東京魔人学園 蒼遊行








『東京魔人学園蒼遊行』 by FACT機関

 (注釈)これは『東京魔人学園蒼眸行』シリーズの茶処オリジナルSSです。
     このままでもある程度ご賞味いただけますが、シリーズを読まれた方がより一層楽しめます・・・多分。
     第一部と第二部の間に位置する話です。





 三学期においては何ら事件も起きることなく、至って平穏な日々が続く今日この頃。

「夕魅那・・・何見てんの?」
「はあ」

 自室のテレビに向き直っていた倉条夕魅那。ドアを開けられたことに気付いていたのだろう、同居人である御名砂志津華が突然声をかけたことにも驚かなかった。
 が。

「・・・何か疲れてる?」
「いえ・・・そういうわけでもないんですが」
「説得力ないってば」
「はあ・・・」

 そうこうして最初の質問に戻る。

「何かビデオ見てたみたいだけど・・・何?」
「こういうものなんですが」

 隠す意思はないようだ。夕魅那はリモコンでビデオを操作した。
 画面に映し出されたのは見覚えある光景。陽気な人、人、人。子供は駆けまわり、両親は共に笑う。

「・・・正月の、確か花園神社?」
「はい」

 間違いなくあの神社だった。それはいい、それはいいんだがやたら子供達が目立つ。いや、もうひとつ目立つ物がある。それが画面中央に添えつけられているのだから、あるいはそれを録画するのが目的のVTRなのか。

「これって、あのマリィとかいう女の子と会った所よね?」

 ということは、あの台、いや、舞台は・・・。
 志津華は正しかった。


『この世に悪がある限り!』
『正義の祈りが我を呼ぶ!』


 何か威勢のいい、長口上が聞こえてきた。そして三色の人影・・・。


『ビックバン・アターーーック!』


 閃光と共に舞台が幕を閉じる。やがてVTRも砂嵐となり、終わった。


「夕魅那・・・」
「はい・・・」
「こんだけじゃ、わかんないよ」
「そうですよね・・・」
 彼女は詳しい説明をすることになった。





 一週間ほど前のその日、夕魅那は同級生の優子に誘われて新宿にいた。ちなみに志津華がいなかった理由は

「わたしだって少し慣れれば包丁くらい使えるって! まかせて!」

 とその日の夕食をひとりで作りたいとかなんとかで家のキッチンに篭っていたのだ。出来については初心者のことをとやかく言うべきではなかろう。
 それはともかく、彼女らは陰陽の活気溢れる新宿を散策していた。

「やっぱりこの街には色々あるよね」
「はい、色々と

 優子と夕魅那の理解、あるいは思い入れには差があったものの、ふたりが楽しんでいたという事実にかわりはない。
 しかし、人が集まるところ、そこでは犯罪が横行しやすいもの事実。

「ひったくりよォーーー!」

 遠くでそういう叫びが聞こえた。

(・・・)

 反射的に<知覚球域>を展開してしまう夕魅那。懐剣を頼らないレベルではあるが、喧騒の周囲を探るくらいは造作もない。襲われた被害者だと思われる人がしゃがみ込んでいる。そしてその人から遠ざかって行く加害者・・・と。

(・・・こっちに来るみたい・・・)

 その結果、犯人と思われる人間が自分達の方に駆けてくるのがわかった。十代後半くらいの若者だった、その犯人は。そしてその少し離れた場所から彼を追跡する人が三人。その勇気ある三人はかなり足が速く、いずれは逃げる若者に追いつきそうだった。
 傍観しても解決しそうではあった。でも。

(・・・)

 夕魅那は改めて被害者を思い起こす。それはお婆さんだった、鼻から血を流しているのはあの若者が殴ったからだろう。
 お人好しで気が弱い部類の夕魅那とて、怒ることはある。

