――1990年 メキシコ――
とある小さな村のはずれで、数人の子供たちが集まって、何やら相談をしていた。
「オイ、アラン。明日こそ例の遺跡、探検に行くだろ?」
リーダー格の少年、マルコが声を顰める様にして言った。
「HAHAHA、勿論さ。この間から楽しみにしていたんだ」
アランは何時もの様に陽気に笑いながら答えた。
「ようし、他に行く奴は?」
「俺も行くよ」
「僕も」
更にマルコが問うと、カルロとエンリケも同意する。
「サオリはどうする?」
「エ?ア…アノ、ワ…私…」
不意に声を掛けられ、サオリと呼ばれた少女が、戸惑ったように口篭もる。
「行こう、サオリ」
「…………ウン」
アランが手を握ってそう言うと、サオリは僅かに顔を赤らめて、おずおずと頷いた。
「全員だな。じゃ、明日学校が終わったら、何時もの所に集合だ」
最後にマルコがそう言うと、彼等の『会議』は終了した。
その後、アランはサオリと2人で帰路についていた。2年前、サオリが両親の都合で日本からメキシコに引っ越してきて以来、2人は隣同士だった。当時言葉や習慣の違いから、中々周囲に溶け込めず、孤立しがちだったサオリに対し、自身も半分日本人であるアランは色々と励ましてきた。そして程なくサオリも、アランに、そして周囲に心を開くようになっていた。今では、傍目にも彼女がアランに特別な感情を抱いているのが分かるほどになっている。そして、アランもまた。
「サオリ、明日楽しみだね」
アランはサオリに声を掛けた。
「デモ、大丈夫カシラ。中ハ、マダハッキリトハ、調査サレテイナインデショ?」
僅かに不安そうな表情でサオリが答えた。
「大丈夫さ。小さな遺跡だし、パパも、あれはきっと何かの祭壇の様だから危険な仕掛けとかは無いだろうって言ってたし。それにもし何か遭っても、サオリは僕が絶対護るから心配しないで。アッ、そうだ!コレあげるよ」
そう言ってアランが取り出したのは、和紙で出来た、小さな人形だった。首の所に金具が取り付けてあり、キーホルダーの役目をしている。アランはそれをサオリの手の平に乗せた。
「可愛イ…」
サオリが小さく微笑む。
「日本のオバアチャンが作ってくれたんだ。御守りにって。コレがあれば絶対大丈夫だよ。サオリにあげる」
「エ…本当?デモ、良イノ?大切ナ物ナンデショ?」
それを気に入った様子ながらも、申し訳なさそうに、サオリは上目遣いでアランを見て言った。アランはそんなサオリに首を振って、
「いいんだ。サオリにあげたいんだ」
言ってから、少しだけ照れ臭そうに笑う。
「…アリガトウ…。大切ニスルネ」
サオリもはにかむ様に笑いながらそう答えた。
そんな話をしている内に、何時しか家の前に来ていた。
「それじゃあ、サオリ。また明日ね」
手を振りながらアランが言うと、サオリは急に顔を朱くしてもじもじし始め、やがてアランに駆け寄ると、彼の頬に軽く唇を押し付けた。
「…アノ、オ人形ノ…オ礼…」
最後の方は殆ど囁くような声でそう言うと、サオリは顔を真っ赤にして家の中へ入ってしまった。
「…………」
アランはその日、誰に話し掛けられても上の空だった。
翌日、朝早くに飛び起きたアランは、出掛けに父親のラルフに呼び止められた。
「珍しいな、アラン。こんなに早く起きるなんて。何処かへ行くのか?」
しかし、まさか遺跡へ探検に行くとも言えない。
「う、うん。ちょっと友達の所へ」
と、言葉を濁して答える。
「友達?マルコか?」
「う、うん。そう、マルコ」
「そうか。じゃあ、悪いがその前に、厩の掃除をして行ってくれ」
「ええーッ!?」
突然そのような事を言われ、思わず不満の声を上げる。
「だ、駄目だよ!そんな暇無いもの」
「何故だ?マルコの家ならすぐ近くだ。少しぐらい遅れても構わないだろう」
「だ、だって約束してるんだ。大事な約束なんだ。それに、サオリだって迎えに来るよ」
