緋勇クンが転校してきた次の日、ボクは京一から昨日の話を聞いてビックリしちゃった。だってあの佐久間クン達をやっつけちゃったって言うんだもの。佐久間クンって結構ケンカ慣れしてるし、レスリング部にも入っていたりして近くの学校にもそれなりに名前が知られているくらい強いのに、あっさり勝っちゃうなんて緋勇クンって見掛けによらず強いんだなぁって感心してたんだ。
でもその次の日、ボクはもっとビックリする話を聞いたんだ。
醍醐クンと一騎打ちをして勝った。
この話を聞いて驚いたのは多分ボクだけじゃないよね?だって醍醐クンと言えばここ真神学園の総番で、新宿区内どころか渋谷や中野でも知らない人は居ないって言うし、中にはわざわざ遠く目黒や葛飾からも勝負を申し込みに来る人達だっているんだから。そう言えば荒川にいるボクの友達も名前を聞いたことがあるって言ってたなぁ。「そんなに強いヤツなら、オレも一度手合わせしてみたいもんだぜ」とか言ってたっけ。まったく、雪乃も――あ、その友達だけど――妹の雛乃を見習ってもう少し女らしくすればいいのに、なーんてね。エヘへッ、ボクも人のことは言えないか。
とにかくそんなに有名なぐらい強い醍醐クンに勝っちゃうんだから、緋勇クンって凄いなぁ。ボクも何か彼に興味出て来ちゃった。
「あれ?あそこにいるのって緋勇クン?それに…京一に醍醐クンまで…。あッ、そっか!」
こっそり後ろに近づいてみたらやっぱり、ラーメン屋へ行く相談してる。ホント、京一も懲りないよね。ま、でもせっかく緋勇クンが行くみたいだしボクも一緒に行っちゃおうかな?
「ラーメン屋へ向かってレ―――――ッツ…」
『ゴ―――――ッ!!』
30分後、ボクは塩バターラーメンを食べてた。へへッ、京一に上手く奢らせちゃった。その京一はブツブツ言いながら味噌ラーメンを、醍醐クンはカルビラーメンの大盛り、そして緋勇クンは塩ラーメンを食べてる。
「へへッ、ボクと同じだね」
「桜井さんも塩味が好きなのか?」
「ウン、ここの塩ラーメンって特に美味しくて大好きなんだ」
「確かに美味しいね」
「良かった」
ここのラーメンを美味しいって言われるとボクまで嬉しくなっちゃうよね。
「あ、ところで緋勇クン、同じクラスなんだから『さん』なんてつけないでよ。なんだか照れちゃうからさ」
そう言うと、ちょっとだけ考えてから緋勇クンは肯いてくれた。その時――
「ハァハァ…、み、みず…ハァハァ」
飛び込んできたアン子が、いきなり京一の水を一気に飲み干す。横では京一がギャアギャア騒いでいるけど、醍醐クンの言う通りホント水ぐらいでみみっちい男だよね。けど次にアン子が言った言葉に、ボクだけじゃなくその場にいたみんなが息を呑んだ。
「美里ちゃんを助けてッ!!」
葵ッ!?