「夕魅那、どうしたの?」
「優子さん、少し道の端を歩きましょう」
「? そうね」

 人ごみを避けるためと思ったのか、優子は簡単に頷いた。移動開始の矢先、夕魅那はごくさり気なく時計を落とす。

「あっ」

 そうして優子が先行する形にし、自分は今の位置に少しの間とどまった。それで充分な時間。

「どけどけ!」

 暴走する若者が人間をかき分けるようにやってきた。思慮に欠ける、他人をなんとも思わない種類の人間。

「女、どけ!」

 避けるように動く夕魅那の脇を走りぬける寸前、男の視界がニ回転した。

「グッ!」

 肺から空気が漏れる音。その背中からの衝撃に対し、男はただそうするしかなかったのだ。痛みの起きあがることはおろか、動くことも叶わない。勿論、自分に何事が生じたか、誰が仕組んだかなどがわかろうはずもなかった。
 昼中の追跡劇は呆気ない最後を迎えた。

「夕魅那、大丈夫?」
「はい、私は何も」
「でもよかった・・・夕魅那は意外にトロい所があるから、驚いちゃった」
「・・・ひどいです」
「ハハハハ! でも滑って転ぶなんて、あのヒトもついてないね」
「天網恢恢疎にして漏らさず、です」

 言うまでもなく夕魅那が仕掛けたのだ。すれ違いざまに男の腕を掴み、ほぼそれと同時に走っていた彼の勢いを利用して投げた。理屈としては空気投げに近い。無論夕魅那に武道の心得などはない、しかし実戦を重ねて得た経験と<知覚球域>の情報があれば素人を投げつけるなどは造作もなかったのだ。
 動けない彼を追跡していた三人が取り押さえた。同じ学校の学生みたいだった、そのうちひとりは女子、勇気のある人だと思った。
そのままふたりが男を取り押さえ、ひとりがどこかへ走っていった。おそらくは警官を呼びに行ったのだろう。これにて一件落着だと思う、多分、きっと。

「これはこれでいい思い出になるんじゃない?」
「そうとは思えませんけど・・・」

 功労者は何も告げず、何も語らず現場を去った。夕魅那にとって、この事件は終わったことだった。
 でも。



 夕魅那は優子と駅前で別れた。夕魅那は志津華に頼まれた本を買うために少し寄り道しなければならかったからだ。
 優子を見送り、さて、と本屋に行こうとした彼女。

「え・・・と・・・」

 そこには彼女の行手を遮る三人の姿。言うまでもなくあの三人だった、ひったくり犯を果敢に追っていたあの三人。

「・・・どちら様ですか?」

 取り敢えずそう言ってみる。状況がわからないからだ。

「俺っちは見たぜ!」

 短髪の、熱気に満ちた男がいきなりそう言い出した。

「は、はあ?」
「あんたがあの悪を投げ飛ばすところ、俺っちは見たぜ!」

 困った・・・それが彼女の正直な感想だった。目立たないようさり気なく仕掛けたのだが、追跡していた人には丸見えだったのか。

「おいおいレッド、彼女が怖がってるだろう」
「そうよ、レッドに女の子の相手はまかせられないわッ!」
「ブラック、俺っちのドコが・・・!」
「・・・!」「!! ・・・!、!」

 夕魅那の困惑は一層密度を増した。誰だって見知らぬ人間に声をかけられ、それが口喧嘩を始めれば当然だろう。

「あの・・・私、失礼します」

 撤退の意思を固めた夕魅那の一言に全員がピタリと黙る。それはそれで凄いチームワークであった。

「あなた、正義の素質があるわ!」

 ガッシと彼女の肩を掴み、そんなことを言い出す女性。

「あなた、コスモレンジャーの一員にならない?」
「コスモレンジャー・・・?」

 どこかで聞き覚えのある、そうか、マリィがお正月に見たがっていたショーだ。

「私、その、学生ですので、ショービジネスはちょっと・・・」
「それは違うわ!」

 ビシ! 気合を入れて否定する女性。

「俺達コスモレンジャーは正義を為し、悪を討つ本物のヒーロー・・・ビジネスでもアルバイトでもない!」
「は、はあ・・・」

 もうどうしてよいのやら・・・夕魅那の意識。

「俺っち達は練馬を、そして東京を護るヒーローなんだ。ついこの間も・・・」
「「レッド!」」

 そのレッドだか言う人の言葉を遮るように同種二波長の叱咤が飛んだ。そして慌てて口を閉ざす彼。

「そうそう、ヒーローは自らの行いを言いふらしたりはしないものだ」

 眼鏡の男性が頷く。

「どうやら性急に過ぎて混乱させてしまったようだ、謝るよ」

 そう言って彼は一本のビデオテープを渡してきた。

「フッ、そのVTRを見て俺達の志を理解してくれ。その上で三日後の日曜日、花園公園に来てほしい」
「あ、あの」
「悪いけど、あたし達まだパトロールの途中だから。これで失礼するわッ!」
「じゃーな!」
「またなッ」

