The other of Gryps war 4話『戦士ルロイ』
サンフランシスコを出発して3日が過ぎた。
依然ティターンズによる攻撃は無く、順調な航行が行われている。
「こう順調すぎると怖いくらいですわね」
先程からクレアの隣に立って外の景色を見つめていた女性が、そう声を掛けてきた。長く伸ばした黒髪と白磁のような肌に東洋人の特徴が見える美人である。本人曰く、彼女の父親がほぼ純粋な日本人で彼女自身にも父親の血が色濃く出ているのだろうという事であった。
フローレンス・キリシマ。
レイチェルやノーラン、ルロイ達と同様にサンフランシスコを出立する際に『アンヴァル』へ乗り込んできた人物である。そしてもう一人、今この場にはいない人物も同乗している。おそらくはまた格納庫でケイ達と一緒に機械油に塗れている事だろう。
クレアは彼女達と出会った時の事を思い出していた。
「ルオ商会サンフランシスコ支社のフローレンス・キリシマです」
ルオ商会は地球上でトップクラスのシェアを誇る一大複合企業である。ホンコンシティに本社を持つこの大企業は、カラバの密かな支援者でもあった。
「今回の貴艦に対する補給任務の責任者を務めさせていただきます。宜しくお願いしますわ」
たおやかな物腰の彼女は、いかにも有能な秘書といった感はあるが、軍事行動のような荒事に向いているようには見えなかった。しかし企業が反連邦組織を支援していることなどが発覚すればどのような咎めがあるか分からない。最悪商会そのものが取り潰され、連邦政府の管理下に置かれる可能性さえ考えられるのである。そのような重要な任務の責任者を任せられるという事実が、この女性が見た目にそぐわぬ女傑であるという事を現していた。
続いてフローレンスの後に控えていたもう一人の人物が前へ進み出た。颯爽とした印象のフローレンスとは違い、ずんぐりとした体型を機械油の染み込んだ作業着に包んだその青年は、落ち着き無く小さな両目を瞬かせたりしきりに眼鏡の位置を直したりと、いかにも気弱そうな雰囲気を纏っていた。
「ア、アナハイムのライル・コーンズです。ど、どうも」
ライルと名乗った青年は、吃音混じりにぼそぼそとした声でそれだけ言うと、またフローレンスの後ろへと下がった。
「こう見えても彼は優秀な技術者ですのよ。今回搬入された新型機も、彼のアイディアが盛り込まれていますの」
そう、彼らは燃料や食料などの他に新型のMSも運んで来ていたのである。
「で、アレが俺様専用の新型ってワケか」
バーツが見上げる横を大きなコンテナが艦に搬入されていく。上部に何やら数字が書かれているのはおそらくMSの制式番号であろうか。
「『Ζ計画』の副産物ですが、性能の高さは折り紙つきですわ」
フローレンスの説明に、バーツが満足そうに頷く。
「いいねぇ。積み終わったら早速格納庫へ見に行くかな」
「あんまりうろちょろすると、またケイさんに怒られるよ?」
「う……ま、まぁ、ちょっとくらい良いじゃねぇか。自分の機体なんだしよ」
「相変わらずケイさんには弱いわね〜、ってスミマセン」
「ではこれで全ての物資の受け取りを確認しました。こちらが確認の書類です。ご苦労様でした」
後ろでごちゃごちゃ話しているバーツとクレアを一瞥して黙らせると、ラビニアは書類にサインをしてフローレンスへと手渡した。
「待って下さい」
補給の手続きを終えて艦に戻ろうとする彼らを、フローレンスの声が引き止めた。
「まだ、何か?」
振り返ったラビニアが怪訝な顔を向ける。
「次のマイアミまで、私達も同乗させて頂きたいのです」
「どういうことかしら?」
「実は『M3』に関する内部手続きに遅れが出ていまして、私達が現地で最終的な手続きをする必要がございますの」
「なるほど」
「エム……スリー……って何ですか、艦長?」
クレアが疑問を挟む。
「あなたが乗る予定のMSのコードネームよ。『M3』に関する情報はカラバやエゥーゴの内部でも極秘扱いされているから、まだ正式な名称は明かされていないの。──で、分かりましたわ、キリシマさん。アレは私達にとって必要なものですからね。貴方達の同乗を認めましょう」
