The other of Gryps war 2話『発進』





「『アンヴァル』……」

「連邦軍では実験的に少数の同型艦が運航試験を行なっているわ。俗にペガサスVの名で呼ばれているのだけれど、これはその内の1隻を都合してもらったものよ。ここでも父の名に助けられたわね」

「よく今の連邦軍が、こんな新型艦をカラバに寄越してくれたモノだな?」

「上層部にもティターンズを快く思っていない人間はいるものよ。もっとも、自分が矢面に立とうと言う者は皆無に近いけれどね」

「なるほど。ご立派な方々だこって」

 半ば呆れてバーツが肩を竦めた。

「凄い……。凄いですよ、この艦(ふね)!なんて綺麗なんだろう!それに今にも飛び立とうとしているみたいだ。――僕、コイツに乗りたいです!乗って、ティターンズと戦いたいです!」

 と、それまで殆ど無言だったミンミが声を上げた。驚いた3人が目を向けると、そばかす顔の少年は目を輝かせて興奮していた。

「だ、大丈夫よ。ちゃんと、ミンミにも乗ってもらうつもりだから。あ、そうだわ。ついでに紹介しておきましょう」

 多少気圧されながら言ったマリアは、辺りをキョロキョロ見回し、やがて誰かを見つけたように顔を輝かせて大きく手を振った。

「ケイ────ッ!!」

 その声で1人の女性が振り向いた。機械油の汚れが染み付いたツナギを着たその女性は、マリアが手招きしているのを見ると首に掛けていたタオルで顔の汗を拭い、それを近くに放り投げて4人のいる場所へと駆け寄ってきた。近くまで来ると彼女は、軍手を外し、目深にかぶったキャップのつばを上げて「なんだい?」と訊いた。

「紹介します。彼女はケイ・ニムロッド少尉」

マリアの紹介を受け、3人は改めてケイを見た。化粧っけはないが、中々の美人である。またツナギの上からでもプロポーションの良さがはっきりと見て取れた。バーツが思わず口笛を吹く。マリアは横目で彼の無作法を咎めるように睨むと、軽く咳払いをして続けた。

「彼女がこの船のチーフメカニックです。MSの状態については彼女に尋ねれば間違いないわね。─―ケイ、こちらの3人もこの船に乗り込む事になるの。バーツ中尉、クレア少尉、ミンミ伍長よ。特にミンミ伍長は貴女の下に就いてもらうつもりだから宜しくね」

「ふーん」

「宜しくお願いします、少尉!」

 張り切るミンミに続いて、クレアとバーツも右手を差し出し挨拶をする。

 しかしケイはそれには答えず、彼等を─―主にミンミを─―じろじろと眺めていたが、やがて興味を失くしたかの様に仕事に戻ろうとした。それをマリアの声が引き止める。

「待って、ケイ」

「まだ何かあるのかい?」

「実は、クレアにはアレに乗ってもらおうと思っているの。それでアナハイムからは何も言ってきていないかしら?」

 ケイはその言葉を聞いて、瞳に微かな驚きの色を浮かべたが、すぐに首を横に振った。

「いや、まだだね。今は並行している『Ζ計画』を優先させているみたいだから、アレが出来上がるのはその後じゃないか?」

「……そうね。じゃあ、それまでの何か代わりの機体はあるかしら?」

「メタスのデータをフィードバックした砲撃支援用のMSがエゥーゴから回って来ていた筈だよ。あとはネモ系の新型試作機とかね。それともリック・ディアスを回すかい?」

 しかしケイの問いにはマリアは頷かなかった。

「いいえ、それは止めておくわ。今彼の機嫌を損ねるのも得策ではないし」

「彼?誰だ?」

 バーツが横合いから口を挟む。

「そうね、ついでだから彼も紹介しておきましょう。それとこの船の艦長も」

「え?この船の艦長ってマリア所長じゃないんですか?」

「残念ながら私はこの基地を離れる訳には行きませんから」

「まあ、そうだろうな。これだけの規模の基地をティターンズに奪われる訳には行かねぇし、司令官が最前線に出るってぇのも違うだろうよ」

「大丈夫。艦長は実戦経験も豊富で、私なんかよりよほど有能な人物よ。──ケイ、クォーツ艦長とナパーム大尉は何処か分かる?」

「多分、2人とも艦橋(ブリッジ)だと思うよ」

「ありがとう。─―では行きましょうか」

 マリアの案内で3人は、今度は艦内へ通された。艦橋では30代前半と見られる美女が、顔に派手な迷彩塗装を施した壮年の男性となにやら話をしていた。時折女性の方が、通信士席に座るショートカットの若い娘へと指示を出している。