「アン子、葵に何か遭ったのッ!?」
アン子の話だとアン子と葵が2人だけで立ち入り禁止の旧校舎に入り込んで探検していたら、変な光が見えたらしい。それで慌てて逃げ出したら何時の間にかはぐれちゃったって…。
緋勇クン達はすぐに葵を助けに行こうとしている。
「待って、ボクも行くよッ!」
「なッ!?」
醍醐クンは止めようとするけど、大人しく待ってなんていられない。ボクだって葵の事が心配なんだから。葵はボクの一番大切な親友なんだから!ボクは祈るような気持ちで緋勇クンを見た。
「…僕達から離れるんじゃないぞ」
「ウン!!」
醍醐クンはまだ何か言いたそうだったけど、結局ボクが付いて行く事を認めてくれた。それにしてもあの醍醐クンまで素直に言う事を聞いちゃうなんて、やっぱり緋勇クンって凄いや。
葵はすぐに見付かった。旧校舎の教室の1つで気を失って倒れていた。けど何か様子が変なんだ。
「何…?この光…。葵の身体から出ているの…?」
そう、葵の身体が青白い光に包まれているんだ。と、緋勇クンが葵に駆け寄って抱き起こした。…ふぅん…ヘヘッ、こうして見るとやっぱりこの2人ってお似合いだなぁ。よーし、決めたッと。この2人くっ付けちゃおう。っと、そんな事考えている場合じゃないよね。
「葵、大丈夫!?」
意識を取り戻した葵に声を掛けると、葵は少しぼうっとしていたけど、ゆっくり身体を起こした。良かった…大丈夫みたいだ。
よし、葵が見付かったんならもうこんな埃っぽいトコにいる必要なんてないよね。京一も同じ事考えたみたいでサッサと出ようって言うし、早く帰ろう。
けど、そうは行かなかったみたいだ。幾つもの赤い光がボク達の周りを取り囲んでいる。
「な、何!?え…?」
それはよく見ると沢山の蝙蝠の群れだった。赤い光は蝙蝠の目だったんだ。その蝙蝠達がいきなりボク達に襲い掛かって来た。
「遠野ッ!美里を連れて早く逃げろッ!桜井、お前も行けッ!」
醍醐クンが叫ぶ。アン子は頷くと葵を連れて部屋を飛び出した。けど、ボクは…
「何をしている、桜井ッ!お前も早く逃げるんだッ!」
「イヤだよッ、ボクも戦うッ!!」
そう、ボクだって戦える。みんなの足手まといになる為に付いて来たんじゃないんだから!誰かに護られているだけの弱い人間にはなりたくないッ!!
「何を言って…」
「醍醐、今はそんな事を言い争っている場合じゃない!――桜井さん、君が自分の意志でここに残って戦うと決めた以上、特別扱いはしないよ?」
「ウンッ!!」
緋勇クンの言葉に、ボクは大きく頷いた。ヘヘッ、ボクの事仲間だって認めてくれたような気がして、凄く嬉しかった。
「よーし、行っくぞー!!」
ボクの放った矢が真っ直ぐ蝙蝠の身体に突き刺さる。それが戦いの合図になった。
へぇ…間近で見るのは初めてだったけど、3人とも本気になると本当に強いんだ…。京一は木刀で次々蝙蝠を叩き落として行くし、醍醐クンに殴られたヤツは吹き飛んで他の蝙蝠を巻き込んでいる。けど、緋勇クンは中でも別格だった。ボクは…いや、何時の間にか京一や醍醐クンまで彼の動きに目を奪われていた。
「綺麗…」
思わず口に出して呟いてから、慌てて周りを見る。良かった、誰も聞いていなかったみたい。でも、彼の動きを見ていたら本当にそう思ったんだ。まるで舞を見ているような気分だった。全然無駄の無い流麗な動き。例えて言うなら風が流れているような…それでいて一撃ごとに蝙蝠はその数を確実に減らして行ってる。
けど、ちょっとその事に気を取られすぎたみたいだった。何時の間にか一匹の蝙蝠がボクの目の前にいた。それまでのヤツとは比べ物にならないくらい大きなヤツだった。その大蝙蝠がボクに向かって口を開く。
「あうッ!」
何か目に見えない衝撃がボクの身体に突き刺さる。くぅッ…ちょっと今のは効いたみたいだね。頬の辺りに刺すような痛みを感じて思わず手で拭うと、袖に血が付いていた。チェッ、ただでさえ男女とか呼ばれているのに顔にこんな傷が付いちゃったら益々将来お嫁の貰い手が無くなっちゃうね。と、
「桜井さんッ!?――貴様ぁぁッ!!うるああぁぁーッ!!」
緋勇クンがそう叫ぶとボクの前に飛び出して、その蝙蝠に拳を突き出した。…え?冷たい?