「ありがとうございます。では私のことはフローレンスとお呼び下さい、ラビニア艦長」
こうして『アンヴァル』に二人の同乗者が増えたのだった。
「おそらく明後日には目的地に着くでしょう。それまで何事も無い事を祈りますわ」
「そうですね。私も正直言うと、あまり戦い自体は好きじゃないんです。戦わないで済ませられるのならその方がずっといい」
「けれど戦わないわけにはいかない、と言う事ですか」
「……私は戦えますから」
「戦える力が必要とされるなんて、嫌な時代ですわね」
何かを思い出すような口調に、クレアはふと顔を上げた。
「フローレンスさん、もしかして昔、軍に?」
僅かな躊躇いの後、フローレンスが頷いた。
「クレアさん、『デラーズ紛争』の名はご存知かしら?」
「え?あ、確かUC0083年頃に旧ジオン公国の残党が起こした反乱、だったかな?でもそれって実際は連邦軍の新造艦を私物化した将校の起こした狂言じゃなかったでしたっけ?結局その将校も後で処刑されたとかで……」
「そんな話、ジャミトフ一派が実権を握るために後から流したプロパガンダですわ。少なくともシナプス大佐はそんな事をする人ではありませんでしたもの」
「じゃあ、アレはやっぱり真実……?」
フローレンスが小さく頷く。
「当時の私は新米の通信兵としてオーストラリアのトリントン基地に勤務していました。シナプス大佐は厳しい方でしたけれど、官位の低い相手に対しても分け隔て無く意見を取り入れ公正な判断を下せる方でした。私は始め多くの新兵達があの方の元で勉強をさせて頂いておりましたわ」
そこまで言うと、フローレンスは当時を懐かしむかのように言葉を止めた。そして一つ二つ呼吸をすると再び口を開いた。
「彼の基地に核ミサイルが保管されているというのは極秘事項でしたけど、基地の責任者と上層部からの連絡を受けることも多い私達通信部の人間だけはその事実を知らされておりましたの。
そして新造戦艦『アルビオン』により2機の試作型ガンダムが輸送されてきた。本来なら核は試作2号機と共に基地の奥深くで半永久的に眠り続けるはずでした。しかしジオン残党により核弾頭を装備した2号機は奪取され、それを追ってシナプス大佐達も『アルビオン』で発進されました。
基地に残った私達にはそれ以降の詳細を知る術はございませんでしたけれど、あの時の大佐が軍の面子やご自身の責任問題などよりも、奪われた核兵器によって新たな戦災が起こるのを危惧しておられたのは間違いありません。そんな大佐が艦を私物化していたなんて考えられませんわ。おそらくそれこそ軍の面子を護るためと、ジャミトフ達の権欲の犠牲となってあらぬ罪を被せられたのでしょう。
大佐の処刑を知った私は軍を辞め、ルオ商会に入りました。あの方が命懸けで護ったものが腐敗していくのに耐えられなかったのでしょうね」
「でも、それじゃあどうして今回の任務に?もう軍隊には関わりたくなかったんじゃないんですか?」
「正直申し上げてそういう気持ちも無いとは言えませんけれど、仕事である以上区別はいたしませんわ。それに、ティターンズがいなくなれば、もしかしたら大佐が護ろうとした連邦軍に戻ることが出来るのではないか、そう思ったりもしておりますし」
そう言ってフローレンスは微笑んだ。
と、通信士のラ・ミラ・ルナが危急を告げる声を上げた。
「九時の方向より高速で接近するものがあります!数は12体。おそらくはMAかと思われます!」
「来たわね。総員、第一戦闘配備!MS部隊は即時展開用意!」
ラビニアの号令で艦橋の中が慌ただしく動き始めた。
格納庫に走ると、クレアは素早くディテクターに乗り込んだ。デニス達リック・ディアス隊は既に発進し始めている。そして──
「ハッハーッ!ようやくコイツの性能を試すことが出来るってもんだぜぇ!」
そう言ってバーツが乗り込んだ機体は、眩いばかりに輝く金色のMSだった。
MSK−100S。通称百式と言うのがこのMSの名だった。
