1発は機械故障で誘導不能に陥った)による攻撃で2機が既に脱落し、我々が触接したときには4機を残すのみだった。そしていま、3機目が最後のサイドワインダーによる攻撃を受け、炎に包まれていた。
「おい、どうするんだ。もうすぐビンゴフュエルだぞ!」
 私が機首を返し、もう一度攻撃遷移を始めたとき、後席員が怒鳴った。もう燃料に余裕がないということだ。武器は機首のバルカンだけ。残る3機は猛烈なジャミングをかけつつ、必死に回避機動を行っている。落とすのは決して難しくはないが、易しくもない。
 しかし、それでも私は意志を曲げるつもりはなかった。いざとなればアレンフォートに降りる、そう言い捨てて攻撃位置に遷移する。
 ベアの機尾銃座を欺瞞するためにチャフとフレアをばら撒きつつ接近。3度目のGUNアタックで、4機目のベアの主翼が折れた。そのままゆっくりとフラットスピンに入る。機が完全に操作を失う前に数人の乗員が飛び出した。軽くため息をつく。この地点では捕虜以外にはありえまい。自分で撃ち落しておいて妙なものだが、彼らの安否が気になった。
 もっとも、そのことに意識を奪われていたのは数瞬のことだったろう。残弾はあと300発余り。せいぜい3、4射が限度だ。これで2機は厳しいが、他に手立てもない。機を大きな左旋回に入れ、攻撃遷移に移る。
「メビウス1、ブレイク!」
 その声がAWACSスカイアイの担当管制官の声だと気付いたのは、反射的に急横転して離脱したあとだった。訝しげな思いで旋回を緩めてまもなく、キャノピーの端に見えていたベア2機が続けざまに火球と化した。
「レイピア・リードよりメビウス1。がんばりすぎだ。今日の主演はたしかにお前さんだが、少しは見せ場を他の奴にも譲ってくれ」
 あ……。
 私はばつの悪い思いを免れなかった。今日はずっと単機で作戦していたせいだろう、僚機の存在を忘れていたのだ。いまのは、レイピア編隊がスパローで実施した攻撃に違いない。
「よくやった、メビウス1。アレンフォートから今日のエースへよろしく言っといてくれとのご伝言だ。今日は英雄だな」
 スカイアイのその通信に、私は思わず天を仰いだ。燃料計を見れば、私が“がんばりすぎた”ことは明白だ。そこに示されている量はアレンフォートでさえもぎりぎりと思われるほどでしかない。私に選択の余地はなかった。

 ―――――

 アレンフォートに着陸し、タキシーを終えたときの残燃料はなんと400ポンド(約231リットル)だった。参考までに記せば、F−4の場合200ポンドは計器誤差の範囲内。発艦時に抱えて飛び上がった燃料は2万2千ポンド(1万2700リットル)だ。


Mission01 SITTING DUCK end       






あとがき……という名の言い訳

 以上の文章は、ナムコのPS2用ゲーム「エースコンバット04シャッタードスカイ」の二次創作ですが、設定などはオリジナルのものです。したがって、実際のゲーム内容、または航空戦闘とはいっさい関係がないことをお断りいたします。

 よし、これでなに書いても文句は出ないな!(待て)。というわけであとがきです。もしくはいいわけです。
とりあえず煩悩の赴くままにキーボード叩いた結果がこれです。出来は知りません(爆)。どこがAC04なんじゃーとという感じですが、まあ出来ちゃったものはしょうがない、ということで……(待て)

 とりあえずちょっとだけ真面目に。AC04は非常によく出来たゲームです。小さくまとまり過ぎだという評もあり、頷ける部分もあるのですが、それでも良作であるのは間違いないでしょう。
 さてさて。繰り返しになりますがAC04はゲームです。現実の軍用航空機をモチーフにとってはいますが、本質はシューティングです。撃って壊してナンボの世界です(笑)。別に悪口ではなく、モチーフをゲームに適するかたちでデフォルメしたスタッフには敬意を表します。
 が、やはりゲームをそのまま文章にするのもちと難しい。というより、ゲームの文法と他のメディアの文法は違う、ということだと思います。そこで、ゲーム内容を若干現実寄りにデフォルメ(爆)することにしました。本文はその結果です。成功してるかどうかはわかりませんが、私的に納得できるようにしたつもりです。……ああ、こんなこと書いちゃ既に敗北宣言だなぁ(苦笑)。
 ちなみに、続きを書くかどうかは判りません。というのも、コールサイン「メビウス1」は、例えば搭乗戦闘機ひとつとってもゲームを購入した人の数だけ乗り換えのバリエーションがあるわけで、それを例えSSであっても規定しちまっていいのだろうかと不安がありまして。ああ、気弱な私……。それ以外にも、ネタ切れというか、他のミッションを書いてもこれと同じくらいの長さには多分ならないだろうな、という部分が……(爆)。

