1分間のクリスマスイブ



――12月24日 東京・新宿――

 挙式を半年先に控え、それに先駈けて一緒に暮らし始めた龍麻と小蒔。その新居であるマンションの一室は今、クリスマスパーティーの準備で大わらわだった。

「小蒔、もう少し大きいお皿はないかしら?」

 葵が焼き上がったチキンを前に、手持ちの皿を見比べて困ったように訊いた。

「あ、そっちの戸棚に入ってるヤツが一番大きいと思うけど」

「ありがとう」

サラダボウルに盛りつけをしながら顎で棚を指し示す小蒔に、葵が礼を言って中を調べる。

「本郷様、この煮物お味は如何でしょう?」

「…うん、美味しいわ。これぞ正義の味ってヤツよね」

雛乃の差し出した小皿から煮汁を一口すすって桃香が頷く。イマイチよく分からない評価に首を傾げながらも、雛乃は上手くできたのだろうと自分を納得させて元の作業へ戻った。

「うー、上手く出来ないヨ〜」

「あらあら、マリィ。無理しないであっちで遊んでいてもいいのよ?」

ホイップクリームを手に、幾つか焼かれたケーキの中で一番大きなデコレーションケーキに向かって悪戦苦闘しているマリィを見て、苦笑混じりに葵が言った。

「デモ、マリィもオネーチャン達のお手伝いシタイノ」

何故か顔にまでクリームを付けて上目遣いにそう言う様子があまりにも可愛らしく、葵もそれ以上は言えなくなってしまった。

「じゃあ、それが終わったらそのケーキに蝋燭を立てていってね?」

「ウン!」

 嬉しそうな笑顔で頷くと、楽しそうにケーキに蝋燭を立てていくマリィ。クリスマスキャンドルではない。そのケーキの真ん中には『Happy Birthday Mary』と書かれたチョコレートの板も乗っている。折角だからみんなでマリィの誕生日も祝おうと、このケーキを提案したのは龍麻だった。

「おう!美味そうな匂いがしてきたじゃねぇか。オレもすっかり腹が減っちまったぜ」

そこへ料理の匂いに釣られ、隣の部屋から雪乃が顔を出す。彼女は鮮やかな包丁捌きで鶏や野菜を切ると――ちなみに鶏は劉の育てた客家の地鶏で最高級の逸品である――、「味付けは任せた」と言ってさっさと引っ込んでしまっていた。もっとも料理に参加すると言っても雛乃が止めたであろうが。

「姉様!もうすぐ出来ますからあちらで皆様と待っていて下さい!」

「ちぇッ、分かったよッ」

こっそりエビフライをつまみ食いしようとしていた雪乃を窘めると、雛乃は姉の背中を押してキッチンから追いやった。

「うふふふふ〜こっちも出来たよ〜」

何処で見付けてきたのか、黒山羊の頭などがプリントされたエプロンを掛けて裏密がデザートのフルーツパンチを差し出した。

「ワァ!美味シソウ!」

マリィがそれを見て歓声を上げる。星形にカットするところが六芒星になっているのに目を瞑れば、確かに見事な出来映えである。それを見た小蒔・葵・雛乃・桃香の四人は、互いの顔を見合わせると意を決した様に一斉に味見をする。

『美味しいッ!!』

声を上げたのは誰だっただろうか。或いは4人全員であったかも知れない。それを聞きマリィも慌ててスプーンを伸ばす。

「ミサちゃん、これホントに美味しいよッ!どうやって作ったのッ!?」

小蒔が勢い込んで訊く。彼女を始めとしてここにいる面々はそれなりに卓越した料理の腕を持つが、その彼女達でもこれ程のものは作ったことが無いと言う出来だった。興味津々に訊かれて、独特のにた〜っとした笑みを浮かべ裏密が答えた。

「別に〜普通の作り方だよ〜。ただ〜最後にこの〜『ミサちゃん特製調味料』を入れただけ〜」

ぶぷ!