アナハイムとエゥーゴによる『Ζ計画』の途中で生まれた機体だったがそのポテンシャルは極めて高く、既に試作機がエゥーゴのパイロットの手によって多大な戦果を挙げているという。
今回『アンヴァル』に配備された機体は原型機に多少の改修を加えた上で地上戦用に特化させた機能を持たせており、陸専用と呼ばれていた。同型機が他のカラバの部隊にも少数ながら配備される予定だという。
「バーツさん、百式壊さないで下さいよ!?」
アナハイムから派遣されてきた技術者のライルが、心配そうな表情で目を瞬かせた。
陸専用百式の開発に関わった人間の一人としてやはり機体が心配なのだろう。
しかしそんなライルの頭を後ろからポカリと殴ってケイが顔を出した。
「バカ言ってんじゃないよ!MSは戦えば壊れるのは当然だろう!──いいかい、バーツ、MSは壊したってアタシ等がいくらでも直してやる。けどパイロットは治せないんだからね?生きて帰ってくるんだよ!」
「心配すんなよ。お前さんとベッドを共にするまで、俺様は死ぬ気はねぇぜ」
「ハン、だったら一生お預けしとけば死なずに済むのかねぇ」
「ぐ……。と、とにかく行ってくるぜ!──バーツ・ロバーツ、出る!」
バーツを乗せた百式が金色の残光を残して飛び出していった。
「クレア・ヒースロー、ディテクター出ます!」
クレアの乗る真紅の機体が後に続く。ネモ隊も次々と発進していった。
と、全てのMSが発進したと思われた中、更に何か動く機体が見えた。
「何だい?まだ誰か残っていたのかい?」
しかしそれは予想もしていなかったMSだった。
「む、無茶ですよ!誰か知りませんけど、そんな機体で出ちゃだめですって!」
ミンミが必死で止めるのも無理は無かった。それはなんと一年戦争時のMS、グフと呼ばれる機体だったからである。ルロイとノーランが同乗した際に、目立つファットアンクルを捨て、中から積み込んだMSである。
「大丈夫です。コイツの扱いには慣れていますから。それにこのB3タイプの性能は連邦のMSと比べたってそれほど劣ってはいないんですよ」
「ルロイさん!?」
コックピットから聞こえた声はルロイ・ギリアムのものだった。
確かに白兵戦に特化したMS−07は扱いこそ難しく、高機動・重装甲を売りにしたMS−09に主力MSの座を奪われていったものの、その機体性能の高さからエースパイロットに多く好まれたのも事実である。
「おい、ルロイ!いくらアンタがジオンのパイロットだったからって、そんな古い機体じゃ無理があるって言ってるんだよ!大体アンタは宇宙軍にいたんだろ?地上じゃ実戦は初めてなんじゃないのかい!?」
「……重力下・無重力問わず連邦のジオン狩りから逃れるために戦わなくちゃならない場面は幾らでもありましたよ。特に今回はどうしても出なきゃならないんです」
「で、でも、壊れてもボク達じゃジオンのMSなんて直せないんですよ!?」
「大丈夫ですよ。コイツの修理はそこのライルさんが出来ますから」
「え!?」
意外な言葉に二人が振り向いた。
突然目を向けられたライルは、戸惑ったようにおどおどした表情を見せている。
「アンタもジオンの人間だったのか?」
「え、ええ。た、確かに僕はジオニック社の技師でしたけど……、どうしてそれを?」
「フラナガン機関でニュータイプ用の新型MSを開発するために訪れたあなたを見かけたことがあったんです」
「そ、そうだったんですか」
「と言うわけで万が一壊れた場合には宜しくお願いしますね。じゃあ、ルロイ・ギリアム行きますッ!」
「え?あ、おいッ──!畜生ッ!」
一瞬の隙を突くと、ケイ達が止める間もなくルロイは飛び出していってしまった。
やむなく艦橋にいるラビニアに事の顛末を報告するケイ。
しかしルロイの勝手な出撃にラビニアは意外にも怒りを表さなかった。
「本人に自信があると言うのなら様子を見ましょう。クレア達もいるし死ぬことはないでしょうから」
「了解」
ラビニアの判断に、少々呆れた声を出しながらもケイが従った。