「……なのよ。──で、どうなの、ルナ?」

「ハイ、全てOKだそうです」

 ルナと呼ばれた少女の答えに、女性が頷く。

「じゃあ万が一に備えてヒッコリーのシャトル基地の方も準備は整っているのね?良いわ、じゃあ後はケネディまでの航路を確保するよう、マイアミの拠点に通信を送っておいて。暗号文のレベルは4でいいわ。──それで大尉、貴方には……あら?」

 そこで彼女は4人に気づいたらしく、言葉を止めて向き直った。

「どうしたのかしら、マリア所長?」

「お忙しいところすみません、クォーツ艦長」

「ラビニアで良いと言っているでしょう」

「しかしそれでは上官に対して失礼に当たります」

「それは昔の事でしょう。今は貴女がここの責任者なのよ?まあ、良いわ。それで?」

 小さく苦笑しながらもラビニアはクレア達に目を向け、マリアに先を促す。

「あ、彼女達が先刻お話したパイロットです。──この方がこの『アンヴァル』の艦長、ラビニア・クォーツ大佐です。そちらの男性が、貴方達MS部隊の隊長であるデニス・ナパーム大尉。そして彼女が通信士(オペレーター)のラ・ミラ・ルナ曹長よ」

「よ、宜しくお願いしますッ!」

「おう、宜しくな、姉ちゃん」

「貴方達の事はマリア所長からよく聞いているわ。期待しているから頑張って頂戴ね」

 3者3様の挨拶を受け、クレア達もそれぞれ敬礼を返した。

「しかし、まさかソロモンの英雄ラビニア・クォーツ大佐が俺達の艦長とはねぇ。しかも中央アジアの虎まで一緒と来た。大した面子だぜ」

「え?バーツさん、ラビニア艦長とナパーム隊長の事知っているの?」

 クレアが意外な顔を向ける。そこにマリアが苦笑しながら付け加えた。

「ナパーム大尉はオデッサ作戦で勇名を馳せたベテランパイロットよ。そしてクォーツ大佐はね、その昔ソロモン宙域で連邦軍第3艦隊が『ソロモンの悪夢』アナベル・ガトーの襲撃を受けた時、損傷した旗艦に代わって混乱した艦隊を良くまとめ、それ以上の被害の拡大を防いだ事で知られているのよ」

「大げさね。あの時は向こうが暴れるだけ暴れて勝手に引き揚げて行ったのよ」

「でも大佐がいらっしゃらなければ、確実にあと何隻かは宇宙の藻屑となっていた筈です」

 マリアの目にはラビニアに対する心からの尊敬が見て取れた。

「そ、そんな有名な方とは知らず、失礼しました!」

「昔の話よ。それより頑張ってね、クレア少尉。今度は貴女が、この戦争で英雄となるべき人材なのだから」

「そ、そんな、私なんて……」

 しかしクレアは、ラビニアにそう言われると自分の中の迷いが薄れていくのを感じていた。これが指導者としてのカリスマ性と言う物なのだろうか。

(そうだよね。一度やるって決めた事なんだもの。今更迷っている場合じゃないんだわ。やれる事をやって行くしかないのよ)

 

 出発はその5日後だった。

 艦の前では、クレアとバーツ、ラビニアの3人が見送りのマリアと向かい合っていた。ミンミは一足先に格納庫(ハンガー)へ入り、ケイの指示の下整備作業を行なっている。

「では2人共、以降の行動はクォーツ艦長の指示に従って下さい。それでは艦長、クレア達を宜しくお願いします」

「ええ、私が責任を持って預からせてもらうわ」

「ではご武運を」

「貴女もね。ウランバートル基地は戦略的にも重要な場所だから、ティターンズは必ず狙ってくるわ。決して警備は怠らないでね」

「はい、ご心配なく」

 互いに相手に対する最上の敬礼を取りながら、出発前の挨拶を交わす。

 そしてマリアに見送られながら3人は艦橋へと乗り込んだ。そこでラビニアはテキパキと発進準備の指示を行なう。

「ルナ、総員に発進準備のアナウンスをして」

「りょ、了解」

 おそらく初めて実戦に赴くであろうラ・ミラ・ルナが、緊張した面持ちで艦内に発進準備を伝える。

「ウッヒ少尉、航行準備は宜しいかしら?」

「何時でもどうぞ」

 操舵士のウッヒ・ミュラー少尉は、クレアにとってはマリアと共に一年戦争以来の顔なじみである。2日前の顔合わせの時は、久しぶりの再会に普段無表情なこの男が顔を綻ばせたものだった。