そのセリフを聞いてマリィが口に入れたフルーツパンチを盛大に吹き出し、他の四人も完全に硬直する。

「ミ、ミサちゃん?その調味料って材料はなにかしら?」

葵が勇気を振り絞って尋ねる。しかしあっさり「それは〜秘密〜」とかわされてしまう。

「な、何か変な副作用とかはないよねッ!?」

今度は小蒔が滝のように汗を垂らしながら訊いた。

「うふふ〜大丈夫〜。女の子には平気だから〜」

「女の子にはって…じゃあ男の子には何があるのッ!?」

「うふふふふ〜それも〜秘密〜。うふふふふ〜」

言って1人含み笑いを続ける裏密。あまりに不気味なその光景に、付き合いの長い小蒔や葵達でさえ声も出せない。

(お、男の子に食べさせるとどうなるというのッ!?)

(ひ、ひーちゃんには絶対食べさせないどこ…)

(ね、姉様…)

(仲間と言えど正義のためには倒した方が良いのかも…)

(シ、知ラナイッ!マリィ、何モ知ラナイヨッ!)

一様にパニックに陥りながら、訊いてしまったことを激しく後悔する小蒔達だった。

 

一方リビングでは龍麻達が部屋の飾り付けをしているところだった。

「それにしても紫暮が早めに来てくれて良かったよ」

「そやそや。なんせ単純に1人多く居てる様なモンやからな〜」

 ツリーにモールを巻き付けながら言う龍麻の言葉を受けて、劉が続ける。彼は楽しそうにツリーに綿をつけている。ちなみにツリーは葵に頼まれた醍醐が、彼女の家の庭から持ってきた生木である。もっともいかに怪力の彼でも、ここまで歩いて運んで来るのはかなりの重労働だったようで、今は1人ぐったりと壁にもたれ掛かっている。

 そして当のツリーは、雛乃に追い出された雪乃が何故か装飾の指揮をとっていた。

「おい、紅井ッ!ツリーのてっぺんにコスモロボなんか飾るんじゃねぇ!そこは星に決ってんだろッ!黒崎もッ!七夕じゃねぇんだぞ、そんな短冊飾りなんて…ってこれお前ん家のチラシじゃねぇかッ!!骨董屋ッ!勾玉飾るのも止めろッ!」

「俺っちはみんなに正義の心を伝えようと…」

「今、ウチの店売上が下がって来ていて…」

「厄除けに良いと思ったんだが…」

 渋々取り外す3人だった。

ピンポーン♪

 そうこうしている内に遅れていた仲間達が到着した様である。ドアを開けるとビール瓶のケースを持った京一が立っていた。隣にはアン子の姿も在る。

「よぉッ、ひーちゃん!久し振りじゃねぇかッ!」

「ちょっと龍麻、聞いてよッ!このバカまた1人だけ手ぶらで来ようとしてたのよ!?ったく、気になって迎えに行ってみれば…」

「てめぇ、アン子ッ!バカとはなんだよ、バカとはッ!?」

「アンタの事よ、アンタのッ!」

「…京一先輩も遠野さんもいい加減止めて下さいよ…。あ、お久し振りです龍麻先輩。お2人ともずっとこの調子で…」

 入って来るなり口喧嘩を始める京一とアン子。その後ろからは疲れた顔の霧島が入って来た。両手の袋にはウィスキーのボトルがぎっしりと入っているが、彼の疲れの元はその重さでは無いだろう。

「…久し振り…」

 流石の龍麻もいきなりな3人の様子に顔を引き攣らせる。

「ところで僕達で最後ですか?」

「いや、まだ壬生や雨紋達も来て居ないし、御門達もまだだよ」

「あ、雨紋さんは来られるんですね。さやかちゃんは今日はテレビの仕事で来れないって凄く残念がっていましたけど」

 心底残念そうに言う霧島。しかしもっと残念がる人間も居た。

『何ぃぃぃぃぃッ!?さやかちゃんが来ないだとぉぉぉぉぉッ!?』

 2人の紫暮が同時に叫ぶ。

「手前ぇ、諸羽ッ!!さっき会った時にはそんな事言わなかったじゃねぇかッ!」

 京一も喧嘩を忘れて振り返る。

「Oh!!ジーザスッ!!こうしては居られないネ、ボクがさやかちゃんを連れて来るネ!!」

 ツリーに綿を付けていたアランが部屋を飛び出した。

 しかし――

「…兵庫…?」

 雪乃の一睨みで紫暮は沈黙し、

パァァァァン!!