 ロクな意見も言えぬまま、彼女はひとり残された。一本のテープと共に・・・。





 夕魅那の部屋には今にも破られそうな沈黙が残った。いや、もう既に沈黙ではないか。押し殺し損ねた笑いが志津華の口から届くのだから。

「まッ、まあ、世の中・・・ククク・・・色々あるってこと・・・アハハハハハハハ!」
「笑い事じゃありません!」
「で、でも・・・クク・・・テープ見てたってことは・・・ッ、行くんでしょ?」
「仕方ないじゃないですか!」

 断ろうにも何処の誰ともわからないのだ。

(マリィに聞いても知らないだろうし)

 聞けばよかったのに、そう神様が思ったとか。





 その指定日、神社にとっては何の変哲もないはずの一日。何の式典もない一日のはずだが、縁日さながらの出物がふたりの前に広がっていた。

「ひとつの仮定が考えられる」

 すまし顔の志津華が指を立てて推測を紡いだ。

「ショーをアテにして集まった」
「・・・」

 恨みがましい目つきで志津華を見る夕魅那。彼女は「面白そうな展開がわたしを待っているに違いない」とついて来ていた。

「他人事だと思って・・・」
「だってそうだし」
「志津華さん!」

 コスモレンジャーを訪ねただけなら、こんなに彼女は怒らなかっただろう。
 しかし、今や事情が異なるのだ。
 こういう事情が。





 彼らを捜す必要はなかった。元旦の日と同じ場所にステージがあったのだから。

「あの・・・」

 三人の影があった。影、というか、熱気というか・・・。

「お!? 来てくれたのか! さすが、俺っちが認めただけのことはあるぜ!!」
「お前のような暑苦しい男ではなく、俺の熱意を受けてくれたのさ」
「何ィィィィ!?」
「本当のことを言ったまでだ」

 またもやもめ出した彼らをよそに、

「よく来てくれたわね、嬉しいわ」
「いえ、あの、ビデオテープを返さないと―――」
「やっぱり、あなたには正義の素質があったのね!!」
「あ、それはその―――」
「それにあたし達今日は困ってたの、まさに正義に与えられた救いの手!」
「少しでいいんです、私の話を―――」
「キャー! ありがとう!!」

 真に正義の資質、それは人の話を聞かないことにあるのかもしれなかった。



 志津華はもう一度彼女に説明させたくて、その質問を繰り返した。

「・・・で、何がどうしたって?」
「だから・・・ショーにでなきゃいけないんです」
「どんな役で?」
「・・・悪の女幹部」

 感情は高まりすぎると飽和してしまうらしい。彼女は笑いという心がその状態になっていた。こみ上げるものではなくなってしまったのだ。

「正義を知らしめるには、悪を教えた上でそれを正すのが一番」

 彼らはそう主張した。

「いつもはコスモホワイト達がやってんだが、今日は何か都合があるとかで来れないらしいんだ」
「そこに君のような救いがもたらされたのさ」
「お願い、引きうけて!」

 そういう事情の流れらしい。
 理屈については一理ある。「この行為はこういう理由で人に迷惑をかける、だからこそこうあるべきだ」という手法は最もわかり易い喩え方だろう。