「あの子だってマルコの家には何度も言った事があるだろう。先に行っていてもらえば良い。もし、そんなに大事な約束なら、サオリに事情を伝えてもらうか、電話で直接説明すれば良い。分かるな?」
「で、でも…ッ!」
「駄目だ。早く掃除をして来るんだ。早く終わらせれば、それだけ早くマルコの家に行けるだろう。遊ぶのはそれからだ」
「…………わかったよ」
尚も食い下がろうとしたアランだったが、父の言葉には逆らい切れず、不承不承頷くと、家の脇に有る熊手を持って厩へと向かった。と、
「アラ、如何シタノ?ソロソロ皆ト待チ合ワセノ時間ヨ、アラン」
サオリだった。
「ゴメン、パパに厩の掃除を言いつけられちゃってさ。悪いけどサオリ、先に行っててくれないかな」
アランが頭を掻きながら、バツの悪そうな顔で言った。
「エ?ソンナ…。ジャア私、アランガ終ワルノ待ッテル」
「大丈夫、すぐ終わるからさ。だから皆に事情を説明しておいてよ」
「…………ウン、ソレジャア早ク来テネ」
小首を傾げて暫く考えていたサオリだったが、やがてそう言い、アランの家を後にした。
マルコの家に着いたサオリは、皆に事情を説明した。
「――ト、言ウ訳ナノ。ダカラ皆、モウ少シダケ待チマショ?」
しかしマルコは、
「えーッ!?何だよ、そんなのアランが悪いんじゃないか。うまく家を出てこないから。俺、昨日の夜からワクワクしてたんだぜ。もう、これ以上待てないよ!みんな、先に行ってようぜ!!」
「デモ、アランガ…」
「大丈夫さ。アイツは遺跡の場所も知っているし、掃除が終わったら後から1人で来れるよ」
マルコの意見に、他の少年達も頷いた。それを見て、サオリも渋々先に行く事に同意した。
その遺跡は、切り立った崖の斜面と斜面に挟まれる様にして、ひっそりと存在していた。入り口付近には、幾何学的な文様と人型の像があしらってある。
「これってアステカの遺跡だぜ。ほら、この像。頭の部分が人間の頭蓋骨様に見えるだろ?これはきっと戦争の神、『テスカトリポカ』だ」
父親が歴史の教師をしているエンリケが、得意そうに知識を披露する。
「きっとここは『テスカトリポカ』の神殿で、昔は戦争の前にここで生贄を捧げたりしたんだぜ」
「ソンナ話シナイデッ!怖イワ…」
サオリが自分の細い肩を抱き締める様にして言った。
「ちぇッ、これだから女は…」
得意になっているところに水を差され、エンリケが鼻白む。
「オイ、それよりもっと中に入ってみようぜ」
「アノ…、私ヤッパリ此処デアランヲ待ッテル」
「エーッ!?今更何言ってんだよ!」
それを聞いて、マルコが露骨に不満げな声を出す。密かにサオリに気があるマルコは、彼女がアランの事ばかり気に掛けるのが気に入らないのだ。
「ここまで来たんだぜ!アランならどうせ後から来るから先に入ってようぜ!」
「エ…?デモ…アノ、私…アノ…」
マルコの強引な口調にサオリが泣きそうな顔になる。
「なぁ、もう良いじゃないか。先に行こうぜ」
「僕も早く中に入りたいよ」
少しでも早く中の様子を見たいエンリケとカルロに急かされ、渋々マルコも先に行く事を承諾する。中が気になるのは彼も同じなのだ。
「…じゃあ目印を付けて行くから、アランが来たら直ぐに後を追って来いよ」
サオリが頷いたのを見て、
3人は遺跡の中へと入って行った。
「暗いな…」
「それにカビ臭いよ」
エンリケとカルロが顔をしかめて囁く様に言い合う。
「何言ってんだ、そんなの当たり前だろ!?古い遺跡なんだから」
しかし、そうは言ったものの正直マルコもその臭いには内心参っていた。ただカビ臭いだけならいざ知らず、それにもまして何か耐え難いような嫌な臭気が漂っていたのだ。
彼等は知らなかった。
その臭いの正体を。
それが瘴気と呼ばれる事を――
しばらくあちこちを歩き回っていた3人だったが、とりわけ珍しい物が見つかりもしないので段々その遺跡に飽き始めていた。
「なぁ、マルコ。そろそろ帰らないか?」
