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――199X年 東京――
その日、この都市(まち)に核の天使が舞い降りた。
轟音。
しかしそれを耳にした者のはほぼ全員、次の瞬間に物言わぬ骸と成り果てた。いや、骸となるならまだ良い方で、爆心地周辺ではその多くが瞬時に蒸発した。この世に存在していたと言う、痕跡すら残さずに。
1人のアメリカ合衆国大使がもたらしたミサイルは、まるで怒れる雷神の鉄槌の様に全てを破壊し尽くした。
そして――この街は魔界となった。
それまで伝説とお伽話の中での存在でしかなかった恐怖の対象、所謂『悪魔』が跳梁跋扈するようになったこの東京(まち)に新たな住人が2人、姿を現わした。彼等もまた、人間ではない。
禍々しい紅の邪龍と黒き死神を思わせる身体。まるで怒れる炎と昏い闇。それはまさに地獄の象徴。
炎を思わせるは地獄の大公ベリアル。闇に近きは魔界の侯爵ネビロス。共に人為らざる者の棲む、奈落の海では一角の地位に在る者である。
彼等がこの地を訪れた理由など、彼等自身すらも知らぬであろう事。おそらくは只の気まぐれ。そしてそこで1人の少女の魂に出会った事さえも。
ましてやその少女に仮初めの身体を与え、幼き命に再び生の歓びをもたらした事など、まさに趣味の悪い悪戯心か、或いはその歓びをまたしても絶望に変えてやろうと言う、邪悪な楽しみからだったに違いない。
しかし、それでも少女は束の間生きる歓びを味わったのである。
自分を生き返らせてくれた2人を、少女は怖れなかった。
普通に生を受けた子供なら、彼等の醜悪な異形を怖れ泣き叫ぶ。そしてその恐怖の表情を堪能しながら幼い命を摘み取るのが彼等の楽しみだった。
だから少女が自分達を怖れずに様々な表情(かお)――特に笑顔――を見せる事は、彼等にとって驚きだった。無垢なその笑顔は悪魔で在る彼等すらも魅了した。もっと沢山の笑顔を見たいと思った。
そして少女は彼等にとっての全てとなった。
彼等は少女の為には何でもしていた。その誇り高き異形の姿さえも人のそれに貶めた。少女を自分の腕に抱く、ただそれだけの為に。
暫くは3人だけの至福の時が流れていた。しかし、やがて少女は友を欲しがるようになった。2人の悪魔は少女の為に色々な玩具を与えてやってはいたが、彼等自身が少女と共に遊んでやる事が出来なかった。悪魔である彼等には、人間の言う『遊び』を理解する事が出来ないのだ。何故なら彼等にとって『遊び』とは、その人間達に苦痛を与える事でしかないのだから。
彼等は少女に友を用意する事にした。
初めは少女と同じ死者の魂を共にしようとした。しかし、それらの魂は生への渇望よりも自身への憐れみと生者への憎しみとで凝り固まっており、少女の共には相応しくなかった。そればかりか、仮初めとは言え命を与えられた少女に激しい怨念をぶつけて来る有り様だった。仕方なく彼等は、それらの魂を食らい少女を護った。
次に彼等は生きている人間を彼女の共にしようとした。既に廃墟の一部は少女の為に豪華な部屋へと作り替えて在ったが、更に多くの部分を改造して広大な屋敷とした。そして自らをベリアルは赤伯爵、ネビロスは黒男爵と言う呼び名とし――その名は少女が彼等の体色から赤おじさん・黒おじさんと呼んでいた事に由来する――沢山の人間達を招いた。
人間達は、初めは荒廃した街へ現れたこのオアシスへ喜んで足を運んだ。少女は喜び、彼等も存分に人間達を歓待した。しかしその内、屋敷を訪れた人間達の誰しもが自分達の家へ帰る事を望み始めた。だがやっと出来た遊び仲間を少女が手放したがる訳がない。人間達のまた来るからと言う言葉にも、少女は首を振って帰したがらなかった。初めはすまなそうに説得していた人間達も次第に苛立ち、遂には少女を傷付ける言葉を口にしてしまった。そしてそれは例外無くこの世で最後の言葉となった。
彼等は自分達が手に掛けた人間達の魂を、今度は永遠に少女の遊び相手としようとした。しかし、死の間際の激しい恐怖に、死者達はただ怯えるばかりだった。
「もっと強い魂がいる」
彼等はより強い魂を持つ人間を求めた。例えその命を奪ったとしても、生きていた頃と同じように振舞える強さを。そして決して少女を哀しませる事のない優しさを。幾人もの人間達を骸と化しながら、彼等はひたすら待ち続けた。
そして――大破壊から30年後、3人の闖入者が屋敷を訪れた。
3人が彼等にもたらすものは安息か、破滅か…?
少女の名はアリスと言った。