 京一はアン子の平手打ちで盛大に吹っ飛び、

『SHIT!!MY GOD!!』

 外ではアランの負けゼリフが聞こえて来た。やがて気絶したアランを引きずった壬生を先頭に、雨紋・藤咲・舞子・紗夜が次々に部屋へ入って来る。

「やあ、龍麻。…なんか勢いよく飛び出して来て、ドサクサ紛れに比良坂さんに抱き付こうとした不埒者が居たから取り敢えず眠らせたんだが良かったのかな?」

 言って壬生が額からだくだくと血を流すアランを放り出した。

「こんばんは、龍麻さん」

 その肩越しにちょっと困った様に笑いながら紗夜が挨拶をする。

「久し振りだね、壬生に比良坂。…コレは別に構わないんだが、血で床が汚れるのは困るな。小蒔に怒られてしまうよ」

 肩を竦める龍麻。

「ったくよ、アランも選りによって比良坂サンに行くなんて馬鹿だよな。どうなるか始めから分かっていそうなモンだけどよ。ま、もっとも姐さんに向かって行った日にゃあ…」

「勿論ただじゃ置かないわよ?」

 呆れた様子の雨紋の言葉に、藤咲が後を続けながら豪華な毛皮のコートの中から鞭を取り出した。

「藤咲…何時も鞭を持ち歩いているのかい…?」

「バカね。トップモデルがそんな事して居たらたちまち週刊誌に変な噂立てられちゃうわよ。プライベートの時だけに決まってるじゃない」

 彼女の答えに龍麻がこめかみを押さえる。

(オレ様の苦労、少しは分かってくれたかい?)

(…ああ)

 囁く雨紋に肯く龍麻。

「ちょっとなに話してるのよ!?」

「あ、いや…雨紋や藤咲が来れてよかったな、と。2人ともこの時期じゃ忙しいんじゃないか?」

「あ、ああ。けどオレ様は明日ライブがあるからな。今日は無理言ってOFFにしてもらったのさ」

「アタシもマネージャーが仕事入れようとしていたから引っ叩いてやったわよ。龍麻もこんなイイ女がイブの夜まで仕事するなんて間違ってると思うでしょ?」

 言いながら艶っぽい笑みを浮かべて龍麻にしなだれ掛かる藤咲。

「ちょ、ちょっと、藤咲…」

 仰け反る龍麻だが、藤咲が更に首に手を回してくる。その上それを見て舞子までが、

「あ〜ん、亜里沙ちゃんずるぅ〜い!舞子もぉ、ダーリンにぎゅ〜ってするのぉ〜」

 等と言って抱き付いて来る。そしてそこへ最悪のタイミングで料理を持った小蒔が現れた。

「…………ひーちゃん…………何してんの…………?」

「ちょっと待って小蒔ッ!誤解だッ!」

 慌てて弁解する龍麻だが、何も言わないウチから誤解などと言っている辺り、益々浮気現場を見付かって下手な言い訳をしている男そのものである。薄情にも藤咲と舞子はあっさり離れて何事も無かった顔をしている。

「……ひーちゃんの……ぶぁかあああぁぁぁぁぁッ!!」

 そこへ小蒔が手にしていたフルーツパンチ(裏密製)が降りかかる。それは龍麻のみならず、2人を止めようとしていた劉と足元に倒れているアランにまで被害が及んだ。そして――