「うーん、そうだなぁ。思ったよりつまらなかったな。それじゃあ、もう帰ろうか」
と、そこでマルコはカルロが側にいないのに気がついた。辺りをよく見回すと、カルロは1人離れた所で壁に向かい、四つん這いになって何かを見ていた。
「何してんだよ、カルロ?もう帰るぞ!」
「待ってよ、ここなんか変じゃない?ほら、ここの壁」
「何だって?」
見ると確かに一部分だけ周りと手触りが違う場所が在る。しっかりした作りの周りの壁に比べて妙にもろいのだ。試しにマルコが持って来ていたナイフで削って見ようとすると、以外に簡単に崩れる事が分かった。
「これはきっと隠し扉だ!」
エンリケが叫ぶ。少年達は昂奮した。無理も無い。何も無いと思っていた遺跡で、いきなり冒険心をそそられる事象に出くわしたのだから。例え先程の嫌な臭いがその奥から強くなっているとしても。
3人が石やナイフで壁を削る事に熱中して、数十分も立っただろうか、遂に壁が崩れその奥に部屋を発見した。急いで穴を広げて3人はその奥へと足を踏み入れた。
「……すげぇ……」
誰とも無く呟く声が聞こえた。
そこは遺跡の外観からは想像もつかないほど大きな部屋だった。壁には一面幾何学的な紋様が刻み込まれ、中央には大きなピラミッド型の祭壇がそそり立っていた。祭壇には細い階段が作られている。
「オイ、登ってみようぜ」
マルコが2人を誘う。2人は顔を見合わせ、おずおずと頷いた。
「うわッ!!」
傾斜のキツイ階段を昇りきったところで、先頭を歩いていたマルコが悲鳴を上げた。
以外に広いその場所の中央には、無数の干からびた人の首が並んでいた。そして真ん中には何やら深そうな穴が開いていた。
「…こ、これって…」
「…多分何かの儀式の生贄だろうな…」
エンリケの声にマルコが頷く。カルロは声も出ない様子だ。
「…もう少し近寄ってみようぜ」
「エッ!?や、やだよ!」
「もう帰ろうよ!」
2人が口々に反対する。
「チェッ、弱虫。いいさ、お前等はそこにいろよ」
舌打ちしてマルコは祭壇の中央へ近寄って行った。と、予想もしない出来事が起きた。床から無数の槍が飛び出し、マルコの身体を貫いたのだ。即死だった。
「…マ…マルコ…?」
「…う…うわあああぁぁぁぁ!!」
エンリケとカルロが悲鳴を上げてその場を逃げ出した。転がる様に階段を駆け下りる2人の背後で、マルコの無残な骸から流れ出した血が、槍を伝わり祭壇の中央へ吸い込まれて行く。そして――
『ゴガガガガ……』
2人の身体が硬直する。
「…今…何か聞こえなかったか?」
恐る恐るエンリケが訊いた。
「そ、そんなワケ無いよ。だ、だって僕達2人しか…いないはずだよ…ね?」
カルロが震える声で否定しようとした。しかし、再びそれが聞こえてきた。
『ゴガガガガ……我眠リニ付イテヨリ幾年月ガ過ギタ事カ……』
「た…確かに聞こえたよな…?」
今度はカルロも否定せず、壊れた玩具の様にコクコクと首を振る。
「な…何なんだよ、この声…」
2人は直ぐにでもその場を逃げ出したいのだが、恐怖に強張った身体は中々言う事を聞いてはくれない。
『…我ガ贄ハ用意サレテイルカ…?』
ぎこちなく身体を動かし、ようやく先程の穴へとたどり着く。
「は…早く逃げようぜ!」
言うなりエンリケが穴へと入る。
「ま…待ってよ!」
続いてカルロが穴を潜ろうとした時、
『…オオ、我ガ贄ハ其処ニ在ッタカ…』
歓喜を含んだ声が響き、何やら細長い物が物凄い勢いで祭壇から伸びてカルロの身体を捕まえた。
「わああああぁぁぁッ!!」
たちまち祭壇の穴へと引きずり込まれて行くカルロ。そして数秒の後、其処から咀嚼音が聞こえてきた。
「う…うわあああああぁぁぁぁ!!」
パニックを起こし、エンリケは1人出口を求めて走り出した。帰りの道筋も判らずにでたらめに走り回って、どれくらいの時間が立っただろうか。ようやく外の明かりが見えて来た。
(助かった!!)