「・・・だからって、協力者のあなたがどうして悪になるわけ?」
「正義の味方は、その、連携が不可欠とかで」

 実際は彼らの<力>を発動させるためなのだが、お互いが<魔人>であることを知らないため彼女にそんなことを説明しなかった。

「・・・・・・で、どうするの?」

 聞くまでもないことを、志津華はあえて聞いた。

「・・・意地悪しないでください・・・」





「衣装は好きなのを選んでね」

 と桃香はその部屋に案内した。神社の一室、そこにいくつかのトゲトゲしくゴテゴテした衣装が並んでいる。

「シナリオはどうにでもなるから、着られるものでいいわよ」
「はあ・・・」

 彼女が打ち合わせに消えた。

「うーん、わかってたことだけど・・・実用的と正反対の服ばっかりね」

 付き添いの志津華が色々見て廻った感想。それにしても・・・。

「これって、全部手作りなのかな?」
「さあ・・・」

 そうである。

「あの三人が赤・黒・ピンクなんだから、違う色よね」

 本人の数百倍は乗り気で衣装を品定めしている志津華。今は冬だから残念ながら露出度の高いモノは却下して、と・・・。

「夕魅那にぴったりのがあったよ!」
「え・・・?」
「これ」

 ゆったりとした衣装だった。白と蒼の上品な仕上がりで、割と普通の服に近い。

「・・・で、そっちに持ってるそれは・・・?」
「プロテクターか何かでしょ」

 透明で軽い肩当て。悪役の衣装らしく、無意味に大きくかつ先が尖っている。そして杖、わかり易く黒い翼が模されている。

「これがいいんじゃない?」

 あまりない選択肢の中で、決めるならばこれだろう。弱々しく頷く夕魅那だった。



 手足に不都合はない。多少胸回りがきついが、そんなに問題はない。

「こんな感じでいいんでしょうか・・・」

 それでも不安は残るらしい、しきりに志津華へ意見を求める夕魅那。その志津華は困った顔で彼女を眺めており、夕魅那の不安を更に上昇させる。

「ヘン、ですか?」
「・・・あのさ、夕魅那」
「はい・・・」

 頬を掻きならが、言いにくそうに切り出した。伝えるのが非常に・・・。

「こんな言葉があるのよ、『美人は何を着ても似合う』」
「はあ」
「あんた・・・超絶似合い過ぎ」
「・・・はい?」
「だから、それは少しマズイってくらいに似合ってる。それも華々しく目立つわ」

 そう言い切った志津華は、再度衣装を置いている場所で何やらゴソゴソし始めた。まったく、使い古された言葉にこそその重みがあるということを知らされた思いだ。
 そして数分後。

「これも被りなさい」

 と、上の顔半分までを覆うヘルメット(当然意味なく飾り立てられた)を勧めた。

「・・・?」
「そのままだと、絶対あの人達よりも目を引くわ。悪が目立ってどうすんのよ」
「よくわかりませんけど・・・わかりました」



 視界が少々悪いが平常で扱える<知覚球域>で充分カバーできる、その確認を終えた夕魅那は着替え室から移動し、舞台の打ち合わせをしていた三人に話しかけた。

「あの・・・こんな感じでいいんでしょうか?」
「あら、似合ってるじゃない!」

 ピンクの桃香さんはそう答えてくれたが、あとのレッドさんとブラックさんは志津華さんの見せた表情で私を見ていた。

「その衣装は氷魔将エクシィのモノね。今は冬だし、ちょうどいいわ!」
「はあ・・・」
「これ、台本。流れを覚えてね。台詞については流れにあったものならアドリブでいいから」
「・・・はあ・・・」



 その衣装を着こんだまま台本を読む姿はかなり妙だった、外様の志津華からすれば。

「・・・なんでそんなに台本がたくさんあるの」

 山と積まれた台本、それを早読みの速度ではあるが夕魅那は一冊一冊目を通している。

「アドリブのためです」
「はあ?」
「定石を知らなければ、応用を効かせることはできませんから」
「・・・」
「ええと・・・『おのれ、今日は思わぬ邪魔が入った。決着は・・・』と・・・」

 ここまで来ると滑稽を通り越して健気ですらある。人知れず、志津華はそっと溢れ出した涙を拭った。





 コスモレンジャーの人気はなかなかたいしたものだった、その集客数に屋台運営の人達が目をつけて当然だと思うくらい。
 既に多くの子供達がその開演を待ち望んでいた。

「また、すごい数よね」
「・・・」
「まあ、紅白に比べればどうってことない・・・夕魅那」
「・・・」
「あなたは冷血・冷徹・冷酷の三拍子揃った悪の女幹部なんでしょ? 何そこまで緊張してんのかな」

