SIDE-STORY_OF_0079



 時にUC.0079年12月、星一号作戦の発動により宇宙要塞ソロモンの攻略を果たした地球連邦軍は、ジオン公国との最終決戦に向け宇宙要塞ア・バオア・クーへと戦力の集結を行っていた。コロンブス級補給艦「グリーン・ベル」を旗艦とする第16輸送艦隊、通称グリーン・ベル艦隊もその一つである。

 通常グリーン・ベルとその同型艦2隻、そして護衛のサラミス級巡洋艦2隻からなるこの艦隊は、今は更に2隻のマゼラン級戦艦と3隻のサラミスを伴いルナツーからソロモンを経てア・バオア・クーへと向かっていた。その上――

「ねぇ、このジムもこの艦の護衛なの?」

 グリーン・ベルの通信係を担っているクレア・ヒースロー軍曹は、傍で同じ様に4機のMSを見上げている禿頭の初老男性に声を掛けた。彼の名はダイス・ロックリー曹長。現在の連邦軍優勢の原動力と言っても過言では無い、RX−78ガンダムの開発にも携わっていたベテラン技師である。

「ああ。そいつはRGM−79Gジム・コマンドと言ってな、要するにジムの後継機だ。まあほんの少しだが今までのジムより性能が良いって事で前線でもエースパイロットを中心に配備されておるよ。もっともコイツ等は相当いじってある様だからな。おそらく普通のヤツとは比べ物にならん能力だと思うが」

 生き生きとした様子でMSの解説をするダイス。

「これもそうなの?他の3機と比べても大分形が違うけど」

 おそらくは隊長機と思われる1機を指差してクレアが訊く。

「コイツは特別品じゃよ。RGM−79Nジム・カスタム、まだ前線にすら配備されておらん最新型だ」

「ひゃあ〜そんなのまで載ってるんだ〜。とても輸送艦隊とは思えない物々しさよねぇ。護衛の艦隊だって結構な戦力なのに…。普通ならこの艦隊だけでもジオンのヤツ等と一戦交える事が出来るぐらいのものよ?本当にタダの補給任務なのかしら?」

「ほっほ、中々鋭いな、嬢ちゃん?」

 ダイスは禿げ上がった自分の頭を撫で、ニヤニヤと笑いながらクレアに言葉を返した。

「あーッ!やっぱりなんかあるんだ!もぉ、意地悪な笑い方してないで教えてよ」

「まあ、そうむくれるな。ほれ、こっちへ来てみろ」

 頬を膨らませるクレアを宥めながら、ダイスは手招きして1つのコンテナの前へと近寄って行った。

「これ…に?」

 明らかにMSの運搬を目的としていると思われる巨大なコンテナを見上げ、呟く様に問うクレアに向かって肯くと、ダイスはハッチを開くパネルを操作する。重い音を響かせてコンテナのハッチが開く。

「わぁ…!」

 クレアは思わず声を上げていた。そのMSは、全体的なフォルムこそ連邦軍の主力MSであるジムに似ていた。しかしこの機体は――

「これって…まさか…ガンダム!?」

 クレアの驚きに満足したようにダイスが大きく肯く。

「でもガンダムって確か白いんじゃ…?」

 そう。確かにガンダムと呼ばれているMSは白を基調としたカラーリングを施されている。そしてその事は機体の性能とパイロットであるアムロ・レイ少尉の能力と相俟って、ジオンの軍人達にでさえ「連邦の白い悪魔」として知れ渡っているのだ。

 しかし目の前にある機体は、どちらかと言えば赤茶けたと言うイメージが強い。しかも左肩に装備されたキャノン砲も、白兵戦に主眼を置いたガンダムのイメージにはそぐわないように思えた。

「それになんだか甲冑を着た兵士って感じで動きが鈍そう。ほら、ガンダムって言えば少し前にも10機近くのスカート付きを3分ちょっとで全滅させたって言うし、パイロットのアムロ少尉はあの赤い彗星のライバルでもあるんでしょ?だからもっとスマートなイメージがあったんだけどな〜」

「やれやれ、随分と酷評された物だな」

 歯に衣着せぬクレアの感想に、ダイスは薄い頭を撫でながら苦笑した。

「だがな、これこそそのガンダムを基に総合的な性能の向上を図った最新鋭機、FA−78−2ことヘビーガンダムだ!」

 ダイスがまるで我が事の様に胸を張って言う。

「まあ間違ってもコイツをジオンにくれてやるわけには行かんからの。この艦隊が物々しいまでに武装しているのはそう言うワケだ」

「…これってやっぱりホワイトベース隊に行くの?」

 暫く無言で目の前に立ちそびえる赤褐色の巨人を眺めていたクレアが、不意にダイスに向かって訊ねた。

「うむ、おそらくな。コイツがホワイトベースのアムロ少尉に届けば、連邦軍の勝利に対する決定的なダメ押しになるだろうよ。しかし大したものだ。たかだか15歳の、それも民間人の少年が初めて動かしたMSで100に近い撃墜数を上げておるのだからな」

 しきりに感心した様子でダイスが言う。自分が手を掛けていたガンダムの活躍と、その性能を120%以上にも引き出しているアムロ・レイの存在が彼にとっては何よりも喜ばしい事なのである。