外へ1歩足を踏み出すと、サオリが不思議そうに彼を見上げた。
「オイ、サオリ!逃げろッ!ここには怪物がいるぞ!!」
「エッ…?」
当然サオリには何がなんだか分からない。
「怪物ッテ…?ソレヨリエンリケ、マルコトカルロハ?」
「2人とも死んじゃった!いいから逃げろって!!」
と、そう叫んだ瞬間、エンリケの身体に何かが巻きついた。
「う、うわああああ!!」
そして、遺跡の壁が崩れ『ソレ』が姿を現わした。この世に存在する何者にも似つかない醜悪で巨大な身体。無数にある口からは涎に似た臭い体液を垂らし、ぬめぬめ光るいやらしい触手の1つがエンリケの身体にしっかりと巻き付いている。
やがてエンリケの身体が最も大きな口の中に運ばれ、グチャグチャとおぞましい咀嚼音と共に噛み砕かれて行くのを、サオリは身動き1つ出来ずに呆然と見ていた。
そしてエンリケを完全に呑み込んだ『ソレ』は、サオリに目を付けた。
(――アラン、助ケテ――)
動けないサオリは、アランにもらったお守りを握り締め必死に祈った。
そして――黒い影が彼女に上に覆い被さった――
「ア〜ァ、すっかり遅くなっちゃった。何が厩の掃除だけだよ。みんな怒ってるかなぁ」
結局厩の掃除の後で馬の世話や牛の乳搾りの手伝いなどをやらされ、2時間あまりも経ってしまっていた。小走りに遺跡へと向かう。
と、嫌な臭いが漂って来て巨大な影が空を飛んでくるのが見えた。咄嗟に身を隠し様子を窺う。そのあまりに醜悪な姿を目にし、アランは為す術も無く『ソレ』が通り過ぎるのを見送っていた。そして、『ソレ』が見えなくなったところで急に嫌な予感が胸をよぎった。全力で遺跡へ向かう。そこで彼が見たものは――
「うわあああぁぁぁぁぁ!!!!」
アランの絶叫が響き渡る。
血に染まった地面の中央に見慣れた物が落ちていた。彼がサオリにあげた紙製のの日本人形だった。
「そ…そんな…そんなああぁぁぁぁ!!」
好意を持っていた少女の無惨な死を表す光景を目にして、再びアランが叫ぶ。ただ、涙は流れなかった。恐怖と絶望が強すぎた故に。
血溜りの中、人形を握り締めて震えていたアランだったが、ふと在る事に気付いた。すなわち、先程の怪物が向かった先が自分の村であるという事に。
それがわかった瞬間、彼の中から恐怖が消えた。
「…サオリ、護って上げられなくてゴメン…。でも、必ず仇は取るからねッ!!」
人形を握り、そう口に出すとアランはもと来た道を全力で駆け戻った。
そして――アランが目にしたものは、再び彼を絶望へと追いやるものだった。
村の壊滅。
彼が遺跡へ向かった僅かな時間の間に、『ソレ』は破壊の限りを尽くし、其処に住まう全ての生き物を自らの贄として取りこんだ様に見えた。
急いで自分の家へと向かうアラン。そこにはやはり廃墟と化した家と、家族のものと思われる多量の血痕が残されていた。
「パパーーーッ!!ママーーーッ!!カチュアーーーッ!!マリクーーーッ!!」
力の限り両親を、そして弟妹達の名を呼ぶアランだったが、返って来る声は無かった。
その時、
『ゴガガガ…贄贄贄…我喰ラウ喰ラウ喰ラウ喰ラウ喰ラララララ…』
「うぎゃあああああッ!!」
頭に響くような不快な声と、男の声が聞こえてきた。思わずそちらへと走り出す。すると、怪物が中年の男性を2本の触手で捕らえている所だった。男はアランもよく知る雑貨屋の主人である。
「おじ――!」
しかしアランが声を掛ける間もなく、男の身体が無造作に引き千切られる。鮮血と腸が飛び散り、『ソレ』は2つになった男を別々の口に放りこんだ。グチャグチャと言う嫌な音が辺りに響く。その間にも無数に在る細い触手が飛び散った臓物をかき集め、他の口へと運ぶ。