「さて、バーツ中尉にクレア少尉。貴方達は取り敢えず自室で身体を休めながら待機していて頂戴」

「え?待機ですか?」

「そうよ。それが何か?」

「いえ……あの、何か手伝う事があれば─―」

「おいおい、クレア。艦長がせっかく休ませてくれると言ってるんだぜ?」

「でも、私達まだ何にもしていないのに、いきなり休むなんて──」

「ダメよ」

 言い掛けたクレアの台詞を、ラビニアがぴしゃりと遮る。

「パイロットと言うのは、何か事があれば命懸けで艦(ふね)を守らなくてはいけないの。その為には休める時には休んで、常に体調を万全にして置かなくてはいけないわ。戦闘でMSのパイロットが死ぬ事は、乗員(クルー)全員の死を意味するのだもの」

 口調は優しいが、有無を言わせぬ強さがあった。

「ま、そう言うこった。そんじゃ、ま、ベッドの寝心地の良さを確かめておこうぜ」

「――ハイ、分かりました。では失礼します」

 暫し頭の中でラビニアの言葉を反芻していたクレアだったが、やがて納得したのか頷くと艦橋を後にした。バーツがそれに続く。

 2人連れ立って歩いていると、やがて通路が2つに分かれていた。傍の壁に案内板が掲示してある。

「――何々?こっちが男用の居住ブロックで、こっちが女用か。チッ、男女共同じゃねぇのかい」

「もう、何言ってるのよ」

 と、そこへデニスが姿を現した。

「よう」

「あ、大尉!」

「良いって、良いって。この狭い艦の中で一緒に暮らすんだ。顔合わせるたびに一々敬礼していちゃあキリがねぇや。それに堅苦しい言葉遣いもなしだ。肩が凝っちまうぜ。俺の事はデニスで良い」

 言って豪快に笑うデニス。

「ハイ、分かりましたデニスさん。じゃあ私は自分の部屋に行きますね」

「おう、ゆっくり休みな」

 そうして別れてからも、クレアの姿が見えなくなるまで眼で追っていたデニスだったが、やがてバーツの顔を見てニヤリと笑いながら訊いた。

「悪くねぇじゃねぇか。おい、あの娘はもう姦っちまったのか?」

「何?」

「モノにしたのか、って訊いてるんだよ」

「俺とクレアはそんな関係じゃねぇよ」

「そうなのか?随分馴染んでるみてぇだったから、てっきりお前ェの女かと思っちまったぜ」

「俺はただ、クレアがウェイトレスをしていたバーの常連だっただけだ。もっとも、そこがカラバの連絡所だったお蔭で今はこんな所にいるがね」

「なるほど、そう言う訳かい。なら、俺が頂いちまっても何処からも文句は出ねぇ訳だ」

 ニヤニヤと笑うデニスの横顔を見て、バーツは

(嫌な顔だぜ)

 と思った。そして、同時にデニス・ナパーム大尉の芳しくは無い噂を思い出していた。

 一年戦争時、オデッサ作戦での活躍により名を上げ『中央アジアの虎』と異名を取ったデニスは、MSパイロットとしてだけでなく歩兵としてのゲリラ戦にも通じ、兵士としては掛け値なしに一級品だったが、それ以上に現地の村や集落に対する虐殺や略奪・婦女暴行などと言った悪評の絶えない人物だった。時には10代前半の少女を部下と数人がかりで輪姦し、泣き喚く声を肴に酒を飲み、飽きると殺して河に捨てたとさえ言われている。

 何度も軍法会議寸前まで行きながら、その技術を惜しんだ上層部の政治的判断により事件の揉み消し等をされて生きてきた人物であった。

(確かに腕は良いが……こんな野郎の下に就かされるとはよ、ついてねぇぜ)

 心の中で毒づく。

 素行の悪さではバーツも知られた物だったが、彼の場合は時折上層部が下す非道な作戦に対する軍規違反が大半だった。無論女性関係でも浮名は流していたものの、それらはあくまで合意の上での話である。プライベートに関してまで軍の干渉を受ける筋合いはないと言うのが彼の持論だった。

「デニスさんよ、言っておくがあまり無粋な真似はしねぇことだぜ。女性は優しく扱うもんだ」

「人聞きが悪い事を言うじゃねぇか。俺は何時だって優しいぜ。ただ小うるさい女は首根っこを捕まえて大人しくさせてやるだけさ。終いにゃどんな女だってヒィヒィ善がりまくってくれるのよ。ガッハハハハ!」

 デニスはそこまで言うと、気の利いた冗談でも口にしたかのようにゲラゲラ大声で笑い出した。

「チッ、確かにアンタはパイロットとしては腕利きだがよ、あまり個人的な付き合いはしたくない相手だな」

「大いに結構だ。俺も野郎のケツの穴には興味がねぇんでな」

 おどけて肩を竦めそう言うデニスを無視し、バーツは自分の部屋へと戻った。

 