「ふーん…ねぇねぇ、ダイスさんはアムロ少尉に会った事ある?」

「いや、生憎と直に顔を会わせた事はないな。だが星一号作戦の前哨戦で彼がガンダムを操るところは見た事があるよ。アレはまさに一種の芸術と言っても良い技だったな」

「ホント!?じゃあさ、その時の話を詳しく――」

『クレア・ヒースロー軍曹ッ!!』

 クレアを呼ぶ声が、彼女自身の言葉を遮った。

「え?――あ、オーエンス艦長ッ!?ど、どうしてここに!?」

 クレアが振り返ると、グリーン・ベル艦長のマリア・オーエンス大尉が厳しい顔付きで彼女を睨んでいるところだった。

「どうしてここに、じゃありません!交代の時間はもう過ぎているでしょう!?フェイ・シーファン軍曹がぼやいていましたよ。通信係が持ち場を離れる訳にはいきませんから、私が捜しに来たんです」

「え…あッ、いけない!もうそんな時間!?と、ところで艦長がブリッジを離れて大丈夫なんですか?」

「ミュラー少尉がいるから少しの間なら平気です」

 ウッヒ・ミュラー少尉は開戦初期からのベテラン軍人で、優れた操舵手でもあった。

「それより早く行きなさい!」

「は、はい!」

「あ、それと――!」

 ブリッジへと駆け出したクレアの背中にマリアが声を掛ける。

「え?あの、まだ何か…?」

「なるべくこのデッキ付近には足を踏み入れないように」

「えー!?…はい…」

 不満の声を上げ掛けたクレアを、一睨みで黙らせると、今度はダイスに向かって言った。

「ロックリー曹長もです。いくら乗組員(クルー)とは言っても、あまりおおっぴらに見せては困ります。何と言ってもコレについては極秘事項なんですから」

 ダイスはやれやれと言った表情で小さく肩を竦めると、自分の持ち場へと戻って行った。

「――ヒースロー軍曹、貴女もこの機体については他言無用ですよ?」

「…はぁーい。――ところで艦長?」

 不承不承返事をしながらも何か言いたげなクレアに、マリアが目を向ける。

「なんですか?」

「そのヒースロー軍曹って言うの、止めてくれません?なんかいかにも軍人って感じで堅っ苦しくって…」

「当たり前でしょう!!ここは軍隊です!!」

「は、はいッ!!」

 遂に爆発したマリアの怒声を浴び、慌ててブリッジへと駆け出すクレア。荒く息を吐くマリアの周りでは、整備のスタッフが必死で笑いを堪えていた。

 

「相変わらずおっかない顔してるねぇ。美人が台無しだぜ?」

 ブリッジに戻って来たマリアに、グリーン・ベルMS隊々長のエルンスト・イェーガー中尉がからかうような眼差しで話し掛ける。ルウム戦役では初めて戦うザクを相手にトリアーエズで2機撃破すると言う離れ業をやってのけた、連邦軍のエースパイロットの1人である。

「イェーガー中尉、護衛任務などで退屈していらっしゃるのは分かりますが、あまり無意味に艦内をぶらつかれても他の者のやる気に差し支えますので」

 一際厳しい目付きでエルンストを睨み付けながらマリアが言う。

「そいつは失礼を…。では他のクルーの目が届かないような所でご一緒に1杯どうですかな?艦長殿」

「イェーガー中尉!」

「エルで結構。階級はアンタの方が上だ。例え士官学校上がりのお嬢様士官と言えどね」

 再び爆発しかけたマリアであったが、大きく一つ息を吐くと辛うじてそれを抑える。

「イェーガー中尉、新米のお嬢様士官をからかっている暇がおありなら、ご自分の仕事をなされてはいかがです?」

「なるほど、それは名案。さて、MSに乗って戦うのがオレ達の仕事なんですがね、そこら辺からジオンの奴等を引っ張って来なけりゃなりませんな」

 大仰な身振りまで付けながらエルンストが答えた。

「ミュラー少尉、現状は!?」

「え?あ、ああ。間もなく暗礁宙域を通過する。ミノフスキー濃度が濃くなってくるだろうからMS隊は万一に備えてスタンバっていてもらおうかな?」

「と、言う事です」

 報告をしたウッヒ・ミュラー少尉には目もくれずに、マリアがエルンストへ向かって言葉を繋ぐ。

「りょーかい!オーエンス艦長殿?」

「マリア、で結構ですわ。キャリアは貴方の方が長いのですから。例え私の方が、階級が上であってもね」

「そりゃ、どうも」

 小さく肩を竦めてそう言うと、とばっちりを怖れて通信機の前で縮こまっているクレアに「今度一緒に飯でも食おうぜ、嬢ちゃん」等と声を掛けて、エルンストはブリッジを出て行った。

 しかしこの時、本当に彼等を狙う眼がある事に気付いている者はいなかった。

 