「小蒔…」

 いきなり小蒔に抱き付く龍麻。

「わッ!ひ、ひーちゃんッ!?いきなりこんなトコで…」

 真っ赤になって慌てる小蒔。

「あら?皆様どうなさったのですか?」

「ああッ!!雛乃はぁぁぁぁぁん!!」

「キャッ!?」

 そこへ現れた雛乃を見て、今度は劉が両腕を広げて彼女へ駆け寄りしっかりと抱き締める。

「手前ぇ!!離れやがれ、この似非関西人ッ!!」

 雪乃の一撃で床へ転がる劉。しかし今度は今まで気絶していたアランがむくりと起き上がり、ぐるりと女性陣を見回す。そして――

「オーライ、プリティガール――OUCH!!」

「さあ、ボクの胸へ――NO!!」

「遠慮しないで――OOPS!!」

「ボクと2人で――SHIT!!」

「熱いクリスマスを――OH!!」

「過ごすネ――JESUS!!」

 小蒔・舞子・藤咲・雪乃・アン子・紗夜と近くにいる女の子達に手当たり次第飛び掛かり、悉く撃退されるアラン。そこへ葵が姿を現わす。

「HAHAHA!!やっぱりボクのベストパートナーはアオーイに決まってるネ!!」

「え?きゃあッ!!」

「It’s final!!デュミナス・レーイ!!」

「NO―――――ッ!!MY GOD!!」

 流石のアランも、葵を護ろうとするマリィの渾身の一撃で力尽きた様だった。その身体からはプスプスと煙が立ち昇っている。

「大丈夫、葵オネーチャン?」

「え、ええ…。どちらかと言うと私よりアラン君の方が…」

「オネーチャンを傷付けようとしたんだからコレぐらい当然ダヨ」

 マリィがプンプン怒りながら黒焦げのアランを見る。

「それにしてもどうしてアラン君が…?それに龍麻と劉君も…」

「そ、それがね…?このフルーツパンチを掛けたら3人ともおかしくなっちゃった…」

 龍麻に抱き付かれたままの小蒔が引き攣った声で言う。その言葉に雛乃・葵・マリィも硬直した。

「あ、あの…小蒔様?そのフルーツパンチってもしかして…」

 震える声の雛乃に向かって肯く小蒔。

「ヤッパリ、ミサオネーチャンのフルーツパンチ…」

『何ぃぃぃぃぃッ!?』

 マリィの言葉に呆然と事態を見ていた他の男達が声を揃えて叫ぶ。

「あらら〜、みんなで食べる前に〜こぼしちゃったの〜?」

 そこへ当の裏密が現れた。

「手前ぇ、裏密ッ!!俺達に何食わせようとしたんだよッ!?」

「え〜?ミサちゃんみんなに〜美味しいフルーツパンチを〜食べさせてあげようとした〜だけだも〜ん」

「ただのフルーツパンチでおかしくなるかよッ!?」

「ミサちゃん、本当はどういう効果なのか教えて?」

 珍しく強い口調で言う葵に、流石の裏密も一筋頬に汗を垂らして答えた。

「あ、あれは〜男の子が〜普段心で思っている行動をとるだけ〜。だからひーちゃんが桜井ちゃんに抱き付いているのは〜彼が何時も桜井ちゃんを大事に思っているからだし〜、アラン君のは〜その行動の通り〜。本当は〜普段こういう事が良く分からない如月君とかに〜食べさせて見たかったんだけどざんね〜ん。うふふふふ〜」

 そう言って自分を見ながら不気味に笑う裏密に、如月は滝のような汗を流すのだった。

「って事は…コイツは自業自得ってワケか…」

 身動きすらしないアランを突っつきながら、呆れ切った表情で雪乃が呟いた。

 丁度そこへやって来た御門達が、その光景を見て即座に踵を返すのを醍醐や紫暮が必死に引き留めるのだった。

 

 その後龍麻達が正気に戻った為(やすらぎの光を唱える葵は、これ以上無いくらいに複雑そうな表情だった)、クリスマス兼マリィのバースディパーティーが盛大に始まった。

 久し振りに逢う筈の彼等だったが、その時間も感じさせぬほどに打ち解け楽しんでいた。

 雨紋のギターに合わせて紗夜が唄い芙蓉が舞う。村雨と如月の前には次々と空のボトルが増えていく。その周りには無謀にも2人に勝負を挑んで撃沈された仲間達が転がっていた。