 ウランバートルを出て3日目。『アンヴァル』は太平洋上を西進していた。サンフランシスコで一度補給を受け、そこで改めてコロラドへ向かう手筈である。

 その日クレアが当面の乗機となるMS──彼女の乗機は改良型メタスのビームキャノンのデータをフィードバックした砲撃支援用のMSで、ガンキャノン・ディテクターと呼ばれていた。ちなみにバーツの機体はネモのバージョンアップ機で、こちらも大口径のビームキャノン一門を備え、支援任務に対応していた─―での簡単な演習を終えて、居住エリアへ戻ろうとしていた時の事。

「よう、クレア。お疲れさん」

 曲がり角からいきなり現れたデニスが、覆い被さるような勢いでクレアの前に立ち塞がった。

「デ、デニスさん?あの、何か……?」

 僅かに顔を背け、アルコールの臭いの混じった息を避けながらクレアが尋ねる。

「別に大した用じゃあねぇんだがよ、やっぱり上司としちゃあ部下とコミュニケーションの1つも取らなくちゃならねぇだろう?」

 言いながらデニスがクレアの肩に腕を回す。その腕から逃れようとするクレアだったが、二の腕をがっしりと掴まれ思うように動けない。更にデニスが顔を近づけて来ようとするのを、必死で押し返す。

「デニスさん!や、やめて下さい!」

「つれねぇ事を言うなよ。何も取って食おうってぇんじゃねぇんだぜ?ちょっと2人で酒でも飲まねぇか、って誘っているんじゃねぇか。俺の部屋でゆっくりと、よ」

「い、いい加減にして下さい!こんな時にお酒なんて飲もうとは思いませんから!」

 既に露骨な嫌悪感を隠そうともせず、クレアがデニスの腕を振り解いた。デニスの頭にかっと血が昇る。

「きゃあッ!!」

デニスが反射的にクレアを殴り飛ばしたのだ。更に倒れ込んだクレアの、胸倉を掴んで無理矢理引き起こす。

「オイ。俺が下手に出ているからって、あまり調子に乗るんじゃねぇぞ。俺がいなけりゃこんな艦(ふね)、あっと言う間に沈んじまうんだぜ?言わばお前等の命は俺次第って訳だ。ならせめて、この俺が気分良く戦えるように奉仕するってぇのが、お前等みたいな女どもの役目ってモンじゃねぇのか?お前だけじゃねぇ。あのお高くとまった艦長殿にしても、通信士の小娘にしても、生意気な整備係にしても、いずれみんな俺の物にしてやる。まずはお前だ。大人しく言う事聞いていりゃあよ、俺様がティターンズの奴等を皆殺しにしてやるから安心しな」

「アンタみたいな下衆野郎に抱かれるぐらいなら、ティターンズに殺された方が数倍マシだろうさ」

 クレアを引きずって歩こうとしたデニスを引き止める声が聞こえ、同時に居住区へのドアが開いてケイが姿を現した。

「手前ェ、いつから─―!?」

「――聞いていたのかって?さあ何時からだったかねぇ。けど生意気な整備係ってのはよく聞こえたけど、一体誰の事を言っていたのか教えてもらいたいねぇ」

 腕組みをした姿勢で、蔑みをたっぷり含んだ視線をデニスに浴びせながら皮肉を口にするケイ。長身の美女である彼女がそう言う風に凄みを利かせると、並みの男よりも余程迫力があった。デニスも青筋を立ててケイを睨みつけてはいるが、気圧されているのかそれ以上は動かない。このまま睨み合いが続くかと思われたが、突如緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響いた。続いて通信士のルナの声が事態を告げる。

『3時の方角に敵MS多数接近!乗員は直ちに第一戦闘配備に着いて下さい!繰り返します。3時の方角に敵MS多数接近!乗員は直ちに第一戦闘配備に着いて下さい!』

「――だとさ。アンタもパイロットならパイロットらしく、戦い振りで男をアピールしたらどうだい。良い働きをすりゃあ、ついて来る女もいるだろうさ」

 怒りと屈辱で顔を真っ赤にしてケイを睨んでいたデニスだったが、やがて

「この事は忘れねぇぞ!」

 と、捨て台詞を1つ残して走り去って行った。

「あ、あの……ありがとう」

 まだ気が動転しているのか、クレアが要領を得ない口調でおずおずと礼を言った。しかしケイは彼女を先ほどまでと同じ冷たい眼差しで一瞥すると、ボソリと返した。

「次もあると思うんじゃないよ」

「え?」

「今日はたまたま助けたけどね、あんな男に付け込まれているようじゃダメだって事さ。あの程度の男1人から自分の身を守れなくて、どうして戦場で自分や仲間の身を守れるって言うんだい?良いかい、戦うって決めたのならしっかりやりな。生半可な気持ちでやられたんじゃあ、最後に残るのは死だけだよ」