「1800時か…予想通りだな。――おい、ピックにジェイコブ!明日の晩飯はお前等の奢りだぞ?」

 岩塊の陰に潜んでグリーン・ベル艦隊が通り過ぎるのをじっと見ていたそのMSは、後ろを振り返り短波通信網による回線で軽く声を掛ける。

『了解!――チッ、やっぱ隊長と進撃ルートの予想なんて賭けるんじゃなかったぜ』

 ピックのぼやきが聞こえて来る。『灰色鮫(グレイシャーク)中隊』の隊長シーラ・ロッドウェル大尉はそれを聞いてニヤリと笑うと、すぐに真顔に戻り鋭い声で命令をする。

「ミゲルとリヒターは左舷下方から回れ。ロッポは何時もの様に後方支援。残りは私と共に来い。――よし、行くぞッ!!」

『了解!!』

 そしてその名の通り全身を灰色一色でカラーリングした『灰色鮫中隊』のMS7機は、それぞれの役割に向けて動き出した。

 

 クレアにとって、それは余りにも突然で現実離れした光景だった。すぐ前方を航行していた護衛艦隊のサラミス1隻が、何の前触れも無く数条の光に貫かれ、次の瞬間光の華となる。

「な、なんだッ!?」

「どこから攻撃がッ!?」

「くそッ、ミノフスキー粒子めッ!」

 元々が輸送艦隊であるだけに、実戦慣れした兵士などいようはずも無い。ブリッジ内はたちまちパニックに包まれた。

「静かに!!――ミュラー少尉、まだレーダーには反応が無い!?」

 意外にももっとも早く混乱から立ち直り、クルーに指示を出したのはエルンストにお嬢様士官と馬鹿にされていたマリアだった。父親が連邦の将校である彼女が士官学校卒業後殆ど時を置かずして大尉に昇進しこのグリーン・ベル艦隊の艦隊長に就任した時には親の七光と散々に陰口を叩かれたものであるが、どうやら彼女自身も士官としての才能を備えているようである。

「れ、レーダーにはまだ何も…いや、反応あった!左舷から2機、下方から4機だ!…うおわぁッ!!」

 ウッヒの報告とほぼ同時に、今度はグリーン・ベルを衝撃が襲った。

「クッ…被害状況は!?」

「機関部に被弾、損害軽微!だがもう一発食らったらどうなるか分かりませんぜ!?」

「了解!――ヒースロー軍曹、イェーガー中尉に連絡してMS隊を出撃させて!ルイジアナとカサブランカにもMSを展開させるように指示を。それから護衛艦隊のトレンスキー中佐にも通信を繋いで」

「…………」

「ヒースロー軍曹!早くしなさい!」

「は、ハイッ!」

 叱責されてクレアもようやく我に帰り、連絡を取り始める。

「こ、こちらグリーン・ベル!ルイジアナ、カサブランカ両艦はMS隊を展開させて下さい!!」

 少ししてグリーン・ベル艦隊所属である2隻のサラミス艦からMSが出撃するのが確認された。更にクレアはグリーン・ベル内部のデッキでスタンバイしている筈のエルンスト達へと回線を繋ぐ。

『よう、嬢ちゃん。俺達の出番かい?』

「はい、イェーガー中尉。すぐ出撃出来ますか!?」

『おう、任されましてよ!』

 その声とほぼ同時にハッチが開き、カタパルトが滑り出す。

『エルンスト、ジム・カスタム出るぜッ!!』

 思いっきりバーニヤをふかし、エルンストのジムが飛び出した。そして更に、

『2番機ニードル、ひゃはーッ!ぶっ殺してやるぜぇ!』

『3番機…スタン・ブルーディ…行くぜ…』

『4番機バイス曹長出撃!楽しませて頂戴よぉ、ジオンちゃんッ!』

 3機のカスタマイズされたジム・コマンドが後に続く。エルンスト達のMSが出撃したのを確認すると、クレアは護衛艦隊の旗艦である、マゼラン級戦艦「ネオ・カイザー」のブリッジへと回線を開いた。でっぷりと腹の出た中年の男が、必死に狼狽を隠そうとした様子でモニターの画面いっぱいに広がる。ネオ・カイザーの艦長兼護衛艦隊司令官、カレフ・トレンスキー中佐である。

『な、なんだねマリア・オーエンス大尉?』

 このような非常自体でも無意識の内に自分が上官である事を示したいのか、マリアを艦長ではなく大尉と呼ぶカレフ。

「トレンスキー艦長、敵MSによる襲撃です!すぐにMSを出撃させて迎撃に当たって下さい!」

 なんとこの男は、護衛艦隊の指揮官と言う立場にありながら、ジオンの襲撃に混乱し今までMSの出撃すら指示していなかったのだ。しかしプライドだけは高いカレフは、必死で自分の醜態を隠そうとする。

『そ、その様な事君に言われるまでもない!私はただ先にレーダーで敵の状況をきちんと把握しようと…』

「現在のミノフスキー粒子の濃度ではレーダーはほぼ役に立ちません!至急MS隊を!」

『わ、分かっている!!――おい、全艦にMSの出撃を伝えろ!』

 ヒステリックに喚くカレフの姿を見て、マリアは顔を顰めると一方的に回線を切らせる。

 艦の外では一足先に出動したルイジアナ、カサブランカ両艦のMS部隊が激しい戦闘を繰り広げていた。

 