そう、緋勇クンの拳がボクの傍を通りすぎた時、一瞬冷気を感じたんだ。そしてそれは気の所為なんかじゃなかった。だって、その拳を受けた蝙蝠が突然凍り付いて、次の瞬間砕け散ったんだから。
「緋勇クン…今の技は…?」
けどその質問に緋勇クンが答えるより早く、葵が戻って来た。そして、不思議な力を持っているのは緋勇クンだけじゃなかったんだ。
「小蒔ッ!?」
葵がボクの傷を見て、傷口に手を当てると急に痛みが引いて行ったんだ。
「…あお…い…?」
「遅くなってごめんなさい。もう大丈夫よ。傷は綺麗に消えたから」
ボクは暫く口をパクパクさせるだけだった。見ると京一や醍醐クン、緋勇クンまでも同じ様に驚いた顔で葵を見ている。…って、緋勇クン、ボク達から見たらキミも充分不思議だよ。
「お、おい、美里。今、一体何やったんだ!?」
京一が葵に詰め寄る。
「え…?あ、あの…良く分からないけど、こうしたら傷が治るような気がして…」
と、そこで葵の言葉が途切れた。見るとまたあの光が葵の身体から出ている。
「あ…熱い…、身体が熱い…」
「お、おい美里ッ!?」
「待て、京一!どうやらおかしいのは美里の身体だけじゃないらしい。俺も…」
そう言う醍醐クンの身体も葵と同じように青白い光を放っていた。いや、京一も緋勇クンも、そしてボクの身体も。
――目醒めよ――
え?い、今の声は…?
――目醒めよ――
「な、なんだこの声は…?」
「あ、頭が…」
今の声が聞こえたのはボクだけじゃ無かったみたいだ。それにしても…この…声…
――目醒めよ――
あ、頭が…。何時しかボクは気を失っていた。
気が付くと旧校舎の外だった。誰かが運んでくれたのかも知れないって思ったんだけど、どうやらみんなボクと同じ様に気絶していたらしい。じゃあ、一体誰がボク達を外に運び出してくれたんだろう?
これが、ボク達の関わった、最初の事件だったんだ。
それから数日後、ボク達はみんなで中央公園にお花見に行く事になった。言い出しっぺは京一なんだけどさ。緋勇クンの歓迎会を開こうだなんて京一にしちゃ良い考えだよね。なぁんて感心してたら、あのバカ緋勇クンにかこつけてお酒を飲もうとなんてしてたって言うんだから呆れちゃうよ。けど…緋勇クンも醍醐クンに止められた時、ちょっぴり残念そうに見えたのはボクの気の所為かな?あーあ、緋勇クンにまで京一のバカが伝染らないように見張ってなくちゃ。
その後アン子やマリア先生も一緒に行く事になって、緋勇クンはちょっぴり戸惑ってたみたいだけど楽しそうだった。ホントはミサちゃんも一緒に行ければ良かったんだけどさ、京一や醍醐クンまでが強く反対したもんだから、緋勇クンも押し切られちゃったんだよね。
そのミサちゃんだけど、別れ際になんか不吉な事言ってたなぁ。剣とか血とか…。その事でアン子が何か言いたそうだったけど、緋勇クンは別に気にしてなかったみたい。結局すぐに解散して公園で待ち合わせる事になったんだ。
アレ?緋勇クンもすぐに帰っちゃった。もう、折角だから葵を誘うぐらいすれば良いのにね。
一度家に帰ったボクが中央公園に向かうと、まだ誰も着いていなかった。
「やったね、一番乗り♪」
きっと最後は京一なんだろうけどさ、折角だから一足先に桜の観賞をさせて貰おうかな?ヘヘッ、ここの桜って本当に綺麗なんだ。
「………………綺麗だなぁ」
「うん、そうだね」
「うわッ!?」
突然すぐそばから声が聞こえて、ボクは心臓が止まるかと思った。見ると何時の間にか緋勇クンが来てたんだ。彼もビックリした顔してる。
「ご、ゴメン。驚かせちゃったね」
「う、ウウン。ボクも全然気付いてなかったから。でも来てたんなら声を掛けてくれれば良かったのに」
「うん、そう思ったんだけど…あんまり綺麗だったからさ」
「え?」
「いや、だから桜を見てる桜井さ…いや桜井が。うーんと何て言うのかな…?そう、絵になってたんだ、すごく」
ボクは自分の顔が熱くなるのを感じていた。何でこんな恥かしい台詞をさらっと言えるのかな、緋勇クンって?しかもそれがすごく似合ってるし。けど綺麗だなんて…葵に言うならともかく、選りによってボクなんかに言う言葉じゃないよ。