「…………(こくり)」

 妙に緊張した面持ちでクレアが頷くと、その表情が可笑しかったのかケイはようやく頬を緩めた。

「分かったんならアンタも早く配置に着きな。1つ良い働きをして、この艦は自分の力でもってるなんて考えている自惚れ屋の鼻を明かしておいで」

「ハイ!」

 既に何時もの元気を取り戻したクレアが踵を返して走り出すと、ケイも後ろ手に手を振ってその場を後にした。

(ま、まんざらつまらなくもないかもね)

 等と考えながら。

 

 ティターンズの北米治安軍のガルダ級大型輸送機『ハイウィンド』が『アンヴァル』をレーダーに捕捉したのはまったくの偶然だった。ジャブローで捕獲したスパイからの情報により、エゥーゴのジャブロー襲撃を知ったティターンズは、エゥーゴのメンバーに対して罠を仕掛ける事にした。それはなんと、連邦軍本部のあるジャブローに核を設置し、エゥーゴのメンバーを基地ごと消滅させるという常軌を逸したものだった。しかし既にティターンズの言いなりになっていた連邦上層部はこの案を承認。本部をアフリカ大陸キリマンジャロに移動する旨を決定していた。

 北米治安軍はその際に、オーガスタ研所属のブラン・ブルターク少佐と協力し、生き残ったエゥーゴのメンバーを掃討する任務に着く筈であった。

 しかしアラスカの基地から海岸沿いに南下する途中、サンフランシスコ沖120kmの地点で未確認の艦が飛行しているのをレーダーが感知したのである。

「エゥーゴ……いや、カラバの新型艦か?フン、気に入らんな。宇宙人どもに手を貸す不逞の輩が大気を汚すのは。─―よし、総員戦闘配置に就け!エゥーゴの前に、奴等を手助けするネズミどもを血祭りに上げろ!」

 ティターンズ北米治安軍の司令官であるブラッド大佐が艦内に命令を下す。

 やがて12機のMSが『ハイウィンド』から飛び出した。

「実戦は初めてか?ヘマをするなよ?」

戦闘を進むギャプランを操る、『ハイウィンド』のMS部隊隊長ジェシカ・ラング大尉が、両脇を飛行するマラサイのパイロット達に声を掛けた。本来はユーラシア東部の治安維持が管轄の彼女であるが、その実績を買われて今回の作戦の為、特別に召喚されブラッド大佐の部下に配属されたのだった。

「大丈夫です!シミュレーションでも問題はありませんでした」

「実戦がシミュレーション通りに行くと思っているのか?」

「心配無用だ。足を引っ張るつもりは毛頭無い」

 緊張で硬くなっている様子の見えるフレイ・リーゼンシュタイン曹長とは逆に、余裕綽々の受け答えをするルナ・シーン曹長。

「フン、その余裕が最後まで持てば良いのだがな。まあ、良い。私は先に行くぞ」

ルナの態度が気に入らなかったのか、ジェシカは鼻を鳴らすと一人先行する。とは言え、部隊長1人を先行させる訳にもいかず、2機のマラサイと9機のハイザックが後に続く。

 と、ルナは何かが肌を掠めるような、異様な感覚が自分を取り巻くのに気づいた。

(なんだ、この感覚は?初めて味わう……いや、遠い昔に同じようなモノを感じた記憶がある。そう、確か私がまだ宇宙(そら)にいた頃に……)

 ティターンズの兵士としては極めて異例であるが、ルナ・シーン曹長はスペースノイドである。とは言っても幼少の頃まで暮らしていただけで、父の仕事の都合で地球に降りて来て以来はずっと地球に住んでいる。彼女自身も、自分は完全なアースノイドであると言う認識を持っていた。しかし、重力の戒めから解き放たれた状態で生を受けた彼女の身体には、常人にはない鋭敏な感覚が備わっていた。

(しかしこの私の中に入り込んでくるような感覚は……。私と同じような能力を持った人間が敵にいるのか?不快な奴ッ!)

 ルナの中に苛立ちの心が広がる。そしてその意識は、ルナと感覚の共有を持ち掛けていた相手の心にも伝わっていた。

「えッ!?」

「なんだ?どうした、クレア?」

 不意に驚きの混じった声を上げたクレアに、バーツが怪訝な顔を向けた。

「う、ううん……。なんでも……ない」

「そうか……?まあ、何でもないなら良いさ。ま、そう硬くならねぇこった」

「うん、ありがとう」

 しかしバーツに返事をしながらも、クレアは今感じた物に戸惑いを覚えていた。

(今の感覚は、何?誰かと意識を共有しているような……。そして直後に流れ込んで来た重苦しい雰囲気。アレは……拒絶?ウウン、もっとはっきりした敵意だ!)