「う、うわぁぁぁッ!!」

 1機のジムが灰色のリック・ドムが放ったバズーカの直撃を受けて爆発四散する。

「ヘッ、連邦のパイロットってのは弱っちぃねぇ」

 パイロットのジェイコブが、舌なめずりをしながら次の獲物を探す。そして別のジムに目を止めると真っ直ぐにそちらへ向かって疾り出す。ジムのパイロットは慌ててビームガンを連射するが焦りの余り狙いが定まっていない。ジェイコブは避けもせずに背中からヒートサーベルを抜くと一撃の元にジムを斬り捨てた。と、その直後背中に衝撃を受けるジェイコブ。

「何だッ!?」

 見ると1機のボールが砲塔をこちらに向けていた。

「野郎ッ!てめぇみたいな出来損ないがでしゃばるんじゃねぇ!!」

 一気に近寄りサーベルをボールの真ん中に突き刺すと、そのまま剣を振り上げ思いきり振り抜く。その勢いでサーベルからすっぽ抜けたボールが他のそれとぶつかり共に爆発した。

「チッ、もうちっとマシな奴はいねぇのかよ!?」

『随分張り切っているな、ジェイコブ』

 つまらなそうに言うジェイコブへシーラの声が届く。

「けどこう弱くっちゃ腕が鈍っちまいますぜ」

『ははは、ならこの次は噂の「白い奴」とでも戦いに行こうか?――と、その前に新しいお客さんだ。少しは腕が立ちそうだぞ』

 言われてジェイコブが見ると、確かに動きの違うMSが接近するのが見えた。エルンスト小隊である。

「なるほど?ヘヘッ、新型っぽいのもいやがる。精々楽しませてもらうぜぇ?行くぜピック!!」

 近くにいたピックに声を掛けると、獲物を見付けた眼で再びジェイコブのリック・ドムが動いた。

 

「隊長!あの趣味の悪い灰色のカラーリング、どうやら噂に聞く『灰色鮫』ってヤツ等みたいねぇ!?」

 バイスが口笛を吹きながらエルンストへと回線を繋ぐ。

「取り敢えず目に付くのは前方のリック・ドム2機と…向こうにはザクが2機いたな。あのスピードは多分R型ってヤツですねぇ。そっちの方にいるのもおそらくリック・ドムでしょう。全部で6機、5分ってとこかなぁ?出来れば1機とっ捕まえて俺のモンにしたいですねぇ」

 一見そこらのヒッピーにしか見えないバイスであるが、これでも元は技術士官候補生でだった為、MSや兵器に対する造詣はかなりのモノがある。ただ彼はジムよりもジオンのザクやドムの方が好きと言う性格だったので開発グループより前線で戦って間近でジオン製MSを見る事を選んだのだ。バイスのみならず、エルンスト小隊のメンバーはクセのある人間ばかりだった。

 例えば3番機を操るスタンは優れたパイロットでありながら素行不良と軍規違反で幾度も懲罰をくらい、未だに階級は伍長だし、部隊のエースであるニードルは元ニューヤークのストリートギャングである。彼は腐った連邦軍人を嫌い、当時開発されたばかりのジムを奪って遁走、追撃に来た他のジムを逆に撃破し当時北米に進行中だったジオンの地球攻撃軍へ転がり込んでそこの軍人に収まってしまった人物である。もっともその直後、総司令官であるガルマ・ザビ大佐が噂に名高いホワイトベース隊との戦いで戦死してしまい戦線が崩壊。捕虜となったニードルは銃殺されそうになったところをエルンストに拾われたと言ういきさつがある。

「悪いなバイス。それは無理ってモンだ。何故なら俺がぜぇぇぇんぶぶっ壊しちまうからよぉぉ!?」

 そのニードルがそう言ってフルチューンナップされたジム・コマンドを駆ってビームライフルの狙いを定める。

「くたばりやがれッ!!」

 片方のリック・ドムへ向けてニードル機のライフルから光が伸びる。しかしそれはリック・ドムのパイロットにアッサリ躱される。逆にニードルへとバズーカの照準を定めるリック・ドム。が、

「中々やるじゃねぇか。だが――間合いが甘いんだよッ!!」

 すかさず敵の懐に潜り込み、擦り抜けざまに抜き放ったビームサーベルでリック・ドムを両断した。一瞬の後、そのリック・ドムが爆発する。

「ひゃははーッ!!まずひとぉーつ!!」

 調子に乗ってもう1機のリック・ドムにも狙いを定めるニードル。

「ピック―――ッ!!野郎―――ッ!!」

 怒りに燃えたジェイコブが至近距離でニードルに向かいバズーカを向ける。しかし次の瞬間そのバズーカが突如吹き飛んだ。

「何だとッ!?」

 次の瞬間、ジェイコブの機体も先程のリック・ドムと同じ運命を辿っていた。

「てめぇぇぇ!余計な事すんじゃねぇよ、スタン!!」

 振り向きもせずにニードルが文句を言う。スタンがジェイコブ機のバズーカを撃ち抜いたのだった。

「フン…お前1人だけ遊ばせてなんてやるかよ…」

「あーあ、勿体ねぇなぁ!!お前等少しは物の侘び寂びってヤツをよぉ〜」

「お前等まだ敵はいるんだぜ!喧嘩する暇があったらとっとと言って遊んでやれ!!」

 エルンストがとても叱責とは言えない内容で隊員達に喝を飛ばす。

『了解ッ!!』

 3人がそれぞれ敵を見定めて動いて行く。

 バイスが向かったのはMS−06R。ジオンの傑作機ザクUの高機動型である。その運動性の為に操縦にはエース級の腕が要求されるこの機体を、しかしそのパイロットはまるで自分の手足の様に動かしていた。

