――ひーちゃん――ひー…ちゃん…――
日当たりの良いベランダの安楽椅子の上、誰かが呼んでいる気がして私は目を覚ました。
誰かが――いや、呼んでいたのは彼女だ。
「小蒔か…?」
思わず呟いて見る。
かつて出会い、共に闘い、愛し合い、長い時間を一緒に過ごした女性(ひと)
そして唐突に私を…僕≠置いて逝ってしまった君。
それほど昔の事ではないのに、口にするとひどく懐かしく感じる。
「歳を…取ったものな…」
――そんなことないよ――
「何を言っているんだ。君だってそちらへ逝った時には、もう充分おばあちゃんだったじゃないか」
苦笑混じりにそう言う。
――ひっどーい、ボクはずぅっと若かったよ〜だ――
少しだけ頬を膨らませて、上目使いに僕を睨んでいる彼女の姿が目に浮かぶ。僕はクスリと少しだけ笑った。
「確かに君は何時までも昔の面影を残していたけどね」
そう、彼女は昔から明るく元気で、何時も太陽のような笑顔を振り撒いていた。かつて僕が自らの真実を知った時も、彼女の笑顔があったから宿命に押し潰される事も無く、辛い闘いを生き抜いてこられたのだ。勿論他の仲間達のおかげでもある。随分と長いことあっていないがみんな元気でやっているのだろうか。
――大丈夫、みんな元気だよ――
僕の心を読んだかの様に、彼女の心が響く。
「そうか…それは良かった…」
――みんなに会いたい?――
「ああ…会いたいな…。でも…」
小さく言葉を切る。
――でも…?――
「君に…一番会いたい…」
僕が何より強く願う事。
――それは…まだだめだよ――
彼女が困った様に笑う。
「どうして?」
――だって…まだキミを必要としている人がいるモノ――
「誰が必要としてるって言うんだい?僕達の子供も孫も、みんな大きくなって僕の手を離れて行ったよ?」
――でもね?――
彼女の言葉を遮る。
「僕は…ずっと誰かの為に生きて来た。その事を後悔した事は無いけど…今だけは我侭を言いたい…。君に会いたい…!」
目を瞑ると、諦めたように小さく溜息を吐く彼女の姿が見える。
――そうだね…キミはずっと頑張ってたもんね…そろそろ休んでもいいよね…?――
「…ありがとう…」
そして僕は身体の力を抜いた。
暖かい陽射しが僕の身体に降り注ぐ。在りし日の、君の笑顔の様に…。
暖かい…暖かい…あたた…かい…あた…た…かい…あ…た…た…………
椅子が一度だけ、小さく揺れた。