「そ、そんな事よりみんなまだ来てないよ」
思わず彼のペースに引き込まれそうになり、ボクは強引に話を変えた。
「そうか、みんな結構遅いね。けど桜井とこんな風に2人っきりになる事って今まで無かったし、たまには良いよね?」
う…そんな笑い方されたら嫌なんて言えるワケないじゃないか。
「う、うん。ボクは構わないけど…」
思わずそんな事を言っちゃったら、緋勇クンがまた笑った。もう、どうしてそんなに嬉しそうに笑うんだよッ!キミは葵と…。
「緋勇クンって、葵の事が好きなんじゃないの?」
「…どうしてそんな事を?」
「え…?」
その時の彼の顔が凄く哀しそうに見えたのは、ボクの気の所為じゃないと思う。なんで…そんな顔をするのか分からないけど、ボクはその後の言葉が出て来なかった。
「…ゴメン、変な事言っちゃったね」
何とかそれだけを口にする。そして暫く沈黙が流れた。
うーッ、ボクってこういう雰囲気苦手なんだよね。このまま気まずいままって言うのも嫌だし、ボクは思い切って口を開いた。
「ね、ねぇ!緋勇クンって前の学校では『ひーちゃん』って呼ばれてたんだよね?」
それは転校初日の自己紹介で、彼が自分で言ってた事だ。
「え?あ、うん」
「よし、ボクもこれからキミの事『ひーちゃん』って呼ぶね。正直『緋勇クン』ってまどろっこしくて呼びづらかったんだ」
「え?いや、あの…それは構わないけど…」
「ひーちゃん。ウン、やっぱりコッチの方が呼び易いね。あ、キミもボクの事は『小蒔』って呼んでよ。念の為に言っておくけど、『さん』とか『ちゃん』とか付けるのは無しだよ?さ、改めてこれから一年宜しくね、ひーちゃん」
緋勇クン…ウウン、ひーちゃんにそう言うと、彼はちょっぴり目をぱちくりさせていたけど、すぐに頷いて
「うん、こちらこそ一年間宜しく、小蒔」
って言ってくれたんだ。
他のみんなが到着したのは、そのすぐ後だった。
『乾杯〜!!』
マリア先生の音頭でひーちゃんの歓迎会は始まった。それにしても京一ってばホントに呆れちゃうよね。主賓のひーちゃんはともかく、思いっきり手ぶらで来るんだから。ま、こんな事だろうとは思ったけどさ。
けどそれを抜かせば凄く面白かったし、桜の花も今年は特に綺麗でお花見は大成功だった。
但し、あんな事件が起こらなければ─―
『キャ─――――ッ!!』
「え!?」
「なんだ、今の悲鳴は!?」
突然悲鳴が響き渡ってビックリしたボク達は、急いでその場へ駆け付けた。するとそこには刀を持った男の人がいたんだ。刀は血で真っ赤に染まってる。周りには怪我をした人もいるし、その人が斬りつけたのは間違いないみたい。しかもその目は正気じゃなかった。
「てめぇ…その刀で人を斬りやがったな!?」
京一だけじゃなく、醍醐クンやひーちゃんも構えを取ってる。そこにはあの時の旧校舎での出来事のような異様な緊張感が漂っていた。でもその時――
「おやめなさい!貴方達は危険だから下がりなさい!!」
マリア先生!?
「あぅッ!!」
ボク達の事を庇おうとしたマリア先生が、ソイツに捕まっちゃったんだ。
「私は大丈夫だから、貴方達は早く逃げなさい!」
そんな…先生を置いて逃げるなんて出来るワケ無いじゃないか!
「先生、貴方は俺達の大切な先生です。先生を置いて逃げるなんて出来ません」
「醍醐の言う通りですよ、マリア先生。今、助けます」
醍醐クンの言葉に頷いたひーちゃんが鋭い眼差しでソイツを睨みつけた。凄く…怖い目。ボク達が初めて見る、彼のそんな表情だった。そして─―
「ううぅぅぅ…」
「先生、今ッ!」
「――!!」
「やったッ!」
ソイツがひーちゃんの眼に一瞬怯んだ隙を突いて、マリア先生がソイツの腕から無事に逃げ出したんだ。
人質さえいなくなったらコッチのモンだよね。アン子がソイツの持ってる刀が盗まれた筈の『村正』で、その妖気の所為でおかしくなってるんだって言った。よく見たら周りには沢山の野良犬も集まって来ていた。涎を垂らしながら唸っているトコを見ると、コイツ等も村正の所為で狂ってるのかな?