 西欧系の血が混ざった夕魅那の白い肌はいつも以上に透き通っていた。その度合いがわかる。
 確かにさっきまでも緊張していたが、ここまで酷くなかったのだが・・・。

「だって・・・」
「んん?」
「マリィが来てるんです・・・」
「!」

 舞台袖から客席(といってもシートを引いているだけだが)を一覧する。すると程なく、煌びやかな金髪が映った。

「ホントだ」
「・・・」

 これはフォローのしようがないな、と志津華も途方に暮れた。



 たくさんの子供、そして大人達。そこはいつもと比べ物にならない程、人間が集まっていた。
 そして、人が集まるところには・・・。



「この世に悪がある限り!」
「正義の祈りが我を呼ぶ!」
「愛と!」

 けたたましくも勇ましいBGMと共に三人が登場、子供達が大喜びする。
 その外れで。

「逃げたぞォーーー!!」
「ちぃっ!」

 血に染まった短刀を振り回しながら、石畳の上を走っている凶悪な男。たちまち和やかだった雰囲気は血生臭いものに取って代わられてしまう。
 既に男は失策を犯していた。階段を上に逃げてしまった、それは逃げ道を狭める愚かな行為。

「捕まってたまるか・・・!」

 鉄砲玉として服役するのは御免だ、このまま組に辿りつけば俺は幹部待遇なんだぜ・・・!!
 彼の視界に大勢の子供達が映った。
 子供。男が邪悪さを増した。



『正義の為に戦うコスモレンジャー、しかし彼らの前に再び悪の挑戦が!』

 カセットデッキを操る志津華。そのテープにはこういったナレーションが幾種類も入っていると聞いた。ちなみに声に聞き覚えがある、霧島くんだ。

(彼の知り合いも、アイドルからあんな人達まで幅広いわ)

 自分達を棚に上げた考えだった。

「何者だ!」

 この台詞を合図に夕魅那が登場するはずだ・・・。


 しかし。


「キャアアアアアアアアア!!!!」

 よく出来た悲鳴だ、志津華はそう思った。

(でも、わたしはデッキの操作をしていないけど?)

 そして続くざわめき、悲鳴、泣き声など。あまりに筋書きと違う様子に、志津華は舞台袖に向かう。

「夕魅那―――」
「しっ」

 口を閉ざす、そういうゼスチャーを送ってくる夕魅那の表情は、舞台に上がるためとは別種類の緊張に変わっていた。同意を返し、外の様子を並んで覗う。

「!」

 状況は一目瞭然だった。物騒な面持ちをした男が赤い刃を右手、小さな女の子を左手にしている。どう見ても演技や演出には思えない剣呑とした空気。

<トラブル?>
<はい、どうも誰かを殺傷した人が逃げるための人質にしたみたいです>



 現場は拮抗状態だった。ただでさえ多くの子供達がおり、犯人は女の子を人質にしていた。警官達も迂闊に手を出せない。
 マリィも警察と同じような状況だった。炎の<力>を使えば或いは大丈夫かもしれない、でも

(ミンナに見られたくないヨ・・・)

 <力>のせいで虐げられた彼女がそう考えるのも無理ない。
 コスモレンジャー。

「ちきしょう、なんでこんな時に!」
「ああ・・・」
「悔しい・・・!」

 三人はまだ着替えていなかった。それはつまり武器をも持っていないことを意味した。



「時間が経てば犯人は追いつめられてヤケになる可能性があります・・・」

 今は警官の数も少ない。しかしいずれ応援がやってくるだろうし、そうなれば強硬姿勢に出ないとも限らない。騒ぎが大きくなればそれだけ被害、この場合怪我人などがどれほどでるのか・・・。