 開き直って、ちょいと作品解説を。ミッション01は、実はものすごい簡単なミッションです。ほとんど回避しない爆撃機6機と戦闘機5機を叩き落せばすむので、ほとんど射的並みです(笑)。まあ、最初のミッションがクリアできないほど高難易度というのはゲームとしては大問題ですが(笑)。
 しかしながら、ナレーションなどではその危機が強調されるわけで、実際各ミッションを仔細に見ていくと、一番戦況的にきつかったのがこの時期だと思えます。
 なので、ちょいとばかり設定をいじって、ミッションのシナリオを書き換えてみました。一番の変更点は実はAWACSの支援がないことだったんですが、これは書いてみてすげー大変だった(笑)。文中にあらわせてるか自信がないですが、こんだけ情報が制限されるとはおもってもみなかったです。あとはまあ、ちょくちょくと。それはお読みいただければわかると思います。

 最後に技術的な注釈などを。
 本文中で説明もなく使ってる用語がいくつかありますが、チャフとはレーダーの電波を物理的に撹乱するもので、現物はアルミ箔の細切れと思ってくださればおっけーです。フレアは同様に、赤外線誘導ミサイルや赤外線センサーをごまかすための熱源です。現物はマグネシウムあたりを使用した照明弾みたいなものです。ちなみに最近はフレアに強い赤外線シーカも出現してるそうです。
 ジャミングとは平たく言えば電波妨害で、一般的にはレーダーの使用周波数に強力なノイズをかけて役に立たなくさせるものです。最近はまた違ってきてるみたいですが。
 AWACSは空中早期警戒管制機、の意で、司令部としての能力を持つ空中レーダーと思えば大体あってる、かな?。
 一言だけ出ているRATOは離陸補助ロケットのことで、まあ字面そのまんまです(笑)
 単位系ですが、1ポンドは約454グラム、1フィートは約30.5cm、1kt(速度の単位です)は1.852km/h。
 ビンゴ・フュエルは、帰投するのに必要な燃料のことで、これを過ぎるとよほど運がよくないと不時着かベイルアウトです。
 本文中、主人公である「私」はF−4EJ改(なぜかカラーリングは英海軍仕様)に乗っています。ゲーム中にはF−4Eとしか出てきませんが、コクピットビューではHUD付きとなっているので、この改造を受けたいくつかの国のファントムから、趣味で空自のF−4EJ改を選びました(笑)。が、実はこいつの記述には明白な嘘があります。空母から発艦した?。いいえ、それは実は不可能ではありません。後期型のファントムは、海軍型も空軍型も足回りが同じだったりしますので、カタパルトにくくりつけて飛ばすだけならどっちでも可能と思われます。もっとも空軍型はタイヤの空気圧が低いので、カタパルトで飛ばすとパンクするかもしれませんが……(大問題じゃん)。
(2002年2月10日追記:とまあ偉そうに書きましたが、F−4は機体をカタパルトに繋ぐ際、ブライドルというワイヤーを使用するのですが、このワイヤーのフックを留めるバーが、実は空軍型の機体にはありません。生産簡易化のためにオミットされてたようです(苦笑)。っていうかファントムがブライドル使うなんて知らなかったんだもん……(ファントム以降の機体のほとんどは、ブライドルなしでカタパルトが使用できる)。バルカン砲を固定装備している(機首下面にバルカン砲を収容する膨らみがある)ファントムは空軍型のE型だけですから、このタイプの機首を持っていて空母から発艦できるファントムって存在しないんですね、初めて知りました(ぉ。なので、この世界の空軍型ファントムでは、ブライドルフックバーをつけたまま生産されたと思ってください(苦笑)。)
 えーと、技術的に明白な嘘、というのは、日本向けファントムであるF−4EJは作中重要なアイテムとなってしまったTISEOを装備していません。その改修型であるEJ改にしても同種装備は存在しないようなので、作中のような展開は実は不可能ということになります。
 イスラエル空軍のファントム改修型だとその手の装備も持ってるんですけどね。でもあんまり美人じゃないんだよなぁ(苦笑)。あと、外形がゲーム中のグラフィックとはっきりと違うのも難点です。ゲーム中のグラフィックに一番近いのは日本かドイツの近代化改修型ファントムでしょう、どうでもいいことですが(笑)。
 作中で空対空ミサイルがスパロー×4、サイドワインダー×4でしたが、これはファントムが積める最大の数です。これ以上は積めません、というか運用できません。ゲーム中のように40発も50発もサイドワインダーを抱えて飛んだり、一度打ち出したミサイルが数秒すると“生えてきたり”するのは興ざめかな(笑)、と思いまして、これは現実に則すかたちにしてあります。
 ちなみに余談ですが、近代化改修を受けたファントムは全世界で400機程度、アメリカ空軍の防空陣地制圧仕様(ワイルドウィーズル。全機退役しちゃったけど)を含めると500機余り(全機空軍型)で、作中では言及しませんでしたが、これはこの世界でも同じくらいのつもりです。ちなみに同様にフィッシュベッドは約200機、タイガーIIは300機程度が近代化改修を受けてるようです。



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