「オイ、ぼうっとしてるな、クレア!敵さんのお出ましだぜ!」

 バーツの呼び掛けに、ハッとクレアが我に返る。彼の言う通り、10数機のMSが西の方角より『アンヴァル』目指して飛んできていた。

 対する『アンヴァル』のMS部隊は、デニス率いるバーツ、クレアの第1小隊を筆頭に、隊長のリック・ディアスと2機のネモからなる第2、3小隊の9機からなっていた。

 戦力の差がほぼ互角の場合、あとはパイロットの腕とMSの性能が勝敗の鍵を握ることになる。人材面では両軍ともにエース級のパイロットが部隊を率いており、互いにまったく引けを取っていない。あとはMSの性能であるが、新型の可変MSであるギャプランはモニターに死角があるという欠点はあるものの、かなりの高性能を誇る機体である。またルナとフレイの乗るマラサイも、バランスの良い性能には定評があり、次期量産型MSの主力候補として上がっている。流石にハイザックは旧式の部類に入り、武装も平凡だが操作性は良く、連邦・ティターンズを問わず現在でも一線級のMSだった」

 一方『アンヴァル』の戦力はハイザックよりも一段上のランクに位置する量産型MSネモとエースパイロット専用に配備されている高性能機リック・ディアス。更にクレアとバーツの乗る試作型MS2機である。試作機の性能にもよるが、現時点ではアンヴァルの方に軍配が上がるかも知れない。

 何しろ敵は大半がビーム兵器を持たないハイザックである。攻撃力の差は歴然だった。

 改良型のザクマシンガンを連射するが、ルナチタニウム合金を使った装甲にはさしたるダメージも無い。デニスのリック・ディアスに到ってはシールドすら構えていなかった。

「オラオラオラァ─―ッ!!今は虫の居所が悪いから、暴れさせてもらうぜ─―ッ!!」

「ケッ、デカイ口を叩くだけはありやがるぜ」

 バズーカ片手に次々とティターンズのMSを倒していくデニスに、バーツが半ば呆れながらも感嘆の声を漏らす。2・3小隊の兵士達もそれなりの腕らしく、中々善戦していた。

「みなさん、やるねぇ。さて、と。それじゃあ俺も一丁お仕事と行くかい!」

 こちらも瞬く間に2機のハイザックを墜としたバーツが挑んだのは、ジェシカのギャプランであった。

「バーツさん、そのMA!?」

「おう、敵討ちをさせてもらうぜ!」

 肩に装備されたビームキャノンの狙いを定める。

「私のギャプランに向かってくるのは良い度胸だが、そんな機体では無謀が過ぎると言うものだな!」

 ジェシカは不敵に言うと、機体を軽く捻ってビーム砲の攻撃をかわした。と、同時に発射されたメガ粒子砲がバーツのネモVを襲う。しかしバーツもそれを難なく避けてライフルを連射して見せた。ギャプランにはかわされたものの、流れ弾が後ろにいたハイザックの頭部を吹き飛ばす。

「バーツさん、私もッ!」

 ギャプランの驚異的な機動力の前にバーツ1人では不利と判断したクレアが援護に向かおうとした時、突然彼女を言い知れぬ悪寒が襲った。

「何ッ!?」

振り返ると1機のマラサイが猛然と突撃してくるのが見えた。ビームライフルを数射しながら飛ぶMSの姿が、クレアには悪意のオーラを振りまいているように見えた。

「お前か、この不快感の正体はッ」

 慣れないSFSの上での戦闘ではあるが、なんとか敵のビームを避ける。反対に背中のバックパックで飛行するマラサイは、その動きを制限される事もなく自由に動き回る。

「そんな動きで、いつまでも戦えるものかッ!」

「誰!?あなたも同じ感覚をッ─―!?」

自分と同調する意識を持った人間の存在に驚いくクレア。しかし、それは必ずしも心地よい感覚とは言えなかった。

「クッ!こんな、イヤだ……!!」

 自分を覆い尽くそうとする重苦しいプレッシャーに耐えながら、クレアがビームキャノンを連射するが、それも難なくかわされる。しかし、

「右……!?」

感じた直後、彼女は無意識のうちにライフルのトリガーも引いていた。そしてそれは右方向へ回り込んだマラサイの、左肩の間接部分を撃ち抜いていた。

「何ッ!」

「当たった?今の感覚はッ!?」

「クッ、あのパイロット、私の動きを読んだのか?なるほど実戦か……。だが、これで空気は掴んだ。――私に不快感を与えるパイロット!今回はお前の勝ちを認めるが、次は墜とす。私はティターンズのルナ・シーンだ。覚えておくがいい」