「おおう、中々やるねぇ〜。けどねぇ、そいつは俺っちの物になる機体なんだからあんまり動き回って手元を狂わせたりしないで頂戴よぉ!」

 軽い口調でビームライフルの引き金を引くバイス。しかし口調とは裏腹に、その銃口から発射された光は寸分の狙いも違わずザクの右腕を吹き飛ばす。

「ま、これくらいなら今までに集めたパーツを組み合わせて修理出来るからねぇ〜。そら、もう一発ッ!!」

 慌てて左の腕でヒートホークを抜こうとしたザクだったが、今度はその左腕が肘から先を消失させる。

「これでもう戦えないねぇ〜。さ、大人しく出て来て頂戴、パイロットちゃん?」

 相手を無力化したと判断し、無造作に近付くバイス。しかしそこに油断が生まれていた。

「貴様等…仮にも「灰色鮫」の一員である俺を、あまり舐めてもらっては困るッ!!」

 ザクのパイロットであるリヒター曹長は近寄るバイスに向かって思いきりバーニヤをふかした。

「な、なんだとッ!手前ぇまだ――!!」

 高機動を誇るR型のタックルは、ビーム砲にも勝る威力を持っている。それが至近距離から――しかし充分過ぎる加速を持ってバイスのジムへとぶつかって行った。ザクのショルダーガードに付いている鋭いスパイクがジムのコックピットを貫いた。声を上げる暇もなく吹き飛ぶジム。

「バイス―――ッ!!」

 その直後エルンストのライフルが部下を殺したザクを撃ち抜いた。

「お前等!バイスの弔い合戦だ!一匹たりとも生かしておくんじゃねぇぞ!!」

 そして自身は隊長機らしい1機のMSへと向かう。

「リック・ドムか?そんな物今までに幾つも墜としてるんだぜ!部下の仇、取らせてもらう!!」

 素早く照準を定めてライフルを連射する。が、全ての攻撃が紙一重で躱されていた。

「チィィッ!中々やるッ!」

「新型が自分達だけと思うな!!」

 「灰色鮫」の隊長シーラが駆るジオンの最新型機、MS−09R2リック・ドムUが灰色の軌跡となってエルンストへと挑みかかる。エルンストのライフルが更に幾筋かの光を放つ。しかしシーラは冷静にそれを避けると、バズーカの一撃でライフルを持つジムの右腕を吹き飛ばした。しかし同時にシーラのバズーカも砲身を撃ち抜かれていた。ライフルの引き金を引くと同時に撃ち出した頭部のバルカン砲が命中したのだ。

「チィッ、味な真似をッ!」

「運が良かったな。本当はどてっ腹を狙ったんだけどよぉ!」

 言い捨てながら互いにサーベルを引き抜き、切り結ぶ2機のMS。

「やるな、パイロット!!俺は連邦軍第七攻撃艦隊所属エルンスト・イェーガー中尉だ!」

 通信回線を開き眼前のドムに話し掛けるエルンスト。

「ジオン突撃機動軍第18独立中隊「灰色鮫中隊」隊長シーラ・ロッドウェル大尉!部下の仇を取りたいのはお前だけでは無い。惜しい腕だが…その首、貰い受けるッ!!」

「女だと!?――はっははは!ますます気に入った!お前は俺が倒す!!」

 だが元々ジムと重MSであるドムではウェイトが違う上に、片腕では明らかにエルンストが不利であった。たちまち防戦一方に追い込まれるジム。ついに避けきれずにもう片方の腕までも切り落とされてしまった。

「くそぉッ!」

「貰ったぞ、イェーガーッ!!――何ッ!?」

 まさにシーラのヒートサーベルがエルンストの機体を貫かんとした瞬間、2人の間に一筋の光が割り込んだ。

「大丈夫かよ、隊長ッ!?」

 更に1機のリック・ドムを屠ったニードルが、2人の戦いを見て加勢に来たのだ。何とかその一撃を躱したシーラだったが、まともに体勢を崩してしまっている。

「舐めた真似してくれたじゃねぇか!地獄に落ちやがれぇぇ!!」

 至近距離でドムのコックピットへ狙いを付ける。

「しまったッ!」

ビシュ―――――ン!!