「あ、そう言えばさやかちゃんが9時からの番組に出るから見てくれって言ってました」

「…なぁにぃ〜?」

「さ…さやかちゃんだと…?」

 撃沈組だった筈の京一と紫暮がその声に反応してむっくりと起き上がる。時計を見れば既に9時5分ほどになっていた。

「諸羽ッ!そう言う大事な事は早く言いやがれッ!」

「す、スミマセン!つい、うっかり…」

「貴様そんな事を言いながら実は自分だけビデオに撮っていたりするんじゃないだろうな…?」

 紫暮の言葉にぎくりとして振り向く霧島。

「諸羽ぁぁぁぁぁ?」

「霧島ぁぁぁぁぁ!」

 異様な迫力の2人を眼にして霧島が青ざめる。

「す、スミマセン!お2人にはちゃんとダビングしますからッ!」

「京一も紫暮もそれぐらいにして早くテレビつけた方が良いんじゃないか?」

 龍麻の助け舟に京一と紫暮が顔を見合わせる。霧島は神様を見るような目つきで龍麻を見詰めていた。

「おっと」

「それもそうだな」

 肯き合うと慌ててテレビのスイッチを入れる2人。すると丁度さやかがステージに上がるところだった。どうやら芸能人がそれぞれクリスマスソングを歌うと言う番組らしい。

「おい、紫暮!もっとボリューム上げろよ」

「うむ」

『皆さん、こんばんは。舞園さやかです』

 少し大人っぽい衣装を身につけたさやかのアップが映る。

「おお〜さやかちゃん、相変わらず可愛いぜ〜」

「ああ…最高だ…」

 テレビに向かってデレデレする2人。その恋人達が酔って眠っているのはまさに幸いだったと言わざる負えない。

『――ではこの歌を私の大切な人達、龍麻さん・桜井さん・美里さん――』

 さやかが彼等1人1人の名前を口にしていく。

『――アランさん・紫暮さん・蓬莱寺さんそして…霧島君、皆さんにこの歌を捧げます――』

 そしてピアノの独奏に合わせてさやかが歌い始めた。

「アッ、マリィこの歌知ってるヨ!?」

 マリィの言う通り、それはありふれたクリスマスソングだった。しかしその声は静かに、だがしっかりと彼等の胸に染み込んでいく。一章節ごとに心の疲れや悩みを忘れさせる様に思えた。まるで都会の汚れを隠す白雪の様に。何時しか全員が目を覚ましてさやかの声に耳を傾けていた。

 歌が終わり、画面内では割れんばかりの拍手が鳴っている。

「さすがはさやかちゃん…粋なクリスマスプレゼントじゃねぇか…」

「ああ…最高の歌声だったな…」

 魂を抜かれたような表情で呟く京一と紫暮。しかし彼等が口にするまでもなく、その場にいる誰もがその歌の余韻を味わっていた。

 

 その後更にみんなで盛り上がり、大いに愉しみ抜いてパーティーは終わりを告げた。

「あーあ、楽しかったぁ!」

 仲間達を見送り、部屋に戻った小蒔がソファに腰を下ろしながら大きく伸びをして言った。

「僕も久し振りにみんなに会えて凄く楽しかったよ」

 龍麻が微笑みながら彼女の隣に座る。

「そーだよねッ!そう言えばボク、ひーちゃんと2人っきりじゃないクリスマスイブって久し振りだなぁ」

「そう言えば僕が中国から帰って来てからはずっと小蒔と2人でクリスマスを迎えていたよね」

「ウン。へへッ、たまにはみんなで楽しむのも良いよねッ」

 首を傾げる様にして龍麻の顔を覗き込みながら小蒔がそう言って笑う。

「でも…やっぱりキミと2人で過ごすクリスマスも良かったかなって…。エヘヘッ、ボクちょっと欲張りだよね――さッ、寝る前にさっさと後片付けをしちゃおうっと」

 少しだけ顔を朱らめて立ち上がる小蒔。しかし食器を手にする彼女を龍麻が引き留めた。

「ん、何?」

「片付けるのは明日で良いよ。それより見てごらん」

 龍麻の指差す方を見る小蒔。その先には壁に掛けた時計が在った。

「…時計?」

「今11時59分になったところだよ。今日はまだ1分残っている。2人だけでイブを祝おう?」

 言いながら小蒔を抱き寄せる龍麻。目をぱちくりさせる小蒔だったが、やがて肯くと龍麻の身体に身を預ける。と、その肩越しに外の景色が小蒔の目に入った。

「あッ!ひーちゃん、雪だッ!」

 叫んでベランダに飛び出す小蒔。龍麻がその後を追うと、確かに雪がチラチラと夜空を舞っていた。

「思い出すよねぇ。ひーちゃんと初めて過ごしたクリスマスイブもこんな風に雪が降ってた…」

 呟くように言いながら空を見上げる小蒔の横顔は、出会った時の無邪気な少女と何一つ変わらない。

「僕達がずぅっと一緒にいる限り、何度でも見れるさ」

 龍麻の言葉に照れ臭そうに笑う小蒔。

「ウン…これからもボクを宜しくね、ひーちゃん」

 そして2つの影は寄り添い――唇が触れる瞬間、2人の声が重なった。

『メリークリスマス』

 

 





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