 宣言するように名乗ると、ルナはさっと身を翻すと離脱を図った。あまりに素早い切り替えに、クレアは後を追う事も忘れてその姿を見送っていた。

「ルナ……シーン。きっと、また会う気がする……」

 そこでふと我に返った。

「あ、バーツさん達!」

 見ると概ね『アンヴァル』のMS隊が優勢に戦いを進めていた。こちらがネモを2機失っていたのに対し、ティターンズのハイザックはその殆どが撃墜されていた。僅かに小破した機体が3機、辛うじて動いているに過ぎない。もう1機残ったマラサイも第2小隊々長のマーベリック大尉とその部下のキシモト伍長の2人から攻撃を受け、防戦一方の状態である。そんな中、ジェシカのギャプランが只1機、まさに獅子奮迅の戦い振りを見せていた。バーツや第3小隊の2人を同時に戦いながらも全く引けを取らず、逆にこちらへダメージを蓄積させていく。それまでに倒された2機のネモも彼女がバーツ達の攻撃をかわしている合間に墜としたものである。

「ったくよぉ……。とんでもねぇ腕をしたもんだぜ、ホント」

 所々の装甲を熔かしながらも、なんとか致命傷は避けていたバーツがぼやく。口調はおどけているが、その顔に余裕はない。そうこうしている内に、また1機のネモが撃墜されてしまった。

「ハッ!カラバのMS乗りの腕とは、こんなものか!これならこの前戦ったレジスタンスのリーダーの方がまだ手強かったぞ!――フレイ、お前達はもう『ハイウィンド』へ戻れ!」

「ハ、ハイ!ですが、隊長はどうなさるんですか!?」

 突然の命令に、返事を返しながらも戸惑った様子でフレイが質問する。

「私はもう少しこいつ等の相手をしていく!」

「し、しかしお独りでは!」

「この程度のヤツ等、私独りでお釣りが来る!それよりもお前達のような腕の者がいては却って足手まといだ。少しはルナのように自らの引き際を見極めるのだな」

「え!?ハ、ハイ!ではフレイ・リーゼンシュタイン曹長以下3名、帰艦します!」

 冷徹、と言うよりむしろ冷酷で知られるジェシカが、真っ先に戦場を離脱したルナの事を評価するような発言をした事に、少なからず驚きを感じながらも、フレイは部下を引き連れて退却を行った。

「おっと、逃がすかよッ!」

 それまでフレイと交戦していたマーベリック大尉が、退却する部隊に追撃を掛けようとした。しかし─―

《ズビュ─―─―ッ!!》

 光が空を切り裂き、大尉のリック・ディアスを貫いた。

「お前達は私が倒すと言った!」

「何ッ、まさかまだ……うわああぁぁぁッ!!」

「マーベリック大尉!!このッ!!」

 爆発四散したリック・ディアスを前にし、クレアが怒りを込めたビームキャノンを放つ。

「そんなもの、当たるかッ!」

「そこッ!」

「うッ!?」

 先ほどのルナに対する射撃と同じように、今度もまた、クレアは相手の移動する先を読んで撃っていた。それもより鮮明なイメージが意識され、クレア自身が驚きを感じていた。

 一方クレアの攻撃を避けきれぬと悟ったジェシカは、素早く機体を変形させてMS形態を取ると、両腕を交差させて防御した。灼けた装甲がどろりと流れ落ち、鋼の骨格を露わに見せる。特に右腕は損傷が酷く、すでに使い物にならないようである。

「私に当てるとはッ」

「アレ、MSなのッ!?」

「アレが可変MSってヤツかい」

 クレアの問いに答えるような形で言ったバーツだが、はじめて見るその機体に自身も驚きを隠せない様子であった。そこへ─―

「どけどけ、小娘ェッ!」

 デニスがバズーカを撃ちながら対峙するクレアとジェシカの間に割ってはいる。

「この女は手前ェみたいな小娘に相手できるヤツじゃねぇぜ」

「デニス、アンタあの女を知っているのか?」

 バーツが怪訝な声で尋ねた。

「バーツ、手前ェこそ連邦軍にいて知らねぇのか?コイツはジェシカ・ラングだ」

「ジェシカ・ラングだと!?どおりで怖い姐さんだと思ったぜ」

「フン、デニスか。大勢が決したところでノコノコ登場か?貴様らしいやり方だ」

 ジェシカのあからさまな侮蔑の言葉に、デニスの額に青筋が走る。

「生憎雑魚の始末に手間取っちまってな。お前ェとはサシでゆっくり勝負しようと思っていたからよ。大体やり口の事なら手前ェに言われる筋合いはねぇなあ。一年戦争の時にアフリカでやった事、忘れちゃあいねぇだろう?」