 ビームがMSを貫く音が、真空の宇宙(そら)へ響き渡ったような気がした。ニードルのジムを貫く音が。

「ニードル―――ッ!!」

「や、野郎…後ろからコソコソとぉ――うおおぉぉぉッ!!」

 ジムが閃光を放って宇宙に散る。

『隊長、大丈夫ですか!?』

「ロッポか、助かった!!」

 ロッポの乗るMSはMS−14JG。イェーガータイプと呼ばれるゲルググのバリエーションである。イェーガー(猟兵)の名に相応しく、専用のロングレンジライフルを使っての狙撃は、時として戦艦クラスの相手を沈める事も出来る。

『さっきミゲル機とやってたヤツも墜としてやりました。俺はまだ残っている雑魚を叩いて置きますね』

「了解――どうやら後はお前だけのようだ。安心して部下の所へ行け!!」

「ス、スタンまでもか…畜生―――ッ!!」

 怨嗟にも似た声を残し、エルンストの機体が光に包まれた。

 

「…エ…エルンスト小隊…全滅しました…」

 クレアは呆然とした面持ちで、マリアへとその報告を行った。

 今や戦況は圧倒的にジオンの方へと傾いていた。戦場を縦横無尽に駆け巡る2機のMSと、何処からともなく光を飛ばして確実にこちらの戦力を沈める何者かに、連邦の兵士達は完全に浮き足立っていた。護衛艦隊所属のMSがまだ数機残ってはいるが、エース集団でもあったエルンスト小隊が全滅する相手である。そう長くは持たないであろうと推測された。そうこうしている内に、更に護衛艦隊のサラミスが1隻とカサブランカまでが正体不明の相手に撃沈されたところだった。

 と、モニターを呆然と眺めていたクレアが叫んだ。

「艦長!!護衛艦隊旗艦「ネオ・カイザー」、戦線を離脱して行きます!!」

「なんですって!?」

 慌てて回線を繋がせるマリア。

「トレンスキー艦長!どう言うつもりですか!?」

『マ、マリア大尉か。良いかね、現状は我が軍に極めて不利だ。ここはMS隊が敵を引き付けている間に戦線を離脱した方が良い!』

「兵士達を見捨てるんですか!?」

 マリアはその言葉に愕然とした。無能で愚かな男だとは思っていたが、まさかこれほどまでとは。

『これ以上無用な被害を出さない事が重要なのだ。君は若いから分からんかも知れんが、戦争とはそう言うものなのだよ』

「たった数機のMSに怯え、兵士を見捨ててまで逃げ出すような、無能な人間が戦争に勝てるとお思いですか!!」

『き、君は上官を侮辱するつもりか!軍法会議ものだぞ!!』

「なんと仰られても結構!逃げ出すのならどうぞご自由に!ただ私達はこの場に留まります。命懸けで戦っている兵士達を見捨てる事は出来ません!!」

『こ、後悔するぞ!!――』

 まだ何か言いたげだったカレフだったが、顔を見るのも汚らわしいと言う顔でマリアが一方的に回線を切る。モニターの端ではネオ・カイザーとその他残り2隻が離れて行くのが見えていた。と、突然ネオ・カイザーのブリッジから閃光が迸る。

「…ネオ・カイザー、ブリッジに被弾した模様…。応答ありません…」

「…天罰ね」

 クレアの報告に、マリアがぽつりと呟く。が、戦況は益々不利な状況へと陥っていた。おそらくはもう、護衛艦隊所属のMSも残ってはいないであろう。旗艦を討たれた護衛艦隊の残りの艦も残ってはいるが、役に立つとは思えない。

(そ、そんな…こんな所で終わっちゃうの…?)

 クレアの心の中に絶望感が広がって行く。と、ある事に気が付いた。

「フェイ、ちょっとここお願い!!」

「え…?あ、あのちょっと、クレアさん!?」

 傍らで同じく悲壮な表情で状況を眺めていた同僚のフェイに通信機のヘッドホンを押し付けると、クレアはブリッジを飛び出していた。向かう先はMS用のデッキである。

「ダイスさん!!」

 クレアはデッキに着くなり、ダイスに声を掛けた。

「よう、クレアか。…エルの兄ちゃん達、みんなやられちまったんだってなぇ」

 沈痛な面持ちで言うダイス。クレアも顔を曇らせて肯いた。

「俺もここまでか…。まあそれなりに長生きしたからその事自体に不満はねぇけどな、ただ最後にアイツがジオンの連中をぶちのめすところを見てみたかったもんだぜ」

 傍にそびえるコンテナを見上げ、寂しげにダイスが呟く。

「ねぇ、その事なんだけどさ、私にあの子使わせてッ!!」

 余りに予想外だったクレアの言葉に、ダイスが眼を丸くする。

「お、おいおい。つまらん冗談言ってる場合じゃ…」

「冗談なんかじゃないって!このままなんにもしなかったら、私達確実に死んじゃうんだよ!?どうせ死ぬなら、やるだけの事はやってみたいの!」

 クレアが真剣な顔で詰め寄る。しばし呆けたような顔でクレアの顔を見つめていたダイスだったが、やがて強く肯いた。

「分かった、やってみろ。どうせなら俺もコイツが動いているところを見てから死にたいからの」

 

「艦長!MSデッキ、ハッチが開きました!カタパルト射出準備されています!」

「なんですって!?」

 フェイから報告を受けたマリアは、驚愕して通信マイクを引っ手繰った。

「誰!?カタパルトにいるのは誰です!?」

『艦長、私です!クレアです!!』

「ヒースロー軍曹!?貴女そんな所で何をやってるの!?」

 マリアは思わず耳を疑った。

『今から私がヘビーガンダムで出撃するんです!』

「ちょ、ちょっと貴女自分が何を言っているか分かっているの!?それにそのMSは無事にア・バオア・クーまで届けなくてはいけないのよ!?」

『そんな事言ってもここでやられちゃったら届けるも何も無いじゃないですか!!』

「そ、それはそうだけど…大体貴女MSの操縦なんかした事あるの!?」

『あるワケないでしょう、そんなもの!!でも動かし方くらいは知ってますよ!!』

「ちょっと、ヒースロー軍曹――!?」

『クレア・ヒースロー、ヘビーガンダム、行っきま―――す!!』

 マリアの制止を振り切って、クレアはデッキから宇宙へ向かって飛び出した。

 