でも、今はそんな事関係無いよ。ボクの大事な友達や先生が傷付けられようとしている。なら護らなきゃ。『あの時』目覚めた《力》はその為にあるに違いないんだから!!
ちらりとひーちゃんを見ると、彼もボクを見て小さく頷いた。
「!京一、右手の犬達は任せた!醍醐は左手のヤツ等を頼む!それと美里の方へ犬が行かないようにしてくれ!美里は誰か怪我をしたら手当てを!僕はアイツを斃す。小蒔、援護は任せたぞ!!遠野と先生は後ろに」
「おう!」
「分かった!」
「ハイ!」
ひーちゃんの指示でみんなが動く。凄い…。まるでみんな始めからそうするのが当たり前みたいだ。ボクも負けていられないよね。よーし、やるぞぉッ!!
「ひーちゃん、任せてッ!!」
以前に旧校舎で怪体験をしていたボク達は、今回はより落ち着いて闘う事が出来た。京一も醍醐クンも次々と野良犬を打ち倒して行くし、何よりひーちゃんは刀を持った相手に素手で一歩も退く事が無い。掠り傷1つ負わず、逆に相手に確実なダメージを与えて行った。
たまに京一達の討ち漏らした犬が、ひーちゃんへ向かおうとするけどそれはボクが見逃さない。ボクがひーちゃんの背中を任されたんだ。ボクが彼を護らなくちゃ!
「行っくぞーッ!!」
そして最後にひーちゃんの全霊を込めた拳が、村正の刃を打ち砕いた時、闘いは終わりを告げた。
村正は刃を折られた瞬間、その全体が崩れて消えちゃった。まるで最初からそんな刀は無かったみたいに。
「きっと思いっきり闘って満足したんだろう」
ひーちゃんはそんな事を呟いていた。
その後アン子やマリア先生に色々訊かれたけど、正直今のボク達には答えようが無い。だってボク自身どうしてこんな《力》があるのか分からないんだもんね。そう言ったら分かってくれたみたい。他の人にも言わないって約束してくれたし。
それから少しして警察が来たから、ボク達は面倒を避けてその場を離れた。それにしてもアン子ったら、あの現場の写真を撮ってマスコミに売り込もうとするんだから大したモンだよ。
「ところでよ、緋勇。お前さっき小蒔の事『小蒔』って呼び捨てにしたよな?小蒔だってお前の事を『ひーちゃん』とかって呼んでたしよ。お前等何時の間にそんな関係になったんだ?」
暫く走った所で京一がそんな事を訊いてきた。
「バカッ!そんな関係ってどんな関係だよッ!?ただボクが『緋勇クン』ってちょっと呼びづらいから昔のあだ名で『ひーちゃん』って呼ぶ事にしただけじゃないかッ!それにボクの名前だって『小蒔』の方が呼び易いと思ったからそう呼んでって言ったんだよッ!大体京一だってボクの事『小蒔』って呼ぶだろ!?」
まったく、葵の前でなんて事言うんだよッ!変な誤解されたら京一の所為だからねッ!?
「いや、まあそれはそうだけどよ…」
なんだよ、まだ文句あるの?醍醐クンの方をちらちら見たりしてさ。醍醐クンもなんか変な顔してるし、そんなにおかしい事かな?
「分かった。じゃあ俺も緋勇の事をこれから『ひーちゃん』って呼ぶ事にするぜ。それで良いよな?」
「え?あ、ああ…僕は別に構わないけど…」
京一が『ひーちゃん』だって!?
「プッ…クスクス…」
「小蒔手前ぇ、何が可笑しいんだよ!?」
「だってぇ…クスクス…、京一が『ひーちゃん』だなんて…アハハハ!似合わなくってさぁ…アハハハハハ!!」
「アハハ、そうだね」
つられてひーちゃんも笑い出した。
憮然とする京一、困ったような顔の葵、複雑な表情の醍醐クン、面白そうなアン子、そして笑い転げるボク達2人を、マリア先生が不思議そうに見てる。
ボクは笑いながら考えていた。またこんな風にみんなと──ひーちゃん達と一緒にお花見に来れたら良いなぁって。