「勝つためにやった事だ。貴様のように自分の欲望を優先させるような下司な真似はした事がない」

「減らず口をッ!」

 再びデニスのバズーカが轟音を伴って火を吹く。が、ジェシカはその悉くをかわしていた。やがてカチリと言う、乾いた音を最後に轟音が止んだ。

「平和ボケして腕が鈍ったか?そちらの娘に撃ち方を習ったらどうだ」

「手前ェ!!」

 デニスは弾切れを起こしたバズーカを投げ捨てると、サーベルを引き抜いて切り掛かった。自由の利かないSFSの上でそれだけ動けると言うのはさすがであるが、ジェシカは左腕でサーベルを抜くとその斬撃すら受け止めた。

「まったく、化け物かよ、あの女。それともアレがニュータイプってヤツかね?」

 デニスとジェシカの機体が近すぎる為、攻撃を仕掛けられずにいるバーツが、感嘆とも呆れとも取れる声を漏らした。しかし、同じように2人を見守っていたクレアが、それに呟くような異論を唱えた。

「多分、違うと思う。あの人はニュータイプなんかじゃなく、本当に強いパイロットなんだわ」

(だって、あの人からは何も感じるものが無かったもの)

 無意識の内に心の奥で呟いた言葉は、声に出されることは無かった。

 そして中々攻撃を当てられないでいたデニスは、徐々に苛立ちと焦りを感じ始めていた。

「墜ちろ、墜ちろッ!いい加減に、墜ちやがれッ!!」

 不意にリック・ディアスの頭部が開き、バルカンファランクスが激しく火花を散らした。

「相変わらず小細工を!」

 壊れた右腕で頭部を庇い、ジェシカが素早く機体をデニスから離す。致命傷には程遠いものの、至近距離から撃たれたバルカン砲はギャプランのボディに幾つもの穴を穿っていた。また、ジェシカの方も離れ際にリック・ディアスを袈裟懸けに薙いでいたが、こちらもその重装甲に阻まれ決定的な一撃は与えられずにいた。

「チッ、さすがに不利か。今回は少しばかり貴様等を侮ったが、次はそうはいかんぞ」

 そう言葉を残すと、ジェシカはギャプランを再びMA形態に変化させ、左腕のバーニアだけでその場を飛び去った。

「野郎、今更ッ!」

 ジェシカに対し追撃を行おうとしたデニスだったが、それをバーツが引き留めた。

「待ちな、デニス。深追いは止めておいた方が利口じゃあねぇのか?こっちも何人も戦死者を出しているんだ。ここは一度、『アンヴァル』に戻るべきだぜ」

「なら、手前ェは独りでとっとと戻りやがれ!手前ェに命令される覚えなんざねぇ。あんな女に虚仮にされたまま、黙っていられるかよ!ぶっ殺してやるッ!!」

 デニスは激昂しきってバーツの忠告も耳には入らない。しかし、そこへラビニアから通信が入った。

「戻りなさい、デニス大尉。貴方1人のメンツの為などに、部隊を危険にさらす訳にはいきません。これは艦長命令よ」

「…………チッ。了解」

 長い沈黙の後、露骨な舌打ちとともにデニスが命令を聞き入れた。機体の向きを返すと『アンヴァル』へと向かって動き出す。他のメンバーも無言で後に続いた。

こうして彼等とティターンズの最初の戦闘は、辛うじて『アンヴァル』隊に軍配が上がった。しかし、今後より激しくなるであろう戦いの様相を思うと、クレアは不安を感じずにはいられなかった。

 

《ジー…………カシャ。カシャ。ジー…………》

 太平洋上に浮かぶ小さな無人島。その海岸に近い森の中で、3連装のカメラアイが戦いの様子をつぶさに捕らえていた。

「なるほど。アレがカラバのパイロット達、か。中々面白そうな人材だね」

 コックピットの中で『彼女』は呟いた。

 狭い上に計器類で溢れた内部は、リニアシートや全周囲モニターなども無く、一年戦争時に作られた物である事が分かる。

「さて、と。ジャブローの方は『アイツ』が巧くやっている筈だし、私の方はもうしばらく様子を見るとするか」

 再び呟くと、彼女を乗せた機体は森の中へ姿を消し、やがてこれまた古い輸送機が姿を現すとホバークラフトを唸らせて飛び去った。

『アンヴァル』が向かったのと同じ方角に向かって。

 





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