「そうね・・・でもどうしようもないでしょ?」

 だからといって<力>で薙ぎ払うわけにもいかないのだ。公衆の面前でそれはかなりマズイ。
 しかし。

「大丈夫」

 何かを思いついたらしい、夕魅那はこんな時でも離さない懐剣を抜き放った。蒼の光が彼女に<冷静>さを与える。

「夕魅那、何をするつもり?」
「今の私は氷魔将エクシィ・・・そういうことです」



 緊迫が破られた、それも意外な方向から。

「♪♪♪」

 突然BGMが流れ出したのだ、それも冷たく、暗いイメージの曲が。

「な、何だ!?」

 意表をつく出来事に男は辺りをうろたえたように見まわす。
 そして。

「何をしている、魔刃クライム」

 硬い、そして冷たい声が彼を打ちのめした。威厳とも圧迫ともつかぬ、強い意思を以って。

「あっ!」

 誰かが指を指す。そこは舞台の更に上、生い茂る樹木の張り出した枝に腰掛けた影。

「な、ナニモンだてめェ!!」

 緊張と激昂に挟まれた男は唾を撒き散らしながら喚く。

「・・・成る程、この氷魔将エクシィを憶えておらぬとは、お前の機能に欠陥が出たということだな」

 シャッ! と飛び降りる。翼ある者のように軽やかに着地した人影は美しく、妖しく、そして冷たい。

「私はあくまでコスモレンジャーを倒せと命じたはずだが?」
「うるっせえ!! ワケわかんねェこといってんじゃねえぞ!!!」

 小娘に呑まれたことを振り払うかのように叫ぶ男。しかし周囲の状況は少しずつ変わりつつあった。
 警察は相変わらずだ。男を凶悪犯と認め、その動向を注意深く観察している、
 後のみんなが異なった。子供達はかなりリラックスした雰囲気になりつつある。

(なんだ、これもショーなんだ)

 ほっと一息、そんな空気があった。
 マリィは小首をかしげている。

(アノ人・・・見たコトあるヨ)

 コスモレンジャーは、というと。
 食い入るように夕魅那の演技を見つめていた。そう、まるでTVに熱中する子供のように。

「悪にも悪の在り様がある。魔刃クライム、お前はそれから外れてしまったようだな」

 スウッ・・・彼女の瞳が仮面越しに冷ややかさを強めた。その蒼き双眸を見ずとも、その場の全員に彼女の冷徹な意思が伝わる。

「よって、氷魔将エクシィが直々に正してくれよう」
「このアマ・・・!!」

 ついに男が限界を超えた。捕まえていた女の子を放し、夕魅那にその凶刃を向けようとした。
 これで問題は解決した。

「我が力 雹塊となり 道を阻む者を 貫かん・・・雹魔弾!」

 普段よりも数段<力>の弱い、握り拳大の氷が男の手足と鳩尾を打った。僅かな呻き声を残し、魔刃クライムこと男はゆっくりと崩れ落ちる。カラン・・・短刀の音が、男の無念のようだった。
 夕魅那は大勢の前で<力>を使った。しかしああいった流れの中では、彼女の<力>も特撮の技術としか認識されないのだ。
 男の襟首を掴み、片手で持ち上げる。そして呆然と眺めやっていた警官達の方へと差し出す。機械のようなぎこちない動きで男を受け取ったことを確認し、夕魅那・・・氷魔将エクシィは舞台に立つコスモレンジャーを一瞥。