(それに彼がどうしても出たがったと言うことは……)
そうして彼女は表で起こっている戦闘に眼を向けた。
外では空中を自由に飛び回るティターンズのMAに、『アンヴァル』隊は苦戦を強いられていた。その内1機、鋭角的なデザインの青いMAは幾度か顔を合わせている可変型MSギャプランである。相変わらず高速で移動しながらも機体を自在に操り、着実なダメージを与えていく。おそらくはこれまでと同じくティターンズのエースパイロットの一人、ジェシカ・ラングが搭乗しているのであろう。
しかし問題は他の1機にあった。オレンジ系統のカラーリングをされた同型機が同じように空中を我が物顔で飛び回り、味方へダメージを与えているのだ。
更にその他の10機は全て大きな円形のMAだったが、それらも決して楽な相手ではない。
「チッ、奴等今回はやりやがるぜ!」
正面に来たオレンジのギャプランにバズーカを打ち込みながらデニスが毒づいた。
その攻撃も当然のごとくかわされる。
「フッ、大したものだ。僅か3日でこのギャプランをそれほどまでに乗りこなすとはな、ルナ・シーン曹長」
部隊のリーダーであるジェシカが僚機の戦いぶりに、思わず感嘆の声を上げる。
オレンジ色のギャプランを駆るのは、以前クレアに敗れたルナ・シーンだった。
師でもある人間からの誉め言葉に、珍しく口の端を上げて笑みを作ると、ルナはクレアの乗るディテクターを目指した。
「私に不快感を与えるパイロット、今度は前回のようにはいかんぞ!」
「ルナ・シーン!」
ルナの機体から2本の閃光が走る。
正面から放たれたそれを難なく避けるクレアだったが、直後その後ろで爆発が起こった。
クレアが避けた事でその後ろにいた1機のネモが直撃を受けたのだ。
「そんなッ!?」
SFSである程度空中を動けるといっても、ティターンズの可変MSの自在性には適わない。それを見越してルナは常にクレアに対する射線上に他の目標を入れていた。
自分が避ける事で味方に被害が出ると知り、次第にクレアは身動きが取れなくなっていく。そこへ新たな一撃が加えられた。
咄嗟に躱すクレアだったが、今度は『アンヴァル』の船体に攻撃が当たり、艦が大きく揺らいだ。
「しまったッ!」
動揺したクレアに、すかさず変形を解いたルナのギャプランが何時の間にか両腕に持ったビームサーベルで斬りかかって来た。
「もらったぞ!」
(いけない、やられる!?)
しかしクレアがそう覚悟した瞬間、不意にルナの機体が身を翻した。
「チィッ!」
辺りに眼を配ると、蒼いMSが盾のような武器に並んだ幾つもの銃口から硝煙を立ち昇らせていた。
「無事だったかい、クレア?」
「ルロイ!?」
ルロイのグフ・カスタムに装備された特殊武器のガトリングシールドがクレアの危機をすんでのところで救ったのだった。
「そのMS、ジオンの残党か?よくもそんな旧式でノコノコとッ!」
斬りかかったルナのサーベルを、グフのヒートサーベルで受け止めるルロイ。
普通ならばエネルギーの収束体であるビームサーベルに対し、単に高熱を発しているだけのヒートサーベルでは明らかに力不足のはずである。ましてや片や1年戦争時の連邦・ジオン両陣営のノウハウを元にティターンズが開発した最新鋭MS、もう片方はその1年戦争時に作られた旧式である。
しかしルロイは自分のサーベルに負荷が掛かりすぎる前に刃を滑らし、柄の部分でギャプランのマニピュレーターを弾いて僅かな間合いを取ると先ほどクレアを救ったガトリングシールドを打ち込んだ。
「何ッ!?」
可変能力による高速戦闘を得意とし、更にメガ粒子砲を備えた攻撃型MSのギャプランであるが反面防御面に関しては薄目となっている。いかにガンダリウム合金による装甲材であるとは言え、この至近距離での攻撃に無傷とはいかなかった様である。
「古いからといって舐めると命を落とすことになるよ、ルナ・シーン!」
瞬間、ルロイの意識がルナのそれの深いところまで入り込んだ。
「何!?貴様もかッ!」
特殊な感覚を共有する3人がここに対峙した。