暫くして咀嚼音が止んだ。そして次の瞬間、『ソレ』の全身に付いている目が、一斉にアランの方を向いた。身体が強張るアランに触手が伸びる。しかし、あと少しで触手がアランの身体を捕らえると言う時、銃声が轟いた。
『ゴーーーー!!』
触手を撃ち抜かれた『ソレ』が奇怪な悲鳴を上げる。
「アラン!!大丈夫かッ!?」
声の方を振り返ると、そこには父のラルフの姿が在った。手には変わった形の短銃を持っている。
「パパ!!無事だったの!?」
父の無事を知り、アランの顔に喜色が溢れる。
「…ああ、私は用事で少し出掛けていたので助かったんだ。しかし、ママやカチュア達は…」
ラルフが沈痛な面持ちで僅かな時間俯く。アランも優しかった母や可愛い妹達を想い、自然と顔が歪む。父に会えた安心感で緊張の糸が緩んだのだ。やがてラルフがアランに顔を向けて言った。
「だが、お前が無事で本当に良かった。いいか、お前は何処かへ隠れているんだ」
「…え…?パパは…?」
「アイツを…斃す!!」
ラルフはそう言って、触手を震わせ更に迫り来る怪物を睨み付けた。
「む、無理だよ!あんな怪物勝てるワケ無いよッ!!」
アランは必死で父を押し留めようとした。しかし、ラルフは首を横に振ると言った。
「いいか、アラン。今私達が逃げれば、アイツは他の村を襲いに行くだろう。そうすればより多くの人達が奴の餌食となってしまう。だから今、アイツを確実に仕留めなくてはいけないんだ」
「でも…でもッ!」
「アラン、聞くんだ。私達一族の身体には代々ある《力》が受け継がれている。それは大切な誰かを護る為の《力》だ。今私はその《力》を使って、一番大切なお前を護る。必ず護り通す!だからお前は生きて、お前にとって一番大切な誰かを見つけろ。そして必ずその人を護れ。それが私達一族を巡る宿星なのだから」
父の言葉に泣きじゃくりながら、アランは頷いた。
「よし、じゃあ行くんだ」
父に背中を押されて、アランは駆け出した。そして1軒の小さな納屋に入ると、息を殺してじっと時が過ぎるのを待っていた。
どのくらいの時間が経っただろう。永遠にも一瞬にも感じられる時が過ぎた頃、一際大きく響く銃声と、断末魔を思わせる咆哮が聞こえた。アランは思わずそこを飛び出し、父の姿を求めて走り回った。
父は居た。左腕を肩からと、下半身を丸ごと失った無惨な姿で道に横たわっていた。既に事切れていた。ただ、その顔に笑みを浮かべて。
「パパーーーーーーッ!!!!」
アランは内臓をはみ出させ、血に塗れた父の身体を抱き締めて泣いた。しかしその時、遠くで怪物の咆哮が聞こえた。アランは咄嗟に父の銃を掴み、その声の方へ駆け出した。全てを奪った『ソレ』に止めを刺す為に、必死で怪物の姿を探した。だが、遂にその姿を見つける事は出来なかった。
10才の少年はその日以来、復讐を心に誓った。
――1998年 日本――
「やっと見つけタ…」
1度たりとも忘れた事の無い、嫌な臭いを感じて青年は呟いた。
やがて目の前に『ソレ』が姿を現わした。大小無数の目と口を持ち、全身のところどころからぬめぬめした触手を生やした醜悪な姿。夢に見こそすれ、決して忘れ得ない邪なる魔物。
「I never for give i never、in your marder.
(俺は決して許さない。貴様の所業を)
Go ahead make my die.
(貴様は俺が殺す)」
父の形見でもある銃を構え、『ソレ』に向かって言った。
そして――銃声が響き渡った――