「今日は我々の落ち度があった、それゆえにお前達を見逃そう」

 静かな挙動で威を発する。ゆっくりと歩き、子供達のいない辺りに移動する。そこで、

「だが忘れるな、氷魔将エクシィが貴様達を倒すのだということを」

 懐剣を一閃、彼女を中心として氷の霧が爆発し、その姿を覆い尽くした。
 その霧が晴れた時には。

「あッ、もういないや・・・」

 子供達の言う通り、彼女の姿は何処にもなくなっていた。
 静まり返る空間。

「・・・氷魔将エクシィ、手強い相手だ!」
「ああ、しかし俺達コスモレンジャーは負けはしない」
「ええ。正義と、それを信じてくれる子供達がいる限り!!」

 我に返った彼らがオチをつけ、恐るべきトラブルは一瞬にして拍手喝采の演出となってしまった・・・。





「やっぱりユミナダッタ!」
「・・・マリィには、やっぱりわかっちゃったのね・・・」

 感謝の意を表す警察の対応は手馴れたコスモレンジャーの三人にまかせて、夕魅那は舞台裏にいた。

「ユミナ、かっこよかったヨ!」
「はははは、は・・・」

 瞳をキラキラさせて憧憬の眼差しを送ってくるマリィに、彼女はただ乾いた笑いを返すしかなかった。

「ねえユミナ、マリィ、お願いがあるんダケド・・・」
「はい?」
「アクシュしてホシイノ!」

 もう完全にコスモレンジャーと同じ扱いだった。



 いや。

「まいったな、このままじゃ子供達が・・・」

 レッドが何事か言いながら、コスモの三人が戻ってきた。その顔はどこか浮かない。

「あの、何か問題でも・・・?」
「いや、警察の方じゃないんだ」

 ブラックも言葉を濁す。しかしピンクは明快だった。

「夕魅那さん」
「はい」
「お願い、握手会に出て!」
「・・・・・・・・・はい?」
「もう子供達が並んじゃってて・・・『エクシィと握手するまで帰らないんだ!』って大変なのよ!!」





 この日を境にして、悪のヒロイン『氷魔将エクシィ』の名前がしばらく語り草になった。


おわり


***エピソード


「あの・・・どうしてみなさんも並んでるんですか」
「いや、俺っちはその・・・」
「それは、だな・・・」
「やぁねェ、あたし達は、その、警護に・・・」



**********


あとがき茶処出張版


「あとがきスペシャルでは書かないとかいいながら、結局作ってしまったな、これ」
「・・・」「ノリノリでね」
「筋書きとかテキトーだしな・・・こんな自由にさくさくっと書いたのも珍しい」
「・・・」「『剣影帖』も中々簡単そうに書いてるじゃない」
「あれは『剣舞帖』って下敷きがあるからな。変化つけるにしてもソレを参考にできるから、考えなくてもいい部分が多いんだ」
「・・・」「『剣舞帖』最大のネックが、『剣風帖』をプレイしながらじゃなきゃ書けないってのがあるものね」
「そういうことだ・・・どうしたエクシィ?」
「やめてください!(涙)」「ははは・・・」
「泣く程のことか・・・? いや、嬉し泣きって可能性もあるな」
「ないです!」「まあまあ、落ち着きなさいエクシィ」
「そうだぞエクシィ」
「(ひとり泣く)」「少しやりすぎたかな」
「もともとこの性格の夕魅那にああいう役回りをつけて遊ぶってのが主題だったからいいんだ」
「(泣く)」「ひょっとして、<蒼遊行>の遊ぶっていうのは・・・?」
「おう、ワシが遊ぶってことだったのさ!(笑)」


「この時期は敵さんも色々と大変ってことで、どちらも動いてません。表立っては、ですが」
「「・・・」」
「『天の叡智』は優秀な人材を失い、<計画>促進の補てんに忙しく」
「「・・・」」
「『神州同盟』はある気がかりなことを抱えているので(出雲神話を知っていれば楽勝でバレる)」
「はあ」「そうですか」
「各事情&ご都合主義で第二部は4月からスタート!」
「頑張りましょうね」「死なない程度にね」
「味方魔人も増やさなきゃならんかな、やっぱり」
「はあ」「・・・?」
「五人は必要だろ、基本的に。夕魅那、志津華、煉・・・あとふたりくらい」
「「・・・」」
「霧島&さかやでもいいんだが、剣風帖キャラはあくまで手助け的な登場だから・・・やはり男女ひとりずつがいいか・・・」
「・・・」「剣風帖キャラは誰が出るんですか?」
「色々(笑)」
「はあ」「考えてないんでしょう?」
「決まってるのは言うまでもなく霧島&さやか、御門&村雨&芙蓉、狩野偏也と対決予定の小蒔&雛乃、マリィくらい」


「<蒼哭行>のストーリー自体は出来てるから、あとは書けばいいだけ」
「・・・」「それが一番怪しいんだけど」
「SS四本+αなだけに、否定できないな」
「・・・?」「・・・+αって何?」
「では、この辺で」
「あるふぁ?」「+αって何よ!!」









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