 戦場は既に、連邦MS達の墓場と化していた。

「あらかた片付いたな。後はあの艦(ふね)どもを落とせば仕事は終わりだ。ジェイコブ達の為にも派手にやるぞ?」

 シーラの乗るドムのモノアイが、辺りを見回す様に目まぐるしく動くと、ミゲルとロッポへ向けて指示が飛んだ。

『ロッポ、了解しました!』

『こちらミゲル、了解!!――っと待って下さい、どうやら新手が出て来ました。1機だけです。新型かな?ヘッ、ふらふらしてやがる。新米のようですね。俺はコイツを片付けたらそっちに合流します。隊長はロッポと一緒に艦の掃討に当たって下さい』

「分かった、では手早く済ませろよ」

 そう言うとシーラは手近なマゼランへと向かって行った。

「ようし、貰ったぁッ!!」

 数分後、マゼランを散々に翻弄した末にブリッジへとヒートサーベルを突き刺し一気に切り裂くシーラ。と、ミゲルからの回線が繋がった。

「ん?ミゲル、新型とやらは片付けたのか?」

 しかしそこから聞こえて来た声は、予想していたものとは違っていた。

『な、なんだコイツ!?くそッ、墜ちろ、墜ちろぉぉぉッ!!――隊長ッ!!うわぁぁぁッ!!』

「ミゲル!?おい、ミゲルッ!!」

 しかし、既に答えは返ってこなかった。

 

「やったの…?この子…ホントに凄い…!」

 クレアはヘビーガンダムの性能に感嘆の声を漏らしていた。生れて初めてMSに乗る彼女が噂に名高い「灰色鮫」の、それも高機動型と言われるR型ザクの動きに付いて行ける筈がない。事実、先程のミゲル機との交戦でもザクの撃ち出したマシンガンの弾はほぼ全弾命中していた。しかしその全てがヘビーガンダムの厚い装甲に阻まれ、有効なダメージを与えることが出来なかった。焦ったミゲルは棒立ちのままひたすらマシンガンを乱射し、逆にクレアが闇雲に撃ったライフルの一発が命中、その一撃で沈んだのである。

「次は…?…いる、こっち!?」

 初めての実戦で極度の緊張状態にあるクレアは、何故自分が敵の居場所など分かったのか気付いてもいなかった。レーダーすらも役に立たない、このミノフスキー粒子の中でである。

「…こっち?間違い無い…!!」

 危なっかしい様子でアステロイドを避けながら進んで行くと、ライフルを構えた1機の灰色いMSが目に入った。

「いた…アイツ!」

 クレアが構えていたライフルの引き金を引く。残念ながら命中はしなかったが、パイロットのロッポはクレアの登場に驚愕の声を上げた。

「な、なんだ!?なんでここが分かったんだ!?」

 動揺しながらもライフルを放り投げてサーベルを抜く辺り、流石に熟練パイロットである。ロングレンジライフルは長距離での狙撃には絶大な威力を示すが、接近戦では速射性も無く不利な戦いを強いられる事になる。

 一方クレアも何発かライフルを発射したものの、その悉くを躱され武器をサーベルに持ち替えていた。

(そう何度もまぐれで当たるもんじゃないか…)

 そこへ予想以上のスピードでゲルググのサーベルが突き出される。狙撃型とは言え、この時代で最高レベルのスペックを誇る14JGは、接近戦能力においても他のMSを大きく凌駕していた。

「わッ!!」

 何とか身を捻って必殺の一撃を躱すクレア。

「素人がッ!のこのこと戦場に出て来るなッ!!」

 体勢を崩したクレアに、ロッポのサーベルが振り下ろされる。

「やられたッ!?」

 それは並のMSなら真っ二つにされていたであろう一撃だった。しかし連邦軍がその粋を結して開発したヘビーガンダムの装甲は、その一撃さえもを受け止めていた。

「な、なんだとッ!?何故持ち堪えられるッ!?ま、待てよ?貴様、その機体はまさか、あの――!!」

 動きの止まったゲルググの胸を、光の剣が貫く。数瞬おいてその同じ場所を閃光が覆った。

「…あと1機…ッ!」

 

「ロッポッ!!おい、返事をしろ!!――チィッ、まさかあのロッポまでやられたと言うのか!?新型めッ、どんなヤツが乗っているんだ!」

 最後の部下からの通信までが途絶え、シーラは怒りに身を震わせていた。

「連邦めッ!私の大切な部下達を皆殺しにするとは…許さんッ!たとえ誰であろうと私がこの手で討ち果たしてみせるッ!」

 既に回りにいる艦など眼中にも無いかの様に、仇のMSを探して駆け回るシーラのドム。やがて自分の方へ向かって来る1機のMSが目に止まった。

「そこかぁぁぁッ!!」

 思い切り加速して、シーラがサーベルを横薙ぎに振る。

「え、何!?きゃあッ!!」

 間一髪でその攻撃を自分の剣で受け止めるクレアだったが、シーラの加速による勢いで大きく後ろへ飛ばされる。その機体には大きな罅が入っていた。先ほどはゲルググの一撃に何とか持ち堪えたヘビーガンダムだったが、流石に無傷とはいかずその厚い装甲にも大きな損傷を受けていたのだった。

 そこへ更にサーベルを振りかざしたドムが迫る。

(今度やられたら、いくらこの子でも持ち堪えられない…。私だって、私だってまだ――)

「やられる訳にはいかないんだからぁぁぁッ!!」

「何ッ!?」

 まさか今の攻撃から立ち直って反撃して来るとは思わなかったのだろう。慌てて防御の構えを取るシーラだったが、受けたサーベルが弾かれ遠くへ飛んでしまった。

「チィッ!!」

「もらったッ!!」

「舐めるなぁぁぁッ!!」

 トドメを刺そうとしたクレアの機体に、シーラの蹴りがめり込んだ。

「うわぁッ!!」

 その上今の一撃で、損傷した部分から火花が飛び散った。

「しまったッ!今ので中枢がッ!?クッ、左腕が…ッ」

 どうやら左腕の駆動部分に損傷をきたしたらしく、全く動かない。

「はははッ!!ここまでだな、新型ッ!!」

 シーラが勝利を確信する。その腕には死んだ部下の物だったバズーカが握られている。

「終わりだぁぁッ!!」

 バズーカから閃光が飛ぶ。

「きゃあッ!!」

 慌てて躱すクレアだったが、左腕の損傷の為うまく機体を操作出来ずに頭部を粉砕されてしまった。メインカメラを破壊され、コックピットのモニターがブラックアウトする。

「――何!?み、見えないッ!何も見えない!?」

 視界を遮られた事により、戦いの中で忘れていた感情が吹き出した。すなわち恐怖。

「い、いやぁッ!!助けてッ!!誰か、助けてぇぇッ!!」

「悪あがきを!だがそれではもう躱す事も出来まいッ!?」

 今度こそ狙いを定めたバズーカの一撃がクレアを襲った。しかし――

「何ッ!?」

 クレアがその一撃を躱したのだ。おそらく本人さえも無意識の内に。

「チッ、まぐれだ!!」

 今度はバズーカを連射するシーラ。だが、その全てをクレアの機体は紙一重で躱していた。暗闇の中での死の恐怖と言う、極限状態で彼女が何かに目覚めつつあるのは確かだった。

「ば、バカな…。あのパイロット、メインカメラを潰されて見えていると言うのかッ!?」

 更に引き金を引くシーラ。だがもうバズーカからは何も発射されなかった。

「くそッ、弾切れか!ならば、私がこの手で――ッ!!」

 バズーカを投げ捨てると、先ほど飛ばされたサーベルを拾い上げシーラがクレアへと向かう。

「死ねッ、パイロット―――ッ!!」

ボゴ―――――ン!!

 その瞬間、凄まじい衝撃がシーラを襲った。

「な、何だと…!?」

 見ると1隻のサラミスがこちらへと砲塔を向けていた。2人の戦いの中、ルイジアナの砲手が有視界射撃で命中させたのだった。

「そ、そんな…この私がこんな所で終わると言うのか…?み、みんな…すまない――あああぁぁぁッ!!」

 これが、敵味方から怖れられた「灰色鮫中隊」の最期だった。

 クレア・ヒースロー軍曹が乗艦グリーン・ベルに収容されたのはその数分後の事である。

 

「よくやってくれました。私達は貴女のおかげで助かったわ」

 焦燥した表情でブリッジに戻ってきたクレアを、マリアはそう言って出迎えた。先程までは暗闇の恐怖に囚われて取り乱していたクレアだったが、今は大分落ち着いた様である。

「あの…でもヘビーガンダムは…」

「良いのよ。MS1機よりクルーの命の方が大切に決まっているもの。それにあのままジオンに奪われてしまうよりはずっとマシよ」

 そう言われて思わず安堵の息を漏らすクレア。

「それより貴女、このままMSのパイロットになってみる気はない?あの「灰色鮫中隊」を倒したのだから、素質は充分だと思うのだけど」

「い、いえッ!もうMSに乗るのはこれっきりにしたいですッ!!」

 慌てて首を横に振るクレアの様子に、マリアやフェイ、ウッヒ達も笑いを漏らす。

「そうね。とにかく今はゆっくりおやすみなさい、クレア?」

「え…?あ、ハイッ!!」

 突然名前で呼ばれポカンとするクレアだったが、やがて満面に笑みを浮かべると元気に返事をしてブリッジを後にしたのだった。

 

 この後UC.0080年、地球連邦とジオン公国の間に終戦協定が結ばれ、後に「一年戦争」と呼ばれるこの戦争に終わりが告げられる事になる。

 しかしこれより数年、時代は否応無く彼女達を表舞台へと押し上げて行く。

 そしてそれは彼女達に更なる悲劇をもたらして行く事になるのである。

                                